仕事を辞め、東京で職を探そうと上京してきたものの、到着したその日に借りていたウイークリーマンションが火事となり、行先を失ってしまった26歳(元)OLの浅見桐子。頼れる友人もいない中、とっさに思い出したのは東京の大学に通っているはずの年下の幼馴染・佐倉井真也の存在だった。職と新居が見つかるまで置いてもらえることになった桐子だったが、父親同様立派な魚マニアに育っていた真也のアパートの室内には大型水槽が鎮座していたのだった。真也の魚にかける愛情や情熱に驚きつつも、一方で彼が魚料理が苦手だということを知り、克服のためあれこれ手を尽くす桐子。同居生活の中で少しずつ距離を縮めていくふたりだが、そんな中、かつての同僚と偶然再会した桐子の様子がおかしいことに真也は気付き……。

新作は「おいしいベランダ。」シリーズのスピンオフ。本編主人公・まもりの同級生&バイト仲間の佐倉井くんと、年上の幼馴染との恋物語となっている。ちなみに本編が野菜と食事がメインなのに対し、こちらのメインは魚と食事ということで。

桐子の身に起きた「事件」は、同じように職場で「先輩」として後輩の面倒を見ている立場としてはなんというか読んでいてとてもつらくなってくる(とはいえ同じ状況に陥ったわけではないが・笑)。だからその「事件」を真也に白状するまでの桐子のおかしな心の動きを思い出すと、そういうことか……とますます心が痛む。しかしそんな彼女がぎりぎりのところで留まれたのは真也がいたから。きっと彼と再会せず、ひとり暮らしを初めて新しい職に就いていたら、きっと彼女はどこかで潰れてしまっていたのだろう、と思う。見栄なのかもしれないが、年下の幼馴染という「これまで面倒をみてきた相手」がいたからこそ取り繕って平静を保つことができたのだろうし、そして一方ですべてをさらけ出すことができたのだろう、とも。とても優しい恋物語だった。