Iの悲劇
米澤 穂信
文藝春秋
2019-09-26

4つの自治体が合併してできた「南はかま市」。この市内には蓑石と呼ばれる、住人がだれもいなくなってしまった地区があった。そこで市長が打ち立てたのが蓑石のIターンプロジェクト。このために新設された「甦り課」に配属されたのは、定時帰宅が信条の課長である西野秀嗣、人当たりはいいがどこか明るく軽い新人・観山遊香、そしてそれなりの出世を願っていたはずが、用地課から転属されられた万願寺邦和のたった3人だった。そんな中、煩雑な手続きと審査を潜り抜け、ついに最初の移住者となる2世帯、久野家と安久津家が決定。しかし2世帯が移住して間もなく、久野夫妻から安久津一家の騒音について苦情が入り……。

2010〜2019年にかけて、雑誌「オールスイリ」ならびに「オール讀物」で発表された短編4本を含む連作短編集。寒さの厳しい限界集落を舞台に勧められるIターン事業を巡る悲喜劇が描かれてゆく。

上役の決定、そして利用者である市民たちの対応に振り回され、時には板挟みになるのがヒラ公務員の常だと個人的には思っているのだが、本作の主人公である万願寺もまた、そのイメージ通りに奔走する日々。「甦り課」などと名付けられ担当者として据えられていても、市長の肝いりということで彼らに何かの決定権があるわけでもなく、とにかく市長や議会やその他もろもろが決めたルールの範囲内でやり過ごすしかないという状況の中、しかし県外からやってきたIターン希望の移住者たちは次から次へと問題を起こす。田舎でのんびり穏やかなスローライフが送れるというのは都会に住む人々の幻想でしかなく、結局ひとつのコミュニティに所属する以上、他者との関係――ひらたく言えば軋轢がないはずもなく、ご近所トラブルは枚挙にいとまがない。しかしだからといって、ここまで立て続けにトラブルが起きるのはなぜなのか――それを疑問に思う間もないくらいに問題は起こり、そして解決した頃には当事者たちが出て行ってしまうのだ。

地方創生が叫ばれる昨今、限界集落をよみがえらせたいという計画そのものは理想的な試みだといえるだろうが、本当にそれだけのことなのだろうか――中盤で挿入された万願寺と彼の弟との会話は、そのあたりに対してかなり示唆的なものを含んでいる。東京でシステムエンジニアをしている弟はいつも忙しく、自分より出来がいいと思っている兄――万願寺が、田舎で先の見えない公務員生活をしていることに対して批判的な発言を繰り返す。それは悪口ではなく、ただ兄の身上を慮ってのことだろうが、そこには大きな問題提起が含まれているし、万願寺自身も、終盤でこのプロジェクトを振り返る中でそのことを強く実感するに至っている。作中で繰り返される「そして、誰もいなくなってしまった」というフレーズのなんと重いことか。ミステリとしても面白いが、それ以上にいろいろと考えさせられる作品だった。