かわうそ堀怪談見習い (角川文庫)
柴崎 友香
KADOKAWA
2020-02-21

そのつもりはなかったのだがデビュー作が恋愛面をクローズアップして映画化され、以後「恋愛小説家」という肩書を与えられてしまった作家・谷崎友希。あまり恋愛沙汰に興味が持てない谷崎は、そのイメージを払拭すべく、郷里のかわうそ堀に戻り、怪談作家になることを決意する。とはいえ霊感があるわけではないし、怪奇現象に遭遇したこともない谷崎は、手始めに中学時代の友人・たまみに連絡をとることに。地元の不動産屋の娘であるたまみは本人が怪奇現象に遭遇したことがあるだけでなく、その人脈を駆使して、似たような体験をした人を紹介してくれることも。と同時に、谷崎本人にもなにか奇妙な現象が起きるようになり……。

2017年に刊行された書籍の文庫化だが、「鏡の中」と題された書き下ろしエピソードが新たに収録されている本作。怪談作家を目指す女性小説家が、中学時代まで暮らしていた郷里で奇妙な体験に遭遇する短編連作集となっている。

書き下ろしを含めて29編の短編からなる本作。これまでそんな体験がなかったという言葉が嘘のように、谷崎は次々と奇妙な現象に遭遇することになる。例えばトークイベントの後で関係者から届いたメールにあった、「鈴木さん」なる人物の存在がまったく思い出せないこと。例えば古書店で買ったはずの怪談本がいつの間にかなくなり、なぜか元の古書店に戻っていること。例えば留守電に吹き込まれていた雑音と「あーああー」という声。友人のたまみや、彼女が紹介してくれた人々が教えてくれた怪談もまた、ただ聞いただけなのに、谷崎の前に「再生」されるかのように、その残滓のようなものがまとわりつく。そして状況は違うのに、時折聞こえてくる「まだ来ないの?」という声……。

わかりやすい「何か」はなかなか襲ってこない。それらしいものが出てきたりもするが、はっきりとその輪郭はつかめないまま。しかし確実に「何か」は谷崎の周囲に手を伸ばしているし、本人もそれを自覚している。鏡に映った自分の姿に対して彼女が得た違和感は、その最たるものだろう。

怪異を語れば怪異が寄ってくる、というのはしばしばいわれることではあるが、この場合の「怪異」は谷崎が語られ、聞いた話ではなく、谷崎本人なのではないかとすら思えてくる展開。彼女はいったい、何と接触してしまったのか。そして今いるのは、本当に「現実」なのだろうか。