唐草教授から、卒論執筆に行き詰っているという後輩・久本可乃子を紹介された「私」。作者が鬱を患いながら作り上げた作品を卒論のテーマとしていること、そしてかつて〈天才〉と呼ばれた若き詩人・有村乱暮が出入りしていた影響で、図書館に頻繁に出入りする者が精神的に不安定になるという噂のこともあってか、可乃子の行動や言動は「私」から見ても奇異に感じられるような状態だった。そんな可乃子が最近、本が雨のように降ってくるという夢を何度もみるようになったのだという。その内容が乱暮の詩「書物の雨」の情景と合致していることに気付いた「私」だったが、その指摘を受けた可乃子はうわごとのようなセリフをつぶやいたまま姿を消すのだった。翌週、朝早く大学を訪れた「私」は、開館前の図書館前で倒れている可乃子を発見する。彼女の周囲には、まるで例の夢あるいは詩のように、乱暮の詩集が散らばっていたのだった……。(「本が降る」)

シリーズ8冊目となる本作は、文庫書き下ろしとなる短編集。若き美学教授「黒猫」と、その付き人である「私」が、現代アートをめぐる事件に次々と巻き込まれていくことになる。

詩人の狂気にとりつかれたかのようなふるまいを見せる女性の背後にあるもの、黒猫の姉・冷花がかつて隣人の葬式に虹色の衣服で現れた理由、過激なパフォーマンスを行う後輩の行方、謎の覆面アーティストの正体、そして妻を亡くし失意に沈む教授のある決意――現実の世相を反映しているような数々の事件を、黒猫と「私」は思いもよらぬ切り口から挑み、解決へと導いていくのだが、そのあざやかさにはとにかく毎回驚かされる。

一方で、晴れて両想いになったふたりのラブラブ(当社比)な関係が見られるのも楽しい本作。ちょっとわかりにくいほどのさりげなさで気持ちを通わせ合うふたりの姿がなんとも微笑ましい。特に冒頭の「本が降る」で示されたある本の行方が、5編目のエピソードで明かされるくだりがこのふたりらしくて、いい。


◇前巻→「黒猫のいない夜のディストピア」