青空と逃げる (中公文庫)
辻村深月
中央公論新社
2021-07-21

辻村深月「青空と逃げる」
ある夜、舞台俳優の夫が事故に遭った。しかしその時、夫が同乗していた車の運転手に問題があり、後に夫は失踪。マスコミなどに追い回され、妻の早苗とその息子・力は高知に住む友人のもとへ身を寄せることになる。以後、兵庫県の離島、さらには別府温泉へと逃げ続けることになる母子。逃避行のさなか、事故後に起きた様々な出来事の真相が明かされる展開には「どうしてそんなことに……」と同情するよりほかないのだが、それらを受け止めた母子が次第に強くたくましく成長し、「逃げる」のではなく「前に進む」という道を選び取れるようになるまでが描かれていく。「青空と逃げる」いうタイトルからは、当初の早苗たちとの逃避行とは真逆の印象を受けていたが、最後まで読むとこれほどまでに早苗たち一家の前途を描き出しているものはないなと納得させられた。


鞠子はすてきな役立たず (河出文庫 や 17-8)
山崎 ナオコーラ
河出書房新社
2021-08-06

山崎ナオコーラ「鞠子はすてきな役立たず」
「働かざる者、食うべからず」という父からの教えと共に生きてきた銀行員の小太郎が結婚したのは、その教えとは真逆の生き方をしてきた鞠子という女性だった。早く働いて一人前になりたいと高卒で銀行に入った小太郎とは違い、鞠子は就職などとは一切関係なく、ただそうしたいからという理由で文学部に入って大学院まで行き、卒業後も書店のアルバイトをこなしつつ実家で暮らし、小太郎と結婚してからは主婦として趣味に邁進していく。もちろん小太郎の稼いだお金を使って。絵手紙、家庭菜園、俳句、小説、散歩……様々なことに全力で挑戦していくが、かといってそれを(金銭的な意味で)生活の糧にするつもりはいっさいない鞠子の生き方は、理想的だが(少なくとも今の世の中では)現実的ではない。けれど小太郎と同様、羨望や疑念といった様々な思いを抱きつつも、そんな鞠子の生き方からは目が離せないし、否定もしきれないし、なんなら好きなだけやらせてやりたいという気持ちになってくる。「仕事」とは、「趣味」とは、いったい何なのか。生きる上でどちらがより大切かという問いの答え――とまでは言えないかもしれないが、それを考えるための大きなヒントになる物語。



雪村花菜「くらし安全支援室は人材募集中 オーダーメイドのおまじない」
新作は架空の自治体「北加伊道(ほっかいどう)」を舞台にしたSF(すこし不思議)なオカルト現代もの。女子大生の辻村みゆきが、北加伊道「くらし安全支援室」所属の公務員・香坂嘉子と出会ったことをきっかけに、バイト先の大学図書館で起きた奇妙な事件を解決し、「くらし安全支援室」に所属することになるまでが描かれている。オカルト系とはいえど、どちらかといえば「信じれば道は開かれる」系の……平たく言うとある種の力業(笑)でオカルトをねじ伏せる系のみゆきの考え方&行動がになんとも頼もしい。それと、なんといっても気になるのはみゆきの先輩である香坂さんの存在。20代半ばという外見とは裏腹に、実は還暦近い年齢の吸血鬼だという彼女。これを「美魔女」といっていいのかどうかはわからないが(笑)、見た目と言動とのギャップがなんとも楽しい。続編があれば、今作でもちょこっと出てきた彼女の息子の活躍にも期待したい。