S倉に古くから住んでいた「姫宮」なる石の女神は、姿を消した夫の持ち物であった石の矢尻を探すために S倉城址公園を訪れる。そこにはかつて歴史博物館が存在していたが、ウラミズモの支配下に置かれてからは「男性保護牧場歴史資料館」となり、正しい女性史を伝えるための施設となっていた。施設へ向かいながら姫宮が思い起こすのは、TPPを批准したにっほんの末路。そして道すがら出会った学女・猫沼きぬや、施設に勤めるガイドたちの姿から透けて見えるウラミズモの現状だった……。
「文藝」2018年秋号に掲載された長編の書籍化。現実世界での作者による寄稿や議員たちへ送った文書などをまとめた「資料編」、そして書き下ろしとなる次回予告も併録されている。
TPPを始めとする様々な「自由貿易」の条約によってひょうすべの支配下に置かれ、骨抜きにされてしまったにっほん。そんな「隣国」を横目に、ウラミズモは国土の拡大を続けていた。作者は本作を「ぶっとんだディストピア」と呼んでいるが、女性たちをことごとく搾取し、あらゆる「男性の権利」と、彼らにとって都合の良い「女性の権利」のみを声高にかつ執拗に主張するにっほんの男性たちの姿は、そのまま現実の日本の男性たちのやり口とまったく同じで、実に暗澹たる気持ちにさせられる。加えて、奴隷根性が染みついた民族性という点についても。
にっほんの男たちは、そしてひょうすべは、これまでも「見えないものはないのだ」という主張で、女性たちの存在そのものを搾取してきた。そして同時に、大事なことをあえて見えないように操作することで、国民たちはそれを知ることなく生きているのだということが浮き彫りにされたような気がする。TPPについての詳細は調べればわかるのかもしれないが、マスコミはそれを報道しようとしない。だから知らないひとは知らないのだ――私も含めて。そのことを突き付けられて慄然とさせられた。けれど現実に置いて、「だって知らなかったから」という言い訳は通用しないのだ。
一方、虐げられた女性たちが作った女人国「ウラミズモ」も、夢と理想を実現させた世界ではもちろんない。確かににっほんに比べればとても生きやすく、女性たちを真の意味で解放してくれる素晴らしい国ではある。けれどその一方で、老齢に達しているガイドたちと若い学女たちの考え方はどこか乖離しつつあるように思える。ガイドの解説を冷笑する学女たちの考え方は、単なるにっほんの男性たちの裏返しになっていないだろうか。「目には目を」と言ってしまえばそれまでだが、それが正しいのか――いや、正しいかどうかはさておき、ウラミズモという女人国家において良いことなのかどうかは、まだわからない。この先、ウラミズモがにっほんと同じ轍を踏むことがないよう祈るばかりである。
きぬの友人でもある双尾銀鈴は、ウラミズモで「保護」されていた「性的弱者」の男性(つまりは性犯罪者)を目の当たりにした結果、「純粋暴力」という「悪くない暴力」があると信じて、高等学院を卒業していった。ウラミズモも完璧ではないと理解していた彼女の存在こそが、この先の鍵を握っているような気がする。




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