phantasmagoria

読んだ本のこと、それ以上に買った本のこと、ときどきライブのことを書き散らかしてみたりする。 (当ブログは全文無断転載禁止です)

カテゴリ: 野梨原花南


黒羽十六たちは姿を消し、異空間にはクジと血まみれで倒れ伏すカンラン、そして本性をむき出しにしている古来と共に残された。古来のおかげでカンランの怪我は治ったものの、その瘴気の影響で喉を傷め、なおかつ黒羽の仕業でまともに声が出なくなってしまう。心配するクジに、カンランは現在の自分の状態――実は彼もクジと同様に魔法を帯びない体質であり、代わりに発光する蔓のかたちをとっている術式を仕込まれていること、その術式を制御するために杖が必要なこと、しかし杖を失った今、クジのそばにいれば「魅了の王」の影響で制御できること――を告げるのだった……。

電子オリジナルとなる「ちょー」シリーズ続編6巻。謎の敵が姿を消し、ひとまず小休止状態ということで。

カンランの秘密を知らされたり、かつて保志門によって作られた存在「山口」から星乃香が警告?のようなものを受けたり……と、事態はしかし少しずつではあるが動いている。とはいえ「魅了の王」の制御もいまのところうまくいっていたり、杖をなくしたカンランがいつのまにかクジの「使い魔」的なポジションに収まってしまっていたり、というあたりはまだまだ予測不可能というか、「吉と出るか凶と出るか」といった状況。しかし一方で、姿を消した黒羽たちも引き続き暗躍中。一番気になるのはやはり、ラストで黒羽が「召喚」した人物のこと。タロットワークという一族そのものに関わる存在、鉄色の長い髪と瞳、そして「お師匠様」という呼称。「これ」をきっとわたしたちは知っている。けれど、だとしたらなぜ。


◇前巻→「ちょー東ゥ京5〜カンラン先生とクジ君の約束の指輪〜」


杖とズイチョウに続き、クジまでもが謎の男たちに奪われてしまい、ショックを隠せないカンラン先生。レナードや古来たちの力を借り、どうにかクジの居場所を突き止めようとする。一方、さらわれたクジは由一と司によって監禁されていた。極限状態の中、自身の裡に眠る「魅了の王」の能力をコントロールしようと試みるクジだったが、そんな彼の前に由一たちが「先生」と呼ぶ人物――黒羽十六が現れる。初めて目にしたその人物は、なぜかカンラン先生によく似ていて……。

カンラン先生&クジ君、ふたりそろって大ピンチ続行中!のシリーズ5巻。

ついにラスボス登場?ということではあるが、「黒羽十六」と名乗るその男――あたかも魔王サルドニュクスの別名を騙るようなその名前、カンラン先生によく似た容貌、そしてクジの魅了の能力がきかないという性質など、とにかく謎だらけ。しかも今のふたりでは太刀打ちできないとあって、その存在の奇異さがますます引き立ってくる。ラストではクジを奪われて怒れる古来が参戦してきたことでますます事態は混迷を深めているという状況。そんな中、「指輪」を軸にしたカンラン先生とクジの絆にはほっとさせられる。ふたりがまだ互いに隠していることがあるといえばあるようだが、たぶん明かされたとしても大丈夫なような、そんな確信を得られるエピソードだったと思う。


◇前巻→「ちょー東ゥ京4〜カンラン先生とクジ君のクリスマス〜」


クリスマスを間近に控える中、クジは兄や古来の知識を借りながら、カンラン先生を元の世界に戻す方法を探っていた。しかし本人はどちらでもいいと考えているようで、クジは困惑を隠せない。そんな中、地下鉄の駅で何者かがカンラン先生に接触。別の次元に隠していたはずの彼の杖を無理やり奪って逃走し、カンラン先生はその場で昏倒してしまうのだった。杖がない状態では魔法が使えるかどうかわからないというカンラン先生のために、クジは魔法庁の施設でデータを取ることを提案しつつ、杖を奪った犯人の手掛かりを探すが……。

電子オリジナルとなるシリーズ4巻。魔法使いにとっては半身ともいえる杖を奪われてしまい、カンラン先生大ピンチ!の巻。

なにもかもがまったく違う存在のクジとカンラン先生は、それでも協力しつついろいろなトラブルを解決する中で、少しずつ互いを理解してはいたはずだったが、今巻ではまだまだ知らないことがたくさんあるということが改めて浮き彫りに。やはりクジにとっては「無理やり自分たちの世界にしまった引き擦り込んでしまった」という負い目があるためにカンラン先生を元の世界に返そうと必死だし、けれど一方で魔法使いの好奇心ゆえか、あるいはネオンジウムをどうあっても持ち帰れない現状に対して(一応)責任を取るためか、この世界に留まってなにかしらの新発見をしようと考えている模様。何度目かわからないそんなすれ違いもここまでくれば微笑ましく映ったりもするのだが、それはそれとして、カンラン先生は「新発見」の対象として「魔王」の存在を求めようとしていた――もちろん、その対象は「サリタ・タロッタワーク」だったもののことなのだろう。ここにもまた、かの魔王との因縁――あるいは呪縛のようなもの――がいまでも根深く残っている。サリタを知る者たちにとっては、彼が死んでしまうよりもなお残酷な出来事だったのだ。

しかしそんなふたりの前には、またしてもカンラン先生の杖を――というよりは、ネオンジウムを狙う輩が現れる。彼らの狙いは一体何なのか。そして残るネオンジウムの持ち主ふたりはもちろん「大丈夫」とは言うが、相手がどのくらいの力量を持っているのかまだわからないので、本当に大丈夫なのかどうか。


◇前巻→「ちょー東ゥ京3〜月の光ワルツ〜」

20190815

デスメタルロックバンドのメンバーでもある桐先山順平は、ライブの打ち上げ帰りに猫を拾ってしまう。しかし彼の住むアパートはペット禁止。大家代理である女性に直談判したものの、もちろん断られてしまう……が、押し問答をしているところを見かねた2階の住人・蓮見が、猫の飼育グッズを潤平に渡して去っていく。大家代理もそのまま部屋に戻ってしまったため、順平はとりあえず猫を連れ帰って世話し、さらに翌日には動物病院に連れていくなどして甲斐甲斐しく面倒を見始める。もちろん大家代理に再度交渉するも断られるが、それを聞きつけた他の部屋の人々がかわるがわる協力してくれるようになり、さらには大家代理も猫の可愛さにほだされ、大家である祖父に交渉することを約束してくれて……。(「猫の名はステファン。」)

雑誌cobalt(web版含む)に掲載された短編3作品を収録した、作者本人による自費出版物。タイトルの通り、猫にまつわる短編「猫の名はステファン。」「やってきた猫」と、ちょっとホラー?な「五月田くんと岩田万丈のおばけ屋敷」の3作品が収録されている。

「猫の名はステファン。」は捨て猫にまつわる短編。周囲の人々の善意によって成り立つストーリーではあるが、不思議とご都合主義的には感じない。それは順平も、彼に協力してくれる周囲の人々も、これが「たまたま」であることを理解しているからなのかもしれない。でもその「たまたま」の連鎖こそが奇跡であり、とてもうつくしいものだと思えるのだ。

「やってきた猫」は、コバルト文庫から刊行されている「還るマルドールの月」のスピンオフで、ヒロイン・ダリアードの嫁ぎ先であるコリンズ家の家政士である老嬢・アデラインが主人公。彼女にとってのダリアードの第1印象は「猫」ということなのだが、本物の猫がやってきたのと同様、アデラインは彼女の行動にいろいろと翻弄されることに。しかしその「変化」は彼女にとって悪いことではなかった。これからうまくいきそうなふたりの関係をもっと読んでみたくなる。

最後は猫とは関係ない「五月田君と岩田万丈のおばけ屋敷」。こちらは集英社オレンジ文庫から刊行されている「岩田虞檸為、東銀座の時代」のスピンオフ……なのだが、なんともつかみどころのない物語。主人公である岩田万丈の友人・五月田真吾の視点で描かれている本作は、万丈との出会い、そしてその後、万丈が上京した後の彼の実家の変容ぶりが語られていく。その中で特に印象的だったのは、先生が五月田に言った「お菓子の家」の話。ヘンゼルとグレーテルが去り、魔女がいなくなったお菓子の家はどうなったのか――腐ってぐちゃぐちゃになるであろうその家を見た誰かはどう思うだろうか、と。時期と状況で同じモノは変化する、まさにそれはその通りなのだが、今回の展開に照らし合わせてみると、なんともうすら寒いものがある。万丈は本当に「大丈夫」なのだろうか、と。


元の世界に戻る方法を見いだせないまま、カンラン先生は引き続き東ゥ京にて魔法使いとして暮らすことに。そんな先生のもとに舞い込んだのは、竹中佐和という字を世からの依頼だった。彼女の母親はかつて、自分が亡くなったら、3日間だけ誰にも知らせずそのまま寝かせておいてほしいと言っていたのだという。そしてその母親が亡くなって、この日で3日目。クジとカンラン、そして佐和が見守る中、不意に母親は起き上がって外へ出て、今は使われていない近所のダンスホールへと向かい……。

魔法が存在する「日本」ならぬ「日本ン」を舞台に、異世界の魔法使いカンラン・タロットワークと、魔力を帯びない珍しい体質持ちの青年・クジが不可思議な事件を解決していくファンタジーシリーズ第3弾。

カンラン先生が元の世界に戻るために必要な「ネオンジウム」が3つとも見つかったとはいえ、うち2つはもう使えない状態……ということで、とりあえずこれまで通り、東ゥ京で起きる怪異をどうにかすることになったカンラン先生。ホテルの滞在条件のことや、そもそもの責任的なものもあり、クジも先生と一緒に行動するわけだが、それはそれとして、魔力が皆無であるという自分の特異体質について引き続き悩んでいるというのが現状。場合によっては足手まとい――しかも単なる能力不足ではなく、彼の体質がどう影響を及ぼすかわからないという、自分でもどうすることができない理由で行動を阻まれてしまうクジは、自分に何ができるのかというのを自問し続ける。しかし先生はちゃんと、その肩書通りの役割を果たしてくれるのだ――例えばとても小さな、しかし背中をそっと押してくれるような魔法を作ったりだとか。

「明日なんて来ないかもしれないスケジュールですよ」と先生はにこやかに呟く。それは彼自身のことでもあるし、他の誰にだってあてはまることでもある。先のことはわからない。けれど、だからこそ、落ち込んだり悔んだりしながらも、ただ前に進むしかない。当たり前で、ささやかな事実なのかもしれないが、それでも確かに勇気づけられた気がした。


◇前巻→「ちょー東ゥ京2〜カンラン先生とクジくんのちょっとした喧嘩〜」


クジの父親である魔法庁長官の久知とこれからのことについて話すことになったカンラン先生(とクジ)。そこで久知長官が語り始めたのは、「古来(こき)」という災厄をもたらす存在がクジを狙っており、それを阻止するためにカンラン先生を呼んだのだという話だった。クジが古来について隠していたことに腹を立てたカンラン先生はひとりでホテルへと戻るが、そこに保志門と古来が現れ、カンランとネオンジウムのひとつを攫ってしまい……。

電子オリジナルとなるシリーズ第2弾。クジ君が外界の魔法使いを呼び寄せたかった本当の理由が明かされることに。

魔力を一切帯びていないという特異体質のため、「古来」なる存在にその身体を狙われているクジ。古来は圧倒的な災厄ともいえる存在ではあるが、クジを狙う理由は「生きている実感を得たいから」というごくシンプルなもの。それでいて、実体化したとしても気が向けば世界を滅ぼしもするし、とにかく「人間」として生きたいわけでもないという厄介な存在だったりする。隠し事をしていたクジといったんケンカはするものの、でもって一時はその古来に囚われたりするものの、カンラン先生はそれでもクジを救おうとする。それはなぜか。

前巻を読んだ時、カンラン先生の面倒見の良さはタロットワーク一族の習い性のようなものかと思っていた。しかし実際は違った――そうかもしれないけど、それだけではなかった。彼の心の奥底には今でもなお「サリタ・タロットワーク」がいて、彼を救えなかったことがカンラン先生の中では大きな後悔として横たわり続けていたのだ。

クジを助けるためにカンラン先生は「サリタ」の元へと向かう。それはカンラン先生の記憶が作り上げた虚像なのかもしれないし、けれどももしかしたら、本物の「サリタ・タロットワーク」の意識だったのかもしれない。けれどカンラン先生はその「サリタ」と向き合うことで、そしてクジはそんなカンラン先生の姿を目の当たりにすることで、解決の糸口を手にすることになるのだ。

そうしてクジが選んだ方法は、ある意味反則のような気もするが、でもクジ君らしいなと思わされるものだった。そしてカンラン先生の思い切りの良さも同じく。人生なんてろくなもんじゃない、とカンラン先生は古来に語ったけれど、そんな「人生」を思い切り謳歌しようと先生も思い始めたのかもしれない。それもまた人生、ということで。


◇前巻→「ちょー東ゥ京〜カンラン先生とクジ君〜」

アラン・レイ高校から延びる地下水路を利用して、ドクトル・バーチがドルーシア銀行に秘蔵されている金塊を盗み出そうとしている――そんな投書を警察に送ったのはデアスミスだったが、バーチは予告を出しこれを実行することに。トーリアスから依頼を受けたマルタはリッツと共にアラン・レイ高校に潜入し、地下水路を発見。そして犯行予告当日、水路を通りカードを使って現場にやってきたマルタだったが、逆上したドルーシア銀行頭取が発砲し、バーチが倒れてしまう。さらにそのさなかに現れたのは「カード戦争」委員会のシェリー。彼女はマルタの「名探偵」のカードの登録抹消を宣言し、マルタは強制的に蓑崎へと戻されてしまうのだった。――それから7年が経ち、鷺井丸太は25歳になっていた。興信所でバイトしつつ、アーバーズやカード戦争の痕跡を辿ろうとしていたが、いっこうに何の手がかりもつかめないまま。そんな折、才谷信という青年が妹探しの依頼で事務所を訪れる。その妹「才谷渚」は、かつてマルタがカード戦争の中で出会ったことのある「ヤマンバコギャルのナギサ」のことで……。

私家版6巻は蓑崎編。はからずもカード戦争から弾かれてしまい、元の世界に引き戻されたマルタがいかにしてオスタスに戻るかという展開に。

7年も経てばもうおとなになっているけれど、丸太の心はオスタスに置き去りにしたまま。手掛かりを求めて興信所で働いてはいるものの、周囲とはどこか距離を置いたまま暮らしている。元々人付き合いがうまい人間ではないのだろうがそれだけでなく、いつここから消えてもいいようにと、そういう予防線を張っているようにも見える。しかし自分と同じく渚を探している才谷の出現で、その生き方は変わっていくのだ。

彼は「鷺井丸太」ではなく「マルタ・サギー」であったから、オスタスはかけがえのない場所であっても、生まれ故郷であるはずの蓑崎は何の意味もない場所――強いて言うならオスタスに戻るための手掛かりのひとつでしかなかった。しかし皮肉にも、オスタスに戻るために行動することで、マルタは「丸太」になり、蓑崎もまた故郷たりえる場所となりつつあった。そしてそのことに最後まで気付いていなかった――周囲はみな、すべてを理解していたのに。

結局のところ、7年の歳月はマルタを真の意味で「大人」にしてはいなかった。しかし喪失の痛みを抱えて、マルタはオスタスに帰還する。最後に行きつく先が地獄だとしても厭わないというのは子どもっぽい盲目的な感傷に見えもするが、同時に責任を果たす覚悟を決めたということでもあるはずだ。目覚ましい成長を遂げたマルタの今後の活躍にも期待したい。


◇前巻→「私家版 マルタ・サギーは探偵ですか?5 ニッポンのドクトル・バーチ」


異世界に迷い込んでしまったクジは、その世界の魔法使い・カンラン先生によって「界渡りの魔法」で元いた場所に送り返してもらえることになった。しかしその魔法は微妙に失敗し、ふたりは東京によく似た「東ゥ京」なる地へと飛ばされてしまう。さらに、その魔法に必要な3つの「ネオンジウム」が逃げてしまったため、これを探す必要があるのだと言われ……。

タイトルを見ればわかる人にはわかる通り、電書オリジナルとなる本作は「ちょーシリーズ」の新作という位置付け。とはいえシリーズを読んでいなくても問題なく、クジという少年とカンラン先生という魔法使いが、現代東京によく似た「東ゥ京」なる地で、怪異が絡む事件を解決してゆく短編連作となっている。

東ゥ京駅に接続するステーションホテルで起きる怪異、あるいは衣服や持ち物だけを残して中身(つまりその持ち主)が消えてしまう事件。そんな不思議な現象をふたりは解き明かしていくこととなる。クジとカンラン先生の会話が噛み合っているようで微妙にズレていることもあるのは、ふたりが「ただの人間」と「魔法使い」、または異世界の人間同士だからという部分が大きいのだろう。しかしカンラン先生はあっさりと東ゥ京になじみ、逆にクジの方が周囲の環境だったりカンラン先生の振る舞いだったりに戸惑っている風でもある。

それが何に由来するのかは物語を読み進めていけばわかるのだが、クジの真意を知ってなお、カンラン先生の態度が変わることはなかった。どころかすべてを理解してもなお、彼を受け入れ受け止めるカンラン先生。それは彼の血筋がなせる業なのかもしれないし、もちろんそれだけでなく彼の人間性そのものによるのだろう。けれどこうして受け止めてくれるひとがいるというのは、なんと幸せなことなのだろうか。そんな優しいラストがとても印象的だった。

デアスミスに心酔するカード使い・デロリスの策略でリッツが昏倒。焦りながらもバーチとの対決に挑むマルタだったが、その場にもデロリスが現れ、バーチ共々攻撃を受けてしまう。目覚めたふたりがいたのは蓑崎のマルタの家。戸惑いながらもマルタはバーチと共に解決策を探ることに。しかしそんなふたりの前に現れたのはデアスミスだった。マルタはその横に控えるクレイとの思わぬ再会に動揺を隠しきれず……。

富士見ミステリー文庫で完結していた同作の改稿版5巻。なお、3巻までは富士見L文庫から出ていたが、電子書籍のみとなっていた4巻を最後に同レーベルからの刊行は中断。しかし今後は私家版として出してくれるとのことなので、作者には感謝しかない(なお4巻も私家版あり)。

というわけで5巻はバーチとの共同生活(?)ふたたび編。しかもカードの影響によるとはいえ今回の舞台はオスタスではなく蓑崎。とはいえここではっきりしたのは、もはやマルタにはオスタスでの生活が現実であるということ。確かにオスタスと比べれば現代日本の生活は快適だし、マルタのとっても生まれ育った世界であるから懐かしさを感じることもある。しかしそれはただの郷愁であり、もう戻れない過去の話になっている。

後半のアラン・レイ高校への潜入捜査や普段の生活ぶりから見てもわかるように、マルタという人間の本質が変わったわけではもちろんない。けれど、巻き込まれたとはいえ右も左もわからない異世界にたったひとりで放り出され、庇護者(という後見人)はいたとしても、じゃあ達者に暮らせよと言われてその通りにできるなんてことはありえないだろう。ではなぜマルタはそうできたのか。それはクレイとの、そしてリッツとの共同生活のおかげであり、「名探偵のカード」という自分にしかない切り札を持てたことにもよるのだろう。つまるところそれは「居場所」であり、蓑崎にはなくてオスタスにはそれがあるということ。自分の依って立つ場所を持てるというのはなんという素晴らしいことなのだろうか。この蓑崎行き(仮)はそんなマルタの置かれた状況が浮き彫りになったエピソードだと思う。

デアスミスの魔手があからさまにマルタやリッツの周辺に伸び始めつつある中、マリアンナとの距離もまた、微妙に近付いてはいる。大切なものが増えるにつれてマルタはおとなになってゆく。マリアンナのマルタに対するまなざしは、そっくり私たちの目線と同じなのかもしれない。マリアンナが思い描く光景はあまりにも眩しくて、涙が出そうだ。


◇前巻→「マルタ・サギーは探偵ですか?4〜オスタスでのこまごまとした事件簿〜」


彼氏と別れ、仕事にも疲れていたOLの鳩鳩子は、他界した祖母の家へ整理のために向かうことに。しかし東北の田舎にある祖母・鳩言子の家には、謎の青年が棲み着いていたのだ。阿壱と名乗る青年は人間ではなくあやかしの類で、言子含む鳩家の人間は、代々あやかし相手の相談役をしていたのだという。そして阿壱はその相談役の世話役として、代々の相談役に仕えているのだとも。言子が亡くなり、その息子である鳩子の父が役目を拒む以上、次の相談役は鳩子だという阿壱の言葉をもちろん拒否する鳩子だったが、そんな矢先に彼女の勤め先が倒産し、さらに彼女の住むマンションが放火により全焼。仕事も家も失ってしまった鳩子は、否応なしに相談役の仕事を受ける羽目になり……。

富士見L文庫での新作は、前作に引き続き今回もあやかしもの(続編ではないが)。OLの鳩子さんがあやかしの相談役になってしまうまでを描く物語。

苗字が「鳩」、名前が「鳩子」というフルネームがなかなかインパクトのある主人公・鳩子だが、中身はいたって普通のOL。「相談役」にあやかしが悩みを相談することで、自動的にフラグが立って解決に導かれるという設定がなんとも面白いのだが、そんなふうにある意味うまくいきすぎるあやかしとの関係の中で、どうしても意識せざるを得ないのが人間とあやかしの違いだった。永きを生きるあやかしたちと、そんなかれらの永い生を一瞬かすめてゆく人間たち――特に世話役として人間に仕え続けてきた阿壱と、一瞬で消える側の立場である鳩子との間に、その問題は大きく横たわることになる。

阿壱の片割れというべき存在・吽零と、先代の相談役であった言子の存在は、そんなふたりの関係に大きな影響を及ぼす。と同時に、ふたりに覚悟を背負わせることとなる。そうして「永遠」の一端に触れた鳩子が、こっそり書き記した「人間は、すこしだけ永遠なの」という言葉がひどく印象に残った。限りある時間を生きるものの方が「永遠」の意味を理解できるのかもしれない。


ツェブ合衆国とマルドール王国との戦争終結から10年。マルドールの没落貴族のひとり娘・ダリアードは、その爵位と引き換えに、20歳も年上のツェブの大富豪マーク・コリンズと結婚することになった。使用人のイズーデ、そして家庭教師のコンスタンスと共に初めてツェブを訪れたダリアードを迎えに来たのは、結婚相手であるマーク本人。ダリアードはマークにすっかり一目惚れしてしまうのだが、マークはこの結婚が政治的意図を持つものであることをダリアードに告げるのだった――いわく、両国の融和の証として、かつてツェブがマルドールから奪っていった宝石「マルドールの月」を返還することになったが、警官であるマークがかねてから追っている怪盗テレンスジャクソンがその宝石を狙っており、宝石や要人のより近くでマークが警護に当たるためには――つまり返還式典の参加者となるためには、マルドールの爵位が必要だったからなのだ、と。式典が無事に終われば離婚してくれて構わない、というマークに反発したダリアードは、翌日から使用人たちの中でも特殊技能を持つ者をピックアップし、マークの役に立つべくその技術を学び始め……。

久々のコバルト文庫での新作は、運命の恋に落ちた少女が、その恋をつかみ取るため奮闘する恋愛ファンタジー作。

まだ16歳、しかも貴族の箱入り娘である主人公のダリアード。しかし初めて外国に行き、夫となるマークに運命を感じてからはもう一直線。運転技術や情報収集能力に長けた使用人たちから技術を学び、そしてそれをさっそく役立てるだけの機転と行動力を発揮。マークが抱える問題を解決するため、怪盗テレンスジャクソンと手を組んでみたり、さらにはマークの元彼女である美女ヘマボマの家に転がり込んでいつの間にか仲良くなったり。旺盛な好奇心と怖いもの知らずなその性格はまさに年相応かそれ以上といったところで清々しいことこの上ないのだが、一方でいまひとつうまくいかないのが夫となったマークとの関係だったりする。

あくまでも結婚は仕事のためと割り切り、ダリアードの不利にならないよう取り計らおうとするマークだが、そんな彼に運命を感じてしまったダリアードは居座る気満々。だからこそふたりの会話は成り立たないし、すれ違いが積もっていくことに。しかしここはやっぱり一途な乙女心の勝利ということで、マークが折れる(というか自制するのを止めた?)結末にはもうとにかくおめでとう!やったね!というしかない。恋をしたならカーニバル、という女家庭教師コンスタンスの台詞がすべてを象徴するような、ジェットコースター・ラブストーリーだった。


先だってのリーサーズローズ事件によって施設に多大なる被害が及んだとして、ドクトル・バーチを非難する記事が新聞に掲載された。それを見たバーチは謝罪の必要があるとは考えたものの、謝罪相手となるリーサーの情報を得るためには、彼の同僚であるエシとの接触が不可欠ということで、エシが苦手なバーチは頭を抱えることに。一方、その事件の後始末に駆り出されていたマルタとリッツ。リーサーの指示に従い蟻の駆除に勤しむふたりだったが、そこでティルマカット菓子店の女店主・マリアンナが施設を訪れる姿を目撃し……。

シリーズ4巻は今のところ電子書籍限定刊行。
リーサーズローズ事件の後日談となる「大切な後始末」、マルタが誘拐される「探偵捕らわる。」、マルタとバーチの偽物が現れ、本物ふたりが見物にいくというシュールな展開の「ニセ探偵のセレナーデ」、リッツの視点から何気ない日々を描く「幕間」、そしてマルタとバーチが無人島クルーズ(仮)をするはめになる「オスタス外洋クルーズパーティ」の5編からなる短編形式で、マルタたちの日々のあれこれが描かれてゆく。

なんだかんだ言ってリッツはマルタのことが心配だし、バーチはマルタのことが大好きだし、そしてマルタもリッツやバーチのことを口には出さないけどかけがえのない存在と思っていて。嵐の前の静けさ、というと不穏な感じもするが、とにかく大きな事件も起こらず、3人の平和なやりとりが描かれてゆくのがなんとも微笑ましい。

けれど「幕間」では、マルタとの何気ない日々の裏側で、リッツが自身の存在について苦悩するエピソードも。デアスミスによって埋め込まれた「アテンダント」なるモノは確実にそこにある。そしてデアスミスが今はまだ動く時ではない、という確信の裏には、しかしいつかは動き出すという厳然たる事実――予想ではあるが必ず果たされるであろう未来――が存在している。穏やかな日々が描かれるからこそ、その時がやってくるのがこんなにも恐ろしい。わかってはいるのに。


◇前巻→「マルタ・サギーは探偵ですか?3〜ドクトル・バーチ被毒事件〜」

妖怪と小説家 (富士見L文庫)
野梨原 花南
KADOKAWA/富士見書房
2015-12-11

夕暮れ時に吉祥寺の担当作家のもとへ訪れた編集者・水羊は、バーゲン帰りのその作家・太宰に遭遇。決まりが悪いのかぶつくさ言う太宰をなだめすかしながら歩いていた水羊だったが、不意に今いる場所がいつもの町とはなにか違うことに気付く。車はおろか人通りもまったくなくなり、スマホの地図アプリを見ても明らかにおかしい。そして時計の表示は79時。前に進んでも気付けば同じ所をぐるぐると回っている。ようやく出会った警官は身の丈2メートルを越していて、その顔はまったくもって認識できない。とりあえずふたりはその場から逃げ出し、柏手を打って大声で叫ぶと、不意に町は元の姿に戻った――これは小説家・太宰と、その担当編集者・水羊にとっては、よくあること。当たり前の生活の中に不意に怪異が忍びこむ、そんな日々を送りながら、ふたりは懸命にいい作品を作ろうとしていた……。

舞台は現代日本、しかし登場人物は近代日本文学の名だたる文豪たち――その中でもなぜか怪異に狙われがちな小説家・太宰と、その担当編集である青年・水羊の不思議な日々を描く物語。

ポールスミスが好きで、締め切りやら税金の振込日やらそういうのはまったく覚える気がなくて、本当に書きたいものはなかなか売れなくて、でもいったん集中したらものすごい勢いで作品を仕上げることができる。そんな太宰の周囲では、どうも奇妙な自体がしばしば起こる。外に出れば異界に迷い込み、料亭に行けば鯰の店主が現れ、宅配便が届いたかと思えば、中からは太宰が望むものが次々と出てくる。そしてそこにいつも居合わせる水羊は一緒に巻き込まれる。友人(たぶん)の中原、尊敬している宮澤、嫌っている谷崎など、他の作家も同じように巻き込まれる。そういった怪異は彼らの周囲では日常茶飯事で、だから彼らは恐れることなくこれらを退け、そしてただひたすら自分の思う作品を紡いでゆくのだ。

自分が書きたいから、そして楽しいから、自分の命を削ってでも書く。誰が何と言おうと構うことはないし、誰かのために、あるいは誰かに命じられて書くということはない。そして自分たちが書くものは、きっと世界を作り、動かしてゆくものになる。どこか滑稽でもある彼らの日々の底には、そんな強い自負が、信念が、常に流れているということがよくわかる。言葉を紡ぎ、世界を作るということの力強さを感じさせられる物語だった。


高校生・岩田万丈の両親が失踪した。家は税金滞納を理由に役所に差し押さえられ、途方に暮れていた万丈に、両親から電話が。失踪の理由も知らされぬまま、万丈は両親の指示に従い、東銀座のガルボビルへと向かう。そこで出会ったのは義父方の祖母だという初対面女性。「石さん」と名乗る彼女と共に、とりあえずそのビルで暮らすことになった万丈。するとその夜から、万丈の夢にはしばしば「キヌ」と名乗る不思議な美女が現れるように。しかも翌日、石さんの機転により、このガルボビルに先住者がいることがわかり……。

理由も分からず突然天涯孤独の身となってしまった男子高校生が、初対面の祖母や見知らぬ母娘、そして夢の中で謎の美女と出会い、奇妙な同居生活を送ることになるという物語。

マイペースかつさばさばとしている祖母・石さん。心に傷を抱えた女性・常盤とその娘である貴意。近所の居酒屋の店主・美鶴と店員のゆかり。突然現れてはピンチに陥った万丈を助けてくれる青年・境。そして夢に出てきて、夢の中のガルボビルに住んでいる謎の美女・キヌ。突然放り込まれた新しい環境の中で、万丈は様々な訳ありの人々と出会い、救ったり救われたりしながら日々を過ごしてゆく。

救ったり救われたり、とは書いたが、彼らはこれを義務的に、あるいは使命感を持ってやっているわけではない。その人と関わった、というただそれだけで、相手は救われたと感じるのだろう。たまに苛立つこともあるし、自分に余裕がない時は他人にもつらく当たってしまうことだってある。しかしたった一言かけるだけで、あるいはちょっと話を聞いてあげるだけで、苛立ちは消えるし悲しみは払われる。現実で、そして夢の中で、万丈はきっとそんなことを知らず知らずのうちに理解していっているのだろう。そうやって他人が他人でなくなっていくこの過程が、そして適度な距離感が、どうしようもなく心地よいと思える。だからこの作者の紡ぐ物語が私は大好きなのだ。

マルタ・サギーは探偵ですか? (3) 〜ドクトル・バーチ被毒事件〜 (富士見L文庫)マルタ・サギーは探偵ですか? (3) 〜ドクトル・バーチ被毒事件〜 (富士見L文庫)
野梨原 花南

KADOKAWA/富士見書房 2015-04-15
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マルタの元に、カード戦争委員会の一員だという女性・シェリーがやってくる。ここでようやく、マルタはカード戦争のルールや進め方についての説明を受けることに。一方その頃、バーチはフィランシェ教室での会合で、ウィリアム・デアスミスに刺され、毒に冒され昏倒する。治療方法が断定できないジャックは、マルタにその謎を解くよう依頼。マルタは交換条件として、バーチから今回の経緯を直接説明することを提示し、ジャックもそれを了承するのだった。かくして数日後、マルタのおかげで回復したバーチがマルタたちの事務所を訪れるのだが、そのさなかにリュウカと名乗るカード使いが現れ、マルタへ対戦を申し込んできて……。

シリーズ改訂新版、第3巻。今回はマルタのカード戦争とバーチの会合を通して、バーチ属する「フィランシェ教室」を現在牛耳っている青年・デアスミスと、彼とリッツとの関係が明かされてゆく展開に。

マルタ、リッツ、そしてバーチ。彼らが一堂に会すことになるまでの経緯は、それはもういろいろあったのだが(特にバーチは今回、生死の境をさまよったりもしたが)、それでもリッツは自分の抱える問題――兄・デアスミスとの関係と、マルタのところに身を寄せることになった理由――を明かし、マルタもそれを受け止めた。そしてバーチはと言えば、とにかくマルタが大好きなので、正当な理由でマルタに会うことができた上、カード戦争の一部始終まで見ることが出来て上機嫌。しかし幸せな時間というのは束の間で、デアスミスの悪意は容赦なく3人の側まで忍び寄りつつあった。けれど3人ともそれに屈することなく、些細な、けれど確固とした幸福をその胸に秘め、前に進もうとする。そのひたむきさは、かつて本作を読んだ時とはなんら変わることなく胸に刺さる。そしてただ愛おしいとすら感じてしまう。やっぱりこの物語が好きだなあと、改めて感じさせられた。


◇前巻→「マルタ・サギーは探偵ですか?2〜名探偵と助手と犬・春から秋までの事件簿〜」

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