phantasmagoria

読んだ本のこと、それ以上に買った本のこと、ときどきライブのことを書き散らかしてみたりする。

カテゴリ: *あ行の作家

記憶屋0 (角川ホラー文庫)
織守きょうや
KADOKAWA
2019-11-21

弁護士の高原は、依頼人である入江美月から「記憶屋」なる噂話を聞かされる。本人が望む記憶を消してくれるという都市伝説めいた存在を、美月は探しているのだという。現在相談されているのとはまた別の事故のせいで心身ともにつらい目に遭い、がために故郷を捨て、恋人の片山と駆け落ちをしてこの街にやってきたのだという美月。しかしその事故の記憶がいまだにふたりを苦しめていることから、美月は「記憶屋」に記憶を消してもらいたいと願っているのだ。その話を聞いた高原はしかし、ただの都市伝説だと一蹴することができずにいたのだった――なぜなら高原は、過去に「記憶屋」の話をしていた依頼人女性が、ある日を境に本当に一部の記憶を消してしまったのを目の当たりにしていたのだから……。

2020年に映画公開予定の「記憶屋」シリーズ、スピンオフ短編集、あるいは前日譚。

事故のせいで人生をゆがめられてしまった女性。あるいは姿を消した夫の「正体」を知り、苦悩する女性。彼女たちはあるひとつの記憶によって今もなお苦しめられており、今後の人生も損なわれようとしていた。そんな姿を目の当たりにすれば、本人でなくとも「その記憶さえ消してしまえたら」と願うのは不思議な事ではない。しかし一方で、こう思う者も確かにいる――本人にとって苦しい記憶だったとしても、それを消してしまった人は、果たして記憶を消される前のその人と同じ人物だと果たして言えるのだろうか、と。つらい記憶だとしても、それはその人物を形成するひとつのパーツであることは間違いない。けれどそれを乗り越えて糧にしろという厳しい言葉に応じることができていれば、彼女たちだってこんな心労は抱えずに済んだに違いない。だからこその「記憶屋」であり、記憶を消すという甘美な幻想を振り払うことがどうしてもできないのだ。

「記憶屋」のことを「怪人」と呼ぶ人々。確かにそれは救いの手かもしれないが、前述の通り、その人そのものを変えてしまうかもしれない存在である。ともすればそれはただの善なる存在ではないのかもしれない――そのような力を持たない一般人の視点では、そうなってしまうのも仕方ないことなのかもしれない。たとえその「記憶屋」たちにも、本人なりの苦悩があるのだとしても。


◇本編→「記憶屋」

本と踊れば恋をする (角川文庫)
石川 智健
KADOKAWA
2019-11-21

幼い頃に父を亡くし、母親とふたりで暮らしている高校生・十屋龍之介は、父の遺した蔵書が古書店で高く売れたことから「セドリ」の存在を知り、自ら古書店を回っては本を売買し、少しずつお金を稼いでいた。そんなある日の帰り道、多摩川沿いを歩いていると古書店を発見。店内の貴重そうな本に期待を膨らませていた龍之介だったが、そこに現れた店主だという青年・朝香裕也に万引き犯だと疑われてしまう。なんでも現在は営業していないこの古書店から複数の本が盗まれてしまったらしい。「古書探偵」を名乗る女性・深町吟子と共に探しているというそれらの本はいずれも、朝香がサインを贋作したものばかりらしく……。

「セドリ」の男子高校生と、開店休業中の古書店店主兼贋作師と、「二代目古書探偵」の3人が、盗まれた本を探す中で奇妙な事件にでくわすビブリオミステリ。

龍之介は本に全く興味がないという高校生。したがって父の遺品である蔵書も読むつもりがなく、金を稼ぐための手段としか思っていない。そんな彼が遭遇したのは、本が好きすぎて作品や作者を理解しようとした結果、サインや手稿を贋作するようになったという、なかなかひねりの効きすぎているビブリオマニアの朝香。その朝香が作った贋作のサイン本が盗まれた!ということで、これが市場に出回って本物認定されたらそれはそれで困る!という理由から始まった本探しだったが、その過程で龍之介は、盗まれた本を1冊取り戻すごとに、朝香の店にある、贋作ではない本を1冊もらえるという約束をしたものだから、たちまちやる気を出すことに……という導入や展開がなんとも奇妙で面白い。

とはいえ朝香は基本的に引きこもって外には出ず、もっぱら龍之介と、「古書探偵」だという怖い顔の美女・吟子のふたりが実働部隊として本の捜索に当たることになるのだが、結局、今巻で龍之介が見つけたのは1冊だけだったし、それも理由あって取り戻せなかったので今のところ何ももらえていないという状況。しかし一方で、亡くなったとはいうものの顔すら覚えていない亡父に関するエピソードや、セドリのさなかに龍之介が見つけたという暗号めいたメッセージの正体など、彼の人生そのものに影響を及ぼすような出会いは確かにあった。タイトルにある「本と踊れば恋をする」というのはまさに言いえて妙で、こうやって彼はひとつおとなになっていくのだし、同時に本というものに向き合うきっかけになったという点ではよかったなと思う。

嘘と正典
小川 哲
早川書房
2019-09-19

マジシャンであった父・竹村理道は、自らが設立した魔術団の経営に失敗し、借金を重ね、母と離婚して姿を消した。それから10年以上が経ち、大人になった「僕」が姉と共に目にしたのは、「タイムマシン」というマジックを繰り出す父の姿だった。半日前にタイムトラベルしてきた、という父のマジックにどよめく観衆だったが、同じくマジシャンとなっていた姉はそのからくりを看破する。しかし父は最後の公演で、19年前にタイムトラベルすると宣言し……。(「魔術師」)

2017〜2019年にかけて「SFマガジン」等に掲載された短編5本に、書き下ろしとなる表題作を加えた作品集。

マジックとして披露された《タイムマシン》は本当に過去へのタイムトラベルを実現させたのか、あるいはタネや仕掛けのあるマジックなのか、という疑問に満ちた「魔術師」、亡くなった父が残したある競走馬の系譜を描く「ひとすじの光」、ある《王》が求めるものを、ある男が物語ることによって差し出そうとする「時の扉」、音楽が財産となる数奇な島が舞台の「ムジカ・ムンダーナ」、こだわりや流行が消えてしまった世界に抗おうとする「最後の不良」、そしてCIAの工作員が共産主義を打ち倒すために見出してしまったある方法をめぐる中編「嘘と正典」。時間SFだったり歴史改変SFだったりと様々なジャンルにわたってはいるが、ここで描かれる《技術》は、作中の人々を魅了し、そして惑わせていく。人知を超えたその《技術》は毒にもなりうるもので、しかし彼らはそれを手にしてしまったがために、不意に境界を越えて行ってしまう――二度と戻ることのできない「向こう側」へと。それが「正しい」のかどうか、私たちが判ずることはきっとできないのだろう。けれど同時に、彼らが見ているものを一緒に見てみたいという気持ちも確かにある。果たしてこの先、彼らは――世界はどうなってしまうのだろうか、と。

少女は鳥籠で眠らない (講談社文庫)
織守 きょうや
講談社
2019-07-12

新米弁護士の木村竜一がこのたび担当することになったのは、21歳の家庭教師が15歳の教え子に淫行したとされる案件だった。しかし初めて接見したその家庭教師――皆瀬理人は、自分の罪状にぴんときている様子もなく、前科がつくと言われても他人事のような態度を崩さないが、かといって開き直っている風でもなく、木村は首をかしげるばかり。被害者である黒野葉月の両親は、二度と皆瀬が娘に会わないことを条件として示談を受け入れたいというのだが、皆瀬本人はそれだけはできないと頑なに拒むのだった。さらにその直後、木村の前に葉月本人が現れ、皆瀬の無罪を訴えてきて……。(「黒野葉月は鳥籠で眠らない」)

現役弁護士であるという著者によるリーガル・ミステリ連作。2015年に刊行された「黒野葉月は鳥籠で眠らない」の改題文庫化となっている。

まだ弁護士2年目であり、経験の少ない木村の前に、様々な事件が立ちはだかってくる。未成年との淫行疑惑に始まり、友人の不法侵入及び殺人事件、知人の後輩の離婚案件、そして頼れる先輩であるベテラン弁護士・高塚が担当している芸術家の遺産相続問題。どれもこれも表面上はよくありそうな問題ではあるが、そこには複雑きわまりない人間模様、そして彼らが持っている強い意志が潜んでいる。

先輩の高塚はさすがベテランだけあって、戸惑う木村に様々なアドバイスをくれる。しかしそれでも木村はやりきれない想いを抱え、時に絶望しながらも、目の前の依頼人と向き合っていく。ある依頼人の裏切りともとれる行為を目の当たりにした木村に対し、高塚が告げた言葉が胸に刺さる――「ただ、覚えておけばいいよ。絶対に欲しいものが決まっている人間が、どれだけ強くて、怖いものかを」。法律は人のためにあるのであって、人が法律のためにあるわけではもちろんない。しかし明確たるルールがなくては、社会というものは成り立たない。そんな中でどうやって生きていくのか――どうすれば自分の望みを叶えることができるのか。そんな当たり前で、しかし難しいことを実現するための答えが、そこにあるような気がした。それがいいことにせよ、悪いことにせよ。


大学生である芹は春休みになったものの、 陰陽師である皇臥はこの時期が書き入れ時らしく、忙しそうな日々が続いていた。そんな折に舞い込んだのは、高倉老の孫娘・笑を連れて、高倉家が行くはずだったリゾート地へ旅行するというバイト話だった。皇臥の勧めもあって、芹はその道中でかつて世話になっていた叔母の家や、亡き父・真一郎のお墓を訪れることに。そこで芹は、父を「兄」と呼び世話になったという黒ずくめの男と出会う。両親のなれそめ話などを軽く聞くことができたものの、男は忙しいらしく、芹に名刺を渡すと早々に立ち去ってしまうのだった。その後、笑を待たせていた喫茶店で芹が遭遇したのは、八城を含めた「廃墟研究会」の面々。とあるミステリ小説の舞台となった廃遊園地へ向かうことを知ったふたりは同行するが、そこで芹はまたしても例の黒ずくめの男――鷹雄光弦と出くわし……。

今回は旦那不在中の出先でトラブルに巻き込まれてしまう、退魔お仕事物語シリーズ5巻。

珍しく芹が皇臥と離れ離れで単独行動……と思っていたら、なかなか厄介な事件に巻き込まれてしまう今巻。廃墟となった遊園地に閉じ込められるわ、父の知人だという黒ずくめの男・鷹雄光弦(実はミステリ作家)に意味深なことを言われるわで、あっちもこっちもさあ大変、という状況。これまでも芹が(仮に)嫁いだ北御門家を巡り、よからぬ因縁というか雰囲気というかが漂っていたのだが、今回はついに表面化し始めたといったところ。しかもそれには芹の亡き父・野崎真一郎の存在も関わっているらしい。芹が子供の頃に亡くなった父親はいったい何者だったのか……せっかく旅行から戻ったら皇臥とデート!?と思っていたのに、これが死亡フラグになりかねない(苦笑)、まさかの展開。今巻ではまったく解決していないので、次巻は早めに出ることを祈りたい。


◇前巻→「ぼんくら陰陽師の鬼嫁 四」

響野怪談 (角川ホラー文庫)
織守きょうや
KADOKAWA
2019-02-23

響野家の末っ子である春希は中学生。怖がりだが霊感が強く、しばしば見てはならないモノを視てしまう。そしてよせばいいのに、怖がりながらもつい怪異に近寄ってしまうことも。そしてそんな彼の反応に怪異の方も気付いているらしく、様々なモノが春希の周囲には「寄って」くる。留守番中にかかってくる電話、捨てても捨てても家の前に落ちているスニーカー、時々消える兄、春希を訪ねてくる謎の声……。

霊感の強い少年・響野春希の周囲で起きる様々な怪異を描く掌編連作。雑誌「幽」「怪」に掲載された作品群に書き下ろしを加えた33編が収録されている。

ひとつひとつはありふれたホラーといった感じではあるが、これがひとりの少年の周辺でのみ起きていると言われると、恐怖が倍増するような気がする。(本人が気付いている・いないに関わらず)春希本人に降りかかっているものもあれば、その周囲に起きている事柄も多数。ホラー雑誌の編集者である父親や普通の学生であるはずの兄たちのみならず、クラスメイトや近所の子、果てはたまたま旅先で会っただけの少女まで。そして極めつけは春樹の兄――春希と同様に霊感を持っていると思われる冬理の存在もまた、春希に連なる怪異の一端を担っている。

様々な怪異が語られる中で、何度も繰り返されるのが夜の教室のエピソード。なぜか深夜の教室で目覚める春希。理由も何もわからないまま、校舎から出ようとする春希だが、なかなかうまくいかない。このエピソードは冒頭に続けて3作置かれ、最後に「再訪」というタイトルで再び語られる。しかしこの最終エピソードで語られているのは一体何なのだろう。冬理という兄、そしてシロという番犬的な存在を得たはずの春希に一体何が起きているのか……考えるだに恐ろしい。

発現
阿部 智里
NHK出版
2019-01-30

大学生の村岡さつきのもとに、姪のあやねがひとりでやってくる。両親が喧嘩をしているので助けてほしいというあやねだったが、その言葉通り、迎えにきた義姉はどこかやつれた様子だった。どうやら夫――つまりさつきの兄である大樹が何らかの病気に罹っていることを妻に隠しており、それを知られるやいなや家を飛び出してしまったのだという。その後、兄は実家に現れ、少し前から幻覚を見るようになり、統合失調症と診断されたことを語るのだった。実家で療養することになった兄に代わり、義姉の家で暮らすことになったさつきだったが、なぜか彼女も彼岸花と血まみれの少女の幻影が見えるようになる。悩んださつきが兄に相談すると、彼もまったく同じ幻覚を見ていることがわかり……。

「八咫烏シリーズ」の作者による新作は、ある兄妹を悩ませる幻覚の真相とその顛末を描く長編作。

物語はふたつのパートが交互に語られる構成。ひとつは「平成30年」が舞台の、女子大生・さつき視点のパートで、こちらでは彼岸花と血まみれの少女という、文字通り死のイメージが付きまとう恐ろしい幻覚に悩まされるさつきの様子が描かれていく。物語が進むにつれて明かされるのは、兄だけでなく、亡き母も同じ幻覚に悩まされて自死していたという事実。父親には何の影響もないその幻覚は、なぜ母と兄妹にのみ視えるのかという謎が、タイトルの「発現」という単語と相まってなんとも恐ろしくなってくる。

一方、もうひとつのパートの舞台は「昭和40年」。こちらは満洲からの引き揚げ時に家族を亡くし、帰国後に兄・清孝が養子となっていた山田家に身を寄せ、農業に勤しんでいる青年・省吾が主人公となっている。復員後に東京で就職し、家庭を持って幸せに暮らしていたはずの清孝が自殺したため、その理由を探ろうとする省吾の姿が描かれていく。何かから逃げるようにして橋の上から身を投げたという清孝は、いったい何を視たのか――そして省吾の行動にあからさまな不快感を示す清孝の妻は、いったい何を隠しているのか――省吾は清孝の軍隊時代に起きた事件を探ることになるのだ。

ホラー、ミステリ、あるいはファンタジー……読み進めるにつれていろいろなイメージがわくが、この作品をひとつに定義づけるのはなんとも難しい。別の時代のエピソードであるこのふたつが意外な部分で繋がり、収束し、事の真相を明かしていく展開にも、いい意味ですっきりしないものが残る。それは図らずもさつき自身が代弁してくれたような気がする。「何だこれ」という、たったひとことで。それは確かに仮説かもしれないし、たとえ真実だとしても荒唐無稽にもほどがあると言いたくなる。どれだけ言葉を尽くしたところで、さつきにとってははっきり言って無関係の出来事に過ぎない。ここでさつきがあっさりと受け入れず抵抗の意を示してくれたことで、そしてその直後、彼女の身に起きたことによって、ようやく読んでいるこちらも少し納得できたような気がした。


《ゲオルギウス会》との同盟を成立させ、連携がうまく軌道に乗ってきたことで、圭は次に《I》との接触をも試みる。《ゲオルギウス会》の《休眠者》であるギスランと共に、圭はプロフェッサーの招きで《I》の本拠地へと向かうことに。圭が提示したいくつもの議題に応じてプロフェッサーがふたりに見せたのは、プロフェッサーがはるか遠い昔から見てきたこの世界の成り立ち――異星知性体の正体と目的、そして現在の状況を作り出すことになった3人の少年少女たちの存在だった。一方、《門部》にて訓練に勤しむ叶やカナエ、唯たちは、独自に異星知性体の目的についての「勉強会」を続けていた。異星知性体やゲートの数でもある「3」という数字、そして世界各地に散らばる「3柱の神々」の伝説などを見直すうち、彼女たちはあるひとつの推論にたどり着き……。

まさに「終わりの始まり」と言えるSFアクションシリーズ6巻。

「始まり」、「継続」、そして「終わり」。3体の異性知性体と3つのゲート。《I》に所属する異星知性体の依代となっているプロフェッサーが語るのは、この世界に生きる人間たちにとってはとても受け入れられるものではなかった。圭が提示したいくつもの問題――ゲート組織の抗争、《白鬼》の存在とその処遇、叶とカナエを襲う《一本角》の存在――それらすべての答えであり、物語の根幹を成す、あまりにも緻密で隙のない厳然たる事実。その全容が明らかになったからと言って、対策が講じられるとはとても思えないような途方もない現実を前に、それでも圭は解決策を模索するし、叶とカナエは諦めようとはしない。彼らの存在こそがまさに箱の底の希望なのだと、そう思わせる展開にひと安心させられた。

……というのも束の間、その「終わり」は思いがけずあっさりと訪れることになる。最終手段として永い時を生きてきた「シュウ」――阿黍がついに失われ、叶とカナエの元には同じ封伐員である姥山が《一本角》に転じて襲い掛かる。またしてもすべてがひっくり返されそうになる中で、圭たちはどこまで抗うことができるのか。次巻が今から待ち遠しい。


◇前巻→「筺底のエルピス5−迷い子たちの一歩−」

八月は冷たい城 (講談社タイガ)
恩田 陸
講談社
2018-10-24

「みどりおとこ」からの招待状を受け取り、「夏流城」での「林間学校」に参加することになった光彦。それはつまり、緑色感冒に罹っている母親の死が近いということを意味していた。しかし城に到着するなり光彦が目にしたのは、首の部分で折り取られた人数分のひまわりの花だった。さらにその後も「城」では奇妙な出来事が続く。茂みの中に鎌を持つ人物の影を見かけた光彦は、それらの出来事が「みどりおとこ」によるものではないかと疑い始めるが……。

「七月に流れる花」の続編、あるいは姉妹編に当たる作品。「七月〜」と同じ時期、夏流城に集められた少年たちが遭遇した出来事について綴られていく。

「七月〜」では主人公のミチルがこの城に集められた目的について知らなかったため、それ自体が謎として描かれていたが、こちらでは「みどりおとこ」が何者なのかという部分にスポットが当たっていく。主人公となる光彦は元々その「みどりおとこ」の存在そのものを不審に思っていたため、城内で起きる奇妙な出来事を「みどりおとこ」に結び付けて考えるように。中には光彦たちの命を狙うような仕掛けまであったため、疑心暗鬼になってしまうのも仕方ないと言える。

ちなみに「七月〜」において、ミチルを蘇芳と勘違いして話しかけてきていたのが光彦。元々知り合いだったふたりは、同じ時期に城に招待されたことを知っていたため、情報交換をしていたのだ。やがて「奇妙な出来事」の真相がわかるのと時同じくして、光彦は蘇芳から「みどりおとこ」についての仮説を聞くことになる。はっきり言ってこの「仮説」がどこまで真実に近いのかは定かではない。しかしそのイメージは光彦だけでなく、読んでいるこちらの中にも強いイメージとして残る。「みどりおとこ」が「最後のひとり」になった時、なにが起こるのか。そもそも「みどりおとこ」は何を想って子供たちを夏流城へと導くのか――夏の城に流れるのは子どもたちの哀しみ、そして死にゆく患者たちの最後の希望なのかもしれない。


◇前巻→「七月に流れる花」

七月に流れる花 (講談社タイガ)
恩田 陸
講談社
2018-09-20

1学期の半ばという中途半端な時期に夏流(かなし)という町に引っ越してきた中学生のミチル。おかげで友達もろくにできず、終業式の日にひとり下校していたミチルは、全身が緑色の不審な人物に追いかけられる。その姿は、美術の授業で「夏の人」を描けという指示が出された際、自分以外のクラスメイトたちが描いていた謎の人物とまったく同じ姿だった。やがてその人物は姿を消すが、ミチルのカバンには「夏のお城」への招待状が入れられていたのだった。そうして始まった夏休み、母親の指示でミチルは電車に乗り、「夏の城」――夏流城なる場所で「林間学校」に参加することになる。参加者はミチルを含めた6人の少女たちのみ。いくつかある奇妙なルールに従っていれば城内で自由に過ごしてもいいという、この林間学校の目的がミチルにはまったくわからず……。

女子中学生のひと夏の奇妙な体験を描くダーク・ファンタジー中編。

全身が緑色の「みどりおとこ」に導かれ、6人の少女たちは山奥の古城に招かれる。ミチルを含め、6人は年齢も学校も違い(とはいえ中にはミチルのクラスメイト・佐藤蘇芳もいたが)、共通点は見当たらない。6人に課せられたのは、いつ終わるとも知れない「林間学校」の期間内、この城で共同生活を送ること。城内の川に花が流れてきたら、その色と数、流れてきた順番をノートに書き留めること。鐘が1回鳴ったら食堂に集合すること。そして3回鳴ったら城内の隅にあるお地蔵様にお参りすること。ミチルでなくとも奇妙に思うしかないこれらのルールは、彼女の生活に薄暗い影を落としてゆく。

わけがわからずとも同世代の少女たちと楽しく過ごしていたミチル。しかしその中のひとりが忽然と姿を消して以来、ミチルは疑念を募らせてゆく。蘇芳はなにやら事情を知っていそうだが、それを明かしてももらえず……ということで、読んでいるこちらは何も知らないミチル同様にはらはらしながら読み進めてゆくことになる。

最終的に様々な謎は解け、ミチルたちは家へと戻ることになる。不穏に見えた情景は瞬く間に鮮やかで美しい――けれどどこか物悲しい――夏の思い出へと変わってゆく。しかしよく考えてみると、まだ謎が残っている。ミチルが聞いた、蘇芳へ語り掛けていた少年の声は何だったのか。姉妹編、あるいは続編ともいえる「八月は冷たい城」では何が語られるのか気になるところ。

天子蒙塵 第四巻
浅田 次郎
講談社
2018-09-28

満洲国皇帝としての即位が近付く中、日光浴をしながら溥儀が思い出すのは、幼い頃に春雲から聞かされた昔話の数々だった。中華皇帝の証となる龍玉は皇帝の大御心であると春雲は言っていたが、それではなぜ若くして病に倒れたり、幽閉されたりした皇帝がいたのか――それはつまり龍玉というものがどこかにあり、そして自身を含めたここ数代の皇帝たちはそれを持っていないがために、天に認められていないのではないか、という疑念は消えぬままであった。一方、蒋介石と手を組むため欧州から帰還した張学良は、次々と現れる刺客をかわしながら日々を送っていた。そんな彼の元に現れたのは周恩来。共産主義の理念を理解できない張学良だったが、同胞が殺し合う現状については思うところもあり……。

中華皇帝の証たる「龍玉」を巡る近代中国歴史譚、第5部完結編。

溥儀の即位へ向けて、物語は慌ただしくかつ目まぐるしく動き続けていた。そんな中で誰もがその存在意義を問うていたのが「満洲」という国、あるいはその地について。満洲で一旗揚げることを夢見てやってきた少年は、日本で流行っていた歌を口にする。「日本に住み飽いた」「支那には四億の民が待つ」というその歌はどこまでも日本の都合のよいように作られている。支那――中国は中国人のものであり、満洲などという「国」はありもしない幻想であるということを突き付けられる者がいる一方で、軍部では来る欧米との決戦のため、満洲の地理的条件や物資をその要として備えを進めようとする。

国際連合は欧米諸国のサロンであるからして、アジア圏は日本を中心として同盟を結び、いずれは欧米と戦うことになると主張する石原を苦々しく見つめる吉永。吉永は張作霖爆殺事件の時点ですでに、日本人は良心をも一緒に吹き飛ばしてしまったと絶望していた。彼のように軍部の暴走をそうと認め、奔走していた人間は確かにいただろう。しかしそうと認めない人間があまりにも多かったがゆえに、日本は戦争に突き進んでいったのだと思うと、なんともやりきれない。

そんな人々の歪んだ思惑に支えられ、溥儀は即位式の日を迎える。雲ひとつない晴れた青空がこんなにもつらい情景になるとは思わなかった。日本が、中国が、ここからどこへ向かっていくのかは歴史を紐解けばわかることではあるが、彼らがその時何を思っていたのか、まだ知りたいとも思う。


◇前巻→「天子蒙塵 第三巻」


内弟子の八城も伴い、皇臥の出張祈禱に同行していた芹。しかし突然の大雨と交通事故の影響で帰れなくなってしまった一行は、近くのオーベルジュで一泊することに。そこでオーナー兼シェフの山県から、今夜ここで降霊会を行う予定であることを告げられる。しかもその会を取り仕切る霊能者に付き添っていたのは、かつて北御門家で修行していた皇臥の姉(または妹)弟子・薙子だった。さらに夕凪影臣と名乗る件の霊能者は、芹たちに同行している式神が見えていない――すなわち本物の能力者ではないようで……。

それなりに仕事に励んではいるものの相変わらずぼんくらな陰陽師と、そんな彼にはっぱをかけるしっかり者の鬼嫁(仮)が出先でも事件に巻き込まれるシリーズ第4弾。

今回は偽(?)霊能者が仕切る降霊会に否応なしに巻き込まれるご一行、という構図なのだが、そこに絡んでくるのが北御門家の元関係者である薙子。影臣とは実の姉弟だという薙子がなぜこのような仕事をしているのかというのはさておき、しかしまあ(一応)詐欺ではなかったのでひと安心。しかし誤解が解けたのも束の間、降霊の対象となっていた前オーナーの息子の霊が芹に取りついてしまったからさあ大変。今回も思いのほか皇臥の胃がきりきりさせられる展開に。

皇臥は相変わらず芹への好意をちらちらと垣間見せてはいるのだが、肝心の芹が気付いているんだかいないんだか。そんな肩透かしというかすれ違いな関係に思わずニヤニヤさせられるのだが、一方でなぜか芹と姑の距離の方が縮んでいるような(笑)。とりあえず皇臥は母親に負けないよう頑張ってほしい(笑)。あとシマエナガは可愛いけど式神にしちゃうのは私もやめた方がいいと思う(笑)。

それともうひとつ気になるのは、北御門家の代替わりにまつわる過去。芹もはっきり知らず、また薙子も詳しいことは知らないのだが、皇臥が当主になっているという現状は、北御門に籍を置いていた薙子にとっては驚くべき事実であるらしい。亡くなった先代である兄とは別に、皇臥にはもうひとり兄がいるということが今巻で明かされたのだが、もしかしたらその「兄」が代替わりや薙子の出奔の原因に関わっているのではないだろうか。というか、そもそも過去に何があったのだろうか……。


◇前巻→「ぼんくら陰陽師の鬼嫁 三」

天子蒙塵 第三巻
浅田 次郎
講談社
2018-06-21

満洲国が成立したものの、いまだ共和制から帝政へと変わる気配はなかった。そんな折、代々の皇帝が纏ったとされる龍袍が見つかり、溥儀のもとに届けられる。しかしそれを手にしつつも彼が考えていたのは、これまでのことだった――幼くして皇帝と奉り上げられたがゆえに、自身の手で成したものは驚くほど少なく、そしてその結果もまた芳しいものではなかったことを。一方、張学良は妻子たちと共に欧州へ向かっていた。張作霖の死後に起きたことを振り返りつつも、彼の心の奥底にはいまだ龍玉を誰に渡すべきかという命題が重く横たわっていたのだった……。

清朝末期以後の中国近代を描く「蒼穹の昴」シリーズ第5部、転換点となる3巻。

「国」を追われ蒙塵したふたりの天子――溥儀と張学良は、時同じくして自身の来し方について自問する。満洲国というかりそめの国家にすがり、よりにもよって侵略者である日本の力を借りて復辟を成そうとする溥儀と、あくまでも自分たちの国を自分たちの手で守ろうとする張学良。ふたりの行く末はこんなにも隔たっている。そしてその間を縫うように様々な思惑が蠢いてゆく。みな、自身の選んだ道こそが正しいとそう思いながら。戦争という破滅へと向かっていく時代の中、それでも自身の信念に基づいて行動しようとする人々の姿だけが救いなのかもしれない。次巻で第5部完結とのことだが、どのようなかたちで幕は降ろされるのだろうか。そして龍玉は誰に託されるのだろうか。


◇前巻→「天子蒙塵 第二巻」

世界の終わりと始まりの不完全な処遇
織守 きょうや
幻冬舎
2018-06-07

9年前に出会った少女に一目惚れし、それ以来彼女との再会を夢見ていた大学生の花村遠野。そんなある日、所属するオカルト研究部の仲間である百瀬千夏から、「彼女」に似た女性を見かけたという話を聞かされる。学祭に向けて幽霊部員にも召集をかけようということで、遠野は親友の辻宮朔、そして千夏と共に、最近引きこもりがちだという部員・竹内の家へ向かい、そのついでに武内の家のすぐそばだという「彼女」がいた場所に行ってみることに。するとその近くにある公園――少し前にOLの惨殺事件があった場所――で、夏野はついに例の「彼女」らしき人物と再会して……。

9年越しの初恋と猟奇的殺人事件が交錯する切ないミステリ長編。

9年前の夜更け、囮捜査的と思しきことをしていた「彼女」に出会って以来、彼女の面影を追い続けていた遠野。ここにきてひょんなことから再会を果たした遠野だったが、そこにいたのはなんとふたりの「彼女」だった。ひとりは9年前とほぼ同じ容姿の朱里、そしてもうひとりは朱里を少し成長させた姿の碧生。普通に考えたら碧生の方が「彼女」のはずなのに、遠野は朱里の方に接近していく。それはなぜなのか――というのがひとつ目の謎。

そしてもうひとつの謎は、遠野たちが暮らす街で起きている殺人事件のこと。夜更けに首元を食いちぎられたような遺体が次々と見つかる中、「彼女」たち――朱里と碧生はこの犯人を追っているのだという。その犯人とはすなわち「吸血種」。とはいっても想像上の「吸血鬼」とはやや異なる存在であり、朱里たちはその「吸血種」を管理し、事件が起きればその収拾にもあたる「対策室」の一員。しかし世の中には対策室の管理外にある吸血種もいるのだという。今回の犯人はその「未登録」の仕業ではあるだろうが、計画性もなければ被害者に共通点もなく、殺害方法も残忍かつ杜撰で逆に手掛かりがないに等しい状態。そこで遠野は地の利を生かし、彼女たちに協力を申し出るのだった。もちろんそこに下心が十二分にあったりするのだが、そのうちそうも言っていられない展開に。

「記憶屋」の時もそうだったが、本作でも物語が進むにつれ、「吸血種」という存在――つまり「普通とは違う」存在ゆえの孤独について描かれてゆく。老いと死から遠ざけられた「吸血種」は、外見からはまったくわからないが確実にヒトとは違う。何もしていなくてもハンターのような人間に追われるし、普通の人にしてみれば受け入れることのできない存在である。そしてなにより、生に限りのある人と寄り添っていくことはどうしてもできない存在でもある。遠野に訪れた結末はまさにタイトル通り「終わりの始まり」としか言えないものだったが、それでも彼の「初恋」はここから始まり、動き出していく。永遠に続くものがあるのかどうかまだわからないし、その「永遠」とは何なのかをまだ肌身に感じられぬとしても、それでも彼の目の前にはまだ希望がある。そんなラストが印象的だった。


皮膚科医の是枝は、脅迫まがいの手段で妻と別れるよう迫ってくる愛人・郁美を深夜の駐車場に呼び出して殺害した。暗がりで空き缶につまづき、階段から転落死したように見せかけたのだ。一晩中、病院で論文の校正をしていたような細工を仕掛けていたため、彼のアリバイは完璧なはずだった。しかしその翌日、病院に福家と名乗る女性刑事が現れる。彼女は郁美が持っていたとされる地図の行き先が是枝の勤務先であることを理由に訪れただけ、と言うが、その後もあれこれと細かな質問を繰り返してきて……。(「是枝哲の敗北」)

冴えない見た目とどこか抜けた感じの雰囲気とは裏腹に、恐るべき洞察力と観察力で犯人を追い詰める女性刑事・福家の活躍を描く倒叙型ミステリ連作集、第5弾。今回は「ミステリーズ!」に2016〜2018年に発表された3作と、書き下ろし1作が収録されている。

愛人を殺した皮膚科医、保険金目当てに自分を殺そうとする夫を返り討ちにした妻、強請屋の男を殺したバーテンダー、そして恋人の敵討ちをした証券マン……誰もが完璧な計画を練り、アリバイも作り、見事に対象を殺してのけたにも関わらず、ほんの小さな綻びから福家警部補は真実を見抜いていく。なんと今回は殺人事件の捜査のついでに、過去に起きた別の事件も解決してしまうのだからさすがとしか言いようがない。最後まで「すごい……」としか言えない鮮やかさは健在だった。

もちろん毎回のドジすぎる登場シーンも健在。まあだいたい名刺は忘れるか、出てきたとしてもよれよれなものが1枚。初対面で警察官だと思ってもらえない。商売柄、客の人柄なり本質なりを見抜くことに長けていたバーテンダーの浦上も、最初は彼女の存在をつかみかねていたのだから面白い。今後もその人を食ったキャラでどんどん活躍してほしい。


◇前巻→「福家警部補の追及」

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