phantasmagoria

読んだ本のこと、それ以上に買った本のこと、ときどきライブのことを書き散らかしてみたりする。

カテゴリ: *あ行の作家


皮膚科医の是枝は、脅迫まがいの手段で妻と別れるよう迫ってくる愛人・郁美を深夜の駐車場に呼び出して殺害した。暗がりで空き缶につまづき、階段から転落死したように見せかけたのだ。一晩中、病院で論文の校正をしていたような細工を仕掛けていたため、彼のアリバイは完璧なはずだった。しかしその翌日、病院に福家と名乗る女性刑事が現れる。彼女は郁美が持っていたとされる地図の行き先が是枝の勤務先であることを理由に訪れただけ、と言うが、その後もあれこれと細かな質問を繰り返してきて……。(「是枝哲の敗北」)

冴えない見た目とどこか抜けた感じの雰囲気とは裏腹に、恐るべき洞察力と観察力で犯人を追い詰める女性刑事・福家の活躍を描く倒叙型ミステリ連作集、第5弾。今回は「ミステリーズ!」に2016〜2018年に発表された3作と、書き下ろし1作が収録されている。

愛人を殺した皮膚科医、保険金目当てに自分を殺そうとする夫を返り討ちにした妻、強請屋の男を殺したバーテンダー、そして恋人の敵討ちをした証券マン……誰もが完璧な計画を練り、アリバイも作り、見事に対象を殺してのけたにも関わらず、ほんの小さな綻びから福家警部補は真実を見抜いていく。なんと今回は殺人事件の捜査のついでに、過去に起きた別の事件も解決してしまうのだからさすがとしか言いようがない。最後まで「すごい……」としか言えない鮮やかさは健在だった。

もちろん毎回のドジすぎる登場シーンも健在。まあだいたい名刺は忘れるか、出てきたとしてもよれよれなものが1枚。初対面で警察官だと思ってもらえない。商売柄、客の人柄なり本質なりを見抜くことに長けていたバーテンダーの浦上も、最初は彼女の存在をつかみかねていたのだから面白い。今後もその人を食ったキャラでどんどん活躍してほしい。


◇前巻→「福家警部補の追及」

烏百花 蛍の章 八咫烏外伝
阿部 智里
文藝春秋
2018-05-10

端午の節句で宮中が沸き立つ中、貴族男性たちの間で話題に上りつつあったのは、自ら出家し桜の君の女房となった美貌の姫・真赭の薄の存在だった。主人である浜木綿は若宮に彼女を側室にするよう迫るが、若宮本人は断固として拒否。とはいえこれから真赭の薄の縁談でもめるであろうことを予見したふたりは頭を悩ませる。そんな折、若宮の側近・澄尾は、山内衆のひとりである雪哉との縁談を提案するが……。(「しのぶひと」)

昨年7月に第1部が完結した和風ファンタジー「八咫烏シリーズ」初の短編集。雑誌「オール讀物」に2016〜2018年にかけて掲載された4作と書き下ろし2作が収録されている。

真赭の薄に降ってわいた婚約話の顛末を描く「しのぶひと」を始めとして、時系列や登場人物はバラバラであるが、山内での様々なエピソードが収録されている本作。個人的に気に入ったのは、雪哉の産みの母・冬木の姿を描いた「ふゆきにおもう」と、時系列的にはおそらく最新エピソードとなる書き下ろしの「わらうひと」の2作。

「ふゆきにおもう」の語り手は、雪哉の母である梓。しかし彼女は育ての親であり、産みの母は彼女の主人であった北家の姫君・冬木だった。病がちではあるが物事の本質を見抜く目を持つ聡明な姫君・冬木が、いかにして雪哉の父・雪正と結婚して雪哉を産むに至ったか、そしてなぜ梓がその雪正の側室となり雪哉を育てることになったかという顛末が語られている。病弱で長く生きられないということ、そして大貴族の姫だったということが冬木の人生を狂わせてゆく。誰かの思い通りになったということは、すなわちその裏では誰かが意に染まぬ現実を押し付けられることに他ならない。しかしそれを呑み込んだうえで振る舞った冬木の姿が悲しくも美しい。そんな彼女の性格をおそらく受け継いだであろう雪哉が、本編で受けた大きな傷をどう乗り越えていくかが気になって仕方ない。

「わらうひと」は「しのぶひと」の続編ともいえる短編で、真赭の薄と澄尾との関係について再び語られていくエピソードとなっている。まあどう見たって両想いなのだが、それぞれの立場、矜持、そして相手への想いがふたりの距離を隔てる原因となってしまう。本人たちはそれでも納得ずくなのかもしれないが、いつかはそれを乗り越えて幸せになってもらいたいと思う。


◇前巻→「弥栄の烏」

半分世界 (創元日本SF叢書)
石川 宗生
東京創元社
2018-01-22

森野町6丁目84番地に位置する藤原家は、なぜか道路側のおよそ半分が綺麗さっぱり消失しており、家の中身が丸見えな状態で存在している。しかし住人である藤原一家――ケンスケ・ユカ夫妻とその子供であるサヤカとカズアキの4人はべつだん気にすることもなく、普通の暮らしを送っていた。報道等でその事実を知った人々の一部は、藤原家の向かいに立つ森野グリーンテラスに陣取り、静かに一家を観察し始めるのだった……。(「半分世界」)

第7回創元SF短編賞受賞作「吉田同名」を含む短編集。2016〜2017年に発表された短編3本と、書き下ろし1本が収録されている。

表題作は前半分が消失している家に暮らす一家の観察録。なぜ消失したのか、そしてなぜ一家は引っ越しもせずそのまま見世物暮らしを続けているのか(娘は途中で家に寄り付かなくなったが)、というのははっきりしないまま、一家の生活が「フジワラー」と称される観察者たちの視点から描かれてゆく。実際にあったら下世話以外の何物でもない話ではあるが、その淡々とした描写や一家の動じなさを見ていると、なんだか一家は(作中における)実在の人物ではなく、そういう家で普通の暮らしを送るという事態を演じているかのように見える。フジワラーたちが彼らのすべてを余すことなく見つめながらも、基本的に直接接触をせず、さらにはケンスケ氏が読んでいる本と同じものを読んで考察してみたり、ユカさんの着ているブラウスを真似して着てみたり……と、まるでアイドルとファンのような関係になっていることも一因かもしれない。しかしその均衡が崩れた時に何が起きるのか――いったい「見て」いたのは、あるいは「見られて」いたのはどちらだったのだろうか。

個人的にはこの「半分世界」と、創元SF短編賞を受賞した「吉田同名」が特に印象に残った。「吉田同名」は、ある日突然サラリーマンの吉田大輔氏が帰宅途中に分裂・増加してしまうという、のっけから意表を衝かれる短編。この作品の面白いところは、飛浩隆の解説にもあるように、吉田氏が分裂したことが社会にもたらすものを描くのではなく、あくまでも増えてしまった吉田氏本人たちにスポットを当て、彼らがどうなっていくかを描いているところにある。外見はもちろん、思考力も判断力もまったく同じ人間が大量に存在していて、彼らがひとところに集められて共同生活をさせられることで、その内面がどう変化してゆくか。ひとりの人間が自分の意志でその内面を見つめるのとはわけが違い、強制的に自分という存在そのものをすべて目の当たりにさせられるという状況がなんとも興味深い。

町全体が白と黒のチームに分かれ、フットボールのような(しかし実際はどんなものなのか微妙にわからない)球技を繰り広げる「白黒ダービー小史」、999本のバス路線が交錯すると言われる荒野のバス停でバスを待ち続ける人々の連綿たる歴史を描く「バス停夜想曲、あるいはロッタリー999」もそうだが、どの作品にも共通するのは、「で、君たちはいったいどこへ向かうのか?」と問いたくなるということ。予想もつかない「現実」を生きる彼らだが、この先どうなるのかまったく想像がつかない。そんなリアリティあふれる非現実感がたまらない作品集だった。


地球圏に降る「星」――隕石を軌道庭園から撃ち落とす〈スナイパー〉たちは、みな短い生涯のすべてを懸けて星を愛し、これを撃ち落とすためだけに生きている。そんな〈スナイパー〉のひとりである霧原は、担当整備工である神条と、友人とも恋人ともつかない関係を保ち続けていた。そんな中、定期検診を拒否し続けていた霧原のもとに、地球からひとりの医師がやって来る。ハヤトと名乗るその女は神条の元妻だという。ハヤトからの干渉を避けながらも、霧原はふたりの関係を気にかけはじめ……。

第5回ハヤカワSFコンテスト最終候補作の書籍化。機械仕掛けの「星の眼」で隕石を撃ち落とす〈スナイパー〉の少女と、彼女を整備し庇護し続ける青年との恋物語。

ヒトではあるが、ヒトではない――そういうふうに作られている〈スナイパー〉たちは、星を愛しているからこそ星を撃つのだと刷り込まれ、課せられた任務を遂行し、いつかは星に撃たれて死ぬことを望む。主人公である霧原もそのひとりで、自分のコンディションのことなど構うことなく、ただひとつでも多く星を撃ち落とすことだけを考えて生きていた。しかし彼女には星以外にも愛する相手がいた――それが整備工の神条。自身を整備してくれる相手だからこそ、星の次に愛している――という霧原だが、その「愛情」は明らかに他の〈スナイパー〉たちが持ちえないものだった。そしてその想いは、彼の元妻・ハヤトの登場でますます強くなってゆく。

ヒトらしい感情を抱き始めた霧原の存在を恐れ、ふたりを引き離そうとするハヤトの言葉、そして軌道庭園と地球圏に迫りくる星々が、逆にふたりの距離を近付けていくという皮肉な流れの中で、霧原は〈スナイパー〉としての本能と神条への「想い」の間で揺れることになる。そして一方で、神条もまた、霧原の置かれた状況を知っているからこそ、焦りを持って彼女に手を伸ばす。それは純粋な愛情のみではなく、どちらかといえば独占欲といった方が正解なのかもしれない。けれどあの結末はきっとふたりにとって、他の人がどう思おうと完全なるハッピーエンドなのだろう。だってふたりは望むものをすべて手に入れたのだから。

ゲームの王国 上
小川 哲
早川書房
2017-08-24


ゲームの王国 下
小川 哲
早川書房
2017-08-24


1960年代のカンボジア。プノンペンで郵便局員をしていたヒンは、シクロの運転手から女の赤ん坊を押し付けられる。ヒンは赤ん坊をソリヤと名付け、妻のヤサと共に養育することに。しかしヒンが冤罪により秘密警察に処刑されたことで、ソリヤはヤサからも引き離されベトナム人の老人のもとで隠れ住むことになるのだった。一方、小村ロベーブレソンの村長の家に次男が生まれた。村の老師から「クメール人に大きな災いか幸福をもたらす」と予言されたその子供は「ソック(幸福)」と名付けられるが、彼が初めて喋ったのは「父」でも「母」でもなく「ムイタック(水浴び)」という単語で、成長するにつれ聡明さと潔癖症とを併せ持つようになり、ついには「ムイタック」と自称するようになるのだった。それから時は流れ、1975年。とある地主の息子の結婚式で、ムイタックとソリヤは出会った。他の子供たちがついていけないような高度なゲームを全力で楽しむふたりだったが、その直後、外から太鼓の音や怒号が響き始める。この日、クメール・ルージュがついに政権を奪い取り、カンボジアを原始共産主義の国にすべく本格的に動き始めていたのだった……。

「このSFが読みたい!2018年版」にて国内編2位となったカンボジアSF長編。上巻では共産主義国化したカンボジアで起きた悲劇とふたりの出会い、そして下巻では近未来のカンボジアでふたりが「再会」するまでが描かれてゆく。

やがて養父母を亡くし追われる生活を続けていたソリヤと、周囲はおろか親からも変わり者と思われていたムイタック。きちんとした教育を受けてはいなかったが、生まれ持った聡明さを伸ばし、それぞれ独自の思考回路を持つようになっていたふたりが偶然出会い、お互い手加減することなくゲームを楽しむシーンには思いのほか和まされる。しかし楽しい時間はその一瞬だけで、ふたりの出会いの直後、クメール・ルージュによる過激な共産主義政策がカンボジアを覆いつくしていく。あらゆるものの「所有」を禁止され、正当な理由なく――でっちあげられた「理由」ならいくらでもあったが――容易く人々が殺されていく、凄惨な日々。そんな中、生き残りをかけてふたりは知略を尽くしてゆくが、思いがけずふたりの道は分かたれてしまうのだ。

そんな歴史もののような上巻を読み終え、下巻に入ると、いきなり舞台は未来――2023年へと移る。政治家となったソリヤと、大学教授となったムイタック。クメール・ルージュは打倒されたが、カンボジアの社会自体の腐敗は依然変わりがない。そんな理不尽なルールに支配されたゲームをひっくり返そうともがき続けるふたりは、ある「ゲーム」によって再会を果たすことになる。ロベーブレソン出身の青年アルンが作り出したゲームは、やがてソリヤの養子リアスメイ、そしてムイタックの手を経てとてつもないものへと変貌を遂げてゆく。そしてその「とてつもなさ」を真に理解できるのはムイタックとソリヤのふたりだけだった。あの革命の日がふたりにとって運命だったとしか言いようのない結末――これはSFであると同時に、ささやかなボーイ・ミーツ・ガールの物語だったのだと強く意識させられた。きっとふたりのゲームはいつまでも続いてゆく。


辺境伯ヒューバードの婚約者となったメリッサだったが、両親、そして国にもまだ正式には認められていない状態。そこでふたりは王都へ向かうことにするのだが、一番の問題はメリッサを母と慕う青を置いていかざるを得ないことだった。なんとか説得に成功したメリッサたちは王都へと向かうことになるが、ふたりを出迎えた王弟オスカーから、ヒューバードの母の生家である隣国キヌートのフェザーストン伯爵家の人間が、外交官としてやってきていることを聞かされる。彼らの目的はすべての竜を従えることのできるメリッサの存在そのもの。メリッサとフェザーストン伯爵家との縁談話を、国家間の問題に持ち込もうとしていたのだ。しかもそんな折、青が辺境を離れ、メリッサを追って王都へと勝手にやってきて……。

竜好き侍女が竜を巡る騒動に巻き込まれるシリーズ3巻。今回は婚約成立に暗雲が!?&青の独り立ち!?の2本立てということで。

今回の舞台は王都イヴァルト。竜の存在を慮りつつ、ヒューバードとも良好な関係を築いていたメリッサ。あとは許可を得るだけ……と思っていたら、青の代理親という立場ゆえに彼女の結婚に政治が絡みそうになってしまったり、独り立ちを試みる青に振り回されたりで、なかなかゆっくりする暇もないという状況に。無条件に竜に好かれる唯一の存在という類稀なるスペックを持ってはいるものの、結局のところメリッサはただの平民の娘。不安に押しつぶされそうになるという展開もあったものの、婚約者であるヒューバードや、王弟であるオスカーの助力もあってなんとか問題もクリア。彼女の周りに力を持つ味方が多くてよかったね、ということで。

……とまあこういった問題が起きっぱなしなので、なかなかふたりきりになれないメリッサとヒューバード。特にメリッサは常に青の面倒を見る必要があるので、ヒューバードにとっての最大の敵は、メリッサ父ではなく青なのかもしれない(笑)。とはいえ青もそろそろ名実ともに独り立ちしそうな感じだし、婚約も認められたしで、続刊があればふたりの関係の変化にも期待したい。


◇前巻→「竜騎士のお気に入り2 侍女はねがいを実現中」

破滅の王
上田 早夕里
双葉社
2017-11-21

1936年、上海。宮本は自ら志願し、上海自然科学研究所へと向かうことに。中国人研究者たちと共に専門である細菌研究に勤しんでいた宮本だったが、日中間の関係がますます悪化してゆく中、研究者仲間で親友の六川が行方をくらましてしまう。以前、別の研究員が抗日ゲリラに拉致・殺害される事件があったこともあり、失意に沈む宮本。その矢先、日本総領事代理である菱科、そして日本大使館の武官補佐官である灰塚少佐に呼び寄せられた宮本は、極秘裏にある機密文書を渡され、意見を求められる。それは「R2v(キング)」と仮称される、新種の細菌についての論文だった。「R2v」に対する治療法は今のところ存在しておらず、研究しようにも論文そのものが欠損しているうえ、肝心の「R2v」の菌株すらないという事実に戦慄する宮本。さらにその直後に六川が遺体で発見されるのだが、その死にも「R2v」の存在が関わっているようで……。

2016〜2017年に「小説推理」に連載されていた長編ミステリ。大戦中の上海を舞台に、治療法のない未知の細菌兵器「R2v」を巡る男たちの攻防が描かれていく。

コレラに似た症状を引き起こすが、ペニシリンなどの現存する薬剤に耐性があり、なおかつ人体に入り込めばたちまち増殖し宿主を死に至らしめる突然変異の細菌「R2v」。出自も作成者もわからないことだらけだったこの細菌が、もし兵器として前線にばらまかれてしまったら――そしてそれが風に乗り、あるいは鳥などが媒介して世界中に広まってしまったら――タイトル通り、まさに「破滅の王」としか言えないこの細菌に挑むことになるのは、細菌学を専門としていた研究者・宮本と、特務機関の工作員である灰塚少佐。その立場上、当初は反発し合っていたふたりだったが、次第になくてはならないバディのようになっていく展開がなんとも熱い。

その一方、やはり恐ろしいとしか言えないのが「R2v」の存在、ひいては世界大戦中に各国が研究していた細菌兵器の存在。ことに宮本は、日本軍でも秘密裏に続けられていた細菌兵器の研究と人体実験の存在に身震いする。その研究を全うするためであれば、どのような実験であっても遂行すべきという、倫理観を無視した「研究者」としての想いと、敵味方関係なく、同じ人間を犠牲にするという非人道的なことをしてはならないという「人間」としての想い。宮本はかろうじて踏みとどまることができたが、もし別の研究機関に所属していたら、前者を選ばざるを得なかったかもしれないという恐怖。そしてどちらを選んだとしても、未知の細菌に対する治療法を確立するということは、その細菌の存在そのものを確定かつ完成させてしまうことと同義となる。いくら治療法があったとしても、そんな危険なものを完成させるべきなのかどうか、という取り返しのつかなさに対する恐怖。「R2v」を作り出した研究者は、殺し合いを続ける世界を目の当たりにし、その絶望に塗り潰されながら、その先を世界に委ねた。おそらく彼は「R2v」が完成してもしなくてもいいと思っていたのだろう――破滅するかどうか、それは人類次第。あとは好きにしろ、と。そこまで人を追い詰めていく「戦争」というものがただただ恐ろしい。


リュカリスとアルトゥールの婚礼式も間近というある日、リュカリスを手伝うという名目で星王国第1王子であるゼノンが先んじてやって来る。筋金入りの帝国嫌いであるゼノンは、リュカリスが星王国人であるがゆえに帝国人の間での評判が悪いという事実を指摘し、4か月の間にこの状況が改善されなければふたりの結婚を白紙に戻すべきと要求。アルトゥールの父親であるヴィッセン国王も面白がってその申し出を承諾するのだった。憤慨するアルトゥールに対し、どこまでも前向きなリュカリスは、まず軍の訓練に参加して情報収集を図ろうとするが……。

人たらしの男装王女の結婚までを描くラブコメファンタジー、完結編となる3巻。今回は「目指せ全国民を総タラシ!?」ということで(笑)。

前巻ラストでその存在が示唆されていた「同担拒否過激派」なリュカリスの兄・ゼノンが登場……なのだが、登場してから常にリュカリスに対して辛辣な言葉しかかけない塩対応っぷりで、「どこが同担(以下略)……?」と思っていたのだが、厳しい発言も態度もすべてリュカリスを溺愛するがあまりの裏返しで、例の手厳しい要求も単純に婚約破棄をさせたいがため(笑)。しかし当のリュカリスはといえば、ゼノンは自分のことを嫌っているが、しかし兄王子の義務として自分の面倒を見てくれているんだ素晴らしい!という謎フィルターをかけたままゼノンを絶賛敬愛中(そこがまたバカわいい・笑)。気が合うんだか合ってないんだかわからない兄妹の関係がなんとも面白い。

とまあここで判明したのがリュカリスの驚くほどの自己評価の低さ。ゼノンの態度が一因なのかもしれないが、アルトゥールが彼女に友人がいるという話を聞いたことがない、と気付くシーンにはこちらも驚くと同時に不憫な気持ちに。だからこそ彼女は全力で相手にぶつかり、そして自分がどう思われていようと相手を愛そうとして、結果としてこんな人たらしオバケみたいな存在になってしまったのだろう。しかしそんな彼女が唯一、誰にも渡したくないし、好きという気持ちを返してほしいと思えた相手がアルトゥール。本人がようやくそのことに気付いた(たぶん)という流れにはほっとひと安心。末永くお幸せに、ということで。


◇前巻→「男装王女の波瀾なる輿入れ」


北御門家に突如現れたのは、皇臥の叔父である武人だった。一族を代表してやってきたという武人は本家の嫁である芹のお披露目を迫るが、そんな武人と仲の悪い姑・史緒佳が矢面に立ち、ことあるごとに衝突。武人の滞在中のみ一時休戦を芹に宣言するのだった。そんな折、「ほんま門」から本間が持ち込んだのは、あるいわくつきの白無垢だった。なんでもこれを買った女性たちの周辺でことごとく心霊現象が起き、なんと直近の顧客は交通事故に遭ったのだという。ひとまず白無垢を受け取り、芹は皇臥と共に過去の持ち主に話を聞きに行くことに。しかし時同じくして、芹の周辺にも奇妙な女たちの霊が現れるようになり……。

ぼんくら陰陽師としっかり者の女子大生の契約結婚(のはずが?)を描くシリーズ第3弾。今回は芹本人が狙われて!?という展開に。

女の霊(しかも複数)を引き寄せる花嫁衣裳――というなんともおどろおどろしいモノと対峙することになった皇臥と芹。単純に想像すると、結婚前に無念の死を遂げた女性がその正体で……となりそうなところだが、今回現れるのはひとりではなく複数。これが意味するところとは――そしてなぜ、一応既婚者であるはずの芹が対象となってしまったのか、というのが注目点。わりとシリアスな展開にはなったものの、この呪いの中で生じていたある「ミス」にさりげなく皇臥がキレてしまうという流れに思わずにやにやさせられる。ていうか皇臥さん、だんだん芹への態度を包み隠さなくなってきているような……いいと思います(笑)。


しかし最終的に判明したのは、今回の「依頼」が何者かに仕組まれたものであるということ。そしてそれを知りながら、皇臥と芹が互いにその事実を隠そうとしていること。これが何か大きな問題につながらなければいいのだけれど。


◇前巻→「ぼんくら陰陽師の鬼嫁 二」


天才音楽家モーツァルトは35歳の若さで亡くなったが、死因がはっきりしないこと、そして埋葬された場所がわからないということなど、その死の真相は謎に包まれている。やがてその死から38年後、モーツァルトの妻・コンスタンツェによって「W・A・モーツァルト伝」が出版されるが、結局これらの真相は明かされずじまい。加えてモーツァルトの死後のコンスタンツェの振る舞いを見た人々は、彼女を「悪妻」と呼び忌み嫌うのだった。一方、コンスタンツェは息子であるフランツを「モーツァルト2世」として売り出そうとするが、父親ほどの才能を持たないフランツは、次第に母の期待を重荷に感じるように。思いつめたフランツから父親の死の真相、そして墓の場所について問われたコンスタンツェは、ついにモーツァルトとの過去を語り始めるのだった……。

天才と呼ばれた音楽家・モーツァルトの光と影を、妻であるコンスタンツェの視点で描く長編作。

なるほど確かに彼は天才だったかもしれないが、しかしそれゆえにというべきなのか――地に足の着いた生活には向いていない人物。そしてそれがわかっていたからこそ、コンスタンツェは彼の才能を信じ、彼を支え続けてきた。モーツァルトの性格や行動はいつになっても子供のような純粋さと奔放さに満ちていて、これを支え続けるのは並大抵の忍耐力では続かなかっただろう。しかもどんなにコンスタンツェが苦労していたとしても、彼には悪気なんてさらさらないのだからなおさら。読み進めるにつれて転落していく彼の人生と、それに付き合わされるコンスタンツェの姿にはなんというかつらいものがあるが、最後の最後で「魔笛」に込められた意味に気付くエピソードにはようやく救われる。終わりよければ……というわけではないが、ちゃんとコンスタンツェが愛されていたという証が確かにそこにあったのだから。


2017年3月――大学進学のため、松本駅で東京行の電車を待つ郷津香衣は、ある人物に別れを告げようとしていた。始まりは3年前、高校に進学してからのこと。高校デビューを目指し、外見こそ垢抜けてみせたものの、その内面が一変するはずもなく、人見知りな状態を続けていた香衣。そんな彼女に話しかけてくれたのは気さくで明るい「残念な美少女」峯村セリカだった。なんとなくつるんではいるが学校外で遊ぶわけでもない微妙な関係を続けるふたりだったが、ある時セリカがコイバナを始める。しかし彼女が片想いしているというサッカー部のエース・諏訪隆生は、(もしかしたら)香衣と付き合っている(かもしれない)同級生で……。

ある地方都市を舞台に、4人の高校生の日々、そして別れまでを描く青春ストーリー。

勉強、進路、夢、そして人間関係。目標が決まっているひとはほんの一握りで、今自分がやっていることに対してどう思っているのかすらもわからなくなっていく。優等生の香衣、サッカー部の隆生、香衣に一目惚れした不良少年(?)の龍輝、そして香衣の「親友」であるセリカ。みんな何かを隠し、あるいは抱えたまま、他の誰かと出会う。わずらわしいとすら思うこともある人間関係の中で、しかしわずかでも背負っている荷物が軽くなっていくこともある。小さなすれ違いの後、この春の日にホームで香衣が告げた本音がなんとも清々しい。過去の自分にも「覚え」のあることがそこここで見つかる、そんな物語だった。


離島である「采岐島」に唯一存在する全寮制の高校に進学した月ヶ瀬和希は、「神隠しの入り江」と呼ばれる浜辺で倒れている少女を発見する。近くに居合わせた高津と名乗る男性と共に彼女を救い出した和希だったが、高津から西暦を問われた彼女は「1974年」と呟くのだった。その後、なぜか七緒と名乗る身元不明の少女を引き取ったのは高津。和希は夏休み明けに開催される文化祭の準備の合間を縫って、放課後に七緒に会いに行くように。少しずつ距離を縮めてゆくふたりだったが、そんなふたりに高津は、七緒の正体に関するある「仮説」を告げて……。

訳ありなふたりのひと夏の出会いを描くボーイ・ミーツ・ガール長編。

高校生活はそれなりにうまくいっているし、七緒との関係も良好だしで、何の問題もなさそうな和希の日々。しかし少しずつ不穏な空気が流れだしてくる――七緒は「どこ」からやってきたのか。そしてなぜ和希は縁もゆかりもないこの離島に、家族からも離れてわざわざやってきたのか。その理由が暴かれたところから、彼の日常はあっという間に崩れてゆく。和希にしても七緒にしても、彼らに降りかかったモノは10代の少年少女が抱えるには大きすぎて、ふたりが深く傷ついてしまうのは無理からぬこと。周囲の無理解には本当に腹が立つとしか言いようがないが、しかし実際にそういうものに遭遇してしまうと、自分だって似たような行動をとってしまうに違いない。周囲から孤立してしまった和希が繰り返しみる「方舟の夢」のエピソードはなんとも物悲しい。しかしそんな和希を救ったのは七緒の存在だったし、一方で七緒が救われたのは和希がいたからだった。

立ち直ったふたりだったが、その「立場」の違いから一緒にいられなくなってしまうふたり。姿を消した七緒の消息が分かるラストは涙なしには読めなかった。あまりにも「遠く」隔たってしまったふたりだけど、しかしふたりの未来を決めたのはきっと互いの存在そのもの。そんな希望も見えるラストが印象に残った。


平民から異端審問官にまで成り上がってきた青年司祭ジルベールは、黒魔術を用いて領民の娘たちを殺したとされるヴォワール辺境伯レオンを告発。権力に守られた貴族を裁く絶好のチャンスと意気込んでいたジルベールだったが、そんな彼の前に立ちはだかったのは、軍務大臣エドウィージユ侯爵のご令嬢である錬金術師・マリーだった。再調査を命じられたジルベールは、しぶしぶマリーを伴い現地へと向かうが、融通の利かないマリーはジルベールの思惑とは裏腹に、レオンが黒魔術を行使していないことを示す証拠を次々と見つけてしまい……。

それぞれ過去に訳ありな異端審問官&錬金術師のコンビが貴族の犯罪を暴き出すミステリ系ファンタジー。

レオンの罪を立証したいジルベールと、あくまでも錬金術学的見地から真実を追究したいマリー。最初は平行線なふたりだったが、ジルベールがマリーの過去を知ったことで関係は一変。貴族令嬢なのに「趣味で」錬金術に手を出し、あまつさえ人の顔が判別できないなどとうそぶき空気を読まないKY令嬢――というのがジルベールのマリーに対する印象だったが、それらにはすべて重すぎる理由が存在していたのだ。幼い頃に遭遇した凄惨な出来事のせいで、他者を認識できず、ゆえに他者との関係をうまく構築できないマリーの苦悩が、ジルベールの存在によってわずかずつではあるが和らいでいくという流れにはほっとさせられた。

事件の真相やその暴き方にはややすっきりしないところもあるが、ジルベールが思いのほかマリーを表でも裏でも守ろうと奮闘している姿がなんともいい。しかしこれで付き合っていないとは!ということで、ふたりの関係が微妙過ぎるので(お互いにかなり意識はしているみたいだけど……)、その後のふたりもぜひ見てみたい。


タイムリープ、あるいはリプレイ――それは上原菜月が時折体験するようになってしまった現象につけた名前だった。ルールはふたつ――きっかけは不明だが、ある「1時間」を5回繰り返してしまうこと。そして途中の回で体験したことはすべてなかったことになり、最後の回が確定事項として扱われてしまうこと。これまでに2度体験したこの現象が菜月の身にみたび襲い掛かったのは、高校生活最後の文化祭当日だった。進路のことがきっかけで友人と気まずくなっていた菜月に声をかけてきたのは、明るく自然な立ち居振る舞いからクラスの人気者となっている天野拓未。拓未は自身が所属する軽音部のステージ発表の後で菜月を屋上に呼び出し、告白してくる。驚きながらも応えようとしたその瞬間、菜月の意識は暗転し、気付けばその1時間前、体育用具室で転んだところまで時間が巻き戻っていたのだった。久しぶりの現象に驚きながらも、その「ルール」を知っている菜月は【1回目】とはあえて違う行動をとることに。するとそのさなかに拓未が屋上から落ちて死んでしまい……。

ループする1時間の中で、クラスメイトを殺した犯人を探し続ける青春ミステリ長編。

時間遡行がテーマの話ではよく「歴史を変えてはいけない」というルールが明確に設定されていたり、あるいはルールがなくとも登場人物たちが意識的にこれを遵守しようとするが、本作では最後のターンのみが確定事項となるため、途中のターンでは何をしたってその後の時間に何の影響はない――という設定がなんとも面白い。しかし逆に言えば、ループを重ねても同じ事象が起きるとは限らないのだから、今回のような殺人事件の犯人探しには不利な設定かもしれない――なにせ今回は、毎回拓未の死に方が違ったり、あるいは拓未以外にも犠牲者が出たりするのだから。体育用具室で目を覚まして以後、菜月の周囲で起きること、そしてループが始まる前に菜月が見聞きしていたこと――例えばクラス委員の葉子の「拓未の秘密を知っている」というセリフだったり、菜月に相談を持ち掛けてきた後輩・一真の隠された性癖だったり、拓未にかかってくる謎の無言電話だったり――なにもかもが怪しいと感じられる展開には、菜月と同じく読んでいるこちらも混乱させられるし、そのまま菜月と同じ思考の陥穽に思いっきり嵌まらされてしまった。

ループを重ねるたびに、とにかく自分にできることから調べようと、半ば場当たり的ではあるがあちこちに顔を出し、なりふり構わず突っ込んだことを聞いていく菜月。元々この現象のせいで他人を信じられなくなり、当たり障りのない人付き合いしかできなくなっていた菜月が、その「他人」のためにこれほどまでに奮闘する姿には心動かされるものがある。最後の回で、どうしようもなくなった菜月が、仲たがいしていた友人たちに自分の能力を打ち明け、協力を頼むシーンは特に。事件の真相もさることながら、この現象のおかげで菜月自身が変わることができたと感じさせられるラストが爽快だった。


ガルメンディア王国に戻ったルカは、仲間たちと政治クラブ「ファビアン・クラブ」に潜伏し、蜂起の時期をうかがっていた。一方その頃、王位継承権の位を降格させられたファニアは、神聖リヴァノヴァ帝国皇帝となったジェミニの求めにより、彼に嫁ぐことに。王国にその身を捧げることを誓うファニアは、武器商人となったヴラドレン元皇太子と接触し、ルカに革命を諦めるよう伝えるのだった。ウルキオラへと向かっていたルカはそれを聞いてもなお、ファニアと再会すべく、そして腐りきった王国を打倒すべく、革命を続けることを決意するのだった。しかしその矢先、ファニアを帝国に送り届けるためにエデン艦隊が現れ、中にはエデンの支援を受けた帝国軍が多数乗り込んでいたことに対し、平民たちは激怒。この流れを受けてルカは蜂起し、帝国軍を迎え討ちながら首都ラランディアへと進軍を開始するが……。

ついに革命の時を迎える、激動のシリーズ第4弾。

ガルメンディアからもリヴァノヴァからも追われる身となったルカだが、市井では彼の人気はうなぎのぼり。そしてジェミニとファニアの婚約という衝撃ニュースに苛立ちつつも、彼の方針は変わらない――すなわち革命を起こし、ファニアを自由にすること。しかしやっぱりそうは問屋が卸さないのがこのシリーズであって、ルカの前には相変わらず命がけの困難ばかりが山積み。ルカ同様、読んでいるこちらも途方に暮れてしまう。

ようやくラランディアに辿り着き、あくまでも「王女」として対峙しようとするファニアを体を張って(文字通り)説得して、あれもしかしてここでめでたしめでたし……?と思ったのも束の間、最後の最後でまた最悪の展開に。さすがジェミニ、いやらしい。作者が自己紹介欄で「作者はファニア殿下が大好きです」と書いているところに思い切り突っ込んでやりたくなるラスト。これまでは革命という大義のために、大きな犠牲を払い続け、それを苦しみながらも看過してきたルカ。けれどそれは革命を支える人々も同じ方向を向いていたからこそ。ここからはおそらく「災厄の魔王」の物語が始まってしまう。「魔王」がもたらす災厄はいったいどこまで広がっていくのだろうか。そして今巻で明らかになったのは、アステルだけでなく、ファニア、さらにはミズキも「ヴィヴィ・レイン」と何らかの関係があったということなのだが、これは一体何を意味するのだろうか。


◇前巻→「やがて恋するヴィヴィ・レイン3」

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