京都で父親の遺したテーラーを営んでいる曽根俊也は、入院している母親に頼まれて探し物をしているさなか、英語交じりのノートと古いカセットテープを発見する。そのカセットに録音されていたのは、幼いころの自分の声だった――かつて日本を震撼させ、犯人が逮捕されないまま時効を迎えた「ギンガ・萬堂事件」。その際、標的となった企業にかかってきた脅迫電話に、3人の子供の声が使われていたのだ。そのうちのひとりが自分であったことに衝撃を受けた俊也は、亡き父の友人である堀田と共に、ノートに記された内容や当時の父親の交友関係を追うことに。一方、大日新聞文化部の記者・阿久津英士は、なぜか社会部の年末特集の取材に駆り出されることになる。昭和・平成の未解決事件の特集ということで、阿久津は「ギンガ・萬堂事件」の担当となる。ギン萬事件の少し前、オランダで似たような事件が起きており、「ロンドン在住の東洋人」とおぼしき人物がその事件について調べていたという情報があったため、まず阿久津はその人物の実在を確かめに渡英することになるが……。
第7回山田風太郎賞を受賞し、今年10月に映画化もされたミステリ長編。昭和の未解決事件である「グリコ・森永事件」をモチーフに、未曽有の完全犯罪における罪の意識とその所在を描いていく。
知らぬ間に事件の関係者になっていた俊也と、思いもよらないところからアプローチを始め、次第に事件の真相に肉薄していく阿久津。物語はふたりの視点からそれぞれ描かれ、終盤でふたりが出会ってから、悲しい真実へと収束していくことになる。わずかな手掛かりから見出される真相のかけらは、全貌が明かされない状態ではまさに「点」でしかないが、阿久津の執念はそれらの点を線で結び、少しずつ全容を明らかにしていく。その手に汗握る展開で一気に読まされる。
事件に直接関わった者もいれば、間接的に関わった者もいる。後者には自主的に関わった者もいれば、俊也のように巻き込まれた者もいる。特に脅迫電話に使われたという3人の「子供の声」の持ち主のうち、俊也以外のふたりが辿った末路はあまりにも惨いものだった。ではこの事件における「罪」は、果たしてどの範囲までに及ぶのだろうか――事件の当事者たちは自分の意志でそれを行ったのだから当然対象になるとして、それでは巻き込まれた俊也たちは、この事件とどう折り合いをつければいいのか。すべては時代のせいであると言えれば楽なのかもしれないし、そうするしかないのかもしれないが、それでもかつての「子供」たちが罪の意識など感じなければいいと、そう思う。
















