phantasmagoria

読んだ本のこと、それ以上に買った本のこと、ときどきライブのことを書き散らかしてみたりする。 (当ブログは全文無断転載禁止です)

カテゴリ: *さ行の作家

罪の声 (講談社文庫)
塩田武士
講談社
2019-05-15

京都で父親の遺したテーラーを営んでいる曽根俊也は、入院している母親に頼まれて探し物をしているさなか、英語交じりのノートと古いカセットテープを発見する。そのカセットに録音されていたのは、幼いころの自分の声だった――かつて日本を震撼させ、犯人が逮捕されないまま時効を迎えた「ギンガ・萬堂事件」。その際、標的となった企業にかかってきた脅迫電話に、3人の子供の声が使われていたのだ。そのうちのひとりが自分であったことに衝撃を受けた俊也は、亡き父の友人である堀田と共に、ノートに記された内容や当時の父親の交友関係を追うことに。一方、大日新聞文化部の記者・阿久津英士は、なぜか社会部の年末特集の取材に駆り出されることになる。昭和・平成の未解決事件の特集ということで、阿久津は「ギンガ・萬堂事件」の担当となる。ギン萬事件の少し前、オランダで似たような事件が起きており、「ロンドン在住の東洋人」とおぼしき人物がその事件について調べていたという情報があったため、まず阿久津はその人物の実在を確かめに渡英することになるが……。

第7回山田風太郎賞を受賞し、今年10月に映画化もされたミステリ長編。昭和の未解決事件である「グリコ・森永事件」をモチーフに、未曽有の完全犯罪における罪の意識とその所在を描いていく。

知らぬ間に事件の関係者になっていた俊也と、思いもよらないところからアプローチを始め、次第に事件の真相に肉薄していく阿久津。物語はふたりの視点からそれぞれ描かれ、終盤でふたりが出会ってから、悲しい真実へと収束していくことになる。わずかな手掛かりから見出される真相のかけらは、全貌が明かされない状態ではまさに「点」でしかないが、阿久津の執念はそれらの点を線で結び、少しずつ全容を明らかにしていく。その手に汗握る展開で一気に読まされる。

事件に直接関わった者もいれば、間接的に関わった者もいる。後者には自主的に関わった者もいれば、俊也のように巻き込まれた者もいる。特に脅迫電話に使われたという3人の「子供の声」の持ち主のうち、俊也以外のふたりが辿った末路はあまりにも惨いものだった。ではこの事件における「罪」は、果たしてどの範囲までに及ぶのだろうか――事件の当事者たちは自分の意志でそれを行ったのだから当然対象になるとして、それでは巻き込まれた俊也たちは、この事件とどう折り合いをつければいいのか。すべては時代のせいであると言えれば楽なのかもしれないし、そうするしかないのかもしれないが、それでもかつての「子供」たちが罪の意識など感じなければいいと、そう思う。

楽園とは探偵の不在なり
斜線堂 有紀
早川書房
2020-08-20

5年前に「降臨」した天使たちは、ふたり殺した人間の前に現れ、地獄へと引きずり込んでしまう――それ以来、世界の在り方は一変した。かつて探偵事務所を営んでいた青岸は、ある事件がきっかけでほぼ廃業状態に陥っていたが、天使の存在に傾倒する大富豪・常木に招待され、彼が所有する常世島へと向かうことに。そこには3人の使用人の他に、常木によって招かれた様々な職業の人々が5人集まっており、4日後にフェリーがやってくるまでは館に滞在するよりほかなかった。しかしその翌日、常木が何者かに殺されているのが発見される。館にいた面々にはいずれもアリバイがなく、誰もが犯人たり得る状況ではあったものの、「天使」の存在によってこれ以上の殺人は起きないはずだった。しかしその後も次々と殺人事件が起きて……。

絶海の孤島で起きた謎の連続殺人に、廃業寸前だった探偵が挑むミステリ長編。

「外界から隔絶された孤島にある館」という絵に描いたような密室状態であるうえ、本作にはさらなる制約が存在していた。それが「ふたり殺せば天使によって地獄に墜とされる」というまさかのルール。灰色の身体に蝙蝠のような翼を持ち、顔は何かで削られたようにつるりとしていて何の器官も凹凸も存在しない――人々が想像していたのとはまったく異なる異形でありながら、それは「天使」としか呼べない存在だった。けれど「天使」が行うのは、ふたり殺した人間を文字通り業火で焼きながら地獄へと引きずり込むことだけ。そこに殺意があるかどうかは関係なく、また殺したのがひとりであれば目もくれない。そんな不条理極まりない制約に苦しめられてきたのが、主人公の青岸だった。ふたり殺した人間が地獄へ墜ちるなら、殺されたかつての仲間たちは天国に行けたのかどうか――「天使」を通して「天国」の実在を問い続けていた青岸は、はからずも天使が集う島で、天使狂いの男が殺された事件を解決に導くことになるのだ。

青岸だけでなく、この世界で生きる人々には――そしてもちろん、常世島に集っていた面々は、誰しもが「天使」に対して様々な想いを抱いている。そしてそれを利用し、時には利用されながら事件は次々と起こり、そして最悪の結末を迎えることとなる。青岸は確かに立ち直ることができたのかもしれないが、失われたものは戻ってこないし、彼の世界が元に戻ることは決してない。世界は相変わらず不条理に満ちていて、天使は何食わぬ顔で――「表情」という意味での「顔」はないけれど――ただ飛び続けるのみ。でもだからこそ、青岸も探偵を続ける決心ができたのだろう。そうであればいい。

求愛 〈新装版〉 (徳間文庫)
柴田よしき
徳間書店
2020-09-04

親友の由嘉里が自殺した。彼女は夫との関係に悩みを抱えていたが、翻訳の仕事が忙しかった弘美はついその相談を後回しにしてしまっており、激しく後悔していた。そんなある日、由嘉里が自殺した当日に投函した葉書が届く。しかしそれは水性ペンで書かれていたため、投函前後に降っていた雨のせいで読めなくなっている部分がいくつもあったのだ。弘美は由嘉里の夫である幹久と共に、読めなくなっている内容を推理することに。結果として、弘美は由嘉里が自殺ではなく殺されていたこと、そしてその犯人をも突き止めてしまい……。

親友の死をきっかけに、探偵事務所の調査員となった女性・小林弘美が、様々な「人間」と向き合うことで自分を見つめなおしてゆく短編連作集。なおこちらは2010年に刊行された同作の新装版となっている。

負の連鎖ともいうのか、弘美は親友を亡くしたのち、また別の殺人事件に遭遇することになる。そこで殺されたのは、弘美の死をきっかけに通うようになった心療内科で知り合った女性、袴田弓枝。自分の不注意で息子を亡くしたという弓枝と心を通わせつつあった弘美だったが、その矢先に弓枝が殺されてしまい、弘美はその犯人を捜すために潜入捜査まがいのことまでやってのける。しかし今度はその犯人の関係者に逆恨みされ……と、信じられないような状況に陥ってしまうのだ。

もともと他人に対する興味が薄い性質のように見える弘美。だからこそ「憎しみ」が連鎖して起きた事件群の中で、人間に対する興味をますます失っていったとしてもおかしくはない。しかしその事件の末に、彼女は探偵事務所の一員となり、由嘉里を殺した犯人が追い詰められるきっかけとなった「私立探偵」を探そうとする。そんな彼女が調査員として目の当たりにしたのは、またしても人間の業ともいうような振る舞いの数々。自殺願望を持つ女子中学生、浮気を疑われる主婦、公園の砂場にゴミを埋める人物……彼女たちの抱える問題、悩み、あるいは意趣返しといった様々な感情に触れるうちに、弘美の心境にも変化が現れる。他人への強い関心――執着ともいうべきその心の動きを、弘美は取り戻しつつあったのだ。淡々と綴られる弘美目線の物語の中に確かに生れ出たその強い想いは、きっと彼女を変えるのだろう。

ニルヤの島 (ハヤカワ文庫JA)
柴田 勝家
早川書房
2016-08-31

人生で起きるあらゆることを記録し再生できる「生体受像(ビオヴィス)」の発達により、「死後の世界」という概念は否定され、消えてしまったかに思われた。しかしECM(ミクロネシア経済連合体)にはいまだに「世界最後の宗教」モデカイトが残っており、死者が向かうとされる「ニルヤの島」の存在が信じられていた……。

第2回ハヤカワSFコンテスト大賞受賞作となる本作は、「死後の世界」の存在が否定されたはずの未来で、再びその世界が蘇るまでの軌跡が、4つの視点から描かれていく。

文化人類学者であるイリアス・ノヴァクはECMで「ニルヤの島」の存在を知り、現在の人類と「死」の向き合い方について思いを巡らせることとなる。そのイリアスに先駆けてECMでモデカイトの存在に触れた模倣子行動学者のヨハンナ・マルムクヴィストは、死後の世界を信じる宗教というものに触れ、やがてその存在に魅了されてゆく。ECMで潜水士として働く「不浄(ターイ)」ことタヤのそばには、常に「ニイル」という少女が寄り添っているが、その「ニイル」は必ずしもひとりではなく、幾人もの少女の精神を乗り換えるような形で、次々と姿を変えながらもそこに在ろうとする。そしてベータ・ハイドリという老人は「アコーマン」という将棋ともチェスともつかないゲームを通じて、ECMで起きているであろう事態の裏側を語ってゆく。ヒトの限界を超えるために作り出された存在により、一度は消え去ったはずの「死後」という概念が再び生成されていく情景が、絶えず目の前で繰り広げられていくのだ。

ヒトと「ミーム」、そのどちらが「上」でどちらが「下」なのかはまだわからない。むしろここに優劣というものが存在すべきなのかどうかでさえ。けれどここに上下関係が生まれることによって、世界の在り方すらも変えられてしまう。人類はいったい、「ニルヤの島」を超えて、どこに向かおうとしているのだろうか。

アメリカン・ブッダ (ハヤカワ文庫JA)
柴田 勝家
早川書房
2020-08-20

のちに「大洪水」と呼ばれるようになった未曽有の災厄に見舞われたアメリカ人は、現実世界から離れ、仮想空間上にもうひとつのアメリカ――「Mアメリカ」を作り上げ、それぞれの精神を組み込んだアバターを纏って生きていた。そんな「Mアメリカ」に「向こう側(エンプティ)」――現実世界からの呼びかけが届けられる。カリフォルニア州の保留地で暮らしているというインディアンの青年は、仏教による救済の物語を語り始めた……。(「アメリカン・ブッダ」)

2016〜2019年にかけて発表された短編5本に、書き下ろしとなる表題作を加えた、著者初の短編集。第49回星雲賞受賞作「雲南省スー族におけるVR技術の使用例」や、長編「ヒト夜の永い夢」の前日譚となる「一八九七年:龍動幕の内」も収録されている。

中国奥地の少数民族とVR技術、東北地方に作られた国際リニアコライダーと遠野物語、そして荒廃したアメリカ大陸に現れた、仏陀を信仰するインディアン……普通に考えれば結びつくはずのなさそうなものをごく自然につなげていくその手腕はさすがとしか言いようがなく、最初は戸惑いこそあれ、気付けばその物語の中にあっという間に引き込まれてしまう。他にも「物語」を排斥するための検疫官というディストピア性の高い存在だとか、増築を重ねた古民家の壁に隠されていた恐るべき真実だとか、なんとも惹かれる単語や設定ばかり。俄然この作者が(その名前も含めて・笑)気になってきた。

少女の鏡 千蔵呪物目録 (創元推理文庫)
佐藤 さくら
東京創元社
2020-04-20

高校3年生になり、大学受験を控えるも、勉強になかなか身の入らない遠野美弥。そんな彼女が悩んでいるのは、いくら努力しても成績が良くならないことや、将来の夢が特にないことだけではなく、クラスメイトから聞かされた、「美弥にそっくりな人物」の噂のせいだった。旧校舎の鏡に姿を映すと、鏡像が抜け出て襲いに来るという「学校の七不思議」はあれども、その鏡とやらを見たことがない美弥。しかし彼女によく似た存在の目撃談は日増しに増えてゆき、ついには自分でもその人影を目撃してしまう。驚きながらもその人影を追ううち、階段から落ちてしまった美弥。そんな彼女を救ったのは、千蔵朱鷺と名乗る少年と、彼が「兄さん」と呼ぶ、人語を解す黒い犬・冬二だった。各地を旅して「呪物」を集めているという朱鷺は、美弥の見たモノが呪物に関わっている可能性が高いと考え、調査を始めるが……。

かつて千蔵家に封じられていたが、ある事件をきっかけに流出してしまった「呪物」――千蔵家の唯一の生き残りとされる少年・朱鷺が、人に災いをもたらす呪物を取り戻そうと奮闘する現代ファンタジーシリーズ1巻。

「もうひとりの自分」の影におびえるヒロイン・美弥を救うべく――と思って行動していたのは、かつては朱鷺の兄だったが、ある呪いによって犬に変身してしまった冬二のみ。朱鷺の方は美弥がどうこうというより、とにかく呪物の正体を暴き、それを「解放」することに重点を置いているため、美弥や冬二と衝突することもしばしば。物語の中では朱鷺と冬二の過去と、ふたりに降りかかった呪い――呪物が千蔵家から流出することになった事件についても語られるのだが、それを読む限りでは、朱鷺が生まれたときから「普通」ではなかったことが浮き彫りにされているので仕方ないといえば仕方ないのかもしれない。けれどドライかつ実利主義的な朱鷺も、今や「自分」を知る唯一の存在である兄に対する執着心は思いのほか強いよう。彼にも人間らしい部分もあるのだなとちょっと安心する半面、いつかそのせいで足をすくわれてしまうのでは、と少し心配になったりもする。

翼の帰る処 番外編 (2) ことば使いと笑わない小鬼
妹尾 ゆふ子
幻冬舎コミックス
2020-04-28

ヤエトを追って博沙国へとやってきたものの、すでにヤエトはおらず、かといって行く当てもないのでそのまま滞在を続けていたファルバーン。だがある時、博沙相の依頼でアルハンの水源の調査を依頼される。いつの間にか水源の汚染は消えており、行く必要がないと思われていたが、第2皇子の伝達官たちに促され、仕方なくアルハンへ向かうことに。同行していたのは伝達官に加え、北嶺からやってきた鳥の世話役・アルサールと、同じく世話役と思われる少年――に扮していた皇女本人であった。そんな奇妙な組み合わせの一行は、ひとまずアルハンの地下迷宮へと足を踏み入れるが……。(「ことば使いと笑わない小鬼」)

久々の新作となる番外編2巻。アルハンの地下迷宮を訪れたことでファルバーンに転機が訪れる表題作、ヤエトの養子・キーナンの学園生活を描く「ヘルムデル先生の帽子」、そしてヤエトが目覚めたことを知ってたくさんの人々が屋敷に押し掛ける掌編「それからのこと」の計3編が収録されている。

実は「ヘルムデル先生の帽子」にて、表題作の後でファルバーンがどうなったかも描かれているので、今巻は実質的にファルバーン巻のようになっている……がそれはさておき。表題作ではファルバーンが自身の存在意義、あるいは立ち位置について悩み、そして皇女と接することで考え方を変えていくという中編。一方で「ヘルムデル〜」は、同級生たちとの暮らしの中で、いずれ《黒狼公》になるにあたり、キーナンが何をどう考えているか、そしてどんな人物になろうとするかのビジョンを明確にしていくという展開になっている。いずれも彼らの意思決定に――直接ではないにせよ、結果的に――関わっているのはヤエトの存在であり、眠り続けていてもなお、その影響力の大きさがうかがえるエピソードとなっている。

ちなみに「それからのこと」において、そんなヤエトを変えるのは――変わろう、と自覚させたのは皇女だったりするのだからなんというかもう……ということで、最後の最後までいいコンビだとニヤニヤさせられたのはきっと私だけではないはず。


◇前巻→「翼の帰る処 番外編−君に捧ぐ、花の冠−」

かわうそ堀怪談見習い (角川文庫)
柴崎 友香
KADOKAWA
2020-02-21

そのつもりはなかったのだがデビュー作が恋愛面をクローズアップして映画化され、以後「恋愛小説家」という肩書を与えられてしまった作家・谷崎友希。あまり恋愛沙汰に興味が持てない谷崎は、そのイメージを払拭すべく、郷里のかわうそ堀に戻り、怪談作家になることを決意する。とはいえ霊感があるわけではないし、怪奇現象に遭遇したこともない谷崎は、手始めに中学時代の友人・たまみに連絡をとることに。地元の不動産屋の娘であるたまみは本人が怪奇現象に遭遇したことがあるだけでなく、その人脈を駆使して、似たような体験をした人を紹介してくれることも。と同時に、谷崎本人にもなにか奇妙な現象が起きるようになり……。

2017年に刊行された書籍の文庫化だが、「鏡の中」と題された書き下ろしエピソードが新たに収録されている本作。怪談作家を目指す女性小説家が、中学時代まで暮らしていた郷里で奇妙な体験に遭遇する短編連作集となっている。

書き下ろしを含めて29編の短編からなる本作。これまでそんな体験がなかったという言葉が嘘のように、谷崎は次々と奇妙な現象に遭遇することになる。例えばトークイベントの後で関係者から届いたメールにあった、「鈴木さん」なる人物の存在がまったく思い出せないこと。例えば古書店で買ったはずの怪談本がいつの間にかなくなり、なぜか元の古書店に戻っていること。例えば留守電に吹き込まれていた雑音と「あーああー」という声。友人のたまみや、彼女が紹介してくれた人々が教えてくれた怪談もまた、ただ聞いただけなのに、谷崎の前に「再生」されるかのように、その残滓のようなものがまとわりつく。そして状況は違うのに、時折聞こえてくる「まだ来ないの?」という声……。

わかりやすい「何か」はなかなか襲ってこない。それらしいものが出てきたりもするが、はっきりとその輪郭はつかめないまま。しかし確実に「何か」は谷崎の周囲に手を伸ばしているし、本人もそれを自覚している。鏡に映った自分の姿に対して彼女が得た違和感は、その最たるものだろう。

怪異を語れば怪異が寄ってくる、というのはしばしばいわれることではあるが、この場合の「怪異」は谷崎が語られ、聞いた話ではなく、谷崎本人なのではないかとすら思えてくる展開。彼女はいったい、何と接触してしまったのか。そして今いるのは、本当に「現実」なのだろうか。


1975年に青森県五所川原市市浦村の村史の中で発表された「東日流外三郡誌」は、記紀の内容を覆す超古代史として一躍話題となった「古文書」だった。しかし1992年、発見者にして所蔵者である和田喜八郎に対する訴訟が起こり、これをきっかけとして一大真贋論争が巻き起こることとなった。本書は2006年に発表されたルポルタージュの改題・加筆・再編集版として2019年3月に刊行されたものであり、著者・斉藤光政は東奥日報の記者として、訴訟記事の執筆をきっかけにこの論争を牽引するひとりとなっていく。

現在は偽書としてほぼ決着している「三郡誌」ではあるが、その発見者にして偽作者と指弾された和田喜八郎や、その擁護派のリーダー的存在である古田武彦らは真作であるとの主張を曲げることなく亡くなっているため、真相や動機については闇の中とも言える。しかし著者が調べれば調べるほど不審な点しか出てこず、読んでいるこちらも最初は呆れていたが、最終的にはもう笑うしかなくなってくるような展開になっていく。

特に面白かった(?)のが、「三郡誌」中に出てくる特徴的な誤字が、発見者である和田氏の文章にも存在していることを指摘すると、擁護派が「和田氏はこれらの古文書を見て文字を学んだのだから、同じ誤字があって当たり前」というような発言をすること。一瞬「それなら確かに」と言いそうになってしまうが、筆跡鑑定をしたら「三郡誌」の文字と和田氏の文字が一致しているし、毎度毎度コピーや写真のみで肝心の原本を出してこず、最後の最後でようやく「原書」が出てきたかと思ったら、やっぱり和田氏とまったく同じ筆跡であったという。もはやここまでくると、彼らが一体何をしたいのかわからなくなってくる。もはや当人たちが亡くなっているのでどうしようもないが、彼らの狙いは一体何だったのか――お金か、名声か、あるいは愉快犯なのか――が気になって仕方ない。


授業を終え、帰ろうとした茜は、潮の筆箱が机の上に残ったままであることに気付く。かねてから潮の家を訪ねて見たくて仕方なかった茜は、これを好機と潮の家へと向かうことに。彼女の家があるという浅草六区は、すぐそばの歓楽街の豪華さとは裏腹に、古びた長屋が立ち並ぶうら寂しい場所だった。わざわざやってきたという茜の行動力に戸惑いながらも、潮は彼女を自宅へと招く。そこで茜が目にしたのは、雨も降っていないのにびしょ濡れになっている2本の傘だった。隣家の持ち物だというその傘だけがなぜ濡れているのか、ふたりは推理を試みるが……。

昭和六年の東京を舞台に、ミッション系の女学校に通う少女たちが周囲で起きる謎を解決してゆく連作集第2弾。

今回も茜たちの周囲で起きるのはなんとも奇妙な事件ばかり。濡れた2本の傘の謎に始まり、茜の親友・加寿子の「お姉さま」が遭遇したマリヤ様の怪、前巻で茜たちが顔見知りになった青年警官・鬼頭が受け取った奇妙な亡父の「遺産」、そして見世物小屋で起きたボヤ騒ぎの真相……いずれも昭和という時代を色濃く反映した事件ばかりだが、日々に退屈している女学生たちにとっては格好のネタであるというのもうなずける。しかし時代は確実にきな臭くなっており、潮の異母姉である「芳兄さま」こと男装の麗人・川島芳子もまた歴史の渦の中にその身を投じていくことになる。続編があるならば彼女たちを取り巻く情勢はますます厳しいものになっていくだろうから、なんとも心配になってくる。


◇前巻→「昭和少女探偵團」

昭和少女探偵團 (新潮文庫)
彩藤 アザミ
新潮社
2018-11-28

昭和6年の春。私立の女学校に通う花村茜は、机の中に見知らぬ便箋が入っていることに気付く。差出人は不明で、「貴女の重大な秘密を知っています」という一文と、フランス語らしき文言の羅列のみが記されていた。その「秘密」に心当たりはないものの、動揺した茜は、フランス語に堪能な級長に翻訳を依頼。しかしその内容はでたらめで、何の意味もなしていないという。しかも周囲に話を聞いてみると、その文書は茜だけでなく、茜と同じ窓際に席があるクラスメイトたちにも届いていたのだという――たったひとり、茜の親友である寒河江加寿子だけを除いて。音楽の授業中に手紙が忍ばされていたという状況から、その授業に遅れてやってきた茜と、同じクラスの夏我目潮のいずれかが犯人ではないかと噂される中、潮は真犯人の目星がついたと言い出して……。

昭和6年の東京を舞台に、女学生たちが身近で起きた謎を解決していくレトロ青春ミステリ、第1弾。

売れない詩人の父と売れっ子作家の母を両親に持つ主人公・茜は、私立の女学校に通うお嬢様。両親に代わって家事を一手に引き受けるというしっかり者である一方、お人好しで人を疑うということを知らない、ある意味箱入りな性格の持ち主だったりする。そんな彼女が怪文書事件に関わったことで、クラスメイトの才女・夏我目潮や、電機メーカーの社長令嬢である変わり者・丸川環と共に「探偵團」を結成することに。基本的に推理するのは潮で、茜や環はそのサポートに回るのだが、三者三様の性格および行動パターンが思いのほかうまく噛み合い、事件を解決していくという流れがなんとも楽しい。

クラスに出回った怪文書、茜の「ドッペルゲンゲル」出現事件、そしてとある脳病院に隠された狂人の秘密……と、少しずつ事件がスケールアップしていくのも面白い本作。また、昭和初期という和洋入り乱れた風俗が見え隠れするのも楽しい。個人的には脳病院のエピソードがほのかに夢野久作っぽいところもいい。さらに気になるのは、潮の隠された出自のこと。続編がすでに刊行されているようなので、彼女たちの活躍と友情がどうなっていくのか気になるところ。


三軒茶屋にある小さなビストロ「三軒亭」は決められたメニューがなく、個性豊かなギャルソンに好みや希望を伝え、料理を作ってもらえると評判のレストランだった。舞台役者を目指しているものの、なかなか芽が出ない青年・神坂隆一は、このビストロのオーナーシェフ・伊勢の友人である姉の勧めで、期間限定でギャルソンとして働くことに。しかし初めて接客を担当した初来店の女性客・雅をさっそく怒らせてしまう隆一。しかし落ち込む隆一に対して先輩ギャルソンの陽介が言うには、雅が食事の一部をこっそりバッグにしまっている姿を見たらしく……。

メニューのないレストラン「ビストロ三軒亭」を舞台に、美味しい食事を通じてお客様の悩みも解決してしまうライトミステリ連作シリーズ1巻。

なんといってもメニューがない、オーダーメイドスタイルのお店というだけでもなかなか気になる「ビストロ三軒亭」。そこでは凄腕のオーナーシェフ・伊勢を始めとして、共同経営者でなぜかオネエ口調のソムリエ・室田、ノリのいいイケメンギャルソン・陽介、栄養に関する知識が豊富な眼鏡男子ギャルソン・正輝、そして舞台俳優を目指しつつバイトとして働く主人公・隆一といった面々が客をもてなし、ある時はその客が抱える悩みを解決したりもする。

食事中に謎の行動を見せる女性客・雅、ふとしたことがきっかけで喧嘩してしまった隆一の姉とその友人、常連客でもある「大食いの魔女」3人組のひとり・芙美子が抱える問題……そして最後には、オーナーシェフである伊勢の過去を巡る問題までもが浮上。けれどそれらを図らずも解決していく隆一も、このまま役者を目指すかどうかという問題を抱えているし、先輩ギャルソンである陽介や正輝にもいろいろと訳アリな過去があるような雰囲気を醸し出している。しかしもちろん、完璧な人間などいるはずはないし、そういった問題を抱え、あるいは乗り越えてきたからこそ、他の悩める人への思いやりを持ち、それを救うことだってできるのだろう。なんとも心温まる展開がとても良かった。




ロード・エルメロイ2世が私室に隠していた「とある英霊の聖遺物」が何者かに盗まれたという。隠し金庫には代わりに「魔眼蒐集列車」への招待状が置かれていた。手掛かりを求めて、エルメロイ2世は内弟子のグレイ、そして教え子のひとりであるカウレスと共に列車へと乗り込むことに。法政科の菱理、天体科のロードの娘であるオルガマリー、さらにはエルメロイ2世の教え子であるイヴェットらがこの列車に乗り込んでいるその理由は、列車の名前にも冠されている「魔眼」のオークションがここで開催されるためだった。しかしオークションが開催される前に、未来視の魔眼持ちでもあるオルガマリーの従者・トリシャが何者かに殺され、頭部が行方知れずとなってしまう。そんな中、聖遺物を盗んだ犯人と思しき人物から呼び出されたエルメロイ2世。果たして彼の前に現れたのはヘファイスティオンと名乗る女サーヴァントで……。

魔術師たちの間で起きる殺人事件を巡るミステリシリーズ4〜5巻。今回は「魔眼」を巡る魔術師たちの攻防と、そのさなかに起きたふたつの事件について語られていく。

ひとつめが未来視の魔眼を持つ女性が殺される事件。しかしここで疑問なのが、いかに断片的かつ限定的であるとはいえ、「未来が視える」という能力を持っているはずの人物がなぜ殺されたのか。これに関しては、化野菱理がオークションの参加者のひとりで、過去視の魔眼を持つカラボーなる人物を犯人として弾劾するが、のちにエルメロイ2世がその推理を(ある意味で)ひっくり返してしまう。最初の菱理による推理の際、エルメロイ2世は例のサーヴァントの襲撃により負傷し不在だったのだが、なんとか復帰したのちの短い時間で、あっという間に正しい結論を導き出していく。ここまで鮮やかな推理を見せられると、本人による「自分は平凡」的な自己評価を覆したくなってくるが、しかし彼の生きる世界はあくまでも魔術師の世界であるがゆえに、推理力に長けていたとしても、小細工がなければ他の魔術師たちと対等に渡り合うことすら難しいという事実の方が重要だし、答えであるのだろう。そう考えると、彼こそが他のどの魔術師たちよりも努めて「魔術師」たらんとしているような気さえしてくる。

そしてもうひとつの事件が、彼から聖遺物を奪った存在と、それに付き従うサーヴァントの存在。聖杯戦争でもないのにサーヴァントを召喚できるという状況からすでにおかしいのだが、さらにイスカンダルを召喚した聖遺物から彼以外の人物が召喚されたことや、その召喚された「ヘファイスティオン」なる女性の正体など、次から次へと謎がわいてくるという展開に。しかしこの件を機に、エルメロイ2世はあるひとつの決断を下す。それはこれまでの彼の生き方にひとつのピリオドを打つことであり、同時に新たな抗争に身を投じる、その始まりでもある。シリーズ的にも転換点となった今エピソードだが、今後彼がどのような道を選んでいくのかが気になるところ。


◇前巻→「ロード・エルメロイ2世の事件簿2〜3 case.双貌塔イゼルマ(上)(下)」

ゴルコンダ
斉藤直子
2019-04-29

先輩が家を建てたということで、お祝いがてら向かった「僕」。美人で優しい奥さんの梓さんがベランダでふとんを叩いているのを見てから、「僕」は家の中へと入る。出迎えてくれた先輩の横には梓さんがいて、新築祝いにと渡したヤカンを受け取ると、これでお茶を用意するわと言って奥へと消えていく。すると今度は背後にある玄関の方から梓さんの声が。夜勤明けだという梓さんは疲れ顔を「僕」に見せることを恥じらいながら廊下の奥へと消えていく。と、今度は洗濯カゴを抱えた梓さんが階段を下りてくる――そう、先輩の奥さんである「梓さん」は、なぜか28人もいるのだ……。(「ゴルコンダ」)

西崎憲主宰の電子書籍レーベル「惑星と口笛ブックス」から刊行されている、作者初の短編集。河出文庫のSFアンソロジー「NOVA」にも収録されている、語り手の「僕」が巻き起こす、理不尽だがどこかユーモアあふれる(?)連作6本と、実在の剣道家・山本忠次郎を主人公に据えた時代ものの中編が収録されている。

元々「NOVA」所収の「ゴルコンダ」および「禅ヒッキー」が好きだった身としては、新たな「僕」シリーズが読めて嬉しい限り。先輩の奥さんがなぜか28人もいる表題作「ゴルコンダ」、ある企業のコールセンターで禅を啓いたオペレーターとの攻防(?)を描く「禅ヒッキー」、「僕」が発明したアプリが世界を(いろんな意味で)変化させる「ティルティ・テイル」、引っ越した「僕」の部屋で起きた怪異を描く「1ミリの彼女」……等々、とにかく語り手である「僕」の周辺で起きる様々な謎現象について綴られている短編群なのだが、実際のところ、諸悪の根源は「僕」であり、たまたま居合わせた(あるいは故意に「僕」に呼び出され巻き添えを喰らった)先輩はただただかわいそうな気がしてならない。とはいえ、それはそれとして(笑)、とりあえず今後の「僕」の活躍(という名のやらかし)にますます期待したい。

亥子ころころ
西條 奈加
講談社
2019-06-26

麹町にある人気の和菓子屋「南星屋」の主人・治兵衛は、ひょんなことから左手首を痛めてしまう。店にいるのは自分の他に出戻りの娘・お永と、その娘のお君だけで、力仕事ができる男手がいないため、力の要らない簡単な菓子しか作れない日々が続いていた。そんなある日、家のそばで行き倒れている男を見つけた治兵衛一家。介抱しつつも素性を尋ねたところ、雲平と名乗るその男もまた菓子職人で、弟弟子であった亥之吉が行方知れずになったため、京から亥之吉の奉公先がある番町までやってきたのだという。雲平は治兵衛がこね損ねた餅を目にして、「ひすい」という別の菓子にしてはどうかと提案し……。(「夏ひすい」)

「小説現代」に2016〜2018年にかけて掲載された、和菓子屋「南星屋」を舞台にした人情系時代小説。第36回吉川英治文学新人賞受賞作「まるまるの毬」の続編でもある。

前巻でいろいろと悶着はあったものの、少なくとも表向きは平穏を取り戻したはずの南星屋。しかし治兵衛が怪我で和菓子が作れなくなったり、たまたま助けた菓子職人の雲平の存在が周囲に様々な波風を立てたり……と、今回もあれこれと問題が発生。しかしそのたびに、治兵衛は自ら書き上げた菓子帳と新たなアイディア、そして職人としては最新の技術を持っている雲平の助言もあり、新たな和菓子を作り出しては問題を解決に導いていく。

やはりお君の破談の件はあちこちに影響を及ぼしてはいるのだが、今回はそこにお永の揺れる心中も加わってさあ大変。確かに老主人とその娘(しかも出戻り)、そして孫娘しかいない家に、(そこそこ)若い男がやってきたとなると、周囲の奥様方だけでなく、別れた夫までも、何かが起きるのではないかと邪推してしまうのは仕方ないこと。けれど逆に、そういう存在が現れたからこそ、今まで一歩を踏み出せなかった元夫が動くことができたという見方もできるので、結果オーライといったところかもしれない(笑)。

怪我をしたこと、そして雲平という若い頃の自分によく似た和菓子職人と出会ったことで、再び和菓子職人としていろいろと考え始めた治兵衛。今回出てきた和菓子も、もちろんどれもおいしそうなものばかりだったが、それを生み出したのは治兵衛ひとりの力ではない。新しい風を迎えて、これからますます発展していきそうな南星屋の行く末をもう少し見てみたいと思った。


◇前巻→「まるまるの毬」

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