phantasmagoria

読んだ本のこと、それ以上に買った本のこと、ときどきライブのことを書き散らかしてみたりする。 (当ブログは全文無断転載禁止です)

カテゴリ: *な行の作家

樽とタタン(新潮文庫)
中島京子
新潮社
2020-09-01

小学校の帰り道、いつも坂の下の小さな喫茶店で、仕事帰りの母親を待っていた「わたし」。店の隅に置かれた大きなコーヒー豆の樽を気に入り、中に入り込んでいた「わたし」を見て、常連客である老小説家は彼女に「タタン」というあだ名をつける。タタンと呼ばれるようになった彼女は、喫茶店にやってくる様々な常連客達と言葉を交わし、成長するにしたがって今度は店の手伝いまでするようになって……。

小説家である主人公が、かつて「タタン」と呼ばれていた頃のことを回想していく、どこか不思議な物語。

樽が好きだから「タタン」――タイトルを見てもわかるように、「タルト・タタン」をもじって「タタン」というあだ名をつけられた主人公。しかし彼女にその名前を付けた老小説家は、タタンには双子の姉か妹がいるという設定も付け加える。自分には双子の姉がいるという想像をするのが好きだったタタンは、その設定を進んで受け入れることに。当初はただそれだけだと思っていたのだが、物語が終盤に差し掛かると、その設定が突然息を吹き返すのだ。

死後の世界を信じていない祖母。女グセの悪い歌舞伎役者「トミー」と、そのタニマチである「神主」。体調不良でふらついていたタタンを助けてくれたものの、それ以降は奇妙な言い訳を繰り返す「学生さん」。サケウシという聞いたこともないような生物を研究しているという「バヤイ」(「場合」という単語を「バヤイ」と発音するため)。しもやけの克服方法を教えてくれたノースダコタ出身のサンタ・クロース。タタンの周りにいる大人たちはどこかヘンで、しかしタタンはそれをヘンとも思わず、当たり前のように接し、やがて彼らを見送っていく。そうして最後に現れたのが「トモコ」だった。タタンに瓜二つな、けれどいつからそこにいたのかこにいたのかわからない、タタンの本名と同じ名前を持つ少女。

彼女がタタンの「双子の片割れ」だったのかどうか、それは今となってはわからない。けれど老小説家は言う。小説家に『それはほんとう?それとも嘘?』と聞いてはならないのだ、と。今や小説家になってしまった彼女の回想は――タタンと呼ばれていた頃の思い出は、ほんとうのこと?それとも嘘?と聞いてみたい気もするが、もうそれはできないのだろう。


校正係の暁島みか子は、同僚から貸してもらった校正刷りを紛失してしまったことに気付く。渡されたのは昨夜の送別会のさなか。本来であれば社外持ち出し禁止のはずの校正刷りを営業の原田は持っていて、みか子が興味ありそうだから、と手渡してくれたのだった。しかしバッグに入れたはずの原稿は手元になく、愕然とするみか子。そこで送別会のあった店に連絡すると、確かに封筒が残っているという。しかし閉店間近だからと駅まで封筒を持ってきてくれた男性店員は、みか子に金銭、さもなくば一緒に飲みに行くことを要求。みか子はこれを拒むが、男から逃げようとしている中で突然気を失い……。(「未知の鳥類がやってくるまで」)

2002〜2019年の間に雑誌、web、電子書籍等で発表された9作に、書き下ろしとなる表題作を加えた、著者8年ぶりとなる作品集。主にSFあるいは幻想小説が収録されているのだが、狐につままれたというか、つままれた後で別の世界に放り込まれてしまったような(そしてそれを当たり前と感じてしまうような)、そんな印象の残るエピソード揃いだった。

忘れ物を探していたはずが、奇妙な2日間を過ごすことになる女性が主人公の表題作もよかったが、個人的に気に入ったのは「行列」と「東京の鈴木」の2作。

「行列(プロセッション)」は、静かな夏の空に現れた謎の行列が往くさまを淡々と描く短編。最初は子供(といってもそのように見るだけで、実際はおそらく巨人サイズ)が現れ、次第に刀で打ち合う男たちだったり、見たこともない謎の生物だったり、形容しがたいほどの恐ろしい存在だったりが、空を静かに横切っていく。その姿は誰にも見えないが、ごくまれに見えている人がいて、しかし彼ら彼女らが見ているものは現実のなのかどうか定かではない。特に何か起こるでもなく突然始まり、突然に終わっていくこの「行列」という存在そのものが心に焼き付いて離れない。

「東京の鈴木」は少し前に東京で起きた奇妙な出来事についての短編。「トウキョウ ノ スズキ」を名乗る(と思われる)存在から届く謎めいたメールと、それに符合するように起きたいくつかの事件――政商に中空から泥が降り注ぎ、首相とSPが蛾に襲われ、政治家たちが国会後に体調不良を訴える。けれどそこで起きた事件は、果たして「東京の鈴木」を名乗るひとりの人間――あるいは複数でも構わないが――が起こせるようなものなのか。そこに超常的な存在を垣間見つつ、ドイツ在住の語り手は、ドイツが抱える諸問題に思いを馳せる。こちらも解決は不可能な内容ではあるが、しかしこちらの事件をそもそも起こしたのは、超常的な存在ではなく、過去に実在した人間に他ならない。「東京の鈴木」が発したメッセージ(のようなもの)は、何に対しての警句だったのか。それを考えることが、メッセージを受け取った人々が考えるべき課題なのかもしれない。

流浪の月
凪良 ゆう
東京創元社
2019-08-29

優しくて自由な両親の間でのびのびと育ったのも束の間、父が死に、母が姿を消したことで、まだ小学生だった家内更紗は伯母の家に引き取られる。しかし伯母の家はなにもかもが窮屈な上、中学生の息子からは様々な嫌がらせを受けていたため、家に帰ることが苦痛でならなかった。なるべく家にいる時間を減らそうと、近所の公園で時間を潰していた更紗。雨の中、家に帰れずにいた更紗の前に傘をさしかけたのは、いつもこの公園で本を読んでいた青年だった。友人たちは彼のことを密かに「ロリコン」と呼び蔑んでいたが、更紗は青年の誘いに応じて彼の家へと向かう。時折こちらを凝視するような素振りを見せることはあるものの、基本的には彼女の望む通りにさせてくれる青年――佐伯文のことがすっかり気に入った更紗は、そのまま彼の家に居ついてしまう。世間では失踪、あるいは誘拐された少女としてマスコミに取り上げられもしてはいたが、ふたりは幸せな日々を送っていた。しかしある時、気を緩めてしまった更紗は、文に動物園に行くことを提案。そこで周囲に気付かれてしまい、ふたりは引き離されてしまうのだった。――それから幾年も経ち、更紗はバイトをしながら会社員の彼氏・亮と暮らしていた。そんな折、同僚に誘われてたまたま入ったカフェで、マスターをしている文に再会し……。

周囲から非難され反対されながらも、たったひとりの「彼」を追い求める少女の半生を描く長編小説。

「少女を誘拐したロリコン男」と「誘拐された可哀想な少女」というレッテルを貼られた文と更紗。ふたりの関係はそんなものではなく、居場所も拠り所もなにもかもを失い、傷付いた心を抱えたまま、どこか似た者同士なふたりが出会い、惹かれ合ったという、ただそれだけのことだった。けれど周囲が勝手に貼ったそのレッテルはいつまでもふたりに貼り付いたままで、誰もふたりの関係を理解しようとはしない。そんな周囲の無理解に苦しみながらも、更紗は文を追いかけずにはいられないのだ。

結局のところ、人間というものは自分の見たいものしか見ず、理解できないものは排除するばかりの存在なのだろう――プロローグで描かれた一組の男女の会話を、ファミレスの店員は微笑ましく見つめる。しかしエピローグでその男女の正体に気付いた時、自分がそのファミレスの店員や、無神経な男子高生の集団と同じであることに気付いて愕然とさせられる。そんな絶望感に苛まれながらも、ふたりが築き上げたその関係の美しさには息をのまずにいられない。表紙に描かれた3つのアイスクリーム、そして文の最後の独白が胸に刺さる。ふたりが幸せでありますようにと、深く祈りたくなるような、そんな物語だった。

君はレフティ (小学館文庫)
額賀 澪
小学館
2019-08-06

高校2年生の古谷野真樹は夏休み中の事故で橋から湖へ転落し、記憶喪失となってしまった。怪我が治って自宅に戻った真樹が目にしたのは、卓上カレンダーに記されたある予定。その予定通り、夜の学校へと向かった真樹を待っていたのは、同級生で写真部の仲間だというふたりの男女――生駒桂佑と春日まどかだった。記憶がないことを詫びる真樹に対し、ふたりは改めて部活仲間として、そして親友として受け入れてくれるのだった。そんなふたりの支えもあり、文化冊を控えて慌ただしい雰囲気の高校へと戻った真樹。そんなある日、体育館の壁に「7.6」という落書きがされるという事件が発生。それを目にした真樹は言いようのない既視感を得て戸惑いを隠せない。その後もいろいろなところで――真樹と関係のある場所で同じ落書きが次々と発生。真樹は自分の失われた過去と何か関係があるのではないかと考え、文化祭の準備の合間をぬって手掛かりを探し始めるが……。

記憶を失ってしまった男子高校生・真樹と、ふたりの親友・生駒と春日との関係をめぐる学園ミステリ×恋愛小説。

事故のせいで、知識は覚えていても経験を忘れてしまう「全生活史健忘」という状態に陥ってしまった真樹。親友だという生駒や春日の助けもあり、なんとか高校生活に復帰したものの、彼の周りには常にふたつの謎がつきまとう。ひとつは記憶を失う前の「古谷野真樹」がどんな人物で、周囲とどんな関係を築いていたのかということ。そしてもうひとつは、記憶を失った真樹を追いかけるように次々と発生している「7.6」の落書きの謎。なにせ記憶がないものだから、どちらの謎についても真樹がアプローチするとっかかりすら見えない、そんな中で真樹は生駒と春日が抱える問題を垣間見る――記憶をなくす前は知っていたはずなので、厳密にいえば改めて知る――ことになる。

行動力があり、面倒見もよく、周囲から信頼を寄せられていたかつての「古谷野真樹」。今の真樹にとっては信じられないような「真樹」の聖人君子ぶりが、かえってふたつの謎を深めていくことに。さらに文化祭実行委員として真樹に気をかけてくれていた女子生徒・前園は、生駒と春日に対して真樹の不信感をあおるような言動を繰り返す。過去がないがために、自分の中に答えを見つけることができない真樹にとっては、周囲の言葉だけがすべて。しかし人が他者を評する言葉には、どこかその発言者の主観が入り込んでしまうもの。前園が真樹に構う理由を知ってからは、なおさらその懸念が強くなっていく。しかし真樹は他人の言葉に振り回されることなく、やがて「答え」にたどり着くことになる。その強さはきっと、かつての真樹が持っていたものと同じなのだろう。記憶がなくなったとしても、失われないものは必ずある。そんな強い力が込められた物語だったように思う。

夢見る帝国図書館
中島 京子
文藝春秋
2019-05-15

小説家を目指しているフリーライターの「わたし」は、上野公園のベンチで喜和子さんという老女と出会う。初対面のはずなのに距離感が近く、強引だけど無邪気でどこか憎めない。そんな喜和子さんと何度か会って話をしているうちに、彼女の生い立ちについてもいくつか聞かされることになる。そして、上野にあったという、日本初の国立図書館たる「帝国図書館」に対して強い思い入れがあることも。喜和子さんは「わたし」が作家を志望していることを知り、自分の代わりに帝国図書館の物語を書いてみないか、と持ち掛けてきて……。

「別冊文藝春秋」に掲載された同作を書籍化した本作は、日本初の国立図書館である「帝国図書館」の始まりから終わりまでを、謎めいた老女・喜和子さんの生涯と共に描く長編作品となっている。

喜和子さんの煙草の煙に咳き込んだ「わたし」に、喜和子さんが飴を差し出す――そんな出会いから始まったふたりの関係。気が向いた時に運よく会えたら、食事をしたり家にお邪魔したり、といったゆるい関係のふたりだったが、喜和子さんの半生を断片的に聞くうちに、気付けば「わたし」は上野にあった帝国図書館の物語――しかも主人公はその「図書館」そのもの!――を書くことになってしまう。しかしそのさなかで喜和子さんは亡くなってしまう。そこで「わたし」は、喜和子さんとの約束(といっても、ちゃんと約束はしていなかったが、いつの間にか喜和子さんの中では「わたし」が書くと確約していたことになっていた・笑)を守り、「夢見る帝国図書館」という物語を書くことになるのだ。

「わたし」は帝国図書館における史実を調べ、書き継ぐ一方で、なぜ喜和子さんが帝国図書館にそこまでこだわるのかを知ることになる。そして終戦以後の喜和子さんの身に起きていたことや、彼女が探していた「としょかんのこじ」という絵本についても調べることで、喜和子さんという人物がどのように形作られたかということも。事実なのか虚構なのかわからない「喜和子さん」にまつわるエピソードの数々が、パズルのピースのようにきれいに嵌まり、いつしかひとつの物語になっていく過程は、それが真実かどうかはさておくとしても、なにか心に響くものがある。本が好きという共通点があるからこそ、それはなおさら響いたのかもしれない。物語を知るということは、目には見えないけれど、確かに力になる。そう思い知らされたような気がした。


化け狸たちが人間社会に隠れて生きていくために作った任侠団体「愛宕組」、その組長の娘である椿(もちろん彼女も狸)とのお付き合いを継続するため、愛宕組に入ることになってしまった化け猫の千歳。椿の父親である組長になにかと仕事を命じられ、お目付け役の諏訪と共にしぶしぶ働く中で、なんとなく椿に対してこれまでのような想いを抱けなくなっていることに気付いた千歳は、少しずつ彼女と距離を置くように。そんななか、千歳は諏訪がストリートミュージシャン・多摩子の歌を聴いているところを目撃する。本人は仕事だと言い張るが、以前に多摩子が喧嘩に巻き込まれそうになったところを助けたということもあり、多摩子の方は諏訪に気がある素振りを見せていた。そこで千歳は諏訪と多摩子の仲を取り持とうとするが……。

化け猫の千歳が、化け狸の任侠集団に混じり「人」として社会に溶け込もうとする中で、自分の進むべき道について再び悩み始めるシリーズ第2弾。

「千歳と椿の恋に暗雲が!?」と「諏訪の恋!?」の2本立てで物語が進む本作。前者では以前のように椿に接することができなくなった千歳が悩む様が、後者では無愛想で不器用な諏訪にロマンスが!?というにわかに信じがたい(笑)展開が描かれていく。しかしどちらのエピソードでも共通しているのは、千歳と諏訪、それぞれの「不器用さ」が図らずも浮き彫りになっているということ。「化け猫」と「化け狸」という種族の違いはあれど、自身の生き方について悩んでしまうのは彼らも、そしヒトも、みな同じ。特に家族から忌み嫌われている千歳と、家族をみな亡くした諏訪は、意味合いは多少違えども、周囲に無条件で頼れる者がいない――と本人は思っている――という境遇は一致しているので、抱えるものもきっとかなり近いに違いない(そしてそれが、千歳にとっては椿へのわだかまりというかたちで現れてしまったのかもしれない)。だからこそふたりはわかりあえる――というほど単純なことではないかもしれないが、それゆえに相手に欠けているものがよく見えるのだろう。きっとふたりは、これからもっといい「相棒」に慣れるに違いないと、そう感じさせられた結末だった。……ただ、千歳の懸念についてはどうしても気になってしまうが(笑)。


◇前巻→「猫と狸と恋する歌舞伎町」


大学生の谷中千歳は、実は人間に化けることのできるオスの三毛猫。ドーナツ屋でバイトしている愛宕椿という女の子とお付き合いしている千歳だが、もちろん自分の正体を明かせるはずもなく、彼女との関係を進展させることも当然できない。そんな中、椿の周辺にストーカーとおぼしき男が現れ始めたことに気付いた千歳だったが、男を追い詰めようとした瞬間、逆に捕らえられてしまう。その男は椿の父親の手下で、そして椿の父親である君彦は歌舞伎町を縄張りとする任侠団体・愛宕組の組長だった。正体までバレてしまった千歳は、君彦に命じられるがまま椿と別れることになるが……。

どこにでもいる普通の大学生、しかしてその実態は化け猫!?な主人公が、ひょんなことから恋人の父親に命じられ、ヤクザの仕事(ただし非合法ではない)を手伝わされることになってしまう、奇妙な物語。

オスの三毛猫、しかも正真正銘の「化け猫」であるがゆえに、家族から爪弾きにされてきた千歳。ゆえに椿という「居場所」ができて幸せな日々を送っていたはずだった。しかし椿とは別れさせられ、ヤクザと関わる羽目になり、大阪から借金に追われて逃げてきた親子と関わることになり……となかなかジェットコースターな展開に。そんな千歳を取り巻く周辺の人々(?)もまた、自分の居場所を見出すのに必死になっていた。組長の娘であることを嫌って家出していた椿、とある事情を抱えたまま愛宕組に入った諏訪、そしてこれまた諸事情により愛宕組を頼るしかなかった香里親子。とりわけ諏訪とは、香里親子に関わる中ではからずも相棒的な関係になってしまうのだが、(どちらかというと千歳が一方的に)反発し合いながらも、なんとなく絆のようなものが出来上がっていく展開がなんとも楽しい。

自分だって生きることに必死で、しかもその目的だって見失いつつある中、それでも香里親子を助けようとあがいて見せたり、あるいはふとした瞬間に椿のことを思い出したりする千歳。そんなお人好し(ただし千歳は猫なので……「お猫好し」?)な性格だけに、これからも椿の父には利用されてしまうのだろう。けどそれも含めて千歳という存在なのだろうし、実は千歳と同様に大変な秘密を抱えている椿ともうまくやっていけるに違いない(まあ椿と君彦は親娘だし……)。意外と抜けてたりちゃっかりしたところのある諏訪とのコンビがこの先どうなっていくのかも気になるところ。


陸上部のエースとして活躍する女子高生・一ノ瀬ときわの隠れた趣味は、少女漫画を読むこと。特にお気に入りなのは藤原ホイップ先生が描く大正ロマン系の人気恋愛漫画「恋色ノスタルジック」なのだが、周囲では「もう少女漫画は卒業」という雰囲気が流れているため、幼馴染の結を除いて、その趣味を明かすことはできないでいた。そんなある日、帰宅中に行き倒れているスーツ姿の男性を見かけたときわ。彼女の父が経営するアパート「ヒット荘」の住人だというその男性――鈴木桂太を部屋まで送り届けるときわだったが、中に入るとそこには少女漫画誌と「恋ノル」の単行本、そして漫画を描く道具が並んでいた。実はこの桂太と、その直後に帰宅してきたノリの軽い金髪の青年・長山レオこそが、ときわの崇める少女漫画家「藤原ホイップ」の正体だったのだ……。

少女漫画好きの女子高生(兼・大家の娘)が、男性の少女漫画家コンビを食事でサポート!な短編連作。

母親を早くに亡くしたことや、自身がアスリートであることも加わり、栄養バランスを考慮した料理が得意なときわ。そんな彼女の前に現れた憧れの漫画家は、欠食児童よろしく食事を満足にとっていない男性2人組だったからさあ大変――ということで、なし崩し的にときわはふたりにも料理を振る舞うことに。地元の食材や旬の野菜を使って繰り出される数々の食事の描写には、読んでいるだけでお腹がすいてきそうになってしまう。

そしてもうひとつ面白いのは「藤原ホイップ」が置かれる少女漫画界の現状についての描写。アプリと紙媒体での描き方の違いや、アプリ(電書)化に対する漫画家・編集者・読者の三者三様の意見……紙と電子書籍の過渡期ともいえる現在の状況がありありと描かれているので、基本的に紙派の私としては目からうろこだったりする。しかし媒体が何であれ、描く側も、送り出す側も、そして読む側も、漫画が好きという事実に変わりはない。そんな想いも強く感じられる作品だった。

或る毒師の求婚 (ソーニャ文庫)
荷鴣
イースト・プレス
2018-11-02

アルド王国の姫君であるアレシアは、16歳になると隣国の王太子と結婚することになっていた。しかし輿入れの5日前に突如昏倒。やがて意識を取り戻したものの、身体の自由が利かなくなっていたアレシアの前に現れたのは、医師でもあるというバレストリ伯爵ジャン・ルカだった。他の医師では手も出せなかったアレシアの病を、特異体質の持ち主であるジャン・ルカだけが治療できるのだというが、その方法は誰にも言うことのできないような淫靡なものだった。しかしジャン・ルカの献身的な看病ぶりにアレシアはすっかり信頼を寄せ、いつしかそれは恋心へと変化していくが……。

得体の知れない青年伯爵の策略が姫君をからめとってゆく、どこか不穏なラブロマンス長編。

素直で心根がまっすぐな姫君であるからして、ジャン・ルカの治療や彼の素性に多少は疑問を抱きながらも、その献身ぶりに惹かれるのを止められないアレシア。しかしそんな彼女の恋心やときめきが描かれるパートとは裏腹に、ジャン・ルカの行動が描かれるパートはなんとも怪しげ。6年前にふたりは会ったことがあるそうで、アレシアの方はまったく覚えていないのだが、ジャン・ルカの方は彼女に一目惚れ。そこでなんとしてでも彼女を手に入れたいと、6年かけて周到に策を巡らしてきたということで、その執念には恐ろしいものがある。

物語が進むにつれ、アレシアを取り巻く王家内部の問題が次々と明らかに。びっくりするほどろくでもない人物揃いな展開に、思わず「ヒロイン逃げてーーーー!」と叫びたくなるのは私だけではないはず(苦笑)。しかしジャン・ルカはそれらを巧みに利用・誘導してお互いに破滅させ合い、まんまと彼女を手に入れることに成功するのだ。もちろんアレシアは何も知らないまま――薄々は怪しいと感じている部分があっても、そこは「信頼」と「愛情」の名の下に目を瞑り、見ないことにして。そうしてたどり着いた結末は、全貌がわかっているこちら側からしてみれば、ジャン・ルカの周到さに恐れ慄くしかないのだが、ふたりにとっては完璧なハッピーエンド。とにかく不穏すぎる展開がある意味たまらない作品だった。


美大への進学を機に家を出た寺脇友親は、同じ寮に暮らす先輩・柚木若菜に助けられつつもなんとか学生生活を送っていく。そんな彼の前に現れたのは、若菜を探しているという女子大生・進藤恭子。若菜に知られないよう彼のことを探ってほしいという恭子の頼みを躱していた友親だったが、時間が経つにつれ、若菜の謎めいた部分がいくつも見え隠れするように。一方、友親自身も家庭に事情を抱え、実家に帰りづらい身。しかしある日、友親に先んじて家を出ていた義姉・涼が友親のもとに突如やってきて……。

ふたりの青年が抱える絶望と、その先にあるものを描く切ない青春小説。

最初は美大生たちのちょっと変わった大学生活が描かれていた。なぜかオリエンテーションが農業体験であることとか、歓迎会と称してケイドロに興じる姿だとか、試験ではなく授業として絵を描き、評され、また絵を描くことで「壁」を感じることだとか……しかしその中で、友親と若菜の抱える問題が少しずつ浮かび上がってゆく。まるでソーダ水の泡のようにぷつぷつと、消えることなく。

奇しくもふたりが抱えていたのは似たような問題だった。すなわち、片親だった父あるいは母が再婚し、新しい家族を迎える。ふたりはとても仲が良いし、新しい父あるいは母は連れ子である自分をあたたかく遇してくれて、それは傍から見れば絵に描いたような幸せな「家族」の姿だ。しかしその中に組み込まれた子どもは違和感を捨てきれない。新しい家族になじめないか、あるいは親たちのために進んで「家族」を演じようと試みる。若菜は前者であり、友親は後者だった。そして破綻する。静かに、しかし確実に。そんな中で若菜はひとりの少女と運命的に出会い、しかしその後、最悪の結末を迎えていたのだった。

冒頭に「それは、よくある恋愛小説の成れの果てだった」というモノローグがある。絶望というエンドロールのその向こう側に若菜はいて、下手をすれば友親もいずれそこへと向かっていたかもしれない。けれど友親は無力感に苛まれながらも、なんとか踏みとどまり、さらには若菜をも引き留めた。その果てに何が待っているのかはまだわからない。若菜をこの世界に繋ぎ止めるよすがにするかのように、友親は酔いつぶれて眠る若菜の顔を描く。そんな想いすらもいつかきっと、泡のように弾けて消えてしまうだろう。そうだとしても今ここで生きている、それがすべて――そんな瞬間が切り取られたようなラストが強く印象に残った。

雪の王 光の剣 (講談社X文庫)
中村 ふみ
講談社
2018-04-05

天下四国のうち北に位置する極寒の国「駕」。宰相である柳簡に招かれた裏雲は、彼が国王を傀儡としていることや天令を捕らえ監禁していること、そして他の三国へ攻め入るつもりであることを知る。さらに裏雲を自国に取り込みたいと考えている柳簡は、黒翼仙である彼に迫る死の呪いから解き放つ方法があると告げるのだった。一方、裏雲を追って駕へと密入国した飛牙は王宮へ潜入するが、あっさり見つかってしまう。助けに入った裏雲を逃がして自身は捕らえられた飛牙だったが、そこで柳簡の目論見を知ってしまい……。

天下四国シリーズ、第4巻にして完結編。お人好し&人たらしな元王子・飛牙がまたしても他国の政変に巻き込まれ、これを救うという展開に。

今回の黒幕・柳簡の正体やその非道さには驚かされたが、しかし一方で自国を守りたいという一心がそこまでさせたのかと考えると彼もまた「被害者」ではあるのだろう。とはいえ彼の行いでたくさんの犠牲者が出ているのもまた事実だし、その目論見が実現していたらさらなる犠牲が出ていたのもまた確か。なので今回のオチの付け方にはなんというか「それでいいのか?」と言いたくなる半面、「いやこれでよかったんだ」とも思ったりして。同時に「天」の在り方がいまいち見えづらいというか中途半端な感じもするが、まあ神様というのはそういう理不尽な存在なのだから致し方ないのだろう。

それはさておき、気になるのはやはり裏雲の行く末。結論から言うと呪いは解けなかったけれど、でも保留状態になるということでとりあえずはひと安心。今後の飛牙の行い次第、ということではあるが、ふたりの関係がまたこれから続いていく――あるいは元に戻っていくであろうというラストがとても良かった。


◇前巻→ 「月の都 海の果て」


子どもの頃に自分を助けてくれた「楽園の人」。その香りの記憶しか残っていないがために、調香師を目指し、人気香水店「フロノワ」に弟子入りしたリンディール。しかし3年も修行してもなお、なぜか彼女の作る香りは激臭ばかりで、師匠であるフェイを日々怒らせていた。そんなある日、リンディールはフェイの友人でもある青年貴族・コーヴィンのための調香に立ち会わせてもらえることになる。そこでリンディールは、彼の持っている香水「忘却の月」が「楽園の人」の纏っていた香りと同じことに気付き……。

新作は落ちこぼれな見習い調香師の少女が、仕事と恩人探しに大奮闘!なお仕事系ファンタジー。

土地の問題で花が育たないため、代わりに香水産業が発達したシュタイン国が舞台の本作。リンディールの恩人探しと成長を軸にしつつ、一方で花の輸入を一手に引き受ける女性実業家の陰謀が水面下で進行していて……という展開に。調香師よりも庭師(前述の通り、土地の問題で作物も育ちにくいため、これらを成育させることのできる庭師も貴重な職種となっている)の才能をフェイからも認められているリンディールだが、それでも彼女は諦めない。しかし恩人である「楽園の人」が見つかってしまった時、その決意は揺らぎ始めることに。

元はと言えば「楽園の人」の香りを探すために調香師になろうと決めていたリンディール。それでは「楽園の人」が見つかってしまえば、その夢はお払い箱になってしまうのだろうか――周囲だけでなく、本人もまたそれを自答する。そして彼女はひとつの結論を見出すことになるのだ。自分の才能を生かすのではなく、たとえ困難な道のりだとしても、自分のしたいことをする。才能の無駄遣いだとみる人もいるかもしれないが、しかし本人が進みたい道に進むことが一番いいはず。どちらかといえば恋愛要素は薄めではあるのだが、リンディールの選択がきっちりと描かれているという点がそれを補って余りあるし、だからこそ印象に残る作品だと思う。


シュトロイゼル王国において優秀な聖騎士を輩出してきたシュターデン家の娘・ミカエラは、亡き父から受け継いだ騎士道精神を胸に、末の王女フロレンティーナの侍女として出仕していた。そんな彼女に突如下されたのは、《闇の星痕》を有するがゆえにカレンデュラの森に追いやられている第2王子アドリアンの身辺警護役。しかも女性アレルギーがあるというアドリアンのために、男のふりをして任務にあたることになるのだった。冷徹にして傲慢という噂のあるアドリアンに戦々恐々としていたミカエラだったが、実際に顔を合わせた彼は仮面をつけ表情こそ見せないものの、ぶっきらぼうな態度や口調とは裏腹に領民たちのことを思いやる優しい人物で……。

童話シリーズ第5弾は、シリーズ4巻より1世紀ほど後の時代が舞台。仮面の下に素顔を隠す王子と、性別を偽って彼に仕える少女騎士とのラブストーリー。

謹厳な領主として勤めを果たしているアドリアンだがそう思っているのは自分だけで、領民たちも、そして付き合いの浅いミカエラでさえ、彼の人のよさは理解済み。なのでどんなにぶっきらぼうだったり物騒だったりする発言をしても痛くも痒くもないという流れがなんとも微笑ましい(まあたまにミカエラは真に受けたりもするが)。そんなふたりが素の状態――アドリアンは仮面を外し、ミカエラはドレス姿――で出会ってしまい、なおかつお互いに一目惚れしてしまったからさあ大変。どう見てるお互いの正体はバレバレなのに当人同士だけがまったく気づいていないというまさかの展開。しかしこの鈍感すぎる主従が真相に気付き両想いになったかと思えば想像以上にバカップルすぎて本当にもうどうしたらいいか……と頭を抱えてしまったり(笑)。

王家の陰謀に巻き込まれ死の危険にさらされるという終盤の展開にははらはらさせられたが、最終的にはもちろん結ばれるふたり。しかしそこでミカエラがとった行動はあまりにも男前(笑)。こんなカップルならクラウディア(もちろん今巻でも登場)もひと安心ということで。


◇前巻→「花嫁が囚われる童話 桜桃の花嫁の契約書」

月の都 海の果て (講談社X文庫)
中村 ふみ
講談社
2017-11-02

故郷である南の「徐」を出たのち、紆余曲折を経て西の国「燕」で次期女王と結婚してしまった元徐国の王子・飛牙は、次は東の国「越」へと向かうことに。目的はもちろん、彼の乳兄弟であり黒翼仙に身を堕としてしまった裏雲を救う方法、加えて彼に同行したせいで天から見放されてしまった天令・那兪を天に戻してやる方法を探すためだった。しかし現在、「越」は次期国王の座を巡り、同日同時刻に生まれたふたりの王子が権力争いに明け暮れている真っ最中。さらに14年周期で現れ甚大な被害をもたらす暗魅「屍蛾」の発生時期がまもなく近付いているのだという。そんな中、裏雲は第1王子に密かに接近。一方で飛牙は第2王子に囚われてしまい……。

中華風ファンタジー「天下四国シリーズ」3巻。相変わらずお人好しで人たらしな主人公・飛牙が、またしても様々な騒動に巻き込まれるハメに。

(直接の面識はないが)徐国出身の越国正王后、心優しい第1王子、理知的な第2王子、実は市井に紛れて暮らしている第3王子……と、知らず知らずのうちに越国の重要人物たちと出会ってしまう飛牙。権力闘争の駒にされそうになりながらも、飛牙は「屍蛾」から越国民を守ろうと奮闘。その前段階で、第1王子側についている裏雲と再会し、どちらの王子が勝つかという賭けを持ち掛けられたというのもあったからだろうが、それを差し引いても、本来はまったく関係のない越国のことを心の底から考えて行動する飛牙のスタンスは相変わらず。だからそんな彼の行動に、那兪も裏雲もペースを乱されっぱなしだったりする。天然こわい(笑)。

いつか災厄に変じてしまうことを恐れながらも、飛牙のように困っている人を見捨てられない那兪。迫る滅びを受け入れようとする反面、自分をなんとしてでも救おうとする飛牙の態度に戸惑う裏雲。ふたりを救う鍵は最後の一国――北の「駕」にありそうだが、そうこうしているうちに那兪が天に連れ戻されたり、「駕」の術者と思しき人物に挑発されたりと、なかなか先が読めない展開に。次がおそらく最終巻になりそうだが、果たして大団円を迎えることはできるのか。そして「天」の真意とはいかに、ということで、続きが待ち遠しい。


◇前巻→「砂の城 風の姫」


無事ラハ・ラドマに帰国し、あとは挙式を迎えるだけ!ということになったフローレンスとイスカ。そんな中、エスカ・トロネアからはセリスが、そして正教会からは聖王アリオンがやって来ることが判明。セリスの政敵となっている第1王女リュシエラが正教会と繋がっていること、そして正教会が自らの勢力を拡大するため、ラハ・ラドマ内でセリスとアリオンのいずれか――または両方――を暗殺するのではないかと考えたフローレンスたちは、カフィエズを呼び寄せ正教会側に潜り込ませる一方、正教会の教義に凝り固まっている幼い聖王アリオンを、正教会の思惑から引き離すための策を考えることになり……。

花粉症がまたしても世界を救う!?なシリーズもこの6巻で完結。ついに主人公カップルの結婚式……と思いきや、最大の陰謀が企てられるという展開に。

自分たちの大事な結婚式が暗殺に利用されてしまう!?ということで、最後の最後まで大変な目に遭うことになってしまうフローレンスとイスカ。しかし逆にこれを防ぐことができれば今後は安泰ということで、でもって敵もいろいろと巧妙な手を使いはするものの、フローレンスとセリスの策士兄妹がそろえば怖い物なし!という感じで、いろいろありはするものの、最終的にはうまくいくという展開にはほっとひと安心。個人的にはここにきて登場したイスカの両親が気になってたりもする(笑)。ともかく、とてもいい夫婦になったおふたり、末永くお幸せに……。


◇前巻→「花冠の王国の花嫌い姫 クロサンドラの聖人」

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