phantasmagoria

読んだ本のこと、それ以上に買った本のこと、ときどきライブのことを書き散らかしてみたりする。 (当ブログは全文無断転載禁止です)

カテゴリ: *は行の作家


大学3年生の有象くんと無象くんはある日、以前所属していたテニス系サークルのイケメンくんを見かける。しかしかつてのモテオーラはすっかり消え去り、髪はボサボサ、心ここにあらずといった足取りでふらふらと歩いているかと思うと、突然道端を這っているミミズをつかみ上げ、大事そうに松の木の根元へと放してやるのだった。あまりの変貌ぶりに驚くふたりの前に、同じサークルメンバーの二番手くんが現れ、真相を語り出すのだった――二番手くんは女子メンバーのひとり・本命ちゃんを狙っており、イケメンくんと熾烈なライバル争いを繰り広げていた。そんなある日、イケメンくんと二番手くん、そして本命ちゃんとその友人である引き立て役ちゃんの4人でドライブデートをすることになる。イケメン君が運転する高級外車で海へ向かい、本命ちゃんはすっかりイケメンくんに夢中になっていた。なんとか挽回したい二番手くんは、イケメンくんが怖がりであることを思い出し、有名な心霊スポットに行ってみようと提案。無類のオカルト好きである本命ちゃんは見事に食いつき、4人は犬鳴峠へ向かうことになるが……。(「あの娘が本命」)

モテない&さえない大学生の有象くん&無象くんが、周囲で起きる様々な男女の恋愛トラブルを目の当たりにしているうちに気付いたら1年経っていた(笑)、青春コメディ連作集。

主人公(?)であるふたりをはじめとして、本作の登場人物には名前が存在しない。どこにでもいるような普通の大学生であるふたりは「有象無象」だし、ふたりが見聞きする他の男女たちも「イケメンくん」「本命ちゃん」など、そのエピソードにおける属性が名前になっているので、わかりやすいといえばわかりやすい(笑)。しかし繰り出される様々なエピソードはなかなか複雑怪奇な男女の関係を描き出しており、帯に書かれている「涙あり、笑いありの青春ストーリー」という惹句には納得させられる。

個人的に一番面白かったのは「女王陛下のダンベル」。ひ弱な男子学生「ダンベル」が、たくましい男性が好みらしい「女王ちゃん」に一目惚れし、彼女のために必死で肉体改造をしたものの、外見は清楚なゆるふわ系だが中身が酒乱ドSの彼女からはいつまで経っても下僕的な扱いしかしてもらえない。しかし、ダンベルが女王ちゃんのせいであるトラブルを起こしてしまい、もはや退学するしかないという状況に陥ってしまう。これを知った女王ちゃんはどうするか……という展開なのだが、ここで女王ちゃんが見せた行動がとにかくかっこいい。これひとつとっても、男女の関係って……と、有象無象コンビと共にまぶしく見つめてしまうのは仕方ないのかもしれない(笑)。

ピエタとトランジ <完全版>
藤野 可織
講談社
2020-03-12

ピエタのクラスにトランジが転校してきたのは高校2年の春。以後、彼女の周囲ではなぜか次々と事件が起こり、人が死んでいく。一方、事件をたちどころに解決していくトランジに興味を持ったピエタは、自ら彼女の助手となって捜査を手伝ったり足を引っ張ったり。やがてピエタは探偵業の手助けになればと医大への進学を志し……。

2013年に雑誌「群像」に発表された同名短編を元に、2016〜2019年にかけて同誌に発表された短編をまとめた連作集。

犯罪誘因体質だというトランジは、そこにいるだけで周囲の人々を犯罪に駆り立て、あるいは彼女と接した人々も同じ体質を獲得してトランジと同様の作用を引き起こす。しかしそのそばにいるピエタはなんの影響も受けることなく生きていく。なぜピエタだけなんの影響も受けないのかはわからない。けれどふたりは――いっとき離れることはあったけれど――その生涯をほぼ一緒に過ごすこととなる。いつの間にか「死を呼ぶババア探偵」という都市伝説めいた存在になってしまったふたり。「死ねよ」「お前が死ねよ」と幸せな気持ちで毒づき合える親友。その関係は身震いがしそうなほどに美しい。たとえそのせいで世界が滅ぶことになったとしても。


昼食をとるため外に出た伊月とミチル、そして都築教授は、通りかかったゲームセンターで若い女性が亡くなっているという事件に遭遇。ダンスゲーム中に転倒死したと思われるその女性の遺体は、夕方には伊月たちの所属するO医科大学に運ばれてくるはずだったが、そこに科捜研から奇妙な電話がかかってくる。事情を確認したところ、例の女性の遺体が警察への搬送途中で消えてしまったのだという。遺体を入れていた「極楽袋」の中には、腐敗臭のする謎の液体と少量の土、そして彼女の物かはわからないが毛髪らしきものがわずかに残っていた。実際に遺体を目にした身としてどうしても気になった伊月とミチルは、残されたわずかな手掛かりを元に調査を始めるが……。

解剖&オカルト的展開で奇妙な事件を解決に導いていく法医学ミステリシリーズ、新装版第3巻。

伊月とミチルが遭遇した「消えた遺体の謎」と、ミチルが別件で関わることになった若い女性の自殺――と見せかけた殺人事件、そして筧がたまたまとった電話相談……といういくつかの事柄がどんどん結びついていくという流れには、まさに亡くなった女性の執念のようなものを感じさせられる。今回は今まで以上にオカルト色が強い展開だったが、同時に生きている人間の恐ろしさもまたまざまざと見せつけられた気がした。もちろんそれは犯人の動機のことでもあるが、個人的には伊月やミチルの事件解決に向けた想いについてもそう感じてしまう。それは彼らの職業倫理だったり倫理観だったりに基づくものであり、事件を解決に導くという点ではいいことではあるが、その執拗さには舌を巻くばかり。いつかそのせいで彼女たちがいらぬトラブルに巻き込まれなければいいのだが――あるいは、心に傷を負うようなことがなければいいのだが、と無用な心配をしてしまうのは私だけだろうか。


◇前巻→「無明の闇 鬼籍通覧」


先の事件の功績を買われて、トウヤと珠子は本物のCIRO-Sに捜査官として採用されることに。腕試しも兼ねて命じられた最初の任務は、とある大学で起きている連続不審死事件の原因を探るというものだった。ある教室で3人の学生が次々に亡くなったというが、その3人にこれといった共通点もなく、時期も死因もバラバラ。それらしい手掛かりもないという状況や、自分たちに割り振られたという点から鑑みて、能力者が関与していると気付くトウヤたちだったが……。

特殊な異能を駆使し、不可解な事件に挑む捜査官たちの奮闘を描くシリーズ第2弾。

謎だらけの不可解な不審死事件に関わることになったトウヤと珠子だったが、同時に警告ともとれるような、様々な接触を受けるように。警察が不審に思っている――もちろん証拠も何もないから逮捕はできない――准教授の鳥野辺と、彼に付き従う双子。トウヤの名前や能力を見抜いていると思しきフードの少女。さらにブラックの敵討ちにやってきたフォウォレの殺し屋。事件と彼らの関係もはっきりしないまま、しかし――あるいは「やはり」というべきか――トウヤは今回も死線をすれすれで潜り抜けるような方法で真相へと迫っていくのだが、その手法は前巻にも増してリスキーで、珠子でなくてもハラハラさせられる。

自分が嘘を吐けない代わりに、嘘を吐いた相手を操ることができるという異能を持っているトウヤ。それは単に彼の大好きな賭け事のような勝負で使えば有利になる能力だが、今回はまた違った使い方をしているのも興味深い。そして珠子も異能に目覚める中、新たな「敵」の存在が明らかになっていく。ふたりの上司である未練もどこまで信用できるのかわからない中、ふたりは生き延びることができるのだろうか。


◇前巻→「破滅の刑死者 内閣情報調査室『特務捜査』部門CIRO-S」


内閣情報調査室内に秘密裏に設置されている「特務捜査」部門――通称「CIRO-S」。その新人捜査官である雙ヶ岡珠子は、「Cファイル」と呼ばれる国家機密級の資料を追って、ある大学生のもとを訪れる。その大学生――戻橋トウヤは、例のファイルが置かれていた可能性のある事務所を訪れ、友人の負った借金をチャラにさせるため、ヤクザ相手に麻雀勝負を持ち掛けたうえ、そこでたまたま起きた襲撃事件に乗じて金庫の中から借用書などを持ち出し、まんまと逃げおおせたのだというのだ。しかしトウヤがその襲撃相手を目撃し、もちろん向こうにも姿を見られていたことで状況は一変。珠子は上司の命により、トウヤと共に行動し、彼を守りながらも「ファイル」の調査を続ける羽目になり……。

第25回電撃小説大賞《メディアワークス文庫賞》受賞作。謎のファイルを巡り、どこか刹那的に生きる大学生・トウヤと、彼に振り回される新米捜査官・珠子が奮闘するサスペンス長編となっている。

超能力ともいうべき「特異能力者」が存在する世界で、その能力者に関わるとされる「Cファイル」。その所在をめぐってトウヤと珠子は秘密結社「フォウォレ」の一員であり、目が合えば必ず死ぬという魔眼の持ち主・ウィリアム=ブラックを追うことに。とはいえ秘密結社の一員などという接触不可能な存在に対し、トウヤは一介の大学生ながら、思いもよらない方法で彼とのコンタクトを図り、なおかつおびき出すことに成功する。しかしそれに協力させられる珠子には――もちろん読者にも――、彼のメンタリティはとうてい理解しがたいものだった。自分の命がかかっているにも関わらず、なぜそんなにも冷静な判断が下せるのか――しかもそうとは見えないほどの飄々とした態度で。

「眠れる森の美女症候群」とも呼ばれる病を患っているという「トウヤの初恋の人」五辻まゆみは、彼に欠けている――あるいは明らかに肥大しているとでもいうべきか――精神の在り様について語る。しかしそれは果たして彼ひとりの問題なのだろうか。どこかで鍵を握っていそうな彼女の存在と合わせて、トウヤという人物は一体何なのかが気になって仕方ない。


突然死した赤ん坊の解剖が立て続けに発生し、やりきれない思いを抱える伊月。周囲から責められる母親に同情した伊月は不用意なことを言ってしまい、ミチルにこっぴどく叱られてしまう。そんな矢先、ひき逃げ事件が発生。被害者である老人の解剖を行う伊月たちだったが、同席していた警官が、目撃者である少女について心ない発言をしたことでまたしてもミチルが激怒。そんな彼女の反応に理解を示しつつも、伊月はその態度にどこかおかしいものを感じ……。

解剖とほんの少しのオカルト的展開で事件を解決に導いていく法医学ミステリシリーズ、新装版第2巻。

伊月たちが解剖するのは事件の被害者だけではなく、今回の突然死してしまった赤ん坊のように、死因を特定するために行うというのはもちろんある。ドラマなどでよく「死んだ理由がわかってもその人が生き返るわけではない」という台詞を聞くが、それと同時に「理由が分かったからこそ救われる」という台詞ももちろん聞かれる。しかしそれは当事者、または周囲の感情に基づく台詞であり、伊月たち法医学者がその想いを抱くことは許されないのだ、ということが今回のエピソードで突き付けられることになってしまう。子供が死んだのはお前のせいだと責められる母親を救いたい伊月の気持ちもわかるが、同時にそんなことは許されないという都築やミチルの言葉の意味も分かるだけに、やりきれない気持ちを残しつつ、けれどそれが「法医学」なのだと、腑に落ちる展開でもあった。

そんな中で明かされたのは、ミチルが抱える過去の闇――かつて目の前で友人がひき逃げに遭い、そのまま連れ去られるのを目撃してしまったことや、しかしショックで手掛かりになりそうなことを何も覚えておらず、警察や友人の家族からひどく責められたというトラウマや後悔の念が明かされていく。ミチルがいうように、迷宮入りし時効成立していた事件がここにきて急展開するというのは「昼ドラマみたい」ではあるが、これでようやくミチルの闇も少しは晴れたようでひと安心。ついでに伊月とミチルのコンビもなかなかうまくいっているようで、今後のふたりの関係にも興味がわいてくる。


◇前巻→ 「暁天の星 鬼籍通覧」


大阪のとある医科大学にて、法医学教室の大学院生となった伊月崇。法医学医師としては完全に新米の伊月は、先輩医師である伏野ミチルにしごかれる日々が続いていた。そんなある日、駅のホームから転落し、電車に轢かれた女性の遺体が運び込まれてくる。警察によれば、彼女――長谷雪乃はホームで電車を待っていたはずが、何者かに追い詰められて後ずさりするように、背中からホームへ落ちていったのだという。しかし彼女を追い詰めていた第三者は存在せず、目撃証言も一切ないのだった。伊月たちが解剖を進めた結果、轢断による多数の損傷の他に、なぜか髪の毛の一部がまとめて引き抜かれたようになっていたことと、左手の指の付け根に青黒い痣のようなものがあることがわかっただけで、彼女が死の直前に見せた謎の行動についてはわからずじまいだった。それから数日後、今度は交通事故で亡くなった海野ケイコという女性を解剖することになったふたり。しかし警察から聞き込みの結果を聞くうちに、その死の状況が先日の長谷雪乃のそれと似通っているうえ、ケイコの遺体にも髪の毛の一部脱落および指の間に痣があることがわかり……。

実際に法医学者である作者による、法医学研究室を舞台にしたミステリシリーズ1巻。1999年に講談社ノベルスから刊行された同名シリーズの新装版となっている。

遺体からその人物に何が起きたのかを探っていく伊月とミチル。とはいえ彼らは警察ではないので、捜査そのものに関わることはできないし、うかつに自分の主観に基づく所見を述べることすらも憚られる職業ではある。しかしこのたびふたりが遭遇した2遺体には明らかに共通点があり、しかしその共通点が何に由来するかわからなくてモヤモヤする……というところから、ふたりの独自捜査が始まっていくことに。刑事になっていた伊月の小学校時代の同級生・筧の助力もあり、ふたりが真相に近付いていく展開はなんともハラハラさせられるし、結果として導き出された意外な結末には、そういう方向性なのか、とすっかり驚かされてしまった。2巻以降も新装版が連続刊行されるということなので、彼らの活躍に期待したい。

なめらかな世界と、その敵
伴名 練
早川書房
2019-08-20

平行世界にいる無数の「自分」との間を行き来できるということが当たり前になっている世界で、女子高生の葉月もまた、その当たり前の現実を謳歌していた。そんな折、「この世界」では父親の仕事の都合で引っ越していった幼馴染のマコトが戻ってくるという知らせを受け、喜ぶ葉月。しかし現れたマコトは他の世界のマコトとは異なる硬い表情で、必要がなければ自分に近付かないようにと宣言する。どうやらこの世界のマコトは、転校後に遭遇したある事件のせいで「乗覚障害」――すなわち、平行世界との行き来ができなくなる状態に陥ってしまったのだという。葉月をはじめとする周囲からの干渉をことごとく拒むマコトだったが、葉月はどうしても諦めきれず……。(「なめらかな世界と、その敵」)

「少女禁区」以来、約9年ぶりとなる第2作品集。2010年以降に様々な媒体で発表されたSF短編5編に加え、書き下ろし「ひかりより速く、ゆるやかに」が収録されている。

平行世界を瞬時に往還する人々を描く表題作に始まり、2000年代ではなく1900年代の〈ゼロ年代〉におけるSF小説の隆盛を活写する「ゼロ年代の臨界点」、伊藤計劃「ハーモニー」のオマージュでもある「美亜羽に贈る拳銃」、特殊能力を持つ姉に向けて亡き妹が書簡を送り続ける「ホーリーアイアンメイデン」、1960年代に達成された技術的特異点を巡るソ連とアメリカとの攻防を描く「シンギュラリティ・ソヴィエト」、そして突如2600万分の1のスピードに〈減速化〉した新幹線を巡り、その新幹線に乗るはずだったふたりの高校生が解決策を探る「ひかりより速く、ゆるやかに」の6作品が収録されているのだが、どれも共通しているのは「先に進む者」と「それを追う者(または置いていかれる者)」の2者が描かれている点であるかもしれない。

SFというジャンルにおいてそれは当たり前のことかもしれないが、しかし「先に進む者」が必ずしも幸福であるかどうかはわからない。現存しない未知の技術は世の中を変えていくかもしれないが、それを用いるべき人の意識がついて行けるかどうかは別の問題であり、そしてこれらの作品群では、その意識の変遷がくっきりと浮き彫りになっている。新たな技術がもたらすものが何なのか――それを見極めようともがき、悩み続ける人々の姿が淡々と、しかししっかり描かれているこれらの作品群に、あっという間に引き込まれてしまった。今後の活躍にもますます期待したい。


小学4年生の夏休み、圭人は母親から首を絞められた。それ以後も毎年、夏になると母は何度か圭人の首を静かに絞めてくるが、その理由もきっかけもわからないまま時は過ぎ、圭人は高校3年生になっていた。塾の夏期合宿に参加することになった圭人は、一昨日の夜に首を絞められてできた痕を隠しながら現地へと向かうことに。宿舎は2人に1部屋が割り当てられており、ルームメイトとなったのは同じクラスの香乃だった。少し前、付き合っていた同級生・早希を振って以来、香乃が属するグループに敵視されているため、どうにも居心地の悪さを感じる圭人。しかし眠れないのは香乃のせいだけではなく……。(「空と窒息」)

「英国幻視の少年たち」シリーズの作者の最新作は、高校生たちの夏休みに起きた出来事を描く短編集。

憧れの美しいクラスメイトから、たったひとり自宅へ招かれること。夏祭りのさなか、立ち入りを禁じられている山の中に入り込むこと。高校最後の夏という期間限定で、少し風変わりな男子に恋をすること。行方知れずの父の痕跡を辿るように、別荘でひとり暮らしてみること。夏休みという、日常の延長のようでいて、しかしまったく時間の流れが異なる日々に、彼や彼女は「特別」な体験をする。普段ならしないようなこともあっさりとできてしまうのは、きっと思春期の、しかも夏休みという特別な時期だからこそ。振り返ればその経験は「特別」でしかないのだけれど、夏という季節が判断力を奪い去ったかのように、彼らはふいに「境界」を越えてしまうのだ。

タイトルで「どうせ忘れる」という通り、大人になってみれば子供の頃の特別な体験などは色褪せ、何事もなかったかのように思い出に埋没し消えていくのだろう。しかし「今」はまだ、そうではない。忘れてしまうかもしれないが、忘れたくない――あるいは忘れられない、そんな強い想いが焼き付いたようなタイトルが印象に残った。


ウィッツバリーで対ファンタズニックの仕事について学び始めたカイ。しかしその矢先、雨の夜にランスが姿を消す。行き先はシンシアの泉のある森で、ランスは高熱を出して倒れていたのだった。シンシアが魂を持つようになったがために妖精の女王にさらわれたことを知ったランスは、まもなくバーンズ奪還のため妖精の国に向かう鞠子たちに同行することを望む。一方、鞠子は自身が視たビジョンの中にランスだけでなくカイもいたことを告げ、彼にも同行するよう要請。かくしてハロウィンの夜、カイはバーンズとシンシア奪還のための一行に加わることになってしまい……。

英国妖精ファンタジー、シリーズ6巻にして完結巻。

ついに妖精の国に向かうことになったカイとランス、そして鞠子。前半は妖精の国に乗り込むまでのいざこざが描かれるのだが、そこでカイはランスの過去と変化を知ることに。そしてそれは後半の「妖精の騎馬行列(フェアリー・ライド)」以降でさらに強調されていく。夢のような――それは美しく幻想的な、そして同時に厭わしい悪夢のような世界で、カイは皆を助けるためとっさに精霊と取引し、シンシアはその力を解放してランスを救う。しかしその手が引く先は此岸ではない。永遠を切り取ったかのような一瞬の中で、ランスがこの結末を選んだという事実は切なさをはらむけれど、しかしこれでよかったんだ、とも思う。住む世界が違うからなどという陳腐な答えではなく、夢を見るのをやめたんだなどという安易な答えでもなく、シンシアもランスも、ありのままを「生きていく」ということを選んだ、そういうことなのだと思う。そんなふうにどこかほろ苦い、しかし希望のある結末がなんとも印象的だった。


◇前巻→「英国幻視の少年たち5 ブラッド・オーヴァ・ウォーター」

百万光年のちょっと先 (JUMP j BOOKS)
古橋 秀之
集英社
2018-02-02

家事全般を担う旧式の自動家政婦が寝物語に語るのは、「すこしふしぎ」ないくつものお話だった――例えば宇宙船の前に現れた死神の話。培養された受精卵を人工子宮ごと格納した「まだ生まれていない兵士」たちの戦争の話。目に付く星を喰らっては知識として自己の中に収めていく究極の百科事典と、ポケットの中に納まるポータブル百科事典との対決の話。見た目も性格もすべてが好ましい青年が、恋人と結婚するにあたり「身の丈ひとつ」になろうと借りていたものを皆に返していくお話……これらはすべて、百万光年のちょっと先、今よりほんの3秒むかしの物語。

2005〜2011年にかけて「SF Japan」に掲載されていたSFショートショートの書籍化。書き下ろしを含む全48話が収録されている。

「百万光年のちょっと先、今よりほんの3秒むかし」という出だしで始まる、すこしふしぎな物語の数々。SF的な設定に満ちているものもあれば、ラブロマンスあり、おとぎ話ありといった、バラエティに富んだ内容となっている。個人的に気に入ったのは、胎児を兵隊とする戦争で起きた奇蹟(?)を描く「卵を割らなきゃオムレツは」、タイトル通りその身ひとつで恋人のもとへ向かう「身の丈ひとつで」、10億個の恒星を管理する男性のもとにやってきた少女の正体が驚きの「十億と七つの星」、自分以外の人間の存在が許せない高慢なお姫様の顛末を描く「首切り姫」、パンがバターを塗った面を下にして落ちることからまさかのアイディアが生まれる「パンを踏んで空を飛んだ娘」の5編。どれもこれもユーモアと奇想に満ちていて、最後まで楽しく読めた。

シンメトリー (光文社文庫)
誉田 哲也
光文社
2011-02-09

多数の死傷者を出した列車事故の原因は、踏切内に飲酒運転の車が侵入したことだった。危険運転致傷罪が施行される前の事件だったため、車の運転手であった男・米田の刑期はたったの5年。「被害者と遺族の会」は出所後の米田を会合に呼ぶが、再三の要求に対しようやく現れた米田は反省の色を見せず、開き直ってすらいるのだった。当時JRの職員だった徳山は、顔見知りの女子高生を助けようとして脱線した車両に近付き、横転に巻き込まれて右腕を失ってしまう。事故によるPTSDに苦しみながらも、彼女を死に至らしめた犯人を許せない徳山は復讐を誓うが……。(「シンメトリー」)

捜査一課の女刑事・姫山玲子が主人公の警察小説シリーズ、第3弾は短編集。現在の話もあれば過去の話もあるが、いずれも玲子が持ち前の勘で事件の闇を暴いてゆく。

表題作となった「シンメトリー」はなんとも後味の悪い結末となってしまうが、そもそも人が他者を殺めるという事件の後味がいいはずがないのは致し方ないこと。しかし一方で、玲子がその罪を暴いたことで、自身のしたことにきちんと向き合えるようになった者もいる。また一方で、罪を犯そうと考えている存在を察知し、なんとか止めようとするエピソードも。どのエピソードでも、玲子の勘の良さと上昇志向の強さは相変わらずで、どんなに暗い話であっても、そんな彼女の強さに救われるような気がする。


◇前巻→「ソウルケイジ」

ソウルケイジ (光文社文庫)
誉田 哲也
光文社
2009-10-08

多摩川土手に放置されていた車両から男性の左手首のみが発見された。車両の持ち主である高岡賢一は行方不明で、彼の営む工務店のガレージは血の海といった有様で、発見された手首とガレージに残った血の血液型が一致したことから、手首の持ち主は高岡であると推定されている。玲子はなぜか蒲田署に異動になっていた井岡とペアになり初動捜査に携わることに。しかし現場近くに住み着いているホームレスに話を聞くも、何も見聞きしていないとして追い返されてしまう。その後、高岡本人の関係者に聞き取りを行うことになるが、苦手意識を持つ同僚・日下に出し抜かれ、玲子は工務店に勤める唯一の従業員・三島ではなく、その彼女とされるファミレス店員・中川の担当に回されてしまい……。

事件に関する嗅覚と直感力が人一倍な女刑事・姫川玲子の活躍を描く警察小説シリーズ第2弾。今回は、前巻で玲子が毛嫌いしていると評されていた同僚刑事・日下が登場。

玲子が日下のことを嫌う理由はふたつ――ひとつは玲子と異なり、微に入り細を穿つような方法で捜査を進めるというそのスタンス、そしてもうひとつは、玲子が学生時代に巻き込まれた「事件」の犯人に似ているから。後者は完全なるとばっちりでしかないが、玲子本人にとってはある意味どうしようもない話。しかし今回の事件で日下と競い合うように捜査に当たる中で、少しはその考え方が変わったのであればいいなとも思う。

そんな今回の事件は、左手首以外の部分が行方不明の死体遺棄事件。しかし聞き取りをしても、被害者である高岡がバラバラにされるほどの殺意を向けられるような人物には見えない。それではなぜ――という展開なのだが、この事件の真相も前巻同様、なんともやりきれないもの。弱者が搾取されるばかりの事件はあまりにも陰惨で、だから今回の犯人にも同情しかしようがなく、それでもこの人物が裁かれてしまうというのは憤りが残る。まあそれを言ってしまうと法が成り立たなくなるのでどうしようもないというのもまた事実なのだが、そんな事実を玲子が明らかにしてくれるのであれば彼らも多少は救われるのではないだろうか。


◇前巻→「ストロベリーナイト」

ストライクフォール3 (ガガガ文庫) (ガガガ文庫 は)
長谷 敏司
小学館
2017-11-17

シーズンオフを迎え、雄星はシルバーハンズの一軍強化キャンプに参加することに。憧れのスター選手たちと肩を並べられることに意欲を燃やす雄星だったが、あまりにも大きな実力の差を目の当たりにする日々。そんな中、チーム内で行われた紅白戦において、アデーレが第1リーダーであるケイトリンを撃破。その後も慣性制御を用いた戦法で何度もケイトリンを負かしていくアデーレに対し、これまでケイトリンを中心として重視してきたフォーメーション戦法を見直すことも検討し始める監督たち。しかしケイトリンはあくまでもフォーメーション戦法を追究しようとしていて……。

雄星が所属するシルバーハンズ1軍、そしてストライクフォール新時代の幕開けを告げるシリーズ3巻。

前半ではシルバーハンズの強化キャンプ、後半では新シーズン開幕戦の様子が描かれる今巻。そのいずれでもやはり重要な意味を持つのはもちろん「慣性制御」。前半ではこれを使って有利な戦闘を繰り広げるアデーレと、これまで通りにフォーメーションを重視した戦闘で対抗するケイトリンのふたりのリーダーの攻防が中心となっている。あくまでもその直感的な戦闘センスでもって敵の急所を突くことにこだわる蛮族系(ってひどい言われよう・笑)ヒロイン・アデーレに対し、ケイトリンはこれまで長きにわたりリーダーを務めてきた経験と自負、そして理論によって、慣性制御という新しい技術に振り回されることない立ち位置をキープし続ける。それは彼女のチル・ウエポン耐性が要求されるレベルぎりぎりであることもあるし、なによりこれまで培ってきた矜持によるところもあるのだろう。この前半だけ見ていれば、ふたりの攻防が「努力は実を結ぶ」という言葉がぴったりな結末を生むという展開には納得させられる。

しかしそれをすべてひっくり返すのが後半戦。前シーズンの覇者であるホライズンズとの開幕戦は、ケイトリンのみならず誰もが想像しえなかった展開に。まさに雄星が「コントラクター」によってこじ開けたものはパンドラの箱とも言うべきか――慣性制御を用いた新戦法も、そしてそもそも「ストライクフォール」と言う競技そのものを取り巻く環境の激変も。誰もが手探りで、しかし確実にその新しい技術を利用して「勝ち」をもぎ取ろうとしていく中、雄星は何度もうちのめされ、あるいは押しつぶされそうになりながら、そのたびに立ち上がっていく。その前向きさがなんとも頼もしい。新しい世界の始まり――そのスタートラインに誰よりも優位な立ち位置で臨んでいるはずの雄星は、この先どこへ向かっていくことができるのだろうか。


◇前巻→「ストライクフォール2」

ストロベリーナイト (光文社文庫)
誉田 哲也
光文社
2008-09-09

警視庁捜査一課の警部補・姫川玲子がこのたび担当することになったのは、溜め池近くの植え込みにブルーシートにくるまれ放置されていた男性の遺体だった。全身に大小さまざまな切創があるが、ひときわ目を引くのはみぞおちから股関節にかけて大きく切り裂かれた痕。被害男性は普通のサラリーマンで、こんな無惨な殺され方をするくらいに恨まれるような理由も見当たらない。そんな中で玲子が気になっていたのは、植え込みに遺体が放置されていた理由と、大きな裂傷をつけた理由。やがて玲子は、この遺体を本来は別の人物が溜め池に捨てる予定だったのではないかと推理し、溜め池内の捜査を進言。すると似たような遺体がもう1体見つかり……。

ドラマ化もされた人気警察小説「姫川玲子シリーズ」、第1弾。

本作でなんといっても特異なのが、主人公・玲子の事件に対する「カン」としか言いようのない直感的な捜査。もちろん聞き込みなどの地道な捜査も行うが、いくつかの状況証拠を繋ぎ合わせて一足飛びに事件の真相に迫ろうとし、そして見事それを的中させてしまうのだ。今回もその直感で、この事件が連続殺人であることを当ててしまうのだからすごい。

しかしそんな彼女のやり方を苦々しく思い、目の敵にしているのが、「ザ・悪徳刑事」といった感じの男性刑事・勝俣。玲子が学生時代にある事件の被害者となっていたことを知っている人物で、そのあたりを巧妙につついて玲子を牽制しつつ、地道なアプローチで真相へと近づいていく。物語はそんなふたりの視点を交互に切り替えつつ事件の真相を暴いていくことになるのだが、タイトルにもなっている「ストロベリーナイト」が意味するものはなんともえげつない。そしてそんな事件を起こした犯人に玲子が肉薄できたのはなぜなのか――目の敵にしていた勝俣がその理由を看破してみせるラストには、なんだかうすら寒いものを感じるのと同時に、ふたりの奇妙な関係が浮き彫りになっている象徴的なシーンのようにも感じられた。玲子と部下・菊田とのロマンスも気になるが、個人的には勝俣との関係がどうなるかも気になるところ。

このページのトップヘ