phantasmagoria

読んだ本のこと、それ以上に買った本のこと、ときどきライブのことを書き散らかしてみたりする。

カテゴリ: *ま行の作家

声優 声の職人 (岩波新書)
森川 智之
岩波書店
2018-04-21

声優歴は約30年、アニメ・ゲームへの多数出演は言うに及ばず、トム・クルーズを始めとする洋画の吹替もこなし、さらにはBLドラマCDの出演回数の多さから「BL界の帝王」とも呼ばれるベテラン声優にして声優事務所社長の筆者が語る、「声優」という職業のこと。

本作は主に筆者が声優を志し今に至るまでの経歴、自主企画イベントの成功や事務所・養成所設立についての2本を柱としながら、「声優」という職業がどのようなもので、そして筆者本人がどのようにこの職業を捉え、努めているかが書かれている。最近でこそ歌って踊ってイベントも出てグラビアも撮って、とにかくアイドルのようになんでもやるというイメージが付きつつあるが、そういうものを目にする前は――または現在のアイドル化しつつある声優像を知らない人にとっては、声優というのは「アニメや洋画の声を担当する人」というくらいの認識でしかなかったと思う。しかし本作を読むと、声優という職業が、自分の身体を使って演技をする「俳優」と何ら変わりのないものであることがよくわかる。特に「アイズ・ワイド・シャット」でトム・クルーズの吹き替えをした際のエピソードは想像を超える内容で、けれどそこまでしたからこそ筆者の今があるのだろうな、と深く頷かされた。

また、何年も前から声優として自主企画イベントをしたり、他の声優と組んで歌ってみたりと、今では当たり前かもしれないことを次々とやっていたというそのバイタリティには恐れ入る。後進の声優をマネジメントし、あるいは育てていくことについてのエピソードも、読んでいるととてもいい上司あるいはいい先生だなあという印象。技術の進歩などにより、これから声優を取り巻く環境や求められるものはまた変わっていくのだろうが、根底にあるのは「声で勝負する」ということだ、というのがよくわかる1冊だった。


担当編集・善知鳥の尽力の甲斐あって、怪奇小説雑誌「奇奇奇譚」での連載が決まった熊野。しかしおおまかな設定はできたものの、不安がぬぐい切れず連載そのものに尻込みしてしまう。善知鳥は熊野に「なんのために書いてるんだ」と詰め寄り、一時険悪なムードに陥るふたり。そんな折、雑誌の企画のため、謎のアウトサイダー・アーティスト渡会ヱマが住んでいたといういわくつきのペンションを善知鳥が取材することに。デビュー作の表紙に使われていた絵が渡会ヱマのものだったという縁のある熊野は、その取材に同行したいと申し出る。しかしそのペンションは渡会が孤独死した場所でもあり、さらには彼女の信奉者であった作家や書家、詩人が彼女の死後にそこを訪れ、直後に謎の死を遂げているらしく……。

霊が見える臆病すぎるホラー作家と、霊は見えないのに強力な除霊体質の編集者が、新作のために(文字通り)身体を張って取材する連作短編、第2弾。

フィクションの存在であるはずの「惑星怪人エヴィラ」に追いかけられたり、同業者に会ったかと思ったら「ひざのさらおいてけ」と言いながら追いかけてくる幽霊(?)に遭遇したりと、今回もなかなかな恐怖体験をするはめになる熊野。どちらも熊野に新作を書かせたい善知鳥の親心(?)の賜物なわけだが、絶対にS心がないとは言いきれないような……と思いつつ(笑)。

しかし3本めの「不在の家」になると雰囲気はがらっと様変わり。山奥のペンションを死の直前まで改造しつづけていた謎のアーティスト・渡会ヱマはまさに「本物の幻視者」であり、彼女の遺した「作品」によって熊野はぎりぎりまで追い詰められてしまうのだ。これまで以上に彼岸と此岸のあわいに限りなく近付いてしまうという展開には、恐ろしさと同時にどこか甘美な雰囲気を感じ取ってしまう。視えないものを視るというのは恐ろしいことではあるけれど、同時に知識欲を満たすことのできる危険な罠でもある。しかし彼岸に引き擦り込まれそうになった熊野を引き留めたのは、彼がひた隠しにしている「小説を書く理由」そのものだった。前巻では善知鳥が熊野に「作品を書かせたい理由」が明らかになったが、今巻では熊野が「作品を書きたい理由」を明らかにする。それは善知鳥の「理由」とは対になるもので、そしてこの上なく切実なものでもあった。なんだか堂々巡りな気もしなくはないが、だからこそこのふたりはうまく(?)いっているのだろうな、とも思う。


◇前巻→「奇奇奇譚編集部 ホラー作家はおばけが怖い」


詠見の手がけた六道の新作が「読みたい本大賞」を受賞した。とはいえ妖怪であり、見た目10代の六道が受賞式に出られるはずもなく、詠見がスピーチを代読することに。過去作を売り出すチャンスということで張り切る詠見だったが、話題性を見越した上層部が、メディアミックスありきの企画モノ――つまり六道の作風とは真反対の作品を書かせるよう要請してくるのだった。しぶしぶ六道の家に向かう詠見は、その道中である人気作家・踊場漂吉に出くわしてしまう。先日の受賞式で詠見と知り合ったばかりの踊場は、顔出しをしない六道の正体に興味津々で……。

同族を食らうことで日々の糧と小説のネタを得る妖怪作家と、そんな彼の担当編集者が織りなす、オカルト&お仕事小説、第2弾。

詠見でなくとも、2時間ドラマのようなエンタメ性の高い作品なんて六道先生に書けるはずないのでは……と思ってしまうのは仕方ないような気もするが、一方で依頼してみると意外とあっさり承諾されたので、さらに肩透かしを食らったのは私だけではないはず(笑)。とはいえそんな中で六道の様子がどうやらおかしいことに気付く詠見。「髪切り」という妖怪によく似たネット発の怪談「カミキさん」の存在と、六道に興味を持つ人気作家・踊場の登場が、六道を追い詰めていくという展開に。「カミキさん」の出自にはなかなか驚かされるものがあったが、それを自分の責任で仕留めようとする六道に対し、編集者として手伝いたいという詠見との絆が深まったようでなにより、ということで。


◇前巻→「六道先生の原稿は順調に遅れています」


両親を亡くし、叔父であるバウンゼン伯爵に引き取られることになった13歳の少女カティルーナは、叔父と共に訪れた獣人貴族ベアウルフ侯爵家で、錯乱状態に陥っていた嫡男・レオルドに《求婚痣》を付けられてしまう。相手が本当に結婚するまで3年は消えないという痣を付けられ怒り心頭のカティルーナに対し、謝罪にやってきたレオルドはおおよそ悪いとも思っていない態度で、ふたりの関係は最悪としか言いようのない状態。幸いカティルーナは少年と見まがう外見のうえ、本人も男名である「カティ」で通していたため、ひとまずは男であると偽って3年間やり過ごそうと決めるのだった。しかしその後、カティが志願して勤めることになった治安部隊は、レオルドが長を務める王都警備部隊の直属部隊。その後も顔を合わせては言い争いが絶えない(あるいは無視)という関係のまま2年と数か月が経過。しかしまもなく仮婚約者の立場から解放されるという時期になった頃から、なぜかレオルドがカティに対して態度を軟化させ、やたらと接近するようになってきて……。

第5回New-Generationアイリス少女小説大賞・銅賞受賞作家のデビュー作。男装少女と獣人青年による、婚約(仮)から始まる異種族間恋愛ファンタジー。

人間だけでなく「獣人」と呼ばれる種族が登場する本作。人間よりも強い力を持ちながらも共存している獣人には、人間とは異なる制度というか性質がもちろんあって、そのひとつがカティも被害(?)に遭った《求婚痣》と呼ばれるもの。対象となる相手は何人いても構わないが、相性や好みなどが合う相手(性別問わず)に付ける魔術的な紋様で、付けた側か付けられた側のいずれかが結婚するか、または3年程度経てば自動的に消えるものだという。うっかり事故――とカティは思っているが、レオルドにしてみれば本能的な行動だったに違いない――で《求婚痣》を付けられて迷惑千万としか思っていなかったカティだったが、なぜか突然レオルドが和解を申し出てきたり、やたらと構いにきたり、しかもそのたびお菓子を持ってくるようになったりと態度を一変させたところからが面白い展開に。

実はカティより12歳も年上なレオルドだが、カティに女癖の悪さを指摘されて以来遊ぶのを止めたし(しかもそれはまだカティを構い倒すより前の話)、カティが周囲の仲間に笑顔を見せることに苛立つし、仕事が忙しくカティに会えなくなると面白いくらいに不機嫌になるし、獣人は頭部に触られるのを嫌う性質のはずなのにカティに頭を撫でられて喜んだあげくその後も所かまわず自分の頭を撫でさせるし……と、28歳男性(しかも最強獣人)とは思えない振る舞いのオンパレード。しかもそれらを行っている間、カティは男であるという認識のままなのだから恐ろしい。とはいっても本人は男色のつもりはなく、ただ(名目上は)友人として仲良くなりたい一心だという、想像だにしなかったピュアさ加減にはもういったいどうしたらいいか。

とはいえ最後の最後でカティが女であることに本能的に気付き、そこから流れるように再び婚約者としての約束を取り付けるという手際はさすがオトナの男性(?)、時折なかなかきわどい展開になったりもするので、とりあえずカティ逃げてー!ということで(笑)。


以前「きさらぎ駅」で遭遇し、図らずも置き去りにしてしまった在日米軍を救うため、そしてあわよくば彼らの持つ武器を横流ししてもらうため、空魚と鳥子は裏世界へと向かうことに。前回の遭遇以後、12人の犠牲を出しながらも生き延びていたペイルホース大隊の面々と再会したふたりは、新しい武器を融通してもらいながらも、彼らが最初にこの世界に迷い込むことになった「ゲート」の方へと向かうが……。(「ファイル5 きさらぎ駅米軍救出作戦」)

現実世界とは異なる次元に存在する、ネットロアや怪談に出てくるような異形の蠢く「裏世界」を、ふたりの少女が命がけで冒険する異世界探検サバイバルシリーズ、第2弾。

今回も「裏世界」はヤバさ絶好調。「きさらぎ駅」からの脱出行で異形「姦姦蛇螺」に遭遇する「きさらぎ駅米軍救出作戦」、うっかり沖縄に飛ばされたかと思ったのも束の間、さらにその裏側の世界に飛ばされてしまう「果ての浜辺のリゾートナイト」、タイトルは微笑ましい感じもするが実際は命の危険度が高すぎる「猫の忍者に襲われる」、そして裏世界を研究する機関と出会い、その危険さをふたりが身をもって知ることとなる「箱の中の小鳥」の4本立てとなっている。

今回、これらの怪奇現象の裏側で描かれていくのは、空魚と鳥子の微妙な関係。これまで友人らしい友人がいなかったふたりにとって、お互いは図らずも「命を預けるに足る親友」となっている。けれどそれ以前に、鳥子の中には行方不明の「冴月」がいる。自分のポリシーに反してまで人助けをしてしまう空魚の、その根っこにあるのはおそらく嫉妬心。しかし鳥子もまた、似たような屈託を空魚に抱いていることがわかり、まさに「似た者同士」だなあと微笑ましい気持ちになる。まあそれはいいとして、もちろん「冴月」の問題はますますその大きさを増している。裏世界で、次いで研究機関で空魚が目撃した「冴月」はいったい何者なのか。彼女が残した研究ノートを読んだ途端に「コトリバコ」が現れたのは彼女の罠だったのか、それとも。


◇前巻→「裏世界ピクニック ふたりの怪異探検ファイル」


霊感のあるホラー小説家・熊野惣介は、ネタ探しのために夜の山道を車で走っていた。同行しているのは怪奇小説雑誌「奇奇奇譚」編集者の善知鳥悍。その山道では、日付が変わった瞬間、車に何かぶつかるような音がするという。音に気付いた熊野が見たものは、人体を引き延ばしたような白い物体で、それが上半身をフロントガラスにびったんびったんと打ち付けている姿だった。熊野の反応からその存在を察知した善知鳥は「びったんびったん」を車から振り落としたうえに轢いてしまう。車から離れた「びったんびったん」にいやいやながらも近付き、その正体を直接聞き出そうとする熊野だったが、「びったんびったん」は電子音のような奇妙な音を発し、消えてしまうのだった。それを見て熊野はまたか、と思うのだった――ここ数週間、ネットなどで噂になっている心霊スポットをまわっていた熊野たちだったが、場所も姿も違うのに、「彼ら」はみな、最後には言葉にならない電子音のようなものを発して消えてしまっているのだ……。(「幽霊のコンテクスト」)

第24回日本ホラー小説大賞・優秀賞受賞作。霊感はあるが怖がりなホラー作家・熊野(ゆや)と、霊感はないが霊的存在には強い体質(?)の編集者・善知鳥(うとう)のコンビが「誰も見たことのないような、究極の恐怖たる作品」を作るために実際の心霊ネタを探し求めるホラー作。受賞作となった中編「幽霊のコンテクスト」に、ふたりの出会いを描く書き下ろし短編「逆さ霊の怪」の2本が収録されている。

まさか幽霊的なアレを車で轢くとは……と冒頭のエピソードから意表を突かれる本作。山道を走る車に取りつく「びったんびったん」、廃植物園に現れる巨大花の幽霊(?)とこれに集まる発光体、「胎内めぐり」の出口に現れる大きな首――これまで調査した怪異にいくつもの共通点があると気付いたふたりが、その正体を突き止めるという展開になるのだが、その真相にも驚かされる。情念の塊と言っていいこれらの霊的現象の正体がSF的というか、こちらも似たようなものではあるがまさかそうくるか、という結末がなんともいい。もちろん熊野と善知鳥のでこぼこコンビっぷりもたまらないので、ぜひ続編希望。

舟を編む (光文社文庫)
三浦 しをん
光文社
2015-03-12

玄武書房辞書編集部では新たな中型辞書「大渡海」の刊行を目指していたが、たったふたりしかいない正社員のうちのひとり、ベテラン編集者の荒木が定年退職することに。そこで営業部から引き抜かれてきたのが入社3年目の馬締光也だった。整理整頓が得意なこと、そしてなにより言葉に対する情熱と鋭いセンスを買われてのことだった。日本語学に生涯を捧げる老研究者・松本、ノリは軽いが気配りもできる渉外担当の西岡、事務処理能力の高い派遣社員・佐々木といった編集部の面々と力を合わせながら、そして下宿で知り合った板前志望の美女・香具矢との出会いに戸惑いながら、馬締は「言葉」という大海へと乗り出してゆき……。

2012年の本屋大賞を受賞した、辞書作りに情熱を傾ける人々の姿を描く長編作。

とにかく辞書作りに必要なのは「言葉」を集め、比較し、吟味すること。それをなすための根気と情熱。そして時間とお金――前半では馬締が辞書編纂に関わるようになり、部員たちとの関係を深めたり恋に落ちたりしながらなんとか軌道に乗せていくまでが描かれていたが、後半になるとそれからいきなり10年以上が経過している。そしてまだ辞書は完成していない。気の遠くなるような仕事だと思った。しかしその間、馬締たちの情熱の炎はまったくもって消えていない。トラブルにも遭遇しつつ、ようやく辞書が完成するのだ。物語はとりあえずここで終わる。目標達成、ハッピーエンドだ。

――というのは「とりあえず」というところで、刊行されたからといってハイ終わり、というわけではなく、そもそも辞書に「完成」ということはない。言葉は生き物だから、時間が経つにつれ意味が変化することもある。あるいは新たな言葉が生まれ、古い言葉が消えてゆく。そんな「言葉」たちを常に見つめ続け、集め続けなければならないのだ。またしても思う――気の遠くなるような仕事だ、と。そしてなんという素晴らしい仕事なんだろう、とも。そんな仕事に出会えた馬締たちがどこかうらやましくも思えてしまった。

さよなら神様 (文春文庫)
麻耶 雄嵩
文藝春秋
2017-07-06

小学5年生の桑町淳のクラスに転入してきたのは、自称「神様」の少年・鈴木太郎。全知全能だという彼は、これまでクラスに降りかかりそうになった災難を未然に防いだことでその地位を確立し、またイケメンということで女子たちからの人気もうなぎ上りだったが、淳自身はいまだにその「能力」を心の底から信じられないでいた。そんな矢先、別の小学校の教師が殺されるという事件が発生。その容疑者として、淳のクラス担任である美旗が浮上しているのだという。担任を信じたい一心で淳は鈴木に相談。そこで鈴木が告げたのは、淳が所属している「久遠小探偵団」の仲間でもある上林の父親の名前だった。詳しい説明を求める淳に対し、鈴木は自分で考えろと突き放す。かくして淳は、探偵団のリーダー・市部たちと共に、上林の父親が犯人だった場合の動機、そして殺害に至るまでの手段を探ろうとするが……。

「神様」の託宣を手掛かりに、小学生探偵団が殺害の手段と真犯人の動機を探る倒叙ミステリ連作集。実は「神様シリーズ」第2弾ということらしいが、本作だけでも独立しているので、ここから読んでも問題ない模様(これをいきなり買った身としてはひと安心)。

果たして鈴木は本当に「神様」なのか――というのは結局のところわからないが(たぶん本当なのだろうが)、しかし彼の示す言葉は100%正しく、淳は毎回彼の言葉を疑いながらも、いつしかそれを信じざるを得ない状況にどんどん追い込まれてしまう。特に淳の周囲で起きた事件の犯人として鈴木が示すのが、淳に近しい人、あるいはその家族というパターンが続くからなおさら。

本書には6本の短編が収録されているが、物語として大きく動き出すのは4本目の「バレンタイン昔語り」。ここで淳の意外な正体(騙された……)が明らかになるのだが、鈴木が編入してくるよりも前に起きた同級生の死亡事件――その犯人を鈴木に尋ねたことで、淳のその周辺の運命が大きく狂い出すのだ。ラストの「さよなら、神様」で淳が受け入れた仮定が真実なのだとしたら――否、おそらくは真実なのだろう。ならばやはり鈴木は「神様」で、しかしそんな「神様」に対し、高校生になった淳はあえて背を向ける。けれどきっと、それは「神様」にとって数多くばらまいたネタのひとつの結末にすぎないのかもしれないし、あるいは「神様」から淳に対しての個人的な贈り物なのかもしれない。後者なら救いがあるなあと思ったりもするが、しかしこの場合の「救い」とはなんなのかがわからないので、どちらでもいいのかなとも思ったりして。


文芸系の中堅出版社に勤めている編集者の滝川詠見は、セクハラを受けたことがきっかけでさる有名作家を殴ってしまい、担当を外されてしまう。しかし、すわ異動かと思っていた詠見に対して編集長が命じたのは、正体不明のベテラン作家・六道馬の担当になることだった。彼の担当をしていたベテラン編集者・立花が原因不明の昏睡状態に陥ったことが原因だったが、実は立花以外に六道と会ったことがある者はおらず、どころか電話もなければネット環境も持たないため、自宅を訪問する以外に六道本人とコンタクトを取る方法はないのだという。しかも詠見が六道を訪ねていくと、出てくるのはいつも家族とおぼしき18歳前後の和装の少年のみで、何かと理由をつけては玄関先で追い返されてしまう。そこで詠見は夜にこっそり訪問し、様子をうかがうことに。すると例の少年がたったひとりでどこかへと向かっていくので、後をつけることにするが……。

謎の覆面ベテラン作家、しかしてその実態は……な六道と、そんな彼を担当することになった女性編集者の奮闘(ときどき妖怪)を描く連作集。

というわけで予想通り(?)毎回詠見を出迎えてくれる少年こそが、くだんの「六道先生」ご本人。その正体は妖怪で、街に潜む「物ノ気」を糧として物語を書いているということだが、そんな彼に物怖じせず「原稿ください」と迫るのが詠見。おっとりしている六道と、「編集者」という仕事にプライドと信念をもって向かい合っている詠見とはなかなかいいコンビだと思う。原稿は「順調に遅れ」てしまっているけれども(笑)。

しかし終盤に向かうにつれ、六道が小説を書くことになったきっかけとその方法、そして彼の妖怪としての本性が明かされるつれ、ふたりの間もぎくしゃくしはじめるという展開に。しかしやはりそこは信念ある編集者・詠見がばっちりカバー。短い期間ながら、しっかりと信頼関係を築いたふたりのその後も見てみたい。

5まで数える (単行本)
松崎 有理
筑摩書房
2017-06-08

5年生になったばかりのアキラの前に現れた新任のファン先生は、一番好きな教科が数学なのだという。彼女の授業はこれまでのそれとは少し変わっていて、単なる計算練習だけではなく、柔軟な応用問題を多く扱っていたが、数学が苦手なアキラにとっては手ごわい存在となる。物心ついたころから数字を認識できず、指を使ってでさえ数を数えることができない――アキラは親も含めた周囲にそれをひた隠しにしていたのだ。単なる計算問題であれば、答えをまる暗記すればなんとかなる。しかしひっかけのような文章問題となると難しい。そんな折、教会でアキラは突如現れた謎の老人に話しかけられる。アキラのことを「イプシロン」と呼ぶ彼は、自称「数学者の幽霊」だという。最初は彼を恐れていたアキラだったが、彼と話すうちに「数字を使わない数学」の存在を知り……。(「5まで数える」)

2015〜2016年にかけてウェブや雑誌「ちくま」で発表された短編3本を含むSFホラー短編集。

表題作の「5まで数える」は、数字にまつわる障害を持つ少年が「数学者の幽霊」と出会い、悩みを解決していくといういい話系のエピソード。このほかにもホラー寄り、あるいはコメディテイストの短編が5本収録されている。

倫理上の観点から動物を使った生体実験ができなくなった世界で、自らの身体を実験体として不治の病「彗星病」の治療方法を確立しようとする実験医たちの挑戦と苦悩を描く「たとえわれ命死ぬとも」。ゾンビならぬ「アル・クシガイ」の存在を信じる人々の噂が世界にパニックを引き起こす「やつはアル・クシガイだ」。インチキ科学を本物の科学者と奇術師が暴いてゆく「バスターズ・ライジング」。移送中の事故で砂漠に投げ出された少年受刑者たちが生き延びるために砂漠踏破を目指す「砂漠」。そして新型の日焼け止めで九死に一生を得る掌編「超耐水性日焼け止め開発の顛末」。

一番こわいと思ったのは「たとえわれ命死ぬとも」で、そりゃあまあ人間のために動物を犠牲にすることがいいことではないとは思うが、かと言って「なら医者(研究者)本人が自分の身体で実験すべき」というポリシーのもとに「実験医」という存在があり、毎年多数の殉職者が出ている……というのもさることながら、そもそもその世界では科学やら医学やらの啓蒙が進んでおらず、いくら彼らの実験結果によって画期的な治療方法が発見されたとしても、患者たちがそれを受けようとせず、自然治癒だとかまじないだとかの方が効くと信じている――つまり死んだ医師たちがまったく報われないという世界観がとにかくこわいし悲しい。いったい正気なのは誰なのか、と問いたくなるラストにやりきれない気持ちでいっぱいになる。

一方で、同じく科学に対する理解が進んでいない世界(「たとえ〜」と同じ世界?)で、カルトまがいの「科学」を駆逐していく疑似科学バスターズが登場する「やつはアル・クシガイだ」と「バスターズ・ライジング」は、結末こそ苦いものがあったりもするが、バスターズの活躍には胸がすく。どちらにしても、「人は見たいものしか見ない」というどうしようもない事実に真っ向から立ち向かってゆく展開が良かった。

密偵手嶋眞十郎 幻視ロマネスク
三雲 岳斗
双葉社
2017-03-18

大正12年、東京。防諜組織として設置された内務省保安局第6課に所属する手嶋眞十郎は、中堅商社である久慈川貿易が陸軍と癒着しているらしいという情報を追っていた。リークしたのは久慈川貿易で経理を担当していた高瀬という男だったが、彼は法外な情報提供料を各所に要求した末、謎の事故死を遂げていたのだ。6課は当時華族の屋敷に預けられていた高瀬の妹・志枝がその資料を預けられている可能性に気付き、志枝の働くカフェーに日参して彼女に接触。しかし6課と同じく彼女に目を付けていた警察に横槍を入れられたうえ、志枝は殺されてしまうが、そこで判明したのは、亡くなった志枝と、眞十郎たちがカフェーで会っていた「志枝」は全くの別人であるという事実だった。そんな折、調査がてら久慈川貿易の社長の婚約披露パーティーを訪れた眞十郎は、そこで「志枝」と再会。実は久慈川の婚約者である悠木志枝嬢こそが、カフェーで働いていた「志枝」ということが判明する。さらにこの志枝はいわゆる「千里眼」の持ち主で、その能力により眞十郎の存在に気付き、助力を乞うのだった――この先、東京が戦場になる可能性があるのだ、と……。

異能力を持つ青年・手嶋眞十郎が、その能力を生かしながら軍のクーデターを防ぐため暗躍するスパイアクション長編。

眞十郎の持つ異能力は「ドッペルゲンガー」あるいは「離魂病」と呼ばれる類のもので、相手に眞十郎の幻を見せるというもの。しかしこれは眞十郎が自在に操れるものではないようで、またどういった条件下で発動するのかを本人が把握しているかどうかも定かではないという、実にランダム性の強いもの。なのでこれが役に立ったり立たなかったりするのだが、その不自由さが逆に面白い。

物語は汚職から始まり、軍のクーデター、そして遠くない未来に引き起こされる戦争へと向かってゆく。その中で眞十郎と対立するのは、かつては彼の親友であった高柳芳彦という存在。過去の事件がきっかけで決別してしまったふたりだが、それゆえに互いの考え方はよくわかるらしく、今回は敵同士として相手の考えを読みながら一進一退の攻防を繰り広げる。国家の存亡をかけた危機というスケールの大きな事件が、男ふたりの戦いに集約されるという展開に最後まではらはらさせられた。

しだれ桜恋心中
松浦千恵美
早川書房
2014-10-24

岡山と広島の県境にある延命寺のしだれ桜の根元で、ひとりの男性の遺体が発見された。被害者は文楽人形遣いで、人間国宝・吉村松濤の弟子でもある屋島達也。傍らには文楽で使われる花魁人形が横たわっており、その胸には被害者を死に至らしめたであろう小刀が刺さっていた。不思議なことに、周囲には被害者と、なぜか人形のもの足跡が残されており、なおかつ人形は自分の胸に刺さっている小刀をしっかりと握りしめていたのだった。――実はこの数日前、達也の兄弟子である久能雅人が心中事件を起こしており、刑事の横田はその事情を知る可能性があるとみられる達也を探していて、この不可解な殺人事件にたどり着いたのだ。横田がふたりの師である吉村松濤のもとを訪れると、彼は「ふたりは呪い殺された」と横田に告げ……。

第4回アガサ・クリスティー賞受賞作となる本作は、複雑な因縁を秘めた文楽人形をめぐる、どちらかといえばホラー寄りのミステリ長編。

状況だけを見れば、花魁人形に刺殺されたように見える屋島達也の事件。これを起点として、物語は事件の真相を追う横田視点の現在のエピソードと、屋島達也がいかにして「桔梗」と名付けられた花魁人形と出会い、死に至ったかを描く過去のエピソードとが交互に描かれてゆく。

なぜ「ホラー」なのかと言うと、それはかつて上演しようとした者を死に至らしめたという演目「しだれ桜恋心中」と、その主役となる花魁人形「桔梗」が、「呪い」あるいは「因縁」に絡めとられた存在であるから。文楽会館の地下深くに隠されていた桔梗は、達也と出会ったことで文字通り目を覚まし、達也に語りかけてくるようになる。そこで達也は、この演目と桔梗が生み出されるに至った経緯を知ることになるのだが、それに呼応するように、彼の周囲の人間関係も愛憎乱れ絡まり合い、やがて破滅へと向かって転がり落ちてゆくことになる。そのラストに置かれたのが、「しだれ桜恋心中」の上演。かつての「呪い」は再度発動するのか――そもそも「呪い」は本当にあるのか。人形たちのささやきが人間たちを狂わせてゆく。いったい操っているのは、操られているのは、どちらの方なのかと。

強い想いは、動くはずのないものを動かしうる力を持っている。それは正の感情でも負の感情でも同じこと。負の感情ばかりが渦巻いていたこの物語で、しかし最後にひとつだけ光を見ることができた。それだけが救いだと思う。


ひょんなことから〈裏側〉の世界に迷い込み、いつの間にか気が触れる一歩手前という精神状態に陥ったうえ、水浸しの草原で溺れかけていた女子大生の空魚。そんな彼女を間一髪で救ったのは、金髪の美女・鳥子だった。空魚の精神に異常をもたらした「くねくね」に向かって鳥子が岩塩を投げると、なぜか「くねくね」は消え、奇妙な六面体と化していた。後日、現実世界に戻った空魚の前に鳥子が再び現れる。先日の六面体がある人物に高額で売れたことをエサに、鳥子は一緒に〈裏側〉に行こう、と空魚を誘いに来たのだ。鳥子のかつての相棒・冴月が〈裏側〉で行方不明になったため、鳥子は彼女を探し続けているのだというが……。

現実世界の〈裏側〉で女子大生ふたりが奇妙な冒険を繰り広げるSF怪異譚。

廃墟、エレベーター、山の中……という感じで、空魚と鳥子が足を踏み入れることになった〈裏側〉への行き方も、そしてそこで遭遇する現象も、どれもこれもがネット上で繰り広げられる怪談やら都市伝説やらに登場するモノばかり。〈裏側〉の怖いところは、目に見える脅威があるのではなく、どこからなにがどのように飛び出てくるのか――そもそも目に見えるように飛び出てくるのかどうかすら――わからないという、文字通りに未知の世界であること。見ただけで精神に異常を来す「くねくね」、2メートル以上の身の丈を誇る「八尺様」、異世界に迷い込むきっかけとなるという「きさらぎ駅」……特に「くねくね」との遭遇によって身体に〈裏側〉の侵食を受けてしまったふたりが、どんどんヤバい方向へ巻き込まれていく様は、見ていてひたすらにコワイとしか言えない。しかし怖いもの見たさというのはまさにこのことで、破滅しか想像できない怪異に立ち向かい、気付けばあっさり難を逃れているふたりの冒険からは目が離せない。

そんな〈裏側〉での騒動もさることながら、もう一方で気になるのは空魚と鳥子の関係。他人との接触が苦手な空魚と、逆に初対面の相手にも物怖じせずどんどん近付いてくる鳥子。鳥子の存在を当初は歓迎していなかった空魚だが、一緒に〈裏側〉で行動するうちにいつしか変化してゆく。吊り橋効果も多分にあるのかもしれないが、そんなふたりの距離の縮まり方がなんとも微笑ましい。

それにしても、研究者の小桜が終盤で〈裏側〉について考察していたが、もし小桜や空魚の仮説が当たっているのだとすれば、その狙いは、そもそも主体はいったい「何」なのだろうか――実はこの部分が一番怖いような気がする。ぜひそのあたりも含め、ふたりの冒険(?)をもっと見てみたいと思った。


先の事件での見返りとして田中敏雄に売ることになっていたはずの「晩年」が、久我山家からある骨董店に売りに出されてしまったのだという。交渉を望む栞子の前に現れた骨董店の店主・吉原は、800万という相場をはるかに超えた高額での取引を提示。田中の危険さを知る栞子はこれに応じざるを得ないのだった。その翌日、今度は店に水城と名乗る老人が現れる。実は彼は栞子の祖母・英子の夫。先日、水城家にも吉原が現れ、久我山家から英子に貸し出されたことになっている1冊の本を渡すよう要求してきたのだという。複雑な経緯があったとはいえ、英子が大切にしていたその本を取り戻したいという水城の求めに応じ、栞子は初めて祖母である英子と面会することに。やがて栞子は、英子が持っていたというその本――シェイクスピアのファースト・フォリオの複製本から、ある稀覯本の存在を知ることとなり……。

約2年ぶりとなるシリーズ最新巻にして、本編完結編となる7巻。今回はその存在を知られていないシェイクスピアのファースト・フォリオをめぐり、篠原家にまつわる因縁に終止符が打たれるという展開に。

両想いになり、ちょっと目を離せばいつのまにかいちゃいちゃしている大輔と栞子さんのカップルがたいへん可愛らしい……というのは本筋と関係ないがそれでも見ていて幸せになってくる。しかしそんなふたりに平和な日々はまだ訪れず――ということで、今回は栞子さんの母、そして祖母を巻き込んだ古書にまつわる因縁が一気に噴出してくるという展開に。諸悪の根源となるのは、前巻にも登場したあくどすぎる古書店主・久我山。久我山に裏切られたがゆえに古書店に嫁いだ娘・智恵子を許せない英子、家族を捨ててまで古書を探し続ける智恵子、そしてそんな智恵子を嫌悪する栞子さん――そんな母娘3代にわたる因縁の種が久我山だというのもまた嫌な話。しかし今回の件を通じて、誤解が少しずつ解けていくという展開にはほっとさせられた。そして久我山の怨念を背負い続ける吉原の執拗な攻撃に対し、これまで栞子さんと大輔が救ってきた周囲の人々が手を貸してくれるという展開にも。

最終的にはすべてがうまくいき、めでたしめでたし……ということだが、あとがきによればまだ番外編などの予定があるのだとか。今巻のテーマとなっていた作品集の成り立ちもそうだが、古書ならではの深すぎる知識も魅力のひとつだったシリーズなので、まだ続きが読める可能性があるとは嬉しい限り。今後の展開にも期待したい(もちろん大輔と栞子さんのその後にも……)。


◇前巻→「ビブリア古書堂の事件手帖6〜栞子さんと巡るさだめ〜」

小暮写眞館IV: 鉄路の春 (新潮文庫nex)
宮部 みゆき
新潮社
2017-01-28

小暮写眞館に泊まりに来ようとしているテンコと共に帰宅中だった英一は、家出してきたという父・秀夫と遭遇する。予定変更し、なだめすかしてテンコ宅に秀夫を連行した英一は、家出の理由が夫婦喧嘩であること、そしてその原因が、風子の死に端を発したものであることを明かすのだった。風子が病死したことで秀夫の実家は京子をよってたかって責め、精神的に不安定になっていた京子は離婚を申し出たが、秀夫はそれを拒み、逆に実家と縁を切ったのだという。しかしこのたび、秀夫の父が危篤という知らせが。縁を切った秀夫は見舞いも拒むが、京子は行くべきだと言って譲らず、喧嘩となっていたのだ。翌朝、秀夫は帰宅し夫婦げんかもひとまず収束するのだが、今度は光の様子がおかしいことに気付く英一。やがて光はひとりで小暮氏の墓がある霊園へと向かっていた。知らせを受けた英一が迎えに行くと、光はぽつぽつと気がかりなこと――風子の幽霊に会いたいその理由を語り始め……。

いつか必ず雪は解け、春がやってくる――そんな未来を示すかのようなサブタイトルが印象的なシリーズ最終巻。

娘が病死した責任を母親に問うのはおかしいと怒る英一に対し、垣本はこれを簡単に肯定することはしなかった。身内だからこそ、誰かに責を負わせないとやりきれないのだ、と。それがいいことだとは思っていないようだが、そのようなものの見方からも、垣本自身がかつて――あるいは現在も――複雑な立場に置かれていたことを想起させられる。誰にも責任はない、しかし誰かに責任があると思わないと腹が収まらない。秀夫の実家はそれを京子に求めたが、花菱家の中ではみんながみんな、自分に責任があると思っていた――結局のところ、根は同じだったのだ。そして英一はひとつの決意を固め、垣本を伴って秀夫の実家へと乗り込む。人の絆に触れることで成長した英一が選んだひとつの幕引きは、なんとも眩しく映る。

とまあここで終わるととてもすっきり……するのだがもちろんそうではなく、そのあとでもうひとつの問題が英一の前に立ちふさがることに。英一との距離が縮まり、少しずつ「普通」になりつつあったはずの垣本に起きた異変。不器用すぎる彼女の生き方が、またしても彼女自身を追い込むことになってしまったのだが、今回その結末を変えたのは英一だった。英一がいたからこそ迎えた物語のラストは、完全なハッピーエンドとは言えないかもしれないが、しかし未来が開けたとしか言いようのない明るいものだった。ついに春が来たのだなあ、と。


◇前巻→「小暮写眞館3 カモメの名前」

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