phantasmagoria

読んだ本のこと、それ以上に買った本のこと、ときどきライブのことを書き散らかしてみたりする。 (当ブログは全文無断転載禁止です)

カテゴリ: *ま行の作家


知り合いからの紹介だと言いながら空魚と鳥子の前に現れた女は、かつて裏世界で出会った肋戸の妻・美智子と名乗っていた。失踪した夫を探してほしいと涙ながらに訴える美智子だったが、ふたりは戸惑いを隠せない――なぜならふたりが出会った「肋戸」は、失踪した妻を探して裏世界に迷い込んだはずだったからだ。しかも美智子が「夫から届いた」として出してきた絵葉書に写っていたのは、肋戸が八尺様に襲われ、消えていった廃墟だったのだから……。(「ファイル19 八尺様リバイバル」)

2021年1月からアニメ放送も始まる、ネットロアに満ちた謎の「裏世界」を探検するふたりの女子を描く百合SFシリーズ第5巻。

1巻に登場した「八尺様」と再び遭遇する表題作が置かれているのは、実は今巻のラスト。ここではどちらかというと肋戸夫妻にまつわる謎&八尺様のその後(?)について語られているのだが、一方でそれまでに置かれている3編を通して、空魚と鳥子の微妙な関係の進展具合が描かれていく。空魚も鳥子も他人と接することに対するハードルがわりと高いようなのだが、こと鳥子から空魚に対する距離感はあからさまに近い。今巻では、その好意に空魚がようやく向き合おうとする様子が描かれていく。まるでそれは初恋のようで(まあ実際にも「そう」なのかもしれないが)、どうにも甘酸っぱく、あるいはじれったく、ついつい「もっとがんばれ!」と叱咤激励したくなってしまう(笑)。ふたりを取り巻く状況――主に裏世界について――はますます深刻になっているような気がしないでもないが、ふたりにはぜひ力を合わせて頑張っていただきたい。


◇前巻→「裏世界ピクニック4 裏世界夜行」

([も]3-1)恋文の技術 (ポプラ文庫)
森見 登美彦
ポプラ社
2011-04-06

教授の命令によって大学のある京都から離れ、能登半島の実験所へ行くことになった守田一郎。鬼軍曹のごとき先輩・谷口と共にしょっちゅう怒られるかたわら、京都での日々を懐かしんで手紙を書き始める。手始めに友人の小松崎、次いで頭の上がらない大塚先輩、家庭教師をしていた小学生・間宮、友人の作家・森見登美彦、そして妹の薫……。

「文通修行」と称し、周囲の人々と行った手紙のやり取りで綴られる青春ストーリー。とはいえ掲載された「手紙」は主人公・守田が送ったもののみで、相手からの返事は載せられていない。その手紙をつなぎ合わせていくうちに、彼の周囲で何が起きているのか、そして彼が何を思って「文通修行」を始め、いつしか「恋文」を書くための技術を求め始めたのかがわかるという構成になっている。

友人の恋路を応援するもことごとく裏目に出るし、苦手な先輩をこらしめたつもりが逆に追い詰められ、妹に尊敬されたいけど逆にバカにされ……と、なんともナサケナイ守田青年だが、それらの手紙に登場しながらも、そして明らかにその動向を気にしながらも、直接手紙を書いていない相手がいる。それが同期の伊吹夏子さん。現在は就職し、社会人になっているという彼女に恋人ができたと聞いては煩悶し(表面上は取り繕っているが、気にしている様子があからさますぎて面白い)、それが先輩の嘘だったとわかっては怒りながらも安堵し、そのうち作家の森見氏からは恋文をうまく書く方法を聞き出そうとするがもちろん失敗する(笑)。そんな彼が夏を経て秋になり、京都に戻ることになったのを機に、ようやく自分の気持ちに向き合う姿が見えてくるのがなんとも微笑ましい。文通修行の成果は果たして実を結んだのか――彼の「計画」がうまくいったのかどうか、それはわからないけれど、でもわからなくてもいい。こんな手紙をもらってうれしくない人はきっといないだろうから。

ぎょらん
町田そのこ
新潮社
2019-04-05

付き合っていた上司の美袋が事故死し、悲しみに打ちひしがれる御舟華子。過去に付き合ってきた男とはあまりいい思い出がなかったこともあり、たとえ相手が妻子持ちだとしても、自分を大事にしてくれる美袋の死に――そして、これをきっかけに判明した「事実」にショックを受けていた華子に、絶賛引きこもり中だった漫画オタクの兄・朱鷺は「ぎょらん」という短編漫画の話を始める。死者が遺すという赤い珠――「ぎょらん」を口にすれば、その死者の最期の想いがわかるのだという。自分もかつて自殺した親友の「ぎょらん」を口にしたことがあるという朱鷺は、華子を連れて美袋の事故現場へと向かい、「ぎょらん」を探そうとするが……。(「ぎょらん」)

2017〜2018年にかけて「小説新潮」および「yom yom」に掲載された、死者の最期の想いが込められた「ぎょらん」をめぐる連作小説。

死者の口の中、あるいは手のひらの中に突然現れるという「ぎょらん」。これを食べると、珠に込められた死者の最期の想いを知ることができるのだという――そんな内容の短編漫画「ぎょらん」に、御舟朱鷺はとりつかれていた。なぜなら彼自身が本当に「ぎょらん」を見つけ、口にしたという経験があったから。妹に起きた出来事をきっかけに、社会復帰を果たした朱鷺だったが、やがて彼が勤めることになる葬儀社や、あるいは同じ地域にある介護施設などで、「ぎょらん」の存在が見え隠れし始める。ケータイ小説に「たまご」という名前で出てきたり、あるいは葬儀社の社員たちの間で「みやげだま」として都市伝説的にささやかれていたりと、時と場所によってその語られ方は異なるが、「死者が遺すモノ」という意味では共通しているのだ。

1度目は親友の自死、2度目は母の病がきっかけとなり、朱鷺は狂ったように「ぎょらん」という存在と、それが持つ意味を追い始める。身近な人の死というものがひとに与える影響は大きいなどというものではなく、まともな精神状態でいることなどできやしない。そんな時にひっそりと忍び寄るように現れる「ぎょらん」という存在に、朱鷺は振り回されていく。しかしそんな彼を叱咤したのは、かつて彼が「ぎょらん」によって救った妹・華子だった。後悔によって空いてしまった心の隙間を埋めるのは、真実だけとは限らない。そんな幻想めいたものが支えになることもあれば、そうでないこともある。その答えはきっと、ひとりひとりが探していくしかないのだろう。

うつくしが丘の不幸の家
町田 そのこ
東京創元社
2019-11-20

25年ほど前に新興住宅地として作られた「うつくしが丘」。美保理は夫の譲とここで美容室を始めることになっていた。しかしオープンの2日前、義父からの依頼で譲は実家の理容店を手伝いに行ってしまう。そもそも本来であれば長男の譲が実家の店を継ぐはずだったのに、義父は突然、次男の衛に店を譲ると言い出したため、ふたりは結婚資金もつぎ込んで3階建てのこの家を買い、1階を店舗として改造するはめに。おかげで式も挙げられないうえ、住居部分にはほとんど手を入れることができずじまい。そんな美保理に追い打ちをかけるように、近所に住む女性はこの家のことを「不幸の家」と呼ぶのだった。なんでも一家離散などの不幸な理由で、この家の持ち主はこれまでに何度も変わっているのだとか。先日、改築のためにやってきた業者から、裏庭に植わっている枇杷の木は縁起が悪いと言われたことを思い出した美保理は、腹いせにその木を切り倒そうとするが、そこに隣に住む老婦人が声をかけてきて……。(「おわりの家」)

「うつくしが丘」と呼ばれる住宅地に立つ、枇杷の木がある3階建ての家――ここに住む人々の悲喜こもごもを描く連作集。雑誌「ミステリーズ!」にて2018〜2019年に発表された短編3本と、書き下ろし2本+エピローグが収録されている。

第1話となる「おわりの家」では、新生活を始めるために買ったはずの家を、度重なる不運の象徴のように感じてしまった女性が主人公。追い打ちをかけるように、口さがない近所の人からは「不幸の家」というレッテルを貼られていることを知ってショックを受けるのだが、隣の家に住み、その家の住人たちを見守り続けていた老婦人・荒木信子にかけられた言葉が、彼女を救うことになる。その出会いをきっかけに、どん底だった(と思っていた)彼女を取り巻く環境がどんどんいいものになっていくのを見ると、真実というのは目に見えにくいけれど必ずどこかに存在しているし、要は気の持ちようなのだなということを実感させられる。

以降、物語はこの家の持ち主を1代ずつさかのぼっていくかたちで綴られていく。娘は出奔し、夫は浮気し、息子は反抗期真っ最中という一家が再生していく姿を描く「ままごとの家」。男に騙され一文無しの状態で帰郷した叶枝と、夫から半ば追い出される形で離婚させられた紫とが、先輩の持ち家だというこの家で共同生活を送ることになる「さなぎの家」。とある理由で妻に離婚を迫った男が、荒木家の親子と接し、その秘密に触れたことで、再び妻とやり直す決心をする「夢喰いの家」、そしてラストの「しあわせの家」には、この家の最初の持ち主が登場。ただし主人公はその持ち主と同棲している女性・真尋。母親と共に父親に捨てられた記憶を持つ彼女は、相手の連れ子である惣一を育てつつ、「家族」のかたち、そして「家」との関係について探っていくことになる。

少しずつリンクしながら語られていくのは、様々な家族のかたち。彼ら彼女らにとって、「家」というのは「家族」のいわば入れ物にすぎないはずなのに、いつしかその入れ物に頼り、自分たちの関係そのものを左右するものではないかと考え始めることになる。もちろんそれは一面では真実かもしれないが、最終的にそうではないのだと気付き、新たな一歩を踏み出すことができるようになるのだ。きっとそのことが分かったときに初めて、「家」は「家族」を守ってくれるものになるのだろう。

52ヘルツのクジラたち
町田そのこ
中央公論新社
2020-04-21

とある事情から住み慣れた街を離れ、大分にあった亡き祖母の家でひとり暮らしを始めた三島貴瑚。田舎町ということもあってか、よそ者に対する偏見に辟易していた貴瑚が偶然出会ったのは、喋ることのできない少年だった。彼が母親から「ムシ」と呼ばれて虐待されていることを知った貴瑚は、自分がこの町に来ることになった顛末を思い出しながら、少年に寄り添おうと手を尽くすが……。

愛されずに育った女性が、同じ境遇の少年に手を差し伸べたことで、お互いに救われていく物語。

タイトルになっている「52ヘルツのクジラ」というのは、普通とは異なる周波数を発するがゆえに、ほかの仲間と出会えず孤独に泳いでいるクジラのこと。かつて母と義父によっと搾取され続けていた貴瑚は、同じように母親に虐待され、口がきけなくなってしまった少年と、このエピソードを通して、その気持ちを通じ合わせることになる。「52」と名付けたその少年が、なんとか今の境遇から抜け出して幸せに暮らせるようにと奔走する貴瑚だったが、その過程で明かされるのは、両親から逃げ出して始まったはずの「第2の人生」で起きてしまった、ある悲しい出来事の顛末だった。彼女を救い出してくれた「アンさん」という人物が何者か、そしてなぜ彼女が大分に移り住むことになったのかというエピソードはなんともやりきれない。

しかし一方で、貴瑚にはわざわざ追いかけてきてくれる親友がいたし、疎ましく思っていた田舎の人間関係も今回の件についてはうまく作用したしで、まだまだ人生も世界も捨てたものではないとすがすがしい気分にさせられる。そしてそんな彼女を見ていたからこそ、「52」も前を向けるようになったのだろう。「孤独」というものは確かに存在しているけれど、もしかしたらその呼び声が聞こえていないだけで、本当はそばに誰かがいてくれるのかもしれない。そんな希望に満ちたラストが印象的だった。


九州で展開しているコンビニチェーン「テンダネス」の門司港こがね村店には、老若男女問わず様々な人を虜にしてしまう魔性のフェロモン店長・志波三彦がいることで有名。高校生の息子を持つパート店員・中尾光莉は、そんな彼のフェロモンの影響を受けないため、店長とそのファンたちを観察しては漫画化してネットに上げ、人気を博していたのだった。そんなある日、廃品回収業者らしき髭面の常連客(ツナギに「なんでも野郎」と書かれているため、店員たちもそう呼んでいる)が店長と店の外で会っているらしいという話を聞いた光莉。ふたりの関係が気になって仕方ない光莉は、自宅の壊れた自転車を回収してもらうという名目で、彼に接触を試みるが……。

とあるコンビニに集まる人々の悩みを、店長や常連客たちが解決していく短編連作集。

軸になるのはやはり、無差別にフェロモンを振りまきつつも、至って真面目で穏やかな性格の店長・志波三彦の存在。彼が店頭に出ようものならレジには長蛇の列ができるため、店長は集まった客たちひとりひとりを丁寧にさばいていくという、初見の人にはドラマの撮影か何かかと思われるような光景がしばしば見られるというのだから(はたから見るぶんには)面白い。ゆえに店員として雇われるのは、そんな店長のフェロモンに反応しない人に限られており、常に店は人手不足という悲しい状況。しかしそんな勤勉な店長がいるためか、この店は他の支店とは異なる施策をテスト的に行っていることもあり、客層も特殊だったりする。そのせいもあってか、何かと問題を抱える人々がやってくるのも仕方ないといったところか。

常連客の中には志波店長の兄もひそかに混ざっており、店長だけでなくその兄も一緒になって、悩みを抱える人々の背中をそっと押していく。また、以前このコンビニに関わったことで救われた人が、ほかの悩める人を救う手伝いをしたりもする。このコンビニと店長が、人と人がゆるやかにつながっていく中継点となっているのだ。それこそが店長の理想であり、夢なのだろう。エピローグでようやく語られた店長本人の想いからもそれは見えてくる。帯にある「このコンビニには、やさしいものが売っています」という惹句通りの、やさしい物語だった。


12歳で夫と死別し、出家した「五位の尼」こと預流の前。気付けば21歳となった預流は「女は成仏できない」という教えに憤慨しつつ、それでもなんとか功徳を積むべく日々奮闘中。この日も先だっての鴨川の氾濫で困窮する民たちを救うべく、川べりで炊き出しに勤しんでいた。そんな彼女の前に現れたのは、かの大陰陽師・安倍晴明の子孫である安倍靖晶。間もなく方違えのために関白がこの付近を通るため、即刻炊き出しを中止しろというのだ。身勝手な言い分に怒りをあらわにする預流だったが、さらにその場に現れたのは、預流の天敵でもあるエリート僧侶・明空だった。預流のことを「五位鷺」と嘲り、居丈高に立ち退きを命じてくる明空の振る舞いに対し、かっとなった預流は明空を殴りつけてしまう。驚いて預流を突き飛ばした明空に対して民衆たちが石を投げはじめ、すわ暴動か、という状況に陥るが、これをとっさに止めたのは例の陰陽師で……。

負けん気の強い元姫君の尼御前・預流の前、プライドの高いエリート僧侶・明空、これまたエリートではあるものの気弱で頼りない陰陽師・安部靖晶の3人が、平安の世で起きる奇妙な事件を次々と解決!?な平安ライトミステリ。

平安ものではあるが、語り口がまことにライトかつ現代的でテンポのいい本作。ノリがいいのは文章だけでなく、預流たち主要登場人物がとにかくよく喋るというか、やりとりがハイテンションで、まるでジェットコースターのような物語だった。とにかく預流の前の勢いがすさまじく、隙あらば(?)功徳を積もうとあれこれ画策するのだが、女という身分のせいもあってか、なかなかうまくいかない。それでも彼女のもともとの身分は皇族にも繋がりのある高位貴族ということで、出家したとはいえど、その人生は他の尼や女性と比べればイージーモードなのだろうと思う。だから終盤で助けを求めた靖晶にこてんぱんに言い負かされそうになったり、あるいは不倶戴天の敵だったはずの明空に血迷ってみたりもする。どうしても世間知らずであり箱入り娘である感は否めない預流だが、しかし若くして失った夫のことや、女の身でも「成仏」したいと邁進するその姿はなんとも眩しい。この奇妙な三角関係の着地点は今のところ見えないのだが、3人の未来がどうなるのか気になるところ。


恋愛事とは縁遠く、いつの間にか嫁き遅れといわれる年になってしまった権大納言の姫君・忍は、同じく恋愛経験ゼロらしい2歳年下の若君・祐高と結婚することに。それから8年、すでにふたりの子どもをもうけているふたりだが、忍の再三の要請にも関わらず、祐高はよそに通う女性もおらず、世間では鴛鴦夫婦として有名になっていた。そんなある夜――忍が3人目の子どもを産もうとしているまさにその時、検非違使である祐高は、あるさびれた屋敷に死体が遺棄されているとの知らせを受けて駆けつけることに。果たして祐高が見たものは、首を絞められたと思しき女の遺体と、バラバラに切り刻まれた男の遺体だった。屋敷の主はかの安倍晴明の血を引くという天文博士であることを知った祐高の同僚・純直は、その天文博士が妖術でふたりを殺したのだと主張するが、その時彼はまさに忍の安産を祈禱している真っ最中だったということがわかり……。

ヘタレ気味な検非違使の若君・祐高が、京の都で起きる奇妙な事件を鮮やかに解決!……と思いきや、実は解決していたのはその奥様である忍だった!?というまさかの平安ラブコメミステリ。

3人の子宝にも恵まれ、一夫多妻である時代の流れに反して仲睦まじい鴛鴦夫婦と評判の忍と祐高。しかしその実態はというと、8年前の求婚時に祐高がある失態を犯したせいで夫婦の力関係は完全に逆転状態。まして政略結婚ということもあり、そこに世間で言われているほどの愛情があるのかどうか……といった、なんとも微妙な状態。早くよそに通う女を作れとせっつく忍と、そもそも色恋沙汰が苦手なのでそんなことはできないしやる気もない祐高のコンビが、なんともほほえましいやらじれったいやら。個人的には、ある事件の真相を探るために忍が身分を偽り女官に扮して宮中にもぐりこんだ際、様子見に来た祐高がその気になって夜這いをかけるというまさかのエピソードが面白かった。

しかしいくつかの事件を解決していく中で、ふたりの関係に亀裂が走る事件が勃発。いくら頭脳明晰であっても、忍は屋敷の奥から出られず、本人が言う通りただの「耳年増」な平安貴族の姫君であるからして、彼女ひとりでは到底立ち向かえないような状況に陥ってしまうことに。しかも妻がそんな窮地に立たされている間、祐高の方は今更ながら(?)忍との関係について悩み始めるものだからさあ大変。ミステリとしても面白いが、それ以上にふたりのじれじれな関係がなんとも楽しかったので、ふたりの今後もぜひ見てみたい。

最愛の子ども (文春文庫)
松浦 理英子
文藝春秋
2020-05-08

「わたしたち」のクラスにはある「親子」がいる。〈パパ〉の日夏、〈ママ〉の真汐、そして〈王子様〉の空穂。「わたしたち」は〈目撃者〉となり、クラス内で繰り広げられる3人の微笑ましい関係性を、見えないところで起きているなにかを想像し補完しながらも見守り続けていた。しかし時間が経つにつれ、3人の関係は少しずつ変化していき……。

2017年に「文學界」に発表され、泉鏡花文学賞を受賞した長編作の文庫化。女子高生3人が「演じ」ている疑似家族の行く末を、その周囲の目から描いていく。

舞台は共学でありながら男女でクラスが分けられている私立高校。特に「わたしたち」の学年では、男子クラスのリーダー格がなぜか女子たち――特定の人物ではなく、「女子」という存在そのもの――を激しく敵視しており、男女間の交流がまったくない。そんな特異な状況も手伝ってか、日夏と真汐というどこか大人びたふたりと、そんなふたりに可愛がられる空穂を、クラスメイトである「わたしたち」は家族とみなして扱っていくし、本人たちもその役割を(少なくとも表面上は)受け入れ、そのように振舞っていく。

しかしふたを開けてみれば、この3人はたまたま仲が良かっただけで、例えば日夏と真汐が夫婦に例えられるような関係であったわけではもちろんない。しかしその役割を演じることで、彼女たちの関係は少しずつ、だが確実に変容していく。「役割」を与えられたことで、それぞれに向ける感情もその「役割」に沿っていくかのように。そんな彼女たちの葛藤を知ってか知らずか、「わたしたち」は彼女のたちの行く末を無責任にはやし立て、想像し、消費していく。それはあたかも、テレビの向こう側にいるアイドルを熱烈に応援し、さらにそのアイドルたちの私生活をも想像しているかのように。

クラスメイトひとりひとりにはもちろん名前があるし、それぞれの個性もある。しかし日夏たち家族に対しては「わたしたち」という一個の存在となってしまう。その匿名性もまた、日夏たち「家族」を変容させていった原因でありはしないか。けれどその「わたしたち」も日夏たち同様、揺らぎやすい少女であり、迫りくる現実と戦うためのよすがとして、日夏たちが紡ぎ出す「家族」の幻想にとらわれ、あるいは救われていたのかもしれない。日夏たちがおそらくそうであったように。

丸の内魔法少女ミラクリーナ
村田 沙耶香
KADOKAWA
2020-02-29

小3の春、流行っていたアニメに影響され、友人と一緒に「魔法少女」ごっこを始めたリナ。36歳OLとなった今でもその「設定」に基づき、「魔法少女ミラクリーナ」としてストレス多き日々をなんとかやり過ごしていた。そんなある日、かつての魔法少女仲間でもある親友のレイコが、彼氏のモラハラに耐えかねて家出してきたため、リナは一時的に彼女を自宅に匿うことに。それを突き止めてやってきたモラハラ彼氏・正志をなんとかレイコから引き離そうと考えたリナは、苦し紛れにある提案をする――それは正志がレイコの「設定」を引き継ぎ、「魔法少女マジカルレイミー」としてリナと共に魔法少女としての活動(主に人助け)をするというものだった。しかしリナの予想に反し、正志はこれを承諾。果たしてリナは正志と共に、仕事帰りに東京の駅のパトロールをする羽目になり……。(「丸の内魔法少女ミラクリーナ」)

2013〜2019年にかけて「小説 野生時代」に掲載された短編4本を収録した作品集。

個人的に気に入ったのはやはり表題作。「魔法少女」という妄想――もとい「設定」によって日々のストレスをやり過ごしていたリナだったが、自らの提案により、その「設定」そのものがストレスとなってしまうという展開に。子供のころからずっと変わらずに演じ続けてきた「魔法少女」という「設定」は、いつの間にかリナの心の奥深くに食い込んでいて、だから正志という他人に収奪されたことが自分の想像以上のダメージであったことにここで気付くこととなる。そしてそれは親友のレイコにとっても同じだった。たとえそれが「魔法少女」という突飛な設定であるとしても、自分の中で大切に育て続けてきたものを変えることはできないのだ、と。

もう1作気になったのは、「変容」と題された作品。こちらは「ミラクリーナ」とは逆に、「変わらないこと」が否定される世界が描かれていく。両親の介護で世間から遠ざかっているうちに、バイト仲間の大学生たちや自身の夫をはじめとして、周囲の人々が「怒り」という感情を失っていることに気付く主人公の真琴。しかし本人の違和感とは裏腹に、夫や親友までもがそれらに何の疑問も抱かず受け入れていることに愕然とする。自分だけが変わっていないことに焦り、やがてそんな世の中に怒りを募らせる真琴の姿は、「変わらない」ことで世界と折り合いをつけていくリナとは真逆の存在となっている。しかしあることを機に、真琴は「変容」を自然と受け入れていくようになるのだ。

「変わること」、または「変わらないこと」。そのふたつは真逆に向いているように見えるが、結局のところどちらかを選び取るという点では同じ。どちらを選んでもそれは本人の意志であり、その選択こそが彼女たちの人生を決定づけ、支えていくことになる。その「支え」こそが生きていくうえで一番大切なことなのかもしれない。


汎用AIの導入により、事務職であった「彼」は解雇を言い渡される。ベーシックインカムの導入で必要最低限の収入は保証されるものの、今の暮らしを続けるのは難しいという状態。しかしこのかたずっと事務職で、他の有用な資格を持っているわけでもないため、新たな職に就くことはできそうになかった。そんな中、「彼」はネット上で「人間にしかできない仕事」を見つける――それはずばり「新薬の治験」。「彼」は直ちに治験のバイト――もとい「有償ボランティア」となることに。しかしそんな「彼」に最初に投与されることになったのは、なんと「くじ運が良くなる薬」で……。(「イヴの末裔たちの明日)

2018〜2019年にかけて発表された短編3作に、書き下ろし2作を加えた短編集。

やがて人間の仕事は一部を除いてAIに置き換えられる――というのはしばしば目にする話だが、それを現実化させたのがこの表題作。主人公はそこで「人間にしかできない仕事」に従事することになるが、読んでいるこちらも、最初は主人公と同じく無邪気に「再就職」を喜び、その内容が思いのほか楽であることにうらやましさを感じていた。しかしそのもっともらしさが一気に胡散臭さに一転してしまうラストにはぞっとさせられるものがある。そこまで見透かされてしまうなんて、と。

表題作、そしてその人生を賭けてひとつの目標を追いかけ続けるトレジャーハンターと数学者のエピソードを交互に描く中編「ひとを惹きつけてやまないもの」の2作と世界観を同じくする――あるいはおそらく「ひとを惹きつけて〜」のラストとリンクするであろう書き下ろし「箱舟の座席」も、その行方が気になるという点で面白かったが、個人的に一番面白いと思ったのは、もう1作の書き下ろし「まごうかたなき」だった。

物語はある村に妖怪が出たというところから始まる。妖怪が出ると村人たちは「介錯人」と呼ばれる人物を呼び寄せる決まりになっていた。果たしてやってきた「介錯人」は専用の武器を村に持ち込み、立候補した――あるいは選ばれた――村人たちと共に妖怪退治に行くと宣言。村の有力者の娘に片想いし続けている主人公は、最初は行く気などなかったが、もし退治に成功して「英雄」になれば、あの娘も自分のことを認めるに違いないと考え、立候補することに。

……と、ここまでだったら普通の昔話だし、ならば主人公は「英雄」となり村に戻るのだろうと、最初は考えていた。しかし物語は意外な方向へと転がっていく。わざわざ村の外から「介錯人」がやってくるにも関わらず、足手まといにしかならなさそうな村人たちを妖怪退治に伴う意味はなんなのか。物語の類型を逆手にとったような――そして最終的には類型に収めてしまうというラストがなんとも恐ろしかった。


空魚と鳥子は、DS研の汀や、彼が雇った民間軍事会社のメンバーと共に、潤巳るなのカルトの本拠地だった「牧場」へと向かう。そこは有名な実話怪談「山の牧場」になぞらえて作られたとおぼしき施設で、るなの狙い通り、いくつかの部屋は裏世界へと通じる「中間領域」と接続してしまっていた。生存していた第四種をなんとか倒し、施設をあとにしようとする汀に対し、空魚は鳥子と共にこの施設の「管理人」になりたいと要望を出す。汀には隠していたが、空魚にはある「目的」があるようで……。

女子大生コンビが、ネットロアを現実化させたような「裏世界」で冒険する姿を描く百合SFシリーズ第4弾。

前巻の事件のあれこれを引きずりながらも、いっこうに「裏世界」への興味を衰えさせることのない空魚。今巻では裏世界での移動手段として購入した大型農機をカスタムし、さらには今まで避けていた裏世界での夜間滞在をも敢行することに。空魚にとって裏世界へ行くことは、非日常を味わうためだったり、金もうけのためだったり、あるいは――これが元々の目的だったはずだが――鳥子と共に冴月を探すことであるはずだった。しかし冴月の存在がおそらく裏世界で変質し、もはや取り戻すのは難しいということが明らかになってきたとき、その目的はどこか変質しつつあるような気がしてならない。小桜の叱責あるいは懸念によって今のところは踏みとどまっている空魚だが、裏世界の怪異が――そこに「意志」のようなものが介在しているかどうかは不明だが――空魚を標的にしつつあるという現状もあいまって、彼女がいつ道を踏み外さないか心配で仕方ない。

そんな中、おそらく空魚にとって最大のストッパーとなりうるのが鳥子の存在。冴月の「現状」を目の当たりにしたせいか、あるいは前巻で離れ離れになっている間に空魚が窮地に陥っていたせいか、とにかくガンガン空魚との距離を縮め始める鳥子。これが吉と出るか凶と出るかはまだわからない部分があるが、それでも彼女の存在は空魚にとって大きいはず。図らずもこれまでと逆の立ち位置となってしまったふたりは、今後どうなってしまうのだろうか。


◇前巻→「裏世界ピクニック3 ヤマノケハイ」

この世の春(上) (新潮文庫)
宮部 みゆき
新潮社
2019-11-28


この世の春(中) (新潮文庫)
宮部 みゆき
新潮社
2019-11-28


この世の春(下) (新潮文庫)
宮部 みゆき
新潮社
2019-11-28

宝永7年5月のある夜更け。隠居中の父と共に暮らす各務多紀の家に、この下野北見藩で御用人頭を務めている伊東成孝の嫡男だという赤子と、その乳母を名乗る女性が現れる。突如としてお役御免を言い渡された伊東の命で、彼女は多紀の父・数右衛門を頼ってきたのだというが、頼りにされる覚えのない数右衛門は翌朝、ふたりを藩内のある寺へと送り出すのだった。その後、各所から伝え聞いた話によれば、伊東を重用していた若き藩主・重興が病のため隠居となり、その従兄弟が次の藩主に就いたとのことだったが、実際は重興乱心のため、家老衆によって押込が行われたのだという。そんな中、かねてから体調を崩しがちだった数右衛門が急死。気を落とす多紀だったが、そこに従弟の田島半十郎が現れる。さる密命を帯びているという半十郎は、多紀を伴い、北見藩主の別邸とされる五香苑へと向かう。その館こそ北見重興が幽閉されている場所で……。

江戸時代の小藩を舞台に、その中枢で突如起きた政変――藩主の強制隠居の真相を描く長編小説。

名君と呼ばれる先代藩主の嫡男である北見重興は、その美貌もあいまって、周囲から多大な期待を寄せられていた人物。しかし蓋を開けてみると、出自の怪しい伊東なる男を重用して権勢を与えて藩内の秩序を乱し、また本人もどこかおかしな振る舞いが日に日に目立つようになり、ついには家老衆によって「押込」――強制的に隠居させられ、座敷牢と化した別邸に幽閉されてしまう。そこに呼ばれたのが主人公である各務多紀。かつて結婚していたものの姑との折り合いが悪く離縁し、さらには父も亡くして途方に暮れていた多紀は、その出自に隠されたある秘密のために呼び寄せられ、重興の「乱心」の真相を探ることとなるのだ。

物語は重興を「治療」するために多紀や医師たちが奮闘する様が描かれていくのだが、それはやがて、藩の中枢に潜む闇をも暴き立てるという展開になってくる。単なる時代小説ではなく、ミステリ、ホラー、オカルト、伝奇といった様々なテイストが混ざり合い、さらにその中に多紀と重興のほのかなロマンスめいた展開も織り込まれ、文庫本3冊分というボリュームながらあっという間に読み終えてしまった。物語は初夏に始まり、そして冬のシーンで終わる。しかしこれから彼女たちの世界には春がやってくる。タイトル通り、まさに「この世の春」を予感させる、そんな希望に満ちたラストがとても良かった。

青が破れる (河出文庫)
町屋良平
河出書房新社
2019-02-05

ボクサー志望の秋吉が友人のハルオから頼まれたのは、「もう長くない」ため入院中の彼女・とう子のお見舞いにひとりで行くことだった。初対面のとう子はなんの遠慮もなく煙草をふかし、秋吉は「確率の問題」と告げた彼女の台詞に思いを巡らせながらも、帰宅してトレーニングに励む。後輩の梅生の恵まれた体格やボクシングに対する姿勢に対して時折羨望を抱きつつも練習に付き合い、そして自分がボクサーに向いているのかどうかを思案する。そうしつつも、夫と子がいる夏澄との関係を断ち切ることもなんとなくできないでいた……。

第53回文藝賞を受賞した表題作に、短編「脱皮ボーイ」「読書」の2作を加えた作品集。

ひらがな混じりの秋吉の一人称で綴られるのは、ボクサーを志望しつつも本腰を入れられない青年の心の声、あるいは葛藤。そんな彼の目の前には、不意にいくつもの「死」、あるいはそれに向かう存在が投げ込まれていく。ハルオととう子は心の底から相手のことを想っているが、同時にそれが相手を傷つけることになるかもと怯え、間に秋吉を挟むことでコミュニケーションをとろうとしている。あたかも秋吉はふたりの間に置かれたサンドバックのようで、それぞれの抱える恐怖だったり愛情だったりをはからずもぶつけられることになるが、そのことを彼がきちんと理解できていたかどうかはわからない。だからこそというべきか、ハルオは秋吉の後輩である梅生をもその関係の中に巻き込んでいく。

物語の終盤で、梅生は秋吉に「なにがわかる」と問う。「他人に関心のあるひとのかなしみを、他人に関心のないひとのかなしみを」と続ける梅生の言葉に、秋吉は何を感じていただろう。身体は大人であるはずなのに、秋吉にはどこかこどもっぽいというか、成長しきれていないような部分があると何度も感じさせられる。けれどそれはこどもだからということではなく、本当に「わからない」、あるいは一歩進めて「わかりたくない」のかもしれない。だからこそ彼は走る。おそらく彼は、身体を動かすことでしか何かを感じられないのだろうから。そんなどうしようもなさを抱えたままで人は生きていくしかないのだと、そのことにようやく気付き始めた彼の背中が見えるような気がした。


二股かけられた挙句彼氏に振られた「私」は、全身脱毛に通うなどして自分磨きに勤しむように。そんな折、突然やってきたのは親戚のおばちゃんだった。勝手に部屋に上がり込んでやりたい放題言いたい放題のおばちゃんについにキレた「私」は、ある事実を突きつける――おばちゃんが1年前に突如首を吊って死んだことを。しかしおばちゃんはひるむことなく、自殺の原因について語り始める。そして今は化けて出るための「技」を開発中なのだというが……。(「みがきをかける」)。

歌舞伎や落語の演目をモチーフに、様々な「おばちゃん」の幽霊、怪異、etcが困ったあなたのまえに現れる、なんとも不思議な短編集。

冒頭の「みがきをかける」に登場したパワフルなおばちゃんをはじめとして、本作には様々な幽霊が登場する。牡丹灯籠を売りつけるセールスレディの2人組、川でたまたま自分の骨を釣り上げてくれた女性のもとに毎日やってきては仲良く遊んでくれる幽霊、誰の助けも得られないシングルマザーが泣く泣く家に置いていく子供の面倒を見てくれる「彼女」……やっていることはまともだったりめちゃくちゃだったりと多種多様ではあるが、一様に言えるのは、彼女たちは決して、現世の人々を驚かせるためだけに「出る」のではないということ。

「おばちゃん」たちはかつて、現世で周囲から抑圧され、苦しめられてきた「女」たちだった。だからこそ、自分が死んでから長い月日が経っても、なお同じように苦しめられる女性たちのもとに現れ、寄り添い、手助けをしてくれたりもする。「クズハの一生」に登場するクズハが語る「見えない天井」というのはその最たるものではあるが、しかしクズハはある時、「見えない天井」は女性だけでなく、最近では男性にもでき始めていることに気付く。「女と男の絶望の量がもうすぐ同じになる」というクズハの感想にはどこかぞっとさせられるものがある――そうして互いに追い詰めあう世界には、いったい何が残るのだろうか、と。

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