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読んだ本のこと、それ以上に買った本のこと、ときどきライブのことを書き散らかしてみたりする。 (当ブログは全文無断転載禁止です)

カテゴリ: 米澤穂信

巴里マカロンの謎 (創元推理文庫)
米澤 穂信
東京創元社
2020-01-30

小山内さんに誘われ、名古屋にできた新しいパティスリーへ向かった小鳩くん。彼が誘われた理由は、その店で出される「ティー&マカロンセット」でマカロンが3種類選べるのに対し、小山内さんが狙っている味が4種類であるためだった。首尾よく注文した小山内さんは手を洗いにトイレへ向かったため、小鳩くんが席でひとり待つことに。するとその瞬間、外の時計台から5時を告げる音楽が鳴り響く。驚いて外を見ていた小鳩くんに対し、トイレから戻ってきた小山内さんは首をかしげるのだった――なぜなら席に届けられた小山内さんの皿には、マカロンが4つ乗っていたのだから……。(「巴里マカロンの謎」)

つい謎解きにふけってしまう小鳩くんと、つい復讐に燃えてしまう小山内さんのふたりが、ふつうの高校生――「小市民」目指して互恵関係を結ぶも、なかなかうまくいかない《小市民》シリーズ、約11年ぶりとなる新刊は番外編となる短編集。シリーズ1〜2巻の間に位置するエピソードで、2016〜2019年に雑誌「ミステリーズ!」に発表された中短編3本に、書き下ろしとなる「花府シュークリームの謎」が収録されている。

注文していないマカロンが増えた謎を解く表題作から始まり、小山内さんが隠した謎のCDのありかを探る「紐育チーズケーキの謎」、新聞部にて激辛揚げパン(正確には「ベルリーナー・プファンクーヘン」)を食べてしまった人物を探す「伯林あげぱんの謎」、そして捏造された写真のために停学処分をくらった少女を助ける「花府シュークリームの謎」……と、タイトルを見ているだけでもなんだかお腹がすいてきそう(笑)な本作。起きている事件もライトだったりそこそこヘビーだったりとバラエティに富んでいるのだが、相変わらずこのふたりは小市民になりきれていなかったりする。

特に「花府〜」での小山内さんの行動は苛烈のひとことで、たとえ本人が嫌がることが分かっていても、目的を果たすために、利用できるものは容赦なく利用していく。そして小鳩くんもそれを止めることなく見守っているし、自分もそれに乗じて推理を進めていく。なんだかんだ言ってこのふたり、あまりにも自分に正直すぎて、結局のところ「小市民」になる気はなさそうだなあ……という流れが面白かった。


◇前巻→「秋季限定栗きんとん事件(下)」

Iの悲劇
米澤 穂信
文藝春秋
2019-09-26

4つの自治体が合併してできた「南はかま市」。この市内には蓑石と呼ばれる、住人がだれもいなくなってしまった地区があった。そこで市長が打ち立てたのが蓑石のIターンプロジェクト。このために新設された「甦り課」に配属されたのは、定時帰宅が信条の課長である西野秀嗣、人当たりはいいがどこか明るく軽い新人・観山遊香、そしてそれなりの出世を願っていたはずが、用地課から転属されられた万願寺邦和のたった3人だった。そんな中、煩雑な手続きと審査を潜り抜け、ついに最初の移住者となる2世帯、久野家と安久津家が決定。しかし2世帯が移住して間もなく、久野夫妻から安久津一家の騒音について苦情が入り……。

2010〜2019年にかけて、雑誌「オールスイリ」ならびに「オール讀物」で発表された短編4本を含む連作短編集。寒さの厳しい限界集落を舞台に進められるIターン事業を巡る悲喜劇が描かれてゆく。

上役の決定、そして利用者である市民たちの対応に振り回され、時には板挟みになるのがヒラ公務員の常だと個人的には思っているのだが、本作の主人公である万願寺もまた、そのイメージ通りに奔走する日々。「甦り課」などと名付けられ担当者として据えられていても、市長の肝いりということで彼らに何かの決定権があるわけでもなく、とにかく市長や議会やその他もろもろが決めたルールの範囲内でやり過ごすしかないという状況の中、しかし県外からやってきたIターン希望の移住者たちは次から次へと問題を起こす。田舎でのんびり穏やかなスローライフが送れるというのは都会に住む人々の幻想でしかなく、結局ひとつのコミュニティに所属する以上、他者との関係――ひらたく言えば軋轢がないはずもなく、ご近所トラブルは枚挙にいとまがない。しかしだからといって、ここまで立て続けにトラブルが起きるのはなぜなのか――それを疑問に思う間もないくらいに問題は起こり、そして解決した頃には当事者たちが出て行ってしまうのだ。

地方創生が叫ばれる昨今、限界集落をよみがえらせたいという計画そのものは理想的な試みだといえるだろうが、本当にそれだけのことなのだろうか――中盤で挿入された万願寺と彼の弟との会話は、そのあたりに対してかなり示唆的なものを含んでいる。東京でシステムエンジニアをしている弟はいつも忙しく、自分より出来がいいと思っている兄――万願寺が、田舎で先の見えない公務員生活をしていることに対して批判的な発言を繰り返す。それは悪口ではなく、ただ兄の身上を慮ってのことだろうが、そこには大きな問題提起が含まれているし、万願寺自身も、終盤でこのプロジェクトを振り返る中でそのことを強く実感するに至っている。作中で繰り返される「そして、誰もいなくなってしまった」というフレーズのなんと重いことか。ミステリとしても面白いが、それ以上にいろいろと考えさせられる作品だった。

本と鍵の季節 (単行本)
米澤 穂信
集英社
2018-12-14

利用者の少ない図書室で、図書委員としての業務をこなしている高校2年生の堀川次郎と松倉詩門。そんなふたりのところに、委員会を引退した先輩女子の浦上がやってきた。亡くなった祖父が遺したダイヤル式の金庫の開け方がわからないため、暗証番号をふたりに推理してほしいのだという。以前、乱歩の小説に出てきた暗号をふたりが解いていたのを思い出したがための人選らしい。実は浦上にほのかな好意を寄せていた堀川と、それを察知していた松倉は、中身によっては謝礼を出すという浦上の依頼を受けることに。「大人になったらわかる」というヒントに首を傾げつつ、浦上の祖父の部屋へ入ったふたりは、他とは毛色の違う本が並べられた本棚の一角に目を付けるが……。(「913」)

2012〜2018年にかけて「小説すばる」に発表されていた短編5本に、描き下ろし1本を加えて書籍化。図書委員の男子高校生ふたりが、本にまつわる謎を解いていく短編連作となっている。

大親友というほど仲が良いわけではないが、同じ図書委員であり、本や委員の仕事に対するスタンスも似ていて、互いのことをそこそこ知っている、という微妙な関係のふたり。持ち込まれた謎に対し、堀川も松倉もそれぞれ異なるアプローチで、互いにわからない部分を補い合いながら解決してゆくという流れがなんとも楽しい。

しかし「男子高校生の日常の謎系ライトミステリ連作」と思って読んでいると、なにか違うなという印象を受ける。それはふたりが解き明かす謎の裏に、わりと黒い感じの真相が隠されているからかもしれない。特に雑誌掲載の最終エピソードとなっている中編「昔話を聞かせておくれよ」と、その完結編ともいえる書き下ろし短編「友よ知るなかれ」は、松倉の家庭の事情にまつわる、なんともやりきれない物語となっている。

高校生が関わるにはあまりにも重たい内容ではあるが、松倉にとっては死活問題でもあるこの「謎」が解かれた時、松倉の人生は、そしてふたりの関係は大きく変わってしまうこととなる。謎解きを手伝ったとはいえ、部外者である堀川が言えることは、本当はないのかもしれない。それに部外者であるからこそ言えるきれいごとだったのかもしれない。けれど、近くて遠い微妙な関係だからこそ、言えることもあるだろう。松倉の「いつか守れなくなるかもしれないお題目でも、せめて守れるうちは守りたい」という言葉がこんなにも重いとは思ってもみなかった。けれど堀川が繰り返したこの言葉が、ちゃんと松倉にも届いていると信じたい。

米澤穂信と古典部
米澤 穂信
KADOKAWA
2017-10-13

ある日の放課後。古典部の面々の前に大日向が差し出したのは、える以外の母校である鏑矢中で配布されていた「読書感想の例文」という冊子だった。タイトルの通り、当時の国語教師が「自由な感想文」を目指して生徒に配布していたもので、教師が選んだ生徒の感想文が掲載されているのだという。大日向が見せたかったのは、その中の「山月記を読んで 二年 H.O」――つまり奉太郎の書いた感想文で……。(「虎と蟹、あるいは折木奉太郎の殺人」)

「古典部」シリーズを中心として、インタビュー、対談、講演録、単語解説などを収録したムック本。

書き下ろし小説「虎と蟹、あるいは折木奉太郎の殺人」は、奉太郎の中学時代の読書感想文を古典部の面々が読み、どのような意図で奉太郎がこれを書いたのかを考えていく短編。奉太郎が題材にしたのは中島敦「山月記」と芥川龍之介「猿蟹合戦」。いずれも短編でなおかつ名の通った作家の作品という奉太郎らしいチョイスだが、内容は当時からすでにひねくれまくり。しかも後者に至ってはまさかの仕掛けも隠されていて、これを見抜かれてしまっては恥ずかしい……!としかいいようのないオチが楽しい。

個人的に一番興味深かったのは、古典部メンバーの本棚紹介。高校生でこれらを読んでいるとすればみんなしてかなりの読書家というかマニアックすぎるというか……とも思うが、「古典部」などというクセのある(とはいえクセがあるのはこの面々のせいか……)部活に入っている以上そういうものか、とも思ったり。気になるのは奉太郎とえるの本棚のどちらにも「自由からの逃走」という本が入っているのだが、これはふたりの隠された願望を意味しているのだろうか。気になる。

いまさら翼といわれても
米澤 穂信
KADOKAWA
2016-11-30

ある夜、里志から電話で呼び出された奉太郎は相談を受ける。それはこのたび、神山高校で行われた生徒会選挙にまつわる事件について。総務委員会副会長として開票作業の立会人をしていた里志が目にしたのは、開票後の票数が全校生徒の人数より40票近く多いという事態だった。どの投票用紙も正規のものだったし――とはいえ機会さえあれば誰にでも作れそうなものではあったが――、また投票用の箱は鍵付き木製で何年も前から使い続けられていたものだから、偽造することは不可能。ではどうやって犯人は不正票を紛れ込ませたのだろうか、と……。(「箱の中の欠落」)

〈古典部〉シリーズ久々の新刊は短編集。2008〜2016年にかけて発表された短編6編が収録されている。

基本的には奉太郎が語り手となる作品が多いが、今回は摩耶花が語り手の短編も2編収録。「鏡には写らない」は中学時代の奉太郎の奇妙な行動について摩耶花が探るという内容だったが、「わたしたちの伝説の一冊」は摩耶花自身に焦点を当てた内容。以前、文化祭のエピソードで漫研の内部のごたごたについて描かれていたことはあったが、こちらはその後、ごたごたがさらに悪化している状況が描かれてゆく。しかしこれがやがて、摩耶花の行く先を大きく変えてしまうことになる、という展開に。摩耶花という人物を掘り下げるいいエピソードだったと思う。そして青春だなあ、とも。

一方、後半に置かれた「長い休日」と、表題作でもある「いまさら翼といわれても」は、それぞれ奉太郎とえるに焦点を当てた、今後のシリーズに大きく影響してきそうなエピソード。前者ではなぜ奉太郎が例の省エネ主義を標榜することになったかが明かされ、後者では合唱コンクールに出場するはずのえるが行方不明になるというエピソードを通して、彼女が現在置かれている状況が浮き彫りにされてゆく。いずれも共通しているのは、現在の彼らをかたち作るルーツが明かされ、あるいは揺らがされているということ。進級と同じくして動き出した状況は、この先彼らをどう変えていくのだろうか。


◇前巻→「ふたりの距離の概算」

さよなら妖精【単行本新装版】
米澤 穂信
東京創元社
2016-10-31

下校途中、雨宿りをする白人の少女に遭遇した高校生の守屋と太刀洗。マーヤと名乗る彼女はユーゴスラヴィアから父の知人をたよりに来日したものの、その知人が先日亡くなっていたらしく、また持ち合わせも少ないため行くあてがないのだという。そこで親が旅館を経営している同級生の白河に頼み、ホームステイさせてもらうことに。白河が迎えに来るまでの間、マーヤはふたりに会う前に見た事柄について語り始める。それはけっこうな雨が降っているにも関わらず、傘をささずに走っていた男性のこと。日本人は雨に慣れているから傘をささないのだろう、とマーヤは思い込んでいるようで……。

2004年に刊行された長編の新装版。書き下ろし短編「花冠の日」も収録されている。

最初の単行本版は(それこそこのブログを始める前に)読んでいたが、このたび新装版で改めて読むと、守屋少年の戸惑いが以前よりもよくわかるような気がする。ユーゴスラヴィアという名前しか知らない遠くの国からやってきたマーヤという存在は、まさしく彼にとっては別の世界への扉を開いてくれる妖精のようなものだったのだろう。平和な現代日本の高校生、しかも地方都市在住という極めて平凡かつ平坦な日々を送る彼にしてみれば、見るものすべてに興味を持ち、「もりやさん」と雛鳥のように慕わしげに付いてくる少女に惹かれてしまうのも無理はない。そしてそんな彼女が危険な場所に帰るというのであれば、守ってあげたいと思ってしまうのも。しかしそんな彼の決断を、マーヤは「観光」と断じる。「わかっているつもり」という言葉が文字通り「つもり」でしかないということを、マーヤは一目で見抜くのだ。ふたりの間に横たわっていた現実は、高校生の守屋が理解するにはあまりにも大きく、どうしようもないものだった。大学生になってようやくそれに気付き、と同時に真実を知った守屋の絶望が胸を突く。

書き下ろしの「花冠の日」は、故国に戻ったマーヤのエピソード。内戦が激化する中、親戚の少女の誕生日を祝おうとするマーヤ。明言されてはいないが、きっとこれは「その日」のエピソードなのだろう。そう思うと冷たいものが胸の奥底に落ちてくる。けれどこうも思う。彼女はきっと最後まで、彼女を取り巻く世界に対して希望を失ってはいなかったのではないか。そしていつか守屋たちと再会できる日がくることを信じていたのではないか、と。

真実の10メートル手前
米澤 穂信
東京創元社
2015-12-21

東洋新聞の女性記者・太刀洗万智は、とあるベンチャー企業の事件を追って甲府へと向かう。その企業「フューチャーステア」は起業したばかりの新興企業で、たった数年で急成長を遂げていた。中でも社長・早坂一太の妹で広報を担当していた真理は、その美貌と頭の回転の速さから「超美人広報」と呼ばれ、メディアへの露出も多かったという。しかし数日前、問題が発覚したフューチャーステアは経営破綻し、一太と真理は行方をくらましていたのだ。太刀洗は一太と万理の妹・弓美からの情報で、真理が実家のある大垣ではなく、祖母の住む山梨へと向かっていることに気付き、その足取りを追ってゆくが……。(「真実の10メートル手前」)

長編「王とサーカス」同様、記者・太刀洗万智を主人公に据えた短編集。2007〜2015年の間に雑誌やアンソロジー本で発表された5編に加え、書き下ろし1編が収録されている。

「王とサーカス」でもそうだったが、太刀洗万智という女性は、常に記者としての在り方を自分に問いかけながら取材を続けている人物。記者という職業が、ともすれば対象のプライバシーを善悪問わず暴きたてるものであることを誰よりも自覚し、そしてその覚悟を試され続けているといっても過言ではないだろう。

事件を調べるということは、つまりその事件が起きた背景をつぶさに知ること。その中でひとが死ねば、殺した側と殺された側、双方の事情をも汲み取っていくことになる。そしてどちらの側に立って取材をするかで、いらぬ恨みを買うことだってあるだろうし、本人たちにとっては暴かれたくない事実だって出てくる。しかしそれを彼女は記事として公表する――せざるを得ない。そして公表された記事は「事実」として世間の片隅にいつまでも残り続けることとなる。ありのままの事実を伝えているだけ、などという安易な理由には逃げず、常に自身の姿勢を問い続けてゆく彼女の姿は素晴らしいが、同時に不器用で、生きづらいだろうな、とも思う。けれどそれが彼女の魅力でもあるのだろう。今後も彼女の活動の記録を見ていきたいと思った。

王とサーカス
米澤 穂信
東京創元社
2015-07-29

同僚の死をきっかけに新聞社を辞めた太刀洗万智は、知り合いに誘われた雑誌の旅行特集の事前準備として、ネパールを訪れていた。トーキョーロッジという宿で出会った他の客や、その宿の周辺で観光客に化石を売っている少年・サガルと交流しながらカトマンズの街を見て回っていた太刀洗だったが、その矢先に王宮で大事件が発生。王子が親である国王夫妻や自分の兄弟たちを殺し、自身も自殺を図ったというのだ。ネパール国内でも情報が錯綜する中、雑誌社の指示で、太刀洗はそのまま事件の取材をすることに。事件当日に王宮にいたという軍人・ラジェスワルに会えることになった大刀洗は、相手が指定した場所へと向かうが、彼は太刀洗の取材を拒否。記者という存在そのものについて問われ、何も答えられず悩む太刀洗。しかもその翌日、ラジェスワルが遺体となって発見される。彼の背には「INFORMER」(密告者)という英語が刻まれていて……。

「さよなら妖精」の太刀洗万智を主人公に据えた最新長編。とはいえ続編ではないので、前作を知らなくとも読むことが出来る。

異国の地で出会った人、物事、そして事件。記者として取材を始めた太刀洗は、そこで事件に巻き込まれる羽目になる。ネパールで起きた王宮での殺人事件と、ある軍人の死。このふたつの事件は果たして関係があるのか、それとも無関係なのか。その中で太刀洗は、記者が果たす役割について、そして自分がその役割に対してどれほどの覚悟を持っているかを問われることとなる。

同僚の突然死、そして過去に体験した友人の死。いずれも今回の事件には無関係だが、しかし太刀洗の人生を変えてしまうには十分すぎる出来事だった。そしてまた、今回の事件も。ラジェスワルは太刀洗に、事件を報道するということは、その事件をサーカスの演し物にしてしまうことと同義だと言う。真実がどこにあろうとも、記者の伝え方によってはその受け取られ方も千差万別となる。人々は遠くで起きたスキャンダラスな殺人事件にいっとき目を奪われはしても、次にもっとセンセーショナルな出来事があれば、一瞬前に見たもののことなどすぐに忘れてしまうだろう、と。当事者のかなしみを遠くの他人が真に理解することは絶対にないのだ。

知ることは力になる。しかし誰しもにとってそうとは限らない。知られることで不利になることだってある。誰かの正義は、別の誰かにとっての悪なのだ。真実を伝えることの難しさは理解できるが、それでも知りたいと願うことは止められない。この事件を通して太刀洗が得た信念が、いつか彼女を憎んだ「彼」も救ってくれればいいと、そう思う。

満願満願
米澤 穂信

新潮社 2014-03-20
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弁護士の藤井のもとに1本の電話が入る。それは彼が5年前に弁護し、しかしその力及ばず服役していた女性・鵜川妙子からの出所の連絡だった。その電話をきっかけに、藤井は回想する――学生時代、火事で焼け出された藤井を下宿させてくれたのが鵜川夫妻だった。夫の重治は自分が下宿人を募集した割には藤井の存在を快く思っていなかったようだが、妻の妙子は何かにつけて藤井の面倒を見てくれた、まさに恩人と言える存在だった。しかし藤井が弁護士として働き始めた頃、妙子が金貸しの男を自宅で殺したという報せを受ける。藤井は妙子の罪状を少しでも軽くするため、計画的犯行であるとする検察の主張を退けようとする。しかし裁判のさなかに重治の死を知った妙子は、控訴を取り下げると言い出し……。(「満願」)

各種文芸誌に掲載された、表題作をはじめとする短編6本を収録したミステリ作品集。第27回山本周五郎賞受賞作。

表題作の「満願」をはじめとして、今回の作品集は作者お得意の「日常の謎」ミステリとは雰囲気を異にするものばかり。殉職した新米警官が犯人に銃を向けた理由を探る「夜警」、知人を訪ねてやってきた宿で見つけた遺書の持ち主を探す「死人宿」、美しく健気な母親ではなくヒモ同然の夫の方が離婚に際して親権を取れた真相を描く「柘榴」、海外の資源開発のさなかで殺人を犯してしまったサラリーマンの姿を描く「万灯」、しがないライターがある峠で連続して起きている事故を調べるうちに思わぬ真相にたどり着く「関守」……どれもこれも後味が悪いというか、まさに「魔がさした」としか言いようのない動機に端を発する事件ばかり。「死人宿」のラストで仲居の佐和子が呟いた「誰にも、どうにもできなかったのよ」というセリフがすべて物語っているような、そんな気すらしてくる。

個人の利を追求した者もいれば、他者のために罪を犯した者もいる。他に解決策があったはず、なんていうのは後から振り返って、なおかつ余裕があるひとが言えることであって、現在進行形で追い詰められているひとにとっては、目の前の害となるものを排除することでしか前に進めなかったのだ――かといって、罪を肯定するわけではないけれども。

折れた竜骨 (ミステリ・フロンティア)折れた竜骨 (ミステリ・フロンティア)
米澤 穂信

東京創元社 2010-11-27
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ふたつの島からなるソロン諸島で、ひとりの老兵が殺された。その不審な死に様を聞きつけ、東方からファルクと名乗る騎士がソロンを訪れる。領主の娘・アミーナは彼を父親であるローレントに引き会わせるが、時を同じくしてそこにはローレントが雇った傭兵たちが集まっていた。そんなローレントにファルクは、先の老兵の不審死は彼が追っている「暗殺騎士」の魔術によるものであり、真の標的はローレント本人だと告げる。そしてその翌日、ファルクの危惧通りにローレントが殺されて……。

中世ヨーロッパの孤島を舞台に起きた、魔術による殺人事件。密室状態と思われる小島で、言葉や文化の異なる容疑者たちの中から真犯人を探し出す、濃密なミステリ作品。

領主の娘・アミーナの視点から物語は描かれるが、探偵役は東方からやってきた騎士・ファルクで、助手はイングランド語を解さない少年従士のニコラ。犯人はファルクが追っている「暗殺騎士」エドリック……ではなく、エドリックの魔術によって操られた「走狗」なのだという。だが「走狗」となった人間は、自分がそんな魔術をかけられたことも、そして殺人を犯したこと自体も知らないのだという。つまり、犯人には自分がそれだという自覚がないということ。そしてローレントが殺された状況から、「走狗」は怪しげな傭兵たちとアミーナ、そしてファルク本人とニコラのうちの誰か。ファルクは自らも魔術を駆使しつつ、ひとつひとつ丁寧に可能性を潰し、事件の真相に迫っていく。それぞれの容疑者の抱える背景や状況、文化や言語の違いが、不明瞭だった事件の全貌を解き明かしていく――その流れがとても興味深い。

そしてもうひとつ、殺人事件の推理と同じく謎なのが「呪われたデーン人」の存在。なぜデーン人はソロン島にやってくるのか。そもそもなぜデーン人は「呪われ」ているのか。そして小ソロン島に幽閉されている「呪われたデーン人」の青年・トーステンは一体なにを待っているのか。殺人事件には一見関係なさそうだったこのデーン人問題が絡んできて、物語はますます面白くなっていく。魔術とファンタジーの特殊なミステリというジャンルながら、2011年の各社「このミス」で上位に食い込んでいる作品なのだが、読み終わると心底「なるほど!」と思わされた。納得。

ふたりの距離の概算ふたりの距離の概算
米澤 穂信

角川書店(角川グループパブリッシング) 2010-06-26
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高校2年生になった奉太郎たち古典部の面々。春と言えば新入生歓迎の季節、ということで、めでたく古典部にも仮入部員をひとり迎えることになった。だがその仮入部員である女生徒・大日向が、突然入部を取りやめると言って去ってしまう。千反田えるとの会話に鍵があると考えた奉太郎は、学校行事のマラソン大会中にその原因を突き止めようと思考を巡らせて……。

《古典部》シリーズ第5弾は、2009〜2010年にかけて「野性時代」に掲載されたものをまとめた連作長編。マラソン中に部員から話を聞きつつ、奉太郎は大日向の心変わりの原因について考えていく。彼女が仮入部するきっかけになった新入生歓迎イベントでのこと、部員たちによる奉太郎へのサプライズイベントのこと、大日向の親戚が開くという喫茶店への訪問のこと、そして大日向が入部を辞めると言って去って行った数日前の放課後のこと……いろいろな要素が絡まり合っていくものの、奉太郎が自身の推理を述べるまで、その真相が読んでいるこちらにはまったくわからなかった。

ほんの些細なことの積み重ねが真相を導くという構成はさすが、の一言。まったくもってあざやかな、しかしどこか重く苦い、そんな結末。ともあれ新しい環境、新しい人間関係。彼らの今後の活躍(?)にますます期待ということで。


◇前巻→「遠まわりする雛」

追想五断章追想五断章

集英社 2009-08
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家庭の事情で休学中の芳光は、古書店を営む伯父の家に居候しつつ、無気力な日々を送っていた。そんなある日やってきたのは、父親が残したという小説の載った冊子を探している女・可南子。先日買い取った本の中に目的の冊子があることを知った芳光は、それを探し出して彼女に売るのだが、後日、再び彼女は店にやってくる。なんでも彼女の父が残した小説は全部で5作あり、いずれも「リドルストーリー」と呼ばれる結末のない作品なのだという。小説など書きそうになかった父の真意を知りたいという可南子は、1作につき10万出すので、残りの4作を探してほしいと持ちかけてくる。復学の資金欲しさに、芳光は叔父に秘密でその依頼を受けるが……。

「小説すばる」に連載された本作は、謎の小説探しがいつしか過去の事件の真実を掘り起こす、悲しきミステリ長編。
最初は金目当てで小説探しを請け負った芳光だったが、5編のリドルストーリーと、その結末に隠された「アントワープの銃声」と呼ばれる過去の事件に行きあたり、それはいつしか可南子の父について、そして彼女たち父娘の過去そのものを暴く結末になってしまう。

それだけならただの謎ときものになってしまうのだが、ここで面白いのが、父娘の過去に深く触れすぎてしまった芳光の悔恨を描く場面が挿入されること。彼女の物語、そして彼自身の物語。自分に何もないこと、そして金のためとはいえ、他人の人生を覗いていたことに疲れ、悔やむ姿。けれどその想いこそが、彼を真実へと近づけてゆく。そこで明らかになった真相はあまりにも悲しい。ラスト、彼の前にさらされたその結末は――。

今までの作品とはまた違う雰囲気で、新作を読むたびに違った面を見せられるよう。次の作品もまた楽しみ。

秋期限定栗きんとん事件 下 (創元推理文庫 M よ 1-6)秋期限定栗きんとん事件 下 (創元推理文庫 M よ 1-6)
米澤 穂信

東京創元社 2009-03-05
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ある一定の規則性をもって続く放火事件。新聞部の部長になった瓜野くんは、新入生たちを従えて、犯人を捕まえようとしていた。一方、高校生同士の普通のお付き合いを楽しんでいた小鳩くんだったが、次第に彼女の様子がおかしくなる。そんな折、健吾から瓜野くんのことと放火事件のことを相談され、次第にそちらの謎ときにのめりこんでいくことに。別々に事件へのアプローチを試みていた瓜野くんと小鳩くんだったが、ふたりともいつしか、事件の片隅に小佐内さんの影がちらついていることに気付き始めて……。

小市民を目指すもののどうもうまくいかない高校生、小鳩くんと小佐内さんの日々を描く《小市民》シリーズ第3弾、下巻。
上巻で示された放火事件の手掛かり。しかしそこに潜む矛盾点を小鳩くんはあっさりと暴き、さらに瓜野くんを利用して事件を解決してしまう。あまりにも洞察力が鋭すぎて、やはり「小市民」の器には収まりきれないことを自覚してしまう。
そして暗躍(?)する小佐内さんもまた、自らの「狼」の本性を封じられずにいた。
下巻は、事件の謎解きが半分で、残り半分は、自分たちの性質を改めて自覚してしまったふたりの再会がメインといったところ。

タイトルにも出てきた、秋期限定メニューの栗きんとんを食べながら、ふたりは話をする。離れていた間のこと。事件のこと。そしてこれからのこと。
そこで明かされる「栗きんとん」の真実と、小佐内さんの暗躍の理由。それこそが本作のオチであり、すべてを表している。この小佐内さんのひとことのためだけに本作はあったのかもしれない――そう思えるくらい、納得できる終わり方だった。

改めて手を取り合うことになったふたり。来るであろう「冬」には何が起こるのか、早くも楽しみ。

秋期限定栗きんとん事件〈上〉 (創元推理文庫)秋期限定栗きんとん事件〈上〉 (創元推理文庫)
米澤 穂信

東京創元社 2009-02
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夏に起こった事件解決の代償として、小佐内さんとの「互恵関係」を解消することになった小鳩くん。そんな小鳩くんにもなんと彼女ができる。小佐内さんとはまた違った、高校生同士のお付き合いを始めた小鳩くんだったが、日常に潜む様々な謎を見つけては、彼女そっちのけでついつい解明してしまう。一方、小佐内さんが付き合うことになった新聞部員・瓜野くんは、彼女のためにも大きな記事を書きたいと考えていた。そんな折、友人から聞いた市内の連続放火事件の法則性に気付いた瓜野くんはコラムにそのことを載せるが……。

小市民を目指す高校生ふたりの悪戦苦闘を描くシリーズ第3弾、上巻。今回は小鳩くんと瓜野くんの両サイドから物語が展開していく。

小鳩くんは小佐内さんとの関係を解消して以来、推理癖がエスカレート。おおっぴらにはしないものの、彼女に時折不審がられる程度には推理を繰り返す。そのせいか、その彼女に関する噂を聞いてもあまりショックを受けた風でもなく、その噂からさらに何らかの推論を立てたりしているあたり、もう小市民とは言えないような気がしてならない。

一方、瓜野くんの影でどうやら小佐内さんも暗躍中で、もちろん小鳩くんもそのことは察知している様子。だが彼女がどこまで事件に関わっているのかはまだ判然としない。そうするうちに季節は秋から冬を経て、春になる。瓜野くんが追っている放火事件の真相、そして小鳩くんと小佐内さんの再会はあるのか――すべては下巻待ちということで。

儚い羊たちの祝宴儚い羊たちの祝宴
米澤 穂信

新潮社 2008-11
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「小説新潮」などに掲載された4作に、書き下ろし「儚い羊たちの晩餐」を加えた5作を収録した短編連作集。

物語の舞台は現在よりいくらか昔。良家の子女が集う、とある大学の読書サークル「バベルの会」。そこにわずかなりとも関係する人々の間に起こる事件が描かれる。ミステリーというと少し違うような――いくばくかの恐ろしさをも含む、不思議な短編群。

巻頭の「身内に不幸がありまして」は、旧家である丹山家の令嬢・吹子に仕えることになった少女・夕日の日記という形式で、丹山家にふりかかった事件とその真相が語られる。美しく聡明で非の打ちどころのない吹子に心酔する夕日だったが、彼女の兄が起こした事件が、丹山家に影を落とす――兄の事件の後も立て続けに殺人事件が起こるのだが、夕日はその真相についてひとつの仮説を立てる。
だが、物語は違う方向に転がっていく。要となるのは吹子その人――最後の1文がすべてを物語っている。

どの作品も注目すべきは最後の1文。そこでなるほど、と唸らされてしまう。そんな仕掛けも楽しい。旧家が舞台という、ちょっと古めかしい設定もなかなか好みだし、今までの作品とは一線を画している。また「バベルの会」が読書サークルということで、様々な本が少しずつではあるが登場している。その内容をわずかでも知っているとさらに楽しめるだろう。

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