phantasmagoria

読んだ本のこと、それ以上に買った本のこと、ときどきライブのことを書き散らかしてみたりする。

カテゴリ: *共著・アンソロジー

kaze no tanbun 特別ではない一日
我妻俊樹
柏書房
2019-10-28

西崎憲による書き下ろし「短文」アンソロジー第1弾。小説でも、詩でも、エッセイでもあるし、そうでもないような「ただ短い文」が収録されている。以下、特に気に入ったものをいくつか。

◇山尾悠子「短文性について機廖崙鵜供
気肋説風、兇魯┘奪札どの短文。気暴个討る鳥のエピソードは「小鳥たち」を彷彿させると同時に、最後の「びんがびんが」という台詞がなんとも愉快な気持ちになってくる。

◇岸本佐知子「年金生活」
おそらく遠い(もしくはわりと近いかもしれない)未来、人口は減り、国としてもほとんど機能していない日本で、ある老夫婦のもとに届いた「ねんきん」とはいったい何だったのか。でもこれが夢だったとしても、確かにそれでもいいような気がする。少なくとも戸棚に隠されたモノの存在を意識しなくてもよくなったという点では。

◇勝山海百合「リモナイア」
母親と檸檬の木のエピソードが印象深かったのか、勢宇の家に檸檬の鉢植えを持って行った「わたし」。果たして出迎えてくれた勢宇の正体は……という不思議な作品。急に展開ががらっと変わるのがなんとも。

◇皆川博子「昨日の肉は今日の豆」
老化と共に肉体の一部が豆化していく。その豆を狙って雀たちがやってくるので、老嬢は宿六と自分の豆化した部分を今日も雀たちに与えていく。何もない日々のありふれた出来事――タイトル通り、「特別ではない一日」の風景。

◇谷崎由依「北京の夏の離宮の春」
北京を訪れている日本人作家は、友人であるドイツ人作家と英語でしゃべりながら頤和園――「オールド・サマー・パレス」へと向かう。かの西太后ともゆかりのあるこの庭園を巡りながら、作家の頭の中では様々な言語が渦巻いている。中国語、日本語、ドイツ語、英語。中国語の表記を日本語読みすると自分にとってはわかりやすいが、それではドイツ人である相手には伝わらない、そのもどかしさ。

◇藤野可織「誕生」
子供が生まれてすぐの時期は、母親はベッドに繋がれて動けない。しかしそこはかとなく漂うのは違和感――救急車のサイレンが頻繁に聞こえるのはここが病院だからか、それとも別の理由があるのか。個室のブラインドを開けてもらえないのはなぜなのか。スマホの電源は落ちていて、外部との連絡手段はない。夫が仕事を早めに切り上げてやってきたのはいったいなぜか。ひとつひとつの事象には納得できるけれど、最後の最後までどこか疑念が拭えない、まるでボタンを掛け違えているのにそれに気付けないままというような、不穏な空気がたまらない。

◇西崎憲「オリアリー夫人」
パーティーを開いてくれた「王冠くん」の友人が語る、「オリアリー夫人」なる人物の逸話。くちぐちに語られるそれは真実なのか、それとも作り話なのか。煙に巻かれたようなその語りの後に「王冠くん」がいなくなったのは、偶然なのか、それとも。

NOVA 2019年秋号 (河出文庫)
河出書房新社
2019-08-06

恒例のオール書き下ろしSF短編アンソロジー、新装開店第2弾。今回はアマサワトキオ、草野原々、高野史緒、高山羽根子、田中啓文、谷山浩子、津原泰水、藤井太洋、麦原遼による9作品が収録されている。それでは以下、特に気に入った作品についてひとこと。

◇谷山浩子「夢見」
これまで夢もみずぐっすり眠れていたはずなのに、ある日から毎日、妙にリアルな夢を見るようになった女子高生の小川夢見。毎日ふたりの大親友に夢の内容を語って聞かせていたはずが、ある日突然……というまさかのどんでん返しに驚かされる。夢は現、現は夢――ということだとしてもこれはいったい。

◇アマサワトキオ「赤羽二十四時」
西海岸で名をはせた若手ラッパー・スリムが流れ流れて赤羽のコンビニでアルバイト(しかも雇われ店長)。けれどある時、コンビニが暴走を始める。コンビニは本来は獰猛な野生生物で、エ〇ァの如く拘束し制御することで店として運用することができる……という設定だけでなんというかもう最高としか言えない(笑)。

◇草野原々「いつでも、どこでも、永遠に。」
作者お得意のワイドスクリーン百合バロック。片想いしていたルームメイトに振られた(厳密にいうと彼女ができていた)ことで、恨みのあまり彼女をトレース……と思いきや実際はまったくかけ離れている「理想の彼女」を作り上げた八千代。しかしそのもとになったのが個人用のサポートAIであったがために、物語は予期せぬ方向へ。もうむちゃくちゃすぎる(褒め言葉)。

◇津原泰水「戯曲 中空のぶどう」
なんとも珍しい戯曲形式の短編。閉ざされたタワーの正体やいかに。結局彼らはタワーの「外」に出ることができたのだろうか。


◇前巻→「NOVA 2019年春号」

小鳥たち
山尾悠子
ステュディオ・パラボリカ
2019-07-29

〈水の城館〉には華奢な編み上げ靴を履いた侍女たちがいる。赤髭公やその母親である老大公妃からも「可愛い小鳥たち」と呼ばれる彼女たちは、小鳥のように驚きやすく、すぐに動揺する性質がある。広い庭園のそこここにある噴水にすら驚き、その姿を小鳥に変じさせて逃げ惑ってしまうくらいに……。

山尾悠子による掌編をモチーフに、人形作家・中川多理が人形を創作し、その人形を元に新たな物語が紡がれる――「小鳥たち」という存在が往還し、その世界を広げていく幻想譚。

物語は3編の短編で構成されている。まずは2016年に再刊行された歌集「角砂糖の日」の付録として発表された短編「小鳥たち」。これを元に中川多理が小鳥たちの人形を創作。これを受け、ステュディオ・パラボリカから2018年に刊行された「夜想♯ 中川多理――物語の中の少女」に山尾悠子が「小鳥たち、その春の廃園の」を寄稿。この続編を元に新たな小鳥たちの人形が創作され、そして最終章となる「小鳥の葬送」が書き下ろされたのだという。まるで往復書簡のように、小鳥たちが物語と人形というふたつの表現方法を使って、現実世界に顕現していく。

侍女たちは人間の少女であり、時には本当に「小鳥」となり飛び立ってゆく。それはすべて彼女たち自身の意志で行われることであり、誰かに強制されることでもなければ、彼女たちが望まないことでもない。軽やかな――時には慌てふためき騒々しいのかもしれないが――羽音と、ひそやかな囀りが、文章の間から、そして人形の写真から、不意に聞こえてくるような気がしてくる。〈水の城館〉と呼ばれる、噴水と迷路のような庭園に囲まれた屋敷。赤髭公と呼ばれるその主と美しい妻たち。そして公の母親である老大公妃の死と束の間の復活。やがて廃園となるその城館は、それでも往時の美しさをきっと留めたままに違いない。少女が小鳥に変じてしまうような場所なのだから、そのくらいの奇跡が残っていても不思議ではないだろう。短い作品ながらも、あっという間にその異質な世界に取り込まれてしまうような、そんな緻密な美しさが滲み出てくるような物語だった。


SFマガジン2019年2月号の「百合特集」の反響を受けて編まれた、おそらく史上初の百合SFアンソロジー。同特集号に掲載された5作品に加え、コミック百合姫に掲載され「ソ連百合」と話題になった作品、さらに書き下ろしの3作品が収録されている。以下、特に気に入った作品についてのひとこと感想。

◇宮澤伊織「キミノスケープ」
ある日突然自分以外がいなくなった世界をさまよい続ける少女が、同じ境遇の人物が残したメッセージを頼りに、彼女と巡り合うまでを描くロードムービー的短編。二人称で淡々と描かれていく「わたしとあなただけの世界」が、恐ろしくもどこか魅力的。

◇森田季節「四十九日恋文」
死者の霊魂がこの世を離れる49日の間だけ、特殊な形態で死者とメッセージのやり取りができることになった世界。1日目は49文字まで、それ以後は日を追うごとに1文字ずつ伝えられる文字数が減っていくという制約の中で、恋人同士だったふたりの少女たちが、最後の1文字でお互いに伝えた言葉が同じだったというのがなんとも切ないし、けれどとても嬉しく感じられる。

◇伴名練「彼岸花」
天涯孤独の少女・青子と、彼女の庇護者であるという美しい女性・真朱との日記のやり取り。物語が進むにつれ、青子の周囲はいわゆる吸血鬼だらけだということが判明する。ふたりの関係とその末路がなんとも幻想的。

◇小川一水「ツインスター・サイクロン・ランナウェイ」
閉鎖された氏族の中で、自身が負う「役割」等々のせいで結婚相手が見つからないテラ。そんな彼女の前に現れたのは、別の氏族から脱走してきたダイオードと名乗る少女だった……ということで、良き相棒同志の間に愛情が芽生えるまでを描く宇宙的海洋系ガール・ミーツ・ガール的な。ふたりが思いを通わせる終盤の展開がなんともこの作者らしい。

注文の多い注文書 (ちくま文庫)
小川 洋子
筑摩書房
2019-06-11

都会の中の引き出しの奥のようなところにある街区――迷路の奥のような、そんな場所に「クラフト・エヴィング商會」はある。「ないもの、あります」という看板を掲げるこの店に訪れたある女性は、川端康成の未完の小説「たんぽぽ」に登場する「人体欠視症治療薬」を探しているのだという。その小説の主人公と同じく、彼女も付き合っている男性の姿が少しずつ、彼女が触れてしまった部分から順に見えなくなってしまっているのだというが……。

5つの物語に登場する架空の物品を求める客と、「ないもの、あります」を掲げるクラフト・エヴィング商會のやりとりを描く短編集。各話、客による依頼パートを「注文書」、その注文に応じて商會が探し出してきた物品を写真付きで提示するパートを「納品書」、その物品を受けた依頼人の反応を描く「受領書」とし、「注文書」と「受領書」を小川洋子が、「納品書」をクラフト・エヴィング商會が手掛けている。

川端康成「たんぽぽ」、サリンジャー「バナナフィッシュにうってつけの日」、村上春樹「貧乏な叔母さんの話」、ヴィアン「うたかたの日々」、内田百痢嵬重咫廚5編をテーマにした短編群であるが、元ネタとなる作品を知らなくても問題はない。依頼人たちが語る「ないもの」にまつわるエピソードは様々で、その状況からすでに突飛なものなのではあるが、静謐な語り口がそうとは思わせない力を持っている。そして商會が探し出してきたものは、ただ言葉で綴られるのではなく、その写真までが掲載されているからこそ、存在感を持って眼前に迫ってくるのだ。あらすじに「現実と架空が入り混じる世界で」とあるがまさにその通りで、もしかしたらこれは今どこかに実在しているのではないかと言うような気もしてくる。個人的には「冥途」の初版本の落丁にまつわる第5のエピソードが好きで、どこか怪談めいた雰囲気がたまらなかった。



これまで、東京創元社からは「年刊日本SF傑作選」として年度ごとの再録アンソロジーが出ていたが、このたび書き下ろしアンソロジーシリーズが新たにスタート。第1弾となる今回は久永実木彦、高山羽根子、宮内悠介、秋永真琴、松崎有理、倉田タカシ、宮澤伊織、堀晃の8人による短編と、加藤直之、吉田隆一によるエッセイの合計10作が収録されている。個人的に特によかったのは以下の通り。

◇宮内悠介「ホテル・アースポート」
宇宙エレベーターのふもとにある寂れたホテルを舞台に起きた殺人事件。2010年の「第7回ミステリーズ!新人賞」の最終候補となった作品の改稿版ということだが、確かにSFでミステリー。ホテルの従業員であるアイシャが出した香水にまつわるクイズの、その答えが最後まで余韻を残す。

◇秋永真琴「ブラッド・ナイト・ノワール」
〈夜種〉と呼ばれるようになった吸血鬼が人口のほとんどを占め、逆に数の減った人類が〈王族〉と呼ばれ特別視される世界が舞台の短編。視察旅行を抜け出した〈王族〉の少女と、〈夜種〉のギャングの青年との出会いはまさに「ローマの休日」的な展開ではあるが、ロマンス感だけでなく、そこはかとなく漂うハードボイルド感がたまらない。ぜひシリーズ化してほしい。

◇松崎有理「イヴの末裔たちの明日」
AIが発達した結果、「技術的失業」によって職を追われた男性が始めたのは治験のアルバイト。ただしその内容は「くじ運が良くなる薬」「モテる薬」「事故死しない薬」というところが面白い。そもそもそんな薬は実現可能なのか……というのがテーマではもちろんなく、というところがまたいい。ただ、その結末は面白いというだけではなく、どこかうすら寒いものがなくもないのだが。

◇宮澤伊織「草原のサンタ・ムエルテ」
地球外知性の憑依体が起こす人知を超えた事件を、同じ憑依体である少女ニーナと、彼女の協力によって憑依体に対抗しうる「歩法」を習得した特殊部隊が解決していくアクションSF。希望の見えないファースト・コンタクト――そこに答えはあるのかどうか。


書き下ろしSFアンソロジー「NOVA」が3年振りに再開!ということで、第3期スタートとなるこの「2019年春号」も10人の作家による読み切り短編が収録されている。執筆者は表紙にある通り、新井素子、小川哲、佐藤究、柞刈湯葉、赤野工作、小林泰三、高島雄哉、片瀬二郎、宮部みゆき、飛浩隆となっている。個人的に特によかったのは以下の通り。

◇新井素子「やおよろず神様承ります」
家事育児介護のトリプルパンチに悩まされる専業主婦の「私」が出会ったのは、「宗教の勧誘に来ました!」と宣言する謎の女子・メイ。彼女に勧められた「順番順番いっこっつ」なる神様(?)の教義(?)の通りに生活し始めたところ、「私」の悩みは解消することに。しかしこのメイの目的はいったい……というところは最終的にさほど問題にならないところがまた面白い。SFというよりは教訓的な話のような気もする。

◇佐藤究「ジェリーウォーカー」
映画やドラマに登場するクリーチャー造形家として有名なピート・スタニック。彼の想像力の源泉はいったいどこにあるのか……と思っていたらとんでもない結末が待っているバイオSF。「魚にも寿命はある」のだろうが、果たしてその後、アレはどうなったのか……。

◇柞刈湯葉「まず牛を球とします。」
タイトル通りに牛を球にしている話。しかし読み進めるにつれ、牛を球にすることに端を発する食糧問題よりも、この物語の世界観の方がとんでもないことになっていたりする。「外人」の狙いは一体何なのか……因果応報というのはこういうことなのかもしれない。

◇片瀬二郎「お行儀ねこちゃん」
海外出張中、付き合っている彼女から飼い猫を託された圭一は、うっかりその猫を死なせてしまう。SNSで相談したところ、「お行儀ねこちゃん」なる猫のしつけ用器具を勧められた圭一は、これを使って死んだ猫を動かすことに成功するが……という、編集後記にあるように猫好きには許しがたい展開の短編。とはいえ、最終的にこの圭一くんが行きつく先はSFというかホラーというか……どうなったか具体的な描写がないのがある意味救いかもしれない。

◇宮部みゆき「母の法律」
虐待を受けた子や、虐待を行った親を保護・更生させるための「マザー法」なる法律によって、ある夫婦の養女となった二葉。しかしその法律では、養父母が離婚、または一方でも亡くなった場合は、養子縁組が解消されることになっていた。養母を亡くした二葉は、同じく養女として引き取られていた姉の一美と共に施設へと戻ることになるが、ひょんなことから二葉は、実母が死刑囚になったこと、そして実の娘に会いたがっているという話を聞かされて……という、わりとSF度は低めで、しかしなんとも皮肉に満ちた短編。法律で救えるものもあれば、そうでないものもある。難しい話だなとも思う。

外科室 (立東舎 乙女の本棚)
泉 鏡花
立東舎
2018-12-15

好奇心も手伝って、親友である外科医・高峰に頼みこみ、彼が執刀する外科手術を見学することになった「私」。本日の患者は貴船伯爵夫人ということであったが、夫人はその時になって突然手術を拒み始める。麻酔をかけられると譫言を――心の裡に秘めていることを喋ってしまうと聞いたらしい夫人は、それを恐れるがゆえに、手術をしないか、あるいは麻酔なしで手術してほしいと要求し……。

幻想・耽美系の短編小説を、有名イラストレーターの描き下ろしイラストを伴って絵本化する「乙女の本棚」シリーズ第9弾。

夫人がどうしても口にしたくないと訴える秘めた想いとはなんだったのか、というのが焦点となる本作。実はこの作品は「上」と「下」の2部構成となっており、「上」は貴船伯爵夫人の手術の顛末、そして「下」は9年前に「私」と高峰が遭遇したある出来事について描かれている。この「下」で起きていたことがすべての始まりであり、終わりであることが示されるのだが、その物語の運び方は想像以上にドラマチックで、強く時代性を感じさせられるものでもあった。ホノジロトヲジによるイラストも秀逸だが、とりわけラストを飾る1枚(表紙イラストにも使われている)が特に叙情的で素晴らしいと思う。

犬も食わない
尾崎 世界観・千早 茜
新潮社
2018-10-31

とある会社で常務秘書をしている派遣社員の二条福は、間違えて入ったビルで廃棄物処理業者の桜沢大輔と出会う。ぶつかってきたのに悪びれない大輔の態度に苛立った福は猛烈な勢いで罵るも、ほとんど相手にされた気配はなく、どころか嘲笑を投げつけられただけだった。しかしその後、なぜか身体の関係を持ってしまったふたり。やがて大輔の住むアパートの契約が切れたの機に同棲を始めるが、相変わらずふたりは喧嘩してばかりで……。

2017〜2018年にかけて「yomyom」に掲載されていた恋愛小説。尾崎世界観が「桜沢大輔」の、千早茜が「二条福」の視点から、ふたりの関係を同時進行で綴っていく。

なし崩し的に始まった――というか、本人たちも述べていた通り、本当に何かが「始まって」いたのかどうかわからないまま、密接な関係になってしまったふたり。しかしふたりの考え方も生き方も全く違っていて、何から何までどうしようもなく噛み合わない。相手のことをちゃんと好きでいることがわかるシーンもあるけれど、それ以上に自分のことしか考えていないシーンがたくさんある。相手の存在に幸せを感じているシーンもあるけれど、それ以上に苛立っているシーンもたくさんある。これではなぜ付き合っているのかわからない。けれど同時にこうも思う――恋人だからといって、常に相手のことを考えているわけではないだろうし、と。一人称でつらつらと綴られる文章からは、ふたりのリアルな心の動きが浮かび上がってくる。

しかしそれにしたってこのふたりのすれ違いぶりは果てしなく、けれど決定的な別れのきっかけめいたことが起きても、なぜか離れられないし、離れようとしない。ズルズルと引き延ばされる関係。第三者からは「やめておけ」と言われるのになぜかやめられない。「身体によくない食べ物ほどおいしい」的な感じなのかな、とも思う。そういえばこのふたりは、突然キレてマシンガンのように怒り出すことがよくある。例えば福が初めて大輔に会った時。あるいは大輔がとある打ち上げの席でバカにされた時と、その大輔の怒りを皆が受け流してしまった時。これを見た時に、よく似たふたりなのだなとどこか微笑ましくなった。そして物語の終盤、このどうしようもない関係にどこか諦念を覚えつつ、ふたりが同じタイミングで手紙を書こうとしていた時も。男女でもなく、親子でもなく、友人でもない。またはそれらすべてをまぜこぜにしたような関係は、始まっていないのだから、終わることもできないのだろうと思う。


そのボイスレコーダーから流れてきたのは、亡くなった大学教授を偲ぶ会、そしてそのあとの懇親会のものと思われる音声だった。その教授は故郷への帰省中に不慮の死を遂げていたようなのだが、その場に居合わせたはずの教授の友人たちはいっせいに口をつぐむ。やがて酒が入って少しずつ口が軽くなった面々から漏れ聞こえたのは、その地に伝わっている神事の話。そのさなかに教授が亡くなったようなのだが……。(恩田陸「あまりりす」)

2014〜2017年にかけて「小説新潮」に発表されたホラー系の短編を収録したアンソロジー。執筆者は恩田陸、芦沢央、海猫沢めろん、織守きょうや、さやか、小林泰三、澤村伊智、前川地大、北村薫となっている。

個人的に気に入ったのは恩田陸「あまりりす」、織守きょうや「とわの家の女」、小林泰三「自分霊」の3編。「あまりりす」は伝奇系ホラーというか、このアンソロジーの中ではわりとストレートな怖さがある短編。タイトルが全部ひらがなであるのも、その正体の得体の知れなさを物語っているようで怖い。

「とわの家の女」は結末がなんとも尾を引く短編。「とわの家」という置屋のうつくしい女に一目惚れしてしまった主人公だが、周囲は口をそろえて「とわの家の女に恋をしてはいけない」という。それは単に「水商売の女に本気になってはならない」という警告にすぎないのだろうと本人も読んでいるこちらも思っていたが、誰もがそこに秘められた真意を口にせずただ警告だけを発してくるというのが怖い。止めようという気持ちは確かにあるのだろうが、夢中になっている人間に対してそんな言われ方をして、果たして止まれるのかという疑問がわいてくる。もちろん彼に訪れる「結末」は惨憺たる有様ではあるのだが、それ以上に周囲の人々が結局のところ、彼のその姿を見たいと思っていたのではないかと、そんな気すらしてくるのもまた怖い。

「自分霊」は、浪人してまで大学に入ったにもかかわらず、友達と遊んでばかりで勉強はおろそかになり、さらには遊ぶ金欲しさにキャバ嬢のバイトまで始めてしまった女性・稟奈が主人公。そんな彼女の前に自分そっくりの霊が現れて……というSF系短編となっている。もちろん自分は死んでいないし、生霊だとしてもそれが自分の前に現れるのはおかしい、と思っていたらその「霊」は思いがけない告白を。その「霊」の助言に従って稟奈はこれまでの生活を改めようとする。ここまではいいのだが、もちろん一筋縄でいくはずもなく、なんとも後味の悪い結末が待っている。しかしその感じが逆にクセになってくるような気もしたりして……そしてふと気付くことになる。じゃああの「霊」は、そして「稟奈」は一体何者なのか、と。このアンソロジーのタイトル「だから見るなといったのに」がもっともふさわしいと思わされる結末だった。

瓶詰地獄 (立東舎 乙女の本棚)
夢野 久作
リットーミュージック
2017-12-13

とある島に流れ着き、そこから海洋研究所に送り届けられたのは、手紙を収めた3本の麦酒瓶だった。そこに書かれていたのはあるふたりの人物――兄妹?――が海難事故によって無人島に流れ着き、助けを求めるという内容のようだったが……。

「乙女の本棚」シリーズ第6弾として刊行された本作は、夢野久作による短編小説「瓶詰地獄」を、イラストレーター・ホノジロトヲジの挿画によって綴っていくというもの。無人島に流れ着いた兄妹の生活が「地獄」に変わっていく書簡形式の短編が、美しいイラストで彩られている。

「瓶詰地獄」(あるいは「瓶詰の地獄」)は、これまでに何度も読んだことがあるが、やはり謎に満ちた短編だと思わざるを得ない。特に疑問を差し挟まずに読めば、これは遭難した兄妹――11歳の兄・市川太郎と、7歳の妹・アヤ子が無人島で楽しく暮らしていたが、成長するにつれ互いへの恋情(あるいは劣情)が抑えきれなくなり――という、近親相姦というモチーフをはらんだ物語なのだろう。しかし何度か読むうちにいくつか疑問がわいてくるので、これまでにあちこちで言い尽くされたことであろうが、個人的な思い付きを以下に記す。

「第一の瓶の内容」は両親たちが助けに来たのを見ながら、ふたりが崖の上から身投げしようとする決意を綴ったもの。「第二の瓶の内容」は一番長く、無人島に漂着してから、ふたりが心身ともに変調していく様を兄の視点から描いたもの。そして「第三の瓶の内容」は一番短く、たどたどしい文章で兄妹が両親に助けを求めている。実際の時系列は逆であろうとされており、それは正しいとは思うのだが、一方で3本とも同時に海洋研究所に送られているところを見ると、「第二」も「第三」も誰にも届いていないはず。なのに助けの船が来る――しかもそこに両親が乗っているというのは、偶然にしては出来過ぎているように思えるのだ。

3本の瓶の手紙すべてに登場するのが同じ兄妹――太郎とアヤ子であるならば、「第一」と「第三」の間では数年が経過しているはず。少なくとも11歳と7歳の兄妹が「恐ろしい悖戻(よこしま)」を犯し、その「報責(むくい)」として身投げしようとするとは考えにくいからだ。ましてや聖書を心の拠り所にし、神への強い信仰を持っていたなら、なおさら自殺しようとはしないのではないだろうか。そしてもうひとつ、行方不明から数年経っている子供たちを捜索するために、両親がわざわざ船に乗ってくるだろうか。

そこで気になるのは3通の手紙の結び。「第一」は「哀しき二人より」と記され、本文含めて実名は出てこない。一方、「第二」では「太郎」と「アヤ子」という名前が出てくるし、最後は「太郎記す」と結ばれている。そして「第三」では「市川 太郎」「イチカワ アヤコ」という名前が記されている。となると「第二」「第三」は置いておくとしても、「第一」はもしかしたら別の人物が書いた――という仮説を立てられるのではないだろうか。

そもそもこの手紙に綴られているのは真実なのか――幼かった兄妹が無人島で何年も健やかに暮らせるなんてことはあり得るのだろうか。そしてその間、誰もその島にたどり着けないなんてこともあるのだろうか。

とすれば、例えば「第三」は本当に助けを求める手紙だったかもしれないが、それを見た何者かが「第一」「第二」の手紙を捏造したということはないだろうか。例えば1組の男女が心中しようとしていて(それが同意に基づくのか無理心中なのかはわからないが)、自分たちのことを「幼い頃に無人島に漂着してしまった兄妹」という設定にして書き綴った遺書代わりの妄想ということは。もしそうだとしたらその書き手は、夢野久作作品であるならばきっと狂人の類かもしれない――例えば呉一郎とモヨ子のような。

または、可能性としては低そうな気もするが、この手紙が事実かどうかはさておき、ここに書かれている内容――「市川太郎」と「イチカワアヤ子」の不道徳な関係を島外の何者かに知らしめたいと考えた人物がいて、わざわざ瓶詰の書簡にして浜辺に放置していたということはないだろうか。冒頭の文章を読み返すと、どうやら海洋研究所は潮流研究のため、「官製端書」の入った「赤封蝋附きの麦酒瓶」を海に流していて、それを見つけたら届け出るよう「××島」の役場へ通達していたことがわかる。つまりこの実験用の瓶と同じようなものが浜辺で見つかれば、島外からの漂着物として外部へ提出されるだろうということを、島民たちは知っていたということになるからだ。とはいえ、この説だとちょっと手が込み過ぎているような気もするが。

……とまあこんな感じでいろいろと想像が膨らむ短編ではあるのだが、しかし個人的には普通に(?)、幼い兄妹が極彩色の地獄に閉じ込められてしまった物語であると考える方が面白い――というと不謹慎かもしれないが、禁忌ゆえの純粋さが垣間見えるという点で興味を惹かれる作品だと思う。今わたしが大学生だったら、これを研究対象に選びたいな、とも。


朦朧とする意識の中、蛍が自分のDNA鑑定をしようとしていることに気付いた一花。しかしその時の蛍の豹変ぶりに戸惑う一花は、その真意を聞けないでいた。そこにジェラルドが葉介を尋ねてやってくる。手にしている書類は一花のDNA鑑定の結果だという。中身を見ていないというジェラルドだが、自分の出す条件を呑んでくれれば、この結果を葉介ではなく一花に渡すと言い出す。その条件とは、葉介がサーカス団に戻るよう説得すること。葉介の意志を無視できないと拒絶する一花に対し、ジェラルドは態度を豹変させて襲いかかり……。

4人の父親候補たちとの同居生活の終わり、そしてその未来を描くシリーズ完結編。

蛍だけでなく葉介までもが強引な手を使ってDNA鑑定を行ったことで事態は急展開。千晃が「自分の名前のアナグラムが一花の名前になる=自分の娘だ!」と言い出したのはちょっと強引すぎでびっくりしたのだが(笑)、最終的には4人のうちのひとりが父親と判明し、残る3人は橘家を去ってゆく――それは父親ではないから、という理由もあるが、それ以上に彼らは一花のことを愛してしまったから……というまさかの(とはいいつつ予想しえた)展開に。

しかし4人との楽しい生活は、これまで孤独だった一花が初めて手に入れたもの。さらに「本当の父親」についての真相を知ったがゆえに、一花は再び4人で暮らすことを望む。それはちょっと難しいのでは……とは思ったりもしたが、そこは惚れた弱みというかなんというか、4人ともお姫様には逆らえないということで。喧嘩しつつも仲の良い(?)4人の掛け合いが楽しすぎるので、ぜひここから先は乙女ゲームとかにしてほしいなと思えるあまーーーーーーい!ラストだった。


◇前巻→「Home, Honey Home 3」

警官の貌 (双葉文庫)
今野 敏
双葉社
2014-03-13

2010〜2012年に刊行された警察小説アンソロジー「誇り」「痛み」の収録作6本の中から4本のみを再録した文庫版。ひとくちに警察小説といっても、収録された4本はいずれも警官の立場やその展開はまちまちで、バラエティに富んだ内容となっている。以下、各作品のひとこと感想。

◇今野敏「常習犯」
盗犯捜査を専門とする警視庁捜査第3課の刑事・萩尾が、「牛丼の松」(その手口が牛丼のように「速い・安い・うまい」からこの呼び名がついたらしい・笑)と呼ばれる空き巣常習犯の冤罪を暴くという短編。相手もプロだから、その信条に反することはするはずない――という、本来なら敵対するはずの警官と犯罪者との間に信頼関係が生まれているという展開がなんとも人情的で微笑ましい。

◇誉田哲也「三十九番」
留置担当官・小西の仕事風景……かと思いきや、その隠された秘密が次第に明かされてゆくミステリテイストの短編。タイトルは留置されている人々につけられた番号で、留置されると彼らは名前ではなく番号で呼ばれるのだという。犯罪の内容などを鑑みて新入りの部屋の割り振りを決めたり、決められた時間になると外に連れ出してやったりと、なんだか引率の先生のようだな……と思っていたら次第にきな臭い方向に話が進んでいくのがなんとも。

◇福田和代「シザーズ」
先日読んだ「星星の火」に登場する刑事&通訳捜査官コンビの初登場作。違法風俗店を摘発→偽ブランド品を扱っている劉という男の存在が発覚→彼の家で日本人女性の首つり遺体を発見→中国人学生たちが出入りする怪しいビルの一室を発見……と、芋づる式にどんどん事件が拡大していくのが面白い。そして当時からキレのいい上月&城のコンビっぷりも。

◇貫井徳郎「見ざる、書かざる、言わざる ハーシュソサエティ」
裁判員制度の仕組みが先鋭化し、厳罰化が進んだ結果、人ひとり殺せば確実に死刑になるという状態に陥っている、少し未来の日本。刑事の吉川が遭遇したのは、あるデザイナーの男が両目を潰され、舌を抜かれ、すべての手指を切り落とされたという事件だった。男が死んでいないので犯人は死刑にはならない、しかし男がそこまで恨まれるようなことをした覚えもない――では犯人の狙いは一体?という、なんとも凄惨な傷害事件とその顛末。警察小説でありながら、死刑制度、そして罪と罰についても考えさせられる短編となっている。


SF短編アンソロジー第10弾。今回は2016年版ということで、小説17本、漫画3本を収録。去年のをまだ読んでなかったような……と思いつつ、今回気に入ったのは以下の通り。

◇藤井太洋「行き先は特異点」
ナビの不具合、自動運転車との接触事故、そしてアマゾン無人ドローンによる誤配。これらが指し示すものは?という、「文椎泰洋シリーズ」に連なる1編。ラストで描かれている鳥のごとき「ドローンの群れ」を見てみたい。

◇円城塔「バベル・タワー」
エレベーターの中で生まれ死んでゆく縦籠家の物語。その対となる家(横箱家)があったり、エレベーターの中から縦籠の家に関わる古文書が出てきたり、このあたりの奇想ぶりは作者ならではといったところ。縦と横の交差が何を導き出すのか――彼らはいったいどこへ向かうのだろう。

◇宮内悠介「スモーク・オン・ザ・ウォーター」
病に倒れ動くこともままならない、煙草を吸うことだけが唯一の楽しみであった父親は、一体どこへ消えたのか、という人情系ミステリ……かと思ったらまさかのファーストコンタクト。そしてすばらしいハッピーエンド。

◇山本弘「悪夢はまだ終わらない」
凶悪犯に与えられる新しい刑罰「RD法」について描く短編。なかなかえぐい。しかし実用化は可能なのではないかと思ったり。ちなみに本作は当初、子供向けに書かれたらしいがボツにされたとのこと。それはそうだろう……(苦笑)。

◇秋永真琴「古本屋の少女」
とある古本屋と、その店番の少女の物語。実は作者のデビュー作と同一世界観であるとのこと。買い取りにおける「古本屋」のスタンスがなんとも小気味良い。本は大切にしないとね。少女と刑事の関係も気になるところ。

◇倉田タカシ「二本の足で」
スパムメールが人のかたちをもって現れたら……というまさかの発想。しかも彼らの前に現れたスパム女は、他のそれと異なり外見は普通の女性で(ここでいう「通常のスパム」は人のかたちをしていても明らかに人間とは異なる容姿なので)、彼らと一緒に体験したという「過去」の話を言葉巧みにしてくるのだからたまらない。狐につままれたような、とはまさにこのことか。

宮辻薬東宮
宮部 みゆき
講談社
2017-06-21

中学1年生の頃、伊藤の母親が宝くじで一千万円を当ててしまう。家族で話し合った結果、半分は伊藤やその姉の学費として貯金し、残り半分を頭金にしてマイホームを買うことに。「あすみニュータウン」と名付けられたその分譲住宅地は、以前事件があったり別の家が建っていたりということもないまっさらな土地で、一家は何の問題もなく一戸建てを購入し、入居の日を迎える。しかし年賀状に使おうと新居の前で撮った記念写真がどうにもおかしいことに気付く一家。家の内外関係なく、撮影したものをプリントすると、なぜか一部がぼやけ、実際とは異なる家具や壁紙が写りこんでいるのだ。カメラもプリンターにも問題がない事を確認した伊藤と姉は、次に周辺に聞き込みを行い、この家の周辺でなにか隠されたいわくがないかどうか調べたが、やはり当初の話通りなにも出てこない。しかも日が経つにつれ、家族がそれぞれ身体の不調を訴え始め……。(宮部みゆき「人・で・なし」)

宮部みゆき、辻村深月、薬丸岳、東山彰良、宮内悠介の5人による、書き下ろしホラー系リレーアンソロジー。

宮部みゆきによる、購入したばかりの一戸建てで起きた怪現象を描く「人・で・なし」からスタートし、ゆるやかな繋がりをつけた5本の短編が治められている。もちろんリレーなので、最後の宮内悠介「夢・を・殺す」は、巻頭の宮部作品に繋がっていくというつくりになっている。各作品の「繋がり」ははっきりと明示されているわけではないので、どの部分が「そう」なのかを考えていくのも面白い。

個人的に印象に残ったのは、家に起きた怪現象の話――かと思いきや意外なラストに着地する宮部みゆき「人・で・なし」と、その次に置かれた辻村深月「ママ・はは」。この2編の繋がりはおそらく「写真」だと思われる。

「ママ・はは」はタイトルの通り母親をめぐる物語。小学校で教師をしている「私」が、同僚で友人の亜美から聞かされたのは、彼女の成人式の写真にまつわるエピソードだった――亜美の母親も彼女と同じく教師だったが、その性格はまじめで融通が利かず、自分がこうと信じたものを娘に強要するタイプの人間だった。お菓子は与えられず、テレビも見せてもらえず、勉強と習い事に明け暮れる日々。そんな母親から早く離れたいと願い、県外の大学へと進学した亜美だったが、成人式を前に母親から「振袖を買ってあげるから帰ってきなさい」という連絡を受ける。一緒に選びに行き、一目惚れした藤色の振袖を本当に買ってくれたことで母親への評価を改めた亜美だったが、その2日後、やはり振袖を返品すると言われ、結局ピンク色の振袖をレンタルしたのだという。しかし現在、手元にある成人式の写真では、亜美は藤色の振袖を着ている。それはいったいなぜか――という内容。この母親の振る舞いもひどいが、本当にひどいのはその顛末。とはいえ一概に「ひどい」とも言い切れない後味の悪さと、亜美の身に起きたことに対する恐ろしさが尾を引いている。そんな感じで、どの話もホラーというか理不尽というか、少しずつ違う5つの「ぞっとする」結末が楽しめる(?)1冊。

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