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読んだ本のこと、それ以上に買った本のこと、ときどきライブのことを書き散らかしてみたりする。 (当ブログは全文無断転載禁止です)

カテゴリ: 竹岡葉月


勢いでセドリックに告白してしまったため、返事を聞く前にその場から逃げ出してしまった紬。以来、武流の家庭教師に行ってもなるべくセドリックとは顔を合わせないように去る日々が続いていた。そんなある日、友人からネット上に竹善の悪評が書き込まれているという話を聞かされる。憤慨した紬は意を決して店に向かい、様子を探ってみたものの、セドリックの接客に変わった様子はなかった。しかしその時、近くに座っていた女性客が、料理に髪の毛が入っていると騒ぎ始め……。

谷中にあるびんづめ専門カフェ「竹善」を舞台に繰り広げられるハートフルストーリー第4弾。今回はあちらこちらで恋の花が咲きかけているようなそうでもないような。

かねてより虎太朗→紬→セドリックという一方通行の関係が微笑ましい本シリーズ、しかし前巻ラストで紬がうっかりセドリックに告白してしまったことで事態は急展開!――と思ったもののそこまでの劇的な変化があるわけでもなく。セドリックとしてはやはり亡き妻・笑子のことがどうしても忘れられないし、紬にしてみても、そうやって妻と息子を愛しているセドリックのことが好きなわけで、告白が成功したからといってそれでハッピーエンドというわけでもないという、気付けばなんとなく複雑な関係性に。これに関しては気長に行くしかないということで、今後の関係の変化に期待したい。

一方で虎太朗と紬の関係について。紬がセドリックに告白したと聞かされるシーンにはつい笑ってしまったのだが(すまん……)、もしかしたら虎太朗の方も「セドリックが好きな紬」が好きという、紬とセドリックの関係に似た状態になってしまっているような気がする――基本的に人見知りでコミュ障気味の紬がこうして虎太朗とケンカ友達みたいになっているのは、その間にセドリックあってのことなのだから。なんというか「三竦み」みたいな状況になっているような気がしないでもないが、これはこれでいいのかもしれない。


◇前巻→「谷中びんづめカフェ竹善3 降っても晴れても梅仕事」


ついに婚約したまもりと葉二。まもりの就職も無事決まり、卒業までは遠距離恋愛ということに。しかしその間にも大小さまざまなトラブルが発生。顔を合わせないということもあってか、お互いの気持ちがうまく伝わりにくかったり、両家の顔合わせをすれば結婚式をどうするか問題が持ち上がったり。もちろんその間にもまもりは卒論を書いたり引っ越し&今後の資金を貯めるためにバイトに勤しんだりと大忙し。なんとなくすれ違いが続く中、まもりは葉二とのビデオ通話画面の向こう――葉二の部屋に見知らぬ女性がいるのを目撃してしまい……。

ベランダ菜園から始まった恋愛模様を描くシリーズももう9巻。まもりの大学卒業直前の9か月間に起きた出来事が綴られていく。

元々ぶっきらぼうというか言葉足らずなところがある葉二だけに、メッセージアプリや電話など、表情の見えないやりとりだけではうまくコミュニケーションがとれるはずもなく、少しずつまもりの不満がたまっていくことに。のちに誤解(職場の面々を呼んでたこパしていただけ)だとはわかるが、私室に知らない女がいたりだとか、両家の母親たちの勧めで急遽結婚式を挙げることになったものの、時間や予算の制限の中で選ぶのは大変だし葉二はあんまり熱心そうではないしで、これは全面的にまもりの味方をしたくなってしまう。まあもちろん最終的にはちゃんとしてくれるのでひと安心ではあるが(しかも最高に効果的なタイミングで……さすが亜潟葉二……)。

ともあれ、この9巻にてようやくまもりは大学を卒業し、婚姻届も無事提出。次の10巻では「亜潟まもり」としてのお話になるのだが、あとがきでは次巻で完結とのこと。名残惜しいけれど、ふたりの物語がどんなラストを迎えるのかとても楽しみ。


◇前巻→「おいしいベランダ。8番線ホームのベンチとサイダー」


梅雨入り直前となり、竹善ではセドリックが青梅の処理に勤しんでいた。そこに現れたのは、最近谷中にオープンした高級食パン専門店「コロンブ」のパン職人・千川仁希。セドリックの作ったジャムやペーストに感動した仁希は、自身の作る食パンに合うジャムを作ってほしいと依頼してくる。行動力抜群で、どんどんセドリックの懐に入ってコラボ計画を進めていく仁希の様子は、武流や虎太朗いわく、亡きセドリックの妻・笑子に似ているのだという。さらには仁希本人もセドリックに異性としての興味を持っていることがわかり、紬は内心穏やかではなく……。

下町のびんづめカフェ「竹善」を舞台に繰り広げられる人間模様を描くシリーズ第3弾。今回は「知る人ぞ知る」だったカフェが次第に人気になっていき……という展開に。ちなみに今巻は1冊通じて、梅を使った様々な保存食が作られていくので、それもまた興味深い。

恋(?)のライバルが現れたり、大学で「友人」と呼べる存在ができたり、行きつけの手芸店の店員に誘われてハンドメイドバザー的なイベントに参加してみたり……と、これまでのコミュ障&引きこもりぶりを考えると信じられないくらい活動的になっている紬。しかしその裏には、竹善が「コロンブ」のおかげで有名になり、店が繁盛しているという事実がある。それは紬がずっと願っていたことであるのだから、紬も嬉しいはず――なのに、そうとばかり言えないのもまた事実。紬の世界が広がっていくのはもちろんいいことだし、竹善が有名になるのもいいことだし、けれどそのせいでバランスを欠いてしまったせいか――紬はついに、セドリックへの想いをぽろっと口に出してしまう。さて、これが吉と出るか凶と出るか……。


◇前巻→「谷中びんづめカフェ竹善2 春と桜のエトセトラ」


神戸で事務所を立ち上げるという葉二からのプロポーズを受け、大学卒業と共に神戸へ移り住むことを決めたまもり。双方の両親とも顔合わせを行い、葉二の引っ越しも終わり、次はまもりの就職活動が始まることに。しかし、ある会社の役員面接で婚約者のことを正直に告げたまもりは、あまりにも心無い対応をされてしまいショックを隠せない。しかもそれ以後、他の会社を受けてもなかなか内定をもらうまでに至らず……。

ベランダ菜園がきっかけで付き合い始めてはや3年(いつの間に!)。シリーズ8巻からは「神戸編」スタート!ということで、新生活を始めることになったふたりのその後が描かれていく。

葉二の方はデザイン事務所を立ち上げたばかりということで、忙しいのはまあわかっていたことだし、部下たちからも最初はいろいろと思われていたようだが(特に女性デザイナーの茜からは「いけすかないイケメン」的に思われていたりして・笑)、婚約者が絡むと面白いということが(主に勇魚のせいで)バレ始めると、あっさりウォッチ対象みたいになっているようなので、とりあえず問題なさげでなによりということでひとつ(笑)。

しかし問題なのはまもりの方。婚約についてはひと安心な流れだったのだが、就活の方では想像以上の暗雲が。確かに東京の大学にいるのに関西で就職しようとしていることや、婚約者がいるというようなことは、残念ながら現状の「就活」においてネックになるのだろうとは思っていたが、想像以上にダメージを受けてしまったまもりがなんとも可哀想。もちろん最終的にはなんとかなりはするのだが、理由は違えど就活で苦労したことのある身なので、他人事とは思えず胃が痛くなってきたりもして。

そんなこんなでとりあえず第1(結婚のお許し)および第2(就活)のハードルを切り抜けたまもり。あとは無事大学を卒業できるのか、そして今巻で危惧されていた「同棲が始まってもすれ違いになってしまうのでは問題」はどうなるのか、気になるところ。


◇前巻→「おいしいベランダ。返事は7日後のランチで聞かせて」


春が近付き、紬のもとにはまたしても母親から春野菜の詰め合わせが届くように。加工を依頼すべく「びんづめカフェ竹善」へと向かった紬だったが、そこで常連客から聞かされたのは、谷中銀座に飾られている「七福猫」のひとつが何者かに盗まれたというニュースだった。そんな折、武流が飼っていた黒猫「ネコ太朗」が行方不明に。武流のクラスメイト・相沢さんにも手伝ってもらい、迷子猫の貼り紙を貼って回ることになった紬。相沢さんも飼い猫が行方不明になっているため、他人事ではないのだという。そのさなか、紬はひとりの老婆が七福猫をカートに乗せて歩いているのを目撃し……。

コミュ障気味の女子大生・紬と、びんづめカフェを営む英国人・セドリックが、彼らの周りで起きる謎をゆるく解き明かしていくほのぼの(?)ストーリー、第2弾。

商店街に現れた猫泥棒の正体、ある老嬢がかつて飲んでいた「外国の甘い麦茶」の正体、寝込んだ虎太朗の部屋に紬がいた理由、そしてセドリックが育てている亡き妻の忘れ形見・武流とその祖父母の問題……「事件」というようなかっちりしたものではなく、あくまでも彼女たちが生活している中で湧き出てくる様々な問題が、セドリックが作り出したびんづめ保存食によって解決へと導かれていく。つまるところ起きているのは人間関係にまつわるあれこれであるからして、その人間が生きていく中で最も大切な「食べる」という行為がその解決に結びつくというのは不思議な事ではないのだろう。その「どこまでも幸せな世界」は、見ていてとても穏やかな気持ちになれる。ついでに言うと、紬をめぐる人間関係もなんとなく進展?しているような気がしないでもないので、今後の発展にも注目したい(笑)。


◇前巻→「谷中びんづめカフェ竹善 猫とジャムとあなたの話」


大学3年生の夏、それはつまり就職活動の開始時期。親友の湊は教職を目指しているというが、まもり本人はこれといってやりたいことが見つからず、ひとまず手当たり次第にインターンシップを受けてみることに。そんな中、あるシステム会社のインターンシップに参加したまもりは、面倒を見てくれた総務担当の女性社員の仕事ぶりを見て、自分のやりたいことを少しずつ掴み始めていく。一方、友人と共に起業を決めた葉二だったが、相手の家庭の事情により神戸に事務所を構えることになる。しかしまもりにそれを伝えることがどうしてもできず……。

ベランダ菜園を挟んで進む恋物語、シリーズ7巻。就活と起業、それぞれの転換点を迎えたことでふたりの関係がどうなるかが描かれてゆく。

葉二が関西方面に行くというのは前巻で決まっていたことではあるが、改めてそのことを突き付けられると「えっどうするの!?」とそればかりが気になって仕方ない。ということで、作者もあとがきに書いていた通り、今巻は葉二の心の動きがいつも以上に描かれており、彼がどれだけ仕事とまもりに対してそれぞれ真剣に考えているのかというのがよくわかる展開になっている。そして、どちらも大切だからこそ、どんどん余裕がなくなってしまうということも。以前からわかってはいたが、葉二は本当にまもりのことが好きなんだなあ……としみじみしてしまう。もちろんまもりも葉二のことが好きなんだろうけど、性別や年齢の違いもあり、その表現方法が全然違うというのも面白いのだが。

すれ違いはあったにせよ、とりあえず収まるところに収まったふたり。しかし葉二さん、気が早いぞ(笑)と言いたくなるラストがなんとも。そんなふたりの反応を見るにつけ、次巻も楽しみになってくる。


◇前巻→「おいしいベランダ。スミレと6粒のチョコレート」


ハンドクラフトが趣味のコミュ障気味な女子大生・鈴掛紬は、実家から送られてくる大量の野菜に困り果てていた。そのことで母親と口論になり、怒りのあまり野菜を捨てようとしていたその時、彼女に声をかけたのは、金髪碧眼の――しかし日本語が堪能な外国人男性だった。菱田セドリックと名乗るその男性は、こけて怪我をした紬を介抱してくれただけでなく、彼が営む店――「びんづめカフェ竹善」へ招き入れ、紬が捨てようとしていた玉ねぎであっという間にジャムを作ってしまうのだった。さらにその翌日、借りたハンカチを返しに行った紬に出されたのは、人参で作ったディップを挟んだサンドイッチ。紬はその美味しさに驚くばかりで……。

オレンジ文庫での新作は、下町・谷中で繰り広げられるお料理系人情ストーリー。富士見L文庫で刊行されている「おいしいベランダ。」シリーズはベランダ菜園とそこでとれる野菜を使った料理が魅力的だが、こちらは野菜や肉を保存食にしてしまうという、これまたちょっと毛色の変わった「お料理」もの。

「びんづめカフェ」を営むセドリック曰く「大量の食材でも、長期にわたって消費できるように加工する」「ひとつのソリューション」とのこと。その発想はあっても実行に移すのは難しそう……と思っていたのだが、セドリックは玉ねぎや人参といった野菜から、洋梨や栗といった果物系、さらには脂身の多い豚肉までもどんどん保存食にしてしまう。山のような野菜に困っていた紬は、魔法のようにセドリックが作り出す様々な保存食の虜になっていく。食生活が満たされれば他の部分も満ち足りるのか、それ以来、セドリックやその義理の息子・武流、ヤクザ顔なのに経産省キャリアというギャップが激しい虎太朗たちと関わり、さらに大学でも友人ができ……と、紬の日々は少しずつ変わり始めていく。そして、彼女の行動が周囲の人々をも動かしていくようになる。食べることというのは生きる上でも大切なことだし、コミュニケーションのとっかかりにもなるのだなと改めて感じさせられた。


マンションの改装も無事終わり、ベランダ菜園の復旧に勤しむまもりと葉二。そんな中、まもりは親友である湊から相談を受ける。彼氏である周が、サークルで映画の自主制作をしており、そのせいですれ違いが続いているのだという。嫉妬心に苦しむ湊のために悩むまもりだったが、一方で葉二の方にも仕事でトラブルが発生しているようで……。

成人式にバレンタイン、そして恋の悩みにと大忙し!なベランダ菜園ラブストーリー6巻。今回はまもりの親友・湊がクローズアップされる展開に。

映画が好きという共通点はあれど、湊の方は観る専門。ゆえに映画を作りたいという周を応援しようという気持ちはあるけれど、そのグループの一員である女子とやたら仲がいいというのは確かに悩みのタネではある。クリエイター側である葉二の意見は参考にならず――言いたいことはよくわかるしごもっともではあるが、湊の悩みに対しては全く意味を持たなかった――、ついには破局寸前までいくことに。そんな湊のためにまもりが作ったのは、バレンタインだからと勧められたスミレを使った砂糖漬け。それが功を奏したのかどうか――湊と周が選んだ新しい選択肢には思わず拍手してしまいたくなる。しかしその「新しい選択肢」という言葉が、今度はまもりと葉二にも影響してきそうな感じが。一難去ってまた一難……としか言えないラストシーンが気になって仕方ない。


◇前巻→「おいしいベランダ。マンション5階のお引っ越しディナー」


まもりたちの住むマンションが大規模修繕を行うという連絡が届く。そのためにはベランダにある私物をすべて撤去しなければならないという。まもりも葉二もベランダは菜園状態なので大ピンチといっていい状況。さらにそんな中、ダラスへ出向中だった従姉の涼子が突如帰国。しばらく共同生活を楽しむまもりだったが、やがて涼子が大きな問題を抱えていることが判明し……。

シリーズ5巻はサブタイトル通り「お引っ越し」がテーマ。あとがきによれば今巻が「第1部完!」という感じの内容になっているとのこと。

前半の「お引っ越し」はふたりのベランダ菜園。まもりの方はいくつかの植木鉢のみだったので、最低限に減らして室内に置いておくというのもアリではあるが、問題は葉二の方で、もちろん家に入れられる内容でも量でもないのでさあ大変。結局のところ、葉二姉の家に置かせてもらえることになりひと安心ではあるのだが、家庭菜園が使えなくなるうえ、工事のせいでマンションにいづらくなってしまい、外で待ち合わせての食事デートが増えるふたり。どちらかと言えばこちらが「普通」ではあるのだが、ふたりにとっては新鮮だというのがなんとも面白い。確かにコーヒーショップで待ち合わせるふたり、という光景はなかなか珍しい気がする(笑)。

そして後半の「お引っ越し」はまもり自身のこと。元々彼女がひとり暮らしをしているのは涼子が不在の間のみという話で、大学へは自宅からも十分通える距離だし、そもそもひとり暮らしには反対されていたということをほぼ忘れつつあった今日この頃。つまり涼子が戻ってくるとなれば、まもりのひとり暮らしも――そして葉二とのお隣さんライフも終わりとなってしまう。こちらもまあ一般的な恋人同士としては「普通」なことなのだが、これまでの距離の近さを考えると寂しいというか、「それはナシでしょ!」とつい言いたくなってしまう。

とはいえそういった「普通」の恋人同士のような状態を目の当たりにする中で、葉二がいかにまもりのことを大事に思っているか、というのがますますわかるのが今巻。特に終盤の独白の破壊力たるや(笑)。いつか来るであろうその日がこちらも待ち遠しくなってくる。言うまでもないだろうが、どうぞお幸せに……ということで。


◇前巻→「おいしいベランダ。午後4時の留守番フルーツティー」


仕事を辞め、東京で職を探そうと上京してきたものの、到着したその日に借りていたウイークリーマンションが火事となり、行先を失ってしまった26歳(元)OLの浅見桐子。頼れる友人もいない中、とっさに思い出したのは東京の大学に通っているはずの年下の幼馴染・佐倉井真也の存在だった。職と新居が見つかるまで置いてもらえることになった桐子だったが、父親同様立派な魚マニアに育っていた真也のアパートの室内には大型水槽が鎮座していたのだった。真也の魚にかける愛情や情熱に驚きつつも、一方で彼が魚料理が苦手だということを知り、克服のためあれこれ手を尽くす桐子。同居生活の中で少しずつ距離を縮めていくふたりだが、そんな中、かつての同僚と偶然再会した桐子の様子がおかしいことに真也は気付き……。

新作は「おいしいベランダ。」シリーズのスピンオフ。本編主人公・まもりの同級生&バイト仲間の佐倉井くんと、年上の幼馴染との恋物語となっている。ちなみに本編が野菜と食事がメインなのに対し、こちらのメインは魚と食事ということで。

桐子の身に起きた「事件」は、同じように職場で「先輩」として後輩の面倒を見ている立場としてはなんというか読んでいてとてもつらくなってくる(とはいえ同じ状況に陥ったわけではないが・笑)。だからその「事件」を真也に白状するまでの桐子のおかしな心の動きを思い出すと、そういうことか……とますます心が痛む。しかしそんな彼女がぎりぎりのところで留まれたのは真也がいたから。きっと彼と再会せず、ひとり暮らしを初めて新しい職に就いていたら、きっと彼女はどこかで潰れてしまっていたのだろう、と思う。見栄なのかもしれないが、年下の幼馴染という「これまで面倒をみてきた相手」がいたからこそ取り繕って平静を保つことができたのだろうし、そして一方ですべてをさらけ出すことができたのだろう、とも。とても優しい恋物語だった。


夏を目前に控え、新たな鉢植えを増やしたりバーゲンで散財したりしたうえ、バイト先の本屋が閉店してしまうということで家計が大ピンチのまもり。なんとか池袋にある古書店でのバイトが決まったものの、同級生の佐倉井もそこで働いていたのだった。以前思いを寄せられていたものの、すでに終わった話と割り切っていたまもりはそのことを葉二に伝えてはいなかったのだが、ふたりが働いている姿を葉二がたまたま目撃。なぜ佐倉井の存在を隠していたのか、と葉二から文句を言われて以降、ふたりの仲はぎくしゃくしてしまい……。

園芸ライフと共に進展するラブストーリー、シリーズ4巻は夏のお話。そこはかとなくすれ違ったり喧嘩したり、かと思えばバカンスを楽しんだりということで。

今回のハイライトはやっぱり、佐倉井くんをめぐってのふたりの喧嘩(といっていいのかなあれは……)。まもりにとって佐倉井の存在は「同級生」なのだが、葉二にとってはいわば「すぐそこに迫る脅威」なので(まもりが酔い潰れている間に宣戦布告をしていたという過去あり)、ふたりが同じ店でバイトしていて、しかもそれをまもりが言わなかったというのは不安要素に他ならないわけで。「気にしてない」と言いつつどう見ても気にしている葉二がかわいい……と思う反面、葉二がまもりのことをちゃんと好きなのだということがわかるエピソードでつい頬が緩んでしまうのはご愛敬。

それともうひとつ大きな転機となりそうだったのが、葉二の仕事関係のエピソード。元同僚からの誘いに対する葉二の答えからもまた、まもりのことをどれだけ大事に思っているかというのがよくわかる。それを聞いたまもりが、自分が葉二にとっての「普通」になっているということに喜びを見せる。「特別」ではなく、「普通」だからこそずっとそばにいられるという、それはとても素敵な関係だと思った。


◇前巻→「おいしいベランダ。3月の桜を待つテーブル」


帰宅途中に交通事故死したはずのOL・市ノ瀬桜は、目覚めるとなぜか、階段から落ちて大怪我を負った女子高生・円城咲良の身体に乗り移っていた。本来の持ち主が行方不明(?)のまま、桜は「咲良」として彼女の高校生活に復帰することに。スマホは壊れていて中身が見られず、自室はとにかく没個性的で、彼女がどのような人物なのかまったくわからないままの桜だったが、なんとクラス担任は高校時代の同級生だった鹿山守。桜はこれまでの経緯を鹿山に打ち明けて協力を求めるものの、鹿山もそれほど「咲良」についての情報は持っていないようだった。さらに日々女子高生生活を送る中で、どうやら「咲良」はクラス内で孤立していたことがわかり……。

仕事に疲れたOLが女子高生に乗り移ったことで、それぞれの抱える問題を解きほぐしてゆく青春ミステリ長編。

最初は「いつか咲良に返す身体なのだから」とおとなしくしていた桜だったが、咲良の置かれている環境があまりにも彼女の性に合っていなかったことで方針転換。髪を染めて短く切り、スカート丈も詰め、彼女の陰口をたたくクラスメイトを平手打ち。元々彼女に好意的だった他のクラスメイトたちとは進んで交流を深め、勉強も頑張り……とどんどん女子高生ライフをエンジョイしはじめる桜。生前の桜はブラック企業から転職したものの、新たな職場もブラック気味で疲れ果てていた状態なので、こんなふうにやりたい放題(というほど野放図な感じでもないが)やっている姿を見るとスカッとさせられる。しかしそんな彼女に鹿山は冷や水を浴びせるのだ――成仏することを諦め、本物の「咲良」を探す気がなくなっているのではないか、と。

やがて明らかになる「咲良」の想い、そして高校時代に桜と鹿山とすれ違うきっかけとなった夏祭りの真相。ところどころ空白をさらしていたパズルのピースが少しずつ埋まってゆく。完成したその絵を前に「めでたしめでたし」と締めて、晴れてハッピーエンド……というは言い切れないのかもしれないが、しかしこれでよかったのだ、とも思う。咲良がこの先どうなっていくのか。叶うならば見てみたい。


12月になり、慌ただしい中でちょっとしたすれ違いなども経験しつつ、順調にお付き合いを続けていたまもりと葉二。しかし恋人同士になって初めてのクリスマスを迎えようとしていたふたりの前に現れたのは、まもりの弟であるユウキだった。受験生であるユウキはどうやら最近成績が下がり気味らしく、ノイローゼになって家出してきたのだという。「お隣の亜潟さん」の正体がバレて慌てつつも、まもりはユウキを泊めてやることに。すると翌日、まもりがバイトで不在の間に、葉二はユウキを昼食に誘い……。

園芸ライフが運ぶラブストーリー、シリーズ第3弾は年末年始編。ついに葉二の存在が実家にバレてさあ大変!の巻。

元々ひとり暮らしを反対されていたこともあり、「お隣の亜潟さん」を頼れる年上の女性として実家に伝えていたまもり。しかし弟、ついでは母親の襲来により、ついにお隣さんが30代男性でしかもお付き合いしていることまでバレてしまいまもり大ピンチ、ということで。交際どころかひとり暮らしまで禁止されそうになっていたまもりだったが、そんな彼女を救ったのはもちろん葉二。完璧に猫をかぶっている状態ではあるが(笑)、それでも大人の男性として真摯に対応し、まもりへの本気度をアピールする姿にはまもりじゃなくてもきゅんとさせられる。

ということで今回、葉二がまもりに対して本気の本気ということがよくわかるエピソードに。実家襲来編の前にあったふたりのすれ違いエピソード(葉二が涼子の容姿を褒めたりまもりと比べたりしたせいでまもりの地雷爆発事件)の顛末も本当にニヤけが止まらない流れで本当にもうどうしたらいいか……としか言えなくなってくる。まもり両親の許可もとりあえず得られたことだし、今後のふたりの関係にますます期待。


◇前巻→「おいしいベランダ。2人の相性とトマトシチュー」


いつものようにベランダ野菜で食事中、葉二から出張中の水やりを頼まれたまもり。ふたつ返事でそれを引き受けるまもりだったが、その流れで葉二が口にしたのは「この際だから付き合うか」というまさかの告白だった。そんな感じで晴れて(?)恋人となったふたりだったが、その矢先から葉二の仕事が立て込み始め、すれ違いが続くように。ある時、ふと口にした言葉が葉二を困らせたことに気付いたまもりは、自分への自信のなさも相まって、葉二に連絡をとることもできなくなって……。

園芸ライフがつなぐラブストーリー、待ってましたの2巻。今回はお付き合いすることになったふたりのその後が、ベランダ菜園の変化と共に描かれてゆく。

あまりにも色気がなさすぎる告白からスタートしたふたりの関係。最初は浮足立ち、戸惑うまもりの姿が初々しいやら微笑ましいやら。やがて社会人と学生という立場や生活サイクルの違いからすれ違いが始まってしまうのだが、相手のことを思うあまり自分から引いてしまうまもりの健気さ、そして一方で葉二がまもりのことを実際どう思っているかが明かされる終盤の流れはもうなんというか非常に私好みの展開でたまらない。

もちろん葉二の沼すぎる園芸ライフや魅力的なお食事シーンは健在で、まもりが買った薔薇を葉二が狙ったり(ジャムを作りたいらしい)、実は葉二が生トマト嫌いなことが判明したり(わかる)と、ふたりの日常も楽しいばかり。最初の危機を乗り越えたふたりが今後どうなるのか――本人も自覚があるようだし、まもり以外の周囲の面々も薄々気づいているようだが、わりと葉二はまもりのことを「かまい」倒したいようだし――ぜひもっと見てみたい。


◇前巻→「おいしいベランダ。午前1時のお隣ごはん」


猫崎ユヅル――愛称「ネコル」はある日の放課後、ツノ付きのヘッドギアのようなものを被った少女に襲われてしまう――正確に言うと追いかけられ、道端にあるごみ箱やらベンチやらを素手で投げつけられ、挙句の果てに逃げきれず川に転落。ほうほうの体で帰宅し、翌日学校に向かったネコルは困惑を隠せないでいた。なぜなら昨日彼に襲いかかってきた少女が「度会ヒカリ」と名乗り、転校生として彼のクラスにやってきたからだった。しかも彼女は自分を「都市型作戦兵器」、すなわちロボットだと言い出し、そのように振る舞う始末。以後も不審な気配を察知するたびにそれを排除しようと物を投げつけるヒカリに対し、ネコルは全力でそれを阻止するという日々が続くように。しかしそんなある日、幼なじみの凪がとんでもないことをネコルに告げるのだった――いわくヒカリは、かつて「妖怪赤屋敷」と呼ばれていた謎の家でふたりが出会った少女「ぴーちゃん」ではないのか、と……。

御伽草子の「鉢かつぎ姫」をモチーフにした、ちょっと奇妙なボーイ・ミーツ・ガール長編。

とにもかくにも自称ロボットなヒカリに振り回され続けるネコル。果たして彼女は本当にロボットなのか……というのはとりあえず置いておくとして、ヒカリと「ぴーちゃん」――幼い頃のネコルが助けたくて、しかし助けることができなかった少女――と同一人物かもしれない、ということが判明してから、物語は一気に動き出し、そしてそれなりに穏やかだったはずの日常はあっけなく崩れてしまうのだ。こういった些細な日常の齟齬から生まれる破局、そしてその修復という展開が本当にうまい作家だとしみじみ思う。そのくらい今回もネコルとヒカリの関係の変化が丁寧に描かれていた。特にストレートすぎる告白シーンが個人的にはとても好み。そのひとことが、彼女の殻を完膚なきまでに叩き割ってしまうという、その結末も。

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