phantasmagoria

読んだ本のこと、それ以上に買った本のこと、ときどきライブのことを書き散らかしてみたりする。

カテゴリ: 小川一水


小国ディメに生まれた第6王子のアリスマは枯れ枝のような体つきに醜悪な容貌の少年だったが、数字に対する興味には並々ならぬものがあり、その数学的才能を幼い頃から開花させてゆくも、ディメでは数学はおろか数を数えることすら重要視していなかったのだった。国政に関わることもできず、大国フィラスの姫君との縁談もその容貌のため破談となったアリスマ王子だったが、南のエンギル王国が攻め入り、兄王子たちが戦死していく中で、指揮権を得てから40日後にエンギルを撃退。これを可能にしたのが、アリスマ王子が考案した「算廠」と呼ばれる巨大計算機関だった。ディメの国王となったアリスマは算廠を用いて国をどんどん拡大してゆく。その傍らに常に侍っていたのは、星の光が凝ってできた美しい従者だった……。(「アリスマ王の愛した魔物」)

ハヤカワでの久々の短編集は、2010〜2012年に発表された4本に、書き下ろし1本を収録。

一番好みだったのは、数学的おとぎ話といった趣の表題作。性別どころか出自すら不詳の美しき従者と、その容貌あるいは立場ゆえに孤独をかこつアリスマとの間にあったものは一体何だったのか――ひとつ言えることは、従者は間違いなくアリスマにとって唯一無二にして最高の理解者であり、従者がいたからこそアリスマは生きていけたのだろうけど、それではこの「従者」とは?というオチがいい。利用していたのは、あるいはされていたのは、一体どちらだったのだろうか――答えはきっと「お互い様」なんだろうな、と。

もうひとつ、いいなと思ったのは「星のみなとのオペレーター」。大嶋啓之という作曲家とのコラボレーションCD「星海のアーキペラゴ」に収録されたという、なかなか変わった経緯で発表された作品。小惑星イダの宇宙港でオペレーターとなった筒見すみれが、ひょんなことから異星人とのファースト・コンタクトを果たすという展開なのだが、SF要素たっぷりなのに雰囲気はお仕事もの、という作者お得意の作風がぴったりとハマっていて楽しい。コンちゃんがかわいいし、その正体にはびっくり。


セレス地表で様々な真実を知ったカドムたちはメニー・メニー・シープへと帰還し、エランカのもとへ向かう。《救世群》との戦闘を繰り返しつつ、今後の統治について考え始めているエランカに、カドムは外敵の存在と《救世群》との和解の必要性を説くことに。エランカの協力を取り付けたカドムは新政府軍の拠点や町を回って様子を見つつ、一度《救世群》に占拠されながらも奪還に成功した都市ニジニーマルゲリスクへと向かい、医師として働きつつ《救世群》に接触する方法を考えていた。一方、イサリはカドムたちと死に別れたふりをして《救世群》にわざと捕らえられ、ハニカムへと戻ることに成功。その後、閉じ込められた部屋から抜け出したイサリが遭遇したのは、雄のカルミアンであるサバイブドだった。真なる女王を探しているというサバイブドと共に、イサリはハニカム内に点在する《救世群》たちの集団に接触していくが……。

シリーズ9−2巻。セレス内外の「現状」を知ったカドムたちが、それぞれの仲間たちを説き伏せるべく動き始めるという展開に。

カルミアンの母星とセレスが急接近していること、ミヒルたちがその母星と戦っていること、地球艦隊がセレス目指して接近していること。そして《救世群》の正体――病と「硬殻化」の両方を治す方法がそれぞれ存在するということ。本当に一握りの人々しか知らなかったことを知ってしまったカドムたちは、すべてをひっくり返すために動き始める。それが伝わりさえすれば通じるような簡単なことでないことはもちろん承知の上で、それでも彼らは最善の方策を取るべく動き始めるのだ。望みを捨てず最後まで抗い続けようとする彼らのおかげで、とりあえず今巻では光がさしたかのように思える。しかし物語はまだ終わりではなく、最後の10巻(冊数未定)がこの先に待ち受けている――カルミアンに敵対している可能性のある新たな勢力も登場した(ここにきて!)。新政府軍と《救世群》、そして地球艦隊との共闘は進みつつあるが、互いに諸手を挙げて協調できる条件がそろっているわけでもない。そんな中でラゴスは何を視るのか――あるいは、「ヒト」はどこへ向かってゆくのか。今から続刊が気になって仕方ない。


◇前巻→「天冥の標9 ヒトであるヒトとないヒトと PART1」


避難民たちの争いを聞きつけて現場にやってきたカンミアのクレヴ――リリーは、羊飼いの少年がたったひとりでその争いを収めたことを知る。ゴフリと名乗るその少年がダダーとコンタクトを取れていることを知ったリリーは、ダダーの情報を得るため、冥王斑の薬を調達したいというゴフリにカンミアたちの地下通路を使わせることを決める。一方、ミヒルたちによる襲撃後、《救世群》に拉致されていた《恋人たち》のゲルトールトは、そこでスダカと名乗る男と出会う。彼はかつて、ミヒルの元からイサリを外へ逃がした張本人でもあった。スダカの立場を知り、また《救世群》が本拠としているこの場所がかつてのハニカムであることに気付いたゲルトールトは、彼を利用しながら脱出の機会をうかがっていたが……。

本編9巻、前編。今回は章ごとに視点が切り替わり、いくつもの対立構造を軸に様々な場所・人物の現状が描かれてゆく。

ゲルトールトは《救世群》の本拠地でその内部を探り、カドムたちは外界――かつての太陽系からやってきたという「星連軍」の偵察部隊である2人組・ルッツとアッシュ、さらに死んだはずのアクリラに遭遇する。リリーは本星の「女王」との通信に成功し、これから自分たちがなすべき指標を定める。そして宇宙のある場所でセレス側と星連軍側のダダーの副意識流同士が出会い、情報共有を果たす。逼迫した自体は相変わらずだが、その対立構造は新たな情報が入り込みめまぐるしく変化してゆく。特に気になるのは、ミヒルが明らかにした《救世群》の真の狙い、リリーが本星から得た情報、そしてふたつの副意識流の情報共有で明らかになった新たな勢力の存在。事態は植民地に住む人間と《救世群》のみの対立には当然留まらないし、フィールドもセレスのみならず宇宙全体へ広がろうとしている。もうすでに全10巻(予定)中の9巻だというのに、このボリューム、この展開。読めば読むほど脱帽するしかない。

そしてもうひとつ、注目したいのがカドムをめぐる恋模様(?)。イサリがカドムに恋心を抱いていること、そしてカドムがそれを受け入れようとしていることはすでに明かされていたが、ここにきて再登場したのがアクリラ。元よりカドムに好意を抱いていたアクリラは、このたびイサリにそれを示し、やがてカドムもその想いを知ることとなる。元より《海の一統》の家族形態の多様さを生まれた時から自然なものとして受け入れていたカドムだからこそ、この三角関係が成立したのだと言えるし、倫理兵器たちとの問答でのあの発言となったのだろう。と同時にこのカドムの信条は、おそらくこの物語が根底の部分で孕み続けてきた問題を示しているのかもしれない。多様性を受け入れるという、当たり前の、しかし限りなく難しい命題を。


◇前巻→ 「天冥の標8 ジャイアント・アーク PART2」

天冥の標VIII  ジャイアント・アーク PART2 (ハヤカワ文庫JA)天冥の標VIII ジャイアント・アーク PART2 (ハヤカワ文庫JA)
小川 一水

早川書房 2014-12-19
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瀕死の状態だったはずのアクリラが目覚めると、そこはどこかの部屋で、目の前にはカヨがいた。カヨはアクリラに食事を供しながら、カヨ自身のこれまでのことを語り始める――それは拡大し続けることで生存を確保する存在・オムニフロラの歴史そのものだった。一方、メニー・メニー・シープでは街中の電気が落ちていた。重傷を負ったセアキはラゴスやイサリと共に身を隠していたが、ラゴスの提案でこの惑星自体の探索に出ることになる。どうやらラゴスの失われた記憶の中に、現状――《恋人たち》や咀嚼者、カルミアンたちとの関係の真相が隠れているらしい。ふたりはイサリやオシアン、マユキ、そしてユレインとメーヌを伴い、植民地の「上」へと昇っていくことに。そんなカドムたちとは対照的に、エランカは信頼に足る政治家たちを集めて新政府を作り、咀嚼者への対抗と、残された人類たちの安全確保のために動き出す。これまでばらばらだった各市と連携を取り、現状を把握しようとするエランカだったが、彼女のもとに届く報せはとてもいいものばかりではなく……。

シリーズ8巻、後編。これまでの物語の語り直しとなっていた前編から一転し、今巻は再び物語が動き始める。

冒頭にて語られたのは、1巻で遭難し、瀕死になったかと思われたアクリラの現状。怪我もなく生きていてほっとひと安心したのも束の間、そのアクリラに向かってカヨが語った内容には、アクリラ同様にこちらも愕然とさせられるものだった。カヨの正体、そしてアクリラが生きていた理由――しかしその後でアクリラがとった行動には希望が持てそう。今巻ではまだカドムたちの元に戻ることはできていないが、そしてこのアクリラが本当の「アクリラ・アウレーリア」であると言えるかどうかという懸念はさておき、物語への復帰が期待される。

そんなアクリラの現状とは打って変わり、カドムたち、そしてエランカたちの現状はなんというかもう文字通り「お先真っ暗」としか言いようがない。けれどカドムたちが「上」へと向かい、「惑星ハーブC」もとい「準惑星セレス」の過去を暴いていく展開は、まるでこちらがこれまで読んできた物語のピースがどんどん嵌めこまれてゆくようで、その先に希望が見えてこなくても、なんとなく奇妙な達成感が。しかし、ここで不気味なのは、まったく姿を見せない咀嚼者の上層部――ミヒルたち。時折町を襲ってはみるものの、組織だった行動をとっていないように見える咀嚼者たちだが、いったい何の狙いがあるのか――そのあたりがまったく見えてこないため、不安は募るばかり。とまれ、やっぱり次巻が待ち遠しいとしか言いようがないということで。


◇前巻→「天冥の標8 ジャイアント・アーク PART1」

こちら、郵政省特別配達課(2) (新潮文庫)こちら、郵政省特別配達課(2) (新潮文庫)
小川 一水

新潮社 2014-10-28
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東京都心部の地下郵送網として稼働し、成功した「L-NET」。政府はこれを全国的に展開させた「G-NET」の着工を進めようとしていた。コンピューター制御による郵送システムは時間短縮等多くの利点が見込めるが、同時に郵便局員の大幅な人員削減にも繋がる。殊に鳳一や美鳥が所属する特配課は真っ先に潰されてしまうことが目に見えていた。そしてその予想通り、上層部は特配課の業務停止命令を下す。人から人へ直接、迅速かつ正確に郵便物を運ぶことをモットーとする特配課職員たちは、機材ごと逃走。以降、鳳一たちは民間宅配業者たちと手を組み、試験運転するG-NETに対抗するように配達業務を続けるが……。

2巻には1巻の続編となる長編「追伸、こちら特配課」に、2011年3月の三陸を舞台とする書き下ろし短編「暁のリエゾン」を収録。新たな近代的郵便配達システム「G-NET」と、あくまでも人から人への配達を理想とする鳳一たちの攻防が描かれてゆく。

いきなり公道カーレースの描写からスタートしたかと思えば、郵政省内部からやがて政府全体へと広がってゆく政治的攻防、さらには京都での配達レース、そして最後は冬の雪山で郵便配達……と、もはや郵便とは、と言いたくなるくらいのスケールの大きさでストーリーは展開されてゆく。けれどやっぱり、鳳一や美鳥の願いは自分の手で、待つ人の元へ手紙を届けるという、ただそれだけのこと。上層部の思惑も、鳳一たちの考えも、どちらも間違いではないけれど、どちらかが正解ということでももちろんない。受け取る側としては、早く正確に届けばそれにこしたことはない。最初のうちはただの意地の張り合いのようだった双方が次第に「郵便」の本質に触れてゆく展開、そしてそれぞれが選んだ結末は、やりきれない部分も多少はあれど、おおむねすっきり。ついでに言うと鳳一と美鳥の関係にもすっきり(笑)。


◇前巻→「こちら、郵政省特別配達課1」

こちら、郵政省特別配達課(1) (新潮文庫)こちら、郵政省特別配達課(1) (新潮文庫)
小川 一水

新潮社 2014-10-28
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地方で郵便配達員をしていた八橋鳳一は、恩師の誘いで上京し、郵政省で働くことに。晴れてエリート公務員に!と意気込んでいたのも束の間、彼が配属されたのは郵政局特別配達課――普通では送れないような特殊郵便のみを配達するという部署だった。配属早々、上司となった女性・桜田美鳥によって現場へ連れて行かれた鳳一が目にしたのは、40万円の切手が張られた木造の民家を運び出そうとしている状況で……。(第一話「郵便配達はサイレンを鳴らす」)

ソノラマ文庫・ソノラマノベルスから刊行されていた同名小説が新潮文庫nexにて復刊。
民間の宅配便に負けじと郵政省が始めた特殊郵便配達サービス。これを担う「特別配達課」を舞台に、様々な郵便物をとにかく迅速かつ確実に届けるため尽力する人々の姿を描くお仕事小説。

とはいえ、「お仕事小説」というカテゴリーに入れてもいいのかどうか、と悩んでしまうくらい、特配に持ち込まれる郵便物は変わり種ばかりだし、それを運ぶ手段も破天荒すぎる方法ばかり。この1巻では日本家屋にはじまり、競走馬、プルトニウム、そしてフランスから空輸したワクチンと、突拍子もないようなものばかり。そしてそれらを運ぶため使われる手段も、真っ赤なスーパーカー(ちゃんとルーフには〒マークが書かれている)だの最新鋭のハシゴ車だの特殊新幹線だのと、通常ではありえないような方法ばかり。しかも車を走らせればスピード違反しまくりだし(良い子は真似してはいけません・笑)。

そんな無茶振りすぎるシチュエーションもさることながら、そんな仕事をやってのける鳳一と美鳥のでこぼこコンビもまたすごい。初対面でこそ反発していたものの、郵便配達にかけるる情熱はふたりとも同じ。次第に息の合ったコンビぶりを見せてくれるふたりの掛け合いも楽しい。さらにそんな採算度外視の特配に、なにかしら上層部から魔の手が忍び寄っている模様。仕事に私情をはさむなというお偉いさんの言葉に、この仕事そのものが私情に基づいているようなもの、と美鳥は反発していたが、果たして彼女たちはこのスタンスを貫き続けることができるのだろうか。

天冥の標VIII ジャイアント・アークPART1 (ハヤカワ文庫 JA オ 6-22)天冥の標VIII ジャイアント・アークPART1 (ハヤカワ文庫 JA オ 6-22)
小川一水

早川書房 2014-05-23
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意識を取り戻した《救世群》のイサリだったが、ここがどこで、今がいつなのか、そして世界がどうなっているのか、まったくわからないまま妹のミヒルと対面させられる。自分たち以外を敵とみなし、戦いを続けるつもりのミヒルには、イサリの訴え――人間たちに歩み寄るべきだという言葉は全く届かず、どころか嘲笑される始末。そんなイサリに、彼女を監視していたシトーと名乗る男は協力を呼び掛ける。いわく、ここがセレスの南極であり、この惑星のどこかでまだ人間が生きているはずだと。人間たちと接触しようと考える一派に加わることを決めたイサリだったが、ミヒルたち《救世群》上層部にそのことがばれ、武辺に襲撃されてしまう。やがて逃げのびたイサリがたどり着いたのは、シトーの言っていた通り、生きた人間たちが築いた街だった。セナーセーと呼ばれるそこでは《救世群》の存在がまったく知られていないこと、そして今が、イサリが意識を失ってからゆうに300年は経過しているということを知り……。

シリーズ8巻、前篇となる今巻では、アイネイアを助けた後のイサリや、《恋人たち》ラゴスの視点から、再び1巻「メニー・メニー・シープ」の内容が語り直されていく。

1巻でカドムやアクリラの前に現れ、やがて姿を消したかと思えば、後に捕らえられたカドムを救っていきなり告白して軟禁し、ようやく解放したかと思えば他の《救世群》――ミヒルたち――との戦闘のさなかに再び駆け付けて……というように、人間側から見るといまいち狙いのはっきりしない行動を取っていたイサリ。しかしこれまでのエピソード、そして今巻とを合わせて初めて、イサリの目的、そして彼女が知ってしまった「真実」の輪郭がはっきり見えてくるという仕組みになっている。まさに本シリーズの裏面、ないしは解答編といったところ。

《救世群》の内部の状況、そして人間――とりわけカドムたちからは見えない領主側の行動をつぶさに観察し、なおかつノルルスカインと接触したことによって、イサリは現状のすべてをほぼ把握していたと思われる。そこで得た絶望感はいかほどのものか――いくらカドムたちを助けたいと思っていても、《救世群》であるイサリではそれを訴えて信じてもらうに足る信頼を持っていないし、持つこともできない(そもそも言葉がうまく通じない)という状況。それはそのまま、ノルルスカインの言葉にも重なってくる。すべて分かっているのであれば助けてやればいいのに、というような感想を抱いたイサリに対し、ノルルスカインはそれはできないと答える。自分たちの預かり知らぬところでノルルスカインが脅威を取り除いたとしても、それは人間たちのためにはならない。自分たちで解決できなければ、いずれ自ら滅びの道をたどることは目に見えているのだと。ヒントを与えることはできても、見守ることしかできない。実のところ、ふたりはよく似ているのかもしれない――すべてわかっているがゆえの無力感。けれどそうやって人類を見守る存在となったノルルスカインとは反対に、イサリは最後の最後まであがき続ける。彼女の行動が吉と出るか凶と出るか、それはまだ誰にも分からない。

そんな感じで1巻の内容が語り直され、そしてその後もわずかに描かれてゆく。イサリをかばったカドムの命は、行方をくらましたラゴスたちの行き先は、そして瀕死のアクリラの前に現れたカヨの告げた言葉が意味するものとは――9月刊行予定の後篇が楽しみでならない。


◇前巻→「天冥の標7 新世界ハーブC」

天冥の標VII 新世界ハーブC (ハヤカワ文庫JA)天冥の標VII 新世界ハーブC (ハヤカワ文庫JA)
小川 一水

早川書房 2013-12-19
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《救世群》との戦闘の末、アイネイアはセレスへと不時着する。ジニ号とシェパード号の乗員で生き残っていたのは恋人のミゲラ、《酸素いらず》のオラニエと、ロゴスを含むわずかな《恋人たち》のみだった。重傷を負っているオラニエをカヨに任せ、アイネイアとミゲラはシティにいるはずのスカウト仲間たちに通信を送る。果たして判明したのは、シティの地下施設「ブラックチェンバー」にスカウト仲間を含めて子供たちばかりが避難しているという事実だった。チェンバーに向かったアイネイアたちだったが、やがてチェンバー外部を守っていた大人たちが戦死し、子供たちだけが残されるという状況になってしまう。明らかにチェンバーの収容人数を越える数の子供たちを前に、アイネイアたちスカウトは生き延びるため統率を取ろうと動き始めるが……。

7巻は6巻の実質的な続編。人類と《救世群》との戦闘の末、アイネイアたちに何が起こったかが語られてゆく。

地下施設に収容されていたのは子供たちばかりで、そのうえどう見積もっても施設の収容人数をはるかに越えた人数。外界の状況はまったく分からず、どころか救いを求める通信など送ろうものなら、外の何者か――それは《救世群》かもしれないし、あるいは同じ人類かもしれない――に攻撃される可能性が高いということで、文字通りの八方塞がりな状況。ハンをリーダーとするスカウト・ストリックス班のメンバーたちは、どうにかして秩序と統率を取ろうと試行錯誤を繰り返す。

いかにスカウトとしての経験があろうと、結局のところアイネイアたちだって未成年であり、子供である。まあこれは大人がいたからと言ってどうこうできるものでもなかったのかもしれないが、しかし圧倒的に知識と経験が不足している彼らにとっては荷の重すぎる状況だった。だから彼らの行動が正しいとも間違いとも言えないし、どうすべきだったかなんて誰にもわからない。けれど子供たちによる「建国」は紆余曲折を経てなんとか成功していた。

――かのように見えた。
しかし、水面下では彼らの努力を水泡に帰すかのような事態が進行しているようにも見える。結局のところ、メララが連れてきたノルルスカインと、《救世群》を掌握しているミスチフとの闘争が彼らにこの状況を強いる遠因となっているのがやっぱりやるせない。それに今巻、《救世群》側の動きがほとんど見えてこないのも気になるところ。

というわけで、今巻では1巻の舞台となった植民地「メニー・メニー・シープ」の成立までが描かれてゆくのだが、同時に当時から彼らが抱えていた謎が再び提起されていく。すなわち、サンドラがミゲラとの討論で示した「メニー・メニー・シープ」を支える電力源の正体は何なのかということ。そしてなぜ、たったひとりの人間――1巻でいうユレイン3世――が、この植民地の電気系統を掌握するに至ったのかということも。次巻はどのような展開になるのだろうか。そしてシリーズ全体としてはあと3エピソードを残すのみなのだが、一体どのような着地点を見ることになるのだろうか。


◇前巻→「天冥の標6 宿怨 PART3」

コロロギ岳から木星トロヤへ (ハヤカワ文庫JA)コロロギ岳から木星トロヤへ (ハヤカワ文庫JA)
小川 一水

早川書房 2013-03-29
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2231年、木星トロヤ群の小惑星アキレス。ヴェスタ人との戦争に敗れたトロヤ人はその支配下に置かれ、屈辱的な日々を送っていた。バイト先でヴェスタ人ともめてクビになってしまったトロヤ人の少年・リュセージは、友人のワランキと共に、祖父が乗っていたとされ、今は放置されている宇宙戦艦の中に入りこむ。だがちょっとした事故でふたりは中に閉じ込められてしまった。外に出る手段もなく、助けも期待できないうえ、放射線に満ちている艦内で、それでもふたりはなんとか脱出手段を探ろうとする。その一方――2014年、北アルプス・コロロギ岳の山頂観測所。太陽観測に従事する天文学者・岳樺百葉は、観測所で謎の震動に見舞われる。驚いた百葉が見たのは、観測所が誇る大型望遠鏡をへし折り横たわる奇妙な存在だった。「カイアク」と名乗るそれは、自分の概念と現在の状況を百葉に語る。そして自分の尾がここから217年先の未来の木星トロヤ群あたりでひっかかっているため、これをどうにかしないと百葉たちのいる世界を破壊してしまうのだと告げて……。

「天冥の標」が面白いけどあまりにもいたたまれない人のための小休止(?)ということで書き下ろされた新作は、2014年の地球と2231年の木星が繋がる時間SF中編。
方向性のまったく定まっていない無限の時間、あるいは空間の中を泳ぐカイアクは、その流れの中にたくさん存在する「楔」のひとつにひっかかってしまうのだが、それが過去と未来の2か所にまたがってひっかかったものだからさあ大変。未来側(2231年)のひっかかりの側にいたのが、宇宙戦艦内に閉じ込められたリュセージとワランキ。そして過去側(2014年)の側にいたのは百葉だった。未来のふたりを救うことがカイアクのひっかかりを外すことになるということで、百葉は奮闘することになる。

カイアクの「未来予知」に基づいて、百葉はふたりが必要になりそうな道具を未来に送るなどの、未来を変える――書き換える作業に頭を悩ませることに。この行為はタイムパラドックスの類になるのでは?と思いつつも、そもそもカイアクが百葉たちの世界にひっかかってしまうことが「起こりうる未来」でなかったのであれば、この事態を解決するための歴史の改変はそれにあたらないのかも、とか思ったりして、こちらもいろいろとこんがらがってくるのだが、まあそれでも百葉やリュセージたちが迎えるラストにはとりあえずよかったね、の一言。あとついでに言うと、未来のふたりが過去に向けて送った暗号を解く手助けをしてくれる研究者・煌海と百葉が未来の少年ふたりを腐女子的に想像するやりとりがなんとも面白かった。

天冥の標 6 宿怨 PART3 (ハヤカワ文庫JA)天冥の標 6 宿怨 PART3 (ハヤカワ文庫JA)
小川一水

早川書房 2013-01-25
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西暦2502年、カルミアンによって硬殻化を行った《救世群》は人類に対して宣戦布告。原種冥王斑を各地にばらまきつつ進軍し、人類はなすすべもなく敗れ続けていた。だがそんな中、カルミアンはヤヒロ一族を除いた《救世群》から生殖能力を奪ったことを告げる。ロサリオたち上層部は混乱を避けるためそれを隠すが、激昂したオガシは仲間である《酸素いらず》たちを殺すという凶暴性をあらわにする。そんな《救世群》の前に現れたのはドロテア・ワット。その火力で《救世群》を圧倒するドロテアだったが、フェオドールに導かれてそれを動かしていたのは、瀬秋樹野の血を引く少年・アイネイアだった。敵がかつて知り合った《救世群》の少女・イサリの家族でもあることを知るアイネイアは苦悩しつつも、人類のために戦闘を続ける。一方その頃、惑星パラスに《救世群》の集団がやってきた。パラス総督と名乗るシュタンドーレたち《救世群》の戦闘力を見せつけられてなすすべもない市民たちだったが、パナストロ政府の商務大臣であるブレイド・ヴァンディは《救世群》たちとの共生を密かに見据えて立ち上がり……。

6巻「宿怨」編もこれにてついに完結。
《救世群》の猛攻に抗すべく戦う人類たち――その戦いとして、ふたつのエピソードが進められてゆく。ひとつは最前線、そしてもうひとつは惑星パラスで。
カルミアンのテクノロジーによって想像を絶する能力を手に入れた《救世群》は、破竹の勢いで進軍を続けてゆく。ロイズのシステムフリートですら彼らを止めるどころか逆に接収・掌握されるうえ、そのあちこちの惑星に冥王斑のウイルスがばらまかれ発症者が増えてゆくが、人類にはその手段がまったくわからないでいた。そんな中で人類を救ったのはドロテアと、それを操るアイネイアとフェオドール。そうやって一時はぎりぎりまで《救世群》を追い詰めていった人類側だが、いきなり横っ面を殴られたようなかたちで、事態はどうしようもない状況に陥ってしまう。アイネイアとイサリの――人類と《救世群》の道が再び大きく分かたれるこの結末は、もはや絶望のひとことでしか言い表せない。しかも事態を俯瞰してみれば、この闘争そのものが結局のところ被展開体――ノルルスカインとミスチフとの闘争を代理しているものであるというのだから、ますますやりきれない。
残るはあと4エピソード。このどうしようもない状況は、次巻にどうつながっていくのだろうか。


◇前巻→「天冥の標6 宿怨 PART2」

天冥の標6 宿怨 PART 2 (ハヤカワ文庫 JA オ 6-18)天冥の標6 宿怨 PART 2 (ハヤカワ文庫 JA オ 6-18)
小川 一水 富安健一郎

早川書房 2012-08-23
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宇宙のあらゆる場所で、星を滅ぼしている存在があった。それに気付いたミスン族は対抗策のひとつとして、どこかにいるはずの同胞を探す旅に出ることを決める。そうして探査に出た集団のうちのひとつ、ミスミィが率いる一団がたどり着いたのは太陽系だった。自分たちとはまったく違う支配体系を敷く人類に戸惑ったミスミィは《恋人たち》に、次いで人類の中で唯一、自分たちと似たような体制を持つ《救世群》に接触する。ミスミィは《救世群》のオガシの前に姿を現し、その技術を《救世群》に与えるように。かねてから人類に対する怒りを募らせていた《救世群》は、太陽系の安全保障会議で手酷い扱いを受けたことを契機に全員が硬殻化し、人類に宣戦布告する……。

状況が悪い方へとどんどん転がっていく6巻「宿怨」編、PART2。
人類は――というかロイズは――とにかく《救世群》の主権を認めず、単なる疫病のキャリアとしてのみ扱おうとする。しかも考えうる限る最悪の方法で。ゆえに《救世群》の怒りもわからないではないが、それにしてもその後の展開がひどすぎる。そして《救世群》がこれまでされてきた仕打ちを考えれば、彼らの言い分が悪だとも断じきれなくて、やるせない気持ちになってくる。

すべての元凶とまでは言えないが、その一因が外部からやってきた別の存在のせいであるというのも、やりきれない原因のひとつ。のちに《穏健な者》と呼ばれることになるミスミィたちの技術が、人類にとってはあまりにも規格外すぎたせいで起きた、パワーバランスの崩壊。そして彼女たちが言語によるコミュニケーションを軽視していたがために引き起こされた誤解と悲劇。今巻の惹句となっていた「おめでとう。もう、やめていいのです」というこの言葉が何より重く、残酷でもある。このエピソードはまだ続くようだが、次巻で人類は、《救世群》はどうなってしまうのだろうか。


◇前巻→「天冥の標6 宿怨 PART1」

天冥の標6 宿怨 PART1 (ハヤカワ文庫 JA オ 6-17)天冥の標6 宿怨 PART1 (ハヤカワ文庫 JA オ 6-17)
小川一水

早川書房 2012-05-10
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西暦2499年。《救世群》の少女イサリは、スカイシー3を訪問中、ここで栽培されている「星のリンゴ」がどうしても食べたくてゲストハウスを抜け出すが、その途中で遭難してしまう。そんな彼女を救ったのは《非染者》の少年アイネイア・セアキ。彼はスカウト活動中の仲間にイサリを引き会わせ、彼女を「星のリンゴ」のある場所まで連れて行く。後に、アイネイアたちが《救世群》である自分に対して細心の注意を払いながら接していてくれたことを知ったイサリは、《非染者》に対する意識を改めるように。だが他の《救世群》たちは、迫害される自分たちの立場に不満を抱き、実力行使に出ようと考え始めていた。同じ頃、ロイズ傘下のMHDの責任者ジェズベルは、反体制活動を活発化させている《救世群》の置かれている状況に疑問を抱き、方針転換を打ち出そうとしていて……。

1巻では西暦2803年にセナーセーで起きた騒乱を、2〜5巻ではその騒乱のさなかに現れた様々な勢力の過去、そしてその背後のとある存在を描いてきた本シリーズ。この6巻はさらなる新展開ということで、2499年頃の世界を舞台に、再び各勢力総出で、おそらくこの後の――1巻に至るまでの歴史に大きく関わるであろう展開になると予想される。
というのも今巻でメインとなっているのは、《救世群》の議長の娘・イサリ――その名前は、1巻で登場した《咀嚼者》なる存在と同じ。そしてイサリの兄を含む何人かの《救世群》たちは、全身を甲殻めいた物質で覆う「硬殻化」なる処置を施しつつあった。その姿はつまり、《咀嚼者》の姿と同一ではないだろうか。そうやって彼らはその処置を施すことで自身たちの戦力を増強しつつ、冥王斑の元凶となったクトコトをドロテア・ワットから奪取し、《救世群》が受けている迫害に抗しようとしていた。さらに同時期、人間たちの方もまた、《救世群》に対する認識を改めようとしていた。その筆頭がアイネイアの母であるジェズベル。彼女は《救世群》がひとつの民族のように扱われていることを疑問視し、彼らを病人ないしは患者として扱うべきではないかと考え始める。この彼女の疑問は、果たして吉と出るか凶と出るか。

《救世群》の急進的な動き――誰もがその流れに疑問を抱かない中、アイネイアとの接触で《非染者》に対して好意的な見方ができるようになったイサリは、ひとりこの流れに疑問を抱くように。そんな彼女に《恋人たち》のスキットルが与えたのは、《救世群》にとっては教典のようになっている、《救世群》の始祖・チカヤの手記の原本。チカヤの手記が現在流布している教典とまったく違う内容であることを知ったイサリはある決意をするが、これもまたどこまで有効な手段なのか。誰にも止められそうにない流れの中、イサリは、ジェズベルは、そしてアイネイアはどのような動きを見せることになるのか――続く「PART2」がすでに待ち遠しい。


◇前巻→「天冥の標5 羊と猿と百掬の銀河」

天冥の標: 羊と猿と百掬(ひゃっきく)の銀河 (ハヤカワ文庫JA)天冥の標: 羊と猿と百掬(ひゃっきく)の銀河 (ハヤカワ文庫JA)
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西暦2349年、農夫タック・ヴァンディは小惑星パラスで娘のザリーカと暮らしていた。だがその仕事も、娘との関係も、とても良好とは言えない状況。そんなある日、彼の農場に地球からアニーという学者がやってくる。働きながら勉強させてほしいというアニーを、タックはしぶしぶ受け入れることに。一方、その約6000万年前、とある惑星の海底に繁茂する原始サンゴ虫の中で、ひとつの意識が生じた。その存在はある時、自分がサンゴ虫ではなく、なにか別の存在であるということに唐突に気付く。その存在こそが、後にノルルスカインと名乗ることになる被展開体であった……。

シリーズ5巻はふたつのエピソードが交互に語られるという形式。
ひとつは3巻とほぼ同時期、過去のしがらみを振り切ってパラスに定住し、娘をひとりで育てながら農業を営むタック・ヴァンディの物語。そしてもうひとつは、シリーズを通じてあちらこちらでその存在が垣間見える「被展開体」、ダダーのノルルスカインの誕生と現在までの物語。

タックは仕事面では環境や資金面、設備などの問題を抱え、家庭では反抗期まっただなかの娘・ザリーカの扱いに困り果て、さらによくわからない学者の居候も抱えることになり、まさに八方ふさがりな状態。さらに彼の過去――彼の抱える秘密が彼本人、そしてザリーカを追ってやってくるからさあ大変。けれどその事件やアニーとの暮らしを経て、物語は意外な結末を迎えることに。
人類の宇宙進出後の農業、あるいは食品産業について、この作者は時折物語の中で考察することがあるが、今回はまさにそれがメインテーマのひとつ。ミールストームという大企業を目の前にして、個人農家はいかに生き残れるか。そもそも地球と同じ方法で農作物を作り、流通させることが、広大な宇宙空間で果たして有効なことなのか。現実の農業の抱える問題にも通じる部分がありそうなテーマで、そのあたりも興味深かったりする。

一方、被展開体のエピソードはシリーズの根幹に関わるものであり、その内容は妙にユーモラスで、けれどいつの間にか凄惨かつ絶望的なものへと変容していく。ノルルスカインが自我を獲得し、なおかつ自分が何者であるかを知り、同族であるミスチフと出会って自身の能力の有効な使い方をも知り。そうして宇宙へと拡散していったノルルスカインが出会ったのは強大な敵。覇権戦略を獲得したとしか思えないその敵に対し、ノルルスカインはあらゆる手段を講じていくのだが、その過程で描かれていく様々な事柄は、4巻までに描かれてきたことの隙間を埋めてゆく。

5巻というシリーズの中間地点で語られる被展開体のエピソードは、このシリーズにまつわる様々な謎に対するヒントであり、答えであり。けれどやっぱり、全貌を見渡すことはまだできそうにない。


◇前巻→「天冥の標4 機械じかけの子息たち」

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目覚めた時、キリアンは裸で、前後のことを何も覚えていなかった。目の前にいたのは彼を治療しているという見知らぬ少女。キリアンは欲望の赴くまま、彼女と身体を重ねてしまう。自分が《救世群》であることを思い出したキリアンは愕然とするが、少女――アウローラはまったく意に介さない。アウローラは《恋人たち》と呼ばれる存在であり、冥王斑に感染することはないのだという。彼女たち《恋人たち》が何らかの事情で負傷したキリアンを救い、匿う理由はなんなのか。彼女たちを敵視する「聖少女警察」とは何なのか。そして彼女たちを作った後に行方をくらました「大師父」とは誰で、今どこにいるのか……。

「天冥の標」4巻は、3巻のエピソードから数年後の宇宙が舞台。1巻に登場した《救世群》、《酸素いらず》に続き、今回は《恋人たち》がメインのエピソードとなっている。
キリアンのために作られたという少女・アウローラとその姉・ゲルトルッド。そのふたりに翻弄され続けるキリアン。そして《恋人たち》の中でも最初に作られた10体のうちのひとりであるラゴス。この4人の思惑や狙いが絡み合い、意外な結末へと続いて行く。
《恋人たち》の存在意義、そして求めるもの。人間ではない《恋人たち》のアウローラと、人間扱いされなくなった《救世群》のキリアンが、ふたりで求め続けた「それ」はどこにあったのか。

とにかくそういう描写が多くて、ともすれば見落としそうになってしまうが、1巻に至るいくつかの鍵がここにも隠されている。それぞれの種族にはそれぞれの思惑があって、そしてそれぞれ完全な生物ではないがゆえに欠点を持っている。互いの利害によって協力し反目し、その関係を変化させながら、1巻の状況へと繋がっていく。
このエピソードの終わりに、《恋人たち》の持つ欠点――というより、彼らが持ちえないものを、ラゴスは理解してしまう。けれどそれを口に出すことは決してできない。1巻に登場した「ラゴス」とこのラゴスか同一人物かはわからない。彼はどんな思いでその事実を抱えていたのだろうか。


◇前巻→「天冥の標3 アウレーリア一統」

青い星まで飛んでいけ (ハヤカワ文庫JA)青い星まで飛んでいけ (ハヤカワ文庫JA)
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都市彗星バラマンディに暮らす少女・サエは、閉ざされた街中に広がるダクトを探検中、地球の針葉樹林に似た広大な空間に迷い込んでしまう。そこにいたのは、工具のようなものを持った金髪の少年。少年――ジョージィは、この空間が都市の環境維持のための緩衝林であることだけを告げ、サエを追い出してしまう。好奇心を刺激されたサエは、翌日からジョージィのもとに何度も訪れるように。そんなサエに、ジョージィは自分の計画を告げる――彗星が氷塊を他惑星に投げ込むための装置を利用して、この都市から脱出するつもりなのだ、と……。(「都市彗星のサエ」)

2004年から2008年にかけて発表されたSF作品集。閉鎖空間である都市彗星から、広い世界と自分の可能性を夢見て脱出を試みるボーイ・ミーツ・ガールストーリー「都市彗星のサエ」をはじめとする6本を収録。
グラスハートと呼ばれる謎の物質をめぐり、それに翻弄される彼女と、彼女を止めたい彼の関係を描く「グラスハートが割れないように」のようなラブストーリーもあれば、他人の天職が視えてしまう青年が主人公の「占職術師の希望」、はたまた無人探査機の永きにわたる航行の記録である表題作「青い星まで飛んでいけ」など、一口にSFと言っても、バラエティに富んだ内容。けれどどの話にも共通しているのは「未知」との遭遇。そしてそこから始まる、新しい関係。繋がり、結びつき、ひとつになり、新しいものが生まれていく――そんな希望に満ちた作品集だった。

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