phantasmagoria

読んだ本のこと、それ以上に買った本のこと、ときどきライブのことを書き散らかしてみたりする。

カテゴリ: 竹宮ゆゆこ

あなたはここで、息ができるの?
竹宮 ゆゆこ
新潮社
2018-10-22

なんでこんなことに、とそう思っている20歳の観波邏々は、事故に遭って今まさに死のうとしている。そんな彼女の前に現れたのは「宇宙人」と名乗る、青く発光する存在。彼は「世界」そのものであるララを救うために、彼女を過去へと導く。まず向かったのは高校1年生の春――電車通学していたララが、萩尾健吾と出会い、言葉を交わした頃だった……。

今まさに死に至ろうとしている主人公が、なぜそうなってしまったかを巻き戻しながら描いていく、どこか不思議な恋愛小説。

「宇宙人」に導かれながら追体験していくのは、ララが健吾と出会い、付き合ってから今まさにこの時までの出来事。それはありふれた普通の男女の恋愛模様に過ぎなかった――電車通学中に出会い、付き合うようになり、遠距離恋愛ですれ違う。健吾が就職を機に帰郷してきてからはまた元のように――学生時代ほどではないが――時間の許す限り寄り添う日々。しかしそんな幸せな日々を追体験しているララの前に「宇宙人」は現れて、そしてやり直しを要求するのだ。これではダメだ、変えなければ意味がないのだと。

「宇宙人」がここまで言うからにはもうわかる。ララが健吾と出会わなければ、彼女はここで死ぬことはなかったのだ、と。だから「宇宙人」はララの選択を否定して、健吾と決別するような道を示そうとする。しかしララはそんな道は選べない。彼女の生涯には健吾の存在が否応なく絡みついていて、もう離れることはできないのだ。だから結局、ララの時間は今この時に――ララが死ぬという時間軸に戻ってくる。ではそんなララの死を回避しようとする「宇宙人」とはいったい何者なのか。そしてなぜララはこの「宇宙人」なる胡乱な存在を盲目的に信じてしまうのか。

つまりは走馬灯のようなもので、死の間際にララはその過去を思い出しているだけなのかもしれない。あるいは本当にこの「宇宙人」は実在していて、彼女を救うために尽力しているのかもしれない。しかしララは結局、自分の死を選ぶ。それが結局、彼女の幸せだったこれまで日々の、その結果だから。死を肯定するのではもちろんない。ただ、彼といることで得られた幸福をただ享受していたかっただけ。究極の話をしてしまうと、それがつまり「ひとを好きになる」ということなのかもしれない。

応えろ生きてる星 (文春文庫)
竹宮 ゆゆこ
文藝春秋
2017-11-09

結婚を間近に控え、残り少ない独身の夜をバーで謳歌していた久田廉次が遭遇したのは、スマホ片手でなぜかずぶ濡れになっている女だった。彼女は廉次に突然キスしたかと思うと、「あなたはいずれ、必ず、私のことを思い出す」と予言めいた言葉を残して去っていったのだった。その直後――入籍前の食事会のさなかに、婚約者の満優が別の男と駆け落ちしてしまう姿を目の当たりにする廉次。愕然としつつも不意にあの女のことを思い出した廉次はすがるようにバーへと向かうことに。果たしてバーで廉次を待ち受けていた彼女――織滝朔はこのバーには似つかわしくないフルーツパフェをバナナですくって食べながら囁くのだった。満優に思い知らせてやるために、2週間――満優と新婚旅行に行くはずだった期間――だけ恋人のフリをして、楽しそうに過ごす写真をSNSにアップし続けてやろう、そうすれば絶対に満優は廉次のもとに戻ってくるはずだと……。

婚約者に逃げられた男性が、謎の女に振り回されながらも自分を見つめなおし、本当に大切なものを知ることになるジェットコースター・ラブストーリー。

勢いとノリで突き進んでいるように見えるのになぜか説得力がある(ように見える)ヒロインが主人公を翻弄する――というのは相変わらずの展開ではあるが、しかし婚約者に逃げられるというひどすぎる目に遭った廉次を動かすのはそのくらい無茶ぶりな女でないと無理だろうとは思う。失って初めてその大切さに気付く――というのもよくある話ではあるが、きっと朔がいなかったら、廉次はここまで突き詰めて考えなかっただろう。そして、立ち直れなかっただろうとも思う。

しかし朔との楽しい「恋人ごっこ」にはリミットがある。楽しければ楽しいほど、どうしたってどこかで空虚さが浮かび上がってくる。そこで廉次は朔を知ろうとすることでその空虚さを埋めようとするのだが、ここから物語は急激に動き出す。朔の正体――ひいては満優を連れ去った男の正体。すべてが繋がった時、廉次が選んだ道を意外だとは思えなかった。朔の「落ちている石は死んだ星だと思っていた」けれど「空に投げ返したまま落ちてこなかった石がある」という想いが廉次を変えていく。死んだ星は廉次であり、朔でもあった。しかしそれは、石と化していても空に放り上げてやれば生き返る星。だから応えはいつか返ってくる。「再生」という言葉がとてもよく似合う、そんな結末だったと思う。


水商売から愛人暮らしに転身したものの本妻にバレ、逃げた先で会員制スポーツジムの受付をしながらかろうじて生きている樺島信濃。愛人宅から持ち出したブランド品を少ない給料の足しにして食い繋いでいた信濃の前に現れたのは、信濃に瓜ふたつの弟・睦月、そして学生時代からの因縁の相手・醍醐健太郎だった。かつて醍醐に2度の絶交宣言をしていた信濃はこれを追い返そうとするが、食事を奢ってくれるということで一時休戦。前回の「絶交」以後の近況を語りながら飲む3人だったが、その後も醍醐はなにかにつけて信濃に連絡をしてくるように。そんな醍醐の相手をしながら、信濃は自分の過去――そして醍醐とのこれまでについて思い起こすのだった……。

トップスピードで駆け抜けてゆく恋愛長編。信濃と醍醐の友人とも恋人とも呼べない奇妙過ぎる関係とその顛末が綴られてゆく。

元々は信濃の友人に片思いし付きまとっていたというストーカー的高校生だった醍醐。友人のために信濃が醍醐に声をかけ、友人から引き離そうとするうちに、なぜか意気投合したというなれそめはもはやすごいとしか言いようがない。しかしふたりの蜜月はわりとあっさり終わりを告げ、信濃は醍醐に1度目の絶交を一方的に宣言。しかしのちに再会し、1度目の絶交がなかったかのように再び接近し、そしてまたもや生じる亀裂。仲がいいはずなのに、だから恋人になればきっとうまくいきそうに見えるのに、しかしままならない関係。

「そう見える」というだけでは――そしてそもそも単純に「仲がいい」というだけでは、恋仲にはなれない。もしかしたら、距離が近すぎたからこそあえて見ぬふりをしてしまうのかもしれない。あるいは恋人となってしまえば、それがだめになったらもう元には戻れないという極限の関係性ゆえに二の足を踏んだのか。けれど醍醐は2度目の絶交後に信濃と再会し、信濃がかつて望んでいた言葉を告げる。その真意がどこにあったのか、結局信濃にはわからない。もしかしたらそれは真実だったのかみしれないし、または逃避行動だったのかもしれない。けれど信濃はその言葉を手放し、醍醐に差し戻す。そしてそれを睦月はただ寄り添い、見守っている――そう、逃げる信濃を、あるいは醍醐を見守り続けるのだ。どうしようもない現実の中にある救いと、それに生かされる信濃。逃げなければ生きられない。けれど走り続けていれば必ずどこかにたどり着ける。そんな結末に思わず涙が出た。

あしたはひとりにしてくれ (文春文庫)
竹宮ゆゆこ
文藝春秋
2016-11-10

進学校に通う高校2年生の月岡瑛人にはある秘密があった。それは時折どうしようもない衝動に駆られ、昔から持っていたくまのぬいぐるみにそれをぶつけること。ひとけのない河川敷にそのぬいぐるみを埋めていた瑛人だったが、ある夜いつものようにその場所に向かうと、そこは不法投棄のごみでいっぱいになっており、どこに埋めたのか分からない状態。半狂乱で探しまわる瑛人だったが、思い当たる場所に差し掛かったまさにその時、足元に埋まっていたのはぬいぐるみではなく、生き埋めにされたひとりの女だった。通報しないでほしいという彼女の言葉を受け、しかし放っておくこともできず、自宅に女を連れ帰る瑛人。「アイス」と名乗った素性不明の彼女は、瑛人の強い希望により、月岡家に居候することになるが……。

「別冊文藝春秋」に2015〜2016年にかけて連載されていた長編作。秘密を抱えた高校生と謎の女性が、やがてそれと正面から向き合うことになる青春小説。

努力家の優等生で、気の置けない友人もいる。家族(居候含む)との関係も良好。そんな「いいこ」の瑛人だが、実は同居する家族とは血の繋がりのない赤の他人で、くたびれたくまのぬいぐるみだけが、唯一「本当の両親」との繋がりを示すものだった。けれどそのくまをずたずたにすることだけが、彼の心の裡にある衝動を収めるたったひとつの方法。くま、あるいは彼を監視する「おばけ」という存在は、ルーツがないという点で不安定な瑛人の足元を脅かす。しかしアイスと出会ったことでその衝動は消えてしまうのだ。

本名も素性もまったくわからないけれど、瑛人の強引すぎる引き止めに応じ、月岡家に居候することになったアイス。そして元から月岡家に居候していた無職の親戚・高野原。ふたりの存在が瑛人の足元を、立っているその場所を、鮮やかに映し出す。そして血の繋がりのない月岡家の家族――両親と妹の存在。「あしたはひとりにしてくれ」というタイトルは、裏返せば、今はひとりではないということだ。そして人知れず抱えていたやりきれなさが、ただの破壊衝動ではなかったことに瑛人が気付く結末は、この作者らしい希望に満ちたもので、とても美しいと思った。


月1回の全校集会の日、遅刻してこっそり体育館に入った高校3年生の濱田清澄は、1年生の女子が周囲から紙くずや上履きをぶつけられているのを目撃する。いじめだと察した清澄は止めに入るが、なぜかその女子は清澄に向けて絶叫を放ち、そのまま体育館を出ていってしまうのだった。その滲み出るヤバさに面食らう清澄だったが、1年生の妹を持つクラスメイトの尾崎から、その女子――蔵本玻璃は変わり者として周囲から嫌われているということを聞かされる。以後、玻璃が嫌がらせを受けている状況を目の当たりにした清澄は、隠された上履きを探してやるなど、少しずつではあるが彼女を助けるように。そんなある土曜日、女生徒たちが頻繁に使っている市営運動場のトイレに、玻璃がずぶ濡れの状態で閉じ込められているところを助けた清澄。これまでは玻璃から無言で睨まれていた清澄だったが、この日はようやくまともな会話をすることに成功。その不器用さと素直さに惹かれる清澄だったが、やがて玻璃にクラスメイトからのいじめ以外にも何かの事情があることに気付き始め……。

大学受験を控えた少年と、どうしようもない事情を抱える少女が出会い、惹かれ合い、そうしてふたりを取り巻く世界を垣間見るボーイ・ミーツ・ガール長編。

UFOが撃ち落とされたせいで死んだのはふたり――そんな奇妙な台詞で始まる本作。しかしこの台詞がすべてを物語っているといっても過言ではない。自身の抱える事情、あるいは境遇をUFOに例えて語るのはヒロインの玻璃。最初はその意味を汲みとれなかった清澄だが、やがて彼女の頭上を覆うその影に気付き、さらにその影は清澄自身をも覆うことになる。これまでもこの作者の作品で繰り返し描かれてきたのは、未成年であるがゆえの無力さ。相手が同じ頃合いのこどもであればまだいい。逃げるという選択肢も含めれば対処のしようはいくらでもあるし、いざとなれば大人の力を借りればいい。しかし相手が大人となればそうはいかない。玻璃がUFOなどという突飛な設定を持ち出すのは、まさにこの無力感によるものなのだろう。

けれど分かっていても清澄は立ち向かおうとする。それは彼が「ヒーロー」だから――少なくとも彼女の前ではそうあろうと決めたから。そして玻璃もそんな彼を見習ってヒーローになろうと決める。そうしてひとつめのUFOを撃ち落とした時、死んだのはひとりだったが、ふたりはそれ以上に大きなものを失ってしまったのかもしれない。だから清澄はその後再びUFOを撃ち落とした。そして玻璃はそれを見て、やがて気付くのだ――「好き」というシンプルな気持ちに。結局最初から最後まで、目には見えないけれどそこにあったのは、ただそれだけのこと。いなくなったとしても確かに残っていた想いは、世界を塗り変えることができるのだと、静かに気付かされたような気がした。

知らない映画のサントラを聴く (新潮文庫)知らない映画のサントラを聴く (新潮文庫)
竹宮 ゆゆこ

新潮社 2014-08-28
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錦戸枇杷、実家暮らしの23歳無職女子。ある夜セーラー服コスプレの男に襲われ、財布の中にしまっていた亡き親友・朝野の写真を奪い取られてしまった枇杷は、毎夜その男を探していたが、なかなか見つけられないでいた。そんなある日、両親と兄夫婦から、家を二世帯住宅にリフォームするから出て行ってほしいと言われてしまう。ショックを受け、着の身着のままで家を飛び出したものの、彼氏はおろか友人もほとんどおらず、行くあてもなく途方に暮れていた枇杷の前に現れたのは、なんと例のセーラー服男。余りある怒りをセーラー服男にぶつけた枇杷だったが、その正体が朝野の元カレである昴であることが判明する。しかも昴の好意で、なぜか枇杷はしばらく昴の家に居候することになってしまい……。

無職女・枇杷とコスプレ男・昴の、奇妙な邂逅と関係を描く恋愛小説。

これまで無関係だったふたりを繋ぐのは、清瀬朝野の存在。枇杷にとっての親友であり、昴にとっての元彼女である朝野は、泳げないはずなのになぜか伊豆の海辺で死んでいた。理由は分からない。しかし枇杷にも昴にも、彼女に対しての負い目があった。なにかしら悩んでいたはずの朝野の話をなぜ聞いてあげられなかったのだろう――あるいは、なぜ彼女の別れ話を真に受けて、こっぴどく振ってしまったんだろう、と。後悔を抱えた者同士、共感するものがあったのかどうか――昴はほぼ初対面にも関わらず、枇杷を自分の家に住まわせてやることに。最初は戸惑い、けれど他に行くあてもないからと受け入れ始めていた枇杷だったが、そのうち昴の真意に気付き始める――昴は枇杷の向こう側に朝野を見ており、朝野への贖罪として枇杷の面倒を見ているのではないか、と。

友情というのとはちょっと違う。では愛情かと言われると、実際のところどうかは分からない。朝野の存在がなければ結びつくはずのなかったふたりは、皮肉にも朝野の死を通じて出会い、そうして互いの存在が次第に大きくなってゆく。世界が終わったと思っていても世界は今日も回り続けていて、そしてある日、唐突に、しかし改めて気付くのだ――世界は美しいのだ、と。喪失の後にやってくる再生。そしてまた回り始める世界。

ゴールデンタイム (8) 冬の旅 (電撃文庫)ゴールデンタイム (8) 冬の旅 (電撃文庫)
竹宮ゆゆこ

KADOKAWA/アスキー・メディアワークス 2014-03-08
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指輪を渡そうとした矢先、香子から別れを告げられた万里。最初は理由が分からずショックを受けるばかりであったが、彼女のその後の振る舞い、そして千波の推測――オカメラに録画されていた万里の錯乱する姿を香子が見たのではないかということ――を知り、彼女の選択を受け入れようとする。だがそんな中でも、万里の記憶の混乱は次第に取り返しのつかないものになってゆき……。

多田万里、1年間の「輝かしき日々」の記録もこれにて完結。
事故によって過去を――「多田万里」としての人格も記憶もすべて失った万里は、手探りの日々を越え、大学生活と共に新たな自分として生きてゆこうとした。進学先で過去の「万里」と深く関わりのあったリンダと遭遇してしまったのは誤算だったかもしれないが、それでも香子という美しくも(万里にとっては)愛らしい彼女を得て、気の置けない友人もでき、まさしくそれは「輝かしき日々」だった――そのはずだった。けれど次第に追いかけてくるのは過去という幻影。それは万里の精神を、そして実生活を蝕んでゆく。最初は自分こそが多田万里であるのだと思っていた。けれどそれは仮初めのもので、やっぱりこの体も心もすべて過去の「万里」のものであり、その「万里」はいつも付かず離れず、現在の万里の側にいて、いつかはその主導権を取り戻そうとしていることに気付かされる。その時から万里の日々は輝きを失ってゆく。今の自分と過去の自分との記憶が混在し、塗り替えられ、不意に「万里」に戻ってしまう――今の自分が消えてしまうという恐怖感。

そうやってこれまでは必死で過去の自分を否定し、背を向ける万里だったが、香子との別離を経て、その考えを改めるようになる。過去の自分と今の自分、それを切り離して考える必要はないのだと。香子を追いかける万里の周囲にきらめいていた光の欠片はこの1年間の積み重ねであり、そして「多田万里」が生きてきたこれまでの十数年間の軌跡。それこそが万里の輝かしき時間そのものだったのかもしれない。つまるところ万里にとってこの1年は、文字通り「自分探し」であり、その先に待っていたのは香子という新しい光。終盤はやや駆け足な印象も否めないが、けれどこれこそ青春!と、そう呼べる結末だったと思う。


◇前巻→「ゴールデンタイム7 I'll Be Back」

ゴールデンタイム (7) I'll Be Back (電撃文庫)ゴールデンタイム (7) I'll Be Back (電撃文庫)
竹宮ゆゆこ

アスキー・メディアワークス 2013-10-10
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夏休みも終わり、大学に戻ってきた万里。出迎えてくれた香子と千波、柳澤、二次元くんの5人で焼肉を食べに行くことになった万里だが、そこでついに柳澤がみんなにリンダへの想いを打ち明ける。さらに柳澤は万里だけを呼び出し、万里とリンダの関係が「サークルの先輩後輩」以外にも何かあるのではないかと詰め寄ってくる。ここで自身の過去を打ち明けようと思った万里だったが、突如として得体の知れない恐怖感に襲われ、その場はなんとか誤魔化し、取り繕うことに。一方、焼肉帰りに万里の部屋に寄りたいと言い出した香子。そこで万里は香子から自作のエッフェル塔なるものを渡された上、突然押し倒されて……。

というわけで本編7巻。万里不在の夏休みを経て、みんなの関係性(二次元くん除く)が変わりつつある今日この頃。香子は万里への、千波は柳澤への、そして柳澤はリンダへの想いを自覚し、強固なものとしてゆく。そして万里もまた、故郷で自身の過去と向き合い、折り合いを付け、「現在の自分」を生きていくのだと決めていた。しかし思い通りに行かないのが人生であり、青春であり。夏休み明けの万里に襲いかかるのはおまけんでのトラブル、千波の怒り、そして故郷に葬ってきたはずの「過去の自分」だった。

消えたはずの「過去の自分」はごく一部であり、今もそれはひとつしかない「多田万里の身体」の所有権を虎視眈々と狙っていることを――些細なきっかけひとつで、「現在の自分」も消えてしまう可能性があることを突き付けられた万里。記憶の断絶を経て「現在の自分」となった今の万里にとって、それはどうしようもなく恐ろしい事実だった。自然に考えれば元の自分に戻れるというのは――少なくとも両親やリンダといった、断絶前の自分を知る周囲の人々にとっては――喜ばしいことかもしれない。けれど過去を持たず、断絶後に築いたものがすべてである「現在の自分」にとっては、自分が消えてしまうということが、今持っているものすべてを失ってしまうということが、どれだけ恐怖心をあおるものか。まるでかつての「過去の自分」と、立場が入れ替わってしまったかのような展開がただただつらい。そして、それに追い打ちをかけるかのような香子の翻意も。堂々巡りが続き、正しい答えもまったくわからない。誰もがしあわせになれる道は果たしてあるのだろうか。


◇前巻→「ゴールデンタイム6 この世のほかの思い出に」

ゴールデンタイム列伝 AFRICA (電撃文庫)ゴールデンタイム列伝 AFRICA (電撃文庫)
竹宮ゆゆこ

アスキー・メディアワークス 2013-08-10
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万里の友人・師匠を迎えた映像研究会の飲み会で、岡千波は先輩の玲那から、合コンをするので香子を呼べと命令される。柳澤が飲み会をさぼっていたことに苛立っていた千波は玲那の命令をはねつけるが、後日、玲那の策略によりその要求を飲まざるを得なくなってしまう。香子を巻き込みたくない千波だったが、結局何かを隠していることを香子に悟られてしまい、すべてを話すことに。すると香子は嬉々として玲那への報復を宣言して……。(「AFRICA」)

3冊目の短編集は、万里とリンダ不在の夏休みを、千波・柳澤・香子がどんな想いで過ごしていたかというサイドストーリー。表題作「AFRICA」では、千波がついに柳澤への恋心を自覚し、けれど続く「ユア・アイズ・オンリー」では柳澤のリンダへの恋心が綴られる。そして「束の間の越境者」では、万里がいない不安感を紛らわそうとして、ある行動をとった香子の姿が描かれていく。

香子のエピソードはまあいつものことなので置いといて(笑)、読んでいてつらいのが千波と柳澤のエピソード。
千波は最近の柳澤の付き合いの悪さに対して苛立ちを隠せないが、それが何に起因するものか分かっていなかった――というよりは、認めまいとしているようにさえ見える。しかし合コン事件を通じて、千波は自らの孤独感を――同時に、柳澤への恋心を自覚してしまう。けれど明らかに、柳澤が自分ではない誰かを見ていることにも気付いている千波は、自身の想いを伝えることすらできない。

しかし柳澤の方もそれは同じ。リンダに恋心を抱いてはいるものの、向こうは明らかに自分のことを見ていない。確実に自分とリンダの間には線が引かれているのだと、そう自覚する柳澤。そしてその線は、自分と万里の間にもあるということにも気付かされてしまう。ついでに言うと、その線の「向こう側」を万里とリンダが共有している可能性にも。千波は柳澤を、柳澤はリンダを、そしてリンダはおそらく、まだ万里のことを想っている。万里は香子と両想いではあるが、過去の「万里」はリンダのことが忘れられない――まだこの過去を吹っ切れているのかどうか、今のところ確証がない。どこまでも一方通行なこの関係は、いったいどこにいってしまうのだろうか。


◇前巻(本編)→「ゴールデンタイム6 この世のほかの思い出に」

ゴールデンタイム (6) この世のほかの思い出に (電撃文庫)ゴールデンタイム (6) この世のほかの思い出に (電撃文庫)
竹宮ゆゆこ

アスキー・メディアワークス 2013-04-10
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海からの帰り道で香子は事故を起こしてしまう。迎えに来た両親に連れ戻されて以来、まったく連絡が取れなくなったことを心配する万里は、香子の実家を訪ねてみることに。家の前でばったり出会った香子父によって部屋に通された万里だったが、そんな彼に香子は拒絶の言葉を投げかけて……。

久々の本編6巻。
下手すれば全員死んでいたかも、な事故(実際は千波が軽く怪我した程度で済んだ)を起こしてしまったことで、香子は引きこもり状態に陥ってしまう。彼女の自責の念を聞かされた万里はだがしかし、彼女の言葉を否定する。けれどその実、否定していたのは香子の態度だけでなく、過去を捨てようとしていた自分の意志。香子にもそれを見透かされていたことを知った万里は、とにかく自分の思うがままに、自分の言葉を香子にぶつけてゆく。そして香子もまた、万里に対して抱えていた不安を吐露することに。そんなふたりの応酬はやぶれかぶれと言うかなんというか衝動的なものではあったけれど、これまでのふたりの関係を考えると大きな一歩だし、なにより必要な行為だったはず。

そうやってすべてを吐きだしたふたりは、再び前を向いて歩くことを決意する。香子は外に出ることを、そして万里は過去――ひいてはリンダとも向き合うことを。だがその万里の行為にはつまり、彼が記憶を失うきっかけとなった出来事が関わってくることに。結局あの時、橋の上で何があったのか――どんな真相が隠されているのだろうか。そしてその真相は、現在の万里にどのような影響を与えるのだろうか。


◇前巻→「ゴールデンタイム5 ONRYOの夏 日本の夏」

ゴールデンタイム番外 百年後の夏もあたしたちは笑ってる (電撃文庫)ゴールデンタイム番外 百年後の夏もあたしたちは笑ってる (電撃文庫)
竹宮ゆゆこ

アスキー・メディアワークス 2013-01-10
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ある夏の日、加賀香子はひとりで、密かに岡千波の家を訪ねていた。万里たちと海に行くということで、万里を悩殺できる水着はどれか選べ!と、香子に命じられた千波。あからさまに面倒くさがってはみたものの、春先に起こった「師匠」事件のことを持ち出された千波は断れなくなってしまう。かくして女ふたりの水着ファッションショーは始まり……。(「百年後の夏もあたしたちは笑ってる」)

今回は番外編。というわけで万里の親友・やなっさんの汚部屋……もとい魔窟のせいで起きた騒動を描く「光央の部屋」、表題作「百年後の夏もあたしたちは笑ってる」、そしてNANA先輩のスランプに万里が盛大に巻き込まれる「サマーナイトツアー」の3編を収録。

表題作は香子と千波の夏のある日のエピソードと、春先に起きた「師匠」事件の顛末が描かれる。「師匠」事件というのは、万里の友人(通称「師匠」)があまりにも美人であるという千波の言葉から、その「師匠」が女であると勘違いした香子が大パニックを起こしたという事件(?)。そして水着ファッションショーのエピソードでは、なぜ香子が万里を悩殺したいなどと言い出したのかが語られてゆく。

ふたつのエピソードの裏側にあるのはやはり、香子の万里に対する愛情と不安。どれだけ香子が万里に対して愛情を示しても、万里の方はいつまでも一線を引いているように見えるのだという。そしてそれはおそらく、記憶喪失のせいであるのだと。万里はいつ失ってもいいように、そんな振る舞いをするのではないのかと。香子の懸念は外れてはいないのだと思うが、千波の香子に対する意見もまんざら間違ってはいないような。まあなんにせよ、ふたりとも初々しいということで。


◇本編前巻→「ゴールデンタイム5 ONRYOの夏 日本の夏」

ゴールデンタイム5 ONRYOの夏 日本の夏 (電撃文庫)ゴールデンタイム5 ONRYOの夏 日本の夏 (電撃文庫)
竹宮ゆゆこ

アスキー・メディアワークス 2012-09-07
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夏休みを迎えた万里だったが、金も予定もなく、ただ日々をだらだらと過ごすだけ。香子とは自宅デートをしてそれなりに幸せを感じていたのだが、ふとした瞬間に空虚感を覚えることも。そんな折、柳澤がなにやら忙しそうにしているという噂を聞いた万里。ついに千波と付き合い始めたのでは?と、香子や二次元くんと共に探りを入れているさなか、なんと彼がリンダとふたりでいるところを目撃してしまう。気まずい思いを抱えつつ、その柳澤も交えて海に行くことになった万里たちだったが……。

過去を捨て、現在を生きることを決めた万里だったが、そう簡単に事が進むはずもなく……なシリーズ5巻。記憶を失った万里をずっと見つめ続けてきた「過去の万里」は、「現在の万里」を――リンダを切り捨てた万里を呪い続ける。その甲斐があったのかどうか、万里の夏はうまくいかないことだらけ。香子と一緒にいる間は幸せでも、彼女が帰った後に襲いかかってくる虚しさ――今の自分には香子しかないこと。そんな香子を自分が縛ってしまっているのではないかということ。自分には香子が必要だが、香子には果たして自分という存在が必要なのだろうか、と。その極め付けが柳澤とリンダの密会であり、海に行った帰り道で起きた事件なのかもしれない。

失われた過去に苛まれているのは万里だが、その万里の姿を見て不安を最大限まで煽られているのが香子。香子が万里を好きだという、その気持ちは純粋な愛情なのか、それとも強い依存なのか。香子の万里に対する異様なまでの好意が、彼女の真意を歪ませてゆく。そんなふたりの行く末はいったいどうなるのだろう。

◇前巻→「ゴールデンタイム4 裏腹なるdon't look back」

ゴールデンタイム外伝―二次元くんスペシャル (電撃文庫 た 20-20)ゴールデンタイム外伝―二次元くんスペシャル (電撃文庫 た 20-20)
竹宮 ゆゆこ

アスキー・メディアワークス 2012-06-08
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三次元に絶望し、二次元に生きることに決めた通称「二次元くん」こと佐藤隆哉。彼はオリジナルの脳内嫁であるところのブリジット・ジェオミリア(略称VJ)と共に脳内お花畑な日々を送っていた……はずだったのだが、そんな彼の前にふたりの女子が現れる。ひとりは近所に住む後輩・秋。そしてもうひとりは大学でひょんなことから知り合った腐女子同人作家・愛可。二次元くんはVJへの愛を貫くことができるのか、それともリアル美少女に翻弄されてしまうのか……。

電撃文庫MAGAZINEに不定期掲載されていた、「二次元くん」が主人公の連作短編集。
鬼姉からの仕打ち、そして魔性の後輩・秋に振り回され続けたことで、リアル女子に対する幻想が打ち砕かれ、大学生になると同時に二次元に生きることになった隆哉。自分を受け入れ、肯定してくれる脳内嫁VJと共に生きていければそれで幸せだったはずなのに、現実は彼を放置してはくれなくて……というのが今作のお題。自分と同じ世界に生きている愛可と知り合ったことで、現在の自分への肯定をさらに深めた隆哉は、やがて小説を書き始める。そうやって二次元に没頭していくのだが、そんな彼を現実に引きずり戻すのが秋という存在だった。

鬼としか思えなかった姉の振る舞いに隠された真意、チャラ男と一緒に脱・二次元してみたこと、「自分と同じ」だと思っていた愛可のスタンス、そして要所要所でチラつく秋の影。隆哉は否が応にも「現実」の前に引きずり出され、容赦なく向きあわされ、そして糾弾される。VJの言動はいつしか秋の言葉にすり替わり、彼女の存在が日に日に増してゆく。自分に都合のいい世界に閉じこもることなんてできなくて、そこにある現実から逃げることもできなくて。人と関わる以上、良し悪しに関わらず何らかの影響を受けざるをえなくて。そうやって隆哉は「現実」というものがなんなのかを思い知らされる。そして生きることが悪いことばかりではないのだということも。そうやって現実に復帰していく隆哉だが、完全に「脱・二次元」したわけでもないというそのオチにはなんとも安心(笑)。


◇本編→「ゴールデンタイム1 春にしてブラックアウト」

ゴールデンタイム〈4〉裏腹なるdon’t look back (電撃文庫)ゴールデンタイム〈4〉裏腹なるdon’t look back (電撃文庫)
竹宮 ゆゆこ

アスキーメディアワークス 2012-03-10
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リンダが好きだったという、その記憶を一瞬取り戻してしまった万里は動揺のあまり部屋で転倒し、大けがを負う。そこを助けてくれたのはNANA先輩とリンダだった。リンダの優しさに苦しくなる万里だったが、そこにリンダの報せを受けた香子がやってくる。最近なぜか情緒不安定気味な香子だったが、他のみんなが帰った後もずっと側にいてくれていた。万里はそんな香子の姿に心を打たれ、同時に自分の「汚さ」を思い知って絶望しながら、それでも香子の手を離すことができないでいた。そんな折、夏に海に行きたいとねだる香子のためにバイトしようと思い立った万里。しかし香子はそれに猛反対して……。

追いすがってくる過去に絡めとられてしまいそうなシリーズ第4巻。
「現在の万里」の香子に対する想いは本物だけど、「過去の万里」が抱いていたリンダに対する想いもまた、まぎれもなく本物。不意によみがえった過去の記憶に慄然とした万里は、その後ろめたさを隠すように香子との関係に溺れていくことになる。だがそんな中で香子によって発令されたバイト禁止令。他の女と話したりしてほしくないから、という嫉妬深さからくるものだという自己申告はあったけれど、先日来の情緒不安定状態のことと言い、なにやら香子も引っかかっている様子。それはたぶん万里が推測する通り、リンダと万里が一緒に写っている高校時代の写真を、万里の部屋で見てしまったからかもしれない。けれど万里はそれでも香子のために、彼女に内緒で単発のバイトに入ることになるのだが、それがまたひと騒動を引き起こす羽目に。

またひとつ明らかになった万里とリンダの過去――当時のリンダは万里のことを好きではないと言っていたけれど、それが真実かどうかはわからない。当時のリンダは、そして今のリンダは、万里のことをどう思っているのだろう――正確には「過去の万里」と「現在の万里」、それぞれのことをどう思っているのか。混同してはいまいか。あるいは万里が懸念していた通り、万里の記憶が戻ることをどこかで期待してはいまいか。
追いつき、追い越そうとしてくる過去を思い切って引き剥がし、香子と「現在」を生きると決めた万里。けれどリンダの今後の出方によって、その決意は大きく揺るがされる可能性も。まだまだ先が読めない。


◇前巻→「ゴールデンタイム3 仮面舞踏会」

ゴールデンタイム〈3〉仮面舞踏会 (電撃文庫)ゴールデンタイム〈3〉仮面舞踏会 (電撃文庫)
竹宮 ゆゆこ

アスキーメディアワークス 2011-08-10
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紆余曲折を経て、晴れて恋人同士となった多田万里と加賀香子。香子のペースに乗せられっぱなしながらも楽しく日々を過ごす万里だったが、一方では失ってしまった過去の記憶――すなわちリンダとの関係が気になって仕方ないあまり、リンダを避けるように。だがそれを知ったNANA先輩(実は万里と同じマンション在住)の策略で、ついに万里はリンダと対峙させられてしまう。過去のことを問う万里に、リンダはかつてのふたりの関係を語り始めて……。

現在と過去が交錯してなにやら大変なことになりつつある青春ラブコメシリーズ第3巻。
「現在」の方はと言えばそりゃあもうラブラブというか、バカップルとしかいいようがない状態になりつつある万里と香子。柳澤の例を見るまでもなく、とにかく好きな相手には猪突猛進!な香子。その本人は真剣なつもりでも周囲から見るとかなりエキセントリックな言動・行動でもって万里を翻弄してゆく。万里もまあそれを苦もなく受け入れているあたりいいカップルだなあという気もするが、見ているこちらとしては、双方になんとなく不安がよぎる。

万里はただ、追いすがってくる「過去」からただ逃げたくて、目の前の香子に溺れているようにも見える――実際、本人もそれを自覚しつつある様子。そして香子もまた、万里のことを好きだ愛しているとか言いつつも、本当に恋がどんなものなのかわかっているかどうかはなはだ怪しいふしがある。まあ恋とか愛とかを厳密に定義づけるのは難しいのだが……強いて言うなら、香子は万里が好きなのではなく、相手のことを好きだと思ってすがりついている、その状態が好きなのではないかとたまに思ってしまう。これが杞憂ならいいのだけれど。

そして「過去」の方はというと、相変わらず「過去の万里」は「現在の万里」の背後に佇んでいる。万里は、リンダが過去の自分を求めているのではないかと思っていたが、実際は(と言っても本当のところはわからないが)リンダはただ万里の身を案じているだけなのだということを知り、安堵する。だがその一方で、一瞬ではあるが過去の記憶がよみがえってしまう。そこで視たのは、自分がリンダに対して抱いていた本当の想い。当時のリンダがどう思っていたかはともかく、万里はリンダのことが好きだったという、その記憶。香子という彼女を得た今になって思い出すにはあまりにも残酷な記憶。相反するふたつの想いを抱えて、万里はどうなってしまうのだろうか。


◇前巻→「ゴールデンタイム2 答えはYES」

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