1915年、ドイツ帝国。海軍大臣ティルピッツのもとに届いたのは、イギリスに鹵獲されたUボートを、捕虜となった水兵ハンス・シャイデマンが自沈させるという暗号報告だった。任務遂行したハンスを回収すべく、軍はU19を密かに派遣することを決定。そこでハンスの知人であるという王立図書館の司書ヨハン・フリードホフを、回収時の本人確認のため乗船させることに。偶然にもU19にはハンスの養い子であったミヒャエル・ローエも水兵として乗船。自分がいるにも関わらずヨハンが乗り込むことを疑問に思いつつも、ふたりを乗せたUボートはイギリスへと向かうのだった。一方、1613年、オスマン帝国。3人の少年が強制徴募で親元から離され、奴隷兵としてイェニチェリに入れられることに。商人の息子であったシュテファン・ヘルクと、農民の息子であったミハイ・ローエは兵士候補としての訓練に従事させられるが、貴族の出であったヤーノシュ・ファルカーシュはその容姿を買われ、ふたりとは引き離され内廷入りすることになり……。
「オール読物」にて2016〜2017年にかけて連載されていた歴史長編。1600年代のオスマン帝国と、1900年代のドイツ帝国を往還しつつ、シュテファンとヤーノシュというふたりの男の数奇な人生を描いていく。
物語としての「現在」は、《U-Boot》と題されたミヒャエル視点でのドイツ帝国パート。その合間に《Untergrund》と題された、シュテファンとヤーノシュそれぞれによる手記形式でのオスマン帝国パートが綴られていく。まったく関係ないように見えるこのふたつのエピソードだが、実はシュテファンはハンス、ヤーノシュはヨハンであり、300年の時を経てなお生き続けているということがわかってくる。しかし、なぜそんなことが可能なのか。それはのちにふたりが書き残した手記である《Untergrund》パートで明らかになってゆく。
強制徴募によって少年奴隷となったことで出会ったシュテファンとヤーノシュ。短い行程の中で仲良くなったふたりだが、ふたりの配属先が異なったところから、ふたりの運命はまったく違うものになっていく。シュテファンは城の外で、ヤーノシュは中で、オスマン帝国の斜陽を目の当たりにしてゆく。そして同時に、癒えることのない傷を心身に負ってゆくこととなる。信仰を、言語を、名前を、その他多くのものを剥ぎ取られ奪い去られ、空っぽになってしまったふたりが、その身の裡に代わりに詰めたものは一体何だったのか――あるいは詰め込めなかったその理由は。
そうして違う道を歩んでいたはずのふたりだったが、思わぬところで道は再びひとつとなり、時を超えてゆく。亡きミハイのために外を歩き続けるシュテファンと、傍観者としての立場を選び内にこもったヤーノシュの、どちらが正常か、あるいは正気かなどと問うことはできない。擦り減った精神を抱えて生きていくには、それぞれ縋るものが違ったという、それだけのことだったのだろう。沈みゆくUボートの中でふたりが選んだ道は、果たして本当に「最後」となりえたのか。それは誰にもわからないけれど、「最後」であればいいと思う。



















