phantasmagoria

読んだ本のこと、それ以上に買った本のこと、ときどきライブのことを書き散らかしてみたりする。

カテゴリ: 皆川博子

U
皆川 博子
文藝春秋
2017-11-28


1915年、ドイツ帝国。海軍大臣ティルピッツのもとに届いたのは、イギリスに鹵獲されたUボートを、捕虜となった水兵ハンス・シャイデマンが自沈させるという暗号報告だった。任務遂行したハンスを回収すべく、軍はU19を密かに派遣することを決定。そこでハンスの知人であるという王立図書館の司書ヨハン・フリードホフを、回収時の本人確認のため乗船させることに。偶然にもU19にはハンスの養い子であったミヒャエル・ローエも水兵として乗船。自分がいるにも関わらずヨハンが乗り込むことを疑問に思いつつも、ふたりを乗せたUボートはイギリスへと向かうのだった。一方、1613年、オスマン帝国。3人の少年が強制徴募で親元から離され、奴隷兵としてイェニチェリに入れられることに。商人の息子であったシュテファン・ヘルクと、農民の息子であったミハイ・ローエは兵士候補としての訓練に従事させられるが、貴族の出であったヤーノシュ・ファルカーシュはその容姿を買われ、ふたりとは引き離され内廷入りすることになり……。

「オール読物」にて2016〜2017年にかけて連載されていた歴史長編。1600年代のオスマン帝国と、1900年代のドイツ帝国を往還しつつ、シュテファンとヤーノシュというふたりの男の数奇な人生を描いていく。

物語としての「現在」は、《U-Boot》と題されたミヒャエル視点でのドイツ帝国パート。その合間に《Untergrund》と題された、シュテファンとヤーノシュそれぞれによる手記形式でのオスマン帝国パートが綴られていく。まったく関係ないように見えるこのふたつのエピソードだが、実はシュテファンはハンス、ヤーノシュはヨハンであり、300年の時を経てなお生き続けているということがわかってくる。しかし、なぜそんなことが可能なのか。それはのちにふたりが書き残した手記である《Untergrund》パートで明らかになってゆく。

強制徴募によって少年奴隷となったことで出会ったシュテファンとヤーノシュ。短い行程の中で仲良くなったふたりだが、ふたりの配属先が異なったところから、ふたりの運命はまったく違うものになっていく。シュテファンは城の外で、ヤーノシュは中で、オスマン帝国の斜陽を目の当たりにしてゆく。そして同時に、癒えることのない傷を心身に負ってゆくこととなる。信仰を、言語を、名前を、その他多くのものを剥ぎ取られ奪い去られ、空っぽになってしまったふたりが、その身の裡に代わりに詰めたものは一体何だったのか――あるいは詰め込めなかったその理由は。

そうして違う道を歩んでいたはずのふたりだったが、思わぬところで道は再びひとつとなり、時を超えてゆく。亡きミハイのために外を歩き続けるシュテファンと、傍観者としての立場を選び内にこもったヤーノシュの、どちらが正常か、あるいは正気かなどと問うことはできない。擦り減った精神を抱えて生きていくには、それぞれ縋るものが違ったという、それだけのことだったのだろう。沈みゆくUボートの中でふたりが選んだ道は、果たして本当に「最後」となりえたのか。それは誰にもわからないけれど、「最後」であればいいと思う。

クロコダイル路地1
皆川 博子
講談社
2016-04-20


クロコダイル路地2
皆川 博子
講談社
2016-04-20

テンプル商会の嫡孫ロレンス・テンプルにとっての平和で退屈な日々は、ある日突然終わりを告げた。フランス国内に吹き荒れる革命の嵐はロレンスの運命をあっという間に狂わせる。そしてそれはロレンス以外の人々にとっても同じだった。ロレンスが慕う従兄弟のフランソワとその従者ピエール、あるいは貧しい平民の兄妹ジャン=マリとコレット。ロレンスは家族全員を処刑され、自身も捕らえられ幽閉される。フランソワはピエールと共に王党軍士官として従軍し、革命軍との絶望的な戦いに身を投じる。ジャン=マリは暴動の混乱でコレットと生き別れの状態となり、やがて徴兵され革命軍として従軍する。革命政府による恐怖政治の中で彼らはそれぞれの絶望を視ることになるが……。

「小説現代」に2014〜2015年にかけて連載された歴史長編。革命による狂爛のただなかを生き延びた少年たちの罪と罰、そしてその末路が描かれてゆく。ちなみに1巻はフランス、2巻はイギリスが舞台なのだが、2巻には「開かせていただき光栄です」の登場人物たちも出てくるので、作者のファンとしてはさらに楽しめるつくりとなっている。

「運命が運び、連れ戻すところに、われわれは従おう」――その言葉の通り、登場人物たちは抗いきれぬ運命にただ従わざるを得なくなる。なにが正義でなにが悪か、そんな判断すらつかないような時代の中では、命は紙切れよりも軽く扱われる。誰もが正常さを失って――というより「正常」の定義そのものが揺らいでいく中、さまざまな巡り合わせでロレンス、ジャン=マリ、そしてピエールはイギリスへと渡ることになる。しかし革命から遠く離れても、そこでもたらされた傷は癒えるどころか歪む一方。それを象徴するのがタイトルにもなっている「クロコダイル」――鰐だった。

かつてナントの路地の奥で鰐を見たロレンス。それが現実だったかどうかは定かではないが、その姿はロレンスの心を掴んで離さなかった。しかしそれは単なる未知のものへの憧憬ではなく、何か得体のしれないものの象徴としてロレンスの心に焼きつき、やがて彼の狂気の象徴へと変化してゆく。彼が罪に手を染めたのは復讐のためなのか、それとも狂気の発露だったのか。どうしようもなかった、あるいは知らなかったといって目を閉じ耳を塞げるほど彼らは楽天的ではなかったし、そもそも復讐心そのものが彼らを動かす原動力になっていたのかもしれない。けれど一方で、それを諦め割り切ることで生きていくことができた者もいる。どちらが正しいということではないけれど、それでもロレンスの最後の選択は狂気に蝕まれる中に差した一条の光なのだと、そう思いたい。


かつて米軍のベース・キャンプで「ケイティ」と呼ばれていた彼女は、現在も独身のまま、派遣の家政婦として働く一方、「サニー」と呼ばれていた昔の仲間が経営している喫茶店「ピット」にしばしば出入りしていた。この喫茶店はオートバイ乗りの少年たちのたまり場となっているのだが、ある日、客である羽島とノブのふたりが店で喧嘩を始める。羽島にこてんぱんにやられたノブを介抱してやったケイティは、ふたりが梨枝という少女を共有していること、しかしノブにはそれが我慢ならないということを聞き出す。それを聞いたサニーは、ノブに「トマト・ゲーム」を提案。フル・スロットルかつフル・スピードで壁際までバイクを走らせ、激突寸前にスピン・ターンして壁を避けるという、いわば度胸試しのようなその勝負は、かつてベース・キャンプでもしばしば行われていたものだった。ノブは羽島とトマト・ゲームで勝負することを決め、それを聞いたサニーは、ケイティに賭けを持ちかける。サニーは独り身のケイティが密かに「ピット」を狙っていることに気付いていたのだ。ケイティはその賭けを受けながらも、彼との過去を思い起こしていた……。(「トマト・ゲーム」)

作者の第1作品集の復刊版。解説によれば最初は短編5本を収録して単行本で出版されていたが、文庫化の際に「獣舎のスキャット」「蜜の犬」の2本を別の短編3本と差し替えて刊行され、その後入手困難となっていたらしい。今回の復刊版では文庫版の内容に加え、文庫化の際に抜かれた2本を再収録した「完全版」となっている。

表題作の「トマト・ゲーム」は、少年たちのチキンレースに仮託して、主人公の過去の過ちをあぶり出すという仕掛けになっている短編。その他の作品も登場人物たちがなにかしらの罪を犯し、がために破滅してゆくさまが描かれていくのだが、その行動の根底にあるのは、余人には理解されがたい彼らの心の闇そのもの。ある者は復讐として、ある者は抑圧された自己を解放するため、そしてまたある者は、歪んだ所有欲のために他者を害すのだ。他者には理解されなくとも、その裡にため込んだ苦しみは長い時間をかけて狂気を醸成し、いつしか発露したそれは人知れぬ間に理性とすり変わる。狂気という名の欲望に忠実になった人々を、作者はなんでもないことのように鮮やかに描き出す。その手つきは昔からまったく変わっていないのだということがまざまざとわかる作品集だった。

影を買う店影を買う店
皆川 博子

河出書房新社 2013-11-19
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自殺した弟の通夜で、「私」は弟の友人からある喫茶店のことを教えられる――その喫茶店には作家のM・Mが日々訪れているのだという。そして死んだ弟もまた、かつてはその喫茶店に通っていたことも。果たしてその喫茶店に向かった「私」は、M・Mの姿を目撃するようになる。そしてもうひとつ、店主がM・Mに対して行っている「あること」をも……。(「影を買う店」)

1990年代から現在までに発表された短編21作を収めた最新作品集。「不特定多数の読者にわかりやすく、という軛のない場で書いた、幻想、奇想」な物語の類が、思いがけないほどの密度でひしめき合っている様が見てとれる。中井英夫や森茉莉と思しき作家が登場する表題作を始めとして、どれも短いながらも、噎せ返るほどの濃密さを有している。

特に個人的に好きなのは「釘屋敷/水屋敷」、「沈鐘」、「柘榴」、「更紗眼鏡」の4作。
「結ぶ」を連想させる、〈反転欲〉なる言葉でもってあらゆるものがひっくり返されてゆく「釘屋敷/水屋敷」。
家族を爆撃で亡くして以来、感情を失ってしまった少年が、疎開先の蔵の中で謎の青年と出会い、夢とも現とも知れぬ物語の中に入り込んでゆく「沈鐘」。
こちらも戦時中、柘榴のような美しい女生徒に焦がれてゆく少女の姿を描く「柘榴」。
碧、ゲン、春の3人の子供たちの視点から、彼女たちにかつて何が起きたのかつづってゆく「更紗眼鏡」。

――この4作に限らず、どの物語も、此岸と彼岸のあわいをたゆたう人々の姿が描かれてゆく。現実にはありえない現象の数々――しかし、それが当たり前のこととして描かれてゆく世界。広がる闇はあまりにも甘美で、だから人々は容易くその境界線を越えてしまう。越えた先に待っているのは破滅だとしても、境界線の向こう側を受け入れた人々にとって、
それはむしろ幸福でさえある。そんな世界に文字通り、ただただ溺れてしまう。そのくらい深く昏い、水底に沈んでゆくような物語。

鳥少年 (創元推理文庫)鳥少年 (創元推理文庫)
皆川 博子

東京創元社 2013-10-22
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M**精神病院に勤める女医・穂積とライターの江森の間で交わされるのは、穂積が個人的に行っている「絵画療法」によって、矢沢というひとりの患者が才能を開花させてゆく過程をつづった書簡だった。そしてもうひとつ、その隙間を埋めるように、看護婦の小野から江森に宛てられた書簡で、穂積と矢沢を中心とした院内の状況が語られてゆく。やがて起きたのはM**精神病院での火災。そこで矢沢は焼死したというが……。(「火焔樹の下で」)

1999年に刊行された同名単行本に、同時期に執筆された3本の単行本未収録作品を加えた短編集。そこに描かれているのは確かに現実のことであるのに、どこか別世界の、別の次元で起きているような、眩惑的かつ謎めいた物語が綴られてゆく。

書簡で綴られる物語の中に激しい女の情念が織り込まれてゆく「火焔樹の下で」、新婚旅行中に妻が持っていた鏡から過去の女を思い起こす「坩堝」、父子家庭の息子と母子家庭の娘が、それぞれの親の交流を横目に語りあう「サイレント・ナイト」、若き美容師・六也が見る奇妙な夢と、彼の先輩である女性美容師が巻き込まれた心中事件のふたつが意外なところで結びつく「魔女」、以前暴行されそうになった女性のもとに、犯人のひとりである少年が、ある日突然鳥のような鳴き声のみを発する状態で家に転がり込んでくる「鳥少年」……いずれも最終的には人間の悪意によってもたらされたものなのだろうが、それだけではないような印象をも感じさせられる。

ままならない相手を、世界を、そして自分自身を呪い、歪め、破滅させてゆく人々。その背を押したのはいったい誰――いや、「何」だったのだろうか。目には見えない、そして意識すらしていないかもしれない、自分の、あるいは他人の悪意の、その発露が歪みを生んでゆく。その美しいとすら言える過程をまざまざと見せつけられたような、そんな気がした。

海賊女王(上)海賊女王(上)
皆川 博子

光文社 2013-08-22
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海賊女王(下)海賊女王(下)
皆川 博子

光文社 2013-08-22
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1543年。アイルランドの高地出身である17歳のアラン・ジョスリンは、弟のロイと共にガログラスとして船に乗りこんでいた。同じ船に乗り込んでいたオフラハティ一族のドナルは、ロイが連れてきた隼に目を付けて奪おうとする。そこに現れたのがオマリー一族の族長の娘であるグラニュエル――グローニャだった。その後、なぜか彼女に賭けを持ちかけられ、負けてしまったアランは彼女の従者になるはめに。一方ロイは、隼の一件以降ドナルに目を付けられ、何度もいたぶられるように。それを恨みに思ったロイは、どさくさにまぎれてオフラハティ領へ向かう一団に紛れ込み、行方をくらましてしまう。アランは後ろ髪を引かれつつも、グローニャの従者としてオマリー領へ向かう。複数の言語に堪能で、文字の読み書きもできるグローニャの命令で言語の勉強もしつつ、アランは常にグローニャに付き従うようになり……。

「小説宝石」にて2009年から2013年まで連載されていた歴史長編。
16世紀のアイルランドを舞台に、女海賊グラニュエル・オマリーの生涯を、彼女の従者であるアラン・ジョスリンの視点から描いていく。

グローニャは娘とは名ばかりの男勝りな性格。というよりは、生まれながらの海賊という印象の方が正しいような。いきなりアランに賭けを申し込んで従者にするわ、結婚してからも自分の船団を作るわ、戦闘になれば真っ先にすっ飛んでいくわと、およそ淑女らしからぬ――というよりは自分が「女」であることに頓着しない振る舞いばかり。けれど生まれながらに決められていたドナルとの結婚を前に、盲目の娘エメールに自身の初恋のことを打ち明けてみたりといった乙女らしい一面も垣間見せる。しかし結局のところ、骨の髄まで海賊の娘であるグローニャには、女としての幸せはなかなか訪れない。訪れそうになっても、それはあっさりと彼女の手からすり抜けてしまう。もたらされる結果は彼女の選択によるものだから、自業自得と言えばそれまでだろうが、けれどその悲しみを押し殺して戦いに挑むグローニャの姿にはこみあげるものがある。

一方、そんなグローニャに付き従うアランの生涯もまた、グローニャに負けず劣らず波乱万丈。行方不明になった弟・ロイのことや、エメールへの恋心と苦悩。グローニャに対しては常に忠実な従者として、彼女が向かう先には常に付いて行く。何があってもグローニャを優先させ、彼女の望むがままに支え続けるアラン。ふたりにどこまでも強い主従の絆があるからこそ、どんな悲惨な事態が起ころうとも、どこか安心して見ていられるのだろう。たとえそれが、死しか待ち受けていないであろう、最後の戦いの時でも。

タイトルの「海賊女王」というのは、最後まで海賊として生き抜いたグローニャのことであると同時に、彼女と同い年であったイングランドの女王・エリザベスのことでもある。自国の海賊行為と植民地経営によって富を築き続けたエリザベスもまた、海賊女王であると言えるのだと。物語はグローニャの生涯を描くと同時に、老齢に達したエリザベスの統治下で起きた事件、そしてグローニャとエリザベス――被征服者と征服者であったふたりの女王の、たった一度の邂逅までを描く物語でもある。横に並び立つ者のいない、ふたりの孤高の女王の物語――国家レベルから個人的なものまで、いくつもの対立が争いを生み、翻弄される中で、グローニャが最後までゲールの民としてどこまでも誇り高く戦い続けられたのは、アランという理解者が常に側にいたからなのだろう。そしてそのことが、グローニャとエリザベスの行く末を分けたのかもしれない。そんな表裏一体の物語として読むのもまた面白かった。

ジャムの真昼ジャムの真昼
皆川 博子

集英社 2000-10-26
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父と母と祖母、そしてきょうだいたちと一緒に暮らしている「ぼく」は、同居している叔母の部屋に入り浸っている。叔母は「ぼく」を子犬と呼び、ジャムの小瓶を与えて可愛がってくれる。けれどその様子を両親は――特に母は快く思っていなかった……。(「ジャムの真昼」)

1枚の絵、あるいは写真を元に紡がれた短編7本を収録した作品集。
表題作「ジャムの真昼」はこの作品集の表紙にもなっている絵画が元になっている。機械化されている、あるいは甲冑のようなものを纏う男が自分の身体を左右にこじ開けると、その中にはひとりの女性がいる――そんな不思議な絵から綴られるのは、白痴と罵られる叔母と「ぼく」の交歓、そして「僕」が「西」にいるはずの家族を求めてひたすら歩き続けるというふたつのエピソードが交互に語られる。この「ぼく」と「僕」に共通するのは、ジャムの入った小瓶を持っているという点。このふたりの関係はいったい何なのか、同一人物だとすれば、このふたつのエピソードはどちらが先でどちらが後なのか。そして「ぼく」あるいは「僕」に一体なにが起こっていたのか。本当に狂っていたのは、一体誰だったのか。

これに限らず、どの物語でも謎めいた部分が残されたまま。考えれば考えるほど物語はねじれ、歪んでいくように見えてくる。誰の言うことが正しいのか。語り手の言葉は信じるに値するのか。――けれどこの歪みこそがうつくしいと、ただそう思う。

開かせていただき光栄です―DILATED TO MEET YOU― (ハヤカワ・ミステリワールド)開かせていただき光栄です―DILATED TO MEET YOU― (ハヤカワ・ミステリワールド)
皆川 博子

早川書房 2011-07-15
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18世紀のロンドン。解剖医のダニエルが開いている私的解剖教室では、墓暴きから買い取ったばかりの、妊娠6カ月の女の解剖が始められようとしていた。だがそこに治安員たちがその遺体を探してやってくる。とっさに暖炉に作った仕掛けの中に女の遺体を隠したダニエルたちだったが、治安員たちが帰った後で遺体を出してみると、暖炉の中から見知らぬ遺体が2体も出てくる。ひとつは四肢を断たれた少年のもの、そしてもうひとつは顔を潰された男のものだった。次いで戸惑うダニエルたちの前に現れたのは、治安判事の助手であるアン。ダニエルたちが解剖しようとしていた女――エレイン・ラフヘッド準男爵家令嬢の死の真相と、暖炉に隠されていたふたりの正体を追うべく、アンとその上司である盲目の治安判事ジョン・フィールディングは、ダニエルたちに捜査協力を依頼するが……。

2010年から2011年にかけて「ミステリマガジン」に連載されていたミステリ長編。
外科医、とりわけ解剖医が社会的地位を持たず、偏見にさらされていた時代。内科医の兄の援助を受けながら人体の研究を進めるダニエルと5人の弟子たちが、増えた死体の謎を追っていく。それと同時に描かれるのは、詩人になることを夢見てロンドンにやってきた少年・ネイサンがたどる数奇な運命。ダニエルたちが追う事件と、ネイサンの運命が交錯し、事態はより複雑怪奇になっていく。

鍵となるのはダニエルの弟子であり、ネイサンとも交流のあったエドワードとナイジェル。このふたりが捜査に率先して協力していくことになるのだが、新たな証言、事実が明らかにされるたびに、謎は増え、深まり、事実だと思っていたことがどんどん変容していく。真実を語っているのはいったい誰なのか。そして犯人の目的は何なのか。事態は幾重にもねじれてはその姿を変えていくものだから、ダニエルや判事と同様、こちらも振り回されっぱなし。本当に最後の最後まで読めない物語にすっかり引き込まれてしまった。

薔薇忌 (集英社文庫)薔薇忌 (集英社文庫)
皆川 博子

集英社 1993-11-19
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芝居の終わった舞台で、苳子は見知らぬ青年に出会う。劇団の手伝いに駆り出されたらしい彼の顔を見ていた苳子は、不意に学生時代に亡くなった友人のことを思い出す。薔薇の葩に埋もれて死にたい、と言っていた木谷は、自身の書いた戯曲が上演される前に死んだ。彼はなぜ死ななければならなかったのか。彼が魅入られていたものは、一体何だったのか……。(「薔薇忌」)

演劇に関わる人々が視た、現実と虚構のあわいを描き出す短編集。
演劇という「非日常」に接する人々だからこそ、彼らはたやすくその境界線を越えてしまう。「薔薇忌」の木谷もまたそのひとり。彼の書いた戯曲の主人公は腐った男。背徳に満ちたその男を演じるのは苳子のはずだった。しかし上演が決まった直後、彼は首を吊った。腐敗する前の彼を見つけ出したのは苳子だった。

薔薇の葩に埋もれて死ぬ――イメージはとても美しいが、実際は降り積もった葩が腐敗し、それによって窒息死するのだという。そうやって死にたいと願っていた木谷。腐った男を描き続けていた木谷。腐敗の美を追い求めていた木谷。その理由は、彼が死んでから明かされる。その残酷さは、そして美しさはいかほどのものか。

この世ならざるものに、無残にも踏みにじられていく現実。残ったのは破滅という名の光。絶望の中に残った、ひとすじの光。――その光は、他人からは光にすら見えない、ただの壊れものの欠片かもしれない。それでも手にした本人にとっては、唯一無二のうつくしいものなのかもしれない。それは向こう側を覗いた者だけが知りえる真実なのだろう。

少女外道少女外道

文藝春秋 2010-05
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久緒が小さい頃、父の指示で家の庭に桜の木が植えられた。その作業のためにやってきていた職人の息子・葉次のことが、幼いながら久緒は気になっていた。いつしか葉次が怪我を負う姿を見るたびに、久緒の心の奥にはえも言われぬ感情が芽生えるようになる。だがその感情が何なのか分からぬまま、そして誰にも言えぬまま、時は流れてゆき……。(「少女外道」)

皆川博子の久々の新刊は、2007〜2010年にかけて「オール讀物」に掲載された短編を集めた作品集。退廃的で、うつくしく歪んでいく世界が、感情が、これでもかというくらいに淡々と描かれてゆく。

表題作の「少女外道」は、老女になった主人公・久緒が、かつて抱いていた異様な感情について振り返る物語。同じ感覚を抱いていた同級生・阿星がたどった末路と、久緒のたどった道は異なったけれど、久緒だって阿星のようにならない保証はなかった。その感情がなぜ生まれたのかは、本人にすらわからない。けれどそれはきっと、誰にだって芽生えうるものだったのだろう。忌避すべきものに惹かれる心というのは、いつ、どこにだって存在する。

希うものを自分のものに――永遠のものにしたくなった少年の末路を描く「有翼日輪」。
亡くなった叔母の標本箱の、その最後の升に入っていたものにまつわる物語「標本箱」。
かつて自分が育った家を訪ねながら、当時のことを回想する「祝祭」。
――この3作が特に良かった。
途中までは戦時中、あるいは戦後間もない頃が舞台の、ごく普通の物語だったはずなのに、いつしか物語はわずかにねじれ、気付けば異なる世界にやって来たような印象を受ける。誰もが陽の下に晒せない、心の奥底に芽生えて消えることのない感情を抱いたまま生きている。その感情は時に世界を歪ませて、視えるはずのなかったものを見せてくれる。その光景はきっと、こんなふうに美しいのだろう。

聖餐城 (光文社文庫)聖餐城 (光文社文庫)

光文社 2010-04-08
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文庫化記念!というわけで単行本も持っているのだが、文庫版を購入したうえ再読。
当時の感想はこちら

今回読んでいて思ったのは、やはり本作のメインコンビであるアディとイシュアの関係について。
ドイツ30年戦争を題材にした歴史小説である本作は、それ以上にこのふたりの成長と友情の物語だと感じさせられる。

出会いは最悪(戦争のさなか、納屋に閉じ込められていたイシュアを、身代金目当てでアディがさらった)だったふたり。けれど、詳しくは書かれていないが、イシュアを兄のもとに送り届ける旅で、ふたりはどうやら仲良く(?)なった様子。特にアディは、戦時中のトラウマでうまく喋れなくなっていたのに、イシュアに出会った途端喋れるようになったことから、彼が何かの魔術を使ったのだと信じ、喜んでいた。

だが追手に見つかったふたりは離ればなれになり、結果、イシュアはユダヤ人商人であるコーヘン家に対する人質としてボヘミア王側に投獄されてしまう。アディはイシュアに託された書簡を彼の兄に届けたのち、ひょんなことから傭兵隊長として名高いフロリアン・フォン・ローゼンミュラーと出会い、傭兵となることに。
だがボヘミア王が敗れた頃、イシュアが脱獄したおかげでふたりは再会。その後イシュアとの関係は、彼の死まで続いていく。

孤児で拾われっ子のため学がないアディに対し、イシュアは逆に金持ちだし頭もいいしということで、常にアディに対して上から目線。プラハ陥落後にローゼンミュラー家の領地に戻ることになったアディに対して「お前が頼むなら付いて行ってやってもいい」と言いつつ本当に付いて行くなど、時にツンデレっぽい行動(笑)が見られるが、実際アディのことを誰よりも信頼し、離れがたく思っているのはイシュアの方かもしれない。
辛辣なことばかり言うのは、どこか危なっかしいアディのことを心配するからこそ。実兄を始めとして誰も信用できないイシュアにとっては、アディだけが心のよりどころだったのだろう。愚直なまでの生真面目さを持つアディと比べると、一見イヤミで口うるさい性格のようだが、アディへの信頼の根拠を考えるにつれ、イシュアの抱いている絶望的な孤独が見え隠れしてくる。

どうしようもなくでこぼこなコンビではあるが、ふたりが出会わなければアディは傭兵にはなれなかっただろうし、なったとしてもすぐ死んでいただろう。そしてイシュアもまた、絶望を抱えたままひとり生きていくことになったのだろう。だからこそ、いいことばかりではなかっただろうが、このふたりが出会えたのは本当に良かったと、そう思う。

伯林蝋人形館伯林蝋人形館

文藝春秋 2006-08
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祖国のために立ち上がりながらも、いつしかジゴロに身をやつしたアルトゥール。彼との出会いが忘れられずにいる、脚本家志望のナターリャ。ナターリャと同じようにアルトゥールに憧れ、長じてナチス党員になったフーゴー。アルトゥールの戦友でもあり、ナターリャに想いを寄せるハインリヒ。かつてアルトゥールの家に下宿していた謎の蝋人形師・マティアス。そして、美しい容姿ではないものの、不思議な魅力で人々を惹きつける希代の歌姫ツェツィリエ。アルトゥールを中心として、奇妙な糸でつながった人々が語るそれぞれの「物語」は、どれが真実を有しているのか……。

1920年代のドイツを舞台とした本作は、6人の登場人物それぞれのエピソード、ならびに彼らの「略歴」からなる。そのすべてが絡み合い、いつしか1冊の「本」として浮かび上がってくるのが本書。読み進めていくと、それぞれのエピソードがすべて真実を語っているとは限らないため、時々奇妙な――おそらく意図的な――齟齬が浮かび上がってくるのだが、その複雑さがなんとも面白い。
しかも、その「意図」が誰によるものなのかが明らかにされたあとでもう1度読み返すと、逆にひどく整った「物語」に見えてくるので、ますます面白い。

ちなみに文庫版も出ているのだが、そちらの解説には年表がついているので、わかりにくいと感じたらそちらを参考にするのもアリかも。

ゆめこ縮緬ゆめこ縮緬

集英社 1998-05
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ある日、母が呆然とした態で子守唄を口ずさんでいた。自分たちと同じく、航海から帰ってくる父を待つ母子の歌。だがその歌で父を待って泣くのは母で、慰めるのは子の方。その歌の内容に、そしてそもそも母が歌うというその事実に違和感を覚えながら、子である「わたし」は回想する……。(「ゆめこ縮緬」)

96〜97年に「小説すばる」に掲載された、幻想的な短編8本を集めた作品集。
子守唄に自分の境遇を重ねていたはずが、いつしか家族を取り巻く人の業を、そして過去からねじれてゆく現実を描く表題作を始めとした作品群における、噎せ返るほどに密度のある描写、世界観、物語は変わらず妖しく、美しい。まさに絢爛たる、と評するにふさわしい。

淀む流れに誘われて妖しのものどもが集う中洲で、精神を病んだとされる青年がさまよい続ける「文月の使者」もいいが、「桔梗闇」のひそやかな退廃の美しさもまたいい。
母を亡くした少年の家にいつしか住みついた美しい女は、彼が以前、ねえやにこっそり連れて行かれた見世物小屋の綱渡りの女・桔梗太夫にうりふたつ。女をひそかに「桔梗」と呼ぶ少年に、女は手を差し伸べる。その手が誘う先は、誰にも邪魔されることのないふたりだけの世界。――こういった「禁忌」が、いともたやすく、さも当然の出来事のように描かれていく。その世界に、酔わされる。

うろこの家 (角川ホラー文庫)うろこの家
皆川 博子・岡田 嘉夫

角川書店 1993-07
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「野性時代」に連載された、作者いわく「怪談絵本」。岡田嘉夫の絵が皆川博子の短編を彩り、同時に短編が絵を引き立てる。どちらが欠けても成り立たない、花をモチーフにした幻妖怪奇な絵双紙。

旅の絵師が迷い込んだ旅籠で奇妙な女に幻惑される「沼太夫」、仮面の王の物語が現実を侵食してゆく「闇彩の女掛」、水の中からの招きを歌う「水恋譜」、神女の禁断の恋物語「雙笛」――ほの暗く、陰鬱で、それでいて絢爛。幻想的で、とらえどころのない、霞のような短編群は、読む者の目をあざやかに眩ませる。こんな作品が、文庫サイズになりながら、すでに絶版と言うのはとても惜しい。

皆川博子作品精華 迷宮ミステリー編皆川博子作品精華 迷宮ミステリー編
皆川 博子

白泉社 2001-10
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2001年にミステリー・時代もの・幻想ものの3ジャンルに分けて編まれた皆川博子作品のアンソロジー、第1巻。書き下ろしを含む全18編を収録。

ミステリーということで、どの話でも殺人事件が起こる。だが探偵役が現れて事件を解決する、というスタイルではない。多くの話では当の犯人が語り手となり、その経緯と動機を詳らかにしてゆく。あるいは犯人自身が「人を殺した」という事実を忘れていて、事件の真相を探るうちに自身が犯人であることに気づくという、目の眩むような展開が描かれることもある。

どの物語にも通底しているのは、誰もが抱える暗い想い――栄光や名誉に目がくらんで、という場合ももちろんある。だがそれ以上に、純粋な欲望に基づく殺意というものがここには存在する。
愛しているから殺す。殺したいほど愛している――そんな、所有欲の裏返しからくる殺意。

「水底の祭り」という短編の舞台となる湖の底には、流れの関係で水死者が沈みこむ淵があるという。淀んでいるようで見透かせず、それでいて流れ続ける、昏い淵をのぞきこむイメージ――本作をひとことで言うならば、まさにそんな感じなのだろう。

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