phantasmagoria

読んだ本のこと、それ以上に買った本のこと、ときどきライブのことを書き散らかしてみたりする。

カテゴリ: 津村記久子

この世にたやすい仕事はない
津村 記久子
日本経済新聞出版社
2015-10-16

燃え尽き症候群のような状態で、10年以上勤めた職場を辞した「私」は、失業保険が切れるということもあり、とりあえず職探しを始めることに。コラーゲンの抽出を見守るような仕事がしたい、と訴えた「私」に斡旋されたのは、監視カメラの内容を見続けるという仕事だった。「私」が担当することになったのは、山本山江という女性ライターの自室。彼女の部屋にさる重要なDVDが当人も知らぬ間に混ぜ込まれており、いずれ誰かがそれを取りに来る瞬間を押さえるためとのことらしいが……。(「第1話 みはりのしごと」)

日本経済新聞電子版に2014年5月から2015年3月にかけて掲載されていた作品の書籍化。ちょっと変わった様々な職業を主人公が体験してゆく「お仕事小説」となっている。

最終的に、1年の間に5つの仕事を転々とする主人公の「私」。そもそもの退職の理由が理由だけに、まだやる気が完全に戻ってきていない状態からの「コラーゲン抽出」云々の要件のせいか、彼女に与えられる仕事は一風変わったものばかり。監視カメラの確認作業から始まり、バス内で流す宣伝アナウンス作り、おかきの袋裏のコラム書き、ポスター貼り、そして森林公園での事務仕事+α。しかもこれらの仕事をこなす中で、「私」は思いもかけない様々な事件に遭遇することになる。ともすれば現実離れした展開ではあるのだが、こうも変な状態が続くと「もしかしたら本当にありえるかも」とすら思えてしまう。

1年かけて主人公が再確認したのは、まさに本書のタイトル「この世にたやすい仕事はない」という事実そのもの。働くということはすなわち社会に出るということで、そうなると他人と関わらずに働くというのは難しい。他人はもちろん自分ではないのだからままならないし、それ以前に仕事というのはつきつめれば他人のための作業にほかならないのだから、心身ともに擦り減らされるのは当たり前。何事もうまくいくとは限らない。しかし、やってみなければわからない、というのもまたひとつの真理なのだ。短期とはいえ、5つもの仕事を渡り歩いたという経験は、「私」に再び前を向くための力を与えたに違いない。生きていく上で――生きるための糧を得るためには、働くということは基本的に止めることができないのだから、それならせめて、自分が納得のいく道を選べればいいのだと、そう思う。

これからお祈りにいきます (単行本)これからお祈りにいきます (単行本)
津村 記久子

角川書店 2013-06-28
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高校生のシゲルの住む町では、人を救う代償として身体の一部を求めるという「サイガサマ」なる神様の存在が信じられていた。サイガサマはあまりできた神様ではないので、人々は年に一度、取られては困る身体の部位をかたどったものをサイガサマへの「申告物」として作り、中高生が作った巨大人型にそれを入れて燃やすという祭事を行っていた。手先が不器用なために申告物作りが苦手で、それも手伝ってサイガサマ信仰そのものに懐疑的なシゲルはしかし、ひょんなことから役場が行っている申告物制作教室の手伝いをする羽目になり……。(「サイガサマのウィッカーマン」)

最新作品集は2本立て。ままならない現実のすべてに苛立ちを隠せない高校生が、土地の信仰を通じて周囲を振り返る中編「サイガサマのウィッカーマン」と、心配性の大学生がひょんなことからブエノスアイレス在住の女性とメールでやり取りするようになったことで起こった、ささやかな心境の変化を描く短篇「バイアブランカの地層と少女」を収録。

「サイガサマのウィッカーマン」で、主人公のシゲルはとにかくあらゆることに苛立っている。どこか浮付いた雰囲気が抜けない父親、どこか間延びしている母親、突然不登校になった弟、バイト先のイヤミな職員、そして町全体がサイガサマの存在を信じていること。けれどバイトをする中で、そしてひょんなことから同級生のセキヅカと交流を深めてゆく中で、シゲルはサイガサマの存在について考え始める。

どちらの作品でも、主人公は他者のためにただ祈る。シゲルはセキヅカのために、作朗はブエノスアイレスに住む、会ったこともない女性――フアナのために。自分ではない誰かのことを第一に考えようとする、その瞬間というのは意外とどこにでも転がっているのかもしれないが、そう思えるようになるのは、とても難しい。難しいけれど、その機会をつかみさえすれば、人は変われるし、見える世界も変わってくる。その変化がささやかなものだとしても、それでも。

とにかくうちに帰りますとにかくうちに帰ります
津村 記久子

新潮社 2012-02-29
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その日の豪雨はすさまじく、洲と市内を繋ぐ橋のひとつは事故で封鎖、電車もバスも夕方には運休となってしまう。同僚のオニキリのせいで職場から出遅れたOLのハラは最後のバスに間に合わず、徒歩での帰宅を余儀なくされる。レインコートを買おうと立ち寄ったコンビニで当のオニキリと出くわしたハラは、通ろうと思っていた橋が封鎖されていることを聞かされてショックを受ける。離れたところにあるもうひとつの橋は通れるということだったが、そこまでの道を知らなかったハラは、はからずもオニキリと一緒に帰ることに。一方、部下を先に帰らせるために最後まで職場に居残っていたサカキは、翌日の早朝から大事な用があるために帰ろうとするが、最後のバスは満員でとても乗れそうにない。なんとか徒歩で帰ろうと試みたサカキは、同じくバスに乗り遅れた小学生のミツグと遭遇し、一緒に帰ることになるが……。(「とにかくうちに帰ります」)

ゲリラ豪雨だの災害だので、都市部で帰宅困難者が発生するという事態がクローズアップされる昨今だが、表題作はまさにそれがテーマ。帰れないなら会社に泊まると言うのもひとつの手ではあるが、ハラにもサカキにもそうできない事情があったため、豪雨の中を徒歩で帰る羽目に陥ってしまう。けれどふたりはそれぞれ、同行者を得る。ハラは年下の同僚であるオニキリを、そしてサカキは小学生のミツグを。これまでほとんど接点がなかった、または初対面である2組ではあるが、この非常事態の中で、少しではあるが距離を縮めていく。それまで知らなかった一面を見たり、自分を犠牲にしてでも相手を助けてあげようとしてみたり。帰りたいのは自分も同じだろうに、余裕がない中でそれでも相手に対する思いやりを忘れない彼女たちの姿にはじーんとさせられる。

なお、前半は作者お得意のお仕事小説5編を収録。とある会社で働くOL・鳥飼の視点から、働くということ、そしてそこでの人間関係が綴られてゆく。女性社員(特に事務職)はとかく男性社員から見下されるというか、便利に使われているフシがある、と鳥飼は思う。そして周囲の同僚たちの中には、それを逆手にとっている者もいるし、うまく利用している者もいる。腹が立つようなこともあれば、くすりと笑えるようなエピソードもある。働くというのはただお金を稼ぐことではなく、いろいろと工夫すれば楽しめるし、嫌なことがあってもある程度はねのけることはできる。視点を変えればいろんなものが見えてくるものだなあ、と考えさせられた。

ちなみに前半5編のうちの1編「バリローチェのフアン・カルロス・モリーナ」は、どちらかと言えば仕事小説というよりコメディ寄りな内容。それなりに実力はあるようだがどちらかといえば無名のアルゼンチンのフィギュアスケーター、フアン・カルロス・モリーナを鳥飼が気にし始める、という話。彼のことを知って以来、熱心に情報収集をしたり、同僚の浄之内さん(スポーツ観戦が趣味だが、彼女が目を付けた選手やチームはたいてい成績が悪くなるというジンクスがある)が彼に目をつけないようはらはらしてみたりと、鳥飼はこのスケーターに翻弄されまくる。こういう妙な小ネタが相変わらずなんともいえず面白かった。

ワーカーズ・ダイジェストワーカーズ・ダイジェスト
津村 記久子

集英社 2011-03-25
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大阪のデザイン事務所に勤める佐藤奈加子は、職場の人間関係、終わらない仕事、肌に出来始めたシミ、別れた彼氏、その他もろもろについて悩みながら日々を過ごしていた。そんなある冬の日、奈加子は東京にある取引先からやってきた佐藤重信と出会う。苗字も年齢も、そして誕生日も一緒だというふたりだったが、特に親しくなるわけでもなくやり取りを済ませ、それぞれの帰途に就く。やがて年が明け、1月4日に32歳になった奈加子と重信。重信は大阪支社に転勤となり、大阪の実家へと戻る。だが前任者から引き継いだマンションの工事で、近所に住む湯川という男からクレームの電話が入るようになる。明らかに重信本人を狙っているその電話のせいで周囲に迷惑がかかり、疲労はいや増すばかり。その頃の奈加子もまた、昨年来の状況は悪化するばかりで、悩みは深まる一方。だが不意に、ふたりはそれぞれ、一度会ったきりの「佐藤さん」のことを思い出したりもする……。

久々の新刊は「小説すばる」に掲載された長編小説。
心身ともに疲労が蓄積され、32歳という年齢を否が応にも感じさせられてしまう奈加子と重信。奈加子は肌に、重信は髪にそれが現れてきたことを嘆きながら、日々の生活に立ち向かっていく。職場での評価、微妙な人間関係、嫌な仕事相手。彼氏や彼女がいないふたりは、ゆえにプライベートで他人に時間を割くということをめったにしない。特に奈加子はライターという副業に勤しみ、自ら多忙に拍車をかけている。その多忙を厭いながらも辞めないのは、働くことが好きだから、というわけではないのだろう。

暇な時間があるのが怖い。でも忙しすぎるのは困る。これといった趣味とかなくて、したいことも特になくて、でも何もしないというのもなんとなくいやで。
とにかく疲れていて、何もしたくなくて、でも何かしてみたくて。
嫌なことがあって、それを口に出したくても出せない自分がいる。吐き出してしまうことはたやすいけど、それでも全部を吐き出すことはできない。

年を重ねる、会社で働くというのはそういうことで、自己を主張することなんてできなくて、特別なことなんてなにもない。ルーチンワーク。日々はとめどなく続いてゆく。子供の頃、朝起きて、学校に行って時間割通りに勉強して、帰って宿題して寝て、また朝が来て……その「繰り返し」という大枠は、大人になっても変わるものではなかった。
けれどそんな特別ではない日々の中に「特別」が転がっていることがある。例えば同じ苗字で同じ誕生日で同じ年の人と出会うこと。その人と特に仲良くなるわけでもなく別れること。不意に手に取った雑誌に、見知った名前を見つけること。何気ない日々の中で、ふとその人のことを思い出すこと。そして1年経って、不意に再会すること。それを「特別」と思うかどうかは自分次第。「特別」にするかどうかも、自分次第。でも「特別」と思わなくたって、もちろんいい。そうやって、日々は時に厳しく、時にやわらかに過ぎていくのだから。

君は永遠にそいつらより若い君は永遠にそいつらより若い
津村 記久子

筑摩書房 2005-11
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女にしては長身の22歳。彼氏がいたためしはなく、未だ処女――というよりは「女の童貞」な女子大生・ホリガイの、微妙で絶妙なユルさと複雑さを秘めた日々と成長を描く、第21回太宰治賞受賞の長編作品。

すでに内定ももらい、特に目的もなく残りの学生生活をおくるホリガイ。そんな彼女を話し相手としてしばしば呼び出す河北。ひょんなことから知り合った、ホリガイに似たドライな部分を持つイノギ。このふたりがホリガイの日常にさざ波を立てる。

ふたりはまるでホリガイを鏡に映したように見える――全然似ていないようで、どこか似ているように見えるふたりとホリガイ。河北は彼女の対極にいるような傲慢さを持つが、それは他者を必要としないホリガイの性格と共鳴する部分がある。そしてイノギの抱える闇――古びて艶がなく、ゆっくりと拡散する水彩絵の具の黒色のようななにか――はまた、ホリガイが抱えている過去の記憶に重なる部分がある。

「何もない」けれどそれなりに充足を感じているように見えるホリガイ。その充足は孤独と一体でもある。そして時には何かを求めたくなるが、本当に欲しかったものは手に入らなかった。というより、厳然たる現実の前に、欲しいとは言えなかった。
届かないものを追い、得られずに諦める彼女の姿が見えるからこそ、河北は彼女に対して重要なことを語ったことはない、と言い捨て見下すような素振りを見せるのだし、イノギもまた彼女から離れてゆく。けれどそれは、どちらもホリガイを捕まえることができないと悟ったからなのかもしれない。

だが、終盤でホリガイが気付いた自分の気持ちは、彼女自身が変わったことを示している――自分を求めてくれる人がいたのだ、ということに呼応して生まれた想い。そこでついに、タイトルの「君は永遠にそいつらより若い」というフレーズが響いてくる。

初期作ということであまり期待していなかったのだが、予想以上に様々なものを秘めた作品だった。

八番筋カウンシル八番筋カウンシル
津村 記久子

朝日新聞出版 2009-02-20
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小説の新人賞受賞を機に退職し、実家に戻ったタケヤス。何らかの理由でタケヤスと同様に職を辞し、家業を継ごうと実家に戻ったヨシズミ。実家住まいをしているものの、家を買って独立したがっているOLのホカリ――同級生の3人は、30歳を目前に、地元の「八番筋商店街」で再会を果たす。さびれかけた商店街の中で、暇つぶしも兼ねて、休業中だったホカリの家の店を細々と再開させたタケヤスだったが、そのせいで商店街の青年団「八番筋カウンシル」の寄合に誘われることに。そんなある日、商店街の近くに巨大ショッピングモールが建設されるという噂を耳にしたタケヤスは、かつての同級生・カジオと再会して……。

芥川賞受賞後第1作となる本作は書き下ろし長編。
タケヤスもヨシズミもホカリも、そしてかつて商店街を追われたカジオも、みな父親がいない、母子家庭で育った子供たち。それゆえに、それぞれの家庭では大小問題を抱えていた。特にカジオが商店街を追われることになったある事件は、実際はカジオのせいではなかったのに、商店街の人々は口を拭って今まで過ごしてきていた。そのことがカジオと親しかったタケヤスの心に影を落としたままになっている。

先の見えない物書きという職業。カジオの事件。離婚した父親のことや、そのせいで折り合いの悪い祖母や弟との関係。ホカリの美しい従姉妹・カヤノのこと。保身ばかり考えて、まだはっきり決まったわけでもないショッピングモールについて思いを巡らせるカウンシルの面々――タケヤスの目の前には問題が山積していた。

そんな状況の中、ヨシズミは自分の開店準備に忙しくてそれどころではないし、ホカリはカウンシルの面々に関しては馬鹿にしっぱなしで放置しているのだが、なんとなくタケヤスだけは客観的ではいられず、それなりに真剣に悩んでしまう。かつて小説さえ書ければ幸せだと感じていた少年は、おとなになり、それだけではいられなくなった自分に気づく。生まれ育った場所という閉鎖的環境からいったん出て、そして戻ってきたタケヤスだからこそ、見えてくるものがある。

故郷に帰るというのはひとつの終止符、ひとつの区切りのようだが、実際はそこで何かが終わるわけではない。生活は続いていくし、人生は続いていく。けれどそこには、ささやかでも確かな「変化」がある――その変化が、成長が、商店街の姿に重ね合わせて描かれていく。このゆるやかな感じがとてもいい。

ポトスライムの舟ポトスライムの舟
津村 記久子

講談社 2009-02-05
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「群像」に掲載され、第140回芥川賞を受賞した表題作を収録した、津村記久子の最新作品集。同じく「群像」にて発表された「十二月の窓辺」を併録。

「ポトスライムの舟」の主人公・ナガセは、昼間は工場で働き、夜は友人のカフェでパート、休日はお年寄り向けのパソコン教室で講師をしている29歳。そうやってただ漠然とお金をためている彼女だったが、工場の休憩室に貼っている世界一周クルージングのポスターを見ているうちに、それに参加したいと考えるようになる。費用は163万円――それは工場での給料約1年分の金額。一念発起、節約して工場での給料に手をつけず、ためしに1年で163万円を貯めてみようと考えたナガセだったが、途端に様々な問題が起こり始める。

職を3つもかけもちするナガセはやる気ありあまる女性……ということはまったくなく、日々を生きるためにはとりあえず稼ぐかな、というノリの、無目的な女性。同時に、働くことを「時間を金で売っているような気がする」と考えてしまうような、不気味なほどにドライな考えを持つ人物でもある。時間を売って日銭を稼ぎ、その金で生き永らえる。そして、そのおかげでできた時間をまた売る。その繰り返し……と、生きることを、そして働くことを捉えている。
だからなのか、時々、妙な思いつきにとらわれると、しばらくはそれ以外のことが考えられなくなってしまう。このたびの「世界一周」「163万の貯金」というのもまさにそれ。そうやって「お金」と向き合ったナガセは、新しいものの見方を得ることになる。その転換の瞬間がとても爽快。

併録の「十二月の窓辺」の主人公・ツガワは、年下ばかりの職場で浮いているばかりか、女上司のパワハラの標的になっているという、四面楚歌な状況下で働く女性。そんな彼女が、人間不信になりかねない状況でもなお働くのをやめないのは、なぜだろうか。

ツガワもナガセ同様、働くことに対して、これといった目標やモチベーションは持ち合わせていない。でも、とりあえず働かないと、という強迫観念のようなものが心の奥に流れていることは確か。そして、働き口があるだけマシだろう、という考えも、表裏一体となっている。だから辞められないし、働き続けざるを得ない。そしてそのために病んでいく人もいる。ナガセの友人・りつ子や同僚・岡田しかり、ツガワの同僚や先輩たち、そして同じビル内の別の会社に勤めている営業の女性・ナガトしかり。

どちらの話も、主人公たちがささやかな転換を迎える物語という側面と同時に、現在の職業感を強く反映した物語という面も持ち合わせている。まさに「現在の物語」――この現状だからこそ成り立つ物語なのだなあ、と思う。

アレグリアとは仕事はできないアレグリアとは仕事はできない
津村 記久子

筑摩書房 2008-12
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「ちくま」に2007〜2008年にかけて連載された「コピー機が憎い!」を改題した表題作に、書き下ろし「地下鉄の叙事詩」を併録した最新作品集。

タイトルの「アレグリア」というのは、主人公・ミノベの会社に置かれている大型複合機のこと。他の社員たちが使う機能――スキャンやプリントアウト――はできるのに、ミノベたち事務方がコピー機として使おうとすると、アレグリアは決まって動作不良を起こす。原因は不明で、メーカーに何度見てもらってもその時はまったく問題なく、しかし次の時にはまたおかしくなる。そんなアレグリアにミノベは苛立ちを隠せないのだが、先輩のトチノは彼女の怒りを理解してくれない。それどころか、そんなアレグリアに振り回されるミノベとの間に少しずつ溝が生まれていく。けれどある大仕事の際に、やはりアレグリアは動かなくなって……。

アレグリアの動作不良に悩まされるミノベは、その苛立ちのぶつけ所がないばかりか、共感してくれる人もおらず、まさに八方塞がり。そんな中で現状を打破したのは、他でもないアレグリアそのもの。機械の不調という、オフィスではありふれた事態を通して、人間の心理をまざまざとあぶり出していく。

併録の「地下鉄の叙事詩」も同様で、こちらはある日の満員の地下鉄に乗り合わせた4人の心情をこれでもかとばかりに描写していく。満員電車というある種の極限状態の中で、物理的にも心理的にも追い詰められた人々。4人とも決して読んでいて気持ちのいいことを考えてはいないのだが、その内容はとても卑近で、けれど理解の及ぶようなことばかり。

「カソウスキの行方」や「婚礼、葬礼、その他」もそうだが、作者の書く主人公は決してバリバリ働くキャリアウーマンではない。「アレグリア」のミノベもそうだし「地下鉄」に登場するOLもそう。そういう「普通の人」がある意味極端なことを考える。ほとんどは考えるだけで終わるが、たまに行動に出ることもある。そのわずかな「突拍子もなさ」が心地よく、すがすがしい。

婚礼、葬礼、その他婚礼、葬礼、その他
津村 記久子

文藝春秋 2008-07
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友人の結婚式に出席することになったヨシノは、2次会の幹事も務めることに。だというのに、結婚式が終わった直後、部長の父親が亡くなったのでおくやみに来いという連絡が上司から入る。どうしても断り切れずに斎場へ向かったヨシノだが、身内の間での故人の評判はイマイチで、愛人たちのいさかいに巻き込まれたり、お腹がすいていてもなにも食べ物がなかったり、数珠を忘れて買おうかと思ったら高かったり……おまけに2次会の様子を電話でうかがえば、そちらはそちらでてんやわんやの状態。ヨシノの苛立ちはピークに達して……。

表題作は第139回芥川賞の候補作でもあった短編。
厳粛であるはずの「式」が、正反対のふたつの式を同時に体験するヨシノの目を通すとなにやら滑稽なものにさえ見えてくる。数珠の高価さにショックを受けるというようなささいな描写がリアルで面白い。
タイトルがそっけなさすぎるようにも見えるがこれはこれで内容を端的に表していて良い。本当に「婚礼」と「葬礼」と「その他」の話。

併録の「冷たい十字架」も良かった。こちらは、小学校の近くで起こった、高校生どうしの自転車事故を、立場の異なる様々な視点から多面的に描いていくという物語。例えば事故発生直後に近くを通っていたOLとか、高校生の元担任とか、その高校生に昔助けてもらったことのある小学生だとか。いずれの視点も、その高校生たちに対するスタンスがまったく異なるため、ひとつの事故がたくさんの意味を持って、立体的に浮かび上がってくるように見える。

どちらの作品も、ある出来事を第三者の視点を使って書くことによって、まったく違うもののように見せていく。「語り手」の能力を最大限まで引き出そうとするかのよう。その試みがまた面白い。

ミュージック・ブレス・ユー!!ミュージック・ブレス・ユー!!
津村 記久子

角川グループパブリッシング 2008-07-01
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長身に赤毛、ごついフレームの眼鏡、カラフルな歯列矯正器、そしてヘッドホン。数学がからきしダメで、将来の夢なんて特になくて、とにかく好きな音楽を聴いていたい――そんな女子高生・アザミの高校生活を描く音楽×青春小説。

とにかく自由というか、自分の思いに正直に生きているように見えるアザミ。親も「好きなようにやればいい」と言ってくれるけれど、じゃあどうすればいいのかはわからない。したいことも特にない。そんなぐだぐだなアザミの日々がすこしずつ変わる様子がつづられていく。何をするにもひとまず音楽。常にヘッドホンを手放さなかったアザミが、ついにそれを置く。その瞬間が、彼女の「変化」を如実に表している。音楽は常にそばにある。いつだってここで鳴っている――そう気付く瞬間。

不意にアジカンの「新しい世界」を思い出す。

 自分の立ち位置なんて何処だっていいから
 目の前の景色を全部塗り替えるのさ

音楽で目の前の景色を塗り替えていく。それがアザミの生き方。

山崎ナオコーラ「長い終わりが始まる」も、使われているモチーフは同じだが、まったく印象が違う。
小笠原は「音楽になろうとする」女で、アザミは「音楽と共にあろうとする」女――そう見える。
深化と進化、変化と前進。
どちらがいいというものではなく、どちらを選ぶか、ただそれだけのこと。
さて、私はどちらだろう?

カソウスキの行方カソウスキの行方
津村 記久子

講談社 2008-02-02
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第138回芥川賞候補作となった表題作を含む3本の短編を収録。

上司と後輩の不倫問題に巻き込まれ、郊外の倉庫に出向させられたイリエ(28歳・独身)。やりがいもなくつまらない日々を改革せんとして、そして友人の婚約を機に、なんとなく恋愛というものをしてみようと思ったイリエは、とりあえず同僚の森川を好きになったと仮定してみる――「カソウスキの行方」。
上司の嫌がらせ、ちょっと気になっていた男性の婚約者の幸せだだもらしブログ、さらにはその男のデザインした販促キャラクターの氾濫に次第に追いつめられていくOL・野枝と、食事に誘ってもいつも10時には帰ってしまう風変わりな男友達・オサダとの微妙な関係を描く「Everyday I Write A Book」。
そして結婚式当日、時間にルーズで約束をよく破るうえ、うっかり浮気までしていた彼女・サトミと、そもそもなぜ結婚することになったのかを、新郎・ハルオが振り返る「花婿のハムラビ法典」。

やはり1番ひきつけられたのは表題作。
「カソウスキ」=「仮想好き」。
とりあえず森川のことを知ろうと思ったイリエが最初にしたことは、なんと彼の健康診断結果を見ること。さらに彼女は、森下からもらったものを兵馬俑の表紙のノート(経費で落としたもの)に書きつけていく日々。この「兵馬俑ノート」がポイントかと(笑)。自分で(仮想)好きになったわりにはあまり乗り気ではないイリエ。その微妙なスタンスが、特殊な状況をさらに引き立てていく感じがする。

2本目はそれなりに面白かったのだが、盛り込まれたエピソードが多すぎて、メインテーマがわかりにくかったのが残念。それと比べると、3本目はハルオから見た彼女・サトミの性格を書き連ねていくタイプなので、すっきりまとまっていた。ハルオのハムラビ法典的発想が凄まじい。

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