phantasmagoria

読んだ本のこと、それ以上に買った本のこと、ときどきライブのことを書き散らかしてみたりする。 (当ブログは全文無断転載禁止です)

カテゴリ: 円城塔

シャッフル航法 (NOVAコレクション)
円城 塔
河出書房新社
2015-08-27

妊娠してもう10 年になるが、お腹の中の我が子(息子であることは分かっている)はいまだ生まれてこない。けれど彼はお腹の中で元気にやっているようで、ガールフレンドとおぼしき女の子たちがひっきりなしにやって来るあたり、かなりの女たらしとして成長しているようではある。カウンセリングを受けてはいるが、母体・息子ともども大した問題はなく、双方首をかしげている状態。するとそのうち、ガールフレンドのひとりが息子の子どもを妊娠したと言い出して……。(「つじつま」)

河出文庫から刊行されている日本SF書き下ろしアンソロジー「NOVA」発表作を中心とした短編集。10作品が収録されている。

「NOVA」シリーズを最新刊以外は読んでいることもあり、10作中7作が既読。今回初めて読んだのは、前掲の「つじつま」、プログラムされたリスの様子から自己を振り返る「リスを実装する」、印刷や翻訳といった様々な手法による《複製》がテーマの「Printable」の3作。説明するのは相変わらず難しく、理解できたかと言われても頷きがたいいつもの円城節ではあるが、個人的には少しずつ位相をずらしながら、時には裏表すら逆にしながら、ぐるぐると回る環というイメージがつきまとう。思考実験といっても差し支えない。「だからなんでそうなった」と言いたくなるようなオチのものもあれば、実はこれは恋愛ものなのではないかというようなセンチメンタルな印象を受けるものもある。一方、実はこれは派手なアクションものなのかな、とか、コメディなのかな、というようなものも。その多様性がなんとも楽しい。

バナナ剥きには最適の日々バナナ剥きには最適の日々
円城 塔

早川書房 2012-04-06
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旗を置いていくのが仕事です――とある無人探査機が、遠い宇宙のどこかの惑星で旗を立て続ける。それはすでにその場所を通ったという目印であり、発信器であり、調査結果を書き連ねたメモでもある。そうやってただひたすらに宇宙を旅しながら、何かの――例えば宇宙人の存在を示す痕跡を探しているような、そうでもないような。そんな中で「彼」は夢想する。それはかつて失ってしまった「チャッキー」なる架空の友人のことであったり、またはバナナ型の宇宙人の存在であったり……。(「バナナ剥きには最適の日々」)

芥川賞受賞後としては初となる単行本は短編集。SFマガジンを始めとした様々な媒体に発表された短編9作を収録している。
どちらかといえば分かりやすい、という惹句が果たしてとっかかりのいいものであるかどうかは分からないが、確かに「どちらかといえばわかりやすい(かもしれない)」「なんとなくわかったような気がする」というような作品ばかりだが、それが円城作品ではよくあることだし、私が気に入って読んでいる理由でもある。

そんな作品集の中で特に気に入ったのは表題作の他、パラダイス氏なる男性との関係を通じて〈存在〉なるものの意義を問う「パラダイス行」、詩的表現が心地よい「equal」、ミドリムシの生態の研究話(のようなもの)がいつの間にか恋愛話(のようなもの)になっていくようなそうでもないような「捧ぐ緑」、そしてわたしがつくったわたしがわたしをじっと見つめている「Jail Over」の4作。時に叙情的に、時に淡々と、小気味良い音をたてながら、なにものなのか定義づけることの難しい物語は綴られ、積み重ねられていく。

道化師の蝶道化師の蝶
円城 塔

講談社 2012-01-27
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飛行機の中で「わたし」は思う――旅の間にしか読めない本があるといいのに、と。そしてそんな着想を現実のものとして資産を築いたのがエイブラハム氏だった。機内でたまたま隣り合わせたその男――エイブラハムは、飛行機に乗ること、それ自体が仕事である人物。銀糸で作られた捕虫網で、機内で取りとめもなく浮かぶ着想を捕らえているのだという……。

第146回芥川賞受賞作。
道化師のごとく定まらぬ模様を持つ蝶。それは架空のものであり、実存するものであり、実のところそれは着想そのものである。捕らえることができて、けれど視えない人には視えないもの。エイブラハム氏が収集していたという「着想」、この人物が追っていた「友幸友幸」なる人物の手掛けた無数の作品群、旅また旅の生活の中で様々な手芸を習得していく人物のこと――ほとんど固有名詞を持つ人物の出てこないこの物語の中では、登場人物がすべて別人なのかもしれないし、あるいはあの人とこの人は同一人物なのもしれない。

無数の言語で書かれた「友幸友幸」の作品。
糸を繰り、時には文字を繰って無数の何かを作り続けていた女性。
もしかしたら、このふたりは同一人物なのかもしれない。とりとめなく生み出される思考は、作品は、玻璃でできた蝶となって飛び、砕け散り、誰かの脳内に降り積もる。字義通りのバタフライ・エフェクト。巡り巡って、なにかがなにかに影響を及ぼす瞬間。誰にも読めない作品も、いつかは誰かに読まれる時が来る。そんな作品を生み出す瞬間というのが、蝶が舞い降りた瞬間なのかもしれない。

併録の「松ノ枝の記」は「群像」2012年2月号に発表された短編。
無名の作家である「わたし」が、同様に無名である海外の作家と共に、互いの作品を翻訳し合う。しかし互いに互いの母語をマスターしているわけではないので、できた翻訳は元の作品とはまったく違うものになったりしている。けれどそれすら楽しみながら、ふたりは互いの作品を翻訳し、時には相手の作品を先に翻訳してしまったりもする。そんなある時、相手――第1作目「松ノ枝の記」が彼の自伝的小説だったので、便宜上「松ノ枝」と呼ぶことにしているその作家が、新しい作品を送ったのというのだが、いっこうにそれが届かない。もめた挙句、「わたし」は松ノ枝の住む国を訪れ、直接会って話すことにするのだが、そこに現れたのは松ノ枝の姉と名乗る女だった。けれど「松ノ枝の記」によれば、松ノ枝には姉はいないはず。ではこの女は一体何者なのか……という物語。

ふたりのねじれた、支離滅裂な翻訳作業がなんともおかしいのだが、それ以上に奇妙なのは松ノ枝という存在と、彼の姉を名乗る女との関係。松ノ枝と彼女の正体が明かされる中盤からは一気にSFじみてくるのだが、その展開のおかげで逆に意味がとりやすいような気もする。果たして「登場人物」なのは一体誰なのか。
ちなみに、この「松ノ枝の記」には、「道化師の蝶」と同じモチーフが登場している。つまり、物語を紡ぐ人物と、工芸に携わる人物が同時に現れ、深く関係しているということ。ある意味「道化師の蝶」の姉妹編と言えるのかもしれない。

後藤さんのこと (想像力の文学)後藤さんのこと (想像力の文学)

早川書房 2010-01-07
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もし曲がり角の向こうでもうひとりの自分に出会ってしまったらどうするか。その時、そばに後藤さん一般がいたら「刺すね」と言ってくれるうえ、本当に刺す。後藤さん一般の性質はそういうものである。つまり有言実行。だからあなたのそばにいた後藤さん一般は、曲がり角の向こうにいるもう一人の自分、そのそばにいるもう1体の後藤さん一般を刺しにいくだろう。そしてもみ合いになって、片方が刺されてもう片方が残る。最終的には1体の後藤さん一般と、ふたりの「自分」が残ってしまった。つまりそういうことだ……(「後藤さんのこと」)。

とまあ、自分で書いてみてもよくわからなくなる、そんな連作短編「後藤さんのこと」を始めとした計6編が収録された作品集。

読めば読むほどわからなくなって、最終的には「そういうもの」としか思えなくなる存在《後藤さん》について描かれる表題作もいいが、もうひとつ気に入ったのは、銀河帝国の栄光と衰退を描いて……いるようなそうでないような作品「The History of the Decline and Fall of the Galactic Empire」。
99の箇条書きで綴られる本作は、銀河帝国版「後藤さん」と言うべきか――自分でも意味不明(笑)ではあるが――銀河帝国の成り立ち、人気メニュー、都市伝説、銀河帝国をふたつ買うとおまけにもうひとつ貰えること、皇帝は幼児または幼女であること、気付いたら滅びてたりして、一体いつまでこんなことを続けなければならないのでしょう。そんな話。

また、「Self-Reference ENGINE」「Boy's Surface」など読んでみて感じたのだが、意外とボーイ・ミーツ・ガール的な話が得意なのか――「墓標天球」という作品もまた、顔も知らぬ少女を追い続ける少年の話。天使が天球を回し続ける世界で、降り積む羽を避けながら少年は走る。

SFだか純文学だか、それとも単なる与太話か――掲載誌は多岐にわたるが、どの作品にも共通するのが、読者をいとも簡単に煙に巻いてしまう、その文章。
読み始めても、読んでいる途中でも、読み終わっても、結局なんだったのかよくわからないけれど面白い、そんな感想がこぼれ出る。そしてその不思議な体験をもう一度してみたくて、また読む。ある意味、中毒かもしれない。

Self-Reference ENGINE (ハヤカワ文庫JA)Self-Reference ENGINE (ハヤカワ文庫JA)

早川書房 2010-02-10
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文庫化に際し再読。

文庫化にあたって「Bobby-Socks」「Coming Soon」の2編が追加。
「Bobby-Socks」は可憐な白い靴下(でも性別は男。……性別?)のボビーと、人間である「僕」との謎の攻防が描かれている。監察官で編めるというボビーが「僕」にあの手この手で迫り、その足にボビー本人(?)を履かせようとし、「僕」がそれに抗するという展開……のように見えて、実はそうでもないような。ラストのボビーの台詞がなんとも意味深で、時間の流れがおかしくなり、世界そのものが狂っているこの物語を象徴しているよう。

もう1編の書き下ろし作「Coming Soon」でもボビー登場。魔女っ娘的ないでたちの巨大知性体ユグドラシルの立体映像が履いているのはなぜかボビー。彼女が対峙する異形とはなんなのかわからないまま、物語は続いていく。

もう1度読み返してみたところで、結局この世界に何が起こっていたのか、そして何が起こり続けているのか、その全貌はまだまだ不明瞭。しかし「時間」の流れが不規則になる前も、そうなってしまった後も、変わらず世界は狂い続けているのだという、そういうような物語。


◇単行本→「Self-Reference ENGINE」

Boy’s Surface (ハヤカワSFシリーズ Jコレクション)Boy’s Surface (ハヤカワSFシリーズ Jコレクション)
円城 塔

早川書房 2008-01
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「博士を愛せなかった数式」というコピーと鮮やかなピンクの表紙が目を引く、ハヤカワでの第2小説集。まさかの恋愛小説集――といっても普通の恋愛小説ではない。なんでも「数理学的純愛小説集」なのだとか。

表題作「Boy's Surface」の他に、書き下ろしを含む3作品を収録。
大規模かつ抽象的な計算空間の中心で、キャサリンだかゴルトベルクだかがアイを叫んだような「Goldberg invariant」。
出会うたびに≪すごい≫存在になっていく、僕にとってはたったひとりの愛すべき彼女を描く「Your Heads Only」。
いつか出会うはずの、近くて遠いふたりの邂逅の物語「Gernsback Intersection」。

確かに……どれも恋愛小説にしてはやや無機質だが、SF小説にしてはロマンチックにすぎる側面も持っている。「Gernsback Intersection」なんかはボーイ・ミーツ・ガールものといってもいいようなストーリー。淡々とドライに、けれどほんの少し感傷的な筆致がとても好みな短編集。

Self-Reference ENGINE (ハヤカワSFシリーズ Jコレクション)Self-Reference ENGINE (ハヤカワSFシリーズ Jコレクション)
円城 塔

早川書房 2007-05
売り上げランキング : 105969
おすすめ平均

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突如、世界を襲った「イベント」は、過去から未来まであらゆる時空と世界を混乱の極みに陥れた。てんでばらばらの方向に流れだした「時間」のおかげで、たった1分先でさえ、そのままの「世界」が続いていくとは限らない。巨大知性体に支えられたそれぞれの世界は、この事態を収拾すべく様々な手段を講じるが……。

真っ黄色の表紙が目を引く本作は、なんとも形容しがたいSF短編連作集(……という説明も合っているのかどうか)。

例えば、ジェイムスの片想いの相手・リタの頭の中には未来から撃ち込まれた銃弾が埋まっていたり。

例えば、26人もの学者が突然、それぞれ別の場所で、全く同じ瞬間に同じ理論を発見・発表したり。

例えば、「自己消失オートマトン」なる理論が、その内容――つまりあらゆるものを自動的に消していく――ゆえに、周囲の記憶や研究者もろとも消えていったり。

例えば、亡くなった祖母の家から、大量のフロイト(つまるところ有名な心理学者のあの人)(しかも強面)が出てきたり。

例えば、世界を支える巨大知性体が欝病になりかけたり。

――そんな出来事がまかり通る世界。それが現実。

前半はとりとめのなさそうな、けれど確実に何かがおかしい世界が描かれた短編が続くのだが、中盤から次第に「イベント」の影響による並行世界の歪みが、巨大知性体の動きを通して描かれていく。
時間束の混乱により時空は歪み、未来は過去になり、過去は未来にすらなりうる。現在の積み重ねが未来を創るとは、必ずしも言えない。消失と再生を繰り返す世界。
この状態はおかしいのか、それとも当たり前なのか。それは誰にも分からない。

タイトルの「Self-Reference ENGINE」――「自己言及機関」とでも言おうか。この「自己」とはなにか。誰のことなのか。どれだけのことが語られようとも、それすらも信じるには足りない。

私自身がSF慣れしていないこともあり、細部は分からないことも多いのだが、そんなことも気にならないくらいに面白かった。短編という体裁も良かったのかもしれない。個人的には「オブ・ザ・ベースボール」より、こちらの方が好み。

円城塔「Boy’s Surface」(「SFマガジン」2007年9月号)

「僕たちの初恋の不可能性を巡る物語」――らしい。

キーワードは「レフラー球」。そしてアルフレッド・レフラーと、彼の初めての恋人、フランシーヌ・フランスの出会いと別れ。
盲目――もしかしたら、脳神経的には見えているはずなのに、当人がそれを認識できない「盲視」かもしれないのだが――の数学者・レフラーが、フランシーヌに初めて出会った際に視た球体。それが青く澄み透る高次元球体「レフラー球」。このレフラー球こそが語り手――報告書そのものである「僕」を生成するモノであり、「僕」の構造そのものである……。

とまあこのように、架空の数学者を語り、その理論を構築していくSF中編。たまたま買っていた「SFマガジン」に載っていたのを思い出したので、ついでに読んでみた。

文系の私には当然さっぱり……ではあるが、不思議なもので、わからないなりにもなぜか最後まで読んでしまった。わからないなりになんとなく面白い。雰囲気に呑まれた、そんな感じ。

オブ・ザ・ベースボールオブ・ザ・ベースボール
円城 塔

文藝春秋 2008-02
売り上げランキング : 96836
おすすめ平均

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麦畑が広がるほかは、何の特色もないような小さな町・ファウルズ。この町にはずいぶん前から、奇怪な現象が起こり続けている――年に1回程度、空から人が降ってくるのだ。原因も理由も解明されていない事態を前に、とりあえず町ではレスキュー・チームが結成されていた。9人のメンバーに与えられるのはユニフォームと1本のバット。これでもって、落ちてくる人間を元の場所に打ち返すことがレスキュー・チームの任務とされていて……。

第104回文學界新人賞受賞作にして、第137回芥川賞候補作。
なぜ人が落ちてくるのか――空の上にある崖っぷちに殺到する人を受け止めるキャッチャーがいて、けれどまれにその腕をすり抜けた者がファウルズまで落ちてくるのか。それともファウルズにいるバッターの存在を知ってか知らずか、人を投げてくるピッチャーがいるのか。
タイトルの由来は大森望いわく「ライ麦畑でつかまえて」のもじり。「バッター・イン・ザ・ライ・オブ・ザ・ベースボール」なのだとか。

ともかく、背景も原因も、結末さえはっきりしないまま、物語は終わる。≪墜落するものこそが、生命である≫という命題が最後に残る。落ちる、墜ちる、堕ちる。遠くない未来、ここではないどこかにおちていくことだけが、確実にわかっていること。

意味のあることもないことも、すべて等しく淡々と箇条書きのように語っていく文体は、確かにヴォネガットっぽいな、と思った。

併録の「つぎの著者につづく」に関してはもうお手上げ。言語の起源を確認するという実験(?)についての記述に始まり、とりあえず語り手たる「私」の文章が「R氏(リチャード・ジェイムスなる人物)」に似ていると指摘された、という話になり、そのR氏の軌跡をたどる……ようなそうでないような話。巻末に10ページ、69項の注を付す。もうなにがなにやら……。

「さかしま」
……小松左京・監修/瀬名秀明・編著「サイエンス・イマジネーション 科学とSFの最前線、そして未来へ」

「パリンプセスト あるいは重ね書きされた八つの物語」
……大森望、日下三蔵・編「虚構機関 年刊日本SF傑作選」

「ムーンシャイン」
……大森望、日下三蔵・編「超弦領域 年間日本SF傑作選」

「Beaver Weaver」
……大森望・責任編集「NOVA1」

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