phantasmagoria

読んだ本のこと、それ以上に買った本のこと、ときどきライブのことを書き散らかしてみたりする。

カテゴリ: 栗原ちひろ

式神仙狐の思い出帖 (富士見L文庫)
栗原 ちひろ
KADOKAWA
2018-10-15

虚弱体質を抱える青年・沖世嘉月は、療養のため亡き祖母の家でしばらく暮らすことに。しかし引っ越し当日、同級生で友人だという大咲かれんと再会するも、なぜか嘉月には彼女に関する記憶が全くないのだった。そんな嘉月の前に現れたのは、三尾の狐のあやかしである冬青。彼は祖母である喜代の式神であり、祖母の家と、彼女が残した「思い出帖」――冬青が喰らう「悪い記憶」の記録を守っているのだという。かれんのことを覚えていないのは冬青に記憶を奪われたからではと考えた嘉月だったが、冬青が喰らうのは辛い記憶のみであり、ゆえにそれを嘉月に返すつもりはないと言われてしまい……。

虚弱体質の主人公が、失われた記憶の謎を求めて(文字通り)身体を張って奮闘する物語。

記憶の一部が欠落しているのは嘉月だけでなく、再会した「親友」のかれんは両親からその存在を忘れられているし、隣の家の岳中さんは夫がいたはずなのに独身だと言い張っている状態。嘉月は自分の記憶を取り戻す前に、まずはこの2件を解決せざるを得なくなってしまう。いくら優しく、また祖母の式神であったとはいえ、相手は狐のあやかしという人ならざるモノ。ゆえにそのメンタリティが人間と同じはずもないのでは?……と物語は一時不穏な方向に。

「悪い記憶を喰らう存在」と言われると、その悪い記憶というのは人を傷つけた、あるいは傷付けられたといった類のものかと思っていたのだが、冬青が喰らったかれんの両親や岳中さんの記憶はそういうものではなかったというのがなんとも意外。一方で、嘉月の喰われた記憶はそのふたつとはまた異なり、こちらには物語の軸となる謎も含まれていて、最後までどうなるかわからずはらはらさせられた。あるべきものがあるべきところに収まったラストはとても良かったが、機会があればふたりのその後も見てみたい。


文芸編集者の田中庸がこのたび担当することになったのは、3年前にデビューした寡作なホラー作家・些々浦空野。そのデビュー作を初めて読んだ田中はすっかりその作品世界のとりことなり、新作を書いてもらおうと空野に接触を試みる。しかしアポを取り向かったはずの空野の自宅では門前払い。しかも空野の作品を読んだ頃から田中の身に起き始めた奇妙な現象――意識が飛んでいたり、まるで空野の物語に出てくるような状況を幻視したり――はひどくなる一方だった。そんな田中に空野は告げる。書いたことが現実になるから、新作を書けないのだ、と……。

若き小説家の周囲で起こる奇妙な出来事を、その担当編集者の視点から描くファンタジー連作。

とにかくまじめにこつこつと、を絵に描いたような田中と、その真逆を行く無気力感を見せる空野。しかしこれがまたいいコンビというかなんというか、真逆だからこそうまくいくということなのか――そうして空野の餌付けに成功(笑)した田中は、彼女をなだめすかし生活面をサポートしながら新作を書くための手助けを行っていくのだが、ネックになるのが空野の言う「書いたことが現実になる」という事象。それは空野のデビュー作に始まり、やがて空野の祖父である幻想作家・笹浦雪知の作品へと奇妙な繋がりを見せてゆく。これは能力の継承というべきか、あるいはふたりに共通する笹浦=些々浦邸という舞台装置のなせる業なのか。はっきりしたことはわからないけれど、空野の周辺で起こる現象はそれはもう幻想的な風景で(ともすれば怪奇寄りではあるが)、田中同様、文字の連なりの中にこちらも幻を見出してしまいそうになる。この微妙に危ういバランス感がとてもよかった。

悪魔交渉人 (4) 天使の方舟 (富士見L文庫)
栗原 ちひろ
KADOKAWA/富士見書房
2016-01-13

晶と音井に今回与えられた任務は、とある豪華客船に潜入し、そこで開かれる裏オークションに参加すること。そのオークションには、戦前に謎の沈没を遂げた豪華客船・ユートピア号から引き揚げられた物が多数出品されるらしく、そこに悪魔関係のものが混ざっている可能性があるのだという。晶は音井と森木、そして今回なぜか付いてきた館長と共に豪華客船を満喫しつつオークションに参加。しかしその最中、出品物のひとつであるユートピア号の船首像から強い悪魔の気配が起こったかと思うと、羽虫のような物体が大量に現れて……。

悪魔の姿を視認し、言葉を交わし交渉する能力を持つ青年が、悪魔がらみの事件に巻き込まれながら立ち向かってゆくシリーズ4巻、今回で完結とのこと。

豪華客船での裏オークション、戦前に謎の沈没を遂げた船、そこから回収された悪魔にまつわる物品、そして現れた幽霊たちと「天使」――晶たちだけでなく、これまでに登場した「ファウスト機関」やバチカンのエクソシストも絡み、まさに最終巻にふさわしい大スケールな舞台。そんな中で複数の思惑に翻弄されつつ、晶は音井の秘密――正確には、音井の遺体に潜む「悪魔」の正体に迫っていくことになる。

結局音井のひとり勝ちのようなかたちで決着はつくが、大事なのはやはりその経緯。晶は音井の正体を知り契約するのではなく、彼とただ「約束」することを選んだ。それは音井を、かつて「親友の音井遊江」を殺した相手として憎むのではなく、いまやかつての音井と同じくらいの存在となっていることを認めたことに他ならないのではないか。だから契約で縛るのではなく(まあそれをすれば自分だってただでは済まないわけだが)、約束という不確定な、しかし互いの信頼関係がなければならないものに頼ったのだろう。そして音井もまた、その晶の想いに応えたのだ。音井にだってやろうと思えばその約束を「契約」だとして、晶の全てを奪うことはできただろうに。そんなふたりの絆をまざまざと見せつけられるような結末を経ることで、ようやく晶も事故の呪縛から逃れられたのだ。きっとこの時、エジプトで音井を失って以来止まっていた彼の時間が、また動き出したのだろう、と。


◇前巻→ 「悪魔交渉人3 生贄の迷宮」

悪魔交渉人 (3) 生贄の迷宮 (富士見L文庫)
栗原 ちひろ
KADOKAWA/富士見書房
2015-06-15

警察がWMUAに依頼してきたのは、幽霊マンションと呼ばれている、とある違法建築物の調査とだった。先代オーナーが増築を重ねたその建物には幽霊が出るとの噂だったが実害はなく、逆に現オーナーが増築を止めると、実際に幽霊騒ぎが起き始めたのだという。さらにこのたび、現オーナーの実子が失踪したのだとも。晶は音井、そして晶の健康管理と称して同行してきた森木と共にマンションへと足を踏み入れるが、マンション内は人の気配はすれども姿はまったく見えないという奇妙な状況。そんな中、3人は五得会から派遣されたという霊能力者・清水に遭遇。彼女いわく、このマンションから出たいと考えた途端、マンションに潜む何者かが怒り、決して外に出すまいとするのだと。かくして晶たちと清水、そしてたまたまその場に居合わせた宅配業者の輪道は、マンションからの脱出を試みようとするが……。

シリーズ3巻は密室もの。出口のない幽霊マンションで、身を潜め容赦なく代償を奪おうとする悪魔に晶たちが対峙していくという展開に。今回は音井だけでなく、ふたりの大学時代からの同級生である研修医・森木や、1巻にも登場した晶の師にして有名な霊能力者・五得も参戦し、ある意味オールスター登場的な。

このマンションに悪魔が潜んでいた理由と狙いがじわじわと判明していく流れはミステリ半分ホラー半分といったところ。晶たちが前に進むためには、悪魔に自分の心からの願いを伝え、それを叶えてもらう代わりに、本人にとって大事なものを代償として奪われてしまう。晶たちはそのルールに乗るよりほかないのだが、音井や晶が1度死に、生き返ったことを知られたせいで、そのハードルはどんどん上がってしまうという危機的状況。そんな中、清水は霊能力者としてのプライドに押しつぶされ、次第に自らの本心を剥き出しにされてしまう。中身が悪魔である音井はともかく、冷静すぎる晶と比べると清水の振る舞いは見苦しいことこの上ないが、けれど普通の人間としては、ここで恐怖心を抱くという状態の方が当たり前。晶の態度は明らかに何かの欠如の現れとしか言いようがなく、こうやって彼のメンタリティが普通のそれと違うことが浮き彫りになる展開にこそぞっとさせられる。

晶と音井、そして森井は友人であったが、晶は森井のことが好きで、しかし森井は生前の音井に片想いをしていた。そのせいもあって音井と森木が接触するのをあまり歓迎していない晶、という構図がこれまであったのだが、今回の事件を通して、その関係にも変化が現れる。悪魔に問われて答えた森木の望みと代償は、晶にとっていかほどの衝撃を与えたのだろうか。不安感を煽る結末のこともあって、彼らの先行きがどうなるのか気になって仕方ない。


◇前巻→「悪魔交渉人2 緑の煉獄」

悪魔交渉人 (2) 緑の煉獄 (富士見L文庫)悪魔交渉人 (2) 緑の煉獄 (富士見L文庫)
栗原 ちひろ

KADOKAWA/富士見書房 2014-12-11
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晶のところに珍しく学芸員としての仕事が回ってきた。横浜を挙げてのアートプロジェクトに、学芸員としてかたちだけでいいから参加するよう言いつかった晶だったが、そこで出会ったエキセントリックな建築家・新田に気に入られ、主催者と新田との中継ぎをするはめに陥ってしまった。気は進まないものの、新田から悪魔の気配を察知した晶は、音井と共にその役目を引き受けることに。そんな晶に新田は「僕は爆弾魔に狙われている」と告げる。晶たちが調べると、確かに過去、新田の周囲では謎の爆発事故が相次いでいた。しかも何かが爆発しているはずなのに、爆弾そのものの痕跡がまったく見つからないという奇妙な状況で。新田の手伝いをしつつ爆弾事件の謎、さらには新田から漂う悪魔の気配について調べを進める晶たちの前に、今度は爆弾事件がらみで新田を追い続ける公安刑事・星嶋が現れて……。

事故で親友を失い、その代わりに悪魔を視る能力と、亡き親友の姿をした悪魔を得てしまった青年・晶が、悪魔がらみの事件の真相に迫るシリーズ2巻。

今回も晶と音井の妙なコンビは健在。というか1巻に比べると晶が音井を簡単にいなし、うまく手玉に取っているような気も。だが、仲よさそうに見えても、根本的な部分は変わらない――いくら亡き親友の姿を取っていても彼は「悪魔」であり、人間である晶とは確実に違う存在。音井の晶に対する執着は一見微笑ましいけれど、そこにはヒト同士の間にある好悪の感情とはまた違うモノが横たわっている。時折その断絶を、暗い淵を目の当たりにさせられるシーンにはぞっとする。

そしてその断絶は、今回の事件に関わった悪魔「オセ」の存在にもある。そしてオセと対峙することで、晶という存在の危うさもまた露呈させられるという展開に。ヒトと悪魔、その境界に立ち続ける晶が、いつ向こう側に行ってしまうとも限らない。今回から晶や音井の共通の友人である研修医・森木も美術館に加わったが、例えば彼女の存在が、晶にとっていい意味での「枷」になってくれればいいのだけど。


◇前巻→「悪魔交渉人1 ファウスト機関」

悪魔交渉人(1) ファウスト機関 (富士見L文庫)悪魔交渉人(1) ファウスト機関 (富士見L文庫)
栗原 ちひろ

KADOKAWA/富士見書房 2014-06-11
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親友の音井遊江と共に訪れたエジプトで事件に巻き込まれたものの、九死に一生を得た青年・鷹栖晶。しかしその際に音井は死に、「存在証明不可能生命体」――いわゆる「悪魔」に憑依されてしまう。そして晶もそれ以来、悪魔が「視える」ようになってしまっていた。それから5年後の現在、紆余曲折を経て、晶は音井と共にWMUAなる組織に属し、不本意ながらも他の悪魔と交渉し、悪魔絡みの事件を解決するという任を負うようになっていた。そんなある日、WMUAに持ち込まれたのは、石で出来た謎の壺。その中に人間の男性が収められており、なおかつ眠り続けていることが判明する。これは悪魔の仕業だということで、晶は男性の素性、そして悪魔の正体を探るべく調査を開始するが、元々壺があったとされる博物館での調査中、何者かに襲われて……。

新レーベル「富士見L文庫」創刊ラインナップのうちの1作は、作者としては初となる現代もの。「悪魔」なる存在を軸に、その悪魔に運命を狂わされた青年・晶の苦悩と葛藤が描かれる。

晶を悩ませているのは親友・音井に憑依した悪魔の存在。晶に執着し続けるその悪魔は、正体不明ではあるものの、そしてひねくれた性格ではあるものの、基本的には晶第一といった態で、その姿はある意味従順な犬のよう。しかし晶はその扱いに困るというか、完全には受け入れることができず、しかし見放すこともできないという複雑な心境。そのうえ、悪魔との交渉では――特に今回の案件では命の危険にさらされることも多く、そんな時に音井が助けてくれるものだから、ますます複雑というかなんというか。しかもそんな晶の周辺にいる人々はクセの強い人物ばかりなうえ、信用できるんだかできないんだかわからないような状態の人物も多く、晶がそこはかとなく人間不信気味になるのも無理からぬ話。

けれど、そんな晶を支えているのは、生前の音井、そして音井と共によくつるんでいた同級生・森木の存在。そして、こんな境遇になったからこそ、晶は出来る限りまっすぐに物事を見、他者と接しようとする。ある意味、誰よりも純粋だからこそ、このたびの事件も解決できたのかもしれない。音井――に憑依した悪魔――とのわだかまりはまだあれど、少しは距離が詰められたのではないかと思える今回の結末。タイトルに「1」とあるということは、次巻もおそらくあるということだろうから、今後の展開が楽しみ。

シャイターンの花嫁 魔眼の王子と囚われの巫女姫 (一迅社文庫アイリス)シャイターンの花嫁 魔眼の王子と囚われの巫女姫 (一迅社文庫アイリス)
栗原 ちひろ

一迅社 2012-07-20
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「精霊王の巫女」となったアイシャは、先の事件で知り合ったカファス王子との結婚を控える日々。そんなある日、宮廷に身体の弱い楽士の青年・イーサーが現れる。ナーギにからかわれているイーサーを救ったアイシャは、彼をカファスに引き会わせ、歌わせることに。しかしそこでイーサーが歌ったのは、王に対する反逆の歌だった。魔眼の持ち主であるイーサーはその力でアイシャの記憶を奪って連れ去ったうえ、カファスを幽閉し……。

2巻……というか、前作がきれいにまとまっていたので、どちらかというとボーナストラック的な続編という意味合いが強いような気も。
晴れて両想いになり、婚礼に向けて忙しいながらも仲睦まじくやっていたアイシャとカファスだったが、西方の異国と手を結んで反逆を企てるイーサーにより、ふたりの仲は引き裂かれてしまうことに。まあ最終的には記憶も戻るしイーサーの問題も解決するしでめでたしめでたしなのだが、とにかくアイシャとカファスが仲良くて何というかもうあらあらまあまあ。でもってナーギもやっぱりアイシャのことが諦めきれなくてずっと側にいて、その想いをたまにもらすものだから(アイシャがその真意までつかみきれているかどうかは微妙だが)、またこれが切なくて。ストーリー以上に、ふたり(というか3人)のその後が見られて満足。


◇前巻→「シャイターンの花嫁 偽りの巫女姫と影の王子」

禁書庫の六使徒 (f-Clan文庫)禁書庫の六使徒 (f-Clan文庫)
栗原 ちひろ

三笠書房 2012-04-18
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呪われた都市「百塔街」に突如開いた大穴。アレシュたち「深淵の六使徒」はその原因究明に乗り出すことに。犯人の持ち物と思われる手袋に染み込んでいた香水の匂いに気付いたアレシュは、どうにかそれを再現することに成功。するとその匂いを辿って、手袋の持ち主である魔界の住人・グリフィスが現れる。彼はアレシュのメイド・ハナを探していたのだと言い、彼女を連れて魔界へと戻ってしまった。ハナがグリフィスの手を取ったことにショックを受けたアレシュは引きこもってしまう。だが最近ハナの様子がおかしかったことを思い出したアレシュは彼女の真意を悟り、ハナ奪還のために仲間たちと共に魔界へ向かうことに……。

退廃感漂う呪われた街で、街を守るために結成された「深淵の六使徒」であるアレシュたちの活躍を描くシリーズ2巻。今回はアレシュの身の回りの世話を一手に引き受けるメイド少女・ハナをめぐって、アレシュが大奮闘するの巻。

幼い自分を一心に求めてくれたグリフィスに逆らうことができないハナ。いずれ彼の糧となることを知っていても、それでも1度つかんでしまった「愛情」を――たとえそれが歪んでいるとしても、手離すことができなかったハナ。だからこそ直接言葉にすることはできなかったが、それでも今はアレシュのことが大事なのだと、ハナは一心に訴えていた。その想いがあまりにもいじらしくて、もうなんでもいいからさっさと迎えに行けよアレシュ!と背中を叩きたい気持ちでいっぱいだったりする。まあ途中まではぐずぐすしてたアレシュだが、思い切ってからはちゃんとヒーローしてるあたり、先の事件を経ていろいろ成長したのかな、とも思ったり。とりあえずはめでたしめでたしということで、ふたりの今後に期待。


◇前巻→「廃王国の六使徒」

王立エトワール近衛隊  氷の薔薇に敬礼を (角川ビーンズ文庫)王立エトワール近衛隊 氷の薔薇に敬礼を (角川ビーンズ文庫)
栗原 ちひろ

角川書店(角川グループパブリッシング) 2012-02-29
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女顔がコンプレックスの少年アルカイド・クレールは、フィニステリア王国の士官学校を首席で卒業し、晴れて王立陸軍エトワール隊への入隊が決まる。だが意気揚々とエトワール隊の本拠に向かったアルが見たのは、貴婦人たちが集うサロンに侍る士官たちの姿だった。エトワール隊はおもてなし隊、と言われて混乱するアルの前に現れたのは、卒業試験の際にアルをねじ伏せた美貌の士官・シャリオ。隊長であるというシャリオは、エトワール隊は表向きはお飾りの近衛隊だが、実は非公式任務を帯びる特殊部隊であることを告げて……。

ビーンズ文庫での新作はまたしても軍隊もの。前回は海軍だったから今回は陸軍、というわけで、少数精鋭の特殊部隊に放り込まれた熱血少年が、厳しくも謎だらけな上官や、クセ者揃いの同僚たちと共に、極秘任務に携わるという物語……というとやっぱり前作と似てるような気がしないでもないがまあそれはさておき。

今回は顔見せというかイントロダクションという感じで、アルがシャリオと心を通わせ、信頼関係を築くまでの物語。曲がったことが大嫌いで真面目で熱血で、けれど人の言うことはきちんと聞く素直な面もある主人公・アル。けれど過去になにやら問題があったようで、銃を手にすると身体が動かなくなってしまう。それにあっさり気付いた上官のシャリオは何をやらせてもそつなくこなす、とにかく完全無欠な存在。冷酷に見えたのは最初だけで、慣れてくると実は優しいというか、さほどドS(登場人物紹介による)には見えなかったり。そんな似てないようでよく似ているふたりだからこそ、今後はいいコンビになりそう。訳ありそうな過去だとか、絶対服従を誓っている副官・フラムの存在だとか、シャリオの周囲はいろいろと気になることが多いので、ぜひ続編希望。

シャイターンの花嫁 偽りの巫女姫と影の王子 (一迅社文庫 アイリス く 1-2)シャイターンの花嫁 偽りの巫女姫と影の王子 (一迅社文庫 アイリス く 1-2)
栗原 ちひろ

一迅社 2011-12-17
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契約の壺をなくしてしまったがゆえに《精霊王》の怒りをかい、滅びたと言われるフェッダ族。だがその生き残りの少女・アイシャは、それがザバルカド族の襲撃によるものだということを知っていた。フェッダの巫女姫・カミリアの仇討ちを誓うアイシャは、彼女の命を狙う高位精霊・ナーギの助けを得て修行を積み、剣の腕を磨くことに。さらに魔法の指輪でカミリアとうりふたつの美姫に変身できるようになったアイシャは、ナシーマと名乗ってザバルカド族の王子・マハールに接近する。首尾よく彼に見初められ、ナシーマとして結婚することになったアイシャだったが、その直前にアイシャとして出会ったマハールの側近・カファスにも気に入られてしまう。かくしてアイシャは、フェッダから持ち去られた《精霊王》との契約の壺と仇とを探すため、「ナシーマ姫の侍女・アイシャ」と「ナシーマ姫」のふたつの姿を使い分けながら王宮に潜入することになり……。

アイリスでの前作は和風ファンタジーだったので、今回はアラビアンファンタジー……と後書きにもある通り、砂漠の国を舞台に、復讐に燃える少女が戦いの末に意外な真実にたどり着く物語。

何のとりえもなく、カミリアの後ろに隠れるようにして生きてきたアイシャは、カミリアを殺しフェッダを滅ぼしたザバルカドの男を探し続けてきた。そんな彼女の側にいるのは、《精霊王》にも近しい水の精霊・ナーギ。アイシャの命を狙い、けれどもっとそれが美味しくなるのを待ちたいから、とかいう理由でアイシャの影になり日向になり、気まぐれではあるがいろいろと手助けしてくれる不思議な精霊。そんなふたりの妙な関係だけでも楽しいのだが、さらに現れたふたりの青年がまた奇妙な人物で。

ザバルカドの王子であるマハールは、ナシーマ姫を見初めていきなり結婚するものの、親族を誰も呼ばずに式を挙げるわ、かといって彼女に指一本触れることもないわで、なんのために結婚したのかよくわからない。そしてマハールの側近であるカファスときたら、アイシャを見初めてやたらと好意を示してくるくせに、ナシーマにはあからさまに警戒心を抱いている様子。そんなふたりの妙な態度が、物語の重要な鍵となることに。

フェッダが滅ぼされた理由、マハールとカファスの秘密、ザバルカドの王宮を掌握する第2王妃の存在――真実を何も知らないまま、ただ仇討ちのためにアイシャはその渦中に身を投じることになる。そんな陰謀もさることながら、アイシャの持つ復讐に燃える凛々しい一面と、カファスのまっすぐな想いに動揺するかわいい一面とのギャップだとか、なにやら妙な変化を見せつつあるナーギだとか、いろいろと個人的な好みな要素が多くて楽しかった。

廃王国の六使徒 (f-Clan文庫)廃王国の六使徒 (f-Clan文庫)
栗原 ちひろ

三笠書房 2011-11-18
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世界中の呪いが集まる百塔街。絶世の美貌を誇る青年アレシュは、父の遺産である魔香水を操りながら、ただ美と恋を謳歌する日々を送っていた。そんな街に乗り込んできたのは、神の寵愛ゆえに奇跡を起こしまくる無敵の司教・クレメンテ。百塔街を浄化しようとするクレメンテに対抗すべく、アレシュはクセ者揃いの知人たちと共に、街を守る「深淵の使徒」を結成するが……。

世界から棄てられた街で紡がれる、不思議な縁の物語。
美と恋にのみ日々を費やす「無能者」アレシュは、けれど亡き父の功績と彼自身の行状によってある意味街の有名人。飄々と淡々と、気の向くままに生きる彼の周りに集うのは、これまたひと癖もふた癖もある人々ばかり。呪いで常に人を殺せるほどの冷気を放つことのできる青年・ミラン、愛する者を掌中で愛でずにはいられない愛玩中毒の魔女・カルラ、魔界からやって来たツンデレメイド・ハナ、人形を愛する葬儀屋・ルドヴィーク……共通するのは、程度の差はあるけれど、みなアレシュに対して、それなりに友誼を感じているということ。あるいはそれは、どこか危なっかしいアレシュに対する保護者的な気持ちなのかもしれないが。

能力も立場も年齢も違う面々とアレシュとの奇妙な関係だとか、彼らが対峙することになった神の寵児・クレメンテとの攻防だとか、5人しかいないのになぜタイトルは「六使徒」?だとか、いろいろと読みどころがあって楽しい。そして、自分の正体を知ったアレシュの成長ぶりも。「六使徒」のそこはかとなくへっぽこな活躍(笑)をまた見たいので、こちらも続編希望ということで。

レッド・アドミラル  宿命は絆を試す (角川ビーンズ文庫)レッド・アドミラル 宿命は絆を試す (角川ビーンズ文庫)
栗原 ちひろ

角川書店(角川グループパブリッシング) 2011-08-31
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サクルの策略により、ランセはジェレマイヤに海賊として捕らえられ、処刑されることに。処刑当日、強行手段でもってランセを救い出そうとしたロディアたちだったが、そのロディアを庇い、ランセは撃たれてしまう。絶望するロディアの前に現れたのは、ランセの身体を乗っ取った旧神ミラ。ミラは世界を滅ぼすため、マディスとジェレマイヤの間に戦争を引き起こす。ロディアはミラの企みを阻止し、ランセを取り戻すために戦地へと赴くことになり……。

どこまでも男前なロディアの活躍が清々しい海軍出世物語、完結編。
サクルの手からようやくランセを取り戻せると思ったのも束の間、今度はミラに囚われてしまうという絶望的な展開に。ミラによって引き起こされた戦争を止めるため、そしてランセを救い出すため、ロディアは懸命に走り続け、そして仲間たちもそれについて行こうとする。そんな中、特に驚いたのはアルデアの変化。ロディアへの想いがだんだん変わってきてるとは思っていたけれど、それが彼の生き方そのものを変えてしまうほどになるとは思いもよらず。ロディアの心はすでにランセのもとにあって、だからアルデアの想いには応えられなかったのだけれど、それでもロディアのために手を尽くそうとする、その姿には思わず涙が出そうになる。恋は人を変えるというけれど、まさにその通り。

そうやって変わったのはロディアも同じ。今まで周囲に愛されてはいたし、そしてその愛を返してはいたけれど、それは等価交換というか、「みんな平等に」というスタンスだったロディア。けれどランセと出会い触れ合ううちに、手離せない――決して手離したくないものがあると知ってしまったのかもしれない。相手の存在、そのすべてを求める、どうしようもない、強い想いを。

レーン号の面々や、ふたりの物語をもっと読んでみたいという気持ちもあるけれど、ここできれいに終わっているから、それはそれでいいかな、と思える結末。いいシリーズだった。


◇前巻→「レッド・アドミラル 新艦長は嵐を誘う」

レッド・アドミラル  新艦長は嵐を誘う (角川ビーンズ文庫)レッド・アドミラル 新艦長は嵐を誘う (角川ビーンズ文庫)
栗原 ちひろ

角川書店(角川グループパブリッシング) 2011-04-28
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アスファル帝国との戦争が終わって半年。久々にランセから呼び出されたロディアだったが、待ち合わせ場所に現れたのはなぜか海賊船を率いたランセだった。海賊として一緒に来い、というランセの誘いを拒んだロディアは、レーン号の艦長となって彼を捕らえるという任務をもぎ取ってくる。研究所に捕らわれていた仲間たちを救い出したロディアはランセの後を追うが、彼とおぼしき船の目撃情報が多すぎて、逆にその行き先を読み取ることができず……。

シリーズ4巻、新章スタート。
ランセを信頼しつつ、しかし上官相手とはまた違う想いを抱き始めていただけに、ロディアはランセの真意をはかりかねていた。加えて初めての艦長業務ということもあり、疲労はいや増すばかり。そんな彼女の精神状態を救ったのは、まさかのアルデアだった。

実は大貴族の跡取り息子だったというアルデアは、その生い立ちのせいか、あるいは旧神の影響か、どこか歪んだ性格の持ち主。そのアルデアが吐露したロディアへの想いもまた屈折していて、愛と呼ぶにはあまりにも狂気を帯びたものだった。ロディアがそれをどこまで受け止めたのかは分からないが、彼女はひとまずそれを「いつもの口説き合い」のひとつに収めようとする。それはロディアの優しさなのかもしれないが、アルデア的にはどうなのか、と思うとどこか不安になってくる。

そしてますます大変なのがロディアとランセとの関係。ランセは確実にロディアへの想いを自覚しているが、ロディアはその手を取るか否か、心の奥ではまだ逡巡している様子。その手を取ってしまうことで起こる変化はいかほどのものか、ロディアとしてはまだ図りかねているのかもしれない。その不器用さがじれったく、けれど可愛らしい。

……とかなんとか言ってたら、ランセが海賊として捕らわれてしまったからさあ大変。ロディアがランセを救い出すのが先か、あるいはランセがなんとか逃げるのが先か……なんにせよ、続きが気になるところ。


◇前巻→「レッド・アドミラル 英雄は夜明けを招く」

アルケミストの誓約 黄金の騎士の恋物語 (B's-LOG文庫)アルケミストの誓約 黄金の騎士の恋物語 (B's-LOG文庫)
栗原 ちひろ

エンターブレイン 2011-03-14
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錬金術師にして亡国の王女・アンジェリンと、錬金術で創られた騎士・ウィルは、博覧会開催が近付く祖国・コローニアへ潜入を果たす。ブラッキアリの数秘術師・リナルドとコローニア新政府、そして兄であるジュリアス王子とのつながりを探りつつ、アンジェリンは毒舌執事(の幽霊)・エルネストの復活の儀式に着手する。儀式は成功し、安堵したのも束の間、ウィルが行方不明になった上、潜伏中のアンジェリンの元には名指しで博覧会の招待状が届いて……。

実力はあるはずなのにどこかズレた2人(+幽霊)が世界征服を目論む――もとい、世界を救うファンタジー読み切り、下巻。

ジュリアスの真意、リナルドの目的、そしてウィルとアンジェリンが抱いたそれぞれの想い。リナルドという破滅的な敵に対し、それでもウィルとアンジェリンは毅然とした態度で対峙していく。絶望にのまれることなく、ただ互いを信じ合うふたりは、まさに物語の騎士と姫君そのもの。まあこの姫君は黙って守られるような娘ではなく、そこが楽しかったりするのだが。そして復活したエルネストはやっぱり、なんというか、こう……実はいい人すぎて、もう……!

傷つき、失いながら、それでもふたりがつかみ取ったのは「お互いの隣」という居場所と、「完璧なしあわせ」。波乱だらけでもなんでもいい、互いを信じ合えれば、それでいい。


◇前巻→「アルケミストの誓約 白金の王女の夢物語」

アルケミストの誓約 白金の王女の夢物語 (B's-LOG文庫)アルケミストの誓約 白金の王女の夢物語 (B's-LOG文庫)
栗原 ちひろ

エンターブレイン 2011-02-16
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コローニアとプロパトリアによる《数秘戦争》から2年。ブラッキアリで絶賛隠居中の青年・ウィルは、かつてコローニア軍に所属し、英雄と称えられていた元・騎士だった。そんな彼の元に舞い込んだのは、なんとコローニアの第2王女・アンジェリンからの依頼。自称「天才錬金術師」であるところのアンジェリン、そして彼女を溺愛する毒舌幽霊執事・エルネストを連れ、ウィルはなりゆきでとある遺跡に向かうことになるが……。

マイペースでやる気なし、なぜか霊感ありの元英雄と、天然でこれまたマイペースな自称「天才錬金術師」の箱入り娘(というか王女)が織り成す読み切りファンタジー・上巻。
「数秘術」と「錬金術」。錬金術によって生み出された「黄金の騎士」という存在。アンジェリンが「天才」である所以……などなど、わりとハードな設定も面白いのだが、それ以上に楽しいのが、ウィルとアンジェリン、そしてエルネストという3人の登場人物の存在そのもの。3人ともくせのある人物(うちひとりは幽霊)なので、それぞれの会話が妙にかみ合ってないようなかみ合っているようなフシギな状況。

その身に秘密と、そして癒え切らない戦争の傷を抱えたままのウィル。亡国の王女という立場、そして「天才」であるがゆえに孤独を抱えているアンジェリン。そしてそんなアンジェリンを愛するあまり、成仏もできず彼女の側から離れられないエルネスト。居場所のない3人が見つけた新しい居場所、生きる理由。本当に大切なものは何なのか、ということ。

というわけで下巻は次月とのこと。この3人がどんな愉快な道中(笑)を繰り広げるのか、今から楽しみ。

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