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読んだ本のこと、それ以上に買った本のこと、ときどきライブのことを書き散らかしてみたりする。 (当ブログは全文無断転載禁止です)

カテゴリ: 柴村仁

鳴夜 (講談社BOX)鳴夜 (講談社BOX)
柴村 仁

講談社 2015-04-02
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ひとりの織女が「死体を見つけた」とサザに助けを求めてきた。果たしてサザが見たのは、織女やサザ、そして雪客衆しか入れないはずの〈奥の林〉で息絶えた、ひとりの織女の姿。しかし真赭と名乗るその織女は何も知らないという。そこでサザは、いつも織女たちの代表として彼の応対をしている、白い花を持つ織女にも話を聞くことに。しかし彼女は取りつく島もないどころか、仲間であるはずの真赭のことすら知らないと言い……。

大晦日までの数十日間のみ開かれ、手に入らないものはないとまで言われる異形の市――「細蟹の市」を巡る幻想シリーズ3部作、完結編。今回は市の護り手「赤腹衆」筆頭であり、現在の「細蟹」と浅からぬ因縁を持つ青年・サザが物語の軸となっていく。

織女が殺された事件を皮切りに、これまで繰り返し開かれてきたはずの市は、崩壊の一途を辿る。「若返りの水で作られた酒」を求める男。細蟹を殺すことだけを望むメトメ。自己再生能力の研究に取りつかれた人形師。そして暗躍する「赤毛の男」。市に潜む謎の双子は、すべてサザが原因なのだと、繰り返し、歌うように告げる。女がなるべき赤腹衆の筆頭に、男であるサザがなったことが全ての元凶なのだと。「繰り返し」を続けてきたこの市で、確かにサザの存在はそれを絶ち切る要因となった。そしてそのサザが願ってしまった唯一の願い――あらゆるものが手に入るはずの市で、手に入れられなかったたったひとつの願いが、すべてを狂わせてゆく。

繰り返しを旨とするこの市で、ひっそりと息づいていたたったひとつのその願い。それを叶えることは不可能――の、はずだった。それでも捨てることの出来なかったその願いは、ついに叶ってしまう。白い糸の降り積もる世界で、真っ赤に咲いたささやかな願い――その花の持ち主は一体誰だったのだろうか。そして、代償として差し出されたものは一体何だったのだろうか。サザと細蟹――あるいはカンナとまこと。ふたりが見ているものがなんなのか、向かう先はどこなのか。あまりにも茫洋としたこの結末は、揺らぎ続けるこの物語にふさわしい幕引きだと、そう思う。


◇前巻→「宵鳴」

ノクチルカ笑う (講談社文庫)ノクチルカ笑う (講談社文庫)
柴村 仁

講談社 2014-10-15
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文化祭を目前にしてざわめく校内。高校2年生の沖津のクラスでは、出し物としてお化け屋敷の準備を進めていた。クラスの副委員長である女生徒・国近の先導で凝りに凝ったものができようとしていたが、そのさなか、極秘としていたお化け屋敷の内装や小道具がネット上にアップされてしまう。動揺するクラスメイトたちの中で、犯人探しをしようと言い出す女生徒・永屋と国近が対立。動揺した国近は教室を飛び出してしまい……。

電撃文庫とメディアワークス文庫で発表されてきた《不格好な恋の物語》3部作の新展開。《由良シリーズ》ということでシリーズ再開されたようで、今回は講談社文庫からのリリースとなる。前作で教育実習生になっていた由良は美術教諭となり、その彼が勤めている高校が舞台。ただし、その由良本人は「名にし負う美人」という情報がささやかれるのみで、終盤までほとんど出てこなかったりするのだが。

本作でメインとなっているのはふたりの高校生。ひとりは人当たりの良いイケメンで、来るもの拒まず去るもの追わず、飄々としているが実際のところ何を考えているのかわかりにくい男子生徒・沖津魁。そしてもうひとりは沖津のクラスメイトで美術部員、なにかを創り出すことに長けてはいるけれど、常に何かが「足りない」と思っている男子生徒・真名井諭一。文化祭直前、クラスで起きたトラブルを通して、真名井は沖津の隠された本性に気付き、同時に事件の真相を知ることになる。

結局のところ、真名井は沖津を理解できないと言うけれど、その実ふたりの深層心理はとてもよく似ているように見える。ぎりぎりの均衡を保っているものをつついて壊したい沖津と、なにか完璧なものを作りたいけれどなかなか思うようにできない真名井――他の生徒たちの中に溶け込んでいるようでいて、けれど確実に、彼らの中に歪みが巣食っている。過去のトラウマのせいといってしまえば簡単だろうが、それらがもたらす歪みはいまだに彼らを蝕み、そのまま視界を――今その目で見える世界を歪ませてゆく。まるでそれは、水底から見上げる世界。死体と夜光る虫、笑わない少年と笑いたい少年。呪縛から解かれる日はいつか来るのだろうか――そういえば、多くを語られない由良本人も、果たして呪縛から解かれてはいるのだろうかと、ふと思う。


◇前巻→「セイジャの式日」

宵鳴 (講談社BOX)宵鳴 (講談社BOX)
柴村 仁

講談社 2013-10-16
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どんなものでも手に入るといわれる異形たちの市――細蟹の市で見かけた、囚われの美しい少女に一目ぼれしたという友人。しかも彼女はただの少女ではなく、「ティア・ドロップ・ティア」――その流す涙は希少価値の高い飴玉となり、高値で取引されるらしい――であるのだという。彼の頼みを断り切れず、「僕」は友人と一緒にその少女を助けに行くことに。だが友人の話に齟齬があることに気付いていた「僕」は、その真意を図りかねていて……。(「ティア・ドロップ・ティア」)

前作「夜宵」から約2年、その続編となる本作では、再び「赤腹衆」のサザを中心に、細蟹の市で起きたある騒動とその顛末が描かれる。

飴玉になる涙を流す少女、人形師とその娘、ぼろぼろのぬいぐるみを抱えてうろつく老人、そして「うろくづ」なるものを求める謎の親子らしきふたり組――様々な、そして奇妙な人々が市を訪れ、めいめい自分の望むものを探し始める。しかし、外部から来たものはたいてい、何らかのルールに触れて問題を起こす。そこに現れるのが赤腹衆(「衆」とは言いつつ、実質ひとりしかいない)のサザだった。しかしサザにもまたいろいろとしがらみというか因縁があることで、問題がよりややこしい方向にいくこともしばしば。

そんな感じだから、最終的にはお世辞にもハッピーエンドとは言えない結末になるし、サザが前作から抱える問題――その正体、そして現在のサザが「赤腹衆のサザ」となった経緯――については何も解決していないというか、その業の深さを改めて知らされるという結果に。「うろくづ」を求めてやってきた娘・メトメがサザに告げた言葉――この市ではなんでも売っているけど、結局は誰も何も得られやしないという、その言葉が重く、しかし確実に降り積もる。けれど私は、この市から目を離すことができないのだ。


◇前巻→「夜宵」

オコノギくんは人魚ですので〈2〉 (メディアワークス文庫)オコノギくんは人魚ですので〈2〉 (メディアワークス文庫)
柴村 仁

アスキーメディアワークス 2013-04-25
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体育の授業中に発見された巨大なうじゃ。好奇心旺盛なオコノギくんはついそれに近付いてしまい、そのまま飲み込まれてしまう。周囲の助けにより事なきを得たのを見届けてひと安心するナツに、オコノギくんは謎の招待状を渡してきた。同じくそれを受け取ったエリオットとふたりで首をかしげるナツだったが、オコノギくんは「キミツなんだ」の1点張りで内容を教えてくれず……。

人間に擬態した「人魚」のオコノギくんをめぐる学園ファンタジー第2弾。
今回もオコノギくんの周りではいろいろと妙なことが起こり続ける。巨大なうじゃ、地下水からできた化粧水を配る謎の老人、その老人が経営しているという団子屋「まるる堂」、ナツたちの通う高校の旧校舎にまつわる怪談話「赤い服の女」、そしてナツとオコノギくんの行動を探ろうとする購買部のミワさん……。オコノギくんの「同期」として一緒に陸に上がってきた3人の人魚うちのひとり・水城拓磨も交えて、謎が謎を呼ぶという展開に。

今回起きた騒動はいろんな勢力(?)のそれぞれの思惑が絡み合って起きたことばかりで、それぞれの陣営が何を狙いとしているのかはわかったりわからなかったり。ただひとつ言えるのは、その中心に人魚のオコノギくん、そしてナツ――というよりはナツがかかっている「水眠症」――がいること。オコノギくんは何のために陸に上がってきたのか、というエリオットの疑問もごもっとも。現実離れしてきた感はあるけれど、今後の展開が気になるところ。

あとこれは余談なのだが、巨大うじゃにちょっと包まれてみたい気が……あとミワさん写真集をぜひ見たい(笑)。


◇前巻→「オコノギくんは人魚ですので1」

オコノギくんは人魚ですので〈1〉 (メディアワークス文庫)オコノギくんは人魚ですので〈1〉 (メディアワークス文庫)
柴村 仁

アスキーメディアワークス 2012-12-25
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6月の席替えで、ナツの隣の席は人魚のオコノギくんになった。オコノギくんは見た目は普通の男子高校生なのだが、人形の生態上いつも水ばかり飲んでいたり、時々カチカチと妙な音を出していたり、うっかりヒレをひらひらさせてしまっていたりで、ナツは気になって目が離せない。そのうちナツは、ヒレを使って泳ぐオコノギくんの姿を見たいと思うようになってきて……。

新作はアザラシと人魚と謎のもちもちした生物・うじゃが集まる城兼町を舞台に、人魚のオコノギくんをめぐって繰り広げられる、すこし不思議な日々を描いた短編連作。

かつて水泳選手として名を馳せていたにもかかわらず、ある事情で泳げなくなってしまったナツ。そのせいか、ナツはオコノギくんが人魚として泳ぐ姿を見てみたいと思うようになってくる。これは果たして好奇心なのか恋なのか……というそのあたりはさておき、ナツは他のクラスメイトたち――オコノギくん観察が趣味の生物オタク・エリオットや、無口な美少女・藍本たちと共に、オコノギくんとの距離を少しずつ縮めてゆく。

そんなナツたちのゆるーい青春デイズも楽しいのだが、なんといっても気になるのはオコノギくんのこと。好奇心が旺盛なあまり人間に擬態して陸上生活を行うオコノギくんは、なんともつかみどころのない人物。ナツたち普通の人間には見えないものを見ていたり、謎のもちもち生物・うじゃ(湿気が増えると大量発生する)に押しつぶされていたり、かと思えば危険な事態から身を呈してナツをかばってみたり。天然なんだか頼もしいんだか、そんなギャップを持つオコノギくんから、ナツ同様目が離せなくなってしまった。

雛鳥トートロジィ (メディアワークス文庫)雛鳥トートロジィ (メディアワークス文庫)
柴村 仁

アスキーメディアワークス 2012-08-25
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上野鷲介が仕事を終えて帰宅すると、家の前に見知らぬ少女が立っていた。大塚鴇子と名乗った彼女は、なんと鷲介の異母妹なのだという。数日前に母親から「父に隠し子がいたらしい」という話を聞かされていた鷲介だったが、まさかその本人が訪ねてくるとは思わず、詳細を聞こうと実家に電話するもなぜか不通。夜遅いということもあり、ひとまずは彼女を家に泊めてやることにした鷲介だったが……。

「義理の兄妹らしい」ということ以外何の情報もなく出会ってしまった鷲介と鴇子。物語は鷲介の視点から彼の生活と鴇子との出会いを描く「上野鷲介の迷走」、鴇子の視点から彼女のこれまでの鷲介との出会いを描く「大塚鴇子の冒険」、そして鷲介が鴇子の事情を知った後の顛末を描く「僕の結論/私の発見」の全3章で構成されている。

貧乏生活で精神的にもぎりぎりのラインにいる鷲介にとって、見も知らぬ異母妹に頼られるというのは嬉しいどころか迷惑な話。母親を亡くし、居候していた叔母が海外留学するために行くところがなくなったという鴇子だが、なぜ彼女は実家ではなく、鷲介のひとり住まいのアパートにやって来たのか。実家の住所を教えてやった鷲介が、念のため連絡先を交換しようとすると、なぜ彼女はにべもなくそれを拒んだのか。そして住所を教えてやったにも関わらず、なぜ彼女は実家にたどり着けずにまた戻ってきたのか……鷲介の疑問は、鴇子視点のエピソードで次々と明かされていくのだが、そうなると最後まで残るのが「鴇子は本当に鷲介の異母妹(というか父の隠し子)なのか」、ということ。

いろいろとあって鷲介と鴇子は和解というか理解し合うというか、互いの存在を認めるように。家族だろうとなんだろうと、きちんと会話すること、人の話を聞くことというのは大事で、何事も理解するためにはまず言葉から、ということなのかも。

夜宵 (講談社BOX)夜宵 (講談社BOX)
柴村 仁

講談社 2011-11-11
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わずかな時期にだけ開かれる「細蟹の市」は、異形の者どもの集う、この世の理からは外れた世界。石骨地区の近くにある夜宵ヶ淵、その中に浮かぶ小島で開かれているその市では、手に入らないものはないのだという。その夜、市に向かった女性が求めていたのは「チョコレートスープ」。だが島に渡った直後、彼女の首と胴体それぞれを狙う異形に襲われてしまう。すんでのところで彼女を救ったのは、サザと呼ばれる人物。市の自警団的存在であるサザに「マドウジ」として保護された女性は、サザに頼んでチョコレートスープ探しを手伝ってもらうことに。だが商人たちは誰もそのスープのことを知らないという。そんな折、彼女はチョコレートスープの歌を――彼女の脳裏に響く、誰から聞いたか思い出せないそのスープの歌を、何者かが歌っているのを耳にして……。(「一ノ経 チョコレートスープ」)

1年のうちのわずかな期間、夜にのみ開かれる異形の市を舞台に綴られる、幻想連作短編。市を訪れた人間たちの末路を描く「経」と、市の自警団的存在「赤腹衆」のサザが拾った記憶喪失の少年・カンナの成長と行く末を描く「緯」のエピソードが交互に語られてゆくのだが、そこから浮かび上がるのは市の特殊さと隠された真実、そして叶わなかった恋の物語。

市の秩序を守り、「マドウジ」――「惑う児」と呼ばれる、市に迷い込んだ人間を保護するのが赤腹衆の役目。しかし赤腹「衆」と言いながら、その実態はたったひとり、サザのみ。そんなサザに拾われ、育てられたカンナは、長じてサザの赤腹衆の仕事を手伝うようにもなるのだが、彼が赤腹衆の一員になりたいと言っても、サザは沈黙でもってそれを拒む。カンナはサザの拒絶、そして幼い頃から仲良くしていた少女・まことへの叶わぬ想いを持てあまし、悩むように。そんな彼の周辺に現れるのが、呪われた双子の少女だったり、サザを慕う「街」の男・ナキだったり、あるいは「うつろ」と呼ばれるこの世のものならぬ存在だったり。サザの抱えていた秘密とまことの運命が明かされる結末、そしてそれをすべて抱えて生きていくことになったカンナの悲しみ。それらはすべて「市」という営みの中に飲み込まれてゆく。まるで「市」そのものが生きているかのように。そんな世界が、どうしようもなく歪んでいて、けれどどこかうつくしく見えてしまう。惹かれてはならない、甘美な闇の世界。

4 Girls (メディアワークス文庫)4 Girls (メディアワークス文庫)
柴村 仁

アスキーメディアワークス 2011-01-25
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同級生女子の中で一番可愛い成瀬に片想い中の黒部。だがそのことが、ひょんなことから本人の耳に入ってしまったことが判明。しかもそれを知った成瀬は、いきなり黒部を振った挙句、なぜか彼を道連れにして学校をサボると言い出す。バスや電車を乗り継いでたどり着いた見知らぬ土地で、黒部は成瀬から、彼女の意外な想い人について聞かされて……。(「scratches」)

様々な境遇の4人の少女たちが織りなす、ちょっと笑えたり、時にほろっときたりする、さわやかな青春ストーリー集。
「scratches」では、黒部は成瀬のことが好きで、でも成瀬には好きな人がいて、でもその相手には別に好きな人がいて……というどうしようもないループが描かれる。好きだから、だからこそ相手の恋路を応援したいというふたりの気持ちがとてもかわいらしい。

人付き合いがなんとなく苦手で周囲になじめない少女と、叔母の家にホームステイすることになった外国人の少年とのふれあいを描く「Run! Girl, Run!」、バイト好きな男子高校生が、見知らぬ女生徒から謎のマスコットを託され、それを売りさばくことになる「タカチアカネの巧みなる小細工」、そしていろいろと鬱屈を抱える少女と、隣に越してきたらしい謎の青年との交流を描く「サブレ」の3編も併録。
この中で特に気に入ったのは「サブレ」。少女がしょっちゅうベランダに出てくる理由、クラスメイトたちとの複雑な関係、そして隣の青年の正体――現実に忍び寄る、ちょっとしたサスペンスチックな展開にどきどきしてしまう。

それにしても思春期の女の子というのは面倒で、複雑で、でもどこか単純で……やっぱり不思議な生き物だ、と言いたくなる。そんなかわいらしい短編集だった。

セイジャの式日 (メディアワークス文庫)セイジャの式日 (メディアワークス文庫)

アスキーメディアワークス 2010-04-24
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美大生の春川は、先輩の利根と知人の犀から、とあるバイトを頼まれる。それはある彫刻家のアシスタントをするというもの。人手が足りないと聞いた春川は、先の「事件」で知り合った由良彼方と共にその依頼を受けることにする。だがたどり着いたアトリエでさせられることになった作業は何の意味があるのかよくわからないし、雇い主である彫刻家とその妻の様子はどこか妙でさえある。しかもその翌日、春川たちはアトリエ近くの森の中で、謎の腐乱死体を発見してしまい……。

「プシュケの涙」「ハイドラの告白」に続く《不恰好な恋の物語》第3作。
今回もやはり前半・後半で別のエピソードを収録。
前半エピソードでは、春川と彼方が遭遇した腐乱死体の正体を調べる中、その死体と目される人物が作った石像の謎を追い始めるサスペンスチックな展開。校内に遺された石像にまつわる物語の変遷、そして真実が、彼方のかつての傷を抉り出す。
芥川の「地獄変」を思わせるような犀の発言。そして一見大丈夫そうに見えて、心の奥底ではいまだ生々しい傷を抱えたままの彼方の、その狂気の発露――見てはならないものを見てしまい、深い傷を負ったにも関わらず、どこか惹かれ、希求してしまう心。
ミレイの描く「オフィーリア」になぞらえられるほど、美しい歪みを抱えたままの彼方の姿には、不安と同時にどこか畏れのような念を抱いてしまう。

そんな曖昧な――ハッピーエンドともバッドエンドとも言えない結末の後に置かれた後半エピソードには、わずかなりとも救われる。
後半エピソードは前半エピソードの数年後、教育実習生として母校に戻って来た彼方の姿が、彼と出会った美術部員・日野の視点から描かれる。
綺麗な顔で、飄々とした性格で、すべてを持ち合わせているような彼方の姿――どこからどう見ても立ち直ったように見えたけれど、最終日に「美術室の幽霊」の話をしたときの彼方からは、かつての影がまだ消えていないようにしか見えなくて。
けれど、それでも最後に見せた笑顔はきっと本物で。
負ってしまった傷や歪みをなかったことにはできないけれど、それと向き合い、前を向くことはできる。彼の抱えたものがわずかでも癒えていればいいと、そして笑ってくれればそれでいいのだと、そう心から願いたくなる、そんな結末だった。


◇前巻→「ハイドラの告白」

ハイドラの告白 (メディアワークス文庫)ハイドラの告白 (メディアワークス文庫)

アスキーメディアワークス 2010-03
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美大生の春川は、芸術家・布施正道がアトリエを構えているという海辺の村にやってくる。布施正道にある因縁を抱える春川は、ある日見かけた雑誌に載っていた「布施正道」の写真が、全くの別人であることに気付く。その真意を確かめに、衝動的にアトリエを訪れようとして春川の前に現れたのは、由良という青年だった。彼もまた「布施正道」に用があってこの村を訪れたのだという。だがその夜、村にひとつしかない宿でふたり酒を飲んでいると、何者かが由良を襲いに来て……。

電撃文庫で出版され、先日メディアワークス文庫で再刊された「プシュケの涙」の続編というか姉妹編というか。「プシュケ」から数年後――不器用で歪んでいて、けれどとても真っ当な恋の物語。
今回も2部構成で、前半は春川と由良が「布施正道」の正体を暴きつつ、由良と「布施正道」の因縁が明らかにされるエピソード。そして後半は、新進気鋭のモデル「A」の恋の物語。

前半エピソードについてはどう語ってもネタバレになってしまうのだが、とりあえず前作との繋がりが濃厚な作品で、前作を読んでいる方がより楽しめるつくり。
後半では、前作に登場した由良彼方の双子の兄・宛のことが好きな「A」を語り手に、どうしようもない片想いの様子が綴られていく。
どちらにしても、届きそうで届かない想いを抱える3人。そのじりつく想いが、気持ちが、どうしようもなくたまらない。けれど一途に思い続ければ、いつしかその指先が相手に触れる――そんなささやかなラストにすごく救われる気がした。

プシュケの涙 (電撃文庫)プシュケの涙 (電撃文庫)
柴村 仁

アスキーメディアワークス 2009-01-07
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夏休みのある日、ひとりの女子生徒が校舎から飛び降りて死んだ。落ちていく彼女――吉野彼方の姿を目撃してしまった榎戸川は、顔はいいのに妙な性格のせいで「宇宙人」とあだ名される同級生・由良に、彼女の死の真相を探ろうと持ちかけられる。不快に思いつつも、強引な由良に付き合う榎戸川だったが……。

不器用な高校生たちの姿を描いた本作は2部構成。由良と榎戸川が吉野彼方の死の真相を探るのが前半で、その吉野彼方の生前に起こった出来事を描くのが後半。

吉野が亡くなる前まで描き続け、完成することのなかった青い蝶の絵。未完成の部分――わずかに残された余白に、彼女が何を描きたかったのか知りたい、と由良は言う。
そして吉野は「あなたのために絵を描こう」と想う。
吉野の死の真相も、その想いも、すべてが繊細につづられてゆく。

タイトルの「プシュケ」というのはギリシャ神話に出てくる人間の娘の名前だが、ギリシャ語で、あるいはそのエピソードから「心」「魂」、そして「蝶」を意味するという。内容とタイトルが恐ろしいくらいぴったりと合っている。
電撃文庫のレーベルカラーからはやや外れているような気もするが、とてもぐっとくる、胸に詰まる物語。

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