phantasmagoria

読んだ本のこと、それ以上に買った本のこと、ときどきライブのことを書き散らかしてみたりする。

カテゴリ: 森晶麿


行きつけのバーからの帰り道、ひとりの女と出会った華影忍。かつて彼が書いた小説「がらてあ心中」の主人公・菜穂子を彷彿とさせるその女の魅力に惹きつけられた忍は、彼女に誘われるがまま一夜を共にし、服毒による心中をはかる――はずだった。しかし忍は眠らされていただけで、目覚めた時にかたわらで女だけが死んでいたのだった。しかし事情聴取に訪れた刑事から見せられたその女――柳沼水奈都の写真は、忍が昨夜抱いた女とはまったくの別人。忍は水奈都のふりをしていたその女の正体を突き止めるべく、後輩の大学教授「黒猫」や、出版社の担当編集者・溝渕と共に調査を始めるが……。

「四季彩のサロメまたは背徳の省察」の主人公・華影忍のその後を描くミステリ長編。作家となった忍が、彼の心中癖を利用した殺人事件に巻き込まれてゆく。ちなみに「サロメ」未読でもまったく問題はないのでご心配なく(もちろん読んでいるとなお楽しいが)。

生きることが厭なのではなく、死に触れることでしか生を感じられないとでもいうのだろうか――ひとりで自殺するつもりはなく、あくまでも「運命の女」と共に手を取り合って死にたいという忍の性格は相変わらずというべきか、あるいはますます拗らせたというべきか。女を手玉に取っているように見えて、実のところ女といういきものに深く囚われてしまったままの忍。だから妻となった道子にも見抜かれてしまうのだ――彼には「真実」が見えていないということに。

有無を言わさぬ強引さで独自の調査を進めていく忍だが、破滅願望に満ち満ちている彼には欠けている視点があるのも確かで、そのあたりを意外と有能な編集者・溝渕が埋めてくれるという流れが思いのほか楽しい。だが結局のところ忍が目の当たりにした「真実」は、彼の想像をはるかに超えたものだった。忍が女という存在を理解することはきっとできないのだろう。それこそ、彼が死ぬその日まで。


入学して1か月の間に12人もの男子を振ったという同級生・架能風香に告白した深海楓。しかし楓もまた、渡した恋文の内容の不備を指摘されたうえであっさり振られてしまう。なおも食い下がる楓に、風香はこう告げるのだった――「カフカにおなりなさい」と。カフカをこよなく愛する風香の言葉に一念発起し、カフカの作品を読みながらそれらしい小説を書きつつ、風香とのコミュニケーションを図る楓。しかしそんな楓のもとには、よりにもよってカフカ作品のごとき不可思議な相談が持ちかけられる。そのことを風香に相談すると、風香はカフカの小説を引用し、楓にヒントを与えてくれて……。

カフカの作品を軸に、どこか不思議なふたりの関係の変化を描くライトミステリ連作。

さえない天然系男子を装っている楓だが、実際は元・肉食系男子で、来るもの拒まずの女子ホイホイ的な存在。恋愛面では中学の時にあらかたやりつくしたのでもういいと言わんばかりに、高校では地味男子に擬態していた楓だったが、興味本位で近付いた風香に本気で惹かれてゆくことに。しかし小脇にヘルメットを抱え(もちろん被る。ただしバイクや自転車に乗るわけではなく、日常生活の中で)、周囲との間に高すぎる壁を作り生きている風香は、その外見だけではなく性格もなかなかエキセントリック。カフカを偏愛し、告白してきた楓に対し「カフカにおなりなさい」と命じる風香の振る舞いには、楓でなくとも「???」となってしまうのだが、物語が進むにつれ、その真意は次第に明らかになってゆく。

「彼女が遊園地で消えた」「彼氏が拷問具のようなものを買おうとしている」「姉が芋虫になった」……周囲の人々から、なぜかカフカの作品になぞらえるかのような謎が寄せられるようになる楓。そんな楓の姿をどこかから観察し(振ったくせに!?)、相談に乗ってくれる風香。近くて遠いふたりの距離は、見ていてなんとも甘酸っぱい。一方で、楓が風香の抱える秘密と真意を知るという流れは切なくもある。そうしてあたかも風香に試されていたかのような日々の中で、楓は自分の殻を破ってゆくのだ。もしかしたら、これこそが風香の望んでいたことなのかもしれないなと思いつつ、ところで風香はいったいいつから……と思いを馳せずにはいられない。

俗・偽恋愛小説家
森 晶麿
朝日新聞出版
2016-08-05

自称「偽恋愛小説家」の夢宮宇多こと「夢センセ」は、デビュー作「彼女」の続編ともいえる2作目「月と涙」を執筆中。だが締め切り間際になっても原稿が半分しか上がって来ていない。やきもきする担当編集者の月子のもとにようやく電話がかかってくるが、第1声は「書けない」だった。「取材のため豪華客船に乗りたい」と言い出す夢宮をなだめすかしながら電話を切った月子のもとに、今度は実家からお見合いの話が舞い込んでくる。しかもその相手は、かつて月子が淡い想いを抱いていた年上の幼なじみ・聡。実は聡は昔から月子のことが好きだったのだという。動揺しつつもお付き合いを始めることにした月子だが、その聡が豪華客船で読書イベントを企画しているということで、講師として夢宮を呼ぶことに。しかしその講演のさなか、参加者の女性が突然死。しかもその女性は、不倫スキャンダルで世間をにぎわせている若手女優で……。(「第一話 白雪姫に捧ぐ果実」)

「恋愛小説の皮をかぶったミステリ」を書くから「偽恋愛小説家」――そんなことをうそぶく新人作家・夢宮と、その担当である新米編集者・月子が、なぜか次々と殺人事件に遭遇するミステリ連作集第2弾。

今回の事件で取り上げられた童話は「白雪姫」「ラプンツェル」「かえるの王様」「くるみ割り人形」。どの話も夢宮にかかればこれまでとは真逆の印象に変えられてしまう。「ラプンツェル」の解釈は特に怖いなと思ったが、しかし本当に怖いのは他者を傷つけ、あるいは殺めてしまう人の心。そしてそんな解釈を口にし、なおかつ事件の真相を見抜いてしまう夢宮の目なのかもしれない。けれど、だからこそ、夢宮は素直でまっすぐで、自分にないものを持つ月子に惹かれるのかも、とも思う。

とはいえそんな事件のかたわらで相変わらず月子を翻弄することに余念のない夢宮。作品と自身の態度の両方で月子を戸惑わせ続ける夢宮だが、今回は恋のライバル(?)が現れたことで、夢宮もさぞかし動揺したのではないかと。夢宮のアプローチは決してまわりくどくはないのだろうが、ストレートすぎる聡の振る舞いにわかりやすく反応して動揺していたのを見て、もしかしたら内心焦っていたりしたのだろうか、と思うとちょっと楽しくなってくる。


◇前巻→「偽恋愛小説家」


大学生の「私」はある日突然「広告」そのものに魅了され、名コピーライターであった父の後を追うように、広告業界を目指すようになった。そうして入学した戸山大学で、学生が運営している広告代理店「アド・カレッジ」の求人広告を発見する。面接に向かった「私」を出迎えたのは、バードと名乗る1学年上の代表取締役。バードは「私」に採用試験と称し、近くの商店街にある豆腐屋のキャッチコピーを3日以内に作るよう命じてきて……。

広告業界を舞台に、コピーライター志望の女子大生が夢に向かって日々精進!な青春ストーリー。

「日々精進!」と勢い良さげに書いたものの、主人公の「私」こと歩美(名前は最後まで出てこなかった)はわりと落ち付いた雰囲気の女子。かと思えば、大学生のみとはいえいきなり広告代理店に入ろうとしてみたり、コピーを考える時にはまず行動と言わんばかりに現場に飛んでみたりと、普段の地味な感じからも思いもよらないほどに行動力がある。そうやって彼女を動かす原動力となっているのが、「広告」という媒体だった。

商品の、あるいは企業を端的にアピールするためのもの――それが広告。たった数行の短い文章、あるいはひとつの言葉、そしてそれに結び付いた映像あるいは画像。文字とビジュアルが相乗効果をもたらしながら、けれど明確にテーマを訴えてくるもの。下町の豆腐屋から始まり、辺鄙な場所にあるマンション、不祥事を起こした大企業、私鉄の夜行列車、そして大手酒メーカーのウイスキー。だんだん広告の対象が大きくなる中、歩美の父親が勤めていた大手広告代理店「天通」と競い合いながら、歩美はバードと共に言葉を練り上げてゆく。そんなシンプルだが熱のこもった展開からは、私たちがふだん何気なく目にしている広告が、いかにして作られているかというのがこれでもかというくらい伝わってくる。そんなお仕事小説としても楽しめる作品だった。

黒猫の回帰あるいは千夜航路
森晶麿
早川書房
2015-12-08

パリで大規模な交通事故が発生とのニュースを受けた付き人は、黒猫の安否が気になって仕方ない。続報もなく、本人との連絡も取れず気もそぞろな付き人の元に、後輩の戸影かに奇妙な連絡が入る。いわく、ペルシャ美学専攻の小柴教授が、空飛ぶ絨毯に乗って消えてしまったらしい、と。いくつかの目撃証言を繋げた結果とはいえ、さっぱり意味が分からない付き人は、とりあえず小柴の妻を訪ねて出勤前までの様子を聞きに行くが、謎は深まるばかり。そこに突然、黒猫から電話がかかってきて……。(「第一話 空とぶ絨毯」)

本編5巻は1巻以来の連作形式。「ハヤカワミステリマガジン」に発表された第1話からスタートし、書き下ろしの5編を通して、付き人と黒猫の関係が改めて描かれていく。

前巻で限りなく心の距離を詰めたはずが、しかし決定的な言葉をどちらも口にしないまま、再び日本とフランスという物理的な距離に隔てられることになったふたり。そんな折、ついに黒猫が帰国し、ふたりの時間はまるで1巻の頃に戻ったかのよう。付き人は「黒猫の付き人」として再び彼の後ろを追ってゆく日々が始まるのだが、その心情が1巻の時とは全く異なっていることがよく分かる。

かつては黒猫のアパートに上がり込んで長話をしたり、しょっちゅう飲みに行ったりと気安い関係だったはずが、今では目を合わせるのも声をかけるのもなかなか難しい。もちろんふたりの行く先には美学の絡む奇妙な事件が次々と起こり、それを解く時はかつてのように饒舌になるのだが、それが終わればやはりどこかぎこちない。しかしいくつかの事件の中で紡がれる様々な愛のかたちは、きっとふたりの想いにも影響を与えたに違いない。それが結実したかのようなエピローグには感無量というか、付き人ではないが「やっとここまで……!」としか言いようがない余韻があった。


◇前巻→「黒猫の約束あるいは遡行未来」

そして、何も残らない
森 晶麿
幻冬舎
2015-09-10

高校を卒業したばかりの真琴は、中学時代の後輩・璃依紗に呼び出され、廃校となった母校・平静中学校を訪れる。そこには当時軽音部に所属していた仲間たちが集められていた。真琴たちを集めた璃依紗の目的は、かつて自分たちを苦しめ、璃依紗の兄・透の死の原因とも噂されていた体罰教師・内山への復讐だという。内山をこの廃校に呼び出し、罪を認めさせようと言う璃依紗に賛同する面々。しかし再会を祝して乾杯したその瞬間、教室のすみにあったミニコンポから「平静中学校卒業生諸君に死を」という内山の声が流れ、同時に仲間のひとりであるボンゾが血を吐いて倒れる。真琴は警察に連絡しようとするが、校内は圏外で通じない。しかも学校を取り囲む川に渡された橋が何者かに焼け落とされ、学校の敷地内から出ることすらできなくなっていた。皆が疑心暗鬼に陥る中、次々と仲間が殺されていく。彼らの死に様はまるで、かつて透が率いていた軽音部内のバンド「がらすちっく」が作った曲の歌詞になぞらえられているようで……。

書き下ろし長編となる最新作は、密室となった廃校での連続殺人とその顛末、そしてかつて部の中心的人物であった透の死の謎に迫ってゆく。

主人公である真琴の視点で物語は進んでゆくのだが、交互に語られるのは彼女の目の前で起きている殺人事件、そしてかつてこの中学で――ひいては真琴たち軽音部と教師の内山との間に何があったのか、ということ。生徒たちだけでなく親や他の教師たちすら刃向うことが出来なかった暴力教師・内山の存在。彼に反抗し、手ひどい体罰を受け、最後は部室で死んでいた透。そして現在、内山に復讐するはずが、逆に自分たちが殺されているという状況。姿を見せない内山と共謀しているの「誰か」の存在。璃依紗が唯一、わざとこの場に呼ばなかった仲間のひとり・ナユタのこと。時に混乱し、時にひどく冷静にもなる真琴は、過去と現在の狭間で何を見て、何を感じていたのか。

途中まではやりすぎというかわざとらしすぎるくらいの連続殺人ものといった展開になっているが、真相が明かされる最終章は、そのサブタイトル「覚醒」にふさわしいどんでん返し、そして驚愕の結末で、まさにタイトル通り「何も残らない」。雪が、音が、すべてを静かにかき消してゆくラストシーンは、これでいいのか?という疑念と、これでいいんだ、という奇妙な安心感が漂っているように思えた。

花酔いロジック 坂月蝶子の恋と酔察
森 晶麿
KADOKAWA/角川書店
2015-06-27

大学2年生になった蝶子。スイ研の先輩たちが就職活動に勤しむ中、神酒島は三鳥に幹事長の座を譲り、映画監督になるという夢に向かって撮影練習を続けていた。そんなある日、就活中の証子が、彼氏である三鳥が浮気をしていると蝶子に訴える。「ブドウ」と名乗る人物と三鳥がSNSでやり取りをしており、その直後から三鳥と連絡が取れなくなっているのだと。蝶子はそのやり取りの中に出てきた高円寺へと向かうのだが、そこでハンディカメラ片手の神酒島に遭遇。事情を知った神酒島は、蝶子を「黒溝館」と呼ばれる飲み屋へ連れていく。果たしてそこに三鳥がいたのだが……。(「朧酔いロジック」)

自分探しの真っただ中にいる女子大生・坂月蝶子と、つかみどころのない先輩・神酒島が、お酒の力を借りつつ人間関係のひだを読み解くライトミステリ連作、第2弾。今回は蝶子の大学2年生の1年間を通して、彼女の周囲の変化、そして彼女自身の変化が描かれてゆく。

今回は蝶子に恋のライバルが登場。後輩にしてスイ研の新入生・凛子は、蝶子と同じくミステリ好きではあるが、いちいち蝶子に対して挑発的な態度を隠そうとしない。それもそのはず、彼女のお目当てはまさかの神酒島。積極的に神酒島に接近する凛子と、彼女を拒むでもない神酒島、それをやきもきしながら眺める蝶子……という奇妙な三角関係が出来上がってしまう。さらに後半では、蝶子に片想いしているという同級生の「フラスコ」(自称)まで登場し、恋愛模様は大混線!……かと思いきや、最終的には意外な(でもないか?)方向に進むのがなんとも。

前述の通り、神酒島への恋心は自覚しているものの、その1歩がどうしても踏み出せない蝶子。それは彼女がこれまで抱えてきた過去――ひいては自分が何者かまだ定まらないと言う不安定な状態のせいだったのかもしれない。しかし夢に向かって歩き始めた神酒島に感化されたのか、ようやく蝶子も小さな1歩を踏み出せたのではないだろうか。これまで酒に酔えなかった蝶子が、ここにきてついに酔ってしまったという事実が、その何よりの証拠なのかもしれない。


◇前巻→「花酔いロジック 坂月蝶子の謎と酔理」

ホテル・モーリス
森 晶麿
講談社
2013-08-07

芹川コンサルティングの1社員である美木准は、社長である叔父の指示で、亡き父でもある前社長が援助していたというホテル「ホテルモーリス」の支配人になることに。なんでもここはかつて、業界では有名なホテルマン・星野ボレロが経営していた高級リゾートホテルだったらしい。が、従業員が大量に離職し、支配人が自殺、現在は星野の妻が支配人としてなんとか経営を維持してはいるが、有名なギャング〈鳥獣会〉の常宿になっているため、ますます経営は傾いているとのこと。とりあえず次のゴールデンウイークに〈鳥獣会〉がホテルモーリスで宴会をするらしいので、それまで准が支配人として状況を把握することになったのだった。だが准がホテルで見たのは、数が少ない上やる気に欠ける従業員たち、客として横柄な態度をとる〈鳥獣会〉メンバーをはじめとした妙な客たち、そして美しき前オーナーの妻・るり子の姿で……。

2013年に「esora」および「小説現代」に連載されていた、風変りすぎるリゾートホテルを舞台にしたシリーズの書籍化。

客がギャングならホテルマンもギャング……というわけではないが、傾きかけたホテルモーリスにやってきたのは、主人公の准と、もうひとり、かつて〈鳥獣会〉で伝説の殺し屋として名を馳せた日野という男。彼は見た目こそギャングだが(言動ややることもたまにギャングそのものだが)、ホテルマンとしては一流というギャップがすごすぎる人物。酒に弱いのが玉にきずだが、次々とホテルに現れる妙な客たちは、准の機転と日野の活躍によってもてなされたり追い出されたり。そんなホテルものらしからぬちょっと危ない展開も面白いが、もうひとつ気になるのは准とるり子との関係。

かつて母を亡くした准はこのホテルでるり子に出会い、傷付いた心を癒されたという経緯があった。そんなるり子と再会し期待を膨らませる准だったが、るり子は星野ボレロにまだ想いを残していて、ふたりの間で揺れ動くことに。そこで鍵になってくるのが星野ボレロなる人物のことなのだが、本名を誰も知らなかったり、るり子いわく准とボレロが似ていたりと、なかなか謎だらけ。ホテルのことだけでなく、ボレロの正体も謎の一つとして物語は進行してゆく。

妙な客が多すぎるせいでどこに向かって行くのかわからなくなってくる本作だが、最終的にはホテルものとしてきれいに着地。幾重にも絡んだ思惑がきれいにほどけ、最後には大団円(たぶん)というラストには思わず拍手してしまう。帯に「圧倒的なおもてなし」とあったが、まさにその通りだな(笑)と思ってしまうようなストーリーだった。

かぜまち美術館の謎便り
森 晶麿
新潮社
2014-11-21

過疎化が進む香瀬町の保育園に勤めるカホリは、叔母である園長が飾っている「嫌われ者の絵」について、園児のかえでに尋ねられる。その絵は18年前に亡くなったカホリの兄・ヒカリが描いたもので、父・サブローとヒカリが決別するきっかけとなったものだった。しかもそんな折、保育園に18年前の消印の絵ハガキが届く。園長の姿を描いたそのハガキは明らかにヒカリの手によるもの。さらにその消印の日付はヒカリが死ぬ1週間前、「ミツバチ」と呼ばれていた郵便局員が失踪した日でもあった。かえでの父で「かぜまち美術館」館長の佐久間は、ヒカリの絵がピカソの絵をモチーフにしたものだと指摘。そのうえで、絵に込めたヒカリの想い、さらには絵ハガキに込められた真実をも解き明かして見せて……。(「第1話 きらわれもの」)

とある田舎町を舞台に、ひとりの青年が手掛けたいくつもの絵にまつわる謎、ひいては彼と彼が巻き込まれた事件の謎をも解き明かしてゆくミステリ連作。

穏やかな美術館館長の佐久間と、素直で純真だがちょっとこまっしゃくれている娘・かえで。そしてそんなふたりと親しくする保育士のカホリ。佐久間はカホリの兄・ヒカリが残した絵にまつわる謎と、彼が本当に描きたかったもの、そしてヒカリの死に秘められた真相を明らかにしてゆき、そんな兄の死にとらわれ続けていたカホリの心をも解きほぐしてゆく。ヒカリが絵に込めた想いはこれまで皆に誤解されているという困った状況だったのだが、もしかしたらヒカリには、佐久間がこうやって自分の絵を理解してくれる未来が見えていたのかもしれないとすら思えてくる。そのくらい、ヒカリのまなざしは故郷と、そこに住む人々に暖かく注がれていたのだ。カホリと佐久間の関係にはちょっと肩すかしをくらったけれども(苦笑)、まあこれはこれで。


淡路島の近くに位置する恋路ヶ島には、恋路ホイールと呼ばれる大型観覧車を擁するサービスエリアがあった。そのフードコートで働く理代子が聞いたのは、「恋路ヶ島サービスエリアの売り子になると1年以内に恋人からプロポーズされる」というジンクス。当初はもちろん半信半疑だったが、実際に恋人である和彦にプロポーズされ、幸せな日々を送っていた。しかしある夜、バイトに行こうとした理代子が見たのは、和彦が知らない女とベッドにもぐりこんでいる姿だった。ショックを受けながらも職場に向かった理代子だったが、清掃員のマキノから、男子トイレの中に血痕があり、しかもそれは明らかに出血するなにかを引きずったような跡になっているということを聞かされて……。

書き下ろし長編となる本作は、夜のサービスエリアで立て続けに起きた不可解な事件をめぐるミステリ作。

理代子の彼氏の浮気発覚から始まった物語は、こちらがまったく予想していなかった方向へ転がってゆく。謎の血痕、そして死体。警察に連絡しようとする理代子を押しとどめるマキノ。一方、駐車場でも謎の事態が進行していく。女の死体を捨てに行こうとする義理の兄弟、俊太郎と俊二。有名芸能人である美野との不倫関係に決着をつけるためにこのサービスエリアを訪れた一般人女性・リナ。さらに、なぜかエリア内にゴリラやゾウなどの動物が出没し始める。一体このサービスエリアで何が起きているのか――誰が、何の目的でこの事態を引き起こしているのか。

関係なさそうないくつもの謎は緩やかに繋がり、やがて夜明けと共にひとつの結末を迎える。と同時に、理代子は新たな一歩を踏み出すことになる。……とまあ、全部読んでも、そしてここまで書いても、なんでこうなったのかはわからない、まるで狐につままれたような読後感を得られる作品だった。

偽恋愛小説家
森 晶麿
朝日新聞出版
2014-06-20

新人編集者である井上月子の担当作家は、恋愛小説家として華々しいデビューを飾った夢宮宇多。しかしその彼のデビュー作「彼女」に盗作疑惑がかかっていた。作中で殺される登場人物と同名の人物が、「彼女」のショートバージョンとも言える作品を、「彼女」が受賞・出版されるよりも前に、別の出版社に送っていたのだという。それを知った月子は夢宮に連絡を取ろうとするが、その直前に夢宮は逗留していたホテルを引き払い、行方知れずになっていた。月子は夢宮の担当になって以後に起きた様々な事件のことを思い出しながら、夢宮の足跡をたどろうとする……。

2013〜2014年にかけて「小説トリッパー」に連載されていた本作は、新人編集者が新作を書かない作家に振り回されながらも、彼の処女作にまつわる謎を追いかけることになるミステリ連作。

夢宮は「恋愛小説家」としてデビューしたにもかかわらず、その後出してくる新作のプロットはミステリばかり。月子の文句も軽くかわし、飄々とした態度であっさりと月子を煙にまく。そんな夢宮に振り回されながら、なぜか月子は彼がなにかしらの謎に直面してはそれをあっさり解いてゆく姿を目の当たりにし続ける。ある時は富豪の男性がたった1度出会った女性を探し出して結婚を申し込む、いわば「現代のシンデレラストーリー」に隠された真実を。またある時はデビュー以前まで引きこもっていたという新人女性作家が、自身の受賞記念パーティー会場に姿を現さない理由を。

それらの謎はシンデレラや眠り姫といった童話になぞらえられるのだが、夢宮はハッピーエンドのはずの童話をばっさり切り捨て、真実の姿をあらわにする――そしてそれと呼応させるように、いくつもの謎を解いてゆくことになる。月子は間近で夢宮の推理が当たっている様を見ていくのだが、見れば見るほど逆に深まってゆくのが、夢宮本人にまつわる謎。デビュー作「彼女」は実話なのか、そして本当に盗作なのか……騙された!としか言いようのないラストには驚きのひとことで、月子の気分と完全にシンクロしてしまう。ついでに言うと、そんな月子に対する夢宮の態度の中に、ほのめかし程度ではあるが不器用な好意が垣間見えるのもなんとも。


戸山大学に一浪して入学した女子学生・坂月蝶子は、有名な推理研究会に入るためさまよっていたところ、幹事長である神酒島に誘われ、「スイ研」へ入会する。しかし、読みこそ同じだが、彼女が入会したのは「酔理研究会」。新歓コンパでそれを知り逃げようとした蝶子だったが、神酒島は彼女の過去――元・有名子役であったこと――を見抜き、人生に何を望むのか、と問う。蝶子はその言葉に惹かれるかのように、スイ研に残ることを決めたのだった。そんなある日の飲み会のさなか、酒に弱いはずの同期・エリカがひとりの先輩と共に姿を消す。疑問に思いつつも行き先に心当たりがない蝶子だったが、翌日、桜の木の下でなかば埋まるようにして眠っているエリカを発見。目覚めたエリカはまだ酔っ払っているのような状態で不可解な発言を繰り返し……。

「酒を飲むために飲む」というサークル・スイ研を舞台に、酔えない体質の女子学生・蝶子と、酔っていることが顔に出ない幹事長・神酒島が、絡まり合った人間関係をほぐしてゆくライトミステリ連作。

物語は蝶子が大学に入学した春から始まり、年末までの約1年に起きた様々な騒動が描かれてゆく。春は酒に弱いはずの女生徒が見せた不可解な行動について。ゴールデンウィークには意気投合したはずの女生徒がデートをすっぽかした理由について。夏には神酒島の元カノとその今カレ登場?のはずが、なぜか神酒島ではなく副幹事長の大山が潰されていた理由について。秋は学祭で消えた宣伝チラシの行方と、神酒島に彼女発覚?のこと。そして冬は蝶子に舞い込んだ婚約話と、その婚約者(仮)が温泉で遭遇した謎の美女の正体について……。

どのエピソードも酒が絡んだせいでややこしくなっているが、それを解決するのもまた酒。とにかく飲むことが目的と豪語するだけあって、アルコールに対する蘊蓄が延々と語られるわけではないのもまたいい。そして蝶子と神酒島の微妙な関係も。もうすぐ続編が出るらしいので、ふたりの関係に進展があるのかも期待したい。個人的には、春のエピソードで登場したエリカ嬢に再登場していただきたいのだが、難しいかな……(笑)。

黒猫の約束あるいは遡行未来
森 晶麿
早川書房
2014-09-25

ラテスト教授からの依頼で、マチルドと共にイタリアへ向かうことになった黒猫。なんでも夭折の建築家・ガラバーニによる未完成の建築物〈遡行する塔〉が、設計図もなければ後継者もいないはずなのに、今も成長を続けているのだという。塔に隣接するガラバーニ邸を訪れたふたりは、現在の所有者・ヒヌマやその妻、使用人たちから話を聞くが、少なくともマチルドには、明確な手掛かりは見出せないでいた。一方その頃、学会に参加するため、唐草教授と共にロンドンを訪れていた付き人。そこで出会った映画監督・トッレから、撮影中の映画のラストシーンに出演してほしいと頼まれる。教授の後押しもあり、トッレの申し出を受けた付き人は、翌日には撮影のためイタリアへと向かうことに。地元の祭で沸き立つ中、ようやく撮影を済ませたその瞬間、付き人は何者かに腕を掴まれてしまう。その人物こそ、塔の調査にやってきていた黒猫本人で……。

本編4巻。前巻からさらに半年ほどが経過し、イタリアにてようやくふたりが再会。と同時に、ガウディを想起させる未完成建築にまつわる謎をふたりで解いていくという展開に。

今巻も前巻と同様、中盤までは黒猫と付き人それぞれの動向が語られる。黒猫は成長を続ける塔の謎に直面し、マチルドをお供にその真相を探る。一方、付き人はなぜか映画に出演する羽目になるのだが、彼女を見初めた監督・トッレは、実は黒猫が探っている塔の作者・ガラバーニの息子。そして彼が撮影している映画は自身の自伝的作品で、そこには塔にまつわる秘密が隠れていた。

黒猫は付き人がトッレから聞き出した情報を元に、真相にたどり着くのだが、その前に付き人とマチルドに推理をさせる。もちろんふたりの推理はハズレではあるのだが、黒猫を巡っていわばライバルのような関係のふたりが、時に協力し、時に互いを出し抜くように推理を重ねていく展開が面白いようなはらはらするような(笑)。

個人的には――というか本作をここまで読んだ人はみんなそうだと思うが――やはり特筆すべきはこの後の展開。ついに黒猫と付き人は久しぶりにふたりきりになる。そこで行われるのはいつも通り。ロンドンの学会で付き人が発表した内容についての黒猫の講評、そして今回の事件の答え合わせ。しかしこの流れはいつもとは違う――少なくとも、黒猫への想いをはっきりと自覚してしまった付き人にとっては。結論から言うと今回も決定的なあれこれがあったわけではないが、しかしこれまで以上にふたりの関係が前へ進んだことは確か。しかも、これまでは黒猫が思わせぶりな態度を付き人に示し、付き人が動揺するという流れだったのだが、今回は逆。この付き人の行動に対し、黒猫はどう対応するのか。次のふたりの再会が楽しみでならない。


◇前巻→「黒猫の薔薇あるいは時間飛行」


黒猫が再びパリへ旅立ってから半年。付き人は博士課程2年目に突入したものの、黒猫の喪失は彼女に大きく影響を及ぼし、一時は研究にも手がつけられない程だった。しかしその間、女性作家・綿谷埜枝の作品に興味を惹かれて読むうちに、ポオ作品との関連性に気付くことに。そんな彼女に対し、埜枝と古くからの知り合いだという唐草教授は、ポオ研究に絡めた作品解体と、埜枝本人へのインタビューを提案・セッティングしてくれるのだった。そこで付き人が埜枝のデビュー作「星から花」について問いかけたところ、彼女はその作品のモチーフになった自身の体験談を語る――ある植物園でひとりの男性と出会ったこと。後日、彼と偶然再会して、赤い薔薇を貰ったこと。その男性から翌日の夜に「オフランド」というレストランに誘われたこと。しかし翌朝、貰った薔薇の色が赤から白に変わっていたこと。そしてオフランドに彼がやってこなかったこと。付き人は埜枝の話を元に、薔薇の謎と男性の真意を探ろうとするが……。

本編3巻。離ればなれになってしまった付き人と黒猫だったが、それぞれの地で似たような謎に遭遇することに。

付き人が薔薇の謎について探っている頃、黒猫は彼を呼び寄せたラテスト教授の孫娘・マチルドからある相談を受けていた。彼女の好きだった作曲家・リディアの音楽性が突然変わってしまった理由、そしてそのリディアの家にある天地逆さまな庭園と、その庭に毎日午後2時に現れる男の謎について。付き人の方にしても黒猫の方にしても、キーワードとなるのは庭。自然の美を前に、ふたりはそれぞれの視点から謎と向き合い、その真相を読み解いてゆく。離ればなれとは言えど、それぞれ同じようなことをしているという展開に微笑ましさを感じながらも、時折お互いに相手の不在を感じているという素振りを見せるのがなんとも切ない。

強く想いを残す相手の不在、それこそがその想いをさらに強くしてゆく。失って初めて気付くもの、というと陳腐かもしれないが、ことに付き人の状態を見ていると、それが真実なのだと思い知らされてしまう。だからこそ解決編とも言える最終章でふたりが対話するシーンは、いつものふたり見られて嬉しい反面、切なさもまた増してゆく。ましてあんな結末を描かれた日にはもうどうしたらいいか。今回の件で、今後付き人がどう出るか楽しみ。


◇前巻→「黒猫の接吻あるいは最終講義」


黒猫に誘われ、バレエ「ジゼル」を観に行くことになった付き人。そこで付き人は黒猫の友人でガラスアート作家の塔馬と引き会わされる。塔馬はふたりが訪れたバレエ・ホールのオーナーの息子であり、本日のプリマである川上幾美の恋人でもあるという。その塔馬は、電話で席を外した黒猫の隙を突くように、付き人に告げるのだった――黒猫はかつて、とある天才プリマと同棲していたのだ、と。動揺しながら付き人は席に着くが、1幕のラストでトラブルが起き、ジゼル役の幾美はそのまま舞台から姿を消してしまう。塔馬の台詞の意味、そして舞台でのトラブルが気になって仕方ない付き人は、黒猫に黙って塔馬のアトリエへ向かう。そこで塔馬から聞かされたのは、5年前の「ジゼル」上演時に起きた事件のこと、そこで亡くなった天才プリマ・花折愛美の存在、そして当時の黒猫が愛美と、さらに幾美とも交際していて、同棲までしていたということ――そんな付き人に追い打ちをかけるように、塔馬は彼女にキスしてきて……。

本編2巻。黒猫の過去にも関わる事件が起こり、ふたりのすれ違いが起きるという展開に。

愛美と幾美というふたりのプリマと、それぞれと交際していた(いる)黒猫と塔馬――かつて起きた事件、そしてこのたび起きた事件に深く関わるのはこの4人の関係ということで、付き人は完全に外野であったはずなのに、黒猫への想いを塔馬に利用される形で巻き込まれることになる。しかしそのことで付き人と黒猫の関係はぎくしゃくし始める。さらに黒猫が間もなくパリへ無期留学することがわかり、ますます付き人は黒猫への想いを複雑なものにしてゆく。黒猫の付き人への感情がどれほどまでのものかはっきり分からないのというのもあるが、付き人も黒猫への接し方を考えあぐねているというか、いまいち大きく踏み出せない面もあるせいで、ふたりの関係は傍から見ていればシンプル極まりないはずが、逆に複雑怪奇を極めているような状態に。煮え切らないなあ!とじれったく思いつつも、まあこれがこのふたりの関係なのだから仕方ないという気もしてくるのはいいのか悪いのか(笑)。

付き人が黒猫と共に導き出した結末は、現実にほんのわずか後れをとってしまい、ともすれば悲劇にしかなりえないものだった。しかし当事者にとっては、これが最上の結末であったと言わざるを得ない。美に魅せられた者は、例えその身が滅びようとも、自らの信じる美に従順でいることしかできないのか。その危うさは塔馬たちだけできはなく、美学を追究する黒猫にもいずれ訪れるかもしれない――そう考えると恐ろしいものもあるが、しかし彼には付き人がいるのだから、それがどんなにまだ煮え切らない関係であろうと、大丈夫なのだと思いたい。しかし日本とパリ、遠い空に隔てられたふたりの関係はいったいどうなってしまうのだろうか。


◇前巻→「黒猫の遊歩あるいは美学講義」

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