phantasmagoria

読んだ本のこと、それ以上に買った本のこと、ときどきライブのことを書き散らかしてみたりする。 (当ブログは全文無断転載禁止です)

カテゴリ: 千早茜

さんかく
千早 茜
祥伝社
2019-10-31

大学時代を過ごした京都に戻り、古い町屋で暮らしながらフリーデザイナーとして働く高村は、フリーター時代の後輩である伊東と食事をすることに。かつて彼女が作っていたまかないが好きだったと言い、ひとり暮らしの彼女が作る料理に興味を示す伊東。大阪で営業職に就いている伊東は、アパートの契約更新が間近だったため、京都の大学院に所属している年下の彼女・華と同棲しようと考えていた。しかし誰かと一緒に暮らすのは無理だという華の言葉で諦めた伊東は、高村の勧めに応じて彼女の家でシェアハウスすることになるが、そのことを華には打ち明けられずにいたのだった……。

2018〜2019年に「新刊ニュース」に掲載されていた作品の書籍化。3人の男女の視点から、彼らの「三角関係未満」の繋がりを描く物語となっている。

伊東と華は付き合ってはいるものの、華は大学院での研究(様々な動物を解剖するのがメイン)に没頭しており、会うこともままならない日々。そんな折、アパートの契約更新をきっかけに、伊東は高村と一緒に暮らすことになったのだが、そこには「同棲」だの「ひとつ屋根の下」だのというような甘いものはほとんど感じることはできない。伊東にとっては賄い付きの下宿に入ったような――しかも大家はさばさばとしていて、気心もそれなりに知れてはいるが適度な距離感を保てる大人の女性――気分でいたのだろう。そしてそんな伊東を受け入れた高村もまた、自分のためだけに作っていた料理を褒め、喜んでくれる相手ができたことで、失っていた自信、あるいは自尊心のようなものを取り戻しつつあったのかもしれない。さらに言えば華も決して伊東のことを邪魔に思っているわけではなく、ただ自分の研究にリソースをすべて向けてしまいたい一方で、そんな「普通」ではない自分を「普通」の側に引き留めてくれる――またはその証明となる「彼氏」を必要していただけなのかもしれない。結局のところ3人は、そんな世間一般で言うところの「普通」であるための居場所を探し続けていたのではないかと思う。

しかし、そんな関係がいつまでも続くわけはなく、やがて3人はまた、それぞれの道を歩み始めることになる。誰かと一緒に生きる幸せがあれば、ひとりで生きる幸せだってある。食べて、寝て、働いて、そして誰かと繋がって――そんな当たり前の日々を、無理なく過ごしていくことが大事なのだろう。完璧でなくても、分かり合えなくても、それでいいのかもしれない。

クローゼット
千早 茜
新潮社
2018-02-27

幼い頃から女性ものの美しい服に憧れを抱き、しかし性別ゆえに好きな服装ができないことに悩まされているフリーターの下赤塚芳は、勤め先のデパートの催事として下着の歴史をたどる展示が行われているのを目にする。展示に興味を持った芳は、展示品の説明をしてくれた老紳士の勧めに従い、彼がオーナーを務める「青柳服飾美術館」へと足を運ぶことに。一方、歌手だった母親の影響で服飾に興味を持ち、「青柳服飾美術館」で修理師として働く白峰纏子は、困っているところを芳に助けられる。最初は男性恐怖症のせいで近付くことすらままならなかったが、ボランティアとして美術館で働き始めた芳の優しさに触れ、少しずつ彼との距離を縮めていき……。

2016〜2017年に「小説新潮」に掲載されていた「硝子のコルセット」の改題書籍化。何十年、あるいは何百年も前の衣服に魅せられたふたりの男女が、それぞれが抱える悩みから解き放たれる物語。

母親にねだってこっそり買ってもらったワンピースを着て外出したために、友達に拒絶され傷付けられた芳。母親の恋人に襲われかけたせいで男性恐怖症となった纏子。美しい服に憧れを抱き、クローゼットに閉じこもっていたふたりの子供は、そんな傷を抱えたまま大人になり、そして出会う。内に閉じこもりがちで不器用な纏子は言うに及ばず、女性たちの間を軽やかに渡り歩いているように見える芳にも、誰にも言えない鬱屈――女性になりたいわけではなく、ただ美しいものが好きなだけで、しかし周囲もそして自分ですら、持って生まれた性別にとらわれてしまっている――が確かに存在していた。そしてそれは、纏子の親友である青柳晶についても同じことが言えるだろう。美しく強い女性のように見えて、しかし彼女はただひたすら、家と纏子の存在にとらわれているのだ。

けれどふたりがここで出会ったことで、そして「美術館」に収蔵されている美しい衣服や、それを身に付けていた女性たちの考えや想いに触れることで、たくさんの垣根を越えて、自分たちをとらえていた過去からついに決別することができた芳と纏子。起きたことをなかったことにはできないけれど、纏子が修理する衣服のように、ひたすらに寄り添うことができれば繕うことだってできる。ふたりが自分の生きたいように生きられる日は、きっともうすぐ。

人形たちの白昼夢
千早 茜
PHP研究所
2017-08-19

児童文学作家の翠が思い出すのは、今の自分を形作った、中学生の頃の出来事だった――入学式を終え、クラスで「趣味は読書」と自己紹介をした翠に話しかけてきたのは、「もり りひと」という隣の席の男の子だった。好きな物語のジャンルがとても良く似ていたことですっかり打ち解けたふたりは、本の貸し借りをしたり同じ図書委員になって一緒に図書室で作業したりと、楽しい日々を過ごしていた。しかしこの頃クラスの男女の仲は悪く、ふたりは表立って仲良くすることができなくなりつつあり……。(「モンデンキント」)

2015〜2016年に「WEB文蔵」に掲載された6本の短編に、書き下ろしを含む6本の短編を加えた作品集。

舞台も時代も世界観も様々な短編にあって、しばしば登場するのが「青いリボン」。ある時は嘘つきな女性の足首を飾り、ある時は壊れた機械人形の穴を塞ぎ、ある時は赤子の髪をくくり、ある時は刑務所で作られた菓子箱に巻かれる。そしてこの色の他にも、赤や黒、白、黄、紺といった様々な色に物語は彩られていて、その印象を鮮やかなものにする。登場人物たちの日々に何気なく差し込まれるこれらの色は、いろんな象徴となって視界の片隅に残っていくのだ。死んだ獣から零れ落ちる青い瞳、鞄に隠されたネイビーのネクタイ、かの人と話すきっかけを作ってくれたあかがね色の本、夜の物語を知るための黒いドレス。まるで詩のような物語だと思った。あるいは白く飛んだ光の中に見える幻。

ガーデン
千早 茜
文藝春秋
2017-05-29

幼い頃に暮らした家の庭が忘れられず、今でも自室でたくさんの植物に囲まれて暮らす男性編集者の羽野。緑への偏愛が強すぎるせいもあってか、職業柄、多くの女性と接する機会があっても、彼女たちと特に深い関係を持つことはなかった。しかしある時、取材相手である建築デザイナー・曾我野の家で、赤い口紅が印象的な女性・理沙子と出会う。曾我野だけでなく、初対面の羽野にもずけずけとした物言いをする理沙子になぜか興味を引かれてゆく羽野だったが……。

植物を偏愛しすぎるあまり、他者と深い関係を築けない男性の変化を描く長編作。

「帰国子女である」というレッテルを貼られることを無意識のうちに忌避しすぎるためか、あるいは幼い頃の「庭」のイメージがそれほどまでに鮮烈だったのか――とにかくあらゆる欲が希薄な羽野だが、唯一その情熱を傾けるのは、自宅で育てている様々な植物に対してのみ。草食系を通り越して修行僧と言いたくなるほどのストイックさで植物にすべてを捧げてゆく羽野の姿は、ある意味完成された、高潔かつ孤高の存在なのではとすら思わされる。しかし彼の周囲に対する――とりわけ女性に対する態度を見ていると、そのイメージはもろくも崩れ去ってゆくのだ。

バイトのミカミさん、同期のタナハシ、モデルのマリ、バーテンの緋奈――周囲にいる女性たちは羽野に何らかの期待をし、結果として受け入れられる者もいれば、拒まれる者もいる。その境界はきっと、羽野が彼女たちに対して抱いている期待を裏切らないかどうか。しかし彼女たちに対してそんな判断を下す羽野の態度はどこまでも傲慢で、だから時折その態度を見抜かれる――「見下してるんでしょ」と。そんなセリフに「人は平等ではないから」と答えるところからして、羽野が抱える歪みが透けて見えてくる。結局のところ、彼はすべてを自分の都合のいいようにしか見ていなかったのだろう。植物にすべてを捧げているように見えるが、逆に言えば植物は、羽野自身でコントロールすることが容易い。つまるところ、彼は自分の制御下に置けるものしか愛せないのではないか。だからタナハシの言葉を拒絶したし、理沙子の求めに応じることができなかった――相手から突き付けられる選択に応えることができないのだ。そして、見て見ぬふりをする。

しかし物語の最後で、羽野はようやく「選択しなかった」ことに対する結果に目を向けることになる。それはつまり、彼が「結果を見る」ということをようやく「選択」したからということに他ならない。彼の生き方を変えたのが、他人が作った「庭」であることが――ひいてはそこから想起させる女性だったという事実がとても印象的だった。しかし一方でこうも思うのだ――きっと彼は、また間違うのだろう、と。しかし選択することで得られた「間違い」は、これまで彼が知らず知らずのうちに得た間違いとはきっと違うものになるだろう、とも。

夜に啼く鳥は
千早 茜
KADOKAWA/角川書店
2016-09-02

その身に「蟲」と呼ばれる存在を宿すがために、性別もなければ老いることもなく生き続けている御先。地図にも載っていない海辺の里で長として崇め奉られている御先は、里を離れ東京で暮らし、政府高官や裏社会のボスといった顧客たちの怪我や病をその「蟲」の力で治してきた。そんな御先がある時、仕事帰りに立ち寄った神社で、縮れ毛に長身のひとりの男と出会う。「四(ヨン)」と名乗ったその男から同族の――「蟲」のにおいをかぎ取った御先は、彼の行方を追うが……。

不老不死の一族の長が、都会に紛れながら何かを追い求める姿を描くダークファンタジー連作。

すべてははるか昔、海からやってきた赤子から始まった。青白く光る「蟲」は宿主からあるものを奪いながらもそれを生かし続ける。当代の数少ない「蟲宿し」の中でも最強の力を持つのが御先だが、それ以外の者は弱い力しか持たず、一族は今や滅びに瀕しているという状態。そんな中、御先は里を離れ、側近の雅親をも遠ざけ、始祖から続く代々の記憶を咀嚼しながらひとり都会の闇に紛れようとする。ではなぜ御先は里を見捨てるような真似をするのか。

御先と雅親の間に横たわる罪と後悔、なんのてらいもなく御先に接し、時には身を呈して守ろうとする四、そしてそんな3人と巡り合い、関わることになる少女たち。時には命を狙われながら、あるいは過去の因縁に苛まれながらも、御先は静かにすべてを見つめてゆく。その深閑としたまなざしはどこまでも透徹で、しかしおそらく、誰よりも今の状況を愉しんでいるに違いない。雅親はかつて御先に対して罪を犯したと後悔し続けているが、そんな彼に四がかけた「鎖を切った」という言葉は真実なのだろう。だから今、御先はここにこうしているのだ。終わりのない日々、けれどいつかは終わる日々。そんな永い日々の中で、ささやかな愛情を彼らはきっと見出せたのだと、そう思う。

あとかた (新潮文庫)
千早 茜
新潮社
2016-01-28

結婚を控えてはいたものの、どこか現実味を感じられないでいたその女性が出会ったのは、見るからに危うげなひとりの男性だった。彼は得体が知れない、と男性を紹介してくれた知人には言われたが、彼女は知人の制止を無視し、男に誘われるがまま関係を持ってしまう。深入りするでもなく、しかし断ち切るでもない奇妙な関係は、ある時不意に変化し、そして突然終わりを告げて……。(「ほむら」)

第20回島清恋愛文学賞を受賞した本作は、どこか仄暗さを帯びた、様々な恋愛を描く連作集。

気まぐれで危うげな男と関係を持ってしまった女性。息子を産んだばかりの妻にどこか距離を感じながら、自殺した副部長の言葉に思いを巡らす会社員の洋平。その洋平の妻で、夫に隠れて年下の男と関係を持つ明美。男に寄り添いながらも、与えられる愛情ではなく痛みしか信じられない藤森と、その藤森を居候させながらも彼女との距離感に悩む松本。そしてボランティアに命をかけ、自分を顧みない恋人との関係に苦しむ千影。彼女は、彼は、みなそれぞれのパートナーとの間に何かを遺したいと、あるいは何も遺したくないと願いながら関係を続けている。

そんな彼女たちの周囲には、ひっそりと死の影が付きまとう。死とはただその存在が消えることではなく、遺された者に必ず何らかの爪痕を残す。あとかたもなく消えるなんてことは不可能なのだ。「ほむら」の主人公の前に束の間現れ、消えていった男性は、「てがた」の洋平の元上司であり、「やけど」「うろこ」の藤森がかつて身を寄せていた男性のことでもあった。彼の死はこの3人に大きな影響を及ぼし、そしてその周囲にもわずかではあるが波及してゆく。愛情という目に見えないものは、それを失った瞬間にふっと浮き上がって来る。終わりを経ないと見えてこないそのあやふやなものは、きっといつだってそこにあるのだろう――ただ気付けないだけで。

西洋菓子店プティ・フール
千早 茜
文藝春秋
2016-02-12

古びた商店街で昔から営業している西洋菓子店「プティ・フール」で働いているパティシエの亜樹。フランス留学の経験を活かそうとする亜樹だが、オーナーである祖父はそんな亜樹の知識や技術をしのぐ腕前。そんな祖父の店をなくしたくない一心で、亜樹は手伝いを続けつつ、同じ商店街にある紅茶専門店に自作の菓子を卸したりしていた。しかしそんな日々の合間に、不意に思い出すのは高校時代の親友のことだった。あの頃、唯一無二の親友であった珠香――可愛くて我儘で独占欲が強かった少女。今でこそ婚約者がいる亜樹だが、当時は彼氏を作るなんてことは考えられなかったし、珠香に彼氏ができた時も、彼女を男に取られてしまうと危惧こそすれ、彼女をうらやむなんてことは一切なかった。珠香の束縛のせいもあるが、それ以上に彼女の存在が亜樹にとっての「一番」だったのだから……。

西洋菓子店「プティ・フール」を舞台に、この店に関わる人々の姿を描く連作集。

フランス留学し、一流店に勤めていたのを辞め、実家の店を手伝うことにした亜樹。亜樹の後輩で密かに片想いしていた澄孝。夫の浮気疑惑に苦しみ、「プティ・フール」で買ったシュークリームを食べては吐くという行為を止められない主婦・美佐江。澄孝への片想い、そしてその脈のなさに悩むネイリストのミナ。弁護士という自分の職業、そして亜樹の婚約者という立場、その両方に行き詰まりを感じている祐介。昨今のよくある展開としては、彼女たちが不思議な洋菓子店の素敵な洋菓子を食べ、悩みがすっきり解決、というパターンだが、この作品集に限っては、そんな展開はほとんどない。洋菓子店を経営しているのはおじいちゃんだし、置かれているのは昔ながらのショートケーキに代表される、日本ならではの洋菓子ばかり。オーナーが悩み相談を受け付けるのでもなければ、もちろん菓子を食べただけで悩みが都合よくなくなるなんてことはありえないし、ともすればそのせいでこじれることだってある。それでも彼女たちは菓子を作り、食べ、ささやかな「何か」を確かに受け取ってゆくのだ。

特に一番の変化がもたらされたのは亜樹だろう。祖父を尊敬し、ストイックに菓子作りに励む一方で、弁護士という「立派な職業」の婚約者を得ている亜樹。後輩にも慕われ、近所の店に卸している菓子も評判がよく、また祖父の許可を得て「プティ・フール」でもイートインができるような改築も始めており、周囲から見れば順風満帆、まさに恵まれた人生。しかしそんな優雅な印象とは裏腹に、亜樹本人は菓子という嗜好品――つまり生活になくても困らない、いうなれば道楽にすぎないものを生業としていることにどこか負い目を感じている節がある。そして、食べる人のことを考えて菓子を作ることが出来ないという不器用さをも抱えていた。スパイスや洋酒をふんだんに使った、主張の強い菓子ばかり作っているのは、かつて唯一無二の存在として依存していた親友の存在があったのだろう。亜樹の菓子と親友の珠香には、どちらも美しく、しかし苛烈にして鮮明という極端なイメージが付きまとう。しかし後輩と再会し、「プティ・フール」を改装し、そして祐介と衝突する中で、亜樹はようやくあのころの親友ではなく、今の自分とその周囲を見ることができるようになったのだろう。おそらくこれから変化してゆく亜樹の菓子がどんなものなのか、ぜひ見てみたいと思わされる結末だった。

森の家 (講談社文庫)
千早 茜
講談社
2015-12-15

ひょんなことから年上の恋人・佐藤聡平の家に転がり込んだ美里。しかしそれから約1年後、聡平は何の前触れもなく姿を消した。後に残されたのは美里と、聡平の息子である大学生のまりも。戸惑う美里にまりもは告げる――聡平とまりもは、まりもが20歳になるまで一緒に暮らすという約束をしていただけで、もうすぐその期限がやってくる。だから姿を消したのだろう、と。恋人の失踪に取り乱しつつも、美里は佐藤家に居座って聡平の帰りを待ち続けるが……。

父と子、そして父の恋人といういびつな「家族」が、いつしか本当の家族になろうと前を向き始める、新しい形の家族小説。

時系列に沿って、美里視点の「水音」、まりも視点の「パレード」、そして聡平視点の「あお」というエピソードが続く。読むにつれて分かっていくのは、もちろん美里と聡平・まりも親子は「家族」ではなかったし、そもそも聡平とまりもの関係だってまりもの母・果穂子の死に際しての「約束」によって成り立っていただけで、「家族」と呼ぶには微妙なものだった。つまるところ寄せ集めにすぎないこの3人に共通していたのは、いずれも生まれながらにしてあったはずの「家族」と関わりが希薄だったという点だった。

美里は幼い頃に父親が一時期失踪したことがあり、その頃から「家族」という繋がりに価値を見出せなくなっていた。聡平には父親がおらずそのことで後ろ指を差されていたし、まりもを産んだ果穂子との関係も、夫婦どころか恋人とすら呼べるようなものではなかった。そしてそんな父親に育てられたまりもには最初から一般的な「家族」などないも同然で、だからこそ誰もが家族という共同体を信じていなかったし、必要ともしていなかった。ただ生活する上でいたら便利、程度のものだったし、それが続いたのも互いへの過度な干渉がなかったからというただの僥倖にすぎない。しかしだからこそ、それが失われたことで、3人は「家族」というものを見つめ直すことになる。

家族というのはただの集まりにすぎないのかもしれない。しかし血縁関係がなくたって、そこに互いを受け入れる余地があり、「ここにいてもいい」という承認さえあれば成り立つものなのかもしれない。それはつまり、失われることのない自分の居場所。そしてすべてを受け入れ、許してくれる場所なのかもしれない。そして、最後の最後で互いを許し合った3人は、ようやく「家族」になれたのだろう。

男ともだち男ともだち
千早 茜

文藝春秋 2014-05-26
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京都在住のイラストレーター・神名は、同棲している彼氏・彰人がいる身ではあるが、妻子持ちの医師・真司とも関係を持っていた。昔から男性関係に対して、人並みの執着も倫理観も持ち合わせていない神名だったが、たったひとりだけ、そういう関係になれない「男ともだち」がいた。その「男ともだち」――ハセオから、大学卒業以来、初めてメールが届く。今は富山で製薬会社のセールスをやっているというハセオだが、昔と変わらない適当さ、女癖の悪さ、そして神名に対する態度を再確認し、安堵を抱く神名。それ以来、ちょくちょくハセオと会うようになるが……。

男女の友情は成立しない――とは昔からよく言われる文言ではあるが、本作ではその関係を危ういバランスで、しかしきっちりと成立させているふたりの姿が描かれている。

神名にしてもハセオにしても、当人たちもごちていた通り、似た者同士なのかもしれない。考え方、趣味嗜好、異性関係のだらしなさ――普通の人にしてみれば眉を顰めそうな行動や言動を繰り返すふたりは、だからこそ相手を咎めることもなく、ただ一緒にいて、バカやって笑って……という「友達」の関係を続けてきていた。それは再会しても、そして神名にいろいろな事件――彼氏と別れたり、不倫相手とこじれそうになったり、仕事がうまくいかなくなったり――が起きるなかでも変わることはなった。正確には「ハセオの方が」だが。

ままならないことが立て続けに起こり、自棄的になった神名は、反射的にハセオを男として求めそうになる。けれどそれを押しとどめたのもまた、ハセオの存在。ハセオにとっての愛情ってなに?と問う神名に対し、ハセオが返した答えは、そのままふたりの関係を表していた。どこまでいっても「ともだち」で、決して「男と女」にはなれないふたり――実際のところ、ハセオは神名にとって、鏡に映った自分の姿だったのかもしれない。鏡面を隔てた向こう側で、自分と同じ姿で、ずっとこちらを見てくれている。幻想に過ぎなくても、都合良すぎる存在だとしても。変化はあれども自分のことなのだからそれがわからなくても仕方ないと、そう思えるくらいずっと、ずっと、いつまでも。

おとぎのかけら 新釈西洋童話集おとぎのかけら 新釈西洋童話集
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母親にデパートに連れてこられた優香と兄。けれど母はふたりのことなどお構いなしに買い物を続ける。そしてふたりが迷子になったしまうと、恥をかかされたとトイレで叩かれる。消えればいいのに、と言われるふたりは、これ以上母親に叩かれたくなくて、ふたりでデパートを抜け出した。公園でうずくまるふたりの前に現れたやせぎすの若い女は、ふたりをファミレスに連れて行き、ごちそうを食べさせてくれる。そして優香に囁くのだ――お兄ちゃんのために「仕事」をしない?と……。(「迷子のきまり−ヘンゼルとグレーテル」)

「ヘンゼルとグレーテル」、「みにくいアヒルの子」、「白雪姫」――西洋童話をモチーフに綴られる、無垢で残酷な現代のおとぎ話集。
特によかったのは、「白雪姫」をモチーフにした「カドミウム・レッド」、そして「シンデレラ」をモチーフにした「金の指輪」の2編。

「カドミウム・レッド」は、元美大生で、今はその出身校で事務員をしている「わたし」が主人公。そして恩師である美智子先生と、画家である「わたし」の叔父は結婚している。叔父は「わたし」のことを気にかけ、いろいろと世話を焼いてくれるが、それが美智子先生には気に食わない。「わたし」はそれを知っていて、叔父の好意を受け続ける。
常にうつくしい微笑を浮かべている「わたし」は、しかし本心から笑っているわけではない。それは単なる仮面。淡々と周囲を見つめながら、皆が称えるかりそめの美を憎み、毒のある、真なる美を求めている、ただそれだけ。そんな彼女の末路はあまりにもうつくしく、そしてむごい。

「金の指輪」は、「カドミウム・レッド」とは逆に、救いのある話。
25歳の青年・静は、中学の時に出会ったある少女のことがずっと忘れられないでいた。無理矢理習わされていたピアノ教師の娘だという少女とは、たった1度だけ言葉を交わしたことがあった。大財閥の社長の愛人の息子である静と、ピアノ教師の義理の娘だという少女とは、けれどその時、互いの境遇を慮り、確かに心が通じあっていた。だがその後、静が彼女と会うことはなかった。父が亡くなった際に彼女が家に来たと聞いた静は、彼女が家に落としていった金の指輪をずっと大事に持ち続けていた。そんなある日、祖母の家で出会ったひとりの女性に惹かれ始める静。彼女は果たして、あの時の少女なのか否か。
誰にもはめることのできなかった、小さな金の指輪。けれど、もう彼女があの時の少女かどうかは関係ない。指輪がはまらなくてもいい。自分がほしいものが見つかったのだから、それでいいのだと。指輪と同じように、静が抱え続けていた小さな空虚が満たされる瞬間の、彼女の微笑みがとても眩しい。

童話を現代風に書き換えるというアイデアはありふれたものではあるが、この作品集に収められているものはどれも重く絡みつくような力を発している。童話というものが持つ、ひそやかな残酷さをむき出しにしつつも、しかしどこか後ろめたいうつくしさが漂ってくる。読んでいてくらくらとしてくるのは、作者のデビュー作「魚神」と同じ感覚。この感覚がたまらない。

魚神魚神

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かつて巨大な遊郭を有していた孤島。捨て子の美しい姉弟、白亜とスケキヨは、いつしか歩む道を異とする――スケキヨは陰間として、白亜は遊女として売られ、それきり会うことはなかった。スケキヨが売られた直後、一度だけ戻ってきた彼を拒絶したことが、白亜の心には澱となっていつまでも残っていたのだ。月日は経ち、その美貌ゆえに店でもトップクラスの遊女になった白亜だったが、ある時、仲の良い遊女・新笠が、薬売りとして暗躍するスケキヨと会ったことを知り……。

第21回小説すばる新人賞受賞作は、夢さえも見られない孤島で惹き合う、ふたつの魂の姿を描く幻想小説。
拒絶されることを恐れて会うことができない白亜とスケキヨは、その容貌も含めて、どこまでも近しい存在。スケキヨは作中でほとんど姿を現さないが、その行動が誰のためなのかは考えずともわかる。そして白亜もまた、スケキヨと別れてからはどこまでも空っぽの器でしかなく、言葉に出さずとも、表面上は無関心であろうとも、心の奥にはスケキヨの存在しかない。どこまでも純粋で、無垢で、傲慢な想い。島の伝説と共に描かれるふたりの姿はとても痛ましく、けれど美しい。ともすれば生臭くなりがちな題材を、ここまで無機質で、しかし蠱惑的に描く、その筆力には驚くばかりで、早くも今後が楽しみになってくる。

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