phantasmagoria

読んだ本のこと、それ以上に買った本のこと、ときどきライブのことを書き散らかしてみたりする。 (当ブログは全文無断転載禁止です)

カテゴリ: 嬉野君


金星特急の旅から8年。7歳になった桜は成長と共に、写真すらない「母親」という存在についての想いを巡らせていた。錆丸は悩んだ末、自身と金星とのことを知ってもらうため、夏休みを利用して金星特急の道のりを辿る旅を企画する。砂鉄とユースタスに桜を預けて先行してもらった錆丸は、単身出国して当時お世話になった人々を尋ねつつ、最後の到着地であるグラナダへと向かい……。(「花を追う旅」)

祝・続篇連載決定!ということで、シリーズ久々の新刊となる番外篇が登場。2013年に刊行された外伝以降のエピソード2作(「小説Wings」2018〜2019年掲載分)と、書き下ろしの「柔らかい繭」が収録されている。

桜が成長していく中で、どうしても避けて通れないのが「母親」問題。本人たちは気にしていなくても、周囲からの反応によって、桜も気にせざるを得ないし、やはり大半の友人たちには二親がいるのが当たり前という状況となっては、口には出さなくても「母親」を求める気持ちが募るのは仕方ない。今回の外伝では、いかにして桜に「母親」という存在との折り合いをつけさせるのか、というテーマが常に横たわっていたように思う。そしてそのことは桜だけでなく、「母親」という存在にあまり縁がない錆丸やその周囲の人々にも同じ問題を突き付ける。突然「父親」になってしまった無名のこと、夏草の故郷のこと、ユースタスとふたりの「母」のこと――桜のことだけではないだろうが、彼らがそうやってなんらかの区切りをつけられたことはよかったと思う。

そしてもうひとつ、書き下ろし短編でついに発露したのが、桜の異能(?)問題。なにせ母親が母親だけあって、錆丸がかねてから懸念していた通り、ここにきて桜がただ人ではない(かもしれない)ということがはからずも証明されてしまう。桜のためを思って周囲があれこれと悩む中、ユースタスが怒りをあらわにするシーンはなんとも意外だが、一方でユースタスだからこそ――桜を取り巻く大人たちの中で、ほぼ唯一の女性である彼女だからこそ出てきた意見なのかもしれない、と納得したり。


◇前巻→「金星特急・外伝」


都市伝説の伝播について興味を持った珊瑚は、燭銀街に潜むという「落水鬼」についての噂話を子供たちから聞き取っていた。そこで「落水鬼」が燭銀街のどこかにある流砂河にいるという説を聞きつけた珊瑚だったが、それを聞いた周囲の大人たちは、みなあからさまに忌避する態度をとるのだった。そんな折、宝飾店に持ち込まれたのは、10年前に失踪した「ペルシャの王子様」ザールの捜索依頼。その彼が最後に向かったとされる場所こそ、流砂河と呼ばれる郊外の鉱山跡地だった。しかもその場所は、かつて宝飾店が依頼を受けたにも関わらず、護衛し切れなかった娘が自ら向かった場所でもある。その地に向かった者はことごとく戻らず、運よく戻れたとしても発狂するといわれるその場所に3人は向かうことになるが……。(「ペルシャの王子と奇術の夜」)

漫画「熱帯デラシネ宝飾店」の前日譚となる小説第2巻。2019年に「小説Wings」に発表された2作品と、書き下ろし「小さな令嬢事件」が収録されている。

前巻を読み終わった際に期待していた琥珀の過去云々はわからずじまいではあったが、今巻では琥珀と翡翠と珊瑚の3人のコンビネーションが完成されていくのが見て取れる。そんな3人が請け負った仕事は、危険な廃鉱山での人探しと、内戦が激化するカンボジアでの宝石探し(といいつつ途中から西欧半周旅行になる・笑)の2本立て。どちらも危険極まりない任務ではあったが、その裏に秘められた様々な思いがなんとも胸に刺さる。特に後者の「密林宝石奇譚」での真相には驚くしかなかった。これでひとまず前日譚は完結とのことらしいが、まだまだ真咲が合流する前の3人の姿も見てみたいと思った。


◇前巻→「弾丸のデラシネ1」


強く念じれば、他者の強い思念を「声」としてとらえることができる少年・エリオット。家族とともに訪れた空港で、爆弾魔がいることに気付いたエリオットだったが、そんな彼の訴えを警備員が聞いてくれるはずはなかった。しかし、たまたま近くを通りかかった軍人めいた青年・琥珀はそれを信じたばかりか、爆弾の在処を突き止めて解体し、これを仕掛けた組織を倒しさえするのだった。長じて大学生となったエリオットは、モロッコへの旅行中に翡翠と名乗る青年と出会う。実は彼は琥珀の仲間であり、過去の爆弾事件で逃げおおせた爆弾魔「スズメバチ」がエリオットを狙っていることを知り、琥珀の命令で護衛に来たのだというが……。(「第一話 宝石の樹」)

嬉野君原作・夏目イサク作画の漫画「熱帯デラシネ宝飾店」の前日譚となるシリーズ第1弾。「小説Wings」2018年秋号および冬号に掲載された2作品と、書き下ろし短編「月の婚礼」が収録されている。

第1話はエリオット少年がいかにして「珊瑚」というコードネームを得て「宝飾店」に加入したのかというエピソードとなる「宝石の樹」、第2話は翡翠の過去を交えつつ、彼の視点からとある依頼――周囲で不審事件が相次ぐ未亡人の護衛を行う「流れる女」となっている。どちらもすべてというわけではないが(エリオットはわりと「全部」な気もするが)、珊瑚や翡翠の過去や考え方が知れる、興味深いエピソードとなっている。個人的には2話目で翡翠が見せた優しさ(のようなもの)がなんとも印象的。正義だとか悪だとかそういうことではなく、自身の信条、あるいは「護衛」という自らの役割に基づいて動く彼らがなんとも頼もしいエピソードだった。

そんなエピソード群の中にあって、相変わらず謎なのが琥珀という存在。エリオットが初めて会った時と現在では多少心境に変化があった――落ち着いた?――ようではあるが、そもそも彼はなぜ燭銀街で護衛業を営むことになったのか。そしてエリオットが見て取った「変化」は何によるものなのか……あと2話分の連載があるようなので、琥珀について多少なりとも判明することがあるかどうか気になるところ。



修学旅行を抜け出してテジェニスタンへと潜入した桃と真礼。カイが向かったとされる「地獄」と呼ばれる土地を訪れたのち、カイの足取りを追うために、同じくテジュニスタンに来ている冬基の居所を突き止めようと首都アトレクへ向かうことに。外国人向けのホステスクラブでついに冬基と出くわすことに成功した桃だったが、冬基に同行していたカイは、大統領を殺すという決意を翻さぬまま再び姿を消してしまうのだった。冬基がカイを止めようともしないことにも動揺を隠せない桃は、なんとかふたりを出し抜こうと考え……。

祖父の遺したミニシネマを守るために奮闘……していたはずなのに、気付けば遠い異国の地で兄探しに奔走することになるシリーズ4巻、完結編。

反政府軍による大虐殺で家族を失い、現大統領を殺すという「呪い」にとらわれ続けているカイ。そんなカイを止めようと懸命に追いかける桃だが、これまで――そして再会した時点でも判然としなかったのが冬基の真意。桃と同じ理由ではまさかないだろうが、かといってカイが目的を達成したときに彼が得られるのはデメリットしかないように見えた。しかしある人物の言葉をきっかけに、桃はその真意にたどり着く。一方、カイを止めるためにある案を思いついたものの、それにかかる莫大な金銭を得るため、桃は祖父である剛太郎へと連絡を取る。これまでの彼の態度から考えるとうまくいくわけないと思っていたのだが、意外とあっさり承諾されてしまう。そしてそもそも、桃がなぜここまでしてカイを助けようと思ったのかという、その理由とは――というところで思ったのは、この3人の行動に共通するのはおそらく自分のプライドであるのだろうということ。桃が矢水氏の、カイが三ツ野啓二の養子となった経緯の、その根底にもきっとこれがある。結局のところ、みんな似た者親子なのだあ、と頷かされてしまった。そしてそんな「似た者」たちの行動が、ひとつの国を大きく揺るがすこととなったのだ。

冬基はかつて、桃の「人たらし」の能力に着目し、うまく育てて利用しようとしていたフシがあった。しかし桃はそれを利用し、さらにこの旅の中でさらに磨きをかけ、ついには兄たちをも出し抜くことに成功した。そんな桃の、冬基への「ざまーみろ!」という台詞にはなかなかスカッとさせられた。きっと彼女はこの先、異人街シネマをもっと大きく盛り立てていくことができるのだろう。そうなった時、彼女たち3人はいったいどんな関係になっているのだろうか。


◇前巻→「異人街シネマの料理人3」


祖父である三ツ野剛太郎の来訪、そして再び閉ざされたサンルーム――あれ以来、冬基とカイの関係が前よりも悪くなっているように思えて仕方ない桃。そんな中、カイは国外での発掘作業の準備があると家に寄りつかなくなり、冬基はクーデターを起こして三ツ野グループを乗っ取ってしまう。さらに、桃の前には剛太郎が再び現れる。彼は桃の先輩を人質にとり、桃に亡き冬基の母の日記を探し出すよう要求してきて……。

シリーズ3巻は急展開。女子高生のミニシネマ再建奮闘記……ではなく、ふたりの兄の確執の原因、そして次兄・カイの動向を追うという展開に。

少しずつ歩み寄れていたような気がするのに、またしてもばらばらになりつつある3人。カイがテジェニスタンという情勢が不安定な独裁国家と関わりがあり、「月氏」の、しかも白鎖を雇ってまで探ろうとしているのはいったい何なのか――少しずつ明かされていく彼の素性や目的には不安要素しかなく、しかもそんな中で冬基までもがクーデターを繰り返して三ツ野グループを売却せしめ、カイの目的へと肉薄してゆく素振りを見せる。そんな中、修学旅行を抜け出してテジェニスタンにいるカイの元へと向かう桃の行動力には驚くばかり。いくら真礼がいるとはいえ、行く先々で他者の信頼を勝ち取り、あるいは印象を巧みに操って思い通りの結果を引き出していく桃の手腕がこれまた末恐ろしい。すべては兄たちのためとはいえ、彼女のこの振る舞いはどこまで意識的なものなのだろうか。

すべてがテジェニスタンへと集まりつつある中、しかし冬基、カイ、そして桃の目的はそれぞれ違う。冬基の言葉は基本的に信用ならないので(苦笑)、彼の祖父に対する憎悪――ひいては実母に対する感情(が実際のところどうなのかはまだ明らかになってはいないが)――を考えると、やはり何を言おうと素直には受け取れない。ひとつだけ救いがあるとすれば、それはカイが桃に対して心を開きつつある、あるいは「妹」として受け入れているであろうこと。これが彼のブレーキになってくれればいいのだけれど。


◇前巻→ 「異人街シネマの料理人2」

黒猫邸の晩餐会 (講談社文庫)
嬉野 君
講談社
2016-11-15

大学を卒業し、大手製薬会社に就職した小窪律。今の彼女があるのは、破格の条件で奨学金を出してくれた「楢本奨学会」のおかげだった。就職が決まった当初、できれば理事長に会ってお礼を言いたいと奨学会に手紙を送ったものの、会うことは断られた律。しかしある日、逆に先方が律に会いたいと言い出した。そこで律が招き入れられたのは、理事長である楢本文絵の住む豪邸――ではなく、その離れである古びた木造平屋。そして文絵はおらず、彼女の夫だという楢本竜弥に出迎えられる。しかしこの竜弥、どう見ても文絵の孫くらいの年頃の青年。面食らう律は竜弥から、かつて奨学会の面接で文絵に話した、彼女の親友にまつわる出来事について語るよう言われ……。

不思議な夫婦&黒猫が奇妙な出来事の謎を解くライトミステリ連作。

律の親友が突然「写真に写ったら魂を抜かれる」と言い始めた理由。ワイエスの画集を気に入っていたはずのおばちゃんが、展覧会で実物を見たとたん絵を嫌いになってしまった理由。戦時中に引き揚げ船で起きた殺人事件が、何年も経ってから解決に至った理由。……これらの話を聞いただけであっさりと解決してしまうのが楢本竜弥。しかし最大の謎はやはり、なぜ孫息子である彼が、祖母の夫のふりをし続けているのか、ということ。同じ奨学会に援助してもらったコワモテ青年・今村とともに、律はやがて楢本夫妻の謎に迫るという展開に。帯に「ほっこり系ミステリ」とあって、実際中盤まではその通りなのだが、終盤でこのフレーズをいい意味で裏切ってくれる結末にはびっくりのひとこと。

ちなみに帯には「黒猫邸シリーズ」とあるのだが、続くのであれば律と今村のデコボココンビがどうなるのかぜひ知りたい(笑)。


吸血鬼映画で有名なドイツ人監督の墓が荒らされ、その頭蓋骨のみが盗まれたというニュースを知り、騒ぎ立てる桃。しかしその後、冬基も知人から、鎌倉で似たような事件が起きていることを知らされる。さらに桃が通う高校では、外人墓地に吸血鬼が現れたという噂が流れ始める。その目撃された「吸血鬼」というのが、件の映画監督が手掛けた作品内の吸血鬼によく似ていたため、女生徒たちが先だっての事件と結び付け、騒ぎはますます大きくなって……。

訳アリそうなふたりの兄と共に、祖父の遺したミニシネマを守ろうと奮闘する女子高生が、奇妙な因縁に巻き込まれてゆくシリーズ2巻。「小説Wings」掲載の2編と書き下ろしの計3編が収録されている。

桃の兄たちの動向は相変わらず謎だらけというか深まるばかりで、血の繋がりのある長兄・冬基はカイの素性を探りつつ、相変わらずカイと桃の利用価値を測り続けている状態。血の繋がりのない次兄・カイは相変わらず無愛想で冬基との仲も悪いままだが、桃に対してはどこか甘くなりつつあるということだけが唯一の「いい話」かも。しかしカイが世界的に有名な傭兵組織「月氏」(!)に依頼して戦闘技術を学び始めたり、一方でカイが実は日本人でないことを冬基が突き止めたりと、どちらかといえば不安材料ばかりが積み上げられていくのが現状。しかしそれを知ってか知らずか、桃はどこまでもあどけない少女として振る舞う裏で、無意識のうちにその身に秘められた「能力」――他者の心を操作することができる――を開花させてゆくのだ。カワイイ顔して……というのではないが、とにかく桃のそんな成長ぶりもある意味不安材料だったりする。

そんな不穏な雰囲気の中、唯一の救い(?)なのが桃の親友・真礼の存在。実は彼女は冬基に雇われた桃のボディガードなのだが、気がつけば雇用関係抜きにしても桃にベタ惚れの状態(笑)。そしてそれをわかっていて、冬基が真礼を操ろうとするのが(本人は腹立たしいだけだろうが)楽しくて仕方ない。特に書き下ろしの「日本で一番有名な脚」(犬神家のことかー!)では、桃のためにとんでもない騒動を起こしてしまうのでとにかく必見としか言いようがなく、もうなんというか今後の真礼の活躍にも期待したい(笑)。


◇前巻→「異人街シネマの料理人1」


たったひとりの家族であった祖父を亡くし、天涯孤独の身となった中学生の矢水桃。祖父は桃の将来のため、自身の生きがいであった映画館「異人街シネマ」を売却する手はずを整えていたが、桃はそれを拒否。建物は手放すにしても、映写機やスクリーンだけは手元に残したいと考えていたが、資金の目途も経たず途方に暮れていた桃は、祖父の知人という男性からウエイトレスの仕事を斡旋される。しかし18歳と偽って桃が向かわされたのはなんと高級クラブ。ウエイトレスとして立ち働く桃だったが、そこにふたりの喪服姿の青年が現れる。ふたりは桃を連れてクラブを飛び出し、自分たち――資産家で会社社長である三ツ野冬基と、大学生のカイは、桃の兄であると告げるのだった。冬基の名前を祖父から1度だけ聞かされたことがあったため、彼らと共に暮らすことを決めた桃だったが、その時祖父はこうも言っていた。いわく、無条件で彼を信頼してはいけない、と……。

新作は「小説Wings」掲載作。祖父の影響で古い映画が大好きな少女が、祖父の遺した映画館再建に向けて奮闘しながら、いつしか兄たちを巡る謎の事態に巻き込まれてゆくという展開に。

いきなり兄がふたりできてしまう主人公・桃だが、そのふたりはいずれも曲者。上の兄である冬基は異母兄とのことで、物腰柔らかだけどどこか底知れない雰囲気の持ち主。そして下の兄であるカイは冬基とは血の繋がらない「弟」――ということは桃とも血の繋がりはないはず。基本無愛想で周囲にも無関心そうなカイだが、なぜか冬基に億単位での借金があり、その借金の条件のひとつとして、毎週水曜日には冬基の言うことを聞かねばならないらしい。そして冬基の方も、最初は桃を助けてくれたり、妹として遇し高校進学もさせてくれたりと、いくら妹だからといって初めて会う娘にそこまでやるか?というくらい至れり尽くせりな対応を見せるが、物語が進むにつれ、なにやら他にも目的がありそうなニオイが半端ない。

とにかくふたりとも怪しい!のひとことに尽きるのだが、桃はそれに気付いてもなお、知らぬふりで彼らの好意または無関心を受け入れ、距離を縮めようとする。それはそもそも桃と亡き祖父に血の繋がりがなく、つまり血縁関係のない関係というものに彼女が心のどこかで負い目を感じているか、あるいはそれゆえに利用できるものは利用しようと無意識なしたたかさを発揮しているからかもしれない。そんな清濁合わせた強さもまた、彼女の魅力なのだろう。

冬基やカイの目的、カイと桃の素性、そして桃を付け狙う謎の存在など、平穏に見えても彼女たちの日々の裏側にはどうにも不審な点だらけ。今後彼女たちはどうなるのか、そして「異人街シネマ」は無事再建できるのか、続きが気になって仕方ない。

妖怪極楽 (講談社文庫)妖怪極楽 (講談社文庫)
嬉野 君

講談社 2014-10-15
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女子大生の伊尾木花は、頑固な父親の反対を押し切って田舎を飛び出し、一路東京へと向かう。祖父の兄だという人物・伊尾木周蔵と手紙のやり取りをしていた花は、彼から歌舞伎町で日本語教師の職を勧められていたのだ。単身で追いかけてきた弟の直人と共に、周蔵の手紙にある住所へと向かった花だったが、そこに周蔵はおらず、どころかそこは普通の人間が住んでいそうな場所ではなかった。その住所――新宿コマ劇場の跡地には、「歌舞伎砦」と呼ばれる面妖な建物があり、しかもそこから日々謎の唸り声が聞こえてくるのだとういう。しかもそこに入った者は誰も出てこないのだ、とも。そんな歌舞伎砦を目の当たりにしたふたりの前に現れたのは、ジンジャーと名乗る外国人ホスト。彼は花のことを知っており、周蔵の知人で、なおかつ「歌舞伎砦の門番」なのだという。状況がのみこめない花たちはひとまず退却しようとするが、ジンジャーに見つめられた瞬間、ふたりの身体は勝手に彼の後をついて行き、そのまま歌舞伎砦の中へと入ってしまい……。

文庫書き下ろしとなる本作は、妖怪の住処と化した新宿コマ劇場跡地――通称「歌舞伎砦」の中で、女子大生の花とその弟・直人が奇想天外な状況に巻き込まれてゆくという、なんとも目まぐるしい妖怪コメディ。

1時間1万円という高給につられ、とりあえず1日だけ働いてみることにした主人公の花。しかし彼女に日本語を教わりたいという砦の住人たちは、実はみんな妖怪の類。花たちを砦に招き入れたジンジャーは化け猫だし、その次に出会ったチャイナ美少女のファンファン(若い男性に対してのみ人見知りが激しいが一応ホステス)は、首を胴体から切り離して飛ばせる「飛頭蛮」なる中国の妖怪。とはいえ、そんなふたりをはじめとする「初級クラス」の面々は花に好意的ないい妖怪ばかりなのだが、そうでない妖怪の方が砦の中に多いのも事実。そんな中、なぜか砦の門が消失してしまったことが引き金となり、砦の中は大パニック。外に出る方法を探るため、花は中級クラスに所属するという古株の妖怪「虎人様」に会いに行くことになるのだが、これがまた騒動のもととなり、花たちは命がけの追いかけっこをするはめに陥ってしまう。

花たちが侵入した以降、とにかく砦内部の状況はどんどん悪化。その間に花たちは命を狙われることになるだけでなく、砦そのものの秘密と周蔵の関係にも迫ることになってしまう。坂を転がり落ちるように、かつ雪だるま式に、問題がものすごい勢いで大きくなっていくその光景は、驚くのを通り越してもう笑うしかない状態。でもって、そんな怒涛の展開の後に迎えた結末には笑い半分、ため息半分といったところ。歌舞伎町の平和をその背に背負うこととなった花の運命やいかに、ということで(笑)。

金星特急・外伝 (ウィングス文庫)金星特急・外伝 (ウィングス文庫)
嬉野 君

新書館 2013-11-09
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金星特急が消えてから数年経った頃、言語学者エミリー・サンズの元に手紙が届いた。差出人は昔付き合っていた男性の妹からで、亡くなった兄の遺品から、エミリー宛の手紙が出てきたので受け取ってほしいということだった。以来、エミリーはその元彼からの――ロヴェレートの王子であったアルベルトからの手紙を大事にポケットに入れたまま、研究に没頭していた。そんなある時、エミリーはフィールドワークを通してアルベルトの妹、ヴィットリアと会うことに。紛争地帯にある遺跡で出会ったヴィットリアは、亡きアルベルトにそっくりで、そのこともあってエミリーはアルベルトとの過去と向き合わずにはいられなくなり……。(「恋人の妹」)

全7巻で完結した「金星特急」のその後を描く番外編。
前半パートでは、主人公の錆丸以外の人々のその後が、そして後半パート「花の海で」では錆丸、そして彼と金星の娘である桜の現在の様子が描かれてゆく。エミリーが出会ったヴィットリアは夏草や三月を護衛につけ、ハハリ・ジュニアと共に研究を続けている。砂鉄とユースタスはある使命のため、ふたりで世界各地を放浪している。無名は今日も雷鳥を支えていた。そしてそんなエピソードの合間に挟まれるのは、三月と夏草の出会いだったり、砂鉄がユースタスと両親の関係を清算しにいく話だったり。どれもこれも気になっていた、読みたかったエピソードばかりで、かゆいところに手が届くというのはまさにこのことかも、と思ったりして。

それにしても、この物語は錆丸と金星の世界を巻き込んだ恋物語であったけれど、同時に砂鉄とユースタス、そして三月と夏草の再生の物語でもあったんだと、今回の番外編を読んでしみじみと感じた。特に、「人並み」な経験も思考も持ち合わせていなかった三月が、夏草と出会い、そして錆丸と出会ったことで、失っていたものを――あるいは持ち合わせていなかったものを、ひとつひとつ得直していく。さらに言えばそれはユースタスや砂鉄も同じ。錆丸と金星のささやかな恋心が、やがて世界そのものを変えてゆく。まさに愛は偉大、というべきか。まだ錆丸と娘の前途は洋々とは言い難いが、それでも彼が築き、変えてきたものが、ふたりを守ってくれるのだと、そう信じたい。


◇前巻→「金星特急7」

金星特急 (7) (ウィングス文庫)金星特急 (7) (ウィングス文庫)
嬉野 君

新書館 2012-12-08
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錆丸のテレビ放送を受け、金星特急がグラナダに近付きつつあった。内戦はひとまず収まったものの、市内は財宝を求める人々で混乱状態に。その混乱に乗じて、近付いてくる金星特急に乗り込む算段を立てた錆丸たちだったが、黒曜率いるイェニチェリは執拗に錆丸たちを追ってきていた。一方その頃、金星のもとで砂鉄の動向をうかがっていた彗星は、砂鉄の側にいる青年騎士――ユースタスが女性であることに気付く。さらにふたりがキスする場面を目にしてしまい……。

長かった金星特急での旅もこれにて完結、の7巻。
前半はグラナダに近付いてきた金星特急に乗りこむため、イェニチェリとの戦闘を繰り広げるというハードな展開に。そして後半はついに金星と錆丸たち花婿候補が出会うという展開なのだが、精神的には前半以上に後半の方がきつい気もする。明かされる錆丸と金星の過去、そして金星の正体と、彼女の真の目的。さらに金星のそれと表裏をなすような、彗星の想いの末路も。

アルベルトは錆丸のことを意識し始めていたヴィットリアに「初恋は実らない」と言っていたが、良くも悪くもこの言葉がこの物語の――そしてこの物語に出てきた恋人たちの行く末をも表している。その言葉はある一面では真実ではあるし、別の一面ではそうではなかったりもするけれど、それでも互いを想い合っていたその心は何ものにも代えがたい美しいものであり、真実でもある。たとえそのせいでどんなことが起きたとしても。

というわけで物語はひとまずここで完結……ではあるが、これから番外編がいくつか書かれるとのことなのでいろいろと楽しみ。


◇前巻→「金星特急6」

金星特急 (6) (ウィングス文庫)金星特急 (6) (ウィングス文庫)
嬉野 君

新書館 2012-06-08
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錆丸はグラナダでようやくユースタスや砂鉄と合流。外見だけでなく、夏草たちから知識や技術を学びとって心身ともに成長した錆丸の姿に、ユースタスたちは驚きを隠せない。錆丸たちはそのまま、ユースタスたちが潜伏していたアルハンブラ宮殿で日々過ごしつつ、世界情勢を探っていた。だがある日、グラナダへ向かっていたはずの金星特急が突然逆戻りを始める。迷走しながら周囲の人間を無差別に樹に変え始めた金星特急の姿を見た錆丸は、不意にその原因らしきものに思い当たり……。

クライマックス直前!の6巻。錆丸・三月・夏草組、ユースタス・砂鉄・アルベルト・ヴィットリア組、射手座が仮相棒となったバドルと共に連れてきた伊織・暁玲・ミヤザキ組、さらにハハリ・ジュニアを連れた雷鳥・無名組と、これまでの主な登場人物が勢ぞろい。金星特急もグラナダに向かっていて、ようやく旅の再開か……と思いきや、なぜか金星特急の方が迷走中。というのは錆丸たちの旅を、金星がずっと見続けていたから。

彗星をはじめとして、叶わぬ恋をしている娘たちは、金星と共に花婿候補たちの旅を見続けてきた。そのさなかで目にしたのは、金星自身も制御できない彼女の不思議な能力のこと。そして無慈悲な美しき女神としか思えなかった金星が、錆丸に叶わぬ恋をするただの娘であったということ。アルハンブラ宮殿で、錆丸はひょんなことからヴィットリアと手を取り、踊っていた。その姿を見た金星が感じた絶望に、彗星たちは自身の恋心を重ねて苦悩する。というかそんな金星の姿も心配だが、それ以上に最近とてもいい感じすぎる砂鉄とユースタスの姿を彗星が見てしまったらこれまたどうなるのか怖かったり。

金星の絶望感をそのまま反映した金星特急の動きに驚いたものの、その原因に思い当たった錆丸はある賭けに出ることに。ここでその「原因」を話し、「賭け」への同行を求める相手を取捨選択するあたりにも、錆丸の成長ぶりがよくわかる。だがその「賭け」は諸刃の剣に等しい行動――イェリツェリに追われている錆丸たちにとっては、まさに自殺行為としか言いようのないもの。金星特急がグラナダに到着するまでの間、錆丸たちは生き延びることができるのか。そして錆丸は金星と出会うことができるのか。次で完結ということだが、先が全く読めなくて結末が気になるばかり。


◇前巻→「金星特急5」

金星特急 5 (ウィングス文庫)金星特急 5 (ウィングス文庫)
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夏草と三月を雇って金星特急を追っていた錆丸は、イスタンブールで傭兵集団イェニツェリの一員となっていた黒曜に捕らえられてしまう。イェニツェリを雇っていたのは純国語普及委員会で、ザメンホフと名乗る老人は錆丸から金星の情報を引き出そうとする。一方、金星特急内で瀕死の状態に陥っていた砂鉄は無事回復。だがその直後、なぜか特急は乗客たちを降ろして走り去ってしまい……。

引き続き2組に分かれての旅が続くシリーズ第5弾。
純国普の狙いと金星との関係、迷走を続ける金星特急の真意、ユースタスを悩ませるふたりの人物――元同僚のリオン、そしてアルベルトの妹であるヴィットリア姫の登場と、いろいろ気になる要素が増える中、ここでさらにもうひとつ語られ始めたのが金星本人の動向。

砂鉄の妹・彗星も含め、各地の金星堂から姿を消した少女たち。彼女たちが集められたのは謎の密林で、そこにいたのは金星と名乗る美少女だった。その金星から彗星たちが見せられたのは、今回の金星特急の旅路の記録――正確にいえば、それは錆丸たちの旅の記録。
そしてもう一方、純国普に捕らわれた錆丸が語った、金星との思い出。その昔、兄と共に訪れた海で出会った謎の美少女、それが金星だったという。

金星が一体何者なのかは分からないが、少なくとも彼女が錆丸を求めているのだということははっきりしているように見える。けれど彗星がそのことを指摘しても、金星は曖昧な答えしか返さない。明らかに錆丸と深い関係があるはずなのに、こんな迂遠な方法を何度も取り続けている金星の真意はどこにあるのだろう。そしておそらく、金星が与えたのであろう、錆丸の特異体質――成長せず、怪我を負っても死なない身体。それがここにきて成長をはじめたのはいったいなぜなのだろうか。

そしてもうひとり、恋に悩むのは彗星や金星だけでなく、ユースタスもまた同じ。
砂鉄への想いを自覚したようだが、彼女にはこの先に踏み出すことのできない理由があった。すなわち、彼女に宿る「銀魚」の能力――他人を操ることができるこの力を無意識のうちに行使しているからこそ、砂鉄は自分に優しくしてくれるのではないのか、という疑念が。ユースタスのいう、この力を与えてくれた「彼女」というのはやっぱり金星のこと?だとか、もしそうだとして、なぜ金星がユースタスにその能力を与えたのか、なぜ女であるユースタスが特急に乗れたのか――これに関しては砂鉄も疑問を抱いていて、ユースタスには何らかの「役割」が課せられているのでは?と考えている様子――、謎は深まる一方。ここまで深刻な話になってくると、とりあえずユースタス、その疑念については杞憂だから、と言ってあげたくなってくる。


◇前巻→「金星特急4」

金星特急 (4) (ウィングス文庫)金星特急 (4) (ウィングス文庫)
嬉野 君

新書館 2011-06-09
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黒曜との戦いで負傷するも、一命を取り留めた錆丸は、花婿候補が樹に変わる瞬間を撮影したいマスコミによって誘拐されてしまう。だが刻限を過ぎても、錆丸は樹に変わることはなかった。黒曜によって救出された錆丸は、三月と夏草を雇い、出発してしまった金星特急を追うことにするが……。

ものすごいところで終わってしまった3巻の続きは、これまた次々と難問が噴出。金星特急を追う錆丸だが、彼を狙う新興の傭兵集団「イェニツェリ」からなぜか追われることに。しかもそのイェニツェリには、錆丸に負けた責任を取って月氏を辞した黒曜が加入していて、彼自らが錆丸を追っているというのだからさあ大変。

金星特急が出発する刻限が来ても、樹に変えられることのなかった錆丸。彼が幼い頃、金星とおぼしき少女と出会ったことがその理由のひとつなのかもしれないが、だとすればその金星らしき少女の――ひいては金星の目的は何なのだろうか。そもそも本来は女性であるはずのユースタスを特急に乗せていたり、世界各地の「金星堂」から、恋に悩む娘たちを拉致してみたり。そしてこのたび、鎖様が指摘した通り、なぜ彼女と出会って以来、錆丸は不死身のような身体になってしまったのか。
彼女が求めている「花婿」とは誰なのか。そもそも「何」のことなのか。次々と不思議な現象が起こるものだから、ますます分からなくなってくる。

そしてわからないといえば黒曜。一鎖として誘拐された錆丸を救ってくれた上に、大切な親友の形見である腕時計を貸してくれたり。かと思えば、月氏を辞めて別の傭兵集団に入って錆丸を追う側に回ったり。砂鉄や彗星との関係のことを含め、その行動がまったく読めないという点では、黒曜も金星と似たりよったりという感じ。金星だけでなく、黒曜の動きも今後のカギになってきそう。

とまあ特急の外側は外側で大変だが、内側もかなり大変。砂鉄が月長石の策略で倒れたことで、ユースタスは激しく動揺する。先だって砂鉄に押し倒されたことでショックを受けていたユースタスだったが、いつしか自分の中で砂鉄の存在が大きくなっていることに気付くことに。あらら、これはひょっとして……と思いつつ、砂鉄はどうなのだろう。脈がないわけではなさそうだが……まあこちらの動向もかなり気になるところ。続きが早く読みたい……!


◇前巻→「金星特急3」

金星特急 3 (ウィングス文庫)金星特急 3 (ウィングス文庫)
嬉野 君

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錆丸たちの前に現れた謎の青年はアルベルトといい、言語学者にして某国の王子様だった。口の達者なアルベルトはさっそく砂鉄とひと悶着起こすことに。そんな中、金星特急が停車したのは草原のど真ん中。彼らを迎えたのは月氏と呼ばれる傭兵集団だった。しかも砂鉄はこの集団の一員だという。おりしも月氏では傭兵の入れ替わりの祭「羊追い祭」の真っ最中。錆丸たちもその祭に参加させられることになってしまい……。

シリーズ3巻、謎に包まれていた砂鉄の出身地にたどりついたことで、彼の素性が明らかになっていく。
傭兵集団「月氏」は、トップの「鎖様」を筆頭に、3つのグループが存在している。赤・黒・白の3グループにはそれぞれ50人ずつが所属しているのだが、砂鉄は黒の二鎖――つまり、黒グループの中で2番目の地位にあるということ。そんな彼がなぜ金星特急に乗ったのか――そこにあったのは、義父である一鎖・黒曜との因縁があった。

失踪した妹にして黒の三鎖・彗星を探すために月氏を出奔したという砂鉄だが、その彗星は彗星で、また複雑な事情を抱えている模様。というのも物語冒頭、密林めいた謎の場所に彗星がいるということが提示されているのだが、そこがどこなのかはさっぱり不明。ただし、世界中の「金星堂」と呼ばれる祠から、女性たちが失踪するという事件が頻発しているのだという。いつの間にかサルバドールの金星堂からこの密林に「いた」という女性・マリアは、同じくパリの金星堂からここに飛ばされた彗星に遭遇する。その中で吐露される彗星の想いはまさかの一言で、驚くとともにせつなくなる。

そんな砂鉄・彗星兄妹のあれこれも大変なのだが、それ以上に大変なのが錆丸。
金星特急に戻るためには月氏に戦いを挑み、勝利しなければならない。けれど相手が腕に自信のある傭兵揃いとあっては、勝てる見込みは万にひとつ。そんな中、赤の二鎖・三月や白の二鎖・無名たちの話から、アルベルトとユースタスは錆丸が勝つための方法を見出す。どう見ても裏技すぎるものの、それしかないよなーと思っていた矢先にまたひと波乱。

そして忘れちゃいけないユースタス。アルベルトの登場で、彼の過去、そして素性――本当は女?疑惑――も再燃中。あれもこれもと気になる展開の中で、錆丸はどんどん大変な目に遭うことに。この巻はものすごいところで終わってしまっているので、はやく続きを……!


◇前巻→「金星特急2」

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