phantasmagoria

読んだ本のこと、それ以上に買った本のこと、ときどきライブのことを書き散らかしてみたりする。

カテゴリ: 三木笙子


宇宙技術振興推進株式会社、通称「STeP」には、「竹取班」と呼ばれる特殊な課が存在する。月にまつわる民話や伝承、または器物を取り扱うこの部署に異動を命じられた待宵澄雄は、月を偏愛する同僚・桂靖久の存在も、そもそもこの部署の存在意義にも疑問を隠せないでいた。そんなある時、大手コーヒーチェーン店の創業者でもあるランプ蒐集家・斎木から「朧月夜」と名付けられたランプを預かることになった竹取班。すると時を置かずして、嘘をつくと灯した明かりが消えるというこの奇妙なランプを譲ってほしいという男・宗像が現れる。宗像とは少なからず因縁があるらしい靖久はこれを拒み、追い返す。しかし後日、澄雄の前に現れた宗像は、離れて暮らしていた息子の気持ちが知りたいがためにランプを貸してほしいのだと懇願。澄雄はこっそりランプを持ち出し、宗像へ貸すのだが……。

人が月に対して抱いた想い、それがかたちとなったモノを蒐集する「竹取班」の日々を描く、幻想的なミステリ連作集。

基本的にリアリストで生真面目な性格の澄雄と、月への憧憬が強く、飄々かつどこか浮世離れしている靖久は、この時点で相性がよさそうではない組み合わせ。しかし月にまつわる奇妙な事件が持ち込まれると、靖久は澄雄をうまく使ってたちどころに解決してしまう。

そんなふたりの関係性もいいが、やはり面白いのは「竹取班」に持ち込まれる事件。嘘をつくと火が消えるランプ、被ると突然心変わりしてしまうストール、さえない男性が急に女性たちから言い寄られるようになった秘密、そして広場に現れる遊園地「ルナパーク」の謎……導入は魔法のような不思議な出来事なのに、その真相はいやに現実的というそのギャップが面白かった。


晴彦が帰国してから3年半後――病で弟を亡くした晴彦は、孝介の手助けをするため、再び渡仏する。しかし久しぶりに晴彦を迎えた孝介は、休む間もなく彼を「仕事」の調査へと連れてゆくのだった。もちろんその「仕事」とは那須一座の事務仕事ではなく、座長から持ち込まれた探偵仕事。今回ふたりが訪ねたのは、巴里で大人気の女性ダンサー・オンブルのもとだった。日本趣味で有名なマダム・モロワという女性に近付くため、日本文化について教えてほしいというオンブル。孝介は教師役を晴彦に任せつつ、オンブルがどのような理由でマダムに近付こうとしているのかを探り始めるが……。

作品内だけでなく現実世界でも約3年ぶりとなるミステリ連作シリーズ2巻。今回も敏腕番頭と助手が難事件を解決してゆくのだが、そんな中でふたりの関係にも微妙な変化が。

大人気ダンサー・オンブルの目的、オスマン・ルビーと連続放火事件、時間旅行で未来を見てきたというロシア人の正体、そして隠された幻の百合の在処……もちろん今回も座長経由で投げられた事件を孝介と晴彦が解決してゆくのだが、その中で描かれてゆくのは、謎の裏に隠された人と人との絆の物語。事件を起こした人々は、誰かのためにそうせざるを得なかったのだ。そうやって事件を解決しながら、ふたりは彼らの関係を結びなおしてゆく。

なぜか孝介と険悪な間柄である美人ダンサー・オンブルや、ケチだが面倒見のいい旅館の女将・オルガなど、クセのあるキャラクターの登場も面白いが、やはり気になるのは晴彦と孝介の関係。再び巴里にやってきた晴彦を歓迎していたのに、なぜか終盤では彼を突き放すような態度を取り始める孝介。それはいったいなぜなのか――当事者である本人には全くその理由がわからないのだが、外野からだとわかることもある。ということでオンブルや座長たちからその理由を聞かされた晴彦は、孝介に直談判を試みる。これまで一座のためだけに働いていた孝介が戸惑った理由がわかると、なんとも不憫な……と思ってしまうのだが、同時に今、ここで晴彦と巡り合えてほんとうによかったとも思う。だからこそ、そんなふたりの活躍をもっと読んでみたいとも。


◇前巻→「クラーク巴里探偵録」


クラーク巴里探偵録 (幻冬舎文庫)
三木 笙子
幻冬舎
2014-02-06

日本からやってきた、ヨーロッパを中心に巡業中の人気曲芸集団「那須一座」。病気の弟の治療費のため、職を求めて渡仏してきた晴彦は、ひょんなことからこの那須一座に拾われ、番頭の孝介の手伝いをするように。そんな中、座長が贔屓の客から、とある屋敷の幽霊騒ぎについて相談を受けるのだが、座長は孝介にその相談を丸投げ。一座のためになるなら、と孝介は晴彦を伴い、しぶしぶその屋敷へと向かうことに。なんでもその屋敷の息子の部屋に、いくつもの石が投げ込まれるという事件が相次いで起きているのだという。しかしその部屋に窓はなく、出入口にも閂がかけられていたということで……。

明治時代の欧州を舞台に、曲芸一座の番頭とその助手が不思議な事件の謎を解くミステリ連作集。

普段は不愛想だが仕事においては人当たりもよく有能な番頭・孝介は、幽霊騒ぎ、下宿の美人管理人のストーカー問題、だまし絵に彩られたアパルトマンで消えた大金の謎を次々と解いて見せる。晴彦は助手ではあるが基本的には晴彦の指示で情報収集にあたるのがメインで、洞察力は孝介に遠く及ばないため、読んでいるこちらは晴彦と一緒になってその鮮やかな推理ぶりを眺めることになる。いくつかの情報から推理を組み立てていく孝介のあとを、わたわたと晴彦が付いていくかのような関係がとても微笑ましい。一方で、日常生活では家事上手(特に料理)な晴彦が孝介の暮らしを支えていて、そんな関係が続くうちに孝介が晴彦のことを認めていくのがよくわかるというのもまたいい。

しかし一方で物語が進むにつれ、晴彦に何らかの隠し事があるということがわかってくる。晴彦が渡仏したのは弟の治療費のためで、しかし当初勤めるはずだった職場に入れなくなり、他の伝手をたどって那須一座に入った――というのは嘘で(弟の病気云々は本当だが)、ある目的をもって一座にもぐりこんだのだという。しかし孝介との距離が縮まるにつれ、彼に嘘をついていることが心苦しくなってくる晴彦。そんな彼の葛藤と顛末には驚いたものの、孝介が下した決断にはひと安心。欠くことのできない相棒となったふたりだが、きっとお互いに相手の存在が救いになったのだろうと思う――そうならいい。

人形遣いの影盗み (創元推理文庫)
三木 笙子
東京創元社
2013-09-28

田無代議士の夫人が影を盗まれたらしい――養父母からそんな相談をもちかけられた高広は、礼と共にその事件について調べることに。そんな中、編集長から銀座に爪哇の影絵売りがいるという情報を得た高広は現場へと向かう。その影絵売りこそ、田無夫人が影を奪われたと主張する老人本人であることが判明する。芝居好きで知られる大和製糖の社長・仁井田のプライベートシアターで、夫人はその影絵売りに遭遇し、影を奪われたというのだ。その妖しの術に驚く高広と礼だが、その場にたまたま居合わせた安西検事のポケットから、怪盗ロータスの存在を示す木彫片が発見されて……。(「人形遣いの影盗み」)

〈帝都探偵絵図〉シリーズ第3弾。今回も書き下ろし含む短編が6作収録されている。

表題作では1巻に登場した「怪盗ロータス」が再登場。影を盗まれたという不可思議な訴えと爪哇の影絵売り、そして稀代の怪盗とが一体どう結びつくのか――養父母(特に養母)にはめっきり弱い高広が、礼と共にロータスの正体を見出す展開はなんともスリリング。さらに今回は安西検事との因縁も明らかになったのだが、その目的はやはり不鮮明なまま、今後の展開に期待したい。

そんな表題作もいいが、個人的に気に入っているのは「永遠の休暇」というエピソード。このご時世に島流しされた人間がいるという噂、そしてとある華族の跡目争いが関わる奇妙な失踪事件が結び付き、意外な結末が明かされるという展開なのだが、そこで示される複雑な兄弟愛がなんとも胸を突く。また「妙なる調べ奏でよ」という掌編では、珍しく(?)礼が高広を出し抜くという流れに。礼が騙されているかもしれないと考え、まさかの潜入捜査を始めてしまう高広の慌てっぷり、あるいはいざという時の行動力には驚かされた。


◇前巻→ 「世界記憶コンクール」

世界記憶コンクール (創元推理文庫)
三木 笙子
東京創元社
2012-05-18

給料日前に家計が苦しくなった高広は「兎屋」という質屋に向かう。そこで店番をしている友人の博一から奇妙な話を聞かされる――それは記憶力の世界一を決める「世界記憶コンクール」なるものが催されるらしいということ、そしてその日本代表として博一が打診されており、そのための訓練を受けさせられているということだった。しかしその訓練はすでに終了しており、現在は先方からの連絡待ちなのだとも。その得体の知れなさに不安を抱いた博一は高広に相談したというわけなのだが、それを知った礼は、博一の置かれた状況がホームズものの「赤毛同盟」に似ていると気付き、大喜びで調査を進めるよう高広をせっつくのだった……。(「第一話 世界記憶コンクール」)

「帝都探偵絵図」シリーズ2巻。今回は前巻に引き続き、雑誌記者・高広と天才絵師・礼を探偵とその助手役に据えたミステリ連作……と思いきや、語り手が若かりし頃の高広の義父や、1巻で登場した森恵だったりするエピソード、さらに高広と礼の出会いなど、さまざまなバリエーションに富んだラインナップとなっている。

とりあえずおひとよしというか正義感にあふれているというか、困っている人を見たら助けずにはいられないという点では、血の繋がりはなくともそっくりだなあ……と思ってしまうのが、高広の義父・基博が主役となるエピソード「氷のような女」。実はこれが元博とその妻・よし乃とのなれそめ話ともなっている。よし乃に対する自分の気持ちになかなか気付けない基博の鈍感さというか初々しさがなんともほほえましいエピソードで、個人的にはとても気に入っている。

また、「生人形の涙」というエピソードでは、高広と礼の出会いがさらっと描かれている(メインとしては高広が来日中の英国人外交官と知り合い、彼の過去にまつわる謎を解くというもの)。高広が他の人にホームズの面白さについて語っていたら、たまたま近くにいた礼が食いついてきたという、本当に偶然としか言いようのない状況がなんとも楽しい。しかし確かに、こんな棚ぼた的な出会いがふたりの関係の始まりとなれば、1巻の始めの頃に高広が後ろめたさを感じていたのも仕方ないような気がする……。


◇前巻→「人魚は空に還る」

人魚は空に還る (創元推理文庫)
三木 笙子
東京創元社
2011-10-28

しがない雑誌記者の里見高広には、ある強力なツテがあった。それは当代随一の人気天才絵師・有村礼の存在。その人気とは裏腹に、気難しく扱いにくい性格の礼だったが、高広のことだけは友人と認め、高広の勤める至楽社の依頼は優先的に受けてくれているのだ。そんなある時、自宅への来訪の少なさを礼に非難された高広は、自分が現在命じられている業務外の仕事について語ることになってしまう。とある医薬品会社が募集した広告図案に作品が見事採用された学生・森恵が行方不明。しかもその時の高額な賞金も行方知れずなのだという。困り果てて相談にやってきた恵の妹・桜の依頼を至楽社が請け負い、その調査が高広のもとにそのまま回ってきたのだった。恵が残していた銀座らしき風景画にヒントがあると考えた高広は、礼に絵の場所の心当たりがないか尋ねるが……。(「第一話 点灯人」)

明治時代を舞台に、新聞記者の高広を探偵役、美貌の天才絵師・礼を助手役とし、彼らの周辺で起きる奇妙な事件を解決してゆく「帝都探偵絵図」シリーズ1巻。

高広と礼はとにかくいいコンビという言葉がぴったりな間柄。元はといえば高広がコナン・ドイルの小説(もちろんホームズ)について礼に話したところいたく気に入ったというところがスタート地点。高広がそれが掲載される雑誌を手に入れ、なおかつ翻訳もできるため、礼は高広に頼んで小説を読んでいるという流れに。よって礼は高広にだけは甘いというか、そんな彼を友人と認め、親しく接してくれるようになったのだという。最初はモノで釣っているようだ、と後ろめたさを感じていた高広だったが、いくつかの事件を経る中でそのあたりも払拭され、仲良く(?)なっていくという展開がなんとも楽しい。

そんなふたりの前に立ちはだかるのは、失踪事件の真相、消えた真珠、空へ還った人魚、そして「怪盗ロータス」の登場。特に「怪盗ロータス」なる、変装が得意な義賊の登場は、ミステリ(というかホームズ)ファンの礼でなくとも心わくものがある。すなわち、名探偵にライバル現る!?という具合に(笑)。今後もロータスと高広との対決に期待したい。


神隠しの伝説が色濃く残る山村に引っ越してきた高校生の久守徹は、周囲からなぜか距離を置かれている同級生・野見大地に勧誘され、廃部寸前の地学部に入ることになる。しかしある時、生徒会の芦原が調査のために地学部の部室を訪れた際、水晶を握ったまま昏倒。間もなく芦原は目を覚ましたが、大地は顔色を変え、しばらく部室には立ち入らないよう徹に厳命するのだった。しかし気になった徹は大地が欠席している日に部室に忍び込み、芦原が手にしていた水晶に触れてみることに。すると次の瞬間、徹は月夜のススキ野原に立っていた。その光景は、幼い頃に見た田舎の風景そのもので……。

不思議な力を秘めた「決壊石」を巡り、少年たちが百年前の因縁を解きほぐしてゆく青春ファンタジー長編。「決壊石奇譚 百年の記憶」の改題文庫版。

あるひとを待っていた、という祖父の記憶を受け継いだ大地と、そんな大地と親しくなった徹。しかし徹の父親が大地の存在に気付いた時にその関係は一変。なぜか父親は大地を恐れ、大地から徹を遠ざけようとするのだが、それはなぜなのか――徹は父親の過去を探り、やがて過去の哀しきすれ違いを知ることとなる。持ち主の強い感情に触れることで気味様な能力を持つに至った「決壊石」の存在はとてもファンタジックだが、しかしそれができるまでの経緯というのは必ずしもいいことばかりではないし、どちらかといえばまだ純粋な少年たちには荷の重い代物。しかし彼らはふたりで、積年のすれ違ったふたつの想いを知り、受け止めようとする。

結局のところ、事態は彼らふたりには何ら関係のないことであり、そのせいで彼らの人生を(一部だけだとしても)損なうに足るような事柄ではなかった。大げさではあるが、平たく言えば「なぜ彼らがそうやって犠牲にならなければならないのか」と問いたくなるような展開にも関わらず、損得勘定など考えず、ただ遺された思いに寄り添おうとしたふたり。きっとあの後、彼は目覚めて、そして元の生活に戻ることができたのだろう。そう思えるような、余韻の残るラストシーンがとても印象的だった。

水の都 黄金の国
三木 笙子
講談社
2016-07-26

ヴェネツィアで日本語講師として働く誠次郎が聞かされたのは、東方帰りの富豪アントーニオが、街で見初めた花売りの娘を探しているという噂だった。おかげで彼が泊まっている宿には、我こそがと名乗りを上げる娘たちでごった返しているのだとも。そんな折、腕の良い金物職人であるエンリコ親方から、先年起きた贋金作りの話、そしてその犯人が死んだ後、犯人が残した金型を使い、再び贋金作りに手を染めている者がいるという噂を聞かされた誠次郎は、下宿先の食堂で料理人を務めている青年ルカにその話を伝える。するとルカは顔色を変えてその場を立ち去り……。

明治時代、日本からイタリアへと渡った日本語講師の誠次郎と、彼の下宿先で働くルカが、ヴェネツィアの街で起きる奇妙な事件の謎を解いていくミステリ連作集。

大家と店子というだけではなく、誠次郎とルカにはもうひとつの接点がある。それはかつてこの地への留学中、病に倒れこの世を去った青年・清人の存在。ルカは清人を「キヨ先生」と呼び慕っていたため、その親友である誠次郎を自分の勤め先の下宿先に引き入れたという経緯があったのだ。そんなふたりが遭遇するのは、贋金作りの犯人、富豪の家から金貨を盗みばらまく盗賊の目的、魚雷の図面が盗まれた理由、そしていわくつきの望遠鏡のせいで消えた男の行方。どの事件にもわかりやすい犯人の行動の裏に、一見すると分からない真の狙いが隠されていて、表向きの真相だけでなく、裏の真相が何なのかを推理するのも楽しかったりする。

そんな中でしばしば対比されるのが「水の都」ヴェネツィアと「黄金の国」ジパング――つまり日本。そしてそれらを繋ぐのもまた、亡き清人の存在だった。今でも清人を慕い、事あるごとに比較しては誠次郎をこきおろすルカ。誠次郎もまた、清人の出来の良さを認めていたし叶わないと思っていたからこそ、そんなルカの評価を甘んじて受け止めつつ、次男坊ゆえに故郷でなすべきこともなかった自分に、イタリア語を学ぶという目的をくれたイタリア人たち――ひいては自分の周りに暮らすヴェネツィアの人たちの役に立ちたいと考える誠次郎。しかしそんな態度がまた、ルカにとって気に食わない点ともなってしまうこともある。けれどルカのそんな鬱屈した気持ちは、清人を慕い、なおかつ誠次郎をも慕いつつある自分の気持ちの裏返しでもあった。

水に満ちた都ヴェネツィアの、そのただなかにきらめく光の中で清人は死んでいったのだ、と誠次郎は述懐する。かつて清人が、そしてルカが夢見た未来はきっと、誠次郎がこの国に来たことで叶ったに違いない。たとえ3人が一堂に会することがなかったとしても。喪失を乗り越え、変化を受け入れることで見えてくるものもある。そんな彼らの関係がとても愛おしいと思った。

竜の雨降る探偵社 (PHP文芸文庫)
三木 笙子
PHP研究所
2016-03-09

雨天のみ営業している噂されている水上探偵社を訪れた和田慎吾。そこで探偵業を営んでいるのは、元神主という前職のせいか、どこか浮世離れした雰囲気を持つ幼なじみの水上櫂。慎吾は自分の周囲で起きた、ある不思議な事態について櫂の意見を求めにやってきたのだった。なんでも慎吾の取引先に宛先違いの郵便物がしばしば届くようになり、やがてその郵便物を仕分けしていた受付嬢・真田が失踪したのだという。櫂は真田の職場のロッカーに残されていた私物――礼儀作法集に目を止めて……。(「竜の雨降る探偵社」)

戦後の新宿を舞台に、元神主の青年探偵・櫂と建設会社社長の慎吾が、周囲で起きた不可思議な事件を解決してゆくミステリ連作集。

宛先違いの手紙と失踪した受付嬢、沈澄池のほとりに佇む美女、破格のバイトの謎、そして過去――慎吾とその兄・誠吾との確執の真相。ふたりの周囲で起きる、あるいは起きていた謎を、櫂はするすると解いてゆく。その鮮やかさには目を見張るものがあるが、それ以上に気になるのが櫂と慎吾の間に流れる微妙な空気だった。

櫂は特に気にしている風もないが、慎吾は表面上は親しい幼なじみとして接しているものの、内心では常に櫂に対して何らかの負い目を感じ続けていることが分かってくる。かつてはとある「聖域」で神主をしていたはずの櫂が、都会に出て探偵をしている原因を作ったのが慎吾だということが次第に明かされ、慎吾の過去に迫る最後のエピソード「月下の氷湖」では櫂の正体そのものが描かれていく。帯や冒頭に置かれた文章でなんとなく察しはつくのだが、はっきり明言されるとそれはそれで驚くというか、どこか物悲しい雰囲気が滲み出てくる。これもある意味「戦後」の流れなのかもしれない。自分の境遇を理解し、受け入れ、後悔していない櫂と、自身の行為の正当性を認めながらも後悔し続ける慎吾。どちらもやさしくて、それゆえに誰かを傷付ける。けれどそうするしかなかった――ただそれだけのこと。ふたりに降る雨がやさしければいいと、ただそう思う。

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