phantasmagoria

読んだ本のこと、それ以上に買った本のこと、ときどきライブのことを書き散らかしてみたりする。 (当ブログは全文無断転載禁止です)

カテゴリ: 野崎まど

タイタン
野崎まど
講談社
2020-04-21

2205年の日本――だけでなく世界は、「タイタン」と呼ばれるAIによってあらゆる問題が解消され、人々は働くことなく自由に生きていた。そんな中、心理学を「趣味」とする内匠成果のもとに、ナレインと名乗る男が現れる。彼はいまや数少なくなっている「就労者」――「仕事」をする人物であり、なかば脅迫めいたやり方で成果に「仕事」を与えるのだった。それは北海道の第二知能拠点にある「タイタン」――12あるAIのうち2番目に生み出された「コイオス」が機能不全を起こしたため、その一部を「人格化」して抽出し、カウンセリングを施してその理由を探るというもので……。

2019〜2020年にかけて「メフィスト」に掲載された作品の書籍化。「仕事」から解放された世界で、「仕事」とは何なのかを探るSF長編となっている。

様々なリソースが常に不足しているからこそ、人々は働き、その対価でもってリソースを分配する。であれば、供給が十分であり、それを公平に分配できるのであれば、そもそも対価を得る必要はな い――「タイタン」は人間が行っていたあらゆる「仕事」を肩代わりし、その対価として得ていたあらゆるものを無条件で与えてくれる。それはユートピアであり、一方でディストピアなのかもしれない。

そんなふうに完全ではないにしろ、ほぼ完璧な「理想」の世界において、その根幹である「タイタン」自身が「仕事」というものに疑問を抱き、「仕事」を経験したことのない成果と共にそれを考えていくという展開がなんとも面白い。

「コイオス」と一緒に過ごした日々の中で、あるいは彼女とは正反対の立ち位置にあったナレインとの関係の中で、成果はあるひとつの答えを選ぶこととなる。それはどちらかといえば感傷的なもので、世界の在り方にある意味で逆行しているのかもしれない。それでもただ流されるままに「自由」を謳歌していた時の彼女と、いまの彼女とは確実に違う。成果だけでなく、読んでいるこちらもまた、「仕事」とはいったい「何」なのか、考えさせられる作品だった。

HELLO WORLD (集英社文庫)
野崎 まど
集英社
2019-06-21

本好きの内気な高校生・堅書直実の前に、不審なフード姿の男が現れた。彼は10年後の未来からやってきた直実本人なのだという。彼は直実にいくつかの「事実」を告げる――直実がいるこの世界は、アルタラと呼ばれる量子記憶装置に保存されている過去のデータであること。これから3か月後、直実は同じ図書委員でクラスメイトの一行瑠璃と付き合うようになること。そしてその直後、瑠璃が事故死すること。記録の中だけでもその事故を阻止し、瑠璃の笑顔を取り戻したいのだという「未来の直実」の言葉に心打たれた直実は彼に協力することを決める。彼のことを「先生」と呼びながら、翌日から直実は先生の経験をなぞって瑠璃との距離を縮めつつ、「神の手」と呼ばれる未来のデバイスを使って、事故を防ぐための練習を始めるが……。

同名映画の原作として書き下ろされた恋愛青春SF小説。内気な自分を変えたいと願う少年が、その存在意義を揺らがせながらも走り出すボーイ・ミーツ・ガールものともなっている。

実は自分がいる世界が「現実」ではなく、記録に残された過去の存在である――という驚きの展開が序盤からあっさりバラされる本作。過去の記録――つまりは(「現実」に対する)虚構の存在であると言われてもなお、直実は未来の、本物の自分のために奔走することになる。変わりたいと願い、それでも変われなかった直実は、未来の自分である「先生」、そして瑠璃の存在によって、少しずつ、しかし確実に変わってゆく。先生の望む「事故の阻止」だけではなく、瑠璃との間に起きた他の事件の結末も変えてしまうくらいに。

直実は「変わる」ことで新たな世界と出会い、その歩を進めてゆく。一方で、プログラマーである「未来の直実」――ナオミは、過去の記録を改竄することで、アルタラが秘めた能力を図らずも解き放つ一因となってしまう。プログラミング言語の入門編として組まれるプログラムもまた「HELLO WORLD」であり、いわばこの言葉は、本作においてはすべての始まりを意味していると考えられる。そんな様々な「始まり」が、幾重もの未来を導いていく結末は、ある意味ではこの作者らしからぬ優しさに満ちている。そこが意外でもあり、同時に救いでもあった。

バビロン 3 ―終― (講談社タイガ)
野崎 まど
講談社
2017-11-21

新域で発令された「自殺法」を採用する都市がいくつか出始めた。そんな中、アメリカにてサミットが開催されるのとまったく同じタイミングで、新域にて「自殺法」を受け入れた都市の首長たちによる「自殺サミット」を開催することを齋が宣言。各国首脳は否応なしに、それぞれの立場や意見を携え「自殺」の是非について討論を始めることに。一方、正崎はFBIと接触して渡米し、サミット前に大統領と接見する機会を得る。FBIもまた、正崎が示唆している、超常的な力を使って人を操る女――曲世愛の存在を認め始めており……。

ひとりの女が世界を狂わせてゆくサスペンスシリーズ、3巻。

たったひとり生き残った正崎はすべてをなげうって渡米し、FBIの捜査官になることを希望する。その理由の最たるものが「銃器の携行が認められること」――つまり彼は曲世を殺そうと考えていたのだ。そんな彼の狂気をもはらむ危うさに気付きつつも、米国大統領はその願いを受け入れ、なおかつ「必ず家族のもとへ戻ること」を命じるのだった。そして一方で、サミットでは当初の議題をすべて放り出し、とにかく「自殺法」――ひいては自殺の是非について討論を尽くす首脳陣。やがてそれは自殺そのものではなく、それを「善」か「悪」かと判じる基準、つまり「善悪」そのものの意義について、国家の首長ではなくひとりの人間として考えを巡らせ始める。――と、ここまでが今巻の大半の内容で、これがうまくいけば何か解決策が得られるのではないかと、そう思っていた。しかしその考えは甘かった。ラストのたった10数ページで、物語はまたしても絶望へと向かってあっという間に転がり落ちていく。

善とはなにか、そして悪とはなにか――そして導き出された答えに、曲世が嫣然とした笑みを浮かべるさまがありありと思い描けるような最悪の結末。作中で「ファム・ファタール」「villain(悪人)」「大淫婦バビロン」などと称された曲世。彼女が破滅へと導いているのは世界そのものなのだろうか。そしてそこに、理由など本当にないのだろうか。


◇前巻→「バビロン2−死−」

2 (メディアワークス文庫)
野崎 まど
アスキーメディアワークス
2012-08-25

地味すぎる役者志望の青年・数多一人は、憧れの演劇集団「パンドラ」にめでたく入団。先輩たちの圧倒的な演技力に打ちのめされながらもや、役者としてやり遂げようと決意していたその矢先、ひとりの女性に出会ったのだった――彼女の名前は最原最早。この世のものとは思えない「正しい」演技を披露しパンドラを解散に追い込んだ彼女は、たったひとり残った一人に、役者として自分がこれから作る映画に参加を求めるのだった。かくして一人は最原と共にスポンサーを確保し、脚本家を捕まえ、「2」とだけ題された「とても面白い映画」を作り始めるが……。

500ページ超に及ぶ本作は、メディアワークス文庫にて作者が発表した6作目の長編。過去5作の登場人物が次々と登場し、それぞれの巻で追い求められたテーマの集大成、あるいは1作目の「[映]アムリタ」の変奏または返歌ともいうべき展開が繰り広げられてゆく。

スポンサーはこの世に退屈している青年実業家・舞面真面とその秘書・みさき。脚本家は「この世で一番面白い作品」を書ける小説家・紫依代。そして一人の演技指導(?)に当たったのは、「永遠の命を持つ生徒がいる」という噂が流れる私立女子高の生物教師・伊藤。「2」と題されたラブストーリーが持つ意味はいったい何なのか、そもそも「創作」とは何なのか――最原が出したそれらの問いの答えを考えながら、一人は自身の役を演じ切ってゆく。過去作に登場したキャラクターのつながりが見えるのがとても楽しく、ページ数に反してどんどん読み進めることができるのだが、しかし次第に先を読むのが怖くもなって来る――あの最原最早が作る映画が「まとも」なはずがないのだから、と。そしてその予測は正解だった。ただしその正解の内容を言い当てることはできなかったけれど。「正解」とは一体何だろう。最原はいったいどこを見ているのだろう。「創作」が行きつくその先には何があるのか。そもそも終わりは存在するのか。漠然としたその問いかけを本気が考え、「そこ」へ向かっているのが最原最早という人物。それが世界に何を引き起こすのかと考えるともはやホラーあるいはカタストロフ的なものしか想像できない。そう――「想像できない」のだ。だから怖いのだと思い知らされるのだった。


小説家の作り方 (メディアワークス文庫)
野崎 まど
アスキーメディアワークス
2011-03-25

新作の構想に悩む駆け出しの作家・物実のもとに、作家生活初となるファンレターが届く。喜んで電子メールで返信したところ、差出人である紫依代から再び返信が。しかしそこにはこう書かれていた――「私に小説の書き方を教えていただけないでしょうか」と。果たして出会った紫はこの上なく美しく聡明な女性。「この世で一番面白い小説」のアイディアが浮かんだものの、それを小説にすることができないという彼女のために、小説の書き方についてレクチャーすることになった物実。しかし紫はどこかズレた性格の持ち主で、小説教室は思いのほか先に進まず……。

駆け出しの小説家と、小説を書きたいと願う女性が目指す「この世で一番面白い小説」、その顛末を描く「ノベル・ミステリー」。

物実と紫の「小説の書き方教室」の光景は「面白い(笑)」のひとことでしかなく、物事を大げさにとらえすぎる紫は、登場人物ひとり決めるだけでも大騒ぎ。そしてたっぷり時間をかけて最初に書いたのは「なめらか」。意味がわからない(笑)。しかしあるきっかけを経て、突然小説を書き上げたという紫。その一方で、院で研究を続ける友人の共同研究者・在原が物実の前に現れたことで、物語はいつものように急展開する。「この世で一番面白い小説」を書きたいという紫の、その真の狙いが明かされるのだ。

これ以外の作品も読んでいたので薄々わかってはいたけれど、やはり思いもよらない展開に驚かされてしまう本作。「この世で一番面白い小説」を書く、その前に厳然として横たわっている問いを紫は口にする。すなわち「小説とは何か」――シンプルで、しかしきっと、何を答えても正解であり、同時に不正解でもあるその問いに、紫は真っ向から向き合い、そしておそらく正解でも不正解でもないひとつの答えを持っている。しかし確実に、目の前の世界を変えてしまう問い。またしても現れた「天才」としか言えない存在。こうして毎度毎度、そのジャンルの最先端を行く「天才」が現れるのだが、彼らが本当に自身の望みを具現化したとき、いったい何が待っているのだろうか。


幼稚園から高等部までの一貫教育を旨とする女子校「私立藤凰学院」に赴任することになった生物教師・伊藤。高等部を担当することになった伊藤は、女生徒だらけという環境にやや尻込みしつつも、広末涼子似の同僚教師(ただし男性)・受谷や、寮監も務める美人教師・有賀とも親しくなり、それなりに平和な教師生活を送っていた――はずだった。そんな彼が耳にしたのは、学院に古くから伝わる「永遠の命を持つ生徒がいる」という噂。伊藤が副担任を務めるクラスの転入生・天名は、クラスになじめず伊藤に相談している中で、「永遠の命を持つ生徒」と友達になりたいと言い始める。驚きつつも天名を説得しようとしていた伊藤だったが、そこに識別組子と名乗る女生徒が現れる。自分こそがその「永遠の命を持つ生徒」だという識別の発言に対し、伊藤も天名もその証拠を求めるが、識別はふたりに証拠を示してやる理由も義務もない、とはぐらかしてばかり。しかし後日、識別が何者かによって殺されてしまい……。

「不死者」というありえない存在、そしてそれが殺されるというさらにありえない事件に翻弄される教師と生徒を描く、矛盾だらけのミステリ長編。

永遠の命を持つという識別、そんな彼女――というよりそういった「存在」――と友達になりたいと願う天名、そして生物学的観点から不死など認めることができないのにそれを目の当たりにしてしまった伊藤。彼女たちの目の前に横たわる「ありえない」事象は3人を最後の最後まで翻弄し続ける。しかしこの「ありえない」事象の中で、伊藤は識別の不死性について納得させられるというエピソードがある。それは識別が伊藤に描いて見せた「四角形と五角形の中間の図形」というもの。まさに理解しがたいその図形を見せられたことで、伊藤は識別の異質さに気付かされるのだ。この「異質さ」は、作者の他の作品にもしばしば現れている――ヒトには検知しえない超常的な感覚によって成立する、言葉にすらできないような異質な、あるいは異次元のモノ……としか形容できない事象。それは常に純粋な恐怖めいたものとして私には感じられる。しかしこわいとわかっていてもなお、その深淵を覗くのをやめることはできない。この中毒性も恐ろしいと思う。

舞面真面とお面の女 (メディアワークス文庫)
野崎 まど
アスキーメディアワークス
2010-04-24

大学院生の舞面真面(まいつら・まとも)は、暮れの押し迫る時期に叔父・影面から呼び出しを受ける。影面の娘である従姉妹の水面と共に聞かされたのは、真面の曽祖父・舞面彼面が残した「遺言状」の謎を解くことだった。「遺言状」に示されている「箱」「石」「面」のうち、「箱」は蔵に残されていた金属製の箱、そして「石」は舞面家の土地に置かれている正方形の巨大な石であろうことだけはわかっているが、このふたつに何が隠されているのかはまったくわからない。そしてもうひとつ、「面」の所在も。大学の仲間に頼んで「箱」の解析を進めようとする真面だったが、その矢先、「石」のそばで動物のような奇妙な面をかぶった謎の少女・みさきと出会い……。

名前に「面」を冠する青年が、面をかぶった少女と出会ったとき、いったい何が起きるのか――という、予測不可能な異色ミステリ長編。

「箱」と「石」と「面」、これらを解けば「よきもの」が待っている――そんな奇妙な「遺言状」を残したのは、一代で大財閥を築いた真面の曽祖父・彼面。戦後の財閥解体により、彼面が築いた財閥は現在に残されてはいないが、しかしそんな大人物であったならさぞかしすごいもの――例えば大金――が残されているのではないか、と考えてしまうのは私だけではないはず。しかしそんな期待を裏切るかのように、真面たちが挑む「謎」は奇妙な結果をもたらすことに。そしてまた、真面の前に現れた謎のお面少女・みさきも。

かつて彼面のそばに侍っていたお面の少女と、現在真面たちの前に現れたみさきの関係、そしてその面がもつ意味。「解く」とは一体どういうことか。そんな謎解きの傍らで、みさきは真面にあることを指摘。それが物語の顛末に深く関わってゆくことになるのだが、今回もやっぱり「まさか!」と思わされる結末が。ある意味反則技と言えなくもないが、しかし力ずくだとしても納得させられる「なにか」が宿るラストだったように思う。

パーフェクトフレンド (メディアワークス文庫 の 1-5)
野崎 まど
アスキー・メディアワークス
2011-08-25

小学4年に進級し、今年もクラス委員にめでたく当確していた理桜に担任教師が頼んできたのは、編入以後不登校を続けているクラスメイトの少女・さなかを訪ねてほしいということだった。友人のやややと柊子を伴い、さなかの家を訪れた理桜。不登校という人を寄せ付けかねない状態とは裏腹に、あっさり姿を見せたさなかだったが、理桜は彼女から不登校の理由を聞いて愕然とするのだった――10歳にしてすでに大学を卒業して博士号まで取得しており、現在の肩書は「研究員」あるいは「数学者」であるからして、いかに義務教育と言えど、小学校で学ぶことがなにもないからなのだ、と。そんなさなかに対し、理桜は友達の必要性を説き、学校に来るべきだと説得。すると「友達」という存在に興味を示したさなかは、翌日から登校を始め……。

「友達」とはなにか――そんな単純にして難解な命題を小4の少女たちが追い求めてゆく《友情》ミステリ長編。

作者のデビュー作「[映]アムリタ」の後に読んだせいもあってか、やたらと既視感を抱くほどに人を食った態度と振る舞いをみせるさなかと、そんなさなかにやられっぱなしの理桜たちという構図がなんとも面白い本作。初対面で手ひどい攻撃(笑)をくらった理桜はさなかのことを苦手に思い、彼女に友達の大切さを説きながらも自分は彼女と友達になろうとするのを回避しようとするのだから、言ってることとやってることが違いすぎて、このあたりの矛盾ぶりが小学生女子って感じだなあと、なんだか微笑ましくなってくる。

しかし中盤で「友達の作り方がわかった」とさなかが言い出したあたりから雲行きが怪しくなってゆく。人間同士の関係を数式や理論で表すことは可能なのか――凡人には理解しがたいさなかの発言はやがて、ひとつの悲劇に結びついてゆく。またか野崎まど、と言いたくなるような急転直下の展開には非常に驚かされたが、同時にこの顛末がいつか何かを引き起こすのではないかと、一抹の不安をも感じてしまった。

[映]アムリタ (メディアワークス文庫)
野崎 まど
アスキー・メディアワークス
2009-12-16

芸大の映画学科・役者コースに所属している二見は、撮影コースのアイドル的女子学生・画素から呼び出しを受ける。いわく、彼女が所属する映画サークルの新作に、主役として出演してほしいのだ、と。監督である「天才」と名高い後輩・最原が作った「月の海」と題された作品のコンテを読み始めた二見だったが、ふと意識を取り戻したときには実に56時間が経過。その異様さに衝撃を受けた二見が再び部室を訪ねると、そこにいたのはコンテの作者である最原。顔を合わせた瞬間に「愛とは何か」と問い始める最原に面食らいながらも、二見は出演を承諾するのだった……。

第16回電撃小説大賞・メディアワークス文庫賞受賞作である、作者のデビュー作。「天才」と名高い女子大生の作った映画が、奇妙な事態を引き起こすさまが克明に描かれてゆく。

物語の軸となるのはもちろん「天才」と呼ばれる女子学生・最原最早。一芸入試の「芸」として制作した映画が、激しい物議を醸しながらも認められて入学。しかしてその言動や行動はエキセントリックかつ予測不可能で、主人公の二見は気付いたら彼女専用のツッコミ係と化してしまう。そんな最原を中心に、役者の二見、撮影の画素、そしい音響の兼森というたった4人のメンバーで、「月の海」という映画を作ることになる、というのが大筋の内容だった。

そう、「だった」としか言えない――最後まで読んだ今となっては。先日事故死したという、本来の「月の海」の作者にして最原の彼氏・定本の存在。その定本にどことなく似ているという二見。「月の海」によく似た内容の、「アムリタ」と題されたコンテ。浮かび上がってきたいくつかの事実はまるで鏡像のようにそこにある。それらを映し出しているのは最原という鏡だ。天才が天才たるその所以が、後半部分からじわじわと滲み出てきて、二見の現実を侵食していく。そのさまがただ恐ろしい。映画でひとの心を動かしたいと彼らは言う。それをただひたすらに追い求めた結果が、この結末なのだから。

バビロン 2 ―死― (講談社タイガ)
野崎 まど
講談社
2016-07-20

「新域」の長となった齋開化による「自殺法」の宣言、そして同時に起きた集団飛び降り事件により、日本国内は騒然となる。この影響を受けたと思われる自殺が全国各地で相次ぐ中、姿を消していた齋はネットを利用し新域議会議員の選挙を公示。新域構想の関係者たちにより、正崎は齋を追うための機密捜査班を組織するよう指示される。先だって自殺した文緒の代わりにやって来た女性事務官・瀬黒と共に、正崎は齋を法的に捕らえる方法、集団飛び降りに参加した面々の動機、さらにはこれらの事件をつなぐと思われる女・曲世愛の行方を追うが、どれひとつとしてはかばかしい成果が得られない。そんな中、今度は齋が選挙に関わる公開討論を開くことを宣言し……。

自殺の是非、ひいては「正義」と「悪」そのものを巡るサスペンスシリーズ2巻。

自殺をするという、そのこと自体は正しいか、正しくないか。少なくとも法で定められていない以上、自発的に自分の命を捨てることに関して咎めだてすることはできないし、取り締まることももちろんできない。倫理的には悪とされる行為だが、しかし法で定められない以上、それを罰することは私刑に過ぎず、裁かれるのは罰した側となってしまう。誰もが考えることのなかった―視野に入れてすらいなかった法の陥穽をいとも簡単に突き、その事実を新域の住人のみならず、日本国民全員に突きつけたのが齋開化。しかしいったいこの思想はどこから来たのだろう。

齋を合法的に逮捕する方策を考える一方で、正崎は謎の女・曲世愛を追い続ける。彼女を「最悪の女」と評する正崎だったが、彼女の過去を追う中で、その評が正しいということが裏打ちされてくる。ただ「悪い」のではなく、文字通りの「最悪」。本人がどこまで意識しているのか分からないその「最悪」さが、今巻では存分に発揮されてゆく。その「正義」を完膚なきまでに叩きのめされる正崎の姿もさることながら、自分の行いが一般的に見て「悪」であることを承知の上で行動する愛の姿がただ恐ろしすぎて、思わず涙が出てしまった。この「最悪」はどうすれば止めることができるのだろう、と。


◇前巻→ 「バビロン1−女−」

バビロン 1 ―女― (講談社タイガ)
野崎 まど
講談社
2015-10-20

東京地検特捜部に所属する検事・正崎善は、とある製薬会社が起こした薬事法違反事件の捜査に携わっていた。副官である事務官の文緒と共に、押収した書類の検証を行っていた正崎は、その中に「F」という字で真っ黒に塗りつぶされ、髪や皮膚の欠片などが血液によって固まり付着しているという異様な紙を発見する。しかもその用紙に元々書きこまれていたのは、今回の事件とは別の製薬会社による、新しい睡眠薬に関する内容。不審なものを感じ取った正崎は、この薬品の認可に関わった因幡医師を訪ねるが不在。本人のマンションに向かった正崎だったが、そこで目にしたのは、幸福そうな表情で死に至っている因幡の姿だった。しかも死因は麻酔薬による自殺。生前の因幡のもとに、有名政治家の秘書が女性を伴ってたびたび訪れていたという情報を入手した正崎は、このたび行われる「新域」――首都機能を有する、いわば「第2の東京」を創り出す特区構想――の域長選挙に絡むものであると考え、調査を進めてゆくが……。

講談社の新レーベル「講談社タイガ」、その創刊ラインナップ第1弾として刊行されたシリーズ1巻。正義を標榜する検事が事件を追ううちに、謎の女に翻弄されることになる、まさに「絶望の物語」。

最初は検事ものというか、クライムサスペンスのような様相を呈しているのだが、次第にそれは姿をどんどん変えてゆく。医師の不可解な自殺から始まった物語は、捜査員の不審死を引き起こし、大型選挙とその利権に絡んだ政治の裏側をあらわにし、そうして正崎は権謀術数の渦中へと巻き込まれてゆく。と同時に、捜査の端々に現れる謎の女性たち――利益供与の代償として差し出されていると思われる哀れな犠牲者たち――の存在が、少なくとも正崎が「事件」と認識していた一連の事態の、その根幹を揺るがしてゆくことになる。

とにかくすさまじいのがラスト。今巻の大半を費やして書かれてきた状況が、本当に最悪の事態の前置きに過ぎないことがあらわになるという展開で、読んでいるこちらも、正崎同様に背筋が凍る思いがした。いったいこれはなんなんだ、と。「正義」を信じ、自らの指針として抱きながらも、それがなんなのかはっきり明言できないことも自覚していた正崎。この事態に関わることで、彼の抱く「正義」がなんなのか、分かる時が来るのだろうか。

独創短編シリーズ (2) 野崎まど劇場(笑) (電撃文庫)独創短編シリーズ (2) 野崎まど劇場(笑) (電撃文庫)
野崎まど

KADOKAWA/アスキー・メディアワークス 2015-02-10
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絶大な人気を誇る医療行為投稿サイト「お医者さんになろう」。高野はそこに自身の医療行為をアップしていたが、内容が地味な虫垂炎の手術ばかりだったため、まったく人気を得られていなかった。そんな時、ランキング上位の動画をアップし続ける一条が、次の大型手術の第1助手をするよう高野に依頼してくる。共同執刀者となれば「なろう」投稿時にも名前が載り、高野のページにもアクセスが増えるかもしれない。そうすれば虫垂炎以外の依頼も来て、人気を得られやすい動画を撮ることだって可能になる――そう諭された高野は一条の申し出を受けようとするが、そこに1通のメッセージが届く。高野の動画を見て、自分の盲腸の手術を依頼したいという内容だったのだが、それは一条の手術と同じ日だった。そこで高野が下した決断は……。(「白い虚塔」)

というわけで、奇想天外、脱力必至の最高におかしい(褒め言葉)短編集、まさかの2巻。
前巻同様「電撃MAGAZINE」に掲載された作品、書き下ろし、そしてボツネタも収録された豪華仕様(?)なのだが、今回は裏表紙とカバーの裏側だけでなく、巻末の既刊紹介ページもすべて小説となっているのだから脱帽するよりほかない。
ちなみに上のあらすじは「白い虚塔」という短編のもので、ここまでだと普通に感動系の医療モノっぽい流れなのだが、オチはまったく違うので要注意である(笑)。
ちなみに今回、特に気に入ったのは以下の5作。

・「Cafe Bleuetは元気です」……その名の通り「Cafe Bleuet」という店が、入口に置かれている店員手書きの看板を通して、どんな状況におかれているのかを日々追ってゆくという内容。ただし地の文的なものはいっさいなく、本当に看板の絵が延々と並んでいる。最初は普通のカフェだったようだが、店員が辞めたり云々とハプニングが起こり、なんとなくグダグダになっていく感じが面白いやら物悲しいやら。

・「深窓の大令嬢」……豪邸の地下500階から下の階層である「深窓」の奥深くを、無人探査機によって調査してゆく。深海探査を思わせる内容だがとりあえず深窓ってどういうことかと。そして大令嬢って……。

・「ワイワイ書籍」……ニコニコ動画を電子書籍でやったらどうなるか、的な。これはひどいとしか言いようがない(笑)。

・「人生RありゃQもあるさ」……水戸黄門ならぬ「水戸コード門」。ご老公の印籠がQRコード。ちなみにこのQRコードは実際に読み取り可能(笑)。

・「東京ねこさんぽ」……動物写真家による猫写真集と思いきや。とりあえず猫。個人的に、この写真家の悔しさはかなりわかる(笑)。


◇前巻→「独創短編シリーズ 野崎まど劇場」

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2081年の日本。社会全体の超情報化の一環として、人々は人造脳葉である「電子葉」を移植することが義務付けられていた。情報庁の高官である御野・連レルは、行方不明の恩師である道終・常イチが開発したコードの中に暗号を発見する。解読された結果に基づいて向かった先で待っていたのは、長年行方知れずだった恩師であった。その彼が御野に引き合わせたのは、知ルというひとりの少女。孤児だというその少女は、一見すれば普通の娘で、情報レベルもその生い立ちゆえに「クラス0」という最底辺のものであったが、それは偽装で、彼女の脳には「電子葉」を遥かに超える性能を持つ未知の器官「量子葉」が収まっているのだと言い……。

野崎まどのハヤカワ文庫初登場作は本格的なSF長編。
高度な情報化により、わざわざネットやなんやらで「調べ」なくとも、見るだけであらゆるものを「知る」ことができる世界。とはいえどんなことでもわかるわけではなく、情報はその階級によってアクセスできる権限があったりなかったり。情報庁の高官である御野はその階級としてはほぼトップとも言える「クラス5」の持ち主ではあるが、そこに現れた知ルは、存在するはずのない「クラス9」の持ち主。その桁外れな情報操作力はもはや魔法そのもので、御野は否応なしに、師の遺したこの少女と共に4日間を過ごすことになる。

4日後に行くべき場所、会うべき相手がいると語る知ルに連れられ、彼女と共に未知の体験をしていく御野。それはつまり、「知る」という体験そのものだった。今まで見るだけですべての情報が現れているがゆえに、御野はそれだけで「分かった」気になっていた――いや、御野だけでなく、この世界の人々はみなそう思っていたのかもしれない。けれど御野以上にあらゆる情報が「見えて」いるはずの知ルは、それでもなお、自分の足で何かを「知ろう」とする。自主的に、見えない部分までも見通し、理解し、咀嚼していく知ルを見て、御野は「知る」ということの本質に気付かされることになる。

物語の最後に、知ルはこれまで誰もが知っていて、そして誰も知らなかったことを知ろうとする。それはすなわち「死ぬ」ということ。人は誰しもいつか死ぬ。けれどその先のことは誰にも分からない。それを「知る」ために知ルがとった行動は御野にとって絶望に彩られたものだった――けれど知ルが開いたパンドラの箱には、かすかな希望が残っていたことにも気づかされる。それはきっと、御野と過ごした4日間が作り上げたものなのだと、そう思いたくなる。

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大兄太子は幼い頃、初めて見たミロのヴィーナスの造形美に魅せられ、打ちのめされる。しかしその後、若い女中やクラスメイトの女子に対して犯した過ちを経て、女性という存在そのものを恐れるようになっていった。やがて勉学のみに邁進し、勉強以外のことを何も知らぬまま大学に進学した大兄は、同級生の笠野志太郎と出会い、幾分か人間らしい生活を得るようになる。さらに聡明な後輩・中砥生美とも出会い、いつしか彼女に恋心めいたものを感じるように。しかし院に進み、大兄自身が提唱した研究が国と提携して行われるものとなった頃、大兄は遠智という青年と出会う。中砥以上に頭の回転が速く、異なるアプローチから研究を進めてゆく遠智と意気投合した大兄だったが、ある時、遠智から自身の性癖について思いがけない指摘を受け……。

データである少女が実体化するという設定のアニメ「ファンタジスタドール」の前日譚として書かれたオリジナル小説。厳密にはその設定を下敷きにした「ファンタジスタドール」の名を冠するプロジェクトの一部であり、ひとつのエピソードなのだという。

アニメ本編は見ていないのだが、CMだけは見たことがある。それは中学生くらいの少女が主人公で、カードの中から女の子が出てきて、それがわたしの新しい友達なの!云々というもので、まあどちらかと言えば美少女アクションアニメなのかな?という印象しか持っていなかった。しかしこの「前日譚」には美少女の「び」の字も出てこない。この小説の主人公は、女性の身体の美しさに魅せられつつも、ある過ちを犯した結果、女性に触れることすらできなくなってしまった青年・大兄。そして過去の失恋から女性の心理に恐れを抱き、女性そのものが信じられなくなった青年・遠智。女性というものに対して耐えがたいまでの不信感を抱いていたふたりは、やがて理想の身体、理想の心を持つ、まさに「理想の女性(ファンタジスタドール)」を創り出そうとする。それこそが、実在しないデータである少女を顕現させる「ファンタジスタドール」の元となる研究だった。

この小説では大兄の生い立ちと遠智との出会い、そしてふたりがその研究に着手するまでが描かれる。ただしその後、なぜ「理想の女性」がカードから召喚されるデータ体という状態になったのかという経緯ははっきりせず、最後に置かれた年表にその事実が書かれているのみ。個人的にはこの年表の最後の部分(特に最初の「理想の女性」イヴ誕生後、資料喪失のために空白の期間となっているあたりからイヴ消失までのくだり)が気になるところ。

実験によってヒトを創り出すということの禁忌に恐れをなす大兄だったが、言葉ではそれを否定しつつも、心の奥底ではその魅力に逆らうことができなかった。研究者の悲しき性であるというべきか――あるいはその夜、中砥との関係に、決定的な亀裂が入ってしまったからか――もはや女性に対して救いを求めることができなくなった大兄は、同じ境遇、同じ喪失を抱える遠智と共に、その禁忌を乗り越えてゆくことになる。
たまたま女性運のなかったふたりが、なまじ頭だけは良かったせいで実現してしまった禁断の所業――冷静に見ればただそれだけの話なのかもしれないが、彼岸と此岸の境界線というのは、案外こんな風にあっさりと越えてしまえるものなのかもしれない。それをまざまざと見せつけられたような気がした。

独創短編シリーズ 野まど劇場 (電撃文庫)独創短編シリーズ 野まど劇場 (電撃文庫)
野崎まど

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電撃文庫MAGAZINE等に掲載されたさまざまな短編16本に書き下ろし3本、ボツネタ5本を加えた、その名の通り独創的な(というか独創的すぎる)短編集。ちなみに、この24本の他に、裏表紙とカバー裏にも1本ずつ書かれていたりする念の入れよう(笑)。

内容はまちまちで、西部劇だったりアメリカドラマ風だったり将棋の解説だったりアイドルだったり魔王だったりラーメンだったりと、もはややりたい放題(褒め言葉)。ボツネタになるとさらにすごいことになっていて、電撃文庫っぽいラノベレーベルの選評だったりビームサーベルだったり人情ものだったりする。とにかく脱力感と不意打ち感が半端ない短編集だった。

個人的に特に気に入ったのは、密室アイドルグループ(と言われるとまったく意味不明だがそうとしか言いようがない)が主人公の「MST48」、勇者を迎え撃つために魔王がいろいろと準備する「魔王」、売れないラーメン店を盛り立てるための斬新なアイデアが連発される「苛烈、ラーメン戦争」とその続編の「苛烈、ラーメン戦争−企業覇道編−」、そしてヒッグス粒子で抹茶は点てられるか?という困難な命題に取り組む「TP対称性の乱れ」の5本。なんとなくヒッグス粒子やニュートリノで抹茶が点てられそうな気が、してきた、ような……(笑)?

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