春菜の勤め先であるアーキテクツで、少し前から怪奇現象が起こるようになっていた。なんでも長い黒髪が社内に落ちていたり――社内に該当する髪型の人物がいないにも関わらず――、白い女性のような人影が不意に現れたりするのだという。それは少し前に、手島という他社の元常務が相談役としてアーキテクツにやってきた直後から始まり、随所で見つかるという黒髪も、手島の部屋やその周辺に集中しているのだとも。手島が前の勤め先で不倫相手の女性・佐藤伽耶を手酷く振り、伽耶が本人の目の前で自殺未遂をしたらしいという話を聞いた春菜は、彼女の行方を調べてみることに。一方、仙龍と想いを通わせた春菜は、彼に絡みつく因縁を断ち切るための手掛かりを求めて出雲大社と吉備津神社へと向かおうとする。しかしそのさなか、手島の妻と新たな愛人が次々と急死したうえ、伽耶も故郷に戻ったのちに自殺していたことがわかり……。
因縁渦巻くオカルトミステリシリーズ8巻。隠温羅流に絡みつく呪縛のルーツに迫ろうとする春菜に、新たな事件が降りかかるという展開に。
「温羅」を「隠す」という流派の名前、現社名「鐘鋳建設」が表すもの、代々の導師の号に「龍」という水にまつわる文字が入っていること、そして春菜の前に現れ、隠温羅流の因にも似た痣を彼女に残した〈鬼〉……今まで誰も触れず近付こうとしなかった隠温羅流のルーツに迫ろうとする春菜だったが、そのさなかで起きたのは、奇しくも春菜が向かおうとしていた吉備津神社にまつわる伝説によく似た、新たな因縁の事件だった。まるで「呼ばれた」かのように起きたこの事件は、雨月物語に描かれた「吉備津の釜」とうりふたつとしか言いようがなく、しかも標的となった手島があまりにもひどい人物であるがために、伽耶の置かれた状況や無念さがこれでもかというほどに伝わってくる。だからこそ、彼女の「存在」はこれほどまでに大きくなってしまったのだろうが。
表と裏、光と影、そして鬼もまた元はただの人――出雲大社へ行ったこと、そして今回の事件で、あらゆるものが表裏一体であることに気付いた春菜。次はいよいよ吉備津神社へと向かうことになりそうだが、彼女がそこへ向かったとして、果たしてただで済むものだろうか。
◇前巻→「怨毒草紙 よろず建物因縁帳」