キャンディで起きた商店の焼き討ち事件により、スリランカ国内では戒厳令が発令される。これを受けて一時帰国することにした正義だったが、その準備中にヴィンセントからの連絡が入る。当初は「話をしたい」というメッセージのみだったが、話を進めるうちに、連絡をくれた相手がヴィンセント本人ではないことが判明。日本に帰国し、友人や家族に顔を合わせた後、正義は連絡をくれた「ある人」の助言に従い、香港へと向かうことに。果たしてヴィンセントに遭遇した正義は「ある人」からの伝言を伝えつつ、彼の真意を聞き出そうとするが……。
2020年にアニメ化も決定したジュエル・ミステリシリーズ9巻。今回はサブタイトルに「邂逅」とある通り、正義が各国で様々な人々と「邂逅」し、気持ちの整理をつけていくという展開に。
何の整理かと問われれば、それはもちろん正義自身の今後の身の振り方、そしてリチャードとの関係について――この2点に尽きる。帰国して友人たちと会った正義は、同席していた公務員の先輩から、リチャードとの関係を「愛人」と言われて深く傷付く。仕事上では上司あるいは師匠であり、プライベートでは友人である――そう、これまでの関わりの中で認識していったはずなのに、それでも他者からの心ない指摘に心を揺らがせてしまうのは、まだどこかリチャードに対する自分の気持ちを、正義自身が定め切れていなかったからなのかもしれない。ヴィンセントを探す「ある人」(これは本作を読んだ人へのお楽しみということで伏せておくが)、ヴィンセント本人、そしてシャウルから、彼らの半生を聞くことになった正義。その中に見え隠れするリチャードの存在を目の当たりにしたことで、正義はやっと本当に「リチャード」という人物の輪郭をはっきりと捉え、自分の中で改めて定義することができたのだろう。そしてもちろん、そこには家族や谷本さんとの再会の中で、人との関わりであるとか、愛情であるとか、そういう目には見えないけれど大切な気持ちを再確認できたことも大きく関わっているに違いない。これからも続くであろうふたりの関係にとって――それと正義が向き合うための、今巻はターニングポイントとなったのだと思う。スリランカで再会したリチャードとの対話では、きっとこれまで以上に深く相手の懐に踏み込んでいて、ようやくふたりは名実ともに「親友」になれたのだろうなと、心温まる思いがした。
……という感じでようやく折り合いがついたところで、今後はオクタヴィアとの対決について。スイスで引きこもっていたとされるオクタヴィアが動き出したとの知らせを受け、リチャードは正義にオクタヴィアとの関係について語り出す……というところで今巻は終了。彼女の狙いは一体何なのか、そしてふたりはそれにどう立ち向かうのか、今から気になって仕方ない。
◇前巻→「宝石商リチャード氏の謎鑑定 夏の庭と黄金の愛」