phantasmagoria

読んだ本のこと、それ以上に買った本のこと、ときどきライブのことを書き散らかしてみたりする。

カテゴリ: 辻村七子


キャンディで起きた商店の焼き討ち事件により、スリランカ国内では戒厳令が発令される。これを受けて一時帰国することにした正義だったが、その準備中にヴィンセントからの連絡が入る。当初は「話をしたい」というメッセージのみだったが、話を進めるうちに、連絡をくれた相手がヴィンセント本人ではないことが判明。日本に帰国し、友人や家族に顔を合わせた後、正義は連絡をくれた「ある人」の助言に従い、香港へと向かうことに。果たしてヴィンセントに遭遇した正義は「ある人」からの伝言を伝えつつ、彼の真意を聞き出そうとするが……。

2020年にアニメ化も決定したジュエル・ミステリシリーズ9巻。今回はサブタイトルに「邂逅」とある通り、正義が各国で様々な人々と「邂逅」し、気持ちの整理をつけていくという展開に。

何の整理かと問われれば、それはもちろん正義自身の今後の身の振り方、そしてリチャードとの関係について――この2点に尽きる。帰国して友人たちと会った正義は、同席していた公務員の先輩から、リチャードとの関係を「愛人」と言われて深く傷付く。仕事上では上司あるいは師匠であり、プライベートでは友人である――そう、これまでの関わりの中で認識していったはずなのに、それでも他者からの心ない指摘に心を揺らがせてしまうのは、まだどこかリチャードに対する自分の気持ちを、正義自身が定め切れていなかったからなのかもしれない。ヴィンセントを探す「ある人」(これは本作を読んだ人へのお楽しみということで伏せておくが)、ヴィンセント本人、そしてシャウルから、彼らの半生を聞くことになった正義。その中に見え隠れするリチャードの存在を目の当たりにしたことで、正義はやっと本当に「リチャード」という人物の輪郭をはっきりと捉え、自分の中で改めて定義することができたのだろう。そしてもちろん、そこには家族や谷本さんとの再会の中で、人との関わりであるとか、愛情であるとか、そういう目には見えないけれど大切な気持ちを再確認できたことも大きく関わっているに違いない。これからも続くであろうふたりの関係にとって――それと正義が向き合うための、今巻はターニングポイントとなったのだと思う。スリランカで再会したリチャードとの対話では、きっとこれまで以上に深く相手の懐に踏み込んでいて、ようやくふたりは名実ともに「親友」になれたのだろうなと、心温まる思いがした。

……という感じでようやく折り合いがついたところで、今後はオクタヴィアとの対決について。スイスで引きこもっていたとされるオクタヴィアが動き出したとの知らせを受け、リチャードは正義にオクタヴィアとの関係について語り出す……というところで今巻は終了。彼女の狙いは一体何なのか、そしてふたりはそれにどう立ち向かうのか、今から気になって仕方ない。


◇前巻→「宝石商リチャード氏の謎鑑定 夏の庭と黄金の愛」


スリランカで宝石鑑定の修行を続ける正義の元に届いたのは、リチャードの母であるカトリーヌが正義に会いたがっているという知らせだった。その背後にオクタヴィアがいることを察知したリチャードはなんとか阻止しようとするが、正義はリチャードを守るため、反対を押し切ってフランスはプロヴァンス地方へと向かうことに。リチャードにそっくりな美貌と天真爛漫な女王様気質の持ち主であるカトリーヌに振り回されつつも、ふたりは彼女から提示された「ゲーム」――オクタヴィアの援助で買い戻したヴィラに隠した32個の石を探すこと――を受けることに。実はそれらの石は書きつけのある紙にくるまれていて、すべて繋ぎ合わせるとヴィラに隠された宝の在処がわかるのだというが……。

世界へ飛び出したジュエルミステリシリーズ8巻。今回はフランスにてリチャード親子の仲直り作戦?ということで。

リチャードと母・カトリーヌの微妙な関係だけでなく、そこにオクタヴィアが絡むとあっては、正義が見過ごすことができないのも、またリチャードが正義を巻き込むのをよしとしないのも、どちらの気持ちもわかる。そして同時に、お互いがお互いをこのうえなく大切に思っているということも。現状、ふたりが別々の場所で暮らしていたり、プロヴァンスにやってきても別行動が多かったりはするものの、カトリーヌからの試しともとれるような言動にも屈せず、互いへの好意をきちんと示すふたりの絆(そしてそれを聞いた時の反応も含めて)がなんとも愛おしい。

しかしここにきてもなお不透明なのが、オクタヴィアとヴィンスの動向。リチャードがかつての彼女と別れたことが許せない、というのが第一の行動原理と思われるオクタヴィアだが、そのやり方は――クレアモント家の事情が絡んでいるせいもあるようだが――一歩間違えばシャレにならないようなことばかり。しかしそれを誰も力ずくで阻止しようとはしていないあたり、正義が懸念するように、まだなにか大きな問題が隠されているのだろう。そしてそんなオクタヴィアよりもさらに謎なのがヴィンス。今巻のラストでようやく正義に接触してこようとしているようだが、彼の狙いは果たして何なのか。ヴィンスがリチャードに説教する姿を見て、正義は自分とリチャードとの関係にそっくり重なることに気付いてしまった。このことが正義の行動に影を落とさねばいいのだが。


◇前巻→「宝石商リチャード氏の謎鑑定 紅宝石の女王と裏切りの海」


公務員試験に落ちてしまった正義は、リチャードの勧めもあり、大学卒業後にスリランカへわたり、シャウル氏の下で宝石商としての勉強を始めることに。しかしシャウル氏は忙しく、また慣れない異国暮らしということで時間を持て余す正義。そんな中、ジェフリーの名前で「ヘルプ・リチャード」と題されたメールが届く。中身は世界有数のハイジュエリーブランド「ガルガンチュワ」が開催する豪華客船クルージングの案内で、リチャードだけでなく正義もこれに招待されているらしい。真偽のほどは定かではないものの、とにかく案内に従って船に乗り込んだ正義だったが、久々に顔を合わせたリチャードは「ここで何があっても、決して自分を助けようとするな」と命じてきて……。

第2部スタートとなるシリーズ7巻は豪華客船で起きた事件に巻き込まれてさあ大変!の巻。

前巻のエピローグで正義とリチャードがスリランカで宝石商をやっている的な描写があったので、2部はスリランカ編?と思ってたらその前の話というか、リチャードは銀座で通常運転、正義はスリランカで修行中という遠距離なんとかのような状態に。しかもいつでも明るく元気な正義が異国暮らしにすっかり疲れ果ててしまっているという珍しい状況。そんな中でふたりが向かうことになったのは豪華客船でのジュエリー・ショーなのだが、そこでリチャードを狙う「ガルガンチュワ」理事の目論見によって正義が罪を着せられた!?というまさかの展開に。

もちろんそのあたりはリチャードと正義の絆パワー(もちろん健在……どころかパワーアップしてる?)で乗り切ることができたのだが、今回の「事件」の黒幕だとか、ある人物が明かしたシャウル氏の真意(ただし本当かどうかはわからない……本当のような気もするが)など、気になる点は残ったまま。特に正義にとっては、「学生」という身分を離れ、社会――しかも海外やビジネスの世界に身を投じたことで、無情な現実であるとか「大人」の悪意だとかを直視させられるという厳しい展開に。しかし正義ももちろんもう子供ではなく、自分――だけでなくリチャードも含めた――の立場」というものを考え、「大人」として振舞うことを身に付けていくのだろう。けれどそれに慣れてしまうのではなく、自身の正義感にのっとってきちんと「怒り」を感じてくれる、そのままの正義でいてほしいとも思う。そしてそんな彼がいれば、リチャードもきっと救われるだろう。これから彼に何が訪れるとしても。


◇前巻→「宝石商リチャードの謎鑑定 転生のタンザナイト」


ノースポール合衆国に位置する人工都市「キヴィタス」。労働力としてアンドロイドが広く利用されているこの都市で、アンドロイド管理局に勤めている新米調律師のエルガー・オルトンが出会ったのは、異常な動きを見せる黒豹型ロボットと、それをなだめようとする少年型アンドロイドだった。黒豹に襲われ動けなくなったアンドロイドを自宅に連れ帰り、メンテナンスを施したエルだったが、そのさなかに判明したのは、彼が登録情報を持たない「野良アンドロイド」だという事実だった。目を覚ました彼――「ワン」の流暢すぎる罵倒に面食らいつつも、エルはワンと共に、逃げ出した黒豹型ロボット「ベッシー」を探す手伝いをしたいと申し出て……。

「宝石商リチャード氏の謎鑑定」の作者による新作は、アンドロイドの少年と天才調律師のふたりが、楽園とも称される人工都市キヴィタスの謎に触れる近未来SF。

驚くほど口が悪く感情表現が豊かで、まるで人間そのもののようなアンドロイド・ワン。そんな彼とは対照的に、エリートではあるのだろうがどこか世間ズレしていて感情表現も薄く、どちらかとしえばこちらがアンドロイドだと言われた方が納得できそうな佇まいのエル。しかしエルの「アンドロイドを救いたい」という気持ちは本物で、その行動派だいたいにおいて行き過ぎていてワンに制止されることもしばしば。見ていてとてもいいコンビなのだが、ワンの過去――非合法な方法で過去のメモリを強制的に削除している――が明らかになるにつれ、物語は深刻な方向へと向かってゆく。そしてそれは、同じくその過去が判然としないエルの正体をも暴くことに。

アンドロイドという人工物に生じた感情――それはすなわち、「魂」をも作ったことにはなりえないか。しかし「魂」とはいったいなんなのか、それは誰にもわからない。けれどふたりの関係が深まる中で、エルはきっと自分にも「魂」が実在することを――そして自分が唯一無二の「自分」であるということを自覚できたに違いない。ある意味刹那的な生き方をしてきたふたりが、これからはちゃんと「未来」を見据えて歩き出すラストがとても印象的。できればふたりのその後も見てみたい。


就職活動に励む正義の前に現れたのは、実の父親である染野だった。家庭内暴力が元で離婚し、慰謝料もろくに払わず行方をくらましていた染野は、母親の死により家も失い金も尽きたところ、たまたま正義に電話をかけている同級生に出くわし、そこから正義の立ち寄りそうな場所を探り当てたのだという。父親なのだから一緒に暮らして当たり前という自分勝手な言い分、そしてなにより母や自分へのかつての仕打ちが許せない正義はとにかく追い払うが、相手は正義のアパートや携帯の電話番号まで突き止めて付きまといを繰り返すように。アパートの大家や大学の同級生・教授たちにも接触していることを知った正義は、母だけでなくリチャードにも迷惑がかかると考え、バイトを辞め自らも姿を消そうと試みるが……。

美貌の宝石商と就活中のバイト生が宝石にまつわる謎を解き明かすジュエルミステリシリーズ6巻。前巻まではリチャードの過去や家族関係についての問題を解決するという流れだったが、今巻では正義の過去にまつわる問題が浮上するという展開に。

前半はこれまで通りお客様、そして正義の片想い相手である谷本さんが抱える問題をふたりが解決していくという流れなのだが、中盤で正義の実父・染野が現れてからは雲行きが怪しくなる。「言葉が通じない人間」のお手本のような染野は、自分がこれまでしてきたことに対していいとか悪い以前にそもそもなんとも思っておらず、なおかつ自分が一番かわいいタイプの人間なのだろう。彼の台詞は当事者である正義でなくとも腹立たしくなるようなものばかりで、そんな言葉を聞かされては正義がまともに思考できなくなってしまうのも無理からぬ話。制度上ふたりは「他人」であり、または「元家族」であるからこそなおさら。

しかし誰にも頼らず姿を消そうとしていた正義の動きに、やはりちゃんと気付いたのはリチャード。まあそれを知った方法(というかそれをもたらした人物)はアレだが(笑)、そこでリチャードがもらした本音がなんとも刺さる。これまでの事件を通して距離を縮めていっていたはずのふたりなのに、心はどこかで隔たっていた――正義の方が明らかに線引きをしていたというリチャードの訴えは、思い起こしてみれば確かに、とうなずけるもの。あれだけリチャードのために心を砕き行動に移した正義が、それでもどこかで相手が自分には近付けないよう線を引いていた――相手の方に踏み込みはするが、自分の方には踏み込ませないようにしていたという事実に傷ついたのはリチャードだろうが、しかしそこで彼が「傷つく」という心境に至ったのは、彼が正義に踏み込まれることをよしとしているからこそ。その美貌のせいもあって、これまで他者と深い関係をほとんど持ってこなかったであろうリチャードが、正義の存在をここまで認めていたということがわかるエピソードになっていて、かなりぐっとくるものが。

そんなこんなで絆が深まったふたりだが、実は今巻で第1部完結。続刊はあるようで、今巻の最初と最後に置かれたエピソードがそれにつながるのかもしれない。なのでとにかく第2部の再会をお待ちしております、ということで。


◇前巻→「宝石商リチャード氏の謎鑑定 祝福のペリドット」


大学3年生になり、就職活動を始めることになった正義。周囲の勧めもあって、公務員だけでなく一般企業の試験も受けることにはしたものの、自己分析でつまづき悩む日々を送っていた。そんなある日、喫茶店でトラブルに巻き込まれかけた正義だったが、近くに座っていた老婦人に助けられる。老婦人が大きな荷物を持っていることに気付いた正義は、お礼代わりに彼女を家まで送るが、逆に引き留められてお茶をごちそうされてしまう。そこで出された手作りのプリン、そして彼女が昔イギリスに留学していたということを知った正義は、彼女にいくつか話をしてその反応を確かめ、さらにはそのプリンを再現し、リチャードに出してみることに。果たして正義の予感は的中する――例の老婦人・智恵子は、幼いリチャードの日本語教師を務めていた人物だったのだ。智恵子本人から口止めされているため直接説明できない正義に対し、リチャードは自分の姓に母親のそれである「ドヴルピアン」を入れた理由――智恵子との過去について語り始め……。(「祝福のペリドット」)

美貌の宝石商とその助手のお人好し大学生が宝石にまつわる謎を解き明かすミステリ連作、シリーズ第5弾。

今回は正義の就活とリチャードの過去話がメイン。前半は現在編で、「エトランジェ」に相変わらず謎が持ち込まれるのだが、今回やって来るのはリチャードのケンカ仲間(?)であるジュエリーデザイナーの真夜と、これまでもしばしば登場した画家の乙村。前者はリチャードの弟子仲間(真夜もシャウル氏の下で学んでいたことがあるらしい)という関係らしいが、リチャード曰く「いじめ合っていた仲」というような関係の人がいたというのには驚き(笑)。後者は珍しく乙村自身が謎を提示してくる――しかもかなり重めの――ということで、まさに一触即発といった深刻な雰囲気が漂うエピソードなのだが、そこをがらっと変えてしまうのはやはり正義。いいコンビだなあと改めて感じざるを得ない。

そして後半はリチャードの過去話。一方はシャウル氏との出会いについて、もう一方は表題作となっている、彼の姓「ドヴルピアン」にまつわるエピソード。特に前者のリチャードのやさぐれっぷり(ちょうど例の遺言騒動のせいで、恋人と別れさせられた頃の話)というのは、今の彼からは想像もつかないような状態で、最初本当にこれが彼なのかと驚かされてしまう。しかしシャウル氏との掛け合いを見ていると、今のリチャードと正義の関係によく似ているというのが面白い。ついでこの頃ロイヤルミルクティーにハマり、現在の甘味大王になったというエピソードには笑ってしまった。

そんな感じで相変わらずなふたりの日常ではあるが、正義も、そしてリチャード本人も、リチャードの対応が以前とは変わったことに気付いている模様。それがなんなのかはまだ明言されてはいないが、これから就活でバイトもままならなくなるだろうという状況で、ふたりの関係がどうなっていくのか気になるところ。


◇前巻→「宝石商リチャード氏の謎鑑定 導きのラピスラズリ」


リチャードが店を閉め、姿を消した。もう戻ってこないともとれるメッセージにショックを受けるも、彼がどこにいったのかまるで手掛かりがつかめない正義。しかしある日、閉店中のエトランジェにリチャードの師匠であるシャウルがやって来る。リチャードがイギリスへ向かう飛行機に乗ろうとしていることを知った正義は、シャウルからもたさられた情報をもとに、単身イギリスへと向かうことに。するとその途上で現れたのはリチャードのいとこと名乗る青年・ジェフリー。ジェフリーは正義の身の上についてすべて調査済みらしく、さらにはリチャードの過去と、その身に降りかかっている問題についても滔々と語り……。

リチャードが消えた!?という驚愕のラストから待ちに待ったシリーズ4巻は、美しき宝石商リチャードの正体と過去に迫るという展開に。

まるで恋人に突然逃げられたかのような心境に陥る正義に、リチャードの師であるシャウルは告げる――「納得したい」からリチャードの行先を探すとして、その先になにがあるのか、あるいはどうしたいのか、と。確かにそれは気になるところで、会ってその真意をただすことができれば当座は納得できるだろうが、正義のこの状態を見る限りでは、それで「じゃあそういうことで」と落ち着けるとも思えない。しかし本人にも言語化できないこのもやもやを整理してくれたのは谷本さん。鉱物になぞらえた彼女の説明はとてもわかりやすくて、さすが(正義にとっての)天使!いい娘だ……これで決定的に正義との間の「好意」がすれ違っていないのならなおさら……と思いつつも、まあそのズレもまた天使だなあということで。

ともあれ、ようやく自分の気持ちをひとまず整理したところで、イギリスに向かった正義を待ち受けていたのは、リチャードの実家・クレモント伯爵家の「呪い」ともいうべき因縁。宝石に罪はないとリチャードはよく口にするし、まさにその通りではあるのだが、しかしその宝石を核に、ひとは争いの種を仕掛けてしまう。あるいはそれすらも罪なき美しさがはらむ業のようなものなのか。それでも正義はその呪いに惑わされず、リチャードを救おうと腐心する。そしてリチャードもまた、正義を自分の事情に巻き込まぬよう心を砕くのだ。なんという不器用で似た者同士なふたりなんだ、と読んでいて胸が熱くなってくる。もういいよふたりが相手をどう思っているかとかそれは愛かどうかとかそういうのは、としか言えなくなってくるのだ。そうやって新たな一歩を踏み出したふたりの関係をまだまだ見続けていたい。


◇前巻→「宝石商リチャード氏の謎鑑定 天使のアクアマリン」


銀座に店舗を構えるジュエリーショップ「エトランジェ」で正義がバイトを始めて半年近くが経過。店主であるリチャードとの仲もそれなりに良好……のはずだったが、最近のリチャードの態度が、以前に比べると精彩を欠き始めていることに正義は気付いてしまう。そんな矢先、友人からの依頼で置田という女子学生の相談を受けることに。いわく、彼氏が突然、トルコ石の耳飾りを置田に渡して行方知れずになってしまったのだ、と。何か理由があるのではと嘆く置田に、石に込められた意味を説明し、励まして帰したリチャードだったが、その直後から怒りをにじませた態度をあらわにする。これまでに見たこともないようなその態度にたじろぐ正義に対し、リチャードが見せたのは、置田のものとまったく同じ耳飾り。もちろん置田のものもそうだが、このトルコ石は偽物なのだという。なんでもここのところ、この偽トルコ石を使ってデート商法を行う輩がいるらしい。激怒するリチャードに驚きつつ、正義はリチャードの手伝いおよびブレーキ役を買って出るが……。

超絶美形の宝石商リチャードとバイト生の正義が、宝石にまつわる様々な問題を解決してゆくライトミステリシリーズ3巻。今巻ではついにリチャードの謎の一端が明かされるという展開に。

トパーズを求める中年夫婦とのやりとり、偽トルコ石を使ったデート商法の撃退、翡翠をめぐるオークションの攻防……店に持ちこまれたいくつかの問題を解決していく中で、正義と同じくどうも気になるのがリチャードの態度。ふとした瞬間にリチャードが見せるのは、いつもとは明らかに違う態度――もしかしたらこれまであの美しい表情の下に隠し続けていた、彼の素の姿なのかもしれない。しかしその状態は正義に心を許したからなのかもしれないが、態度から察するにいい兆候とも思えない。なにかを隠し続けながらも、最後のエピソード「天使のアクアマリン」では、谷本への片想いを諦めようとする正義の背中を押してくれる。相変わらずの手厳しい口調ではあるが、そこにはリチャードの正義に対する想いが滲み出てくるようで微笑ましいが、一方でどこか切なくもある。

そしてそんな不穏な影が結実したのが今巻のラスト。とにかく「なんで!?」という感想しか浮かんでこない引きにはもうどうしてらいいかわからない。今回、おおまかにではあるが、明らかになったリチャードの出自。その出自ゆえに、かつて彼は愛する人と別れざるを得なかったのだという。今回のラストはきっとそのことも影響しているのだろうし、正義だってそのことに気付かないとも思えない。リチャードの真意、そして正義のこの後の動向が気になって仕方ない。


◇前巻→「宝石商リチャード氏の謎鑑定 エメラルドは踊る」


その日、リチャードの宝石店を訪れたのは、小学生とおぼしきひとりの少年。はじめと名乗ったその少年はポケットから1粒のキャッツアイを取り出し、これと同じものをリチャードに要求する。あくまでもはじめを客として扱うリチャードにならい、正義もはじめの相手をすることに。そこで聞き出せたのは、最近父親の仕事が忙しいこと、妊娠した母親が入院したこと、そしてはじめが可愛がっていた猫のミルクが父親によってどこかに連れていかれ、代わりにとそのキャッツアイを与えられたこと。一家にとって守り神のような存在だったミルクがいなくなったことで、はじめは父親への不信感を抱き始めているようで……。

ミステリアスな美貌の宝石鑑定士と、まっすぐだがどこかうかつ者なバイト生が、宝石に絡んだ様々な謎を解き明かすミステリ連作集、待ってましたの第2巻。

今回の謎は消えた猫とキャッツアイ、ガーネットの指輪を求める理由、神隠しのように消えては現れるエメラルドの首飾り、そして正義の先輩が抱える問題とオパール。宝石には良くも悪くも持ち主の人生を反映する、あるいは変える力が確かにある。とっかかりはたいてい正義のうかつさが招いたりもするのだが(笑)、リチャードは呆れながらもそんな絡まり合った人と宝石との縁をきちんと解し、改めて向き合うための力をくれるのだ。残念ながらオパールのエピソードはほろ苦い結末にはなってしまったが、それでもどこかで救われている部分はあるのだと、そう思う。

一方で気になって仕方ないのがやはりリチャードの存在。ミルクティー信仰と甘味大王ぶりは相変わらずを通り越してますます磨きがかかっているのだが、特に今回面白かったのは、余らせてしまった牛乳の使い道について。牛乳寒天を作ろうかと提案する正義に対するリチャードの反応、そして最終的なオチがおかしいやら可愛いやら。そして正義の天然すぎる人たらしぶり(主にリチャードに対して)も相変わらずで、だからこのふたりはいったいなんなんだ!としか言えないエピソードが随所にちりばめられている。もうどうしたらいいんだろうこれは(笑)。


◇前巻→「宝石商リチャード氏の謎鑑定」


酔っ払いに絡まれていた美貌の外国人男性を助けた大学生の中田正義。その外国人・リチャードが宝石商だということを知った正義は、祖母の形見であるピンク・サファイアの指輪の鑑定を依頼する。しかし2週間後、鑑定結果報告のために再会したリチャードは、この指輪に盗品の可能性があることを示唆。それを聞いた正義は、改めて指輪の来歴と祖母の素性について語り始め……。

宝石とその持ち主にまつわる謎を、美貌の宝石商とアルバイト青年が解き明かしてゆくライトミステリ連作。

なんといっても特筆すべきはリチャードという人物その人。誰もが振り向く絶世の美貌の持ち主で年齢不詳のスリランカ系英国人。日本語をはじめとする複数の言語を流暢に操り、週末のみ銀座に構えた店舗で客を迎える。ロイヤルミルクティーにこだわりがあり、甘いものには目がない。そもそも現在の店舗も正義と出会った頃に借りたばかりのようで、それ以前の経歴は一切不明。そして作中にその過去を示すような出来事はまったくといっていいほど起こらないのだから、はっきり言って作中で起きた事件よりも彼の存在そのものが謎だったりする。

とはいえそのあたりはさておき、その名の通りまっすぐで人のいい、まさに好青年な主人公・正義は、最初の指輪の事件を経てリチャードに認められ、アルバイトとしてスカウトされることに。お茶くみや掃除などの雑用をする中で、正義は店を訪れる客人たちと触れ合い、彼らが抱える悩みを(リチャードに眉を顰められながら)解決してゆくことに。婚約者からのブローチを鑑定に出してきた女性、やたらとリチャードをスカウトしたがるホスト、妻の形見のダイヤの加工を依頼しながらもどこか気乗りしない様子の老紳士……そんな彼らの悩みに、正義はするりとその懐に入り込んでゆく。その様子は不器用な部分も多々あるが、やはり本人の裏表ない素直すぎる性格によるものだろうし、リチャードもそんな正義の人となりに惹かれてスカウトすることになったのだろう。

そんなふたりの微妙な雇用関係(そのあたりリチャードどうなんだ……!?)もさることながら、リチャードが作中で語る宝石にまつわる知識、さらに正義の片想い相手である石マニアの同級生・谷本さんとの関係など、いろいろと面白い点ももりだくさんなので、ぜひ続編希望。

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辻村 七子

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世界の大半が戦争により破壊され疲弊していたものの、ようやくひと段落と言われている近未来では、時間遡行機「アリスの鏡」の開発により、失われた芸術品を過去から盗み帰るという泥棒めいた行為がまかり通るようになっていた。ジャバウォック社に所属する「ダブルゼロ・トゥウェルフス」――ルフもそんな泥棒のひとり。そのルフにこのたび会社から下されたのは、任務中にターゲットの美術品「冬のつぼみ」を持ったまま姿をくらました同僚にして幼なじみの「トリプルゼロ・フォース」を見つけ出し、「冬のつぼみ」を奪還するという任務だった。しかもそのフォースは、小説「椿姫」のモデルともなった高級娼婦マリー・デュプレシに成りすまし、19世紀のパリで暮らしているのだという。ルフはフォース――マリーの元を訪れ、「冬のつぼみ」と共に一緒に元の時代に戻るよう説得するが、マリーはあっさりとそれをつっぱねて……。

2014年コバルト・ロマン大賞受賞作は、過去と現在を往復するのではなく、過去を何度も繰り返すことを強いられたふたりの男女の物語。

会社を裏切り、高級娼婦として身体を売り、さらには肺病に冒され死ぬことが運命づけられているにも関わらず、頑なにルフの説得には応じないマリー。ルフには最初、その理由がまったく分からないでいたが、そのうち自分の置かれた状況の異変に気付いてしまう。「アリスの鏡」をくぐれば本来の時間軸に戻れるはずが、なぜか19世紀にやってきた最初のタイミングに戻らされてしまうという事実――そしてそのたびに自分の存在が分裂してゆくという事実を。何度ループしてもマリーがルフの要求をのむことはなく、そしてそのさなかで彼女はどんどん弱り、死に至る――その繰り返し。悪夢とも言えるその状況にルフは精神を擦り減らし、しかし一方でマリーの真意にも近付いてゆく。

マリーとの再会から死別までを何度も繰り返し、「ルフ」はどんどんその存在を分裂させてゆく。そして新しく分裂するたびに行動パターンを変え、マリーにつかず離れずのスタンスで彼女を援助してゆく。そこにあったのは任務に対する義務感、ループを繰り返すうちに呼び覚まされつつあった記憶への疑問、そしてマリーへの愛情だったのだろう。半ば捨て鉢とも取れるようなルフのループの状況は絶望の反芻としか言いようのない状態で、読んでいてとてもつらいものがあった。しかし幾度ものループを経て、ようやくある分岐点にたどり着いたシーンからラストまでのどんでん返しはまさにドラマチック。タイトル通りの時空の迷路から、いろんな意味で抜け出し、ようやく笑い合えるようになった結末に心から安堵させられた。作者の次回作にも期待大ということで。

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