phantasmagoria

読んだ本のこと、それ以上に買った本のこと、ときどきライブのことを書き散らかしてみたりする。 (当ブログは全文無断転載禁止です)

カテゴリ: 藤井太洋

ワン・モア・ヌーク (新潮文庫)
藤井 太洋
新潮社
2020-01-29

日本政府の要請で、東日本大震災における福島原発事故のレポートをまとめていたIAEAの技官・舘埜健也。そんな彼のもとに、CIAの調査員であるシアリー・リー・ナズが突然現れる。彼女が告げたのは、1年半前のシリアでの調査中にふたりを罠にかけ、爆殺しようとしたISISのテロリスト・イブラヒムが核爆弾の原料であるプルトニウムを日本に持ち込んだという知らせだった。一方そのころ、日本に入国したイブラヒムを、モデルでデザイナーの但馬樹が出迎えていた。――そして3月9日、但馬の企図通り、「原子爆弾の予告」と題された動画がアップロードされる。それは3月11日の0時、都内のある場所で原爆テロを起こすという宣言だった……。

「yom yom」vol.38〜46にて連載されたサスペンス長編の書籍化。2020年3月11日――まさに現在!――に予告された原爆テロと、それを阻止しようとする人々の奮闘が描かれてゆく。

日本人の但馬とウイグル出身のシェレペット、そしてテロリストであるイブラヒムたちが企てたのは、東京都内での原爆テロ。これを事前に察知したCIAのナズとIAEAの舘埜、そして別件でシェレペットを捜査していた公安部外事2課の早瀬と高嶺は、はからずも事件の最前線に立つこととなる。但馬がわざわざテロリストを日本に呼び寄せてまでテロを起こそうとした理由は、爆発予定日である「3.11」――東日本大震災と密接に繋がっていたが、その真意を見抜けていたのは舘埜たちと早瀬たちのみだったからだ。まさに最初から最後まで、舘埜たちや早瀬たち、イブラヒム、そして読者であるわたしも含め、但馬に翻弄され続けたといっていいこの物語は、彼女の独白でひとまずの幕を下ろす。自らの行為が確実に死刑に問われることをわかっていてもなお、彼女を動かしていたものはいったい何なのか――その「答え」はまさに現在、等しく目の前に横たわっている大きな問題に違いない。




流れ星の発生を予測し公表するwebサービス〈メテオ・ニュース〉を運営している木村和海は、10日前にイランが打ち上げた「サフィール3」の2段目のロケットブースターの行方を追っていた。しかし、米軍が公開しているデータによれば、そのロケットボディはなぜか高度を下げておらず、どころか加速がかかっているようでもあった。そんな中、アマチュア天文写真家であるオジー・カニンガムは、「サフィール3」のロケットボディに何かが接近し、加速させているのを目撃。「神の杖」と名付けてネットに公開するのだった。さらに時同じくして、北朝鮮の指導者が「鉄槌」という言葉を用いて宇宙戦略に関する演説を行い、人々はオジーの「神の杖」とその「鉄槌」とを結びつけて考えるように。それらのせいで〈メテオ・ニュース〉も注目度が上がりつつあったのだが、サイトを作成しているITエンジニアの沼田明利は、オジーが抗議交じりに送ってきた観測データから、実際に「サフィール3」のロケットボディ周辺で起きていることを可視化することに成功。和海もまた、「神の杖」などではない、もっと別の機構によるものだということに気付くが……。

2020年の近未来を舞台に、世界を揺るがすスペーステロを描くSFサスペンス長編。第35回日本SF大賞および第46回星雲賞日本長編部門、さらにベストSF2014国内篇第1位を獲得している。

webサイト〈メテオ・ニュース〉を運営する和海と明利、JAXA職員の黒崎と関口、テヘラン工科大学所属の宇宙工学者ジャムシェド、アマチュア天文家のカニンガム、CIAにNORAD、そしてこのタイミングで民間人として宇宙へと向かったロニーとジュディ親子……様々な立場の人々がいつの間にか軌道上に現れていた宇宙機「スペース・テザー」の存在に気付き、実証を試みる。そんな中、ある目的をもってこれらを周到に用意していたのが、北朝鮮の工作員・チャンスとその協力者である元JAXA職員の白石。物語はひとまず、和海たちがチャンス・白石ペアの目的を探り、彼らの狙いをくじこうとする流れに。一介のweb制作者である和海が、国家レベルの組織と渡り合いながら次々と謎を解き明かしていく展開には清々しいものがある。

一方で、かつてはJAXAの職員だった白石がなぜ北朝鮮に向かい、何のためにこのスペース・テザーによる「事件」を起こそうとしているかという点については、一概に非難するのも難しい。地球には国境があるけれど、宇宙にはそれがない――かといって、誰にでも開かれているわけではなく、そこには資金力や技術力といった厳然たる壁が存在している。さらには早い者勝ちとでもいうべきか、大国がこぞって衛星を打ち上げ、宇宙空間を実質的に占拠している状況であればなおさら。

しかし実力行使で道を切り開こうとする白石たちに対し、和海はあくまでもスペース・テザーが持つ可能性について訴える。たくさんの可能性を秘めた新しい技術の、新しい使い方をみんなで模索すべきだと。作者の訴えるテーマはここでも一貫している。よりよい未来のために。この先に待つ未来がどんなものなのか見てみたくなる。

Gene Mapper -full build- (ハヤカワ文庫JA)
藤井 太洋
早川書房
2013-04-30

遺伝子設計された「蒸留作物」が食卓を支えるようになった近未来。L&Bコーポレーションの大規模プロジェクト〈マザー・メコン〉で使われる最新モデルの稲「SR06」が突然変異を起こし、設計者である遺伝子デザイナーの林田のもとに、L&Bのエージェント・黒川から連絡が入る。「SR06」は何らかの原因で、イネ赤錆病に耐性のない旧来型の植物に変化していることが判明。変異後の「SR06」――「汚染稲」が具体的に何に変わったのかを調べるため、林田はキタムラと名乗るハッカーを雇って、埋もれてしまったインターネット時代のデータのサルベージを行いつつ、黒川と共に調査に乗り出すが……。

2012年に電子書籍として個人出版された作品を増補改稿した近未来SFサスペンス長編。遺伝子デザイナーと企業エージェント、研究者にハッカーといったスペシャリストたちが、突然変異した人工作物の謎に迫ってゆく。

2014年に「インターネット追放」なるコンピュータープログラムの暴走によってネット空間のデータは失われ、「トゥルーネット」と呼ばれる新たなネット空間と拡張現実が広く利用されている近未来の世界。そして「蒸留作物」と呼ばれる、遺伝子設計された植物が人々の食生活を支えている。遠すぎず近すぎない、まさに私たちが「科学技術が進歩した未来」として思い描くような世界が舞台であるという時点でなんだかわくわくしてしまう本作。そんな中、主人公の林田は、自分がデザインした稲の変異の原因を探るべく、日本からホーチミン、さらにプノンペンへと飛び回ることになる。

遺伝子設計され、完璧に管理されている農場で起きた変異、そしてバッタの大量発生……これらの事象は自然な出来事ではなく、ある陰謀が隠されていることが次第に明らかに。さらに調査を進める中で、L&B内部の問題や、エージェントである黒川の疑惑などが浮上し、いったい誰を信じたらいいのかわからない展開が続いていく。変異の真相が明らかになったものの、その解決には大きな問題がついてくることがわかるのだが、林田はそこで悩んだ末に決断を下す。一歩間違えば世界を変えかねない状況下で彼が選択した「答え」は、先日読んだ作者の最新作「ハロー・ワールド」で主人公が下した決断ととてもよく似ている。林田が自分の生きる世界を信じられたように、世界を良い方に変えていく力が、この現実世界にもあってほしいと思う。

公正的戦闘規範 (ハヤカワ文庫JA)
藤井 太洋
早川書房
2017-08-24

かつて人民解放軍に所属していた趙公正は、現在は上海にある日系ゲーム会社で働いていた。春節を挟む休暇のため故郷に戻ろうとしていた公正だったが、列車の中で軍人に呼び止められ、特別車両へと連行される。そこで彼を待っていたのは、勤め先の会社である日本人の九摩と同僚のアイパシャ・ウークチンだった。彼女の父親はウイグル独立派の指導者で、AI制御の超小型ドローン「兵蜂」が初めて殺した人物。ただし、この「兵蜂」は運用の初期段階――つまりウークチンが殺された頃――において、官製スマートフォン内蔵のアプリゲーム〈偵判打〉を通して人間が操作していたのだと九摩は告げる。実は公正もかつてそのアプリで「遊んで」いたことがあり……。(「公正的戦闘規範」)

2013〜2016年にかけて雑誌やアンソロジー等に発表された短編4作に、書き下ろし「軌道の環」を含めた、作者初となる短編集。

表題作のタイトルとなっている「公正」というのは、おそらく主人公の名前と、本来の意味での「公正」をかけたものだと思われる。趙公正にとっての、あるいは(世間一般的に)公正なルール。知らず知らずのうちに見知らぬ誰かを殺してしまっていた公正の苦しみも、そういった存在に父親を殺されたアイパシャの哀しみも測りがたいものであり、どちらがよりつらいか、重いことなのか、などとジャッジすることはできない。しかしそこでアイパシャが公正に復讐しようとする――という流れにはならない。ふたりにはこの後さらに「ひどいこと」が起きていて、アイパシャの憎悪が向かう先はもっと別の場所となる。そしてそれを受けた九摩によって提示されたのが、戦場における新たな「ルール」だった。

技術の発達や進化というのは素晴らしいことで、それはつまり人類に「できること」が増え、新たなステージに立てるようになるということを意味する。しかしそれをどう活かすかも人類次第なのは言うまでもない。量子コンピューティングで未来予測が可能になる「常夏の夜」や、証券取引用に作成されたAIが思わぬ進化を遂げる「第二内戦」などはどちらかといえば正の方向へ活かされた事例で、逆に表題作のように戦争やテロに用いられるようになるのは負の方向へ活かされた事例と言えるだろう(もちろんどの作品も「それだけ」ではないのだが)。モノはあくまでもモノにすぎず、そこに善悪の区別は付与されていない。どう意味を付けていくかはもちろん、使う人次第。もしそれが人々の手に余るほどに成長してしまうことももちろんあるだろうが、だとしてもその手綱は人々が責任を持って握らなければならない。そんな様々なことを考えさせられる作品集だった。

【Amazon.co.jp限定】ハロー・ワールド(特典: オリジナルショートストーリー データ配信)
藤井 太洋
講談社
2018-10-18

ITベンチャー企業「エッジ」に勤めるエンジニア・文椎泰洋は、グーグルのエンジニアである郭瀬敦、泰洋が出向中のソフト会社に勤める汪静英と共に、iPhone用の広告ブロックアプリ〈ブランケン〉を開発・販売していた。そんなある日、〈ブランケン〉がなぜかインドネシアで爆発的に売れ始める――特別な広報活動をしたわけでもなく、また高性能で安い類似アプリが多数あるにも関わらず。調査を進めていくと、インドネシアの政府広報が〈ブランケン〉でしか消せないということが判明。さらにその先に、iPhoneのセキュリティホールにも関わるような、思いがけないエラーが発生していて……。(「ハロー・ワールド」)

「小説現代」に2016〜2017年にかけて発表されていた短編4作に書き下ろし1作を含めた連作集。少し未来の世界を舞台に、「なんでも屋」を自称するエンジニア・文椎泰洋が新たなIT技術とこれにまつわる問題にぶつかる様子が描かれている。

主人公の泰洋は、基本的には「エッジ」の社員として、新型ドローンの販売業務で世界中を飛び回っている。表題作では日本にいるが、アマゾンの配送ドローンがすべて同じ場所に向かってしまう現象に遭遇する「行き先は特異点」はアメリカが、クーデターに巻き込まれデモ用のドローンを接収されてしまう「五色革命」はタイが舞台。やがて彼は「巨象の肩に乗って」で、Twitterが中国で使用できるようになった――つまり中国当局に全情報の盗聴を許した――ことに憤慨し、類似サービスであるマストドンに革命的なインスタンスを作成し、そのために警察に目を付けられて海外に拠点を移す羽目に。その続編となる書き下ろしの「めぐみの雨が降る」では、半ば誘拐される形で中国へ向かうことに。世界各地を舞台とすることで、海外でのIT産業の現状が浮き彫りになっていくのというのも興味深い。

後半の2作では、泰洋は新たな発想でもってインターネットの「自由」を守ろうとする。郭瀬などは金になるアイディアであるのにここで使ってしまっていいのか?とたしなめるが、誰もが好きなように情報を利用でき、かつその権利が守られることを願って、泰洋は持てる力を新たな「世界」のためにすべて注いでゆくのだ。その根底にあったのはおそらく、インドネシアでの〈ブランケン〉騒動と、タイでのクーデターを目の当たりにしたことだろう。近代化や外交などのおかげで確かにこれらの途上国は「豊か」になりつつある。しかし「豊か」であることと、人々が「自由」であることは必ずしも一致していないことに気付いてしまったから。だからこそ、自分にできることをできる範囲でしようと志す泰洋のスタンスはとても清々しい。

タイトルの「ハロー・ワールド」というのは、ソフトウェア開発の最初にプログラムに書かせる文字列なのだという。それを泰洋は「うまくいきますように、っていうおまじない」と表現する。彼にとっては文字通り、新しい世界の扉を叩く時に発する言葉であり、彼と「世界」とを繋げる呪文であるのだろう。何度も繰り返されるこの言葉が、最後まで強く印象に残った。

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