phantasmagoria

読んだ本のこと、それ以上に買った本のこと、ときどきライブのことを書き散らかしてみたりする。

カテゴリ: 木皿泉

Q10 1 (河出文庫)
木皿 泉
河出書房新社
2019-02-06


Q10 2 (河出文庫)
木皿泉
河出書房新社
2019-02-05

平凡な高校生・深井平太は、ひょんなことから「Q10」と刻印された少女型のロボットを起動させてしまう。「キュート」と名付けられたそのロボットは、平太を管理者とみなしてついてくるように。このロボットの拾い主である校長・岸井のはからいで、キュートは平太のトクラスに「編入」してくることに。一般常識も気にせず自由に振る舞うキュートの姿に、平太はいつしか惹かれ始めて……。

2010年に放送された同名ドラマのシナリオ集。全9話分のシナリオに加え、ドラマDVDのブックレットに収録された後日談「Q10 #2015」と、書き下ろしとなる短編「八十年後、丘の上で」も収録されている。

このあらすじだけ見ると、よくある「ロボットの美少女と平凡な男子高生のラブコメもの」のように見える。しかし平太は一時大病を患って生死の境をさまよったことがあるし、クラスメイトたちも様々な問題を抱えながら高校生活を送っている。びっくりするような大きな事件は起こらず、ただ平太たちの日常が続いていく。そんな中でくじけそうになったり、諦めたくなったり……というような後ろ向きな想いを抱いたり、あるいは生きることそのものに絶望したりするのだが、そんな中にキュートはほんの少し、ささやかな風穴を開けていき、そこから吹き込むわずかな風が、平太たちを少しずつ変えていくのだ。

そうやって現実のままならなさと向き合い、乗り越えたり回り道しながら前に進んでいく平太たちだが、そこに現れたのは引きこもりのクラスメイト・月子。彼女はキュートの正体を知っており、意味深な発言や行動で平太を翻弄していく。次第に物語は青春群像劇から少しずつ逸脱し、SFめいた展開になっていくのだが、その底に流れているのはやはり「愛」なのだろう。ロボットであるキュートに惹かれ始めた平太は、しかし相手がロボットであるという事実に尻込みし、自身の想いから目を背けようとする。そんな彼がいつしか自分の想いを素直に認め、そして月子の突き付ける問題についても逃げずにきちんと考え、結論を出していく姿にはぐっとくるものがある。何もかも、なかったことにはならない。きっといつかまた、どこかで会える。そんなラストが印象に残った。

くらげが眠るまで (河出文庫 き 7-10)
木皿 泉
河出書房新社
2019-11-06

出町家のリビングで、今日も夫の信之と妻の杳子はたわいのない会話を繰り返している。例えば昔飼っていた犬のこと。例えばなにひとつ口に出していないのに、信之が思い出そうとしていた昔の俳優の名前を杳子が言い当てること。例えば葬式帰りに、どちらが先に死んでしまうのかと考えること。そんなふたりの姿を、出町家で飼われているくらげがゆらゆらと見つめている……。

1998〜1999年にかけてスカパーで放送されていた同名ドラマの脚本集。バツイチで年上だけどどこか頼りない夫・信之と、しっかり者の若奥さん・杳子のユルくも楽しい日々が描かれていく。

特に大きな問題が起こるわけでもなく、ふたりの日々はささやかに過ぎていく。たわいもない会話からふたりの職業や性格、関係性、実家との繋がり具合など、何の説明もなくとも様々なことがうかがえるのだが、そこにもやはりびっくりするような問題やその種が潜んでいるということもなく、ただただありふれた、どこにでもいそうな夫婦の姿が描かれていく。けれどそこには確かに「しあわせ」が見えてくる。価値観が同じだったり、互いの考えていることがわかったり、自分のヘンなところを相手が受け入れてくれたり――そんな相手がそばにいてくれたらどんなにか幸せだろうと、そう微笑ましく思えるふたりの姿が印象に残った。

カゲロボ
木皿 泉
新潮社
2019-03-22

小3の時に初めて「カゲロボ」という存在の噂を聞いた笹野冬。それは人間そっくりのロボットで、家庭や学校で虐待やイジメなどが行われていないかをチェックするための監視カメラのような存在であるらしい。そのことを改めて思い出したのは、冬の同級生が自殺したときのことだった。事件の直後に学校を早退したGという女生徒が、自殺した生徒をいじめていた犯人だとカゲロボに告発され、警察に呼ばれたという噂が広まっていたのだ。そのことが気になった冬はGに会いに行くことに。彼女は自分が疑われていることではなく、自殺した生徒のことを誰も悲しんでいないことに憤慨していたのだ。しかしクラスで目立たない冬がわざわざGと話しに行っていたことが周囲にバレ、Gはイジリの対象として扱われ始める。そこでGは自分こそがカゲロボである、という噂を自ら流し、周囲を牽制するが……。(「はだ」)

2014〜2016年にかけて「波」および「小説新潮」に掲載されていた短編をまとめた連作集。「カゲロボ」という存在が見え隠れする世界で、不意に湧き上がる悩みや苦しみを抱える人々に寄り添い、救いを与えてくれる物語。

自らを「カゲロボ」と称した女生徒、いじめっ子に強要されて猫の足を切った少年、友人であるはずの女性に翻弄され自分を見失う老女、不登校のクラスメイトの代わりだという「箱」を渡された少年……他にもたくさんの人々が登場するが、彼らはその時、どうしようもなく「ひとり」だった。そしてひとりだったからこそ、直面した問題にもうまく立ち向かえないでいた。そんな彼らの前に現れたのは、彼らを真正面から見つめてくれる「誰か」の存在だった。

その「誰か」は常に実在する何者かではありえない。時には「カゲロボ」と呼ばれる都市伝説であり、またある時には自分以外にその存在を立証できない第三者であったりする。しかしそうやって自分以外の他者と向き合い、見つめられることによって、彼らは自分の在り方を、そして明日から生きていく方法を、再びその手に掴み直すのだ。「かげ」というエピソードで、飼い猫(として一緒に暮らしていたロボット)を喪った明日美は、「シュレディンガーの猫」の話を思い出す。それは「生きている猫」と「死んでいる猫」が箱の中で重なり合っているという、有名な思考実験のことであるが、この「実験」そのものが本作のテーマであるようにも思える。日常と非日常――「何か起きること」と「何も起きないこと」は重なり合っていて、たまたまどちらかを選びとっているだけに過ぎないのが「現実」。そして誰かに観測されることで、ふたつの状態が重なり合う箱の中身が確定するように、彼らもまた誰かと向き合い、あるいは見守られることによって、自身の存在を確定させることができるのだ、というような。そうしてそれは、足元のぐらついた、不安定な「彼」または「彼女」の支えとなるのだと

さざなみのよる
木皿 泉
河出書房新社
2018-04-18

小国ナスミ、43歳。実家は富士山が見える小さな町にある「富士ファミリー」というコンビニ……もといスーパーのようなものを経営しており、若い頃は上京して働いていたものの、結婚してから故郷に戻り、夫と共にその手伝いをしている。現在、癌が発覚したナスミは入院している。姉の鷹子や夫の日出男が出入りするのを眺めたり、知人や親戚のお見舞いを受けながら、彼女は自分のこれまでのこと、そして鷹子や英雄との思い出などを反芻しつつ、やってくる「死」をただ待ち続けていた……。

脚本家である作者の第2作目となる小説作品は、2016年と2017年に放送されたドラマ「富士ファミリー」にまつわる物語。

ドラマではナスミはすでに亡く、そんな彼女の幽霊が鷹子や笑子の前に現れるというストーリーだったが、本作はその前後のエピソード。ナスミが亡くなる前、そして亡くなった後に、彼女本人やその周辺の人々――「富士ファミリー」の面々はもちろん、幼馴染だったり、果ては彼女が出会っていない人物(日出男の再婚相手の娘)などの視点から、ナスミという人物、そして彼女がもたらしたものが描かれてゆく。

どこか蓮っ葉だったり破天荒だったりと、姉の鷹子の堅実ぶりとはかけ離れた性格の持ち主であるナスミ。しかしそんな彼女が生前に発していた何気ないひとことは、残された人々の心の片隅にひっそりと息づいていた。中にはナスミが死ぬまでその言葉を反芻することがなかった者もいただろう。しかしそれは薄情という意味には決してならないと思う。彼女がいたからこそ今があって、そしてこれからがある。人はそこに「いる」というだけで誰かに影響を及ぼしているに違いない。死というのは単純に見ればその存在が喪われることである。しかし喪失は物事をゼロやマイナスにするだけではない。失ったことで再び見えてくるものも、改めて得られるものも、そして先へと続いていくものもある。そんな希望に満ちた物語だった。

ON THE WAY COMEDY 道草 袖ふりあう人々篇 (河出文庫)ON THE WAY COMEDY 道草 袖ふりあう人々篇 (河出文庫)
木皿 泉

河出書房新社 2014-02-06
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ON THE WAY COMEDY 道草 浮世は奇々怪々篇 (河出文庫)ON THE WAY COMEDY 道草 浮世は奇々怪々篇 (河出文庫)
木皿 泉

河出書房新社 2014-02-06
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タクシードライバーの八代善吉は、日々様々な客を乗せているが、その中には妙に印象に残る客もいる。例えば日々の生活に疲れきっているようなOLだったり、見合いに財布を忘れていった息子を追いかける母親だったり、現世に未練を残した幽霊だったり、おバカアイドル(と見せかけて本当は普通の娘)だったり……。(袖ふりあう人々篇「人情タクシー」シリーズ)

「平田家の人々篇」「愛はミラクル篇」に続く、FMラジオシリーズ「道草」のシナリオ集第3〜4弾。「袖ふりあう人々篇」では、ひょんなことから知り合った人々が織り成す不思議な関係を、「浮世は奇々怪々篇」では、様々な仕事(?)の中で生じる関係をそれぞれ描いてゆく。

この2冊の中で特に面白かったのは「浮世は奇々怪々篇」に収録されている「つんのめる都市伝説」シリーズ。課長の大場とその部下の万平による掛け合いドラマなのだが、この万平が並々ならぬオカルトマニアで、社内にミステリー研究会を作ってしまうほど。だが彼が語る都市伝説はどうも脱力風味。大場はそれに呆れたり、まれに驚かされたり、その趣味を逆手にとって万平の行動を操ってみたり(笑)。最終話では、オカルト現象に興味がなくなり意気消沈する万平を、妖怪に操られているから気力が失せたのでは?と大場が励まし(?)、その言葉で復活するという妙なオチに。そんな逆転の発想というか、「なんでそんなことに?」的なオチに持って行かれるエピソードが多いのがなんともいい。


◇前巻→「ON THE WAY COMEDY 道草 平田家の人々篇」「ON THE WAY COMEDY 道草 愛はミラクル篇」

ON THE WAY COMEDY 道草 平田家の人々篇 (河出文庫)ON THE WAY COMEDY 道草 平田家の人々篇 (河出文庫)
木皿 泉

河出書房新社 2013-12-06
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ON THE WAY COMEDY 道草 愛はミラクル篇 (河出文庫)ON THE WAY COMEDY 道草 愛はミラクル篇 (河出文庫)
木皿 泉

河出書房新社 2013-12-06
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会社員・平田小吉の妻・小麦が入院することになり、家には小吉と、中3の娘・歩が残される。中学生の娘にどう接していいかわからず困惑する小吉だったが、話してみればうまくいっているような、そうでもないような……。(平田家の人々篇「時には母のない子のように」)

西村雅彦を主役として、TOKYO FMにて月曜から木曜まで放送されていた5分間のショートラジオドラマシリーズ「ON THE WAY COMEDY 道草」。その中で木皿泉の担当分をまとめたシナリオ集が初の書籍化。今回はその中でも、平凡なサラリーマン・平田小吉を家長とする一家が登場する作品を集めた「平田家の人々篇」と、様々な夫婦や恋人同士を描いた「愛はミラクル篇」の2冊が刊行されている。

「平田家の人々篇」は、父親の平田小吉、妻の小麦、娘の歩、そして歩のクラスメートであるコンドー君が登場。たいていが小吉が運転する車の中で繰り広げられる。途中でコンドー君がニュージーランドに引っ越したり、かと思えば大学受験のために帰国して平田家に居候したりといったハプニングは起こるのだが、基本的には平田一家の時にゆるく、時にシリアスで、でも基本的にはあたたかい家族の姿が描かれていく。特にコンドー君が入ってくると、その傾向は顕著になる。外側から見ることで、見えてくるものもあるということか。

「愛はミラクル篇」には様々なカップル、または夫婦が登場する。ある時は父と娘だったり、妻に先立たれた男と義理の母という組み合わせだったりもするが、そこから見えてくるのはやはり、夫の妻に対する愛情だったり、娘や義母に対する家族愛だったり。

どちらにしても、その根底にはあるのはやっぱり愛であり、信頼であり、それによってもたらされる絆である。人間を愛していないと言いながらも、作者のまなざしのやさしさがどこかに見え隠れするような、そんな風に思える作品集だった。

すいか 1 (河出文庫)すいか 1 (河出文庫)
木皿 泉

河出書房新社 2013-08-06
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すいか 2 (河出文庫)すいか 2 (河出文庫)
木皿 泉 山田 あかね

河出書房新社 2013-08-06
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さえない信金OLの早川基子は、ある日同僚の馬場が3億円を横領して行方をくらましたことを知らされる。ショックを受けつつふらふらと歩いていた基子がたどり着いたのは、「ハピネス三茶」という名前の古びたアパートだった。大家の娘・ゆかに誘われるがままに中に入った基子が見たのは、本の重みで天井に空いた大穴、そして20年前にたまたま出会ったことのあった双子の少女の片割れで……。

2003年に放送された同名テレビドラマの脚本集。2巻には「オマケ」として、ドラマから10年後の「その後」が書かれている。

主人公の基子は結婚もせず出世もなくだらだらと実家暮らし、という現状に「煮詰まって」いる30代女性。そんなある時、同僚が横領事件を起こして行方不明になったことで、現状を打破すべく(とはいえある意味衝動的に)家を出て、ひとり暮らしをすることに。そこでたどり着いたのが、まかない付きの下宿「ハピネス三茶」なのだが、ここで暮らす人々はなんというかアクの強い人ばかり。20年前にも会ったことのある双子の片割れ・絆は売れないエロ漫画家で、双子の姉が1999年に亡くなったことで無気力気味に陥っているし、大学教授の夏子は本の重みで床をぶち抜いたりもする豪気な性格。ゆかも飄々としていてなんとなくつかみどころがない感じ。そんな中で基子は、はからずも「自分」というものを見つめ直してゆくことに。

軸となっているのは基子の「自分」探しのようなものではあるが、決してそれは大仰なものではなく、ごくささやかなこと。何も変わらない生活の中では見つからなかったちいさな出来事が、家を離れて暮らしてみて初めてわかる。そしてもうひとつ、逃亡を続ける馬場もまた、その中で初めて「日常」の大切さに気付かされてゆく。はからずもふたりは同じ頃に、これまで見えてこなかった「日常」の大切さを実感することになる。大小様々な出来事の中で、「当たり前のしあわせ」を見つけて、なんだかほっとする。そんな温かな物語だった。改めてドラマの方も見てみたくなってくる。

昨夜のカレー、明日のパン昨夜のカレー、明日のパン
木皿 泉

河出書房新社 2013-04-19
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夫の一樹を亡くしてから7年が経った今も、テツコは一樹の父である「ギフ」と一緒に暮らしている。そんなテツコに対し、恋人の岩井は結婚を切り出した。しかしテツコには、今の家を出て岩井と結婚するということに対してどうしても気が乗らず……。

本業はドラマ脚本家である木皿泉による、初の小説とのこと。
28歳の未亡人であるテツコと、その義父である「ギフ」のふたりの暮らしを軸に、彼らとその周辺の日々が描かれてゆく。

テツコとギフの周りには様々な人がいる。テツコの恋人の岩井。一樹の幼なじみのタカラ。テツコの友人で「山ガール」の小川。一樹の従兄弟である虎尾。彼らに共通しているのは、大切な人を喪っているということ。小川についてはまったく別の人ではあるが、それ以外の人々は一樹を。そして一樹の母でありギフの妻であった夕子を。

先に読んだ「ハル」もそうだったが、この作品でも「喪失と向き合う」ということが描かれていく。テツコは一樹を亡くしたのに実家にも帰らずそのまま居着いている。タカラは一樹の死をきっかけに笑えなくなってしまった。虎尾は一樹が乗っていた廃車寸前の車を捨てられない。そしてギフはテツコと暮らしていくことに、やはりどこか屈託を抱えている。

それまでいたはずの人が突然いなくなったとして、そこまでに築いてきた関係が消えてしまうわけではない。テツコとギフの関係はまさにそうで、絶ってしまっても問題ないはずなのに、それでも7年間も一緒に暮らし続けている。そして岩井はこれまで、それを外側から見ていることしかできないと感じていた。だが岩井のプロポーズがテツコに何の影響も及ぼさなかったわけではない。人はいつか死ぬ。いなくなる。けれどそれにとらわれ続けていていいわけがない。そうやってテツコもようやく、前を向いたのだと思う。そしてその時、岩井が外側から内側へわずかでも入ることができたのかもしれない。忘れるのではない。なかったことにするのではない。すべてを受け入れて、覚えておいて、そうやって生きてゆく。あの人がいた日常も、いない日常も、すべて同じ「日常」として。

ハル (WIT NOVEL)ハル (WIT NOVEL)
木皿泉

マッグガーデン 2013-05-31
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恋人のハルを飛行機事故で亡くしたくるみは、それ以来ふさぎこんで押入れに閉じこもっていた。そんな彼女のもとに、ケアセンターからハルそっくりのロボットがやってくる。ニセモノなんていらない、と拒むくるみに対し、ロボハルはかつてふたりがルービックキューブに書いていた願い事をひとつずつ叶え始める。そんなロボハルにくるみも少しずつ心を開いていくのだが、そんな時、ロボハルの前に幼なじみだという青年・リュウが現れる。さらにその矢先に判明した新たな願い事は、「ハルが暴力をふるいませんように」というもので……。

同名のアニメ映画を脚本家自らがノベライズ。

大切な人を亡くしたとして、その人にそっくりのロボットの存在が心の傷を癒すことになりうるのか――それは単なる逃避にすぎないのではないか、と思っていた。けれどそうではなかった。失ったものが還ってこないことも、代わりがあるわけがないこともわかっている。わかっていてなお、それでも向きあうために「ハル」は必要だったのだ。喪失と向き合うために。そして乗り越えて、前を向くために。深い絶望のその向こう側にも希望はある。それがやわらかく、そしてさらりと描かれている。映画は約60分という短いものなので、この小説も短い話ではあるが、映画と同じ、やわらかくあたたかな、再生の物語だった。

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