クラゲの姿をした海神への信仰が根付く港町で暮らしている遠田湊。学校図書館の司書として働くかたわら、一緒に暮らしている恋人・凪の「家業」も手伝っていた――日ごとに姿を変えるクラゲの水槽を持つ「海月館」は、後悔を抱え、海神のもとへたどり着けない死者がやってくる場所。凪はその死者たちの抱える公開を解消し、海へと還すことが務めなのだった。ある時、湊は自分の前任者であった櫻子という女性司書が通り魔に殺されていたこと、そして図書委員の吉野が櫻子の親戚であったことを知る。その日の夜、海月館に櫻子が現れ、「桜の栞」を渡してほしいという言葉を残していき……。
海神信仰の根強い港町で、後悔を抱える死者を送り続けるふたりの姿を描く連作集。
どちらかといえば穏やかで物静かそうな雰囲気の持ち主ではあるが、死者たちの後悔に寄り添い、解決しようと奔走する湊。そんな彼女を時にやさしく、時に意地悪に見守りながら、死者たちの声に耳を傾け続ける凪。しかし物語が進むにつれ、湊と凪の関係そのものにも謎が深まっていく。凪の「正体」については早い段階で提示されるのだが、すると今度は湊という人物が次第にとらえがたくなってくるのだ。
湊もまた、海月館を訪れる死者たちよりも深い後悔に囚われ続けている。その理由はもちろん凪にあるのだが、その立場や環境上、いくら不可思議な現象に対する理解があるのだとしても、彼への執着の度合いが尋常ではないのだ。凪は湊のことを離さないとうそぶきつつも、いざとなれば彼女を守るために身を引いてしまいそうなところがなくはないが、湊の方はそうではないように見える。自分の「おかしさ」を自覚しつつも、意識的にそれを止めるつもりはないし、本当の「最期」まで――あるいはそれを超えたとしても――凪の手を離すまいという心情が見て取れる。暗い夜にたゆたうクラゲ――そんな幻想的で、しかしどこか恐ろしいほどに美しい海月館の光景は、湊のこころの姿そのものなのかもしれない。





