phantasmagoria

読んだ本のこと、それ以上に買った本のこと、ときどきライブのことを書き散らかしてみたりする。 (当ブログは全文無断転載禁止です)

カテゴリ: 東堂燦


クラゲの姿をした海神への信仰が根付く港町で暮らしている遠田湊。学校図書館の司書として働くかたわら、一緒に暮らしている恋人・凪の「家業」も手伝っていた――日ごとに姿を変えるクラゲの水槽を持つ「海月館」は、後悔を抱え、海神のもとへたどり着けない死者がやってくる場所。凪はその死者たちの抱える公開を解消し、海へと還すことが務めなのだった。ある時、湊は自分の前任者であった櫻子という女性司書が通り魔に殺されていたこと、そして図書委員の吉野が櫻子の親戚であったことを知る。その日の夜、海月館に櫻子が現れ、「桜の栞」を渡してほしいという言葉を残していき……。

海神信仰の根強い港町で、後悔を抱える死者を送り続けるふたりの姿を描く連作集。

どちらかといえば穏やかで物静かそうな雰囲気の持ち主ではあるが、死者たちの後悔に寄り添い、解決しようと奔走する湊。そんな彼女を時にやさしく、時に意地悪に見守りながら、死者たちの声に耳を傾け続ける凪。しかし物語が進むにつれ、湊と凪の関係そのものにも謎が深まっていく。凪の「正体」については早い段階で提示されるのだが、すると今度は湊という人物が次第にとらえがたくなってくるのだ。

湊もまた、海月館を訪れる死者たちよりも深い後悔に囚われ続けている。その理由はもちろん凪にあるのだが、その立場や環境上、いくら不可思議な現象に対する理解があるのだとしても、彼への執着の度合いが尋常ではないのだ。凪は湊のことを離さないとうそぶきつつも、いざとなれば彼女を守るために身を引いてしまいそうなところがなくはないが、湊の方はそうではないように見える。自分の「おかしさ」を自覚しつつも、意識的にそれを止めるつもりはないし、本当の「最期」まで――あるいはそれを超えたとしても――凪の手を離すまいという心情が見て取れる。暗い夜にたゆたうクラゲ――そんな幻想的で、しかしどこか恐ろしいほどに美しい海月館の光景は、湊のこころの姿そのものなのかもしれない。


祖先が妖精を殺したことにより、触れた植物を枯らしてしまう呪いをかけられている少女・撫子。唯一の肉親であった父の死後、撫子はいつの間にか「朽野花織」という人物と結婚させられていたことを知る。果たして訪れた彼の屋敷「桂花館」に掲げられていたのは、「庭と妖精のこと、承ります」という謎の看板。桂花館の管理人だという青年・アドニスから、花織には会う気がないと告げられた撫子だったが、当の撫子はめげずに屋敷に居座り、なんとか花織に会えないかと画策。根負けした花織は、このたび持ち込まれた妖精にまつわる依頼を撫子が解決できれば会ってやるとの手紙を送るのだった。その依頼とは、桂花館の隣に住む撫子の従兄・蓮之助の後輩が持ち込んだ「妖精に呪われた絵」のこと。この絵は選んだ持ち主に悪夢を見せ、そのまま死に至らしめるといういわくつきのものらしく……。

妖精の呪いを解くことを生業とする造園家の青年と、緑に触れられないからこそ焦がれる天涯孤独の少女の出会いとその行く末を描くラブストーリー。

妖精に呪われているのは撫子だけでなかった――その「夫」である花織もまた、30歳になると死ぬという呪いにかけられていることが明らかになる。かくして撫子は自分の呪いだけでなく、花織の呪いを解くためにも奔走することになる。なぜ父は撫子と花織を結婚させたのか。「撫子の祖先が妖精を殺した」とはどういう意味なのか。やがて姿を現した花織との生活の中で、撫子は彼の優しさと残酷さとを知ることとなる。

気まぐれに突き放すような態度を取る花織だが、その裏に隠れているのは撫子への愛情に他ならない。しかしそのさらに裏にあるのは「もうすぐ自分は死ぬのだからどうでもいい」というような諦念。けれどその諦念ですら、どこか空虚さが見え隠れする。しかしそれは「死」に対する空虚さではなく、もっと別のもののように見える。その「何か」が知りたくて、撫子は懸命に花織に手を差し伸べようとする。一方で、撫子と同じように花織のことを慕う蓮之助は、しかし撫子とはまったく真逆の立場を示す。必要以上に関わらず、彼の重荷にならぬようにと――その意識に残るまいと、あえて距離を置いて振る舞っているのだ。だからこそ、花織の時間の中に自分との関わりを刻み付けようとする撫子に激しく反発するのだ。最初は勘当された撫子の父に対する反発心だけだと思っていたのだが、物語が進むにつれてそうでないことが見えてくるようになる。

すべては妖精殺し、この事件に集約されてゆく。その真相が明らかになった時、それでも撫子はひるむことなく前へ進み、花織へと手を伸ばす。そのまっすぐさがあまりにも眩しく、そして愛おしい。蓮之介の危惧する通り、それは撫子のエゴなのかもしれない。しかし花織のためにと彼に近付くことを止めない撫子の想いこそ「愛」と呼ぶべきものなのだろうし、それが花織をも動かす力となるに違いない。そんな希望に溢れた結末がとても良かった。


覚えているなかで最も古い記憶は7歳の頃、冬の樹海で右目に火傷を負っていた少年・イグニスに抱きしめられていたこと――それ以前の記憶を失い、今は人里離れた場所で薬師のアロと共に暮らすルーナエ。命の恩人である騎士・イグニスに淡い恋心を抱き、その来訪を心待ちにしながら静かに日々を過ごしていた。しかしルーナエが15歳の誕生日を迎えた頃、アロが失踪。残されていた王都から届いた不穏な手紙が手掛かりになると考えたルーナエは、その差出人を調べるために単身王都へと向かう。しかしそこで目の当たりにしたのは、街中で魔物に襲われ倒れ伏したイグニスの姿だった。イグニスを助けようとしたルーナエだったが、駆け付けた騎士のミセルはルーナエを《魔女》だと決めつけて捕らえ、拷問を加える。やがて意識を回復したイグニスに助け出されたルーナエは、事情を話して王都に留まることになるが、そこで《魔女》の存在について聞かされるのだった――いわく、《魔女》と名乗る存在が、まもなく王都で行われる儀式で魔物の卵を孵し、王都を蹂躙しようとしているのだ、と。そこでルーナエはイグニスの紹介で、しばらく聖堂付属病院で働くことになるが……。

過去にそれぞれ謎を秘めたふたりの男女が、惹かれ合いながらも王都を巡る陰謀に巻き込まれてゆくファンタジー長編。

養い親であるアロと、命の恩人でもある想い人・イグニスだけに囲まれた幸せな世界で生きてきたルーナエ。しかしアロの失踪を機に、彼女の運命は動き出す。失われた記憶に隠された彼女の出自。イグニスの右目に隠された秘密。そもそもなぜふたりは、魔物が潜む樹海で出会ったのか――王都を揺るがす《魔女》の事件、そしてこの世界を統べる太陽神の末裔「ソル・ノウェム」による預言が、すべての真相を暴き出してゆく。とにかくルーナエは立て続けにつらい目に遭ううえ、イグニスは彼女の恋心をやんわりはぐらかしてばかりで、見ていて切ないやら腹立たしいやら。

騎士として、そして人としては慕っているが、男としては最低だ、とイグニスを評したのは後輩騎士のミセル。言い過ぎのようにも見えるが実のところまったくその通りで、ルーナエに優しく接し、目に入れても痛くないというくらいの過保護ぶりを見せるイグニスだが、ルーナエがその想いをいくら口にしても、すべてはぐらかしあいまいな態度をとる。しかしそれでもルーナエを手放そうとはしない執着心を見せる。……とまあなかなか厄介なヒーローで、実のところすべての原因はイグニスにあるといっても過言ではないという事実が明らかになるのだが、それでもルーナエはそんなイグニスを受け止めようとする。健気ヒロインここに極まれり!としか言いようがないが、これもすべて愛、あるいは運命だったということなのかもしれない。それを思い知らされるかのようなソル・ノウェムの自嘲がなんとも物悲しいので、彼も救われてほしいと、そう思う。


誰もが精霊の存在を感じ、祝福を受け、あるいはそれを利用した「彩霊術」を行使し、不思議な現象を起こすことができる――はずなのに、ファラには生まれつき精霊を見ることができず、彩霊術も使うことができなかった。そこで勉学に励み、中央で文官として登用されることを目指していたファラだったが、4年連続で首席を取ったにも関わらず、学院はファラの卒業のみならず中央への推薦も認められないというのだ。恩師であるハキームが学院と交渉してくれた結果、3か月後の新年の祝祭で彩霊術を使えるようになっていれば卒業を認めるという条件を提示される。そしてそんなファラの教師役となったのは、同じ学院に在籍するこの国の第9王子・サーリヤだった。その身分の高さとは裏腹に、ファラのこれまでの努力を認め、心から賞賛をあらわにするサーリヤ。居心地の悪さを感じながらも、サーリヤのおかげで少しずつ術が使えるようになったファラだったが、どうしても「精霊が見えない」という事実をサーリヤに明かすことはできずにいて……。

2013年度ノベル大賞・佳作受賞作となったアラビア風ファンタジー長編。

この国の人間であれば誰しも当たり前にできることができない。そしてそれを誰にも話すことができない――それゆえに周囲との関わりを断ち、孤独をかこつファラ。しかしサーリヤと出会ってから彼女の日々は一変する。なんのくもりもなくファラの努力を称え、親身になって指導してくれるサーリヤの人の好さには、序盤では「何かウラがあるのでは……」とファラ以上に疑ってしまったがまったくもってそんなことはなかったのでひと安心。しかしサーリヤと懇意になったことで周囲の人々――特にサーリヤへの憧れが強い同級生・マリカの陰謀でとんでもない目に遭ってしまうファラ。殻を破りたいと願う気持ちと、やはり周囲とは関わりたくないという後ろ向きな気持ちが綯い交ぜになって苦しむファラの姿が涙を誘う。終盤はちょっと駆け足気味な展開だったような気もするが、ファラが初めて抱いたであろう素直な願いに向かって進んでゆくラストには救われたと思う。


町を襲った10年前の水害で父親は行方不明になり、母親はそのせいで心身ともに病んでしまった。しかも行方不明になる直前、父親は何らかの理由で、自分を神域の湖に沈めようとしていた――そんな過去を持つ神社の娘・水落小夜。最後まで自分を見ないまま母親が死んだ日、そのショックで神域の湖に向かった小夜は、吸い込まれるようにその中へと入りこんでしまう。やがて目覚めた小夜は、見知らぬ世界――魔界へと迷い込んでいることに気付く。彼女を保護し、鳥籠に閉じ込めたのは、「湖城」の魔王である青年・ヴィリ。弱いものとして小夜を庇護するヴィリに対し、最初は警戒していた小夜。しかしやがて、ヴィリの優しさに惹かれ始め……。

孤独と絶望に苛まれるふたりが出会い、やがて恋に落ちる異世界ファンタジー。

両親からの愛情に飢えている小夜と、かつて奴隷として心身ともに傷を負い続けていた魔物――睡蓮の化身であるヴィリ。ふたりの出会いはやがて「湖城」を揺るがす事件を引き起こす。と同時に、小夜の過去に隠された真実が明らかになってゆく。

小夜とヴィリ、ふたりが身を浸すのは、どうしようもない孤独と絶望。そしてふたりが求め続けたのは、安心できる居場所。ゆえにその性質は違えども、惹かれ合うのはきっと、相手に自分の境遇を重ねていたから。すれ違い、時に傷つけ合いながらも、それでも小夜は盲目的にヴィリを信じ、そうしてヴィリもその想いに応えてゆく。痛みを知るからこそ、相手に優しくすることができる――そんな言葉がぴったりの、優しい物語だった。

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