phantasmagoria

読んだ本のこと、それ以上に買った本のこと、ときどきライブのことを書き散らかしてみたりする。 (当ブログは全文無断転載禁止です)

カテゴリ: 吉川トリコ

ミドリのミ (講談社文庫)
吉川 トリコ
講談社
2017-06-15

小学3年生の重田ミドリは、両親の別居に伴い、父親の広と共に、カメラマンの源三の家に居候している。転入したばかりの小学校では、女子グループのリーダー的存在・しいねにそれとなく牽制され、時にはイジメのような対応をされているミドリだが、広と源三と暮らす日々はそれなりに楽しんでいた。けれど3人を取り巻く環境は日々変化していく――母親・貴美子との関係、進まない離婚話、そして広と源三の「関係」……。

「おとな」に近付きつつある「こども」ミドリと、その周囲の人々の関係から、「普通」とはなにか、「家族」とは何かを問いかける連作集。

両親が離婚寸前であること、その理由が源三であること――その事実を目の当たりにしつつあるミドリ。兄のような存在である源三がゲイであり、そんな源三に広が一目惚れしてしまった、そのことが重田家をばらばらに引き裂いていく。貴美子と広がそれぞれメインに据えられているエピソードを読むと、このふたりの夫婦関係もどこかいびつなものがあり、源三の登場によってふたりは否が応でもそれを直視せざるを得なくなる。当人たちはそれでもいいだろう。しかしミドリはどうなるのか――どうしたらいいのか。

「家族」というのは父親と母親、そしてその子どもで成立するもの――という価値観は旧弊である、と言い切れる世の中であればだれも苦労はしないのだが、あいにくそうではないため、ミドリたちは本人たちが望まないのに、周囲のせいでその苦しみを背負わされることになる。特にミドリはそういった価値観を身につけている途上にあるがゆえに、その「状態」に名前を付け、きちんと受け入れるための心の準備でできていないうちに、無理やり直視せざるを得なくなってしまうのだ。物語のラストで、ミドリが今後どうなるのかは明示されていない。けれど男たちはミドリを受けとめることを決めた。それにミドリが応じるかどうか、そしてどちらにしても彼女が幸せになれるのかどうか、それは誰にも分からない。どちらを選んだにしても後悔するかもしれない。けれどそんなどうしようもない世界を生きることこそが、ひとつの「答え」なのかもしれない。


2018年12月28日、あるパリ旅行者の前に現れたのは、かつてマリー・アントワネットの側近を務めていたこともある、ランバル公妃の幽霊だった。フランス革命のさなかに虐殺されたランバル公妃は、マリへ・アントワネットにたいする強い想いを捨てきれず、彼女の周辺にいた人々を訪ねて回っていたのだというが……。

「yom yom」vol.55〜57に掲載された、「マリー・アントワネットの日記」のスピンオフ作品。マリー・アントワネットの周囲にいた人々から、彼女の存在が改めて語り直されていくという内容になっている。

いまだパリをさまようランバル公妃からはじまり、「首飾り事件」で暗躍したラ・モット夫人、王太子妃時代のアントワネットと対立したデュ・バリー夫人、アントワネットの寵愛を得たポリニャック公爵夫人、デザイナーのベルタン嬢、髪結いのレオナール、筆頭侍女のカンパン夫人、画家のルブラン、そしてアントワネットの娘であるマリー・テレーズ……周囲の人々が奔放なアントワネットにいかに振り回されたか――そしてどのくらい、彼女の真意に気付いていたのかが綴られてゆく。

誰もが時代の主役たりえず、革命の波に激しく翻弄されるしかない中において、マリー・アントワネットが結果的に「古き良き時代」のアイコンに――いい意味でも悪い意味でも――なってしまったことを、彼女たちはその身をもって理解していったに違いない――それをアントワネット本人が望んでいたかどうかはさておき。そしてそんな彼女だったからこそ、誰もが目をそらせず、惹かれてしまったのだろう。彼女が望み続けたものは、確かにそこにあったのだ。


◇本編→「マリー・アントワネットの日記 Rose/Blue」




1770年1月1日、オーストリア・ハプスブルク家の皇女マリア・アントニア・ヨーゼファ・ヨハンナ――のちのマリー・アントワネットは日記を書き始める。自分と同じ「マリア」と名付けた日記帳にはその後、彼女がフランス革命の果てに断頭台の露と消えるその直前まで、素直な想いが綴られてゆく。フランスへの輿入れ、冷淡な夫との関係、宮廷内での大小様々な権力闘争、そして近付く革命の足音……。

「yom yom」vol.40〜45に掲載された、日記形式でマリー・アントワネットの生涯を綴る長編小説。

……というとおカタい歴史小説のように思えてくるがそんなことはなく、まずいきなり最初のページから「1770年1月1日」といいつつ実際に書いたのは1月4日であり、3日遅れた理由が「最初の一行はせっかくだから超キメキメのパンチラインで始めたかったけど思いつかなかったから」なのだという。とにかく最初から最後までテンションが高すぎて「え?え?」と思いながら読み進めていくのだが、気付くとその語り口がなんだかクセになってくる(笑)。なお「パンチライン」など、現在の用語(ギャル語やネットスラングなど)については親切にも注釈がつけられている。古典文学などでページの左端や下段についてくるアレである。なにやら時代が逆転しているようなこの構成までも面白い。

とにかく本作のマリー・アントワネットは自他ともに認める「お道化(ODK)が過ぎる」イマドキのテンション高めなギャル風女子。サービス精神が旺盛で、意味のない「しきたり」が嫌いで、そして「女」の在り方について人一倍敏感。現代よりもはるかに「女」の地位が低かった当時においては、口には出せなくても彼女たちが疑問に思うことは今以上にあったはず。特に王室ともなればなおさら。そんな束縛だらけの世界を、生涯の親友となる日記帳を片手に、髪を高く結い上げ豪奢なドレスを翻し、彼女はかろやかに駆け抜けてゆく――たとえその先に破滅と絶望があったとしても、彼女はこの生き方しかできなかったのかもしれない。けれど、だからこそ、そんな彼女の生き様から目が離せなかった。

夢で逢えたら (文春文庫)
吉川 トリコ
文藝春秋
2020-10-07

テレビが大好きで、いつか「いいとも」に出演することを夢見て芸人の道を選んだ真亜子。上京後、偶然再会した地元の友人・美姫と共に「Hi!カロリー」というコンビを組み、そこそこ売れたものの、気が付けば「いいとも」は終了し、容姿をイジられることに嫌気がさした美姫は地元へ帰ってしまうのだった。以降、ピン芸人となった真亜子は毒舌かつキレ芸の「女侍」というキャラ付けでそれなりの知名度を確保したものの、テレビ業界の衰退を目の当たりにし、男性優位の芸能界に対して少しずつ疑問を持ち始めていた。そんな中、フリーアナウンサーの佑里香と共に新番組のメインMCに抜擢された真亜子。どこかふわっとした雰囲気の「ザ・女子アナ」的な存在である佑里香は、真亜子にとって格好の攻撃相手だったはずなのに、会話をすればするほど面白い方向へ転がっていき……。

女芸人と女子アナという、一見して相容れないふたりの女性が、目の前に立ちはだかる「女」にまつわる様々な問題に立ち向かっていく長編小説。

「いいとも」を目指していた真亜子と、「将来の夢はお嫁さん」だった佑里香は、それぞれ芸人とアナウンサーという道を選んだ。彼女たちはひとりの人間としてその業界に足を踏み入れたはずなのに、いつしか自分たちが「女芸人」あるいは「女子アナ」というカテゴリーで括られていることに気付き始める。「女」というレッテルをべったりと貼り付けられ、男たちからあからさまに下に見られるという風潮――それは若くて可愛いことが唯一にして最上の価値であり、それを男たちから「認めてもらう」ことによって、初めて存在を許されているかのような。本人たちには最初からそのつもりがあったわけではないのだろうが、結果として真亜子も佑里香も、そんな社会と戦う道を選ぶことになるのだ。

そんな理不尽を笑ってスルーできる時代は、もうとうの昔に過ぎている――そう思い知らされてもなお、女たちを取り巻く環境は変わっているようには見えない。しかし真亜子と佑里香はそれぞれのやり方で、そんな社会を笑い飛ばし、ただ目の前にいる「誰か」を笑わせようとしているに違いない。そんな彼女たちの歩いていく先にあるのは、きっと素晴らしい世界に違いないと信じたい。

トゥインクルスター☆シューティングスター (コバルト文庫)トゥインクルスター☆シューティングスター (コバルト文庫)

集英社 2010-01-25
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星空が美しいことで有名な「星浜市」。だがここには文字通りに「星が降る」ことがある。アメリカっぽいものに憧れて、アメリカ人になりたい茶子。人と接するのが苦手で、魔女になって孤独を感じずにいたいと願うルル。自分が女の子であることに違和感を持つボーイッシュな少女・あきら。そしてみんなの中心、女王様であろうとする高飛車な美少女・エリカ。高校での合宿の夜、彼女たちの元に星が降る。そしてその星を目指して、それぞれ天使たちが現れて……。

普段は一般文芸作家として活躍している作者による初のコバルト作品。
思春期の少女が持っているという、あこがれとかときめきといった「感受性」のようなもの――それが【トゥインクルスター】。とりわけ美しいそれを持つ少女の元に星は降り、その星が消えるまで彼女たちを見守ろうとするのが天使たち。そしてそんな【トゥインクルスター】を狙って現れる悪魔・沢田は、それを奪う代わりに彼女たちの願いを叶えようとする。天使と悪魔のどちらの手をとるか――4人の少女たちはそれぞれを選び、新しい1歩を踏み出す、そんな不思議な成長譚。

茶子、ルル、あきら、そしてエリカの持つ願いはそれぞれ次元もジャンルもまったく異なったもので、けれど本人たちにとってはどれも重要な悩みごと。天使たちは、ともすれば悪魔の誘惑に揺れる少女たちを守り、背中を押してくれるけれど、やはり最後に自分の進む道を決めるのは彼女たち自身。
アメリカ人っぽくなりたい、とあっさり悪魔の誘惑に屈する茶子の話は、コミカルだが要所要所ではシリアスだったりだとか、魔女になりたいと願うルルの孤独を優しい天使の少年が救ってくれたりだとか、女らしさを認めたくないあきらの苦悩を80年代アイドルチックな天使があっさりと吹き飛ばしてくれたりだとか、その展開は正しく「少女小説」!という感じで、読んでいてとても小気味良く、すっきりできる。

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