phantasmagoria

読んだ本のこと、それ以上に買った本のこと、ときどきライブのことを書き散らかしてみたりする。 (当ブログは全文無断転載禁止です)

カテゴリ: 2021年

実はまだ残っていた2021年の読了本3冊。


町田そのこ「コンビニ兄弟2 テンダネス門司港こがね村店」
架空のコンビニ「テンダネス」を舞台にした短編連作集、待ってましたの第2弾。今回も美男美女ぞろいの志波兄妹と関わるうちに様々な問題が解決したりしなかったり、でも抱えている不安はいつの間にか解消されているというハートフルストーリーは健在。個人的に一番面白かったのは、店長の元で働くバイト店員・廣瀬がメインの「廣瀬太郎の憂鬱」。彼ほどあの店長をぞんざいに扱える人間はいないだろう(笑)……というのはともかく、「自分には何もない」という自信のなさがコンプレックスだった太郎は、ツギや樹恵琉と接するうちにその考え方を変えていく。元カノ・椿に声をかけに行く――けれども盲目的に手を差し伸べるわけではない、その新しい関係がいいなと思った。
ちなみに今巻のラストでは、テンダネスに謎の美女・神崎華が現れる。樹恵琉によれば、彼女が「ツギを傷つけた」というのだが、いったい……というところで終わっているので、続編確定の模様。今から楽しみ。

【前巻:コンビニ兄弟 テンダネス門司港こがね村店】


作家刑事毒島 (幻冬舎文庫)
中山七里
幻冬舎
2018-10-09

中山七里「作家刑事毒島」
警視庁捜査一課の新人刑事・高千穂明日香が、人気ミステリ作家兼刑事技能指導員・毒島真理とコンビを組み、出版業界絡みの事件を解決していく連作集。新人賞の選考に携わっている編集者、担当する本を売るためにどんな手でも使う「敏腕」編集者、文壇の将来を憂う大御所作家、熱狂的ファン多数の人気作家、そして人気小説をドラマ化するために改悪しまくるプロデューサー……殺された人々も、そんな彼らを殺した犯人たちも、なかなか闇が深い。作家である毒島だからこそわかる「業界の常識」には、明日香と同じく読んでいるこちらもびっくりさせられる。確かに業界独自の「慣習」あるいは「常識」がないはずはないのだが、それにしたって……と言いたくなる、まさに「出版業界の闇」が垣間見えるのがなんとも。


東京マッハ
米光一成
晶文社
2021-12-09

「東京マッハ 俳句を選んで、推して、語り合う」
文筆家の千野帽子、作家の長嶋有、俳人の堀本裕樹、ゲーム作家の米光一成が開催している公開句会「東京マッハ」の書籍化。2011年6月に初開催された第1回から、2021年6月にオンラインで開催された第27回までの中から8回分が収録されている。基本的には事前に各自で詠んだ句を作者がわからないようにして公開し、それぞれ特選(ベスト1)1、並選(好きな句)6、逆選(文句をつけてやりたい句)1の計7句を発表し、票が多く集まった句を中心に語り合うというもの。とはいえ「逆選」もただけなすわけではなく、「文句をつけてやりたい」というくらいの爪痕が残ったという点では高評価、という意味合いになることもあるので面白い。ちなみに2回目以降は作家、詩人、歌人など様々なゲストが登場するのだが、その顔触れも池田澄子、川上弘美、穂村弘、谷川俊太郎などなんとも豪華。加えて、選評の前にすべての句が一覧になっているページがあり、読者も一緒に選句できるシステムになっているのもいい。専門知識などもほぼ必要なく、肩肘張らずに「俳句」というものを楽しめる1冊。


内藤了「隠温羅 よろず建物因縁帳」
オカルトミステリシリーズ、10巻にして完結編。棟梁の急死に動揺を隠せない春菜たちだったが、その死を乗り越え、仙龍たちと共に蠱峯神の正体を探り続ける。隠温羅流との関係、蠱峯神の正体とその目的、そしてなぜ春菜がサニワに選ばれたのか……すべての謎が解き明かされるラストには驚きの連続だった。そしてこれまで春菜と仙龍が紡ぎ続けたあらゆる「縁」が、この結末につながったのだと思うと感無量。おそらくこれで因縁は解かれたのだろう――それは仙龍が42歳になるまではわからないのだろうが、それでもきっと解決したのだと信じたい。

【前巻:蠱峯神 よろず建物因縁帳】



三木笙子「招かれざる客〜黒の大正花暦〜」
大正時代の帝都。人の悪意を糧とする舶来の植物「異客」をめぐり、これを「枯らす」能力を持つ農商務省の嘱託職員・白菊芳史と、「ほどく」能力を持つ歯科医・花守啓介の活躍を描く大正ミステリ連作集。なお雑誌「WINGS」でコミカライズ版が連載されており、本巻の1〜2話の内容が11月に発売されたコミックス1〜2巻に収録されている(作画は本作表紙イラストと同じく伊東七つ生)。その美貌ゆえに他人を寄せ付けない雰囲気を醸し出す白菊と、気さくで素直でまさに「人たらし」といっても過言ではない花守とのコンビがなんともいい感じ。特に後半、花守の能力をめぐって問題が発生した際の白菊の対応がなんともほほえましい。今巻ではなんともやるせない結末となってしまったが、その後のふたりの活躍もぜひ読んでみたい。




キラキラネームの大研究(新潮新書)
伊東 ひとみ
新潮社
2015-11-13

伊東ひとみ「キラキラネームの大研究」
2015年刊行の本ではあるが、たぶんそれから6年ほど経った今でも状況は特に変わっていないであろう、当代名付け事情についての考察本。少数派だと思われていた「キラキラネーム」が世に氾濫した理由やその「成り立ち」、それらと過去の「キラキラネーム」――有名なところでは森鴎外の名付けなど――がどう違うのかという問題を、日本における漢字の受容の歴史を下敷きに考察してゆく。そして「漢字」が「感字」となりつつある現状に警鐘を鳴らしている――つまり漢字そのものの意味ではなく、見た目や雰囲気を重視して選んでいるからこそキラキラネームが生まれるのではないか、と。その一例として著者が挙げているのが、2004年に人名漢字を増やすにあたっての調査のこと。専門家会議が名付けに使いたい漢字を調査したところ、「腥」や「胱」という字が回答として挙がってきたという。もちろん前者は「なまぐさい」という意味だし、後者は「膀胱」の2文字目で「中がうつろになった内臓」という意味らしいのだが、選んだ側としては「月+星」とか「月+光」だから美しい文字だと考えたのだろう、とのこと。これはこわい。

今回は、先日読んだ村田沙耶香の書評集「私が食べた本」から、気になったものを2冊。
私が食べた本 (朝日文庫)
村田 沙耶香
朝日新聞出版
2021-12-07



タイニーストーリーズ (文春文庫)
山田 詠美
文藝春秋
2013-04-10

山田詠美「タイニーストーリーズ」
どこか不思議な21編の物語を収録した短編集。亡き母の遺品整理のさなかに出てきたショッキングなメモを巡る「マーヴィン・ゲイが死んだ日」から始まり、アメリカ人兵士と日本人女性の様々な恋愛模様を描く「GIと遊んだ話」5編、かと思えば憧れの作家との交流が意外な結末を迎える「モンブラン、ブルーブラック」、知性あふれる男性を探し求める女性の顛末「紙魚的一生」、かつて自分をいじめていた同級生に復讐を目論む「予習復讐」など、どれもこれも短い話ではあるのに読み応えは抜群。個人的に気に入ったのは、電信柱が主人公(!)の「電信柱さん」と、人妻と大学生が道ならぬ恋に落ちる……という幻想をお互いに満たしていく「ガラスはわれるものです」の2編。特に後者は、最後まで読むとそのタイトルがあまりにも秀逸だと感じられた。



川上弘美「なめらかで熱くて甘苦しくて」
こちらも短編集。四大元素、そして世界を表すラテン語が冠された5つの短編に直接的なつながりはないのだが、それでも根底に流れているものは同じだと思われる――女たちが紡いでいる「世界」の、様々なかたち。ひとりの少女が死んだ頃に生まれたふたりの少女。死んだ知人のお骨を故郷に返すための旅。こどもを産むということ。はるか昔も、そして今も、「女」を求める「男」たち。そして、時折現れては消える「それ」なる存在。まさに現代の神話――もちろん日本の、そして世界共通の――ともいうべき、とらえどころのない物語だった。


酒場御行「そして、遺骸が嘶く−死者たちの手紙−」
先日読んだ「吸血鬼は目を閉じ、十字を切った」の著者のデビュー作で、「第26回電撃小説大賞」選考委員奨励賞受賞作。主人公は「森鉄戦争」終了後、戦死者の遺品を返還するために各地の遺族のもとを訪れる「遺品返還兵」のキャスケット。兄を失った妹、恋人を失った娼婦、「父親」を失った息子――そんな人々との交流の中で、次第に明かされていくのはキャスケット本人のこと。そもそもなぜ「キャスケット」などという偽名を使っているのか。戦時中は狙撃兵だった彼がなぜ遺品返還兵となったのか。そして彼の「兄官」であるベーゼが、電話のたびに「今日は何人撃ち殺したんだ?」と尋ねてくるのか。サブタイトルの「死者」はキャスケットが返還している遺品の持ち主というだけではないということが、物語が進むにつれて明らかになっていく。戦争という非常の、そして非情の状況の中で、しかしひとりひとりの兵士はただの人であり、残された誰かを思いやる優しい気持ちを持ったまま、同じ人間である敵国の兵士を殺し、そしてその精神を歪めざるを得なくなる。そんな中でキャスケットはどう生き延び、そしていま、何を思って返還兵となったのか――その道程に胸を突かれた。



斜線堂有紀「愛じゃないならこれは何」
JUMP j BOOKS公式noteに掲載された4編に書下ろし1編を加えた短編集。タイトルにもある通り「これは何」と言いたくなるような、あるいは帯に「恋愛地獄小説集」とある通りに地獄を見るかのような――つまり「恋とは世界を美しく彩るもの」みたいな感じではなく、まさに泥沼に嵌っているとしかいいようのない、けれど当事者たちにとってはまぎれもない「愛」のかたちが描かれていく。アイドルがファンをストーカーしたり、「ベターハーフ」と認め合ったはずの彼が知らない女と結婚したり、親友だと思っていた男ともだちふたりの本当の気持ちを知ることになったり、好きになった後輩の気を引くためにまったく興味のない彼の趣味に打ち込んでみたり。確かに恋は女を変える。けれどその変化は、そしてその結果なにかが手に入ったとしても、「それでいいの?」と問いたくなる。きっと彼女たちは「それでもいい」というのかもしれないけれど。ちなみに集英社文庫から刊行されている恋愛アンソロジー「STORY MARKET 恋愛小説編」に掲載されていた「愛について語る時に我々の騙ること」が本作には収録されているが、その続編となる「ささやかだけど、役に立つけど」が書下ろし作として同時収録されており、行き場のなさすぎる三角関係(?)のその後が読めるのがうれしい。


呉勝浩「雛口依子の最低な落下とやけくそキャノンボール」
2017年、雛口依子はスクーターの運転中で事故に遭い、空高く跳ね上げられた。これは彼女がアスファルトに落下するまでの刹那の物語――いわゆる「走馬燈」とでもいうのだろうか、その間に依子は自身の半生を振り返る。2012年、昏睡状態だった兄が目を覚ましたものの、その直後に父が失踪し、依子は母と兄と共に「伯父」のもとへ身を寄せることになる。それから4年後の2016年、「おじいちゃん」と共に暮らしていた依子の前に、葵と名乗る金髪の女が現れる。3年前に起きた銃の乱射事件――その「容疑者」の妹だという葵は、被害者である依子に対し、事件の真相を調べたいと協力を求めるのだ。以後、物語は2012〜2013年に起きたある事件と、2016年から現在に至りその事件について調べていくふたりの姿が交互に描かれていく。タイトルの「最低の落下」というのはただ現在の依子の状況を示しているわけではなく、過去において彼女の人生がひたすら「落下」を続けていたことによるものだろう。そのくらい彼女の半生はあまりにも理不尽で不可解なことに満ちている。しかし、これらにただ流されるだけだった依子は、葵との出会いによってわずかなりとも抵抗の意志を見せる。それが「やけくそ」と言われるくらい無謀なものだったとしても。ラストの「生きねば」という依子の台詞が、その理由のくだらなさと相まって胸に響く。いろんな意味で。



酒場御行「吸血鬼は目を閉じ、十字を切った」
父の失踪をきっかけに、吸血鬼を監視する非公開組織「INAPO」に入った女子大生・ヒバリは、組織に唯一属している美貌の吸血鬼・シキョウの相棒役を任ぜられる。自殺した女子高生の首筋に咬み痕が残っていた理由、あるいは共通点も理由もわからない連続失踪事件――吸血鬼が関与している可能性の高いこれらの事件を追ううちに、ヒバリはシキョウの置かれた複雑な立場とその理由、さらには失踪した父親の正体をも知ることになる。「歩く花鳥風月」だの「傾国の美女ならぬ傾国の美男みたいな顔面」だのと称される(そしてそれですぐわかる・笑)美貌を持ち、他人を寄せ付けない雰囲気が半端ない一方で、某コーヒーショップをこよなく愛していたり、意外と大食漢であったりするというギャップがなかなか気になるシキョウ。そんな彼と何度も衝突しつつも絆を深めていくヒバリは、どこか深いところで彼と似ているところがある。ふたりが抱えている「孤独」は、「問い」は、そして「怒り」は、出会ったことで、そしてこの事件を経たことで少しは癒されたのだろうか。


中野のお父さんの快刀乱麻
北村 薫
文藝春秋
2021-11-10

北村薫「中野のお父さんの快刀乱麻」
文芸誌編集者の美希が持ち込む様々な「日常(?)の謎」を、高校教師である博覧強記の父親がズバリ解決!な連作短編集第3弾。今回は2019〜2021年にかけて「オール讀物」に掲載された作品ということもあり、作中でもコロナ禍の風景が描かれているが、そんな中でもお父さんの名推理は健在で、PCを使って「リモート推理」をかますエピソードも。また今回は将棋や落語が題材になっているエピソードも多く、どちらについてもあまり知らないので前巻以上に興味深く読んだ。個人的には今巻中の最新作である「古今亭志ん朝の一期一会」が一番印象に残る。この度編集長になった美希の先輩・ゆかりの姑が、志ん朝の「三軒長屋」のCDを聴きたいと言い出した真の理由とは……という内容なのだが、これこそあらゆる知識がなければたどり着けないもので、またそこから導き出された「理由」がなんとも言えない余韻を残す。

【前巻:中野のお父さんは謎を解くか】

中野のお父さん (文春文庫)
薫, 北村
文藝春秋
2018-09-04



北村薫「中野のお父さん」「中野のお父さんは謎を解くか」
体育会系文芸編集者・田川美希が編集部で起きた謎を解決!……するのは美希本人ではなく、高校教師である父親!?という日常の謎系連作短編集、1〜2巻。1巻冒頭の「夢の風車」では、新人賞を獲得した投稿者へ連絡を入れたところ、電話の主――もちろん投稿作に記載されていた名前の持ち主――からその作品を投稿していないと言われ、美希が困惑するところから物語が始まる。他にも亡き大物作家の遺品の中にあった若手美人作家からのラブレターめいた手紙、写真の向きにまつわるエトセトラ、病床へ見舞に来た夫が妻に「キュウリだな」とつぶやいた理由……などのちょっと毛色の変わった「日常の謎」もあれば、物語の解釈だったり、文化人たちの起こしたトラブルの真相を推理するようなものも。そんなバラエティ豊かな謎の数々を、美希から聞いた話だけですいすいと解いてしまうお父さんがとにかくすごい、のひとこと。


避雷針の夏 (光文社文庫)
理宇, 櫛木
光文社
2017-07-11

櫛木理宇「避雷針の夏」
家庭環境も仕事も行き詰っていた梅宮正樹は、妻子の反対を押し切って睦間という町へと移り住む。しかしその町では元殺人犯である源田という男が英雄として一目置かれているうえ、よそから移り住んできた人々は「よそもの」としてさげすまれる閉鎖的な場所だった。特に、村一番の美男子と結婚しこの町に嫁いできた倉本郁枝は、夫が何者かに殺されて、さらに姑が亡くなってからは徹底的に虐げられるようになったのだという。最初は「先生」と呼ばれ持ち上げられていた梅宮も、町内の派閥争いに乗り損ねるうちに見下されるようになり、次第に町の暗部を目の当たりにしていくことになる。タイトルの「避雷針」については、プロローグでふたりの少女――のちに郁枝の娘である菊瀬と、梅宮の娘である風沙であることがわかる――が語っている通り、この睦間という町にはあからさまなスケープゴートが存在していることを示している。何の関係のないことでも、何か問題があればすぐ郁枝やその子供たちのせいにされる。夫と姑を亡くしてからは夫の作った借金に追われ、さらには町の人々によって住むところを追われ、さらには祭の勢いで暴れ出した男たちによって襲撃されたために家は壊され郁枝は瀕死の重傷を負ったこともあり……と、もはやなぜそんなことになるのかまったくわからない、けれどとにかく恐ろしい事実がどんどん明らかにされていく。しかしこのうだるような暑さの中、睦間では様々な思惑が絡み合った末の「異変」が起きようとしていた。解説でも言われているのだが、この物語には――というか睦間には「クズとゲスとグズ」しかいない。それは町の外からやってきた梅宮も同じで、読み進めれば進むだけ胸糞悪さが溜まっていくばかり。けれどそれゆえに、最後に待ち受けていたカタストロフがなんとも強く印象に残る。避雷針は雷を打ち消すのではなく、受け流すだけ。そして流された先で何が起こるかは、そうなってみないとわからないのだ。



大森望・編「ベストSF2021」
竹書房文庫から刊行されている年間ベストアンソロジー。短編11本が収録されているが、特に面白かったのは以下の5本。

・柴田勝家「クランツマンの秘仏」
かの「異常論文」ブームの先駆けとなった短編。秘仏研究を通じて、信仰が物質の実存に作用するという説を構築した人物にまつわる論文という体裁になっているのだが、ミステリめいた結末がなんとも印象的。説得力がある意味すごい。

・斜線堂有紀「本の背骨が最後に残る」
国を挙げての焚書の果てに物語を宿す「本」となった人々と、その宿した物語の相違を巡って「本」たちが命を懸けて戦う「版重ね」にまつわる物語。敗れた「本」もまた「焚書」されてしまうという定めと、そんな「本」の在り方に疑問を差し挟まない人々の狂気がこれでもかと迫ってくる。

・三方行成「どんでんを返却する」
昨今もてはやされる「どんでん返し」に警鐘を鳴らす(?)怪作。文字通り「どんでん」を返却するだけの簡単なお話。しかし簡単ではないのは、「どんでん」とは何なのかという点だったりする。あまり借りたくないなあ(笑)。

・伴名練「全てのアイドルが老いない世界」
200年以上にわたって歌い続けてきた人気アイドル「リリーズ」が解散して数十年――芸能界に残り、第一線で活躍し続けているものの、さすがに人気に翳りが見え始めた理咲の前に現れたのは、まだ18歳だという少女・真凜だった。彼女は自分とふたりでリリーズの再結成を持ち掛ける――報酬は、リリーズ解散後に国外へ去って行った理咲のかつてのパートナー・恵の消息を教えることだった……という、「アイドル」という特殊な「人種」(文字通りの意味で)をメインに据えた中編。いろいろと納得でしかない。

・藤野可織「いつかたったひとつの最高のかばんで」
とある会社のコールセンターで働いていた女性が失踪した。行先も理由もわからないが、彼女の住んでいたアパートには大量の、そして色も形もすべて異なるかばんが残されていた。彼女はどこへ消えたのか、そして大量のかばんの行方は……というミステリかと思いきや実はそうではなく、なんとも不思議な結末が待ち構えている。


小泉喜美子「死だけが私の贈り物」
徳間文庫が過去の名作を復刊する【トクマの特選!】シリーズ第2弾のうちの1冊。同タイトルの長編と中編が収録されている。
どちらも物語の大まかな流れは同じ(言い回しなどは変わっているが)。新婚ほやほやの刑事・山田が、妻の入院の知らせを受けて駆け付けた病院で、ある医師と女性の会話を聞いてしまう。女性の口ぶりでは、彼女は死に至る病に冒されているらしい。はっきりと告知しない医師に対し、彼女は「どうしてもしたいことがある」といって病院を後にする。その後、2件の殺人事件が起きる――もちろんこの事件を起こしたのは先ほどの女性だが、ふたつの犯行の手口はまったく異なっているうえ、ふたりの被害者にはいっさいの接点がなかったことから、彼女が捜査線上に上がってくることはなかった――山田刑事があの会話を思い出すまでは……。やがて事件の真相は思わぬ事態を明らかにする……のだが、長編と中編ではその顛末が異なってくる。解説では中編の持つ欠陥が長編で解消されているというのだが、個人的には――ミステリとしてではなく、人情的な視点では中編の方がまだ救いがあるなと思った。長編の方が物語としては整っているのだろうが、あのやりきれなさはなんとも。


変半身 (ちくま文庫)
村田 沙耶香
筑摩書房
2021-11-12

村田沙耶香「変半身」
中編2本を収録。表題作の「変半身」は、ある奇祭に支配された島を抜け出した少女・陸が主人公。島に伝わる「神様(ポーポー様)」と「ポピ原人」の伝説は、読んでいるこちらからすると「いやそれはだいぶ怪しいのでは……」と言いたくなるネーミングなのだが、陸にとってはまぎれもない「真実」として根付いていた。そしてそれは彼女が最終的に拒んだ奇祭「モドリ」も同様。しかし島の外の世界も、島の中と変わらないおかしな世界だったし、成長して戻った島は「秘祭プロデューサー」なるうさんくさい人物によって、新しい「伝説」の中で生きていたのだ。併録の「満潮」もそうだが、読者側の「現実」がいっさい通用しない物語は、次第に登場人物たちだけでなく、こちらの「現実」そのものを塗り替えていくような気にすらなってくる。もう何が正しくて何が間違いなのかはわからないしどうでもいい。そこには新しい「現実」が確かにあった。


鵜頭川村事件 (文春文庫)
櫛木 理宇
文藝春秋
2020-11-10

櫛木理宇「鵜頭川村事件」
昭和54年6月、X県で起きた大水害。そのさなか、山間部にあったために土砂崩れなどで孤立した小村・鵜頭川村である「事件」が起きていた――妻の墓参りのため、幼い娘を連れて鵜頭川村を訪れていた岩森明は、この豪雨により村から出られなくなってしまう。そんな中、ひとりの若者が遺体となって発見される。明らかに他殺であること、そしておそらくその犯人は村を牛耳る矢萩一族の長・吉朗の息子である大助であろうということはあっという間に村中に知れ渡るが、後者については矢萩一族を恐れるあまり、誰もが口を噤まざるを得なかった。しかし外界から遮断され、物資にも限界がある中、矢萩一族に物申せない大人たちに嫌気がさした若者たちが自警団を結成し、大介を始めとする矢萩一族へ反旗を翻そうとする。しかし岩森は気付いていた――自警団のしていることはかつての学生闘争の真似事にすぎないということを。だがそんな岩森の懸念をよそに、血気盛んな若者たちの行為は次第にエスカレートしていくのだ。いわゆる古式ゆかしい「ムラ社会」、そして群集心理の恐ろしさがこれでもかと詰め込まれた1冊。映画化も予定されているというが、なかなかえぐいことになりそうで逆に気になるところ。


ルーティーンズ
長嶋有
講談社
2021-11-09

長嶋有「ルーティーンズ」
作者のデビュー20周年作となる本作は、2021年に「群像」に掲載された表題作と、(おそらく)同じ夫婦が登場する中編「願いのコリブリ、ロレックス」の2作が収録されている。
表題作の「ルーティーンズ」はコロナ禍で緊急事態宣言が発令された4/2から5/18の間の物語。作家である「ナガシマ」と、漫画家である妻、そして2歳半の娘は、日々たくさんのルーティーンをこなしながら、コロナがあろうとなかろうと、その日々を過ごしていく。変わること、変わらぬこと、それぞれたくさんあるけれど、娘は少しずつ成長していくし、夫婦はお互いがどんなことに気付き、あるいは気付かないのかということを知っていくのだ。

「ディストピア」と言われると、荒廃した世界と、生きるか死ぬかの瀬戸際に置かれている人々の姿を思い浮かべるが、「緊急事態宣言」下の世界だってじゅうぶん「ディストピア」であるはずだ。ただ思っていたのと違うだけで。印象的だったのは、保育園に預けられなくなった娘のために、室内用の大きな遊具(ビニール製のテント)を購入したのちのシーン。室内にかなりの存在感をもって置かれているその遊具そのものが、この「コロナ禍」という現実そのものを象徴しているというこのシーンがなぜか気になって仕方ない。


町田そのこ「夜空に泳ぐチョコレートグラミー」
著者デビュー作。第15回「女による女のためのR-18文学賞」大賞を受賞した「カメルーンの青い魚」を含む短編連作集となっている。「カメルーンの青い魚」は、サキコという女性が、自身の差し歯が取れたことをきっかけに、その原因を作った幼馴染「りゅうちゃん」との過去を回想していくという内容。ケンカに明け暮れていた「りゅうちゃん」はしかし、サキコにはとてもやさしかったし、だからサキコも「りゅうちゃん」のことが好きだった。なのに彼は姿を消してしまった。しかしサキコは彼を追って町を出ていくことができずにいる。けれどそんなサキコの前に「りゅうちゃん」が現れるのだ。「りゅうちゃん」はサキコのこれまでのことを知り、しかしまたしても姿を消す。彼がサキコに残していったのは、大金と2匹の青い魚だけ。サキコが自分たちの姿を投影した魚は、やがて片方が死んでしまう。それは「りゅうちゃん」の行く末を暗示していたのかもしれないが、でもそうなってほしくないと切に願う。



千早茜・他「あなたとなら食べてもいい 食のある7つの風景」
タイトルの通り、「誰かと食べる食事」をテーマにしたアンソロジー。2014〜2019年にかけて雑誌「小説新潮」で発表された千早茜・遠藤綾見・田中兆子・神田茜・深沢潮・柚木麻子の短編に加え、町田そのこの書き下ろし短編が収録されている。個人的によかったのは以下の3編。

・千早茜「くろい豆」
食べ物が取り持ったふたりの関係は不倫だった。その食べ物が「黒い豆」(ただし黒豆ではなく黒い枝豆)というのもなかなか象徴的。10年という長い月日が蓄積させたのはいったい何だったのだろうか。

・田中兆子「居酒屋むじな」
「むじな」とあだ名される勝手気ままな男の飲み屋に引き寄せられる人々。「むじな」の働き方、生き方はまっとうとは言い難いのに、なぜか――あるいは「それゆえに」というべきか――その店でないといけないという気持ちにさせられる。決して居心地がいいというわけではなさそうなのに、でも一言で言い表そうとすると「居心地がいい」ということになってしまうのかもしれない(ただし「万人にとってそうであるとは限らない」という注釈付きだが)。そう感じてしまう彼も彼女も、きっと「同じ穴の狢」なのかもしれない。

・町田そのこ「フレッシュガム」
「夜空に泳ぐチョコレートグラミー」番外編。サキコとりゅうちゃんを繋いだガムが、また新たな縁を紡ぎ出す。なんとも心温まる作品。


人間タワー (文春文庫)
朝比奈あすか
文藝春秋
2020-11-10

朝比奈あすか「人間タワー」
25年前の合併を機に桜丘小学校の運動会で披露されるようになった組体操の「人間タワー」。しかし1年前の失敗をきっかけにして、この小学校の周囲でも少しずつ危険論が高まりつつあった。25周年を迎えるこの年、果たしてこの「タワー」を披露すべきか否か――低学年の子供を持つ母親、近所のホームで暮らす老人、今年の6年生の学年主任となった女性教師、その教師の熱意に引き気味の同僚教師、当事者である子供たち、そして人間タワー危険論を書いたネットニュース会社の社員……様々な視点からその経緯を綴る短編連作集。賛成の人にも反対の人にも、それぞれの事情があり、想いがある。子供たちのひとりである澪はこの学校に編入してきたばかりで、当事者であるのに人間タワーがどんなものか知らない存在。そんな彼女が発した「人間タワーには反対だけど、人間タワーをやらないことにも反対」という一言がすべてを物語っているのかもしれない。ただ反対するなら誰にでもできるし、逆に不満を訴える子供たちを抑えつけて教師たちが強行させることだってもちろんできる。しかしそれでは問題は解決しない――何事にも、関わる人がみな納得できる答えなんてものはたぶん存在しないのだ。本作ではひとつの回答が提示されるが、結局どのような経緯でそうなったのかは明かされぬままだった。いったいなぜそうなったのか――ミステリではないし答えももちろんないのだが、つい考えずにはいられない。


樋口恭介・編「異常論文」
編者いわく「異常論文」とは「虚構と現実を混交することで、虚構を現実化させ、現実を虚構化させる、絶えざる思弁の運動体」であるという。雑誌「SFマガジン」2021年6月号の特集の文庫化で、書下ろし「論文」12本を含む計22本と、神林長平による解説が収録されている。個人的に面白かったのは以下の5本。

・松崎有理「掃除と掃除用具の人類史」
連綿と続く人類と「掃除」の関係性について。「億劫」ってそういう意味!?と声を上げずにはいられない(笑)。

・柞刈湯葉「裏アカシック・レコード」
「世界のすべての嘘が収録されている」という「裏アカシック・レコード」。しかし読めば読むほどその有効性が薄れていくような気がするのは私だけだろうか(笑)。

・小川哲「SF作家の倒し方」
柴田勝家、樋口恭介、高山羽根子、宮内雄介、飛浩隆の「倒し方」がわかるという、画期的すぎる論文(笑)。他の作家の倒し方も気になる。

・酉島伝法「四海文書注解抄」
「死海文書」ならぬ「四海文書」なる文書についての解説……のはずなのだが、とにかく注釈に次ぐ注釈で、なんというかゲームブックのような趣がある。

・伴名錬「解説――最後のレナディアン語通訳」
ある作家が作り上げた架空言語「レナディアン語」にまつわる「解説」文。もちろんここで取り上げられている作品も、作者も、事件も、なにもかもが虚構……のはずなのだが、ここまで作りこまれると実在を疑いたくなってくるのは私だけではないと思う。



辻村深月「噛みあわない会話と、その過去について」
短編集。いずれもタイトルのように「噛みあわない会話」、そしてその会話を引き起こした「過去」について語られていく。結婚した大学時代の男友達、人気アイドルになったかつての教え子、自分の気持ちをまったく汲んでくれなかった母親、塾講師として成功した元(自称)霊感少女……彼らと接していた「過去」を「思い出」として美化していたのは自分だけで、相手にとってはそうではなかった――そのギャップが「噛みあわない会話」に集約されていく。その瞬間、「過去」は――「世界」はがらっと塗り替えられてしまう。元の自分にはもう戻れないのだ。それを思い知らされる「瞬間」があまりにも克明に描かれており、じわじわと恐ろしさがこみ上げてくる、そんな1冊。



櫛木理宇「ぬるくゆるやかに流れる黒い川」
武内譲という見知らぬ男に家族を惨殺された栗山香那と進藤小雪。武内は「殺すのは女なら誰でもよかった」と言い放ったのみで、詳しい動機を語らぬまま拘置所で自殺し、真相は闇の中へ。それから6年が経ち、大学生になった香那の前に小雪が現れる。事件について改めて調べたいという小雪と共に、香那は事件の真相を追うことに。物語は香那と小雪サイド、そしてもうひとつ、かつてこの事件を担当した元刑事・今道の視点からそれぞれ描かれていく。ふたりが調査を始めた矢先、武内の大叔父が何者かに殺されるという事件が起きたことで、今道もまた、わだかまりを残していたこの事件について独自に調べ始めていたのだ。事件の根底に流れていた「黒い川」は、武内譲本人、そしてその父親や叔父にも連綿と受け継がれていた女性蔑視――否、女性憎悪とも呼べる感情のこと。彼らも被害者であったといえなくもないが、それで許されるレベルをはるかに超えた「事件」の数々に嫌悪感を覚えつつも、最後まで一気に読まされた。


死刑にいたる病 (ハヤカワ文庫JA)
櫛木 理宇
早川書房
2017-10-31

櫛木理宇「死刑にいたる病」
「チェインドッグ」から改題のうえ文庫化された長編ミステリ。2022年には映画化も予定されている本作は、サイコパスな連続殺人鬼・榛村大和と、かつては優等生だったが今は落ちこぼれてしまった大学生・筧井雅也との不可思議な交流から始まる。俳優のような美貌の持ち主であった大和は、周囲からの人気も高いパン屋店主だったが、その笑顔の裏で多数の中高生たちを拉致監禁し、手にかけていたことで逮捕されていた。しかし起訴された9件のうち、被害者がOLである1件だけは冤罪だと訴えていたのだ。かつて大和のパン屋の常連でもあった雅也の元に、突然大和から「冤罪を証明してほしい」という手紙が届いたところから物語は動き始める。大和の生い立ちを知る人々、あるいは大和と交流があった人々を訪ね歩く中で、雅也だけでなく読んでいるこちら側も、いつしか塀の向こう側にいるはずの榛村大和に翻弄され、魅了され、操られていくような感覚を与えられていく。大和の訴えは真実なのか否か――その「答え」などどうでもよくなってしまうような結末には驚かされた。

「南京事件」を調査せよ (文春文庫)
清水 潔
文藝春秋
2017-12-05

清水潔「『南京事件』を調査せよ」
戦後70周年企画として著者が追うことになったのが「南京事件」。個人的な話をすると、私がかつて使ったことのある教科書には「南京大虐殺」と書かれていた記憶があり、なおかつそれは「実際にあったこと」とされていたはずなのだが、世間にはこれを否定する人が多数存在し、さらには「南京事件」という、矮小化を込めたともいえる名前で呼ばれているということを知って驚かされた。その「南京事件」を追うにあたり、もちろんこの著者のとった方法は「調査報道」。さすがに70年前のことなので「当事者」に会うことは困難だし、生存していたとしても話したがらないというのは目に見えてわかる。しかし著者はあらゆる手段を講じて「当事者」の声を聞き取り、集めていく。一番すごいと思ったのは、著者自身も疑問に思っていたある「絵」についてのこと。日本軍が殺害した中国人たちの遺体を山積みにしている光景を描いた絵があるのだが、物理的に考えると数メートルにもなる高さまで遺体を積み上げるのは無理だろうと考えていた著者。しかしいくつかの証言を集めると、それが不可能ではなかったということがわかるくだりには、私も驚かされた。と同時に、やはりこの「事件」は「実際にあった」のだと強く意識させられた。これを否定したい人々は、いったい何を隠したいのだろうか。


ネグレクト(小学館文庫)
杉山春
小学館
2018-07-01

杉山春「ネグレクト 育児放棄――真奈ちゃんはなぜ死んだか」
「ルポ虐待」で語られていた、2010年に起きた大阪二児置き去り死事件――その10年前に愛知で起きていた育児放棄の末の児童餓死事件を取り上げたのが本書。こちらで犠牲になった「真奈ちゃん」は、21歳の両親からネグレクトを受け、3歳で餓死するという凄惨な最期を遂げている。なお真奈ちゃんには弟妹がいる(ただし妹の方は真奈ちゃんの死後に獄中出産されている)のだが、育児放棄されていたのは真奈ちゃんだけだった。なぜ彼女が死ななければならなかったのか――著者は「ルポ虐待」と同様に、その事態を引き起こした両親の生い立ちと生活ぶりを、ふたりとの手紙や面会でのやりとり、そして母親が書き記したノートを元に丹念に積み上げ、何が起きていたのかを綴っていく。そこでまたしても見えてきたのは、両親ともに家族の愛情とは縁遠かったということ。あるいはふたりとも「虐待」と呼べるような行為を大小様々なかたちで受けていたということ。もちろんそれが免罪符になるわけではないが、読めば読むほど、現代社会の構造もまた遠因になっているのだと感じさせられた。





福田ますみ「でっちあげ 福岡『殺人教師』事件の真相」
福田ますみ「モンスターマザー 長野・丸子実業『いじめ自殺事件』教師たちの闘い」

こちらはモンスターペアレントをめぐるノンフィクション2冊。
「でっちあげ」は2003年に起きた教師による児童へのいじめ事件として広く認知され、児童の両親により裁判まで起こされたものの、最終的には冤罪とわかった事件の顛末。「モンスターマザー」は2005年に起きた高校生の自殺について、その原因は部活でのいじめと教師からの心無い対応だとした母親が校長などを訴えたもので、こちらも冤罪であるとの判決が下されるまでの顛末が綴られている。どちらも問題はすべて母親側にあったにも関わらず、彼女たちは学校側が悪いと大声で吹聴し、時には信じられないほどの攻撃姿勢を見せ、あることないこと――否、根も葉もないことを事実であるかのように並べ立てて被害者然としている、その態度が理解不能すぎて恐ろしい。いったい彼女たちは何がしたいのかと、最後の最後まで疑問しか浮かばなかった。そんな彼女たちのせいで人生を狂わされるのは訴えられた側だけではなく、その子供たちも含まれているということに、どうして気付けないのだろうか。


糸森環「お聞かせしましょう、カクトワールの令嬢たち 椅子職人ヴィクトール&杏の怪奇録4」
ふんわりオカルト&ほんのりラブ……とはいうが後者はともかく前者は「ふんわり」レベルではないような……と毎回思ってしまう(注:誉め言葉です)シリーズ4巻。今回は職人のひとり・室井の誘いでとある家具工房の展示会に行ったら老人とその飼い犬の幽霊を連れてきてしまう杏(笑)。本人にとっては笑いごとではないのだろうが、もはや笑うしかなくなってくる。ついでに言うとその直前、前巻で杏とヴィクトールが作ったカッティングボード(ただしその作り方を教えてくれたのは幽霊だった)の完成品がちゃんと送られてきたのもコワイ。ただし今回の老人と飼い犬の幽霊のエピソードは、ある家族の問題を解決してくれるのでほっとひと安心。一方でヴィクトールの椅子偏愛&人類嫌いは相変わらずなのだが、今巻では杏にスツール作りを勧め、全面的に協力してくれることに。ほかにも「もしかして……?」と言いたくなるような素振りがに無きにしも非ずなので、杏の恋路にも期待が持てそうな……?

【前巻:終末少女たち、または恋愛心中論 椅子職人ヴィクトール&杏の怪奇録3】



春奈恵「作家令嬢は舞踏会でロマンスを綴る 作家令嬢と書庫の姫〜オルタンシア王国ロマンス〜1」
全4巻で隔月刊行が決定しているシリーズ1巻。没落しかけている貴族の娘・アナスタジア(アニア)は、従兄で王太子付きの武官・ティモティ(ティム)の斡旋で、オルタンシア王国第1王女・エリザベト(リズ)の女官となる。しかしこの王女、本好きが高じて書庫から出てこない変わり者として有名だった。趣味で小説を書いているアニアは、自作をエサにしてリズを書庫から出すことに成功。リズもまた、アニアの作品が気に入ったため彼女をそばに置くように。性格も合っていたようで、あっという間に仲良くなったふたりだが、リズにはまもなく隣国アルディリアに嫁ぐことが決まっていた。さらにその許嫁がオルタンシアにやってくるということで、王宮内は舞踏会の準備で大わらわ。しかしそんな中、アニアはリズを取り巻く状況に不穏なものを感じ取っていて……ということで、陰謀あり友情ありロマンスありな王宮を田舎令嬢アニア&王女リズのコンビが奔走する本作。今回は1巻ということもあってイントロダクション的というか、ふたりが抱える喫緊の問題がいくつか片付き、さてこれからどうなる?という展開に。おそらくシリーズ通した最大の問題としてはやはりアニアの存在で、かつて名宰相として辣腕を振るっていた祖父の記憶をアニアが引き継いでいる(?)のはなぜなのか、という点はまだ謎のまま。そのせいで今後もいろいろ問題に巻き込まれそうな感じなので、そんな彼女を救うのはリズか、兄貴分のティムか、それともなんとも微妙な関係を築きつつある王太子リシャールなのか?というのが気になるところ。



南綾子「タイムスリップしたら、また就職氷河期でした」
タイトルに「タイムスリップ」とはあるが、実際タイムスリップして過去の自分に会ったり見守ったりするのではなく、あくまでも再び当時の自分になって生きることになるので、厳密にいえば「人生やり直し」なのでは?と思いつつ(笑)……タイトルにもある通り、本作のキーワードは「就職氷河期」。そのせいもあって望んだ職に就けず、非正規のままアラフォーとなってしまった凛子と鶴丸が、1999年の「凛子」と「鶴丸」になってしまい、再び就活に挑むことになるという物語。非正規とはいえどふたりとも20年もの人生経験を積んできただけあり、改めて世間にはびこる様々な問題(セクハラとかパワハラとかブラック企業とか男女差別とか)がくっきりと見えるように。そのことで挫折と成功を繰り返しながらも、ふたりはかつてとは異なる人生を歩んでいくことになる。とはいえ凛子と鶴丸も女と男だしいつかは……と思っていたらこれがなかなかそうならない、その肩透かし感もまた良い(まあ最終的には収まるところに収まるのだが、その顛末がなかなかスカッとさせられる)。


鷹鳥屋明「私はアラブの王様たちとどのように付き合っているのか?」
以前ネットニュースで「アラブの王族とスレイヤーズの推しについて取っ組み合いのケンカをする日本人」という謎の記事を見かけてめちゃくちゃ気になっていたのだが、その元ネタとなっていたのがこの本。しかも帯には「石油王なんていません!」という力強い一言があり、もはや読まないわけにはいかなかった(笑)。筆者である鷹鳥屋氏は元々歴史に興味があり、大学時代にはアラビア半島周辺の歴史も学んでいたということで、就職後にひょんなことからサウジアラビア方面への派遣団に参加することとなり、そうこうしているうちに民族衣装でスキーをする動画をインスタに上げたところ現地でバズったという稀有な経験の持ち主。この時点でかなりすごい話なのだが、その縁で現地の人々(高官とか王族とか)との交流がどんどん広がり、日本ではありえないような経験をしているのがまたすごい。王族お抱えのラッパー(実は世界的にも超有名な人だったらしい)からいきなり「うちのボスが会いたいといっている」というメールが来るという冒頭のエピソードだけでもなかなかハイカロリーな内容なのだが、最後まで読むとアラブあたりに対して私たちが漠然と抱いていたイメージ(石油王がいるとか)がどんどん覆されていくのが面白い。


官報複合体 (河出文庫)
牧野洋
河出書房新社
2021-10-05

牧野洋「官報複合体 権力と一体化するメディアの正体」
ここからは報道系のノンフィクションを。まずはジャーナリストである牧野氏による、日本のメディアと世界(主にアメリカ)のそれとがどう違うのかというのを論じた1冊。日本のメディアは権力(政府)の広報係にすぎないと断じるその理由、あるいは帯の「新聞が文春に勝てない理由」について詳しく書かれている。本来、メディアは権力の監視役と言われている。それはわかる。しかし日本ではそうなっていない。なぜなら、日本のメディア(特に新聞)は、権力側から聞き取った内容をそのまま伝えているだけにすぎないのだから、と。例えば女性の社会進出に関わる問題について某メディアが特集を組んだ際、様々な第三者(しかもすべて男性)からのコメントは連なっているが、そこに当事者であるはずの「女性」たちのコメントがいっさい記述されていなかったことが挙げられる。そういわれると確かにおかしいと思うのだが、現在の日本ではこのような「ニュース」がまかり通っているのだから、自分も言われるまでそのおかしさには気づいていなかったというのが現状である。最終章には二編のメディアが変わるための提言などもあるので、ぜひメディアを作る側だけでなく、見る側である私たちにも読んで、そして考えてほしいと願う。






清水潔「桶川ストーカー殺人事件 遺言」
清水潔「殺人犯はそこにいる 隠蔽された北関東連続幼女誘拐事件」
「官報複合体」にて紹介されていた「伝説の調査報道記者」による、実際の事件にまつわるノンフィクション2冊。「桶川〜」は1999年に埼玉県桶川市で起きた女子大生殺害事件に関する内容で、週刊誌の記者だった著者は、なんと独自の取材で警察よりも先に犯人を特定し、さらにはこの事件について警察が隠蔽を図っていた事実を暴き出している。一方、「殺人犯は〜」は北関東で起きた「足利事件」を足掛かりに、知られざる幼女連続誘拐事件の全貌を浮き彫りにする内容となっている。この「足利事件」ではすでにひとりの男性が逮捕され服役中だったのだが、著者の取材の結果、これが冤罪だったことが証明されるというまさかの展開に。しかしその間に事件そのものは時効を迎えており、また真犯人に迫る決定的な事実をこれまた著者が発見していたにもかかわらず、警察は自身のメンツを重んじてそれ以上動くことはなく、真犯人は不明、また誘拐された少女たちのうちのひとりはいまだに見つかっていないという結果に。どちらの本でも繰り返し説かれているのは、当事者たちの声を丹念に拾い、裏付けをしていくという地道な方法。けれどこれなくして「報道」はありえないのだというスタンスにはすごいとしか言いようがない。とにかく圧巻、のひとこと。



杉山春「ルポ虐待 大阪二児置き去り死事件」
「ルポ虐待」は先日読んだ「つみびと」の元となった事件についてのルポルタージュ。2010年夏、大阪市内のマンションで幼い姉弟が遺体となって発見された。母親はシングルマザーの風俗嬢で、もう何十日も家に帰っておらず、男と遊び歩いてはその様子をSNSにアップしていたという。いったい彼女に何が起きていたのか――というのが、著者が丹念に集めた事実をもとにまとめられている。小説にもあったように、この母親は両親からネグレクト状態に置かれたまま育ち、そのために本来必要な時期に与えられるはずの「愛情」をまったく得られず、しかしその一方でひとりの「女としての役割」――他者をケアする側の役割を、子供の頃から強いられてきたことがわかる。やがて結婚し、子供を産んでからもそれは変わらず――いやむしろその「役割」の押し付けは強化され、そして彼女はそれを拒む言葉すら持てぬままだったということも。もちろん彼女が純粋な被害者だったとはいえないけれど、しかしこれは彼女ひとりの罪なのだろうか。「女」であるという、ただそれだけのことで彼女は要らぬハンデを幼い頃から一方的に背負わされすぎていなかっただろうか。そんなことを考えずにはいられない。


杉山春「児童虐待から考える 社会は家族に何を強いてきたか」
こちらは先ほどの「ルポ虐待」の4年後に刊行された1冊。大阪の事例も含めた親子間の虐待事案から始まり、戦前から戦後にかけて起きていた「満洲女塾」にまつわる問題、さらには「ニューカマー」とも呼ばれる1980年以降に来日した外国人たちとその子供に起きている問題なども挙げたうえで、国が、あるいは世間が「家族」というものをどう捉え、規定を作り、そこに押し込めようとしているかを浮き彫りにしていく。社会状況も「家族」のかたちも昔と今では全く違うのに、人々の意識はいつまでたってもアップデートされていない現実がそこにはある。そしてそのせいで不要な苦しみを負う人々が増えていることも。行政の改革ももちろん必要ではあるが、まずは私たちの考え方を変えることこそがはじめの一歩なのではないかと強く思わされた。

すみれ屋敷の罪人 (宝島社文庫)
降田天
宝島社
2020-01-09

降田天「すみれ屋敷の罪人」
戦前は名家でありながら、東京大空襲で当時の当主とその娘たちが亡くなり、荒れ果てたまま手つかずとなっていた紫峰邸。その敷地内から白骨死体が発見される。X県警の西ノ森はかつて紫峰邸に出入りしていた3人の男女――女中の栗田信子、使用人の岡林誠、お抱え料理人の娘である山岸皐月に当時の屋敷の状況を詳しく聞き取りにやってくる。3人の証言から浮かび上がるのは、華やかな――そしてそれだけではなく、内実はかなり問題を抱えていたと思われる一家の姿。やがてこの「西ノ森」の正体、屋敷で起きたという火事の真相、そしてあの家でなにが起きていたのかが明かされることに。同じ光景だったとしても、見る者によってその捉え方は変わる。状況だけでなく、その時に有していた情報、そして対象への感情などによって。証言が増えるにしたがってどんどん姿を変えていく紫峰家の当主、そしてその娘たちの姿がなんともやるせない。


月の落とし子 (ハヤカワ文庫JA)
穂波 了
早川書房
2021-10-05

穂波了「月の落とし子」
第9回アガサ・クリスティー賞受賞作。月面探査中の宇宙船内で、乗員たちが次々と謎の死を遂げてゆく。突然全身から血を噴き出して死に至るその「病」は、月面探査中に訪れたシャクルトン・クレーターで採取した土壌からもたらされた未知のウィルスによるものとみて間違いなかった。最後まで発症せず生き残った日本人飛行士・工藤晃の奮戦むなしく、宇宙船は船橋にあるマンションへ向けて墜落。JAXAで働いていた晃の妹・茉由は自ら志願し、感染症の専門家である深田と共に現地へ向かうことになるのだが、そこからは先は誰にも想像のつかないような、絶望的な光景が繰り広げられていくのだった。致死性の高い未知のウィルスによるパンデミック――本作が発表されたのは2019年だったが、2021年の現実世界と照らし合わせるとなんとも不思議な気分になってくる。封じ込めを画策する政府と、現場の深田たちとの攻防がなんとも生々しさを帯びて浮かび上がってくる。なのでわずかな希望がようやく見えてくるラストにはほっとさせられた。


つみびと (中公文庫 や 65-3)
山田 詠美
中央公論新社
2021-09-22

山田詠美「つみびと」
2010年に起きた大阪二児置き去り死事件をモチーフにした長編。ふたりの子供を死に至らしめた母・蓮音、その母親である琴音、そして亡くなったふたりの子供「小さき者たち」の3つの視点から、彼女たちに何が起き、その時なにを思っていたかが描かれていく。琴音も蓮音もそれぞれ両親から様々な虐待を受けており、いわゆる「普通の家庭」「普通の幸せ」というものを知らずに家庭に入り、子を産み育てようとしていた。「普通」という言葉の定義を考えるのはとりあえず措いておくとしても、彼女たちの生きてきた環境の異常さがこの事件を生んだのだと言えるだろう。しかしそれだけなのか――そこで思考停止してもいいのか、という問いが読む側には常に突きつけられる。蓮音が、そして琴音が求め続けていた「幸せ」とは何なのか。その答えが出たのかどうか、私にはまだわからない。


老い蜂
櫛木 理宇
東京創元社
2021-09-21

櫛木理宇「老い蜂」
付き合い始めたばかりの彼氏を追いかけるようにして現れた謎の老婆。コンビニで体当たりしてきた老爺に付きまとわれる女子大生。そして殺された建築士の男性と、行方不明になったその妻――かつてストーカーに姉を殺された経験を持つ警察官・佐坂は、建築士男性殺人事件を追う中で、老人による不可解なストーカー行為に苦しめられる女性たちの存在に気付く。やがて関係なさそうに見えたこれらの事件に共通項があることに気付き――というサスペンス長編。ストーカー犯罪の恐ろしさ、そしておぞましさがイヤというほど描かれている。特に今回は相手が老人であるということで、周囲――友人や家族だけでなく、警察までもが相手を見くびり、「お年寄りのやることなんだから目くじら立てないでね」というような反応を取る点がなんとも恐ろしいし、腹立たしい。しかも被害に遭っているのは女性で、それらを口にするのが男性という構図ばかりなのでなおさら。一方、事件を追うさなかに姉を殺したストーカーの逮捕に尽力してくれた刑事と再会した佐坂が、ようやく過去に一区切りつけられたラストが印象的だった。



酒村ゆっけ、「酒に溺れた人魚姫、海の仲間を食い散らかす」
タイトルがあまりにも印象的な本作は、人気YouTuberによる短編集。百貨店で販売されている高級ブランドの口紅が語り手となり、自分の持ち主である女性を救う「口紅の弾丸」、飼い主のヒモノちゃんとの日々を飼い猫の視点から綴る「外の世界を知らない猫」、心霊スポットでビデオカメラに映りこんだ女性の幽霊との交流を描く「本当にあったビデオカメラ」など、全10編を収録。ただやはり個人的に一番気に入ったのは、表題作である「酒に溺れた人魚姫、海の仲間を食い散らかす」。タイトルの通り、人魚姫であるアリアスがひょんなことから酒の味を知ってその虜となり、人間になって思う存分酒を飲み、なおかつ初めて食べたフィッシュバーガーのせいで魚料理の美味しさにも目覚め……という物語(笑)。なお人間になるときには元ネタの人魚姫よろしく「想う相手と結ばれなければ泡となって消えてしまう」と言われるのだが、アリアスにはそんな相手がいない(一応身投げした男性を助けたりはしていたが、別に彼が好きだから人間になりたいわけではなく、あくまでも酒目当て)。ならば彼女は消えずに済むのでは?と思っていたところに待っている意外なラストも含めて面白かった。

私はあなたの瞳の林檎 (講談社文庫)
舞城王太郎
講談社
2021-09-15

舞城王太郎「私はあなたの瞳の林檎」
デビュー20周年!ということで3作連続刊行されることになった短編集第1弾。表題作を含めた3作品を収録した恋愛小説集ということになっているが、なんとなく「恋愛小説集?ホントに?」と思ってしまったのは私だけではないと思いたい(笑)。ただ実際に読んでみると確かに恋愛小説であり、どの作品でも、単純にして純粋な「あなたが好き」という想いが複雑に曲がりくねりながら描かれていく。なおタイトルとなっている「私はあなたの瞳の林檎」というのは、表題作で主人公・直紀が習った英語のイディオム「You are the apple of my eye」からきている。いわゆる「目に入れても痛くないほど可愛い」という慣用句のことなのだが、直紀にとっては絶賛片思い中のお相手の名前が「林檎」だったこともあり、おそらくそのイディオムを誰よりも身近に感じながら、ひたすら林檎に片思いを続けているのだ。ただ、このイディオムを直訳すると「あなたは私の瞳の林檎」となり、タイトルとは「私」と「あなた」が逆になっている。それがいったいどういう意味を持つのかを考えながら読み進めると楽しい。


朝と夕の犯罪
降田 天
KADOKAWA
2021-09-29

降田天「朝と夕の犯罪」
狩野雷太シリーズ第2弾は初の長編作で、「小説野生時代」連載作の書籍化。父親と共に車上生活を送っていた「アサヒ」と「ユウヒ」の兄弟。父親の死をきっかけに、アサヒは実母に引き取られ、ユウヒは施設に入ることになる。それから数年後、成長して再会したふたりは、ある狂言誘拐を目論むことになる。それからさらに数年が経ち、神倉市内のマンションで幼い兄妹の置き去り事件が発生。妹は餓死し、兄が一命を取り留めたこの事件で、逮捕された母親は偽名を名乗ったまま、聴取にまともに応じない。担当刑事の烏丸が手を焼く中、兄妹を発見・保護した神倉駅前署の巡査・狩野の介入により、次第にふたつの事件が結び付けられることになる。いろいろな事件が複雑に絡み合い続けており、最後の最後までその真相がわからなかったのだが、狩野が口をはさみ始めた途端、点と点がどんどん線で結ばれていくのがなんとも気持ち良い。もちろんここで起きた事件そのものはかなり悲惨なものだったし、狩野のやり方は時に褒められたものではなかったが、それでも真実が明らかにされたのは、少なくとも子供たちにとってはいいことだったと信じたい。

【前巻:偽りの春 神倉駅前交番・狩野雷太の推理】



木犀あこ「能楽師 比良坂紅苑は異界に舞う」
幽霊が見える大学院生・橋野昴と、幽霊をその身に降ろし成仏させる能楽師・比良坂紅苑のコンビが織りなすオカルトミステリ。ただしふたりのスタンスは真逆というか、積極的に霊に話しかけてその後悔を解いてあげようと奔走する昴に対し、紅苑の方はたまたま浄化させてるだけというような感じ。しかし物語が進むにつれ、昴がただのおせっかい焼きではないことや、そんな彼に紅苑が何らかの期待を抱いていることなどが明らかになっていく。なんとなくすれ違っていくふたりの関係がどうにももどかしいのだが、最終的にはわかりあえた――というかスタートラインに立てた感じでひと安心。


彼女はもどらない (宝島社文庫)
降田天
宝島社
2020-01-09

降田天「彼女はもどらない」
雑誌編集者の綾野楓は、仕事でうまくいかなかった腹いせもあり、ある人気ブロガーへ批判コメントを送る。そのブロガーである棚島は家庭に問題を抱えていたこともあり、自分を攻撃してきた楓の過去のブログを暴き立てて晒し、その結果として楓はSNS上で炎上させられてしまう――ここまでだと現代日本でよくありそうなことではあるが、そこから物語は思いもよらぬ方向へと転がり落ちてゆく。冒頭に示されたある裁判の光景――「私は綾野楓さんを殺しました」という棚島の言葉がどういう意味を持つのかがわかるラストにはびっくりさせられた。

母親からの小包はなぜこんなにダサいのか
原田ひ香
中央公論新社
2021-09-21

原田ひ香「母親からの小包はなぜこんなにダサいのか」
webサイト「BOC」にて2020〜2021年にかけて掲載されていた6本をまとめた短編集。タイトルの通り「実家から送られてくる小包(主に米や野菜、時には思い出の菓子や地元の銘菓、さらには靴下やババシャツまでも入ったもの)」にまつわるエピソード集で、基本的には母親から送られたそれを受け取る娘のエピソードとなっているが、中には受け取る側ではなく送る側の視点のもの(第4話「お母さんの小包、お作りします」)があったり、毎年父親に高級昆布を送ってくる謎の女性の正体を探るもの(第5話「北の国から」)もあったり。ただ、なかなかインパクトのあるタイトルに反して、どれも送り主の愛の詰まったエピソードばかりで、受け取る側も当初は「こっちでも買えるのに」としぶしぶ受け取ってはいたものの、意外とこれが心の支えや、あるいは新たな一歩を踏み出すきっかけになっていることも。読んでいてとても心温まる感じがしてよかった。


ばにらさま (文春e-book)
山本 文緒
文藝春秋
2021-09-13

山本文緒「ばにらさま」
2008〜2015年にかけて各種雑誌・アンソロジーにて発表された短編6本を収録した作品集。表題作の「ばにらさま」はモテない主人公・広志が、色白で可愛い派遣社員・瑞希と付き合うことになったが……という短編。なぜ彼女が自分なんかと付き合っているのかわからないまま、それでも瑞希のことを大事にしようとしていた広志だが、そんなふたりの日々が綴られる合間に挿入されるのが、瑞希のものと思しきブログの描写。そんなふたりの関係の結末は想像通りのものになってしまうのではあるが、そこで浮き彫りにされる広志と瑞希の「違い」がなんとも胸に刺さる。この表題作に続く5本の短編はいずれも様々な立場・関係の人々が主人公のものではあるが、そこでは主人公たちの過ごす「日常」があるきっかけで「非日常」に変わり、いつしかそちらが「日常」になっていくという現実があぶりだされていく。けれどその変化は決して突飛なものではなく、いま目の前にある現実と地続きであるということもよくわかる。特によかったのは、わがままだが可愛い胡桃と、そんな彼女に振り回される舞子との友情を描いた……と思いきや実は、というラストが驚きの「菓子苑」と、疎遠になっていた亡き友人から意外なものを託される「子供おばさん」の2本。



降田天「偽りの春 神倉駅前交番 狩野雷太の推理」
第71回日本推理作家協会賞(短編部門)を受賞した表題作「偽りの春」を含む連作短編集。倒叙ミステリ形式で、冒頭で事件が起こり、それをサブタイトルにもなっている神倉交番の「お巡りさん」狩野雷太が犯人と対峙し、真相を見抜くという流れになっている。実はこの狩野さん、以前は神奈川県警で刑事として活躍していたのだが、ある事件をきっかけに自ら交番勤務になるよう願い出た模様。しかしその洞察力はずば抜けており、かつての同僚たちからも戻ってくるよう再三言われているにも関わらず、なぜ彼は「交番のお巡りさん」であることをを望むのか――実は収録作5本のうち、4・5番目に置かれた2作品は前3作よりも過去のエピソードとなっており、ここで狩野の「過去」も垣間見えるようになっている。誘拐、窃盗、詐欺……様々な事件のその裏には、罪を犯した人間本人にとっては切実な問題が隠れているのかもしれないが、それらもひっくるめて狩野はすべてを暴き出していく。その鮮やかさがなんともクセになりそう。あと、そんなすごい(元)刑事ぶりを見せる狩野の外見および態度がとてもチャラい(ただし40代らしい)こととか、そんな彼の後輩・月岡(もちろん交番勤務。あだ名はみっちゃん)の存在がかなり気になって仕方ない(笑)。

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