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読んだ本のこと、それ以上に買った本のこと、ときどきライブのことを書き散らかしてみたりする。 （当ブログは全文無断転載禁止です）

カテゴリ： 2022年

上流階級　富久丸百貨店外商部 IV (小学館文庫)
上流階級　富久丸百貨店外商部 IV (小学館文庫)
高殿円
小学館
2022-12-06

高殿円「上流階級 富久丸百貨店外商部�検�
富久丸百貨店の敏腕外商員・鮫島静緒の活躍を描くシリーズ4巻。会社が合併したことで、合併相手の菊池屋からやってきたやり手の美魔女・氷見塚の下につくことになった静緒。以来、微妙にクセの強めな部下たちができたり、外商とは関係のない会議への参加を増やされたり、新規外商員のスカウトを要求されたりと仕事が山積みになる一方で、お客様からも様々な要望がひっきりなしに届いてさあ大変。しかもそんな中、静緒は体調を崩し、手術を要するほどの状態に陥ってしまうのだ。まさに人生の岐路に立たされる中で、仕事と自分の人生を見つめ直した静緒。その決断は、同じく働く女子としては拍手とエールを送りたくなる。ちなみにそんな中でも彼女を支えてくれるのは、意外にも（？）同居人にして同僚の桝屋。ダウンした静緒の世話を甲斐甲斐しく焼いてくれたり、終盤での静緒からのある依頼に飛び上がらんばかりに喜んだりと、これまでで一番の可愛さを発揮してくれるのがいい（笑）。しかしラストで静緒に出された辞令――芦屋川店の店長ってどういうこと!?というところで次巻へ続いてしまったので、早く続きを！

【前巻：上流階級 富久丸百貨店外商部�掘�


うさぎ玉ほろほろ
うさぎ玉ほろほろ
西條 奈加
講談社
2022-12-07

西條奈加「うさぎ玉ほろほろ」
南星屋シリーズ第3弾。前巻で職人の雲平を迎え、商いも上々……というところで新たなトラブルが発生。ある時ふらっと店に現れ、それ以来諸国の珍しい菓子についての話を聞かせてくれるようになったのは、中間の鹿蔵。しかしある夜、切羽詰まった様子で現れた鹿蔵は治兵衛に謎の文を託してここから逃げるよう忠告したのちに姿を消す。そしてその言葉通り、直後に町は大火事に見舞われてしまう。店は焼けずに済んだものの、この火事がきっかけで起きたトラブルなどを解決していく中で、行方知れずとなった鹿蔵の手がかりがひょんなことから判明することに。いくつかの小さなトラブルの裏に隠された陰謀には驚かされるばかりだが、やはり本作ではそんなことより（笑）、出てくる諸国の菓子が気になって仕方ない。特に今回は私の地元の菓子（今でも手土産として有名）も出てきたので、読んでいるとあんこが食べたくなってくるのがなんとも（笑）。

【前巻：亥子ころころ】
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芦屋山手 お道具迎賓館
芦屋山手 お道具迎賓館
高殿 円
淡交社
2022-11-30

高殿円「芦屋山手お道具迎賓館」
2020〜2022年にかけて雑誌「なごみ」に掲載されていた「けっこうなおてまえ」の書籍化。お茶の専門誌で茶道具の擬人化小説連載という、あまりにもぴったりすぎる内容が気になる本作では、過去の動乱などで行方知れずとなった国宝級の茶道具たちが次々と現れては昔話に花を咲かせていく。そんな中で軸となるのが、本能寺の変で失われた――とされていた「白天目茶碗」のシロさんの記憶の空白について。シロさんを芦屋山手のお屋敷の庭から掘り出した「先生」のほのぼのさと、おっとりマイペースなシロさんとのかけあいも楽しいが、やはり圧巻は織田信長に関わる名物たちを集めた「同窓会」のエピソード。先生による本能寺の変にまつわる仮説も面白い。


君の地球が平らになりますように (ジャンプジェイブックスDIGITAL)
君の地球が平らになりますように (ジャンプジェイブックスDIGITAL)
斜線堂有紀
集英社
2022-12-05

斜線堂有紀「君の地球が平らになりますように」
JUMPjBOOKS公式noteに掲載された短編4作＋書き下ろし1本を収録した本作は、「愛じゃないならこれは何」に続く（地獄の）恋愛短編集。例えば表題作の主人公・小町は冴えない女子で、憧れていた同級生のサークルメンバー・壱船には見向きもされないまま大学生活を終える。しかし卒業から5年後、彼が陰謀論的なものにハマって周囲から敬遠されていることを知ると、小町は彼の理解者であるようにふるまい、ついに恋人としての地位を手にするのだ。しかし物語はここでは終わらない――あくまでも恋心で動いている小町と、そうではない壱船とでは、見ているものが全く違うことが突き付けられるのだ。そもそもなぜ彼がこんな風になったかというと……というまさかのオチまでついてくる。これを地獄と呼ばずしてなんと呼ぼうか。他の作品の主人公たちにしても、みなそろいもそろって恋心をこじらせまくり、前に進めず後ろにも戻れず、もがき続ける様が描かれていく。でもそれが愚かなことだというわけではもちろんない。これこそが「恋」というものなのかもしれないのだから。


バタフライ・エフェクト　Ｔ県警警務部事件課 (小学館文庫)
バタフライ・エフェクト　Ｔ県警警務部事件課 (小学館文庫)
松嶋智左
小学館
2022-11-04

松嶋智左「バタフライ・エフェクト T県警務部事件課」
新作の主人公は世代も経歴も異なる3人の女性警官――明堂薫、阿波野千夜、塙香南子。彼女たちが集められたのは、このたびT県警警務部に新設された「事件課」で、部課を超えて横断的に事件の捜査に当たるための部署だという。そんな彼女たちに下された初の任務は、所轄での新人警官の首吊り自殺の調査だった……ということで、周囲だけでなく部署内でもいろいろと衝突しながらも、次第に連携して捜査に当たる事件課の姿が描かれていく本作。やがてこの捜査が、まったく別の事件の真相にも繋がっていく……という展開はとても読みごたえがあって面白い。3人の関係だけでなく、この部署に集められた若手メンバーたちの今後の活躍や成長にも期待したい。
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お墓、どうしてます？　キミコの巣ごもりぐるぐる日記 (集英社文芸単行本)
お墓、どうしてます？　キミコの巣ごもりぐるぐる日記 (集英社文芸単行本)
北大路公子
集英社
2022-11-25

北大路公子「お墓、どうしてます？キミコの巣ごもりぐるぐる日記」
父が急逝して1年、そろそろお墓の用意をしなければ……誰が？私（独身で実家暮らし）か！ということで人気エッセイストの著者による、お墓をめぐる感動の実話（？）……と思いきや、著者の日常は思いがけない方向へと進んでいく。それはもちろんコロナのせい。当初は「墓を買う」というテーマでエッセイを「小説すばる」に連載することとなり、手始めに仁徳天皇陵へ行くという予定だったのだが（それはそれでなぜ？という気がしなくもない・笑）、コロナにより現地へ行くことはままならなくなり（著者は北海道在住のため）、そこからズルズルと問題は先延ばしにされていく。そうこうしている間に市営霊園の募集が始まり、ダメモトで申し込んだら見事（？）当選。費用も払い、あとは定められた期間内に墓を建てるだけ（ただし期間内に墓を建てなかった場合は権利剥奪のうえ費用も戻ってこない）……となるも、墓石選びの時点でつまづき、やっぱり先に進まない。そうこうしているうちに知人に勧められて猫を飼うようなったり、父が経営していた個人事務所の片付けに本腰を入れたり……と、墓のこと以外はどんどん進んでいくのが逆に面白い。そして綴られるのはコロナ禍での悲喜こもごも。墓を買う日記というよりは、サブタイトルの通りコロナ禍における日々の活写となっているのがなんとも。


FIND　警察庁特捜地域潜入班・鳴瀬清花 (角川ホラー文庫)
FIND　警察庁特捜地域潜入班・鳴瀬清花 (角川ホラー文庫)
内藤 了
KADOKAWA
2022-11-22

内藤了「FIND 警察庁特捜地域潜入班・鳴瀬清花」
「藤堂比奈子」「堀北恵北」シリーズに続く女性警官が主人公の新シリーズ第1弾。今回は神奈川県警刑事部捜査第一課で班長を務めるバリバリの女刑事・清花が主人公……なのだが、正義感は強いもののワンマン気味で部下たちとの信頼関係もあまり良好とは言えず、それどころか取り調べを担当していたDV男・本堂が留置場で自殺し、その責任を取らされて異動の憂き目に遭ってしまう。しかも時同じくして、仕事にかまけて家庭を顧みなかったことを理由に、夫からは離婚を突き付けられてしまう。そんな彼女が異動することになったのは、警察庁に新設されたという「特命捜査係・地域潜入班」。迷宮入り寸前となっている事件の捜査のみを行うというこの班の最初の任務は、子供が何人も行方不明となった「神隠しの山」の捜査だった。変わり者だが有能な上司・土井と「キャンプにやってきた叔父と姪」という設定で村落に入り込み、村人たちから事件のヒントを得ていく展開が面白い。最初は刑事としてのやり方が抜けなかった清花が、土井の影響もあって自然にこの班のやり方になじんでいくのも。また、今回の主人公は前2作と異なり、結婚して子供もいる設定。しかも職場ではバリキャリ……ということで、女性が働くという点での問題が浮き彫りになっていくのも興味深い。今後の彼女の活躍と働き方に期待したい。
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走馬灯のセトリは考えておいて (ハヤカワ文庫JA)
走馬灯のセトリは考えておいて (ハヤカワ文庫JA)
柴田 勝家
早川書房
2022-11-16

柴田勝家「走馬灯のセトリは考えておいて」
帯に「祝 柴田勝家（武将）生誕500周年」と書かれているのだが、まさかそのために出版されたのか……？（笑）と言いたくなってしまう最新短編集。2018〜2022年の間に発表された短編4本に、書下ろしとなる表題作が収録されている。個人的によかったのは「姫日記」と「走馬灯のセトリは考えておいて」の2本。

「姫日記」はとある戦国時代をモチーフにしたゲームをプレイする人物の物語。主人公が軍師となり、毛利元就（眼鏡美少女）を覇者とすべく立ち回る……はずがどうやってもうまくいかないという展開に。しかしそれは主人公の腕の問題ではなく、ゲーム自体の問題であるというオチが振るっている。そしてその結果爆誕したある「人物」についても。これはもしかしてある種のノンフィクションだったのだろうか（笑）。

「走馬灯のセトリは考えておいて」は、死後に残ったライフログから生前の姿を復元した「ライフキャスト」を作る小清水イノルが主人公。彼女がこのたび受けた依頼は、数十年前に一世を風靡したバーチャルアイドル「黄昏キエラ」をよみがえらせ、その「ラストライブ」を開催することだった。やがてイノルは「黄昏キエラ」に秘められたある謎の真相を知ることになる。ライフキャストを通して「この世を卒業する」という行為は、最初は死という現象を明るく軽く見せるようにも感じられたのだが、実際はそうではない――むしろ重いものだということがよくわかる。それを行うのが「アイドル（偶像）」であり、たくさんの想いをその身に受ける存在であるというのだからなおさら。


LAST　東京駅おもてうら交番・堀北恵平 (角川ホラー文庫)
LAST　東京駅おもてうら交番・堀北恵平 (角川ホラー文庫)
内藤 了
KADOKAWA
2022-11-22

内藤了「LAST 東京駅おもてうら交番 堀北恵平」
シリーズ8巻、これにて完結。「ターンボックス」に対する捜査本部が本格的に立ち上がる中、恵平と平野はある企業のトップが過去からやってきた人物であり、かつて「匣」を動かしていた人物本人または関係者であることに気付く。そしてその人物に平野がカマをかけたことから、それがあたりであることも判明。そうして物語は再び過去へ――うら交番へと収束していく。柏村が殉職した崩落事故にふたりが居合わせるというところまでは想像がついていたが、その後の展開はまったく予想していない展開で驚くばかり。そしてその後、恵平があの「猟奇犯罪捜査班」を目指すというラストにも驚かされた。これで角川ホラー文庫から出ている2シリーズが同じ世界の話であることがわかったが、本作と同時発売された新シリーズはどうなのか、そのへんもちょっと楽しみ。

【前巻：TRACE 東京駅おもてうら交番 堀北恵平】
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煮売屋なびきの謎解き仕度 (ハルキ文庫 み 14-1)
煮売屋なびきの謎解き仕度 (ハルキ文庫 み 14-1)
汀 こるもの
角川春樹事務所
2022-10-14

汀こるもの「煮売屋なびきの謎解き仕度」
書き下ろしとなる本作は時代小説でミステリ長編。幼い頃に親兄弟とはぐれ、神田で煮売屋を営む久蔵に引き取られたなびき。彼女が14歳になった頃、突然久蔵が富士のご来光を見たいと旅立っていったからさあ大変。ひとりで店を切り盛りしつつ、久蔵から託された「ご飯の神さま」のお告げに従い、店に持ち込まれる謎を解くことになるなびき。口は悪いが面倒見はいい棒手振の辰や、近所のおかみさん、医者の娘だという変わり者の女・おしずらと共に、クセの強めなトラブルに立ち向かうなびきがなんともかわいらしい。しかし謎なのが「ご飯の神さま」のことと、なびき本人の素性。特に後者については、久蔵がなびきを拾ってからその後の経緯はなんとも謎だらけということもあるので、続編があればそのあたりも知りたいところ。


栞と嘘の季節 (集英社文芸単行本)
栞と嘘の季節 (集英社文芸単行本)
米澤穂信
集英社
2022-11-04

米澤穂信「栞と嘘の季節」
「本と鍵の季節」に続く「図書委員シリーズ」第2弾。前作から数か月後、またしても図書委員の堀川と松倉の前に奇妙な「謎」が現れる――それは猛毒を有するトリカブトを押し花にした栞というかたちで。栞をふたりから奪い去り燃やした美しい同級生・瀬野の目的とは。そして同じ頃、賞を取ったという写真部の作品に写っていた花もまたトリカブトだった――校内に植えられていたと思しきトリカブトと、例の栞に関係がない確率は極めて低い。たくさんの「嘘」を潜り抜けながら、ふたりが触れた真相とはいかに。相変わらず友人未満という関係の堀川と松倉だが、今回はそんな関係であるがために、松倉の嘘を堀川が暴くという展開も。なんともいえないこのふたりのコンビがなんともクセになる。

【前巻：本と鍵の季節】
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新装版 タイム・リープ〈上〉　あしたはきのう (メディアワークス文庫)
新装版 タイム・リープ〈上〉　あしたはきのう (メディアワークス文庫)
高畑 京一郎
KADOKAWA
2022-10-25


新装版 タイム・リープ〈下〉　あしたはきのう (メディアワークス文庫)
新装版 タイム・リープ〈下〉　あしたはきのう (メディアワークス文庫)
高畑 京一郎
KADOKAWA
2022-10-25


高畑京一郎「新装版 タイム・リープ あしたはきのう〈上〉〈下〉」
1995年に単行本として刊行され、のちに実写映画化もされた作者の代表作の新装版。高校2年生の鹿島翔香の身に突然起きたタイム・リープ現象――ある1週間を途切れ途切れに「跳躍」してしまうその理由は何なのか。日記に書かれた「自分」からのアドバイスに従い、頭脳明晰なクラスメート・若松和彦の助けを借りながら、やがて翔香はこの現象の「はじまり」を知ることになる。語り手である翔香自身がこの現象の理由も意味もわかっていないため、読んでいるこちらも翔香と同じ気持ちで先に進んでいくことになる。しかし和彦の登場により、バラバラだったピースが面白いくらいにハマっていく展開がなんとも清々しい。そして、そんなふたりの微妙な距離感もいい。


そして、警官は奔る (双葉文庫)
そして、警官は奔る (双葉文庫)
日明 恩
双葉社
2011-04-13

日明恩「そして、警官は奔る」
武本＆潮崎シリーズ第2弾。蒲田署に異動となっていた武本が遭遇したのは隣人トラブル……と思いきや、幼女の監禁および人身売買というヘビーすぎる案件。その捜査の中で、武本は外国人の不法滞在、虐待、人身売買ビジネスなどの暗部を垣間見ることとなる。一方、先の事件の後に警察をいったん辞めた潮崎は、改めて試験を受け、キャリアとしての入庁を控える身。しかし武本にそのことを報告に行った際、たまたま彼が追っている案件の一端に触れ、同じモノを見ることとなる。法に照らせば確実に罪となる行為だが、その根元にあるのは人助け――そんな光景を目にしたふたりはどんな決断を下すのか。蒲田署で武本の相棒となった、周囲から「冷血」と呼ばれる刑事・和田や、温情を重んじる定年間近の警官・小菅など、彼らを取り巻く人々の動向も含め、最後までどう転がるかわからない展開にハラハラさせられた。

【前巻：それでも、警官は微笑う】
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#高畑京一郎
#日明恩

君のクイズ
君のクイズ
小川　哲
朝日新聞出版
2022-10-07

小川哲「君のクイズ」
2022年に「小説トリッパー」に掲載された作品の書籍化。あるクイズ番組で決勝に進出した主人公・三島玲央。この問題に正解した方が優勝という局面で、まだ1文字も問題が読まれていないにも関わらず、対戦相手の本庄絆はボタンを押し、そして正解した。問題を聞いていないのに正解するという事態は果たしてあり得るのか――ヤラセであるとはどうしても思えない三島は、本庄の過去の出演番組や彼自身の過去を調べ上げ、さらに決勝戦のVTRを見返しながら、その真相を追い求める。クイズ番組を見ていると、問題の途中――それこそ最初の1文すら最後まで読んでいないような状態で解答者がボタンを押し、正解するというのを目にすることがよくある。そんなことありえるのか、と常々思っていたがどうやらありえるらしい。そんなクイズプレイヤーたちの裏側が見られるのも面白いが、それ以上に気になるのはやはり、三島が直面した決勝戦での事態の真相。三島は番組を振り返りながら、自分が正解した問題と、自分自身との関わりについて思い出していく――クイズに答えるということは、ただ知識を詰め込むだけでは不可能なのだ。問題文の構成を考えて、答えを記憶の中から芋づる式に引きずり出すことに他ならない。そしてその事実は、やがて真相にたどり着いてしまう。クイズを解くという、シンプルだけど奥深い行為に驚かされる1冊。

ｉｆの世界線　　改変歴史ＳＦアンソロジー (講談社タイガ)
ｉｆの世界線　　改変歴史ＳＦアンソロジー (講談社タイガ)
宮内悠介
講談社
2022-10-14

「ifの世界線 改変歴史SFアンソロジー」
石川宗生、小川一水、斜線堂有紀、伴名練、宮内悠介によるSFアンソロジー。テーマは「改変歴史」ということで、様々な改変がなされた異なる世界線の短編群が収録されている。個人的によかったのは斜線堂有紀「一一六二年のlovin’ life」と伴名練「二〇〇〇一周目のジャンヌ」。
前者の舞台は平安時代。式子内親王がいかにして有名歌人となっていったか――というストーリーなのだが、本作での和歌というのは、いったん大和言葉で詠んだものを「詠語」に「詠訳」するというもの。詠訳が苦手で和歌から遠ざかっていた式子のもとにやってきたのは、詠語に堪能な変わり者の女房・帥。彼女との出会いによって式子の才能が花開いていくことになるのだが、その主従の関係がなんとも微笑ましい。
後者は遠い未来のフランスにおいて、ある目的をもって行われた実験の様子が描かれる――それは救国の乙女ジャンヌ・ダルクの模造人格を作成し、これに記憶を持たせたまま、何度も火刑の日の朝を起点として人生のやり直しをさせるというシミュレーション。これを主の試練だと考えたジャンヌは、やがて刑場から逃げ出すことに成功し、様々な「未来」を祖国にもたらしていく。だが果たして、ジャンヌがその信仰を捨てる「回」はあるのだろうか、と。なんとも残酷な実験がもたらした結末はなんとも哀しい。
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烏の緑羽 八咫烏シリーズ (文春e-book)
烏の緑羽 八咫烏シリーズ (文春e-book)
阿部 智里
文藝春秋
2022-10-07

阿部智里「烏の緑羽」
八咫烏シリーズ2期3巻は、「真の金烏」奈月彦の兄である明鏡院長束――その側近である路近という存在が中心に据えられた展開に。長束と路近はいい主従なのだと思っていたのだが、意外と長束の方は路近を恐れていたという告白から始まる。奈月彦の助言により、長束は路近の師である清賢、そして路近の元側近で、先の大戦の後に地方へ追いやられたという翠寛から話を聞くことになる。それぞれの視点から描かれる路近という人物は、想像していたよりもはるかに厄介な人物だったのだが、読み進むにつれて路近だけではなく長束もまた（いい意味で）厄介な人種であることがわかり、なんというか似た者主従だなという気持ちになってくる。しかしそんなほっこり（？）しているうちに、物語は現在――前巻で描かれていた悲劇に引き戻されてしまう。奈月彦の死にショックを受けたのは長束もまた同様。浜木綿に応じて挙兵しようと口にする路近に対し、しかし長束はそれを拒む。それができたのは翠寛をそばに置いていたがゆえの僥倖――しかし確実に、今後再起を図る上では重要な一手であり、そのきっかけを作ったのが奈月彦だったという事実にもどこか恐ろしいものを感じてしまう。ともあれ、浜木綿と紫苑の宮は姿を消し、表向きは雪哉の企みに従う形で6年が経過。ラスト、明鏡院で長束の前に現れたのはきっとあのふたりなのだろう。雌伏の時はこれで終わりを告げ、再び山内は動乱の日々を迎えることになるのだろうか。

【前巻：追憶の烏】


世界の望む静謐
世界の望む静謐
倉知 淳
東京創元社
2022-10-11

倉知淳「世界の望む静謐」
死神のごとき容貌を持つ乙姫警部が事件の真相を見抜く倒叙ミステリ短編集第2弾。2021〜2022年にかけて発表された4編が収録されている。「死神」が今回相対するのは、大人気漫画家の担当編集者、歌謡界の元スター、人気タレント文化人、そして美大予備校の講師。彼ら彼女らは様々な理由で人を殺し、それを隠蔽しようと企むが、乙姫警部はそれらをすべて解決してしまう――なんなら最初から、彼ら彼女らのことを怪しんでいたというのだから驚き。しかし面白いのは、乙姫警部に会った人々が全員必ず彼のことを死神のようだと形容することと、そんな容貌の乙姫警部がびっくりするくらい博識であること。特に後者は、例えば歌謡界の元スターの事件の際にはどんな曲をヒットさせていたかを知っていたり、あるいは女性のライフスタイルを提案するタレント文化人の事件の際には彼女の著書（もちろん女性向け）を読破していたり、とにかく意外としかいいようのない取り合わせの事柄も知っているというそのギャップがいい。けれどそんな面白キャラ（？）とは裏腹に、事件に対する洞察力と推理力はまさに折り紙付き。彼の活躍を今後も見てみたい。

【前巻：皇帝と拳銃と】
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女副署長　祭礼（新潮文庫）
女副署長　祭礼（新潮文庫）
松嶋智左
新潮社
2022-09-28

松嶋智左「女副署長 祭礼」
ノンキャリアの女性副署長・田添杏美の活躍を描くシリーズ第3弾にして完結編。前2巻ではそれぞれ杏美の所属する署が異なっていたが、今回も舞台は旭中央署という別の警察署。1年前に赴任し、ようやく慣れてきたころに、今度はキャリアの女性署長が赴任してくるというところから物語は始まる。実はこの旭中央署ではふたつの大きな未解決事件を抱えていた――ひとつは6年前に神社の夏祭りで起きた少女の行方不明事件、そしてもうひとつは2年前の信用金庫強盗傷害事件。新署長に事件についての引き継ぎを行っているさなか、監察から極秘裏に杏美のもとへ連絡が。新署長がある男性との間にトラブルを抱えているため、どうにかして解決させろというのだ。さらに強盗傷害事件の容疑者の元彼女がビルの屋上から転落死するという案件が発生。過去の事件と現在の事件とが錯綜する中、物語は思わぬ方向に向かうことになる。実は監察から、新署長のトラブルを解決した暁には、次の異動で署長になれるよう推薦すると言われていた杏美。今回でシリーズ完結ということなので、もしや次は「女署長」シリーズとして再スタートするのか？と思っていたらまさかの結末となり、これには読んでいるこちらも驚くばかり。帯に「劇的完結！」とあるが、その通りだな……ということで。

【前巻：女副署長 緊急配備】


それでも、警官は微笑う
それでも、警官は微笑う
日明恩
双葉社
2013-09-07

日明恩「それでも、警官は微笑う」
第25回メフィスト賞を受賞した警察小説シリーズ第1弾。謎の密造拳銃をめぐり、凸凹警官コンビと麻薬取締官が時に対立し、時に協力し合いながら事件解決を目指す長編となっている。もちろんメインは無口で武骨な巡査部長の武本と、明るくて弁の立つ警部補の潮崎の警官コンビ。年齢は武本の方が上だが、階級は潮崎の方が上なので、警察組織としては潮崎の方が上司に当たる。しかし潮崎は武本を「先輩」と呼び、なぜか毎日弁当を持ってきたり、ネットに疎い武本のためにあれこれ調べものをしたりと（ある意味）自由気ままな人物。しかも彼は古くから続く名家の出身で、政財界はもとより警察そのものにも多大な影響力を持っており、がために周囲からは腫れ物扱いされているのだからこれまた厄介。武本もそんな潮崎の扱いに当初は手を焼いていたものの、捜査が進むにつれて彼の苦悩や想いを知り、次第に名実ともにバディとなっていくことに。一方、今回の事件の真相や、事件を通して知り合った麻薬取締官・宮田の持つバックボーンなど、武本・汐崎ペア以外の周辺事情が思いがけない展開も見せるのも面白い。しかしラストで武本が他部署へ異動となり、さらに潮崎は警察を辞めてしまったため、ふたりのコンビは解消されてしまう。続編でこのふたりがどんなかたちで再会し、活躍することになるのか気になるところ。
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鍵のない夢を見る (文春文庫)
鍵のない夢を見る (文春文庫)
辻村深月
文藝春秋
2015-07-10

辻村深月「鍵のない夢を見る」
第147回直木賞受賞作となった短編集。クラスの友人の母親が泥棒であることを知ったミチル、合コンで知り合った男が自分の実家近くにある建物に放火したことを知らされる笙子、彼氏と旅行中なのにどこかぎこちない美衣、いつまでも夢を語る彼氏に絶望しながら惹かれ続けた未玖、念願の子供を授かったはずが、次第に育児に追い詰められていく良枝……ボタンの掛け違いともいえるくらいにささやかなミスが、やがて取り返しのつかない問題に発展していく様子がまざまざと描かれていく。鍵のない夢――ただ幸せになりたいと願っていただけなのに、そこからわずかではあるが漏れ出た欲望が、彼女たちの世界を暗転させていくさまにはぞっとさせられる。


イオカステの揺籃 (単行本)
イオカステの揺籃 (単行本)
遠田 潤子
中央公論新社
2022-09-08

遠田潤子「イオカステの揺籃」
初めての子供を授かった建築家の青川英樹は、妻の美沙と共に実家へと報告へ向かう。周囲から「バラ夫人」と呼ばれ、教室を開くほどバラへの造詣が深い母・恭子は大喜びするが、その子供が男であることがわかった頃には様相が一変。切迫流産しかけた美沙の面倒を自分が見ると自宅へ連れ帰り、まるで監禁するかのように彼女を閉じ込めてしまう。常軌を逸した母親の様子を恐れた英樹はむりやり美沙を実家から連れ出すが、その後も恭子は美沙のお腹の子供に異常なまでの執着を示すようになる。その理由は青川一家の過去――英樹の弟が事故で亡くなったことが原因なのだが、その影には悲しい真実が隠されていた。異常なまでの恭子の行動に、息子である英樹も、夫である誠一も気付けない。唯一それが理解できたのは、兄ばかりひいきする母親のことを嫌っていた娘・玲子だけというのがなんとも哀しい。恭子、玲子、そして美沙を苦しめていた、女であるがゆえに生じる一種の呪いは、現実のそこかしこにもきっと横たわっている。


悲鳴だけ聞こえない
悲鳴だけ聞こえない
織守きょうや
双葉社
2022-09-15

織守きょうや「悲鳴だけ聞こえない」
木村＆高塚弁護士シリーズ第3弾は短編集。表題作はある会社のパワハラ案件を巡り、調査に乗り出す木村と高塚の姿が描かれていく。パワハラにあたるであろう会話を聞いたという匿名の投書に基づき、社内で聞き取り調査を行うふたり。そこで投書をした本人と思しき社員は見つかるものの、パワハラを受けたと訴え出る社員はひとりもいなかった。投書や聞き取りの内容を突き合わせ、パワハラが行われたであろう日時や場所を突き止めた木村だったが、やがてその内容に隠れていた矛盾点に気付き……という展開に。タイトルの「悲鳴だけ聞こえない」というのは、この時の「パワハラの被害者が名乗りでない」という事象を指しているのだが、なぜそうなったのかという理由には驚かされる。他にも井さん相続に絡むエピソードや、詐欺に関するエピソードなど、全5編を収録。今回も木村弁護士の成長ぶりと、高塚弁護士の敏腕ぶりが素晴らしい。

【前巻：301号室の聖者】


犬を盗む
犬を盗む
佐藤 青南
実業之日本社
2022-09-08

佐藤青南「犬を盗む」
デビュー10周年を迎えた著者によるミステリ長編。老資産家の木戸タカ子が殺されるという事件が発生。警察は彼女が死の直前に会っていたと考えられる人物の特定を急いでいたが、その過程でタカ子が犬を飼っていたことが判明し、警察はその犬の行方も追うことに。一方、ゴシップ誌のフリーライター・鶴崎は、コンビニでのバイト中に先輩の松本から犬を飼い始めたことを聞かされる。実は松本の正体は、かつて両親を殺して刑に服していた周防という人物で、鶴崎はその周防の足取りを追ってここでバイトしていたのだ。突然話に出てきた犬の存在が気になった鶴崎は、松本の代わりに犬の散歩を請け負うことで、彼へのさらなる接近を試みる。しかし散歩の途中ですれ違った女性から、鶴崎が連れている犬は、以前別の老婆が散歩させていたということを聞かされ……と、ここまで読むと当然松本が木戸タカ子殺しの犯人なのでは？と思わざるを得ない。しかしそれで終わらないのが本作。真犯人は誰なのか、そして現場から犬を連れ去った理由とは――すべての謎が明かされるラストにはぐっとくるものがある。
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星霊の艦隊　1 (ハヤカワ文庫JA)
星霊の艦隊　1 (ハヤカワ文庫JA)
山口 優
早川書房
2022-08-17


星霊の艦隊　２ (ハヤカワ文庫JA)
星霊の艦隊　２ (ハヤカワ文庫JA)
山口 優
早川書房
2022-09-14

山口優「星霊の艦隊1〜2」
人間と人型AI「星霊」が存在する遠い未来が舞台のハードSFスペースオペラシリーズ1〜2巻。ただしこの世界では30年前から戦争の真っ最中――人間の排除を目論む星霊国家〈アルヴヘイム党律圏〉と、星霊はあくまでも人類の従属物とみなす〈人類連合圏〉が宇宙の派遣をかけて争う中、人間と星霊の平等な共存を掲げる〈アメノヤマト帝律圏〉はアルヴヘイムとひとまず同盟を結ぶという苦渋の決断を下し、連合圏と敵対することに。主人公の翠真ユウリは連合圏に遺伝子情報を奪われたことで性別が未分化のまま軍属となり（アメノヤマトではある一定の年齢になってから自分で性別を選ぶシステムになっている）、相棒である「配偶官」アルフリーデと共に連合圏へと挑んでいく。

1巻では連合圏との会戦のさなか、ユウリの奪われた遺伝子情報のありかが判明。次ぐ2巻ではアメノヤマトの人類に隠された秘密が明らかになるとともに、連合圏との新たな戦いの局面に至る中で、アメノヤマト上層部が選んだ「人間と星霊の共存」に反する行為に対して、ユウリとアルフリーデが苦悩するという展開が描かれていく。本作特有のSF描写――星霊たちが人口ブラックホールを操り、様々な事象を可能にするという理論――は本格的過ぎてちょっとついていけない部分もあるのだが、そういう部分を差し引いても十二分に魅力的なのが、主人公であるユウリと、その「配偶官」――つまり相棒である星霊アルフリーデとの関係性。ユウリは過去の事件のせいで性別がない状態のまま生きており、そのことが理由で問題に直面することもしばしば。一方でアルフリーデは、アルヴヘイムの考え方に反発して亡命してきたという、これまた複雑な立場の持ち主。お互いに思い合っているにも関わらず、それぞれの置かれた状況だったり、さらにアルフリーデにとっては自身のプライドだったりが邪魔をして、素直になれない――というよりかはじれったいカップルのような関係も垣間見えるのがたまらない。ユウリたちが直面している戦争はあまりにも深刻で、落としどころがどこにもなさそうな状態。それだけにもはや絶滅戦争にしかならない現状の中、このふたりの関係はひとすじの希望であるといえる。そんなふたりの――そして世界の行きつく先はどこにあるのだろうか。
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開署準備室 巡査長・野路明良 (祥伝社文庫)
開署準備室 巡査長・野路明良 (祥伝社文庫)
松嶋智左
祥伝社
2021-10-22

松嶋智左「開署準備室 巡査長・野路明良」
自治体の合併によって新たに設置されることになった「姫野警察署」。全国大会1位の腕前を持ちながらも、事故の後遺症のためにバイクに乗れなくなった元白バイ隊員の野路明良は、復帰後に姫野署の開署準備室のメンバーに配置されることに。忖度という言葉を知らず、初対面の相手にも自分が正しいと思うことを口にする女性巡査・山部と共に署内を奔走する野路だが、その最中に不審な出来事がいくつも起こり始める。指示していない場所に置かれた備品、誰もいないはずの部屋によぎる人影、そして不審な行動を見せる開署準備室室長の側近……やがてこれらのピースが、過去に起きたある事件へと繋がっていくことに。事故で部下を死なせ、自分も白バイに乗れなくなってしまった野路は、この業務が終わったら退職しようと考えている。しかしそんな彼にも山部は容赦なくあれこれ言葉をかけていく。しかしある時、山部の夫が何者かに襲われて死の淵をさまようことになり、動揺する山部を野路は懸命に支えるように。最初は相性の悪かったふたりが次第にそうでもなくなり、そしてそれぞれが自分に欠けているものだったり、あるいは必要なことに気付いていくという展開がとてもいい。


黒バイ捜査隊　巡査部長・野路明良（祥伝社文庫ま12-2） (祥伝社文庫 ま 12-2)
黒バイ捜査隊　巡査部長・野路明良（祥伝社文庫ま12-2） (祥伝社文庫 ま 12-2)
松嶋智左
祥伝社
2022-09-09

松嶋智左「黒バイ捜査隊 巡査部長・野路明良」
「開署準備室」の続編となる本作。野路は前作の事を経て、改めて警察官として働き続けることを決意。昇進をきっかけに運転免許センターに異動し、二輪技能試験監督として働くこととなる。しかしそんな中、野路が勤めるセンターで作成された免許証に重大な問題が発覚する――偽造ではなく、同じ人物の本物の免許証が2枚存在しているという事実が判明するのだ。いったい誰が何のためにそんなものを作っていたのか――謎の事件と共に、野路の悲恋が描かれるという展開も気になるところ。前作の登場人物（特に山部とか）は全く出てこないのだが、センターの同僚たちや、このたび新設され、本作のタイトルにもなっている「黒バイ捜査隊」の面々もなかなかクセのある人々がいて面白い。


続・金星特急 竜血の娘(4) (ウィングス文庫)
続・金星特急 竜血の娘(4) (ウィングス文庫)
嬉野 君
新書館
2022-09-10

嬉野君「続・金星特急 竜血の娘4」
本編から700年後の世界を描くシリーズ4巻。桜はイリヤに拉致され、あれこれとヒドい目に遭わされてさあ大変。しかしなんとか機転を利かせてひとつ乗り越えたとしても、さらに過酷な状況を追い落とされるのでキリがない。一方で桜を追ってロンドンへと向かう砂鉄たちだったが、葬送隊に阻まれてしまい、三月は「ママの矢尻」を蜜蜂に託して先行させることに。そもそも桜がさらわれたのは蜜蜂のせいだし、実際はそれが彼の本来の目的だったのだが、今回の件で三月たちからの信頼を得たことや、桜と過ごした日々の記憶は確実に蜜蜂の心境に変化をもたらしつつあり、それだけがうれしい展開だなあとしみじみ。というのも、目覚めてから此処までの間で、ユースタスが砂鉄への信頼と、失われた記憶のかけらを取り戻しつつあることがわかってほっとひと安心……と思っていたら何の前触れもなく突然、砂鉄のことを知らない状態に逆戻りしたものだからこれまた大変。同様に長い年月を眠っていた存在であるにも関わらず、夏草と違ってユースタスにだけ起きているこの現象が、桜を取り巻く事象に対するなんらかの鍵である可能性は高い。しかしそれにしたってこれはひどい、と言わざるを得ない状況。これでもう砂鉄が立ち直れなくなってしまったらどうすればいいのだろうか。

【前巻：続・金星特急 竜血の娘3】
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代表取締役アイドル (文春文庫)
代表取締役アイドル (文春文庫)
小林 泰三
文藝春秋
2022-09-01

小林泰三「代表取締役アイドル」
地下アイドルの河野ささらに舞い込んできた仕事は、とある大企業の社外取締役!?というなんとも奇妙な出だしのお仕事（？）小説。しかしこの企業というのが、潰れてないのが不思議なくらいのトンデモ企業。社長と会長は業務のことをろくに知らないのに、なぜか自分たちが有能な経営者だと信じて疑わず、また持ち株比率が1%にも満たないにも関わらず、会社は自分たちのものだと思い込んでいるどうしようもない親子。そして部下たちは保身のために忖度・追従しまくっているものだから始末が悪い。そしてそのせいで問題が起きれば、ささらを社長に仕立て上げて謝罪行脚に駆り立てる。もうどこからツッこんでいいのかわからない展開にはなんともイライラ。しかし会社経営のことがまったくわからないささらを助ける数少ない社員たち、そしてささら自身が社長として、取締役としての自覚をもって会社を救おうとする展開がぐっとくる。


噓つきジェンガ (文春e-book)
噓つきジェンガ (文春e-book)
辻村 深月
文藝春秋
2022-08-25

辻村深月「嘘つきジェンガ」
2021〜2022年にかけて「オール讀物」に掲載された短編3作を収録。いずれもテーマは「詐欺」で、ロマンス詐欺に受験詐欺、そしてなりすましとバラエティ（？）豊か。コロナ禍で進退窮まった大学生はロマンス詐欺の片棒を担がされかけ、長男に比べるとできの悪い次男のために母親はコンサルタントに金を払い、クリエイターになれなかった女は憧れの漫画原作者になり切ってオンラインサロンを開く。もちろん詐欺は犯罪だし、彼ら彼女らはその一線を越えてしまったわけだが、しかしそうせざるを得なかった事情は確かにあった。それすらも身勝手なものであると言われればそれまでだが、しかしこれをきっかけにやり直そうとする姿が確かに描かれていた。
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営繕かるかや怪異譚 その参
営繕かるかや怪異譚 その参
小野 不由美
KADOKAWA
2022-08-26

小野不由美「営繕かるかや怪異譚 その参」
怪異の起きる家、そこに潜む「何か」を描く短編集第3弾。
女の影が潜む塔、死んだはずの姑の気配が残る家、勝手に変化するドールハウス……等々、今回も様々な物件が登場。そしてそこに現れるのが「営繕 かるかや」の尾端。結局のところ、これらの怪異は本物なのか気のせいなのか、それは誰にもわからない。けれど尾端が手をかけることによって、その「怪異」はおそらく消えている――のだろう（なにせ終盤で登場して、どこをどう直すかを語るところで物語は終わってしまうので）。こうしてみると気の持ちようとかそういう話なのかもしれないとも思うし、でもやはり「何か」はいて、その原因を尾端が見抜いているというようにも見える。そのどちらでもない感じが相変わらず心地よい。

【前巻：営繕かるかや怪異譚 その弐】


天国の修羅たち ヘルドッグスシリーズ (角川文庫)
天国の修羅たち ヘルドッグスシリーズ (角川文庫)
深町 秋生
KADOKAWA
2022-08-24

深町秋生「天国の修羅たち」
文庫書き下ろしの「ヘルドッグス」シリーズ第3弾。前巻は過去編だったが、今回は「ヘルドッグス」の続編となっている。「兼高昭吾」こと出月悟郎が世間にバラまいた「兼高ファイル」は予想通りというべきか、警察によってガセネタと断定され、いまや一部の人々のみが信じる都市伝説のような扱いに。今巻の主人公である警視庁捜査一課の女性刑事・神野真里亜はしかし、老ジャーナリストの殺人事件を追う中で、その内容が真実である可能性を知り、真実を追ううちに出月本人との接触を果たすこととなる。「ヘルドッグス」の後、兼高たちはいったいどうなったのか――彼が報われることは果たしてあるのかという問いに、きっちりと答えてくれる完結編となっている。

【前巻：煉獄の獅子たち】


育休刑事 (角川文庫)
育休刑事 (角川文庫)
似鳥 鶏
KADOKAWA
2022-08-24

似鳥鶏「育休刑事」
タイトルの通り育休中の刑事が主人公。ただし育休してるのは母親ではなく父親である秋月春風の方。なのに子連れで外出したらなぜか出先で事件に巻き込まれ、そして子供の存在がカギとなって事件解決！というなかなか不思議な警察（？）小説。トリッキーすぎる実の姉（法医学部所属の医師）もさることながら、産後でもバリバリに働く妻・沙樹さんの職業にはとにかくびっくり。まさかそう来るとは……だから春風が育休を取らざるをえなかったのかもしれないが、それはそれとして、女性の側からすればなんとも頼もしい物語。そして春風の息子であり、まだ0歳なのに（作中では3か月から7か月にまで成長する）、父親の仕事を（知らず知らずのうちに）サポートしてくれているのがなんともスゴイし、その成長ぶり（物理的な意味で）がなんともまぶしい。
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おもいでマシン (新潮文庫)
おもいでマシン (新潮文庫)
梶尾 真治
新潮社
2022-05-30

梶尾真治「おもいでマシン 1話3分の超短編集」
タイトルの通り、3分くらいで読めるショートショート40編が収録されている本作。展開は様々で最後の最後まで面白い1冊だったが、特に気に入ったのは以下の4編。

「宇宙船降臨」…突如現れた未知の飛行物体、そこから現れたエイリアンとおぼしき存在は、どこからどう見てもさえない中年男。単に中年男性に擬態したエイリアンなのかと思いきや、そうではないのでは？と気付いてしまった人たちの間で起きるパニックがなんとも。結局何が起きたんだろうか。

「完璧な殺し屋」…どうしても殺したい相手がいる主人公。そんな折に耳にした「完璧な殺し屋」の正体とは。そしてまさかのオチ（笑）。

「しんえんくん」…つまり「深淵を覗くとき、深淵もまた、こちらを覗いているのだ」という話。ちょっぴり切ないラストがいい。

「運命の朝」…とある転校生、初登校の朝に食パンをくわえて「遅刻！遅刻！」と叫ぶ女子高生と曲がり角でぶつか……らなかったがために起きたこととは。それは確かに運命である（笑）。


音無橋、たもと屋の純情　旅立つ人への天津飯 (集英社オレンジ文庫)
音無橋、たもと屋の純情　旅立つ人への天津飯 (集英社オレンジ文庫)
竹岡葉月
集英社
2022-08-26

竹岡葉月「音無橋、たもと屋の純情 旅立つ人への天津飯」
新作はすこしふしぎなごはんモノ。なんとか就職した会社にどうしてもなじめず、追い詰められていた平良凛々。そんな彼女が雨の中さまよう野良猫と共に訪れたのが「たもと屋」という定食屋だった。そこで出会った店主の野洲聡一郎と、常連客の向坂菫に励まされ、ようやく本当に自分がやりたいことが何なのかに気付く――というのは実はイントロダクションで、この「たもと屋」と聡一郎、菫との関係が引き続き描かれていくことに。実は心残りのある死者が訪れるというこの店で、凛々は（いろんな意味で）奇妙な経験をすることに。聡一郎と菫の関係についてはなんとなく予想はつくものの、ラストはそうくるか、のひとこと。そして相変わらず登場する料理がおいしそう。
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