佐藤究「トライロバレット」
文庫書き下ろしとなる本作は、アメリカはユタ州に住む高校生が主人公の「新ヒーロー小説」。内気な性格で、目立たない生徒だったバーナム・クロネッカーは、ある日突然人気者の同級生コール・アボットからいじめの対象としてロックオンされてしまう。ロッカーの扉を接着剤でくっつけられたり、ジャガイモを投げつけられたり、突然写真を撮られてSNSに拡散されたり。そんな中でバーナムが出会ったのは、同じくいじめの標的にされている同級生・タキオだった。同じ被害者同士、なんとなく仲良くなるふたり。しかしある時、バーナムの父親が職場で事故死。現場へ向かうバーナムの前に現れたのは、彼が愛する三葉虫をモチーフとした衣装をまとう謎の人物。その人物はバーナムに「君にトライロバレットになってほしい」とささやくのだった――そこから物語は急展開を迎える。銃社会であるアメリカで他社を攻撃するのは簡単だ――銃を使えばいいのだから。そしてバーナムの通う高校で銃の乱射事件が起きる。さて犯人はいったい誰なのか――そしてヒーローとは誰のことなのか。予想だにしなかった顛末には驚かされる。
宮内悠介「暗号の子」
2019〜2024年にかけて各種媒体で発表された8本が収録されている短編集。特によかったのは以下の通り。
・「暗号の子」
ASDの人々が集う匿名グループに参加していた梨沙。しかしその一員がテロ事件を起こしたことで、グループ自体が危険な組織とみなされて攻撃されてしまう。グループを守りたい一心でマスコミに顔を出し、評論家のような立場になってしまった梨沙だったが、世論のありようが次第に彼女を追い詰めていく。そんな彼女を救うきっかけになったエピソードがいい。
・「ローパス・フィルター」
ローパス・フィルターと呼ばれるアプリをめぐる物語。それはSNSの中で発せられる過激な発言を間引いて表示させるブログラムで、最初はあるアプリの付属的な要素に過ぎなかった。しかし攻撃的な発言に疲れた人々に広く受け入れられた――が、やがてその「間引き」の条件を巡って問題が起きるように。語り手は知人のエンジニアと共にそのプログラムの解析を行い、ある結末に至る。そのシビアな真相にぞっとさせられる。
・「明晰夢」
ある意味で禅問答のような、もしくは身も蓋もない感じで言うなら「五十歩百歩」みたいな短編。「ルーシッド(明晰夢)」と呼ばれるアプリはかつてのLSDのような作用をもたらすものだった。それに耽溺する若者たちを見て、LSDを推進する人々が反発を始める。幻覚に没入するとしても、それは仮想空間で行われるのと、薬物によって脳内で行われるのと、いったいどちらが「アリ」なのか――。
諏訪哲史「アサッテの人」
第50回群像新人文学賞および第137回芥川賞を受賞した、著者のデビュー作。語り手である「私」がめくるのは、自身でものした叔父にまつわる物語。その大半はその妻の視点から描かれたものだったり、あるいは叔父自身の日記によるものだったりする。叔父を題材としているのは、その叔父が数年前に妻を亡くし、そして現在は黙って行方をくらましているからこそ。その叔父はかつて吃音を患っていたが、ある時突然それが「治り」、かわりに「アサッテ」の言葉を得てしまったようなのだ。叔母の目からすれば奇行にしか見えない「ポンパ」だの「タポンテュー」などという謎の言葉。本人にしてみればそれは単なる言葉であるようにも見える――少なくとも語り手や、生前の叔母の目からすれば。しかし叔父にとってはそうではなかったようで、第三者の目(どちらかといえば耳?)からは自然な「奇行」として映っていたその「アサッテ」な発言も、彼にとっては言葉を重ねれぱ重ねただけ、奇行ではなく凡庸に陥っていた可能性がある。だからこその失踪であるならば、語り手が叔父について語ることが次第に困難になるのもそれゆえのことかもしれない。


































