phantasmagoria

読んだ本のこと、それ以上に買った本のこと、ときどきライブのことを書き散らかしてみたりする。

タグ:上田早夕里

破滅の王
上田 早夕里
双葉社
2017-11-21

1936年、上海。宮本は自ら志願し、上海自然科学研究所へと向かうことに。中国人研究者たちと共に専門である細菌研究に勤しんでいた宮本だったが、日中間の関係がますます悪化してゆく中、研究者仲間で親友の六川が行方をくらましてしまう。以前、別の研究員が抗日ゲリラに拉致・殺害される事件があったこともあり、失意に沈む宮本。その矢先、日本総領事代理である菱科、そして日本大使館の武官補佐官である灰塚少佐に呼び寄せられた宮本は、極秘裏にある機密文書を渡され、意見を求められる。それは「R2v(キング)」と仮称される、新種の細菌についての論文だった。「R2v」に対する治療法は今のところ存在しておらず、研究しようにも論文そのものが欠損しているうえ、肝心の「R2v」の菌株すらないという事実に戦慄する宮本。さらにその直後に六川が遺体で発見されるのだが、その死にも「R2v」の存在が関わっているようで……。

2016〜2017年に「小説推理」に連載されていた長編ミステリ。大戦中の上海を舞台に、治療法のない未知の細菌兵器「R2v」を巡る男たちの攻防が描かれていく。

コレラに似た症状を引き起こすが、ペニシリンなどの現存する薬剤に耐性があり、なおかつ人体に入り込めばたちまち増殖し宿主を死に至らしめる突然変異の細菌「R2v」。出自も作成者もわからないことだらけだったこの細菌が、もし兵器として前線にばらまかれてしまったら――そしてそれが風に乗り、あるいは鳥などが媒介して世界中に広まってしまったら――タイトル通り、まさに「破滅の王」としか言えないこの細菌に挑むことになるのは、細菌学を専門としていた研究者・宮本と、特務機関の工作員である灰塚少佐。その立場上、当初は反発し合っていたふたりだったが、次第になくてはならないバディのようになっていく展開がなんとも熱い。

その一方、やはり恐ろしいとしか言えないのが「R2v」の存在、ひいては世界大戦中に各国が研究していた細菌兵器の存在。ことに宮本は、日本軍でも秘密裏に続けられていた細菌兵器の研究と人体実験の存在に身震いする。その研究を全うするためであれば、どのような実験であっても遂行すべきという、倫理観を無視した「研究者」としての想いと、敵味方関係なく、同じ人間を犠牲にするという非人道的なことをしてはならないという「人間」としての想い。宮本はかろうじて踏みとどまることができたが、もし別の研究機関に所属していたら、前者を選ばざるを得なかったかもしれないという恐怖。そしてどちらを選んだとしても、未知の細菌に対する治療法を確立するということは、その細菌の存在そのものを確定かつ完成させてしまうことと同義となる。いくら治療法があったとしても、そんな危険なものを完成させるべきなのかどうか、という取り返しのつかなさに対する恐怖。「R2v」を作り出した研究者は、殺し合いを続ける世界を目の当たりにし、その絶望に塗り潰されながら、その先を世界に委ねた。おそらく彼は「R2v」が完成してもしなくてもいいと思っていたのだろう――破滅するかどうか、それは人類次第。あとは好きにしろ、と。そこまで人を追い詰めていく「戦争」というものがただただ恐ろしい。

リリエンタールの末裔 (ハヤカワ文庫JA)リリエンタールの末裔 (ハヤカワ文庫JA)
上田 早夕里

早川書房 2011-12-08
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背中に第2の腕と言える「鉤腕」を持つ一族の少年・チャムは、成人の儀式として《隠者》からひとつだけ望む知識を与えられることになった。チャムが望んだのは空を飛ぶための技術について。《隠者》からの勧めでチャムは里を出て、海上都市で働くことになる。空を飛びたいと強く願うチャムはある日、バタシュという男が経営しているハンググライダーの店を発見。バタシュを説得したチャムは必死でお金をためながら、鉤腕持ちの特性を生かしたハンググライダーを作ろうと試みて……。(「リリエンタールの末裔」)

表題作を含む4編を収録した短編集。
作者の他作品でも描かれている「大規模海面上昇」以後の世界を舞台に、空を飛びたいの願う少年がその夢を叶えようとする表題作に加え、人間の心の動きを可視化する装置を作ろうとする「マグネフィオ」、海洋無人探査機のオペレーターに起きた不可解な事象を語る「ナイト・ブルーの記録」、〈不老のエリー〉と呼ばれる女性が100年前に造られたクロノメーターについて語る「幻のクロノメーター」が収録されている。どれも人間と、新しい技術との関係を描いていく物語。

少年の夢と信念の物語である表題作もいいが、個人的に一番好きなのは2本目の「マグネフィオ」。主人公の和也は同僚の菜月に片思いしていたが、彼女は同じく同僚である修介と付き合っており、そのままふたりは結婚。だがその後、家族同伴の社員旅行で3人とも事故に遭ってしまう。3人とも一命は取り留めたものの、和也は後遺症で他人の顔の判別がつかなくなってしまう。そして修介はほぼ植物状態に。懸命に修介の看病をする菜月を和也は支えるが、そのうち封じ込めていた菜月に対する想いが再びわき起こってくる。だがそんな和也に対し、菜月は修介の心が見える装置を作りたいのだと言い出す。つまりそれは、和也ではなく修介と共に生きていきたいということ。

菜月と修介は互いに愛し合っていて、だから和也の入り込む余地は最後の最後までどこにもなかった。そんなふたりが選んだ道は、けれどどことなく明るいようには見えない。そしてもちろん、それを見守ることしかできない和也が選んだ道も。過去にすがらずに前を向いて生きるというのはたやすいことではないのだろうが、新しい技術は過去の記憶をどこまでもリアルに再現する。だからそこで再生された「失われたもの」に、人はすがりつづけることができる。それは果たして幸せと呼べるのかどうか――幸せのかたちというのは人それぞれだが、それにしても難しい。

魚舟・獣舟 (光文社文庫)魚舟・獣舟 (光文社文庫)
上田 早夕里

光文社 2009-01-08
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作者の第1短編集は、表題作をはじめとするSF短編5作に書き下ろし中編を加えた全6作を収録。

表題作「魚舟・獣舟」は、陸地が極端に減った未来の地球が舞台。海上に生きる民族の居住地である魚舟、そして魚舟の「野良」とも言える存在・獣舟――これらの正体だけでももっと紙数を稼げそうなものだが、これほどの設定を使った本作はまごうことなく短編。

表題作のほかにも、精神に作用する感染症の恐怖を描く「くさびらの道」や、訪れたビジネスホテルでの思いがけないもてなしから陰惨な現実が浮かび上がる「饗応」、人外の存在に娘を奪われる「真朱の街」など、構造面と精神面の双方から「人間」という存在にアプローチしていく展開が特徴的だと言えるのが、この作品集だと言える。

書き下ろしの「小鳥の墓」は、まさにその集大成。
極度に管理された「社会」に現れる閉塞感――というのは、伊藤計劃「虐殺器官」でも取り上げられたモチーフ。その中にあって正気を保っていられるか、という展開も似ているのだが、個人的に、共感度はこちらの方が高い。
幼い頃に自分の掌で死んでいった小鳥のことが忘れられない主人公。この体験が彼の人生に大きな影響を及ぼすことになる。彼が引き起こしたことは、世間的には許されることではない。が、それは彼の信念であり本能であるから、どうあろうとも自分で止めることはできない――だから他者からの、完膚なきまで、完全なる幕引きを望む。でも反面、追われれば逃げてしまうのはやはり「本能」ゆえ。「生きる」ということをきっちりと書き切った良作。

この本を手に取るきっかけを与えてくれたfour-leaf cloverのisaki.さまに深謝。

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