■市長選挙後に議長を巡る争いに決着、最大人口を抱える浦和地区が一切の政治力を喪失

こちらのブログからはしばらく御無沙汰してしまった。記事を待たれていた方々には申し訳ないと思うが、しばらく出張などでネット環境から離れて帰ってきたらブログは主に埼玉県在住、在勤と思われる方のコメントの嵐である(笑)。


中には2ちゃんねるなどネット掲示板にありがちな無責任な罵詈雑言も多く、今度ばかりは私も少々さいたま市という地域、その住民の方々(というよりコメントを拝見する限り主に大宮地域の支持者のようではあるが)が嫌いになった。また数々の書き込みを見ていると如何に大宮の人間が浦和地域に憎悪の念を持っているか(匿名の場でさいたま市当事者でもない私にこのような罵声を浴びせるというのはよっぽど暇なのかよっぽど恨みつらみを持っているのか、どちらかだろう)ということがひしひしと伝わって来た。さらに、選挙で勝ったはずの清水市長の支持者が赤の他人のブログまで汚さなければ気が済まない程の怒りを持っている理由は私には理解できない。勝ったなら堂々としていれば良いものではないのか?


さてまあそんな単純な不快感はさておき、しばらく更新から離れている間に無事市長選も終わり、ここまでの大差で勝ったというのは事前の報道を見ていると意外ではあったが(その点読みが甘いとのご指摘を頂いているが、私も皆様以上の情報を持っているわけではないのでご容赦頂きたい)、異例の低投票率の中とは言え現職の清水市長が順当に10区全てを制して選挙に勝利した。


今回は選挙直前に自民党の分裂があり政治的には非常に興味深い状況になっているが、私はさいたま市における地域間対立という意味でとらえた時に、以前にも述べたように現在の状況は大宮側にとっては絶好のチャンスになるものと考えている。


元々さいたま市議会においては政党勢力と地域勢力がないまぜになって不思議な均衡を保っていた。というのは、清水市長の実質的支持基盤でもある民主党→民進党は大物議員である枝野幸男氏を大宮地域から輩出していることもあってか、所属議員の公の場での言動を見ている限り基本的にさいたま市の開発、市の将来像に関しては大宮一極優先を否定しないことを是としているように見える。以前武蔵浦和への新幹線停車の記事で触れた浜口けんじ氏でさえ、自身のブログ上で、一方で武蔵浦和への新幹線停車を唱えながら他方では「さいたま市の玄関口は大宮駅」と踏絵を踏むかのように確認しているし、民進党の議員であれば浦和の議員であれ大宮に刃を向くことはできないものと推察される(なお、武蔵浦和への新幹線停車というのはどうやら私が考えていた以上に大宮の人間を刺激し怒らせるテーマであるらしい。浜口氏のブログでも自身の武蔵浦和新幹線停車に関する記事に対して大変多くの反響を頂きましたとあるが、私のブログにおいてもそうであったように、浦和地区に新幹線を停車させる云々という話題が出るとその妥当性を検証するまでもなく猛烈な罵倒に出ないと気が済まない人間が多数いるようだ)。

その一方でさいたま市議会の自民党では大宮の吉田一郎氏などの発言によれば「自民党のドン」である浦和の青羽健仁氏が仕切って来たため、大宮の議員が浦和による束縛を受けていたという構図があったのかもしれない(真相は私に分かることではないが、吉田氏はそう主張している)。

つまり、かつては、非常に単純化するとだが、

民進党(議会第二党、市長与党)→大宮の議員も浦和の議員も大宮支持せざるを得ない
自民党(議会第一党、野党)→浦和の議員に牛耳られて大宮の議員も市長批判せざるを得ない
公明党(国政では自民党と連立、都政では都民ファーストと連立、さいたま市では民進党と連立)→市長与党で大宮支持


という状況にあり地域バランスという意味でも 自民党=浦和 vs 民進党・公明党=大宮 と絶妙なバランスを保っていたのではないかと考える。それが自民党が分裂、崩壊し自民党の大宮・与野派が市長支持になだれ込んだことで、単純化すると

民進党・公明党・自民党真政(大宮・与野派)=大宮・市長与党 vs 自民党(浦和・岩槻派)=浦和・野党

という構図になり、圧倒的に大宮有利な政局を作り出すことになった。


自民党崩壊の直接の原因は結局のところ、議長ポストをめぐる争いにあったらしい。南区(浦和)の桶本大輔氏がさいたま市議会の"慣習"に則らずに議長を2年以上続けようとしたことに大宮側の議員が激怒、分裂を決意したとのことである。何やら中世の南北朝の争いにもよく似ている。

これに関しては浦和の川村準氏が市政レポートで触れているが、福岡市などでは議長は4年間が慣例であるとのことで、(何も福岡市と比べる必要はないだろうが)一般的に、さいたま市のように議長を1年ごとに交代するというのが地方議会の原則ということではないらしい。

また大宮の吉田一郎氏のツイッター記事に面白いものが出ていたので転載させて頂く。

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こちらが民進党(浦和地区を含む)と自民党大宮・与野派を発起人とする議長の不信任決議である。

理由はたった一行、「正常な議会運営が保たれていないため」。

市民が読んで何を言いたいのか理解できる文章とは到底思えないが、民進党としては野党である自民党がかつての最大会派として議長ポストを握っていることへの不満、自民党の大宮・与野派としては自民党浦和・岩槻派の議長が自民党内の暗黙の了解であった1年ごとの議長交代を行う気がないということへの不満を、堂々とそれとは書けないためにこう表記したものと思われる。

なおここに浦和地区の民進党議員が名を連ねているが、結果として後述するように新たな議長は自民党大宮・与野派(さいたま市議会においては民進改革、自民浦和・岩槻派、公明に次ぐ第4の会派勢力)から出たというから、浦和の民進党議員が自民党分裂で自民党にかわり第一党となった民進党から議長を出すためと考えてここに名を連ねたのであればまぁ愚かなものである。

さて、対する自民党浦和・岩槻派は議長の信任動議を発議し、こちらを審議することで同じでしょう、だから不信任決議は取り下げて下さい、という苦肉の手段に出たらしい。もちろん結果は多数決の結果第2党に落ちぶれた自民党浦和・岩槻派の惨敗で信任決議案否決、ということになるのだが、信任決議案の否決は即時効力を有しないため、不信任決議の可決とは大きく意味が違うらしい。

その信任動議の文面がこちら。

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議長の個人的資質に問題はなく、議会運営にも問題はないとの文面である。いやはや、この二つの文面を見せられても何をもって判断すれば良いのかさっぱり分からない。結局政局を巡る自民党内の地域抗争に「にわか第一党」かつ政権与党として議長職をもぎ取りたかった民進党が担がれて、議長職は第2党である自民党(浦和・岩槻派)から第4党である自民党真政(大宮・与野派)に移され、大宮の新藤信夫氏が議長に着いたということ。

その後の自民党浦和・岩槻派の行動がまた何とも未練がましい。議長職を大宮に渡すかわりに、桶本前議長の功績を称える決議を全会一致で採択するよう迫り、その文面も色々と注文が入った挙句にようやく採択されたという(下)。

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こんなものを通してもさいたま市議会において浦和・岩槻派が決定的敗北を喫し、中でも市内最大の人口を有する浦和地区が一切の政治的発言権を失ったというある意味で特殊な状況を一寸でも変えることにはならないわけだが、まあこれで浦和の政治家の議員としてのメンツが少しでも保たれると考えているのなら何とも愚かしい限りである。

その後各委員会の委員長ポストなどを巡っても当然浦和外しが進み、大宮によるいわゆる報復人事が敷かれたとのことだ。


■市役所本庁舎を巡る争いで浦和は総撤退か?それとも泥沼のゲリラ戦か?

そしてこのタイミングで佳境を迎えつつあるのが、以前にも触れた市役所本庁舎を巡る争い。市長の諮問機関である本庁舎整備審議会では市長選の前から最大の懸案となる市役所新本庁舎の位置についての議論がスタートしている。

6月のさいたま市議会の本会議でも、民進改革(神崎議員)、自民党(野口議員)、自民党真政(鶴崎議員)の3会派から同時に「市役所本庁舎問題の早期解決を」といった代表質問が出ている。この問題が合併後17年の時を経て再び戦争の火種になっている、というよりは、特に大宮としてはこの大宮有利な政局を最大限活用してこの際に一気に浦和という都市を無きものにしようと意気込んでいるようだ。ただ、大宮の鶴崎氏が市長としての個人的見解としてはどこに造るべきだと思っているのか?と詰め寄ってるのに対して結局市長はこれまで通り「審議会に諮っているので…」と責任回避の答弁に終始している。

またこの6月本会議では浦和の川村準議員からこんな質問が寄せられている。

1「市役所が浦和にある限り大宮に未来なし」は本当か

質問の題名からしてどう答弁しろというものなのかよく分からないが、以前の吉田氏の発言に対する市の見解を問うたもののようだ。当然市当局は「ご発言の趣旨が明らかではございませんのでこれについての見解はございません」と一蹴し、議場には笑い声が上がっている。

ただその後の発言を見ると結構重要なことに触れている。これは私の調べた範囲でも知らなかったところだが(不勉強で恐縮である)、氏曰く、旧浦和・大宮・与野市の3市合併においては合併時の「合併協定書」の前提として1995年に定められた「合併促進決議」があるとのことである。

これには「浦和を行政の中心、大宮を経済の中心、与野を文化の中心とする」と明記されているとのことであり、その合意自体は私も聞き及んでいたが、合意文書として残されているというのだ。

そこで川村氏は「合併促進決議で市の行政の中心は浦和であると定められているのに市役所を新都心周辺に移転しようという意見が出ていることに対し、市当局は遺憾の意を表明しないのか」という吉田氏張りのかなり強硬な主張を展開している。公開されている議会のインターネット中継では一部記録が中断されておりその場の議論の全てを聞き取ることはできないが、当然市は「合併協定書に基づき審議会で審議を・・・」と公式見解素読みの逃げの答弁だ。

むしろこうした主張がこれまで浦和の議員から一度も出ていないことに違和感を感じるが、市役所の位置に関する議論を1995年の時点の合意まで遡って争うことになれば、当然その過程でなぜ「新都心に市役所」という意見が出て来たのか、つまりそこにはかつての大宮市が市名に「大宮」をとこだわった(もちろんそこには県名と同じ市名では県都浦和の前に大宮の印象が薄れるという危機感があったのかもしれないが)挙句の泥沼の交渉劇があり、さいたま新都心の街開きや政令指定都市化の期限という待ったなしの状況の中、最後は県主導のお見合い結婚で合意なき合併に至ったという当時の経緯をもう一度蒸し返さなければならない。当然、さいたま市の存在自体の正当性にも関わる問題であり、清水当局がそうした"合併の原点"に踏み込んだ議論を望むはずがないだろう。かと言って現状の政局を利用してすんなりと市役所が移転されることになれば、浦和の古くからの住人には強い「反さいたま感情」が残るに違いない。


さて、この現在ホットな市役所問題だが、7月20日に再び審議会が開かれ、翌21日の東京新聞にこんな記事が載っていた。

さいたま市新本庁舎の「位置」 「新都心」推す声が大多数

かいつまんで内容を説明すると、

●本庁舎整備審議会が7月20日に開かれた。

●24人の委員のうち19人が出席し、10人以上が具体的な候補地を挙げた。

●その内大多数が「交通の利便性が良い」「各区役所の中心部にある」「(2001年の)合併時の協定で決まっている」などとして、さいたま新都心駅周辺を推した。大宮駅周辺を主張する意見もあったが、浦和駅周辺を挙げる声はなかった。

●市内10区から一人ずつ出席する自治会代表のうち、浦和の3人は出席していなかった。

●審議会は今後、大宮、新都心、浦和の三地区を比較しながら、具体的な位置や事業の進め方の検討を進めるという。

ということだ。

そして8月20日になって一体どのような議論だったのかと市のHPを見てびっくりした。なんと、会議から1カ月経った8月20日時点になっても議事録がアップされていないのである。この審議会に関してここまで議事録の公表が遅れているのは稀だ。そのまま表に出せないような内容でもあるのではないかと勘繰るのは良くないが、一体何が起こっているのか?

今のところは報道を見る以上の情報は得られないが、報道の内容は色々と不自然だ。

①浦和駅周辺を挙げる声が全くなかったにも拘わらず浦和駅周辺が候補地に残っていること

②そもそも浦和地区の自治会長がほぼ欠席している状況で審議が行われていること

③24人の委員中半数程度?の議員が意見を述べその内の大多数(つまり全体の中では半数以下?)が「新都心」と発言したという内容が、そのまま「新都心を推す声が大多数」というタイトルになっていること


真相は闇だが、圧倒的に不利な議会での政治状況の中、浦和の政治家や自治会長らは全ての戦いを放棄したのか?今後どのような展開になるのか、要注目である。


こちらに審議会で用いられた資料がいち早く掲載されているので見てみた。すると、議事録はまだ公表されていないものの大体どういう流れで審議が行われているのかがよく分かる。

こちらの資料からすると、新市庁舎の場所を決める条件として、

①都心地区に置くこと
②災害リスクが少ない台地上にあり緊急輸送道路に近接していること、浸水リスクのある河川周囲にないこと
③ヒトや情報が集積する場所(≒都心地区)
④交通利便性の高い場所
⑤国・県との連携のため、官公署が集積している場所
⑥さいたま市の魅力を内外に発信できるシンボル性のある場所(旧宿場町の場所や魅力発信に適した場所かなど)

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が挙げられている。順当に考えれば、これらの条件を最も満たす場所が良いということになるだろう。

そこで次の資料だ。

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その名も「重要要素位置図」。つまり、各候補地の採点基準となるチャートである。「埼玉県庁」の上位に「さいたま新都心合同庁舎」が来ていたりするのは、合併協定書に書かれた「官公庁との近接性」を有利に利用したい移転派の意向も反映しているのだろう。

一方この地図を見て私が初めて知ったのは、さいたま新都心直下を河川が横断しているということだ。調べてみると現在は大部分が暗渠となっているが、確かに大宮の今羽駅東方で芝川から分かれた川がJR大宮総合車両センター、大宮第二公園西縁をすり抜けさいたま新都心中心地区を東西に横断し与野中央公園の脇を通って浦和の別所沼公園西方へとつながっている。

上に挙げられた"採点基準"をもとに候補となっているらしい3地区を比較すると、


大宮:
 ①都心地区にある
 ②大宮台地上にあり国道17号に近接
 ③市内最大の広域商業地でありヒトやモノが集積する
 ④新幹線が停車し主に他地方との交通の便に優れる

 ⑤官公署との連携には乏しい
 ⑥旧大宮宿の歴史地区に近接している。

新都心:
 ①都心地区にある
 ②大宮台地上にあり国道17号や首都高に近接するが河川が横断している
 ③さいたまスーパーアリーナなどがありヒトが集まる
 ④首都高が伸びてきており市外からの車の便は最も良い。鉄道の便では大宮、浦和に劣る利便性
 ⑤新都心合同庁舎に入居する国の官公署や国の防災関係機関に近接

 ⑥さいたま新都心は市のブランドイメージの発信地に相応しい?(資料2で示される歴史地区の印を見る限りではシンボル性という点で浦和・大宮に及ばぬということか)

浦和:
 ①都心地区にある
 ②大宮台地上にあり国道17号に近接 河川からも最も遠い

 ③夜間・昼間ともに市内最大の人口密集地域であるとともに県都としてヒトやメディアが集積する
 ④鉄道の便ではさいたま新都心以上大宮以下だが、東京方面への移動を日常的に行うさいたま都民にとっては市南部に位置することでより多くの市民が定期でアクセスし易いという利点も ただし現庁舎自体は駅から徒歩15分程度と遠い
 ⑤県庁や県合同庁舎、裁判所をはじめとする県の官公署や県警、災害対策本部など防災関係機関に近接
 ⑥旧浦和宿の歴史地区に近接している

 
 
あくまで資料1と資料2からどういう議論が導き出されるかということを列挙したものだが、資料1と資料2で誘導し答えを導こうとするなら、上記の中で2点を失っているさいたま新都心という候補はやや不利になるのではなかろうか。個々の観点について「交通の利便性」や「官公署との近接性」、「シンボル性」という文面をどう解釈するかでも結論は大きく変わるしそのあたりは当事者が恣意的に解釈を当てはめようとしているところだろうが、傍から見れば

鉄道の利便性は大宮駅>浦和駅>さいたま新都心駅
道路交通の利便性はさいたま新都心>浦和・大宮
官公署との近接性では浦和・さいたま新都心>大宮
歴史的なシンボル性では浦和・大宮>さいたま新都心
地盤・河川からの遠さでは浦和・大宮>さいたま新都心

である。


これは個人としての私がどう思うかということではなく、この資料を見せられたらどう判断を誘導されるか、という話だが、これらの資料や、審議会で候補として声が上がらなかった浦和地区が候補に残っていること、そして当事者である浦和の自治会長らが審議会に出ていないこと…まだまだ闇は深そうだ。



■市長選後に出た国勢調査結果


今回は全体に取り留めのない記事だが、最後に、最近ようやく平成27年度国勢調査におけるさいたま市各区の昼間人口が公表されたのでチャート化してみた。


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1000人/km2ごとの区切りで見た時に、平成22年以降1000人/km2単位を超える増減が見られたのは結局浦和区と大宮区のみ。浦和区は昼間人口が4%程度、夜間人口が6%程度増加して昼間人口がさいたま市内では初めて13000人/km2を超えた。逆に北陸新幹線の開業を迎えた大宮区は夜間人口が4%程度、昼間人口が6%程度増加し、平成22年国勢超過でまさかの減少を呈していた昼間人口が再び大きく伸びて12000人/km2台に復し、中央区(旧与野)との差をつけている。浦和区ではこの間の夜間人口の伸びによって初めて昼夜間人口比率がぎりぎり100%を切っており、これは今後政局の変動とも併せて大宮による浦和潰しの格好の的となるだろう(ただしそれを言うなら人口が減少している岩槻は案外昼夜間人口比率が高く、浦和区や中央区より岩槻区が都会ということになってしまうのだが…)。