どーか誰にも見つかりませんようにブログ

人知れず世相を嘆き、笑い、泣き、怒り、足の小指を柱のカドにぶつけ、金星人にSOSのメッセージを発信し、「私は罪のない子羊です。世界はどうでもいいから、どうか私だけは助けて下さい」と嘆願するブログ。リンクなど御自由にどうぞ。

ジョニー大倉&佳那晃子(大関優子)主演による映画「異邦人の河」(1975年作品・モノクロ)をレンタルDVDにて視聴。こんな映画があったのかぁ…と驚きながらの視聴となりました。ジョニー大倉は「パク・ウナン」なるハングル名で堂々たる主演を果たしている。

作品そのものが在日問題を取り扱っており、ジョニー大倉演じる山本なる修理工の青年は、勤めている修理工場の社長(米倉斉加年)から、「山本、オマエ、戸籍謄本を持ってこい、工場を増やしてオマエを主任にしてやるから」と言われるが、実は山本は在日である。これを機会に山本は帰化を果たそうとしている。しかし、山本のカノジョは佳那晃子演じる縫製業に勤めている若い娘であり、こちらは朝鮮人として生活しているので、山本の帰化に反対する。劇中、「半チョッパリ!」といって、女は男にビンタを浴びせている。つまり、半朝鮮人(半チョッパリ)と呼ばれる青年の苦悩を描いてみせた作品でした。

また、私もまったく知りませんでしたが、1970年代の朴正熙を巡っての、動静も描かれている。以下、ネタバレそのものです。


常田富士夫演じるミシン工場の社長は街頭で演説し、反朴正熙の署名を求めている。

「社長、頑張って演説していたみたいけど、大丈夫なんですか? KCIA(韓国中央情報局)に命を狙われたらどうするの?」

「ボク(朴)が悪いと、ボク(僕)が言っているんだから、その心配はない」

と冗談を言っている。

中村敦夫演じるキムチ店の店主は実は、反朴運動の活動家であったが日本へ逃げてきて、キムチ店を営んでいる次第である。この中村敦夫演じる男は、半朝鮮人の青年である山本に、韓国が今、どのような政治的状況であるのかを教えようと、金芝河(キム・ジハ)の著書を手渡す。それを読んだ山本は、祖国に思いを馳せることとなり、帰化を諦める。

自動車修理工場を辞めた山本は、次には自動車解体工場に就職しようとする。その経営者は小松方正演じる男である。小松方正演じる男が、「君、見習い希望?」と声を掛けられると、山本は「経験者です」と答える。男はニンマリとしながら「経験者なら歓迎だ」と、事務所の中に案内する。両者は座ったところで「君、名前は?」と尋ねると、山本は「李です。朝鮮人です」と返答、ニヤリと笑う。すると、小松方正演じる解体工場の経営者は、大袈裟な演出である訳ですが、「ご、ご、ご朝鮮の方で、ございますか?」といい、腰を抜かしてしまう、という演技をしている。(朝鮮人ですと名乗られて動揺する日本人の図。)

中村敦夫演じるキムチ店の男は、KCIAにのヒットマンによって射殺されてしまう。実はジャーナリストであり、日本から反朴正熙運動をしようとしていた人物であった。

ジョニー大倉演じる山本は、韓国国旗を立てている外務省ナンバーの自動車に乗り込む。視聴していても、何が起こっているのか分からないが、ここで映像はハレーションを起こしたような、特殊なタッチになる。

「お前らKCIAだな。分かってんだよ」

と言って、山本はナイフを取り出し、KCIAの諜報員と思われる人物の耳を斬り落とす。切り取られた耳が、自動車の窓にへばりつく――。


――てな、内容でした。


実は、そこそこ面白い作品であったし、「ジョニー大倉」という個性派の歌手兼俳優の魅力が最大限に引き出されていたような感慨がある。ハンサムとは言い難いが、あの濃い容姿というのは非常に味があり、また、キャロルのメンバーでもあるので、美声の持ち主なんですね。このジョニー大倉演じる山本は、アイデンティティーがないのが分かる。日本人ではないし、朝鮮人(韓国人)でもなく、そんな事を深く考えて生きてきたという自覚もない。民族の誇りのようなものも、さほど強い訳ではなく、自動車修理工場で同僚たちと仲良く働いている。主任に取り立ててくれるのであれば帰化もいいじゃないかと思っている。それが、徐々に民族的アイデンティティーに目覚めて行ってしまい、最終的にはKCIAを襲撃するまでに燃え上がってゆく。

ジョニー大倉という人は、脇役で存在感を発揮するタイプでしたが、確かに柴田恭兵と共演した「チンピラ」あたりはテレビで放送があった次の日に、そのクライマックスシーンのモノマネを朝のホームルーム前にして盛り上がった記憶がある。個性派であったが故に、その存在感は大きく、この「異邦人の河」でも、ドスで刺されたり、川に飛び込んだり、或いはホンダのバイクにまたがって疾走したりしているシーンがありましたが、目を惹きつける要素があったような気がする。顔つきはワイルドであり、真面目な顔をしたときの落差がある。もしかしたら少し作詞家の阿久悠にも似ていたのかな。

佳那晃子さんは美貌の女優さんでしたね。土曜ワイド劇場版の江戸川乱歩シリーズでも、その容姿で目を惹いたのは佳那晃子さんだった気がしますが、この作品でも如何なく美貌を発揮している。

作品中に取り上げられている「金芝河」は、1970年に朴政権を批判し、その腐敗を風刺した「五賊」と題した詩を発表したところ、逮捕、投獄された人物であるという。1974年7月には韓国国防部普通非常軍法会議にて大統領緊急措置4号違反で死刑を宣告されたが、翌年、釈放された。この金芝河の釈放運動には日本でも大江健三郎、鶴見俊輔らが支持していたといい、一時的に民主運動の象徴となった人物だという。百科事典マイペディアによれば、1990年代以降は「やや宗教的な生命運動に携わっている」と解説されている。

正直、全然知らなかった話でしたが、田原総一朗さんの話で、実は朴正熙政権は凄く悪い悪いとマスコミで報じられている中、田原さんが訪韓し、週刊文春に「韓国は思っていたよりもマトモな国である」という主旨のルポルタージュを発表したところ、総スカンに遭った逸話があったかな。当時の日本では、北朝鮮は地上の楽園であり、一方の韓国はとんでもない場所だという認識が一般的であったので、総スカンでバッシングされた、と。ノイローゼとなり、町の看板に文字が書いているけど、文字が読めなくなったと、回想していたと思う。

また、在日朝鮮人といっても朝鮮半島は韓国と北朝鮮とに分裂している訳で、変な取り上げ方をすると大問題となってしまった訳ですね。思えば、近くて遠い国が韓国であり、確かに、70年代や80年代に韓国について、どれほど日本人が関心を持っていたのかというと、びっくりするぐらい無関心であったのを記憶している。場所は地図帳などで習うので分かっていても、韓国の政情に関してのニュースというのは、殆んど記憶がありませんやね。金大中拉致事件を、この話の後に繋げると、当時の日韓関係の歪みみたいなものも、生々しく浮かび上がってくるかも知れない。

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何故か今月になってから、2008年に上げた地元で発生した一家心中の記事へのアクセスが増えていると気付きました。地元であるが故に、風聞も添えて記事にしたものでしたが、経済的理由で母子心中のはなしなので、何故、今頃になってアクセス数が増えているのだろう…と。言っても、最末端ブログを自称している当ブログで、1日当たり8〜9アクセスですが、何しろ12年前の記事なのだから異常といえば異常な気がする。悲観している人たちが出ている可能性があるなぁ。

当ブログでは映画「曽根崎心中」に触れたし、最近も和辻哲郎の情死についての考察を取り上げたのだけれども、基本的には、それを奨励しているものではありませんよ、念の為。あるいは、西部邁の自裁死とも関係するし、本来的に個人の生命は個人に帰属すると考えるべきだというのが大前提としてある。なので、生きるか死ぬか、その当否までもを他人に委ねるのは何か違うよねという死生観を取り上げているに過ぎない。

本来的には、自己保存要求が本能的にあるので、生物は生きながらえようとする。自分を保存しようとする。だから、自殺は、かなり特殊なケースで、自然を神と崇めるのであれば、神の意に反する行為かも知れない。しかし、人の歩み、人生とは自己に帰属するのだから、どこかの時点でギブアップする状況も有り得る。そうそう有り得てはいけないワケですが、生きて苦痛を味わうよりも自ら死を選択してしまった方が楽だという境遇も起こり得る。

拷問が課されている状況などで顕著でしょうし、名古屋アベック殺人であたりになると苛烈な集団暴行に嫌気が指した被害者は「殺して欲しい」旨、自ら申し出ていたという。極端な例ですが、もう、嬲り殺しにされるよりは、早く死んで楽になりたいという状況だって起こり得るのが現実でしょう。なんとなく、引っ掛かったのは、昭和枯れすすき的な心中風景であり、貧しさに負けた、世間に負けた、この街も逐われた、いっそ綺麗に死のうかと、本当に考え始めてしまっている人が実は増えているんじゃないのかなって。


BSジャパンが土曜夜に寅さんシリーズの再放送を放送し、先週かな、第一話が放送されていましたが、ホントは、あんなものだよなって思う。

♪どぶに落ちても根の有る奴は、いつかは蓮(はちす)の華と咲く

であり、啖呵売調のセリフで、

大道三間、軒下三寸、借り受けましての、この渡世。わたくし、野中の一本杉でございます」

なんてのがあったと思う。テキヤであるが故に大通りの三間ばかりのスペース、軒下を三寸ほど借り受けましての、この渡世だ、と言っている。この謙虚さっていうのがね。世間様なんてものは無情だ。だから、自分の人生や生業なんてものを誰も理解してくれやしない。これが世の中を渡ること、生きるって事だ。(セリフについては、作詞とは関係なしに本職のテキヤであったらしい渥美清がつけたとされていますね。)

♪奮闘努力の甲斐もなく、今日も涙のォ、今日も涙の陽が落ちる、陽が落ちるゥ〜

寅さんを象徴する【フーテン】という言葉も石原慎太郎論の際に実は片隅で登場しており、フーテンというのも戦後派であり、アプレゲールなのだそうな。世の中の連中が、おかしな事を言い出しちゃったので、行き場を失った人たちが出て、サングラスにアロハシャツに慎太郎カットの太陽族の登場と同じように、フーテン暮らしに身をやつした人たちがあったのでしょう。また、激しく恋をするが恬淡と諦めるのが日本人だと、和辻哲郎の情死・恋愛に関しての人間的考察に触れましたが、まさしく、この「寅さん」なんては典型かも知れない。現在に捉え直しても、これに似た人たちは結構、いるかも知れない。

近代化とか文明化というのは時代遅れの人たちを平気で置き去りにしてゆこうとする。現在も、平気で世間は、そうした弱い者に対しての振るい落としを仕掛けにかかってきている。時代の波に乗るのも「世渡り」ですが、その癖、世間一般は自分たちが常に自力で正しく、常に自力によって現在の地位を築いたと考え、絶対に、その問題を顧慮しない。能力差の問題にすり替える。

呪わば呪えってのも真かも知れない。感情を押し殺すからおかしな事になる。しかし、そう簡単に、また、急いで死を選択するものでもないのは自明でしょう。放っといても、どうせ死は訪れてしまうときには、訪れてしまうのでしょうからねぇ。

4月に入ってから、障害者支援をしている福祉施設だとか、或いは保健センター、商工会なんてところの様子も見てきたし、産廃業者とか清掃員なんてのもホントは動いていますね。比較的元気そうだったのが福祉施設で、元気がなかったのが商工会さんかな。保健センターは閉館していますが中に職員さんたちは居ますな。道路の補修をしている役所の職員なんても居るし、理髪店さんは「高齢のお客さんは生真面目に自粛しているみたいで、客数が減ってますよ」とボヤいたりしているんですが…。

拙ブログ:諏訪満男の幸福論〜2014-10-2
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週刊文春4月9日号を少し遅れて購入。世の中、新型コロナウイルス一色で面白くないな〜、テレビは四六時中、不安を煽ってばかりだし、他人と顔を合わせてもコロナの話だらけだ。まぁ、どこか挨拶するばかりになっちゃってる近所の若いママさんあたりとも話のタネにできる事ぐらいのメリットはあるのかも知れませんけどね。気のせいか、年度末も過ぎてしまい、自粛モードが本格化してきてしまった気もする。テレビの中の「遅い、遅すぎる」と言ってきた論陣は、きっと次には「法的根拠がないとダメだ! 罰則をつけるべきだ!」と展開させてゆくと予想するかな。「命よりも大事なものはないんですよ」と言い出してしまえば、何でも通っちゃうのが緊急時でしょうからねぇ。その割には命に係わる昨年の大豪雨でホームレスを追い帰したりしていたりしてね。そういう不安な声に対抗しながら為政者側は、救済とは全く異なる原理からなる方策を、ばんばん打ってきている訳で、おそらく、騒動中や騒動の後には、歪みが拡大している気がする。今日明日はスーパームーンとやらで、月の光は何人にも公平に降り注いでくれるが、人為からなる政府ともなると、そうはいかない。

週刊文春の桑田佳祐さんの連載「ポップス歌手の耐えられない軽さ」は、備忘録的に残しておきたい内容でした。例によって、着色文字は引用です。

いつの頃からか、歌うたいを「アーティスト」だなんて呼びますけど、あれ、ナンだろうね? アタシは小っ恥ずかしくて、とてもじゃないけど自分の事をそんな風に呼べやしませんよ!!

しかもご丁寧に、若いモン同士が「アーティストさん」とか猴淪肇淵鍬瓩妨討唸腓辰討襪里鯤垢と、おじさんは殊更に「引く」し、無性に「違和感」なのであります(これが昭和に生まれ育ったという事か? フン、悪かったねぇ!!)。

でもさぁ、しつこいようだけど「アーティスト」ってそんなにこの世の中に沢山いるもんかねぇ??

猝気ら有を生む〜神がかり的な才能と匠の技瓠帖弔覆鵑謄ぅ瓠璽犬蓮△覆なかそう簡単にはお目にかかれないシロモノですよ!! 『溢れ出る才能の泉などありゃしない』って歌を、あたしゃ数年前に自虐を含めて書いてるし!!


桑田佳祐さんの連載は、こういう文体なんです。先日なんて、アントニオ猪木対大木金太郎の一戦を、ひたすらに回想して、プロレス愛を語るだけで一回の連載にしていたりして、中々、衝撃的でしたが、まぁ、こういう文体なんですね。

で、「芸術とは模倣である」という主張がなされている。「芸術は、いやすべての音楽は模倣だ!!」とも述べている。

また、引用した言い回しも分かりますよね。【アーティスト】とは「芸術家」の意ですが、昨今、芸術家だらけだって事になる。これも、宇野維正著『1998年の宇多田ヒカル』(新潮新書)に詳しく述べられていた事とも関係しており、20世紀末のムーブメントとして【アーティスト】のイメージを売り出せるか否かが重要な商業マーケティングのテーマになっていた事が明かされている。操り人形では駄目で、如何に、その商材がアーティスティックなのかどうかが、売れるか売れないかの分岐点になっていたという話が記されていたと思う。裏返せば市場はアーティストを求めていた。まぁ、誰々のプロモーションで売り出されるなんてダサいわ、やはり、ホンモノ志向であるべきだという市場のニーズがある中、偶々、1998年にニーズに適った宇多田ヒカルとaikoと椎名林檎がデビューし、以降、彼女たちは盤石の地位を築いていった。

宇多田ヒカルに関していえば、何から何まで手作り風なのに、あの水準の曲をつくって、あの年齢で、あの水準の歌い方だったのだ。aikoと椎名林檎は、デビュー前からアマチュアの音楽大会で二度、三度と決勝を競い合うライバル関係だったそうで、やはり、優勝するのは唯一無二の世界観を持っていたaikoの方だったのかな。まぁ、あの松任谷正隆さんが唯一、耳にして買わずにはおらず、思わずCD店へと走ってCDを買いに行ったのが「カブトムシ」だと二度ほど文章で目にしているけど、確かに、そのレベルなのだ。椎名林檎は元々はソロアーティストというよりも、バンドを組んで音楽をつくりあげるタイプだったというのが前掲著の椎名林檎評であり、みんなで音楽をつくりあげてゆく才能はピカイチだったと述べている。

そう、ホントは、そんなにアーティストらしいアーティストなんて居やしないのが実際なのだ。売り出す側は、その商材が如何にアーティストとして取り扱い、そんじょそこらの八百屋の店頭で一山五百円で売られている野菜との差別化を図っていたのだ。

なので、以降、やたらと「アーティストさん」が大量に世に出回ることになった。平板イントネーションで、ちょっとした美容師さんでも「アーティストさん」になったかも知れない。

そして、桑田佳祐さんの語る「無から有を生む〜」という部分も、そうだよなって思う。NHK総合の「トップランナー」あたりの影響なのか「無から有を生む」とか「0を1にする」とか、そういう事を平気で言い出す若年世代が増えてしまったような気がする。これは私の思い込みの可能性は低く、伊集院静さんの週刊誌連載でも「Oを1にする」であったか「無から有を作り出す」であったか、つまり、そういう職業に就きたいという相談が寄せられていたが、それに対して、ニベもない態度を採っていたのを記憶している。無から有を生み出すだなんてホントは軽々には成立する話ではないのだ。比喩とはいえ、「無」を「有」にする事が可能なのかどうか、考えればスグに分かる筈なのだ。いやいや、宮崎学さんの『神に祈らず』という著書にも似た言葉があったような気がする。要旨は、そもそも思想なんてものにオリジナルはなく、みんな何かしらをパクッてるのが事実だと理解すべきだ――と。

また、最新の理屈でも、実はヒトの知性は、最初に結論を先に有していて、その結論を説明する為の理由を考えているなんて指摘もあるのかな。目的や目標といったものを先に掲げてしまえば、そうなり易いのは自明ですが、まぁ、リベラル思想体系の陥穽でもある。本当は目的を持って生まれてきていないし、目標を持って生まれてきていないが、そうした形而上学的な事柄を考える能力が低下してしまったので、「目標に向かって前進することが正しい」という考え方に洗脳されてしまったものと思われる。その思考回路は、もしかしたらレミングの行進みたいな事も惹き起こしかねない、多様性の否定であるが、現在、囁かれているダイバーシティとか多様性は、そういう思想体系の人たちのいう多様性であり即LGBT問題か即人種問題になる御都合主義であり、真の多様性ではない。虚妄ですなぁ…。

いつぞや、BS放送に作曲家さんたちが5人ぐらい集まって、話している番組があって、その中でも一人の作曲が持っている旋律は限られているので、「いい曲ができたと思ったら、自分がつくった昔の曲にそっくりだったので、ボツになった」と一人が発言したら、軒並み、「そう、そう」と相槌が集まったのだったかな。岡千秋さんとか、そうした作曲さんたちの会話でしたが、ホントは、多くの人は自覚しているらしく、独自性のある新しい旋律が泉のように沸き出してくるというのは、作曲家にしても限界を感じているのが、実際らしい。



同誌同号の土屋賢二さんの「ツチヤの口車」から引用します。

新型コロナでもそうだ。欧米では、新型コロナウィルスを「ブーマーリムーバー」(高齢者除去剤)と呼ぶ若者が出現しているし、医療崩壊が起きたイタリアでは高齢者を見殺しにしている。

〜略〜

「特別な能力がないと尊敬できない」というせせこましい考え方をしているのか? それなら、玉乗りをしながらけん玉ができれば尊敬するのか? 樹齢千年の古木は、花を咲かせるとか、玉乗りをするのでないと尊敬できないのか?


ツチヤさんは、こーゆー文体ながら本職の哲学者であり、チクリと本質を突いている。産めない女性や産まない女性を「生産性がない」と表現した昨年の騒動がありましたが、この新型コロナ騒動の渦中でも同じような、生産性による線引きのようなものが平然と正義として主張されている。生産性の高い者に対しての救済措置と、生産性の低い者に対しての救済措置に差をつけることを正当化しているという、非常にキモチの悪い事が起こっている。

続けて、

子どものころから、自分にどんな能力があるのか、知らなかったために、相撲、忍者、プロレス、各種楽器の練習に明け暮れ、全人生の七割の時間(二割は睡眠、釈明、謝罪などだ)を無駄にした。自分の能力や体格を知っていれば、身の程知らずの楽器演奏で人前で恥をさらすこともなく、何度も寿命が縮む思いをすることもなかった。

と述べている。私の引用が下手も手伝って、一読すると飛躍のように思えてしまうかも知れませんが、これは繋がっているなぁ。生産性だのなんだのって口実をつけてはいるが、ホントは、最初から人間は自分がどういう人間なのか分からぬままに存在しているのが実際でしょう。また、人生とは、そういうものだと思われる訳ですね。

私が言うところの「人間万事塞翁が馬」であり、実際というのは何がどう転ぶか分からないという靄の中を歩くようにしてヒトは生きている。意識的に生産性なんて考えて生きていないし、有意義に生きるなんてのもホントはハードルが高い話なんですよね。それこそ、人間の価値を杓子定規で計測するという考え方こそが優生思想に直結すると思う。ここにナチスを持ち出すまでもなく、我が国でも知的障害者らから本人の了解を得る事もなく、避妊・去勢手術をしていた事が発覚、昨今は国家賠償が発生しているのが実際であるが、毎日新聞以外のメディアはあんまり熱を入れて報じなかったんですよね。

確かに渡辺昇一の「神聖なる義務」論のように論じるだけであれば、まだ、言論の自由かも知れませんが、実際に政策として実施されてしまうというのは、選民思想そのものと繋がっていると思う。少なくとも存在している各人というのは、他の誰かの養分になる為に存在している訳ではなく、これについては、おそらく各自は自覚が可能な筈なんですけどねぇ。

「神聖なる義務」に思うところは…〜2010-10-31

何故、この2つを並べるのかというと、見事に人間の瑜瓩雖瓩現れているから。無限の才能を持つ者がいるものだと思い込み、そして、自分たちをそちら側の人間だと認識し、他者に関しては生産性の低い人間だから冷遇する事も許されるという正義論に傾斜している。神の前で、太陽の前で、大自然の前で、天の下で、法の下で人々は平等であるという大前提を、高慢ちきな人々が自覚も無いままに裏切り出している。やはり、関東大震災の際、渋沢栄一は天譴(てんけん/天罰と同じ)のように感じると洩らしていたいらしいけど、もう、そういう謙虚な回路はなく、人の考えたところの正義でもない正義を正義と信じ込み、その正義で物事を進めている。

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「人間万事塞翁が馬」(じんかんばんじさいおうがうま)とは、「世の中ってのは何がどう作用するのか分かったもんじゃないね、ラッキーかと思えばアンラッキーであり、アンラッキーかと思えばラッキーであり…」といった意味合いの成句で「淮南子」が出典らしい。青島幸男が直木賞を受賞したのが「人間万事塞翁が丙午」なんてタイトルだったし、或る年代までは比較的使用頻度が高かったのが「人間万事塞翁が馬」でもある。

その昔、塞翁(さいおう)と呼ばれた占い師がいた。中国北部の塞(とりで)に住んでいた老人であったから塞翁と呼ばれていた。この塞翁は馬を所有していたが、或る時、その馬が逃げ出して胡の国へ行ってしまった。事情を知った隣人は、さぞや塞翁は気を落としているものと気の毒がったが、当の塞翁は「今回の出来事はきっと幸福の素になるだろう」と占い師らしく、言った。すると、間もなくして逃げ出した塞翁の馬は、胡の国の駿馬を連れて戻って来た。胡の国の馬は駿馬として名高い。隣人が、その事を祝うと、今度は塞翁は「これは不幸の素になるだろう」と、またまた、アベコベの事を言った。

塞翁の家は逃げ出した馬が胡の駿馬を連れてきたお陰で良馬に恵まれる事になり、その塞翁の息子は騎馬を好んだ。しかし、今度は塞翁の子が落馬をして足を骨折してしまった。隣人が塞翁に御見舞いをすると、塞翁は「これは幸福の素になるだろう」と言った。

一年後、胡軍が大挙して進撃し、その地の多くの若者は戦死してしまった。しかし、骨折していた塞翁の子は足の骨折を理由に戦に出られなかった事が幸いし、塞翁ともども無事であった。

この故事から、人間世界の吉兆禍福は何がどう転ぶものだか分かったものではないの意で【塞翁が馬】という成句が出来上がったのだそうな。アマタにつけられている「人間万事」の読みは「にんげん」でも誤まりではないが、淮南子が荘子を踏襲していることからすれば「じんかん」と読む方が本来的には正しいのだという。人と人との間、平行的な繋がりによって編まれている世界の意。

つい先日、目を通してみた魯迅の「阿Q正伝」なんてのも似ていたような気がする。私には何が名作なのかも分かりませんでしたが、目まぐるしく革命だ反革命だと時代が動く中で、その名前の漢字も定かではない「阿Q」という男は、常々、その人間世界の階級差に不満を持っており、激動の波に乗って威張れる側の方について、元々、バカにしていた連中たちの優位に立ち、見返させてやる事には成功する。しかし、間もなく反革命の波が起こると、この「阿Q」が革命と称して混乱を起こした人物であったとして、処刑される事になる。反革命勢力に捕えられて「さぁ、名前を署名しろ」と迫られたが、そもそも阿Qは文字が書けなかったし、その正確な名前の漢字を誰も知らない。そもそも首謀者という程のガラの人間でさえなかった。しかし、その混乱に乗じてみた阿Qという男は、責任を問われることとなり、処刑に処せられた。オシマイ的なストーリーでしたが、まぁ、人生や世の中、人間世界というのは、何がどう転ぶか分かったもんじゃないね的な内容だったのだろうなって思う。

まるで、この先どうなるかなんて誰にも分からないじゃないかという人生観や、そうした人生哲学にも影響しているよなって思う。中国の古代文化を南船北馬と評し、要は北部は騎馬の文化であるが、南部(沿岸部)は船の文化であるという一つの定見があり、これは古代から日本にも大きく影響していると思われる訳ですね。確かに日本列島にも騎馬文化は流入しているが、それ以上に船の文化によって古代日本が形成されており、実は思いの外、中国沿岸、特に山東半島あたりから古代日本は影響を受けていたと思われる。一口に古代といっても中世以前は古代となりますが、上古とか大化改新以前、おそらくは弥生時代頃から山東半島と朝鮮半島南端と日本の九州地方などは繋がりがあったと思われるのだから、これら中国南部の文化がどれだけ日本に影響を与えていたのかを考えない事は、無理がある。

で、どうも和辻哲郎は「風土」の中で、その環境の中で必然的に生じる人間像の考察をしている。季節風の影響を大きく受ける、台風を念頭に置けば自然の猛威と向き合ってきた日本人は、当然に自然への憧憬が強く、神仙思想やタオイズムは馴染み深いものであった。実際に神道とは極めて道教的な何かだし、現在の上皇が仮御所とされているのも「仙洞仮御所」と表記されていましたが、もう典型的な道教用語である。仙人の【仙】だし、【洞】とは道教にあっては拠点の意がある。道教では玄洞部と言えば老子を指し、真洞部といえば荘子を指す。確かに、よく、この令和の時代まで名残りが継承していたものだなぁ…とさえ思う。ホントは「天皇大帝」という言葉も道教的なのだけれども、何か積極的に踏み込まないようにしているのでしょう。少なくとも、古代の東洋思想を非常に面白い形で継承してきたのが日本文化の正体でもある。勿論、船の文化なので自ずと「水」に重きを置くことになり、この「水に学ぶ哲学」の起源は老子である。日本の天皇制は、聖王・聖帝を志向して取り入れられた何かでしょう。

石井正巳著『文豪たちの関東大震災』(小学館新書)から先日、平塚らいてふの文章を引用しました。おおよそは、「この度の大災害は悲しむべき大災害であったが、一方で、大災害の前には人々が平等である事が証明されて善かった」的な文章を残している――と。しかし、これ、実は平塚らいてふだけではない。

関東大震災当時、東京は田端に住んでいた芥川龍之介は、体調を崩して発熱している中、大震災に遭遇した。芥川龍之介が持ち出したものは夏目漱石の書を一軸ほど風呂敷に包んで屋敷から逃げ出したという。長男は芥川比呂志ですが、この比呂志については、女中と思われる「しづ」が二階まで駆け上がって抱き上げて救助したという。芥川龍之介の家では石灯籠が倒れたり、屋根瓦が落下したが、その後に文士仲間と一緒に近隣の見回りに行き、お見舞いに回ったという。電気とガスが止まってしまっていたので蝋燭や食糧(米穀・缶詰)を買いに行った。近隣の人たちを助ける為に、路上に畳を強いたり、椅子を置き、そこで近隣の人たちには寝てもらい、家族には屋敷の中で休ませた。大震災から一夜、明けてみると、東京地方全滅、横浜・湘南地方全滅という情報が入って来たという。

その後、芥川龍之介は余震が収まってから浅草や吉原、丸の内への見回りを行なった。吉原や浅草では無数の焼死体を目撃し、丸の内と通って皇居の御濠端へと向かった。そこで、芥川龍之介は、生き残った人たちの、助け合う姿を目撃した。人々は親しそうに話し合い、煙草や梨を互いに勧め合い、また子守を相互にしている被災民たちの光景を目撃したのだそうな。そして、その光景を芥川龍之介は「兎に角、美しい景色だった」と後に中央公論に掲載された「大震雑記」という文章に書き残していたという。

田山花袋は代々木の自宅にて家族らと被災。翌日は後片付けをして3日目に千駄ヶ谷、信濃町、四谷見附、駿河台などを見て回り、以降も焼野原を見て回ったという。そんな田山花袋は、

《しかし見ようによっては、こうも言えるかも知れないね。今までは、東京と言っても、江戸趣味や江戸気分がまだ雑然としてその間に残っていて、完全に「東京」というものになることが出来なかったが、今度は、今度こそは、初めて新しい、純乎とした「東京」を打建てることが出来るわけかも知れないね……?》

と語ったという。

志賀直哉は京都で関東大震災を知った。電柱に号外が貼ってあり、それによって関東地方で大きな事件が発生した事を知ったらしい。しかし、その号外は、その事実だけを伝えたものであったのか、その日は就寝。そして、朝、起こされて、その新聞によって関東地方が未曾有の大震災に瀕した事実を知り、愕然とする。志賀直哉は麻布に家があり、数日間に実父が東京へ発ったばかりなので、たまらず東京行きを決意する。神戸から船か、鉄道の信越線かで迷いながらも鉄道を選択。地震の影響で東海道線は不通になっていたらしい。

居ても立ってもいられなくなった志賀直哉は京都を発ち、名古屋から川口駅への直行便(現在の埼玉県川口市、当時は川口町)まで臨時列車に乗った。この列車は塩尻、松本、篠ノ井(長野県)経由であったという。

臨時列車で東京へ向かう志賀直哉の耳に「朝鮮人が東京で暴動を起こしている」という風聞を耳にしたのは、列車が軽井沢に停車していた時だという。噂話として耳にした志賀直哉は流言飛語として受け止めたという。松井田駅(群馬県)で停車中に、一人の朝鮮人を2〜3名の警察官と野次馬10名ぐらいが追いかけ回している光景を目撃する。すると、すぐに引き返してきた一人が車窓の下で「(朝鮮人を)殺した」と言ったが、余りにも簡単に言っていたので、まだ志賀直哉は半信半疑に受け止めたという。しかし、その後も高崎駅などで7〜8名の朝鮮人が連行されていく様子を目撃した。駅毎に提灯が立てられていて、青年団や在郷軍人らが朝鮮人らの取締りの救援に駆け付けているのを見たという。

9月4日に川口駅に着き、そこから堤を越えて舟橋で荒川を渡って、東京へ入ると、そこは行く人と逃れる人とで溢れていたという。赤羽駅から日暮里駅行きの汽車に乗り、日暮里(にっぽり)で下車して谷中へ入ると、尋ね人の貼り紙がいっぱい貼ってあり、所々には関所が設けられており、不逞朝鮮人狩りの為に通行人の監視が行われていたという。

そのような物騒な混乱の中、志賀直哉は上野公園、万世橋と通って大手町へと進んだ。志賀直哉が大手町で一服を、積み上げられた列車のレールに腰かけていると、その目の前に自転車で落ち合った二人の若者があり、その若者の会話を耳にしたという。

その際、聞き取れてしまった内容は、

「鮮人が裏へ廻ったてんで、直ぐ日本刀を持って追い掛けると、それが鮮人でねえんだ」

であった。そう話した若者は、目の前で休憩した志賀直哉を気にして、少し目を向け、一瞬だけ言葉を途切らせた後に、続けた。

「然しこう云う時でもなけりゃあ、人間は殺せねえと思ったから、到頭やっちゃったよ」

と続け、その二人は笑っていた。志賀直哉は酷い奴だと思ったが、平時にそう思うよりは自分も気楽な気持ちで、その話を受け止めていたという。

その後、志賀直哉は日比谷公園を通ったが、そこは避難民たちが集まっており、酢え臭い匂いと、得体の知れぬ匂いと、つまり、二種類の異臭を感じた。

麻布の実家近くで実父の無事を確認、麻布の屋敷は土塀や石塀は崩壊していたが、幸いにも人や家は持ちこたえていた。その後、志賀直哉は武者小路実篤の実母(実篤自身は宮崎県で「新しき村」の建設中なので被災していない。)に会うなどしている。

志賀直哉は、関東の朝鮮人に係る騒動が京都にも伝染してしまうと不味いと考え、早期の帰洛を決心した。

その時の心情は、

「一般市民が朝鮮人の噂を恐れながら、一方同情もしている事、戒厳司令部や警察の掲示板が朝鮮人に対し不穏な行いをするなという風に出ている事などを知らせ、幾分でも起こるべき不快なことを避けることが出来れば幸だと考えた」

と、文章に残した。

志賀直哉は被災地を後にして海路にて大阪経由で京都へと戻った。この志賀直哉、武者小路実篤らは白樺派と呼ばれる人道主義実践を掲げていたが、この関東大震災によって「白樺」は廃刊となった。

少し補足しますが、関東大震災の直後には朝鮮人らが井戸に毒を投げ入れた等の流言飛語が飛び交った為に、自警団や警察官、在郷軍人らによって朝鮮人狩り(朝鮮人虐殺)が行われるというパニック状態が起こった事の証言にもなっている。志賀直哉は、そうした流言飛語が京都にまで伝播して不愉快な事が起こらないように考え、早く京都に戻ろうとしたの意である。また、一般市民も流言飛語の中で「朝鮮人を恐れながらも朝鮮人に同情していた」とも、ちゃんと残している。

元々、文化として日本は災害が多い国であり、そこに住む人たちは助け合いの精神に富んでいたと推測できる。また、船文化からなる水から学ぶ哲学、つまり、柔軟な思考回路の者と、馬文化による直線的な思考回路なんてのも関係しているかも知れない。

令和の日本に発生した感染症拡大危機では、直線思考な政治判断によって、その者の所得によって或る種の線引きされてしまった訳ですが――。
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ケーブルテレビをつけていたら、テレビ東京系のドラマだったのか唐沢寿明さんや広瀬アリスさんらが出演している「ハラスメントゲーム」なる連続ドラマは放送されていました。けったくそ悪いタイトルだなぁ…と思いながらも、2〜3話を視聴してしまいましたが、同ドラマではドラマの決まり文句として「今日は加害者は明日は被害者、ハラスメントゲーム」のようなナレーションが繰り返されており、安堵する気持ちになりました。というのも、昨今の、この「ハラスメント」というカタカナ語が用いられる多くの場合は、「不愉快に感じました」という一語によって、その対象者を一方的に攻撃できる厄介な手段になっていると感じていたから。だから、「けったくそ悪いドラマのタイトルだな」と思ったのでした。しかし、どうもドラマのコンセプトは、そうした私のような者の考え方をも拾い上げた上での、まるでゲームのようになってしまっているハラスメント事情を憂いている視点からも視聴できるようになっていたのだと思う。

この【ハラスメント】というカタカナ語の登場によって、日本社会は劇的に変質したような気がしないでもない。語弊を招きやすい話になりますが、つまり、極めて基本的な事柄として告発側が一方的な基準で優位に立ててしまう理屈の台頭であり、主張しさえすれば讒訴讒言も正義化してしまう厄介な人間環境を持ち込んでしまった側面がある。「私は傷ついたんです」と言いさえすれば、一方的に正義になれてしまうというのは、或る意味では怖い事であり、殆んど、ゲームのようなものでもある。又、このハラスメント概念が厚労省によって御墨付きを与えられた事によって傷つける気持ちはなかったが、発言なり行為なりとして表出した相手の態度を、一方的に断罪できるようになってしまった訳ですね。まさか、そんなバカな事は起こらないだろうと思っていたら、政治家らも知識人層らも皆が皆、それを受容してしまった。

和田秀樹さんの著書で「被害者は神様ではないのに、まるで被害者を神様であるかのように錯覚して取り扱われるようになった」という主旨のマスコミ批判を目にしたことがある。まさしく、それですかねぇ…。お客様は神様ですを盲信して、偉くなった気分になったり、この人は被害者だから全面的に被害者を擁護する態度が正しいのだと錯覚する客観性を見失った見識が台頭したり、つまりは、そういう事だ。

つい先日、取り上げた『デジタル・ポピュリズム』でも触れられていましたが、本来、イエスかノーかの、単純明快方式で物事を認識・理解する態度とは、本来は低次元な認識・理解なのに、それがインターネット時代になってしまい、現代人は回路を見失ってしまっているという指摘をしていたと思う。イエスかノーかという判断を下す事は容易いが、それに到るまでのプロセスの中に認識力や理解力が求められ、つまり、その通販番組が猛プッシュしている商品を買うべきか買わないべきか、その結論は最後に下すものなんですね。なのに、現代人は二択問題をプロセスは重視せぬままに即断即決できる者を優秀な人として評価する社会へと、実は情報工学の分野からすればそれらは分かり切っている筈なのに、彼等の都合のいいように単純二択化を正当化され、内容を吟味するよりも即断即決型の知性を高い知性と判断する世の中に作り替えられてしまった可能性がある訳ですやね。

これは目的を設定して目的に向かって邁進するというリベラル思想についても同じ事が言える。それを疑わなくなる訳ですね。プロサッカー選手になりたいと欲した子供が、日夜、サッカー選手になるべく研鑽し、その時間をサッカーに投じる。それでハレてサッカー選手になれるのであれば、素晴らしい成功譚となる。しかし、それは限られた成功例を念頭に置いて物事を思考している。サッカー選手のような職業として成功するのは、その何倍もの敗北者があってこそ、成り立っており、そのサッカーの能力が希少価値と認められるぐらいにならないと目的を達成した事にはならない。多くの者はそうなる。

それこそ、或る時期までの野球部なんてのは球拾いの為に部活動という時間を費やし、ロクに野球をプレイできぬまま、ただただ日々の猛練習とハードスケジュールに耐えて、その野球人生を終える野球部員なんてのも少なくなかったと思う。しかも、これ、結構厄介で、喉元過ぎれば熱さ和らぐという感覚があるから、「苦しい毎日だったけど、自分の財産になった」と自覚する。そう自覚しない事には、自分の歩んだ道を否定することになってしまうので、そうでも思わねば、やっていられないワケですね。君が青春時代の時間の大半を注ぎ込み、そして心血も注ぎ込んだ訳だ。しかし、その時間と心血のすべてを投入し、それによって得られた果実は甘かったのかね、苦かったのかね? ――という極めてシビアな世界でもある。

ホントは、可能性のある分野に時間や心血を注いだ方が利巧である訳で、そうなのであれば、やりたいことはやるが、やりたくないことはやらないという、そのワガママの繰り返しの中で、その心血の注ぎ甲斐のある分野を見つけ、そこに思う存分、心血を注いだ方が利巧であろうとなる。何が言いたいのかというと、ホントは、最初に結論を出してしまうことのリスクに言及したいんですね。最初に目標や目的というものを掲げるのはホントは難しい筈なんですね。何に自分が向いているのかなんて10代の若者には分からないのが実際であろうと思う。目に移った華やかな世界に憧れ、サッカー選手になりたいとか、野球選手になりたいとか、希望や夢をチョイスする。昨今ともなると、より年少者もシビアだから、この自己投資が合わない事のリスクに気づいているから、最初から夢や希望を抱くこともなく、安定志向で「僕は将来は公務員になりたいです」のような回答が増えているというけど、裏返せば相応にその問題を考えているという事なんだろうなって思う。

分かっているつもりになっている方が、実は重症に成り得る。既に窮屈になっているのだから、既存のリベラル思想の盲信だよなぁ…。限られた時間や環境に適応して生きているのが人間であるという考え方は断じて認めず、成功も失敗も如何なるものも個々の自由意志による成功失敗であり、したがって何もかもが自己責任であるという偏狭な思考回路になり、これを押し付けられるようになる。まぁ、自業自得だってのはあるのだけれども昨今の、他責とは凄まじく、常に謝罪を要求し、責任追及も非常に厳しくなり、何事にも罰則をつけずには要られないという不寛容が実際に今、ここにある訳ですね。何かの不具合が発生すると「人災」と言いたがり、声高に糾弾する人の割合が多くなって久しい。余りにも責任追及が厳しいので、誰も責任を負いたがらず、むしろ責任を回避する為の策略が張り巡らされている。

ハラスメントは、確かに、まるでゲームのようなもので、自己主張しなければ負けるだけのゲームでもある。「傷つきました」と主張し続ければ対人関係で優位に立てるという、強く主張した者勝ちのルールの可能性がある。譲歩する側は常に譲歩を迫られ、仮に良識的な態度を採っていても救われることはない。ひらすらにホールドアップした状態を迫られてしまうワケですね。

対抗するにはゲームのルールに則って「傷つきました」とやり返すか、或いは接触する機会そのものを減らすしか選択肢がなくなる。結果として、人間関係は冷え込み、分断が進行する。最早、飲みにケーションなんて中高年の方がビビってしまうまでになっているとNHKの番組でも取り上げていたのを記憶していますが、そうでしょうねぇ。ここでゲーム化している事に気を留めないと、自己主張する人たちに対して、ひらすらに譲歩し続ける事になる。なので、ストレスだけが蔓延する。ひょっとしたら、効率が低下しているのは、これと関係しているんじゃなのかなって気もする。元々、日本型の組織は、一体感があるという長所によって、諸外国に対して優越性を誇っていた訳ですが、現在ともなると欧米型の組織に中途半端に組み替えられてしまったので、長所は打ち消され、馴染みの薄い欧米スタイルに変革されてしまったという一面も大きいような気もしますけどねぇ。80年代ぐらいまでであったら、迷惑をかけるのもかけられるのも「お互い様ですから」という「お互い様」の精神で乗り切れたものを、現在ともなると、他罰とか他責思考一辺倒になってきちゃいましたし…。
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日本映画専門チャンネルにて満を持して「翔んで埼玉」を視聴。既に地上波放送もあった訳ですが、どうせならCMなしで視聴したかったので…。

筋金入りの埼玉県人たる私が視聴した感想からすると、「ええ、楽しく視聴できましたよ」ってな感じですかねぇ。周辺には映画館で視聴した人たちがあって爆笑だらけで座席が揺れていたというから、やはり、映画館で埼玉県人が観た場合は座席が揺れるようなウケ方だったのはホントでしょうねぇ。とはいえ、私が声を吹き出して笑ったか箇所は一ヵ所でしたが、まぁ、全体的には楽しく視聴できました。

これ、ズレがあるのかな。「埼玉をディスった、ディスった」とか「埼玉県人は自虐が好きだ」という具合に宣伝されていたのだけれども、あんなレベルであればディスりではないし、自虐といえば自虐なのだけれども、大した事はないなぁ…。むしろ、あの作品の中から狃伝愿な差別瓩魎兇玄茲譴燭否か、読み取れたか否かなんていう気もしました。つまり、「埼玉県をディスっている」にしても「埼玉県人は自虐が好きだ」にしても、どちらも実は埼玉県人の感覚ではないよな、とね。むしろ、これだけ埼玉ローカルな情報で映画がつくられた事に感心してしまう。「十万石まんじゅう」に「NACK5」なんてのは確かに埼玉ローカルであり、馴染みが深い。なので、よく、こんなものを映画に出来たものだなぁという驚きがあるのですが、それは歓喜でもある。

石川さゆりさんが「能登半島」を歌えば、それは能登半島を宣伝しているのだけれども、それは単なる宣伝ではくて、御当地民からすれば予祝してもらっている感覚になるワケです。こんなローカルなものを祝ってもらって、有難いもんだね、と。

エンターテイメント作品としては成功していそう。バカバカしさという意味でね。とはいえ、ただただ、ディスって終わっていませんね。ディスったからフォローしたというのとも、本当は違う。郷土愛なき現代人の最たるものが、東京のベッドタウンである埼玉県であり、実際に誇ろうとして誇るべき観光名所なんてものもないので、実際に郷土愛が低い地域なのだ。斯くいう私も、両親は県外出身者であり、謂わば「在県二世」みたいなものであり、祖父や祖母の時代から埼玉に住んでいるというタイプの人とは全然、価値観が違う。旧家の場合は、アカラサマに広大な土地を持っていて田舎風であるが屋敷は大きい。多くの埼玉県民とは、1世代前か2世代前に埼玉県に住居を構えた世帯であり、団地住まいとか木造モルタル一戸建てとか、そんな住宅環境の中で人口を増やしたのがリアルな埼玉県民像だよなって思う。

そして価値体系としては都市指数が高いか低いか、つまり、都会的であるか非都会的であるかで、極めて俗っぽい価値観の中で「ダサイタマ」等と蔑まれたのであったと思う。あの映画のデフォルメのように大袈裟に「ダサイタマ」が使用されていたのではなく、もう、或る意味では盲目的な都会礼賛の価値観の中で、当然に「イナカもん」と嫌味ったらしく蔑むような風潮が80年代、特に90年代頃、強かったのが実感ですかねぇ。

おそらく東北訛りをバカにしたら、さすがに罪悪感があるが、埼玉県民をバカにする事は許されるといった、そういう都会人の慢心が関係している。底辺な都市生活をしている東京の下層の人が、埼玉叩きの風に乗っかって、「あれ、君、出身、埼玉なの? ダセェな」のようにマウントしてくるケースが多く、結構、痛々しいなぁ…と感じたのは実際ですかねぇ。裏返せば、埼玉県人の私が、その序列にならって群馬県や栃木県を小バカにするかというと、これはゼッタイにない。その見苦しさを身を以て知っているワケですからね。この重層的な差別までもを、映画の中盤以降は少し触れていたような気がする。

熊井啓監督の「地の群れ」なる映画を、偶々、昨夜視聴したのですが、やはり、差別問題というのは重層的に作用する。長崎県佐世保市を舞台にした小説の映画化でしたが、いわゆる被差別部落がある。そして被爆者に係る、差別がある。更には、いわゆる徴用工の問題に係る朝鮮人部落の問題が重なっているという舞台設定でした。被差別部落の女子高校生が被爆者たちが住んでいる集落の若者に強姦されるという事件が発生する。警察は部落問題が関与しているので面倒臭がって適当な捜査をしている。被害者少女が真犯人を突き止めてみると、それは被爆者の集落「海塔新田」の青年であった。その青年は耳の後ろにケロイドがあり、左手には常に手袋をしている状態として描かれており、何かしら原爆の影響を受けた身体の持ち主で、性の捌け口がなく、女子高生を襲ったものと思われる。しかし、この問題は抗争に発展してしまう。

北林谷栄演じる被害者少女の母親が、海塔新田へ乗り込んで抗議をする。この抗議を受けたのは、加害者青年の父親役である宇野重吉である。

「うちの息子はやっていないと言っている」

「そんな事はない。おめえのところの息子がやった。うちの娘が部落だから泣き寝入りする思って狙ったに違いない」

という口論は、やがて重層的な差別問題を噴火させてしまう。「おまえのところの集落は」とか「あんたのところの集落は」という舌戦が続く。動物の皮を細工することを生業にしていたり、遺体の埋葬や墓守を生業にしていたりする、いわゆる被差別部落への差別を口にされた北林谷栄は、

「オラたちはそんなもんだが、お前らの血は腐れていくそうでねぇか!」

とまで返すと、四方八方から石が投げつけられ、北林谷栄演じる被害者少女の母親は無数の投石によって殺されてしまう。

また、その強姦された被害者の少女の母親が海塔新田で殺害されたという騒動は、町場には正確には伝わっていない。被差別部落の連中が少女が強姦された事に怒って蜂起し、部落民らが集団で海塔新田の集落を襲撃したとか、双方が集団で蜂起して衝突して多数の死傷者が出たという風に伝わっている。

この「地の群れ」では、その強姦事件とは別に被爆者への差別が強いことから被爆体験を隠しながら生活している女や、日本共産党のスパイ活動に従事する中で同志を見殺しにしてしまい、その過去を引き摺って自分の妻を意図的に薬を飲ませて堕胎させた男なども並行して描かれている。余計な詮索が、互いを傷つけ合う。そして、時として差別意識は重層的に作用する。虐げられている者が別の虐げられている者を虐げるという重層的な構図があるのだ。あまりにも生々しく差別問題を抉った内容なので、どうも映像化は難しいとされていたが映像化してしまった作品らしい。北林谷栄、宇野重吉、奈良岡朋子、鈴木瑞穂といった如何にも重厚な俳優陣に物語を演じさせ、辛うじて成立させた何かであったような気がする。

なので、埼玉県民と千葉県民とが争っているという図、その図を立てる事は、自らを都会人であると思い込み、そこから「高みの見物」をすることの妙味でしょう。

「へへへへ。田舎もん同士が醜く争ってるよ。どちらも田舎もんのクセしてね☆」

という構図であり、そのレベルの低い者同士が争っている事、その構図を面白いと感じる感覚でしょう。しかし、この「翔んで埼玉」では、その重層的差別というか、偏見の雪崩現象のバカバカしさを、登場人物たちによって超克させている。ホントは、劇中の二階堂ふみさんのように都会指数の高低に胡坐をかいている現状とか、中央集権体制が異常レベルでおかしいという事に気付くべきで、この「翔んで埼玉」が日本の事情なんて分かる筈もない諸外国でもウケたというのは、この中央集権型の都市偏重の傲慢、その傲慢に抑え付けられている郊外型の人の軽度の悲哀が共感を呼んだという要素もあるような気がする。



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和辻哲郎著『風土』(岩波文庫)をつらつらと読み返しながら、改めて色々な発見をしてしまった気がしている。ヴェーダ、バラモン、インド仏教に中国仏教などに触れた上で、日本文化論を論じたものであり、思うに、これこそが日本文化を論じたものの中でも最高峰のような気がする。時間と空間とを分ける事が不可能な事にも触れられている。つまり、「風土とは歴史的風土である事、同時に歴史とは風土的歴史である」とまで言及している。

また、風土は、気候を含めての風土が文明そのものや人間にも影響を与えるものとして考察されているのですが、この洞察が鋭い。

和辻に拠れば、東洋文明と西洋文明とはやはり異なるものとし、西洋、キリスト教などの一神教は沙漠という過酷な環境で生まれたものとし、欧州全般は湿気が強くじめじめとした陰影の影響を受けたものとし、アジア全般に対しては、モンスーン気候型の風土と分類した。

インドには、バラモン教の祖となるアーリア人が侵略したが、そのバラモンによるインドへの侵略と征服は、西洋文明と少し異なり、武力と知恵を武器にしていたとする。バラモンは、おそらくインドに武力だけで侵略したのではなく、そこに神概念を持ち込み、カーストを形成した。ヴェーダであり、ウパニシャッドであり、ブラフマンとアートマンからなる梵我一如など、確かに尋常ではないレベルの神概念が古代インドに持ち込まれている。

中国南部の沿岸部はモンスーン気候であり、気候そのものは日本と中国沿岸部は似ているとする。共に「受容的・忍従的である」と分析している。季節風に左右されやすく、日本にあっては台風の影響も少なくなく、その文化に大きな影響を与えたものは船であろうとする。結局は、揚子江沿岸と日本との間には稲作文化である事でも確認できるワケですが、同時に「南船北馬」、北方の移動手段は馬であり、騎馬文化であるが、シナの南部は船の文化であるを踏襲している。おそらく、日本にも騎馬文化は流入していたが、パーセンテージで言ってしまえば、圧倒的に船文化である。倭寇なんてのもそれだし、騎馬文化は直線的であるが船文化は嫌が応にも水に影響されるので、やはり、そこに芽生える文明は「自然には逆らえない」という精神風土になったであろう、となる。実は、自ずと風土(環境)によって、そうなるという考え方ですね。(福永光司の著書などでも言及されている。)

和辻の場合は、昭和23年頃、香港の九龍で荷下ろしをする中国人たちを見て驚いた経験があるという。シナの労働者たちは木製のジャンク船で、老人から子供までが荷下ろし作業をしていたが、それは死と隣り合わせの作業であったという。昭和2年の上海では蒋介石軍が上海に迫っているという状況であったが、上海では労働者たちがストライキをし、蒋介石軍に加勢しているのを目撃したが、多くの上海人たちは、さほど動揺していなかったという。この経験から、和辻は上海や香港といった中国沿岸の人々は、余計な事には神経をつかって疲弊しないようにしていると洞察している。実際に非常事態となれば、逃げるしか身を守る方法はなく、何某かの軍隊が入って来てしまえば、どのみち虐殺や略奪が起こるような状況だから、身を守る方法そのものがない。そういう状況で、余計な事を考えないようにしていると分析する。悟っているという高尚な何かではなく、その歴史的風土(環境)から、そのような行動様式が出来上がっているのだろうと洞察している。

他方、日本は異なる。日本も中国沿岸部と非常に似ていて、受容的・受忍的であるが、常に神経を働かせる国民性であるとする。神経を働かせているというと欠点はないように見えるが、これには当然、欠点があり、先に述べた香港人や上海人が極力神経を使わず消耗を避けて、その時が来たら一斉に逃げ出すという行動様式であるのに対して、日本人は危機に対しては先んじて神経を尖らせ、危機を回避する為に細心の注意を払う。しかし、これには欠点があり、集中力が続かないであろうと洞察している。

さて、ここからが愈々、和辻哲郎による日本人の人間学的考察となりますが、日本人は細心の注意を払うが、そうした集中力を継続させるのには限界があり、その限界が来ると感情を倏発瓩気擦襪、爐△辰気蠅板める瓩汎胸,靴討い襦

モンスーン的な受容性は日本の人間においてきわめて特殊な形態をとる。

第一にそれは熱帯的・寒帯的である。すなわち単に熱帯的な、単調な感情の横溢でもなければ、また単に寒帯的な、単調な感情の持久性でもなくして、豊富に流れ出でつつ変化にて静かに持久する感情である。四季おりおりの季節の変化が著しいように、日本の人間の受容性は調子の早い移り変わりを要求する。だからそれは大陸的な落ちつきを持たないとともに、はなはだしく活発であり敏感である。活発敏感であるがゆえに疲れやすく、持久性を持たない。しかもその疲労は無刺激的な休養によって癒されるのではなくて、新しい刺激・気分の転換等の変化によって癒される。癒された時、感情は変化によって全然他の感情となっているのではなく、依然としてもとの感情なのである。だから持久性を持たないことの裏に持久性を隠している。すなわち感情は変化においてひそかに持久するのである。

第二にそれは季節的・突発的である。変化においてひそかに持久する感情は、絶えず他の感情に変転うつしかも同じ感情として持久するのであるがゆえに、単に季節的・規則的にのみ変化するのでもなければ、また単に突発的・偶然的に変化するのでもなく、変化の各瞬間に突発性を含みつつ前の感情に規定せられた他の感情に転化するのである。あたかも季節的に吹く台風が突発的な猛烈さを持っているように、感情もまた一から他へ移るとき、予期せざる突発的な強度を示すことがある。日本の人間の感情の昂揚は、しばしばこのような突発的な猛烈さにおいて現れた。


そして、やはり、桜の花のように、慌ただしく咲き、恬淡に散る、と述べている。内側では凄まじい懊悩と煩悶を繰り返すが、それが実際に外部から観察され、形となっているときは、桜の花のように、慌ただしく咲き、アッサリと散る。例として、おそらくは、江戸開城などを念頭に和辻は論じていると思われる。内面的には猛烈であるが、外面的には恬淡(てんたん/アッサリとの意)として終わることがある。他方、ここが和辻の考察も面白いところですが、当然、そのようになる場合だけではなく、振り子の振れ方によっては、破裂する、爆発するというニュアンスを含めて語っているのだ。

思えば、乙巳の変は大胆なテロによる政変だし、本能寺の変にしても劇的な下剋上であったし、下剋上は少ないようでいて、そうでもない。室町時代には嘉吉の乱(将軍殺し)もあるし、近代日本の幕開けとも関係している孝明天皇には倒幕派による暗殺説もあるし、対米開戦なんていう大胆な歴史もある。

そして面白い事に、和辻は【情死】を感情の爆発と分析している。情死とは即ち心中で、これが日本文化の特異性でもあるワケですが、これを和辻は、シナやインドには見つけられない日本の台風的激情性と洞察している。つまり、日本人の恋愛観とは《激情を内に蔵したしめやかな情愛、戦闘的であるとともに恬淡なあきらめを持つ恋愛》と表現している。

和辻は、日本に於いて「あの世」信仰があったから心中が成立していたというよりも、日本人の気質が激情を内に秘めながら恬淡な諦めに到るという回路で、説明している。

単に精神的な「あの世」の信仰にもとづいたものではない。それは生命の否定において恋愛の肯定を示しているのである。恋愛の永遠を欲する心が瞬間的な昂揚に結晶するのである。たといそれが人間の男女としての役目のゆえに他のあらゆる役目を蹂躙するという意味において人間の道をはずれているとしても、それによって日本的なる恋愛の特性を示しているということには変わりないはないでのある。

かくして日本的なる恋愛の類型においては、まず第一に恋愛が生命的なる欲望よりも優位を持っている。恋愛が欲望の手段ではなくして欲望が恋愛の手段である。だからそこでは、個人的なる欲望に距てられない間柄、すなわち男女の間の全然距てなき結合が目ざされる。しめやかな情愛として言い現わされるのは右のごとき全人格的な結合である。

しかし第二に恋愛は常に肉体的であって単に魂のみの結合ではない。恋愛はその手段として肉欲を欠くことができない。そこで全人格的なしめやかな情愛が同時に激情的になる。全然距てなき結合は離れたる肉体を通じて試みられなくてはならない。魂の永遠の欲望が肉体において瞬間に爆発する。

そこで第三に肉体的生命を惜しまない恋愛の勇敢さとなり、第四にその裏として突如たるあきらめとなる。すなわち全然距てなき結合が肉体において不可能であるとあきらめるのである。


うむむむ、恐れ入谷の鬼子母神、凄い考察だ。情死にかかるギリギリの内面のせめぎ合いを、説明しているらしい。

或る雑誌で、日本映画の最高峰とは何かと好き勝手に論じている一冊(『一個人』)を持っていて、やはり、大胆にも大島渚監督の『愛のコリーダ』が2ヶ所で挙げられていたのだったかな。そのタイトル、なんだか失敗だよなって思うんですが、つまりは「愛の闘牛士」という意味らしく、なんだか中途半端なタイトルだよなぁ…とね。しかし、内容は非常に鮮烈に性を描いたのは確かであったと思う。

描いた内容は密室で性交する日々を何日も何日も続けていた男女、情交に耽るうちに女が男を絞め殺してしまい、陰茎を切り取り、肌身離さずに逃亡していたという「阿部定事件」であり、堂々たるハードコア・ポルノでもあった。この圧倒的な激しさというのが、実は、つつましい事や奥床しいことが美徳とされる日本で起こり、また、当時、この阿部定は人々から称賛されたんだろうね。怖すぎる女であるが、そこまで性愛を全うするとはアッパレだ、と。これを「勇敢な男女の愛」と呼んだら語弊があるものの、おそらく、そのように切り取ったのでしょう。確かにバッドエンディングに達したと言えるが、究極的な性愛の果て、究極的な情愛の果てと考えねばならないのでしょうからね。

まぁ、勿論、心中なんて、そんな事をしてはいけないのだけれども、それが、こうした心性から生じているものだと理解すれば「ああなるほどな」とも思う。
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柳町光男監督作品の「愛について、東京」を視聴。こちらは、殆んどオーディションで採用した中国人俳優らを起用して製作された1993年製作作品でした。日本人キャストとしては岡坂あすか(現在の黒沢あすか)、藤岡弘、戸川純、今井雅之、渡辺哲ほか。

片言の日本語しか話せない上海出身の中国人留学生であるウー・シャオトン演じる方純(ほうじゅん)を主人公とし、ごくごくシブいキャストで、片言だらけの日本語のセリフで一つの作品になっていました。日本生まれで中国語が一切話せない中国人女性のアイリーンに黒沢あすか、パチンコ店を経営するインポテンツのヤクザ社長・遠藤の役に藤岡弘、その妻に戸川純。遠藤に雇われている在日韓国人のチンピラ役で今井雅之。

おいおい、どーすんだよ、このキャスティングでよォ、と思ってしまいそうですが、ちゃんとというか、そこそこの作品になっているんだよなぁ…。

舞台は90年代初頭、その頃の中国人留学生事情や、対日感情なども剥き出しに描かれている。勿論、逆に日本社会の中の、中国人に対しての偏見なども余すところなく。中国人留学生たちの寮なのか下宿なのか、そこでは中国人留学生たちが、東京や日本についてのホンネを吐露している。

以下、サワリ程度にネタバレします。

「東京は、お金があれば、何でもできる凄いところネ。でも、お金がないと何もできないヨ」

あたりがスタートで、多くの中国人留学生らは東京での生活費を稼ぐ為にあれこれとアルバイトなり、水商売にホスト、愛人、そしてパチンコ台の違法操作などに手を染めている。

「ボクはホントはバカじゃないヨ。でも、東京じゃお金がないと何もできない。勉強しに来たのに全然、勉強なんてできなかったヨ。家族の期待を背負って日本に来たのに…。もう、一生、日本になんて来ないっ!」

なんていって寮を出ていく者もある。

そんな中、主人公の方純は、仲間たちとパチンコ台の不正操作に臨む。そのパチンコ店は「ニッポンのヤクザ」が経営しているので気をつけるつもりであったが、筋トレをしている如何にもイカつそうな藤岡弘演じるヤクザ社長の遠藤に捕まってしまう。遠藤は、当初は「強制送還されたくなければカネを用意しろ!」と脅してくる。しかし、その交渉は、やがて、方純と遠藤との間の取引になってゆく。遠藤は、カネは要らない。オマエ(方純)が連れている女、つまり、アイリーン(黒沢あすか)を紹介しさえすれば、パチンコ店の当たり台を教えてやるという。方純は、それを受け入れ、アイリーンも受け入れる。これによってアイリーンは遠藤の性交相手をしながら、方純との交際も継続することになる。方純はというと、巧いコネが出来た、

「日本のヤクザは、ホントはいい人ネ」

なんて言い出す。

アイリーンは遠藤の情婦となるが、実は遠藤はインポテンツである。何やら強精剤を飲んではアイリーンに跨ったりはしているがインポテンツであり、そんな遠藤がアイリーンに対し、どういう思いで執着しているのか判然としない。また、遠藤は過去に人殺しをした事もあるともいい、間違いなく遠藤は恐ろしい男である。仮に遠藤をダマして逃亡なんてしたら間違いなく殺されてしまいそうだ――という状況になる。

渇き切ってますなぁ…。しかし、絶妙のような気もしました。

作品中、他愛もないセリフですが、

「一番、スケベなのは中国人、次に日本人、韓国人はスケベじゃないよ」

というソフトなものから、

「中国人ってのは、どいつもこいつもアタマが固いんだよっ!」

「中国人だから怒ってるんじゃないぞ、日本人と同じように働かないから怒ってるんだ。それが出来ないんだったら 粟でも稗でも食ってろ!」

という日本人側の在日中国人に対しての罵声もあれば、一方の在日中国人たちは終盤に、

「日本人は偽善者だっ!」

という核心を突いていたかも知れない、そうした言葉を吐き出している。

寮では、自分の妻を日本人の情婦として送り込んでいる男がいる。当然、カネの為にそうしているつもりであり、その夫も妻も了承している。しかし、或る時、日本人の相手をした後に寮に帰宅し、その女は鼾(いびき)をかいて眠り出す。その夫は鼾をかいている妻に激情し、包丁で刺殺するという事件を起こす。妻を刺殺した夫は、寮の中国人仲間たちに抗弁する。

「鼾をかいていたから殺した! この女は日本人に抱かれてきて、眠る為だけに(中国人にして夫である)俺の元へ帰ってきやがったんだ! だから殺しただけだ!」

と。

そんな状況下、方純とアイリーンの恋人たちは「愛について」考える。

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不確実性うんぬんというよりも、超不確実性の時代って事だろうねぇ。「100年安心」とする国民年金法では財政均衡期間を「およそ100年」とし、その見通しを5年毎に見直す事になっているというけど、100年先が予測できるのであれば大予言者になれる。現在ともなると数日後さえ、予測が難しい気がするような状況ですしねえ。

生命の危機を回避することが最優先であろうとなるが、とはいえ、かなり現実的に惹き起こされるであろう世界的経済破綻に備える覚悟があるのかというと、それについては現在、見えにくくなっているか、語られにくくなっているのが実際であろうと思う。ただ、流れからすると、数日中にも緊急事態宣言を出す方向性へ傾斜しているような気がする。マスコミ全体がそちらだし、世論もそちらだし、海外と横並びの対応であるべきだと考えたくなるものでしょうしねぇ。しかも不透明感はMAXという事態ですからねぇ。個人的には小林よしのりさんに近い認識なのだけれども、まぁ、決定的に少数派のような自覚がある。

こうなってきてしまうと、何人たりとも責任を持ってリスクを取る事は不可能であろうから、多数派の意に従わざるを得なくなる。それらを跳ね返して「いやいや、待て待て」と言い続ける事は、最早、独善的になってしまう気がする。仮に、その人の中では何か、そう考えるだけの根拠なり、見識があったとしても、押し切られてしまうものであろうと思う。

つい先日、映画「12モンキーズ」を視聴していて、同映画が取り扱っていたのは既に危険な生物兵器が世界各国にばら撒かれ、人類の大半は死滅し、生き残った人類は地下に潜らざるを得なくなった未来を迎えているという前提で物語でした。まぁ、リスクという意味では、90年代頃からSF映画レベルでは想像されていたのかも知れないななんて思う。まぁ、それはフィクションの世界の話なのだけれども、それに似た状況になる可能性があるというのは、ホントは驚くべき事でもある。翻って、現在進行形の新型コロナ禍を、そういうリスクだと実感するかというと、あんまり実感できない。これは正常性バイアスなのかも知れませんが、ホンネではそう思っていない。何故なら、多くの物事の認識の仕方として、多数派と自分との差異は既に嫌というほど認識しており、総じて多数派は情動で動き易いものであること、殊更に恐怖や不安については、そういう性質があるよなって腹の奥底では思っているから。

日頃、「スクラップ&ビルド」のような言葉を好み、また、「無常」などを言葉を好む人たちは、他人には変わる事を求める。しかし、思うに、それは手前味噌な理屈であり、仮に、それを言うのであれば、相手に変化を求めるよりも、その者が変化すべきなのだと言い換えられてしまうから。無常とかスクラップ&ビルドという言葉を好むのであれば、それは一貫していなければおかしい訳ですが、直ぐに例外とか特例のようにして、手前味噌な理屈に書き換えてしまう不徹底さがある。常に安定はないと他人に言うのであれば、己にも常に安定などあるなと考えねばならない。その割には、そうした論者の多くは、既存の秩序体系を重んじた行動を取っているよなって思う。現行の収入に比例して補償金を出す事を絶賛検討中のようですが、要は月収60万円の者が30万円に減った場合に30万円を補償するという話であり、真に生活困窮に瀕している者の事は眼中にない。夕刻のニュースでは「所得制限なし」と解説されていましたが、「所得制限なし」とは補償対象世帯の月収の「上限なし」の意です。今春、改正した年金受給しながらの労働者に対して所得制限を撤廃したばかりで、要はカネ回りのいい者にどんどんカネを回すべしという労働政策を採っているのが実際のところでしょう。難しい霞が関用語を使用されているから、みんな貰える気なっていますが、貰えるケースは元々の減少額が小さいから補償額を圧縮できる。高報酬の者には手厚く補償できるような制度設計ですな。つまり、現行の経済カーストを、この期に及んでも守ろうとしていまっているのが現在の日本政府だろうなって思う。今、私の身近なところでも図書館や公民館は休館中ですが、学童や福祉施設は施設として休むことが出来ておらず、且つ、雇用の安定具合や給与を直視すれば、なんとも偽善まみれの補償制度を打ち出しているよなって思う。苦しんでいる他人を見ては「スクラップ&ビルドが世の常ってものなのですよ」と言い、また、同時に「世界は無常である」と言っていたのだから、当然に、現在のような超不確実性の状況下でも泰然自若としていてもおかしくないが、現実は正反対だよなという実感がある。平らにする気はサラサラない。

100日後に死ぬワニ、見せ方は上手だと思うけれども、そもそも、そういう事だと認識していなければいけない話ですやね。無常、無常、未来は分からぬものなのだから、悪い方向の事も心に留めておかないとね。

フランキー堺が主演した東宝の特撮映画に「世界大戦争」なるものがあり、そこでは核戦争によって世界が滅亡するという状況下、居間でスイカを食べているというシーンがある。多くの人々は逃げ惑う訳ですが、考えてみれば逃げ場なんてない訳ですね。だから、その一家は家族で食事をとりながらその時を迎える。宝田明は恋人とデートの待ち合わせをして、その時を迎えたのであったかな。最後の一瞬、最後の一秒まで、日常生活を継続し、そのまま滅びようとする。最初に見た時は小学生だったので「えっ、そういうものだろうか?」という感慨がありましたが、大人になって視聴してみると、「そういうものかも知れないな」と思う。慌てても仕方がないので、自分の好きな時間の過ごし方をするという事になると思う。精神的に未熟であれば、その世紀末的なドサクサに紛れて、片っ端から強姦をしてやろう等と無政府状態を夢想する中高生も存在している、一定の割合でそういう人達もあるのかも知れませんが、たぶん、日本人の多くは、そういう行動はとらない気がする。むしろ、信じられない事に、今日にも世界が滅びるというのに通勤電車に乗って通勤しようとしてしまうのが日本人のような気がする。あんまり、自分の行動をコントールしようという意識は低いのがホントで、昨日の「淮南子」の話でもあるのですが、そもそも、ヒトは、そんなに意志なんてものを強固に有していない。その場その場、その時その時の状況に己の身を委ねて生きていると考えた方が説得力がある。

だって、自己啓発本に目を通して鼻につくのは、それなワケでしょう? 自由意志なんて言っちゃってるけど、何かしらの偶発的な切欠、先天的な才能、自分が置かれている環境、そうしたものに左右されて生きているのが実相でしょうからねぇ。全く才能もなく、環境も適しておらず、尚且つ、チャンスも巡って来てもいないのに己の意志と行動力だけで、それらを個の裁量で克服できると考える常日頃の過剰なリベラル思想中の哲学に無理があるワケで。



追記:自己申告方式で、条件に適った世帯には一律で30万円支給になりそうなのかな。朝三暮四。
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◆巻第一「原道」

そもそも法律を厳しく刑罰を重くするのは、王者のなすべきことではない。鞭をしきりに振るうのが、遠い道程を行く御者のなすべきことではないように。

(古代の視力がいいと評判だった離朱の目は、百歩向こうの針の先を見る事ができたというが、淵の中の魚は見えなかった。古代の著名な音楽家である師曠の耳は八方の風音を聞き分ける事ができたというが、十里先の音は聞こえなかった。)

一人の能力に頼るのでは、三畝の屋敷の内も治められないが、道理の法則に従い、天地の自然を尊重していくならば宇宙の全体さえわざわざ手を下すまでもなく安定する。そこで、禹は洪水を治めるのに水の性質を師と仰ぎ、神農は穀物を播くのに苗の本性から教えを受けたのであった。

一体、浮き草が水に根を浮かべ、樹木が土に根を張り、鳥が虚空を押して飛び、獣が地面を踏んで走り、蛟竜が水に住み、虎豹が山に住むのは、自然の本性である。木と木が擦り合って燃え、金が火に近づいて溶け、円いものが転がり、空(うつろ)なものが水に浮かぶのは、自然の勢いである。そこで、春風が吹けば、甘雨が降って、万物を成長させ、羽あるものは卵を抱き、毛あるものは身ごもり、草木は花を咲かせ、鳥獣は繁殖する。誰の仕業が分からないけれども、結果はきちんと出てくる。秋風が霜を降らせると、植物は枯れ落ち、鷹や鷲は小鳥を襲い、昆虫は冬ごもりし、草木は根を下ろし、魚やすっぽんは水底に集まる。誰のしたことか分からないけれども、万物は跡形もなく消え失せる。

また、木に住むものに茂みがあり、水に住むものに穴があり、禽獣にねぐらがあり、人類に家がある。陸地では牛馬が役に立つが、舟で行くには水の多い方がよい。北方の匈奴は毛皮のジャンパーを産し、南方の干越(呉越)は葛織りのシャツを産する。それぞれの必要なものを作り出して乾湿に備え、それぞれの住むところによって寒暑を防ぎ、こうして、全ての物が自己に相応しいものを手に入れて、その持ち場に落ち着く。以上から考えると、万物はもともと自然的存在であって、だから聖人はそれに何の人工も加えはしないのである。




◆巻第九「主術」

古代において、役人を設けたのは、民衆が勝手気ままに流れるのを禁ずるためであり、君主を立てたのは、役人が独断専行をするのを抑えるためであり、法律・儀礼を作ったのは、君主が専制支配に走るのを防ぐためである。このようにして、人々がそれぞれに勝手気ままを行なうことができなくなれば、大道が勝利する。大道が勝利すれば、道理が貫徹されて、やがて無為(作為のないこと)の政治を取り戻すこともできよう。無為とは、停滞して動かないという意味ではなく、あらゆる行為が君主の命令を待つまでもなくスムーズに行われることを言ったものである。


◆巻第十三「氾論」

〜前略〜
諸民族は、是非の判断がそれぞれ異なり、風俗・習慣も互いに違う。彼らは、各自それぞれの君臣・上下・夫婦・父子のモラルによって、社会関係を取り結んでおり、こちらの民族の是は、あちらの民族の是ではなく、こちらの民族の非は、あちらの民族の非ではない。


紀元前2〜1世紀に現在の安徽省や江蘇省あたりに昔は「淮南国」(わいなんこく)があり、そこの国王であった劉安が書いたものが「淮南子」(えなんじ)であるという。そんな時代に、「ところ変われば事情も異なる」という相対主義が語られ、また、法治主義に対しての疑義が語られているのが分かる。

何故、そんな事が可能だったのかというと道教の祖と思われる黄老(こうろう)思想から発生したもので、つまり、古代には黄帝という聖帝が存在していたとする思想と、老子を仰ぐ思想とが結び付いたものだという。道教思想になると、この世界は道(タオ)と称する自然の摂理によって構築されているとなる。

なので、自ずと自然を尊び、人為的な何かを美しくないとする。ICレコーダーに録音されたコオロギの声と、実際に草むらで耳にするコオロギの声とでは、後者の方に感動するのが人間の真理ではないだろか。

なるほどICレコーダーに録音されたコオロギの声とて、科学的には全く同じ声色であるという事になる。実証主義を頼りとする科学的思考では、この差異を語れないかも知れない。何が違うのか? 何故、人は自然に生じるコオロギの声を善しとし、人の手に介入したコオロギの声を善しとしないのか? それを論じるのも邪道ではありますが、そこに自然を介した回路がなく、自然と人との感応が欠けているからという事らしい。偶然を含めて自然状態であるワケですが、その自然状態の中でコオロギの声を耳にして、そこで感動が生じる。何故なら自然と自己とが感応し合っている悦びが介在しているから。他方、ICレコーダーから生じるコオロギの声も美しい音色には変わりないが、残念ながら、その音色を聴いても自然と感応できていないという前提があるので、同じ音声であるが感動が少ないと考えられるのかな。

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