2018年11月13日

音楽と思想、音楽と政治

何やら、原爆Tシャツ騒動なるものがあるとテレビで小耳に挟む。あんまり情報は入ってこないし、今どき若年層向けの音楽事情なんて詳しくなりたいという気もないし、インターネット上に記事が立っているが、その活字を目に追うことも労力のムダだろうなと思うから、上辺の事情しか理解できない。

1.ある韓流アーティストのテレビ出演が見合わされた。

2.その原因は一年前、そのアーティストが着用していたTシャツが原因である。

3.そのTシャツには原爆投下と思われるキノコ雲と万歳している人たちがプリントされている。

ぐらいの情報しかないんですが、以下へ。

別に出演させたければ出演させればいいのでしょうけど、彼等を出演させた事で発生するクレームの処理は、そのテレビ局が負うべし。これが基本的な態度かな。

で、キノコ雲&万歳している人たちの図案というのは、これは堂々たる反日アピールであり、そういう輩を拒否する権利はあると思う。反日アピールっつったって、これ、単純な反日本政府アピールではなくて、原爆投下を喜んじゃってる図ですよね。大量殺戮称賛野郎って事じゃないの? ファッションであれば許されると思っていたって事でしょ? そうとしか考えようがない。

「武士道」と漢字でプリントされている外国人観光客は、まぁ、観光でさ、仮に、そこに「武論尊命」と書いてあろうが「剛力彩芽」と書いてあろうが、別に、そこに思想は読み取れないけど、問題になっているのはキノコ雲の写真と万歳する人たちの写真なのだから、これは挑発、挑戦しているんだから、素直に、その挑発に乗って「そんな反日思想の持ち主をテレビを出すワケにはいかんな」と応じてやればいいだけの話でしょ。

これによって、心が狭いなんて言われるイワレはないと思いますよ。原爆投下によって、どのような惨劇が起こったのか、その実情を生々しいレベルでは知らずとも相応のレベルでは知っていなければならない日本人が、「韓流スターなのよ、世界的アーチストなのよ」といって、そのアーチストを例外視しようとしている事ほどバカバカしいものはないと思う。

反日がファッション化してしまっている可能性が高いんじゃないんスかね。反日を掲げて原爆ざまぁと主張しちゃうTシャツ着てるオレ、カックいいっていうアピールなんじゃないの? 違うの?


それと、もう一つ、音楽と思想、主義にも触れておくべきか。

或る人気お笑い芸人氏が「音楽と思想とは別物である」という考え方を提示して賛否を呼んでいるという。その通りといえば、その通りなんですが、もう、その時点から、その人の音楽の趣味は商業コンテンツに取り込まれているという事になるのだと思う。今夏か昨夏にも野外音楽フェスティバルに政治的イデオロギーを持ち込もうとしたアーチストがあって、その擁護派と「音楽に政治を持ち込むな!」との対立があったような記憶がある。

現代人にとって音楽とは既に思想とは切り離して楽しめるものだし、政治イデオロギーと音楽とを結びつける必要性そのものはない。その意味では「別物として音楽を愉しみましょう」は間違いではないし、そのような愉しみ方も可能なんですね。しかし、もっと大きな枠で音楽のバックボーンを語ろうとする場合、そこから思想を切り離すのは難しくなってくる。

【うた】と敢えて平仮名で表記されている場合が、それで【うた】とは大衆が口ずさんでいたところから始まっている。田植えをしながら田植え唄を歌い、茶摘みをする人たちが茶摘み歌を唄うといった労働歌であったりする。近代になって抑圧の中からブルースやらエレジー、怨み節的なものが生まれたが勿論、これも歌っていたのは大衆層である。そしてリズム&ブルースを早回ししたらロックンロールになったという具合に語りつがれている。軍歌や文部省唱歌、或いは宮廷などで披露されていた格式ばった音楽は「演じなさい」とか「歌いなさい」という御上からの命令で歌ったり演ずるものであるのに対して、大衆が大衆文化として継承してきているのが音楽の一側面なんですね。憂鬱な気分、悲しい気分を唄っていたのは世界各地共通なのだそうな。で、それがロックンロールあたりになってからは先鋭化を遂げて、不満をブチまけるように進化してきた。確かに音楽とは、大衆に帰属していた文化という顔を持っているんですね。

故に、ホントに日本人が唄ってきた歌とはという風に考えたときに、「一つでたホイのよさホイのホイ」といったヨサホイ節などにこそ、伝統的な日本文化が埋もれているという『日本春歌考』のようなものにこそ、良くも悪くも人々の心性が反映されていたりする。

盆踊りで御馴染みの炭坑節は、


月が出た出た、月が出た〜 ヨイヨイ

三池炭鉱の上に出た〜

あんまり煙突が高いので

さぞやお月さん煙たかろ サノヨイヨイ


であるが、この炭坑節のルーツは添田唖蟬坊であり、実は東京発の歌であったそうな。


月が出た出た、月が出た

セメント会社の上の出た

東京にゃ煙突が多いから

さぞやお月さん煙たかろ


実際に炭坑節がレコード化されたのは昭和10年で、三池炭鉱からはじまった歌という風に紹介されているが、添田唖蟬坊の長男である添田知道氏に拠れば、大正2年の「奈良丸くずし」の一連の中に上記の歌詞を発見できるという。添田唖蟬坊の時代、演歌師は香具師(やし)に混じって道端で歌を唄っていてカネを得ており、演歌の祖・添田唖蟬坊の時代から庶民の聴いていた音楽とは、そんなものだったのだ。この時代、まだラッパ式の蓄音機しかなく、ラジオもない時代だったので、おそらくは演歌師と呼ばれる連中があちこちで興行をし、それが定着し、歌詞なども洗練されていったのでしょう。

また、炭坑節の踊りの振り付けは「♪掘って掘って、担いで担いで」であり、どうしようもなく働く民衆の歌、働かない事には食っていけない民衆の歌なんですね。「あんまり煙突が高いので、さぞや、お月さん、煙たかろう」と、お月さんを人格化し、配慮する心性が反映されている――。

しばらく時間が経過して、岡林信康がフォークの神様として日本の音楽シーンに登場し、そこで歌っていたのは「山谷ブルース」と「くそくらえ節」であった。

「山谷ブルース」は


今日の 仕事は つらかった…

後は 焼酎を 煽るだけ


が出だしである。更に、

人は 山谷を悪くいう…

だけど 俺たち 居なくなりゃ

ビルも ビルも道路も 出来ゃしねぇ〜

誰も 分っちゃ くれねえか〜


「みんな、俺たち山谷の衆を悪く言ってくれるがホントは俺たちが居なければビルも道路もできないのにな。まぁ、こんな事を言っても、誰も分かっちゃくれないか…」というブルーな心性を唄っているのであり、これほど分かり易いブルースの歌詞もありませんやね。

「くそくらえ節」が以下。


或る日、ガッコの先生が 生徒の前で説教した

テストで百点取らないと立派な人にはなれまへん

くそくらえったら 死んじまえ

死んじまえ 死んじまえ

この世でいちばん偉いのんは、電子計算機〜


この歌詞などは「実際に働いている者が最も偉いのです」という考え方から一番働いているのは電子計算機だと皮肉っているワケですね。別に、お金を出した人が偉いのでもなく、企画した者が偉いのでもなく、命令者が偉いのとも違いまっせという意気込みが反映されている。

それと頭脳警察ですかね。なんとバックボーンにあるのは具体的な政治イデオロギーであり、言ってしまえば赤軍的な政治思想なのだ。しかもヤラセではなく、ガチで音楽で政治思想をやっている。「銃をとれ」や「ふざけるんじゃねぇよ」あたりは既に取り上げましたが、その尖がった感じは日本音楽史上、屈指の尖り具合。あのロックな人・内田裕也は頭脳警察を気に入っていて「コミック雑誌なんていらない」という映画をつくり海外で話題になるという快挙を挙げましたが、その「コミック雑誌なんていらない」は頭脳警察の同名曲からインスピレーションを得たものであるという。忌野清志郎が人格的な叛逆児の音楽であったとするなら、頭脳警察の場合はガチで革命を掲げる政治イデオロギーに浸っている音楽っぽい。

内田裕也さんと頭脳警察とに接点があったというのは私も驚きましたが、政治イデオロギーレベルではなく、叛逆精神とか批判精神で相通じるものがあったのでしょう。ロックという分野の場合は、自ずから叛逆という名の反権力主義の要素を秘めているのだ。

「音楽と政治とを一緒にするな!」という意見にしても、その人の主義に過ぎず、総体を語れないってのはホントでしょうねぇ。つまり、「音楽と政治を一緒にするべきではないと思う」と意見化することは出来ても、思想としての反日や原爆投下礼賛野郎を受け入れるか受け入れないかまでもは強制はできない。なので「キノコ雲で万歳する人々のプリントTシャツを着ている連中の音楽なんて、わざわざ流してやる義理もないもないんだぞ」という意見で跳ね返せてしまうんじゃないのかな。

ビルボードで何位にも入るアーチストだから寛大にって? どうでもいい話だ。ここは日本だからね。アメリカ人は韓流とやらが好きなんじゃないんスかね。世界的アーチストであれば、例え原爆投下礼賛であっても許されるべきだなんて事は思わない。そうホンキで思っているのであれば、単なる権威主義であり、商業的成功者に跪拝するような態度でもある。被爆国でもある日本人に、そんな義理はない。韓流音楽に溺れている連中の顔を、じっと見てみるがいいよ。

ussyassya at 11:31|この記事のURLComments(2)雑記 

2018年11月12日

「エロ事師たち」について

野坂昭如の小説デビュー作を今村昌平監督が映像化した「エロ事師より〜人類学入門」を視聴。主演は小沢昭一と坂本スミ子で、1966年製作のモノクロ作品でした。原作の初稿版『エロ事師たち』は既読なので、野坂昭如の小説と、今村昌平の映画とを素材として、その爛┘躬師たち瓩寮こΔ砲弔い董宗宗

野坂昭如の原作『エロ事師たち』は、時代背景を考慮すると怖ろしく先駆的なエロに係る事柄をしていた連中の物語である。小説が発表された当時「(井原)西鶴風」と評される特殊な文体と唯一無二の作風で衝撃を与える。なんといっても野坂の代表作は『火垂るの墓』である一方で、この『エロ事師たち』は英訳版がアメリカで刊行されており、多作の野坂昭如にして代表作として常に挙げられる作品である。

小説、映画とも昭和41年である事を考慮すると、いきなり、度肝を抜かれます。先ず、男女の秘め事を盗聴録音し、その音声テープを販売している。現在でいうところのアイコラらしき写真をつくって販売する。更にはポルノビデオの製作と販売ですが、これは現在のAV産業そのものでもある。更には売春の斡旋を手掛け、更には乱交パーティー等を企画するのですが、この辺りにしても現在の最先端である出会い系イベント企画業であり、パパ活やら後妻業的な話なのだ。

主人公・スブやんは小沢昭一が演じており、そのスブやんと内縁関係になる理髪店を営む子持ち未亡人役が坂本スミ子である。因みに、この「スブやん」、原作ではスブタを食べているから、スブやんというニックネームになったという設定である。しかも、この「スブやん」という役柄名は野坂昭如評では、かなりの頻度で前置きもなしに使用される名称になっている。

しかし、この原作は猥雑にしてワイセツであり、それでいて今村昌平によって「人類学入門」という映画タイトルにされているように、ワイセツにして猥雑であるのが人類学そのものであるという考え方で、野坂昭如の世界を描き切ってみせている。

先述したように、それら性産業の裾野の広さ、商業的発展を予測していたような内容である事にも驚かされますが、内容的にも濃密である。スブやんたちはポルノ映像の製造・販売をする中で、そこに男優と女優とが必要になるのですが、その女優は「頭の弱い女」である。当時の言葉で言ってしまえば「知恵遅れ」とか「精神薄弱」と呼ばれたようなの少女である。痛々しいのは老人よる女子高生への夜這い映像を製作してくれとの依頼を受けて、その撮影に臨んだが、やってくるのは老人とフツウの少女である。映画では殿山泰司が老人を演じていましたが、いざ、撮影するにあたって演出をつけようとする段になって、知的な部分に問題がある少女だと判明する。見た目はフツウだし、男性の性欲の対象になるが、明らかに理解力の低い少女なのだ。

で、原作では老人が少女と性交をし、その映像を撮影する事で、或る種の妥協がなる。野坂の筆致は凄まじく、老人と少女はまるで手慣れたパートナーであるかのように性交し、それを撮影させるが、後に、その老人と少女とは実の親子であると気付く。「どよーん!」という気持ちになるクダリなんですね。さて、映像作品、それもスケベを公言していた巨匠・今村昌平監督がどんな映像にしたのかは興味があったのですが、さすがに性交シーンは数秒で省略されていました。

但し、そのクダリの「どよーん」を描く為に、撮影後にスブやん、バンテキ(伴的)、カポーらの会話として、実は近親相姦であった老人の少女との事を語り合うシーンがありました。「いくら少し頭が弱いって言ったって、実の娘だぞ。実の娘を抱けるものなのか?」、「あの爺さん、どうかしているよ」、「あの爺さんにしてみれば別に変な気はないって言ってたぞ。娘を可愛がっているようなものだってよ」、「フツウに娘を可愛がる、その延長だって? そんなバカな」、「誰でも父親になって娘を持ってみればそんなものかも知れんぞ。娘のおしめを変えながら、いつか何処かの男が娘を抱くのだろうって気持ちを抱えることになる」、「いや、だからって」という感じの会話で、その一連は処理されている。

その老人と少女の近親相姦の一件について結論らしいものは出さないが、後にスブやんは、内縁の妻の娘である中学生の恵子に悩まされる事になる。恵子は非行に走り、後にバンテキが企画した乱交パーティーに恵子が参加し、且つ、坂本スミ子演じる年上の内縁の妻・ハルからは「あたしの事はどうでもいいから、あんた、恵子と結婚してやってくれないか」と頼まれてしまう。スブやんのエロ事師稼業は、恵子に非行に走られてしまった事で順調にいっていたものが順調に行かなくなる。

この殿山泰司演じる老境の父親と実娘との近親相姦のクダリが重要なのは間違いなく、鶴見俊輔も文藝別冊『野坂昭如〜野坂昭如焼跡闇市ノーリターン』(河出書房新社)に野坂に関しての論考『文学と人』の中で、その近親相姦譚に触れている。鶴見は「性交を人に見せることを商売にする父娘のことがでてくる。娘は白痴であってひとりでおくわけにゆかず、ほっておくと他人のなぶりものにされるのがあわれで、ついに父親は娘と寝るところを他人に見せてくらしをたてることをはじめた。こうしてはじめて父娘は一時も離れることなく、広い社会で二人肩をよせあって生きてゆくことができるようになった。二人の性交には、欲望の満足を包むおたがいへのいとおしみがあらわれている」とあり、この広い社会で信じあえる二人だけで生きているという生活感覚に根差した思想は「火垂るの墓」の清太と節子のそれともダブっていると分析している。

さて、映画版では最後にスブやんがダッチワイフの開発に、エロ事師としての生命を傾注する。機械にセックスの何が分かるんや、そんなの人形やないかとと言っていたスブやんであったが、心境が変わるのだ。スブやん曰く、「このダッチワイフは人形やないで。これは人間や! 生きてるんやで!」と言い出す。丹精込めて、陰毛を一本一本、植えるようにして本格的なダッチワイフをつくる中で、そうなる。

挙げ句、南極観測隊から開発中のダッチワイフを譲ってほしいというオファーが来るが、スブやんは札束を受け取らず、そのままダッチワイフと一緒に船に乗って川に漕ぎ出してゆく――。

色々と網羅しちゃってる。モノクロ映画だというのに、エロ産業の未来ってのを。ダッチワイフから現在はラブドールへ。ブルーフィルムからアダルトビデオを経て現在ともなるとエロ動画時代へ。夕暮れ族から援助交際システム、出会い系の産業各種。グッズとしては盗聴テープに、アイコラ。すべて1966年の時点で予言されていた未来が現在なのかもね。さすがにエロゲー産業の隆盛までは予言できていないけど。

また、実はアダルトビデオ産業やらエロ雑誌業界の女優やモデルについては、宝島SUGOI文庫などにも記事があったと思いますが、実際、或る時期までは知的障害のある者がモデルになっていたり、或いは精神を病んでいる者が実は演じているという指摘があったかな。現在のようにAV産業が猛威を振るい、どこのメーカーの作品にもハイレベルなセクシー女優さんも珍しくなったので、そういう問題は少なくなっているんでしょうけどね。

理容師である坂本スミ子演じるハルが、小沢昭一演じるスブやんの髭を剃る。髭を剃るシーンを丹念に描いており、真上にカメラを設置するという工夫をしている。また、坂本スミ子演じるスミは終盤で発狂して死ぬが、病室のベランダから寝間着をはだけただらしない恰好で、

♪男と女の針仕事〜

という奇妙な歌を唄う。勿論、針仕事とは針の穴に糸を通すこと、即ち、針の穴を女穴に見立てて、糸を男根に見立てての性行為を表している。小野小町穴なし説に触れる際、マチ針とは穴のない針であるという解釈に触れましたが、昔から、この針仕事を性交に見立てるなどしていたのだ。


因みに、この「エロ事師たち」の英訳タイトルは【The pornographers】であり、カタカナでは「ザ・ポーノグラファーズ」と表記されている。意味は「エロ本作家たち」や「ポルノ作家たち」であり、野坂昭如の考えた「エロ事師たち」に該当する英訳が無かった事が伺える。日本は確かにエロ大国の素養があったっぽい。

日本に於ける【ポルノ】という言葉が定着したのは、1971年以降の事になるという。契機になった作品があり、それは1971年公開の池玲子主演『温泉みすず芸者』(鈴木則文監督)であったそうな。東映が「お色気路線」、「ピンク路線」を展開する中で「東映ポルノ路線」が確立され、以降、日本では「ポルノ映画」や「ポルノ女優」といった言葉が量産されていったのだそうな。それを考慮しても、1966年というのは、時期的にも早過ぎるんですね。

『温泉みすず芸者』は視聴経験はないのですが、その呼び水になった『温泉こんにゃく芸者』は視聴経験がある。いや、しょうもない映画で、やはり、こんにゃくで浴槽をつくって温泉宿を盛り上げるべというストーリー。ここでも殿山泰司が精力を失った老人として登場、コンニャク風呂をつくるのが夢なんじゃと言って、こんにゃく芋からこんにゃく玉をつくって、浴室全体にこんにゃくを敷き詰めるというもの。お色気はオマケ程度だったように思われますが、以降、東映は温泉芸者シリーズとして東映ポルノ路線を確立してゆく。しょうもない映画なんですが、何故か関西朝日新聞は、その「温泉こんにゃく芸者」を反戦映画第一位に選出してしまったという。エロに注力する事こそが平和主義だ、反戦だと理解されたんでしょうねぇ。

これが日本の大衆文化がエロである事の証拠にもなりそうですかね。元々、エロ大国なんでしょうねぇ。但し、まだ、この頃のお色気路線は、現在のようにロリコン趣味とかロリコン社会にはなっていなかったように思えますかね。性的な目線で見る先鋭化が起こると、年少者を性的な目で見るべきは無いという、これまた先鋭化した葛藤が起こり、いつしか「年少者を性的な目で見る事は好ましくない」という社会的合意形成ができる。しかし、そうやって年少者を性的に見る事を禁止にすると、それが余計にエロ目線の対象になってゆくという部分があるようで。

その結果、踊りながらスカートを翻して、そこから覗けるアンダースコートという名のパンチラを紅白歌合戦でも流している現在に到る。その昔、コント55号が紅白の裏番組でやっていた野球拳は、視聴者も演者もハレンチな企画であるという自覚があったが、現在は自覚はない。自覚のないままに、青い性の商品化を国を挙げてやっていて、社会全体もホントは青い性を当たり前に愉しむまでになっている。口では「少年や少女を性的な目で見るなんて、けしからん」とヒステリックに叫ぶが、その実、そのように禁忌にすれば禁忌にする程、その規制対象となる性の価値はお宝度が増し、その性商品の値段が上がってゆく。元々は女子体操服のブルマーに欲情する者なんて滅多に居なかった時代があるが、或る時期からブルマーはハレンチなものという合意形成が起こり、そうなると、いつの間にかブルマーが発情アイテムになっていったという経緯を考えると分かり易いかもね。嗚呼、確かに人類学入門かもね。

2018年11月11日

徴用工問題2018

元徴用工とされる韓国人4名が新日鉄住金に対して損害賠償金を求めた訴訟の差し戻し上告審で、韓国最高裁(大法院)は、10月30日、新日鉄住金の上告を退ける判決を下し、それによって先立ってソウル高裁の判決、4名全員に請求額全額となる4億ウォン(約4千万円)の支払いが決定。この訴訟は2005年に提訴しており、13年余を費やして韓国で得た決着であるという。

凡そ、日本国内のメディアは朝日新聞系列までもが論調を揃えて韓国・文在寅政権を批判しているものの、インターネット上には異論も噴出しているよう。で、もしかしたらと思って、しんぶん赤旗日曜版に目を通してみたら、志位和夫委員長の見解が掲載されていました。

どのような主張なのかというと、「個人の請求権は消滅していない」という見解は日本政府、日本の最高裁の過去の判例、更に韓国政府、韓国の大法院、その4者は4者とも「個人の請求権は消滅していない」で一致している、という風に展開している。

韓国政府及び韓国大法院が「個人の請求権は消滅していない」という見解を出している事には何の問題もないんですが、日本政府や日本の最高裁判決の見解も、それと同じであるというのはどういう事か? それは2007年4月、西松建設と強制連行被害者との裁判、その判決に於いて、1972年の日中共同声明では「(個人が)裁判上訴求する権能を失った」と判決しながらも「(個人の)請求権を実体的に消滅させることまでを意味するものではない」という文脈に沿っているので、日中共同声明に係る「個人の請求権は消滅していない」という見解は、今回の日韓請求権協定に係る「個人の請求権は消滅していない」という見解と揃っているという主張のよう。

記者と志位委員長とのQ&Aの中で、記者から「共産党は、日韓請求権協定で国と国との請求権がなくなっているという立場か?」と問われ、志位氏は「この論理は検討されるべき論理だ」と答えたという。

いやいや、きっと、韓国政府は、そういう論法をとってくるのかという想定問答に成り得る。西松建設の場合、相手は韓国ではなく中国でしたが、つまり、最終的に西松建設は謝罪と和解金を支払って和解とした。その西松建設の前例を今回の韓国側擁護の論陣が展開させる事が有り得るという事が予想できる。しかし、よくよく赤旗の記事を読むと、志位氏の主張は、シャレではなくて恣意的な解釈があって、西松建設に係る日本の最高裁判決の主旨を整理すると、そこで大原則として打ち出されたのは「個人が裁判上請求する権利を失った」という見解であり、その大原則を示した後に、爐世らといって瓩箸いγ△圭颪的な見解としての「個人の請求権を実体的に消滅させることまでもを意味するものではなく、任意の自発的な対応をすることは妨げられない」というものだから、それは謂わば個人請求権に関しては、そのような牴鮗瓩陵消呂△覘瓩箸いδ度の話でしかない。これは、単に、その企業が自発的に謝罪したり、和解したり、自発的に慰謝料を払う事までもを妨げないという意味じゃないんスかね…。

日本共産党さんは志位委員長に引き摺られてしまうと、大変な誤りを犯しかねないんじゃないんスかねぇ…。西松建設のケースと同列に扱い、その前例主義で「個人に対しての請求権は消滅していないから謝罪と慰謝料を…」という方向へ傾き、その例外を認めてしまえば、おそらく、その前例に味を占めて同じような慰謝料請求が続発するリスクがある。しかも、そうなった場合、続発するリスクは低くない。一度、カンパという名目で回ってきたカツアゲに屈したら、二回目以降の方がカンパを断わるハードルは上がってしまう。一つの大きな原則を例外扱いして壁を決壊させると、済し崩し現象が起こってしまうのが、このテの「請求と和解」問題に係る実際の力学でしょうしねぇ。駄目なものはダメ、そう突っ撥ねる以外の選択肢はない。

週刊新潮11月15日号では、志位委員長とは逆で、実は韓国国内でも、今回の韓国大法院の判決を不安視している報道が散見していると報じている。最も、分かり易そうなものは、10月31日付の文化日報紙が掲載した内容で、「植民地支配の違法性問題は、韓国であれ日本であれ、一方の国の憲法ではなく、その当時の国際法に基づいて判断しなければならない」という大原則に触れていたという。更には、「日本が国際司法裁判所への提訴を言及し、国際世論戦を繰り広げる場合、(韓国は)決して有利ではない」(30日付の京里新聞)、「私たちが何を言っても、離婚届に判子は押さないだろうという安易な考え方は国際政治では通じない」(11月2日付の毎日経済新聞)などを紹介している。

また、この事は「個人の請求権は消滅していないと解釈する余地を残している」という話なのでしょうけど、有利不利で考えたくもない問題である。世の中、デタラメが罷り通ってしまう事が最近、増えている気がする。或る意味で、法治主義的な文脈というのは霞ヶ関文学と似ているところがあって、とんでもない抜け道を見つけ出して、好きなように正義をつくり上げてしまうケースが増えていると感じている。実は、物凄い御都合主義なのだ。大原則があるなら、その原則から逸脱しないように展開されるべきなんでしょうに「個人の請求権は消滅していないんです!」と感情的になって声高に訴えた方が勝利してしまう場合が、正直、有るよなって感じている。ここで、「もう、そういう御都合主義には付き合えません」と、きっぱりと拒絶する態度が重要になってくると思う。まぁ、放置しておいてもブレることはないかと思いますが、今一度、確認しておきたい事柄ですかねぇ。

冷静に考えれば、韓国の司法が韓国の国内に於いて、両国間の間で締結された協定の内容、その解釈を一方的に勝手に解釈して司法判断としてしまっているだけの話でしかないって事だと思うよ。約束事というのは双方で決める事柄であり、その約束事を一方が独善的に解釈を変えて理解しているという事は、離婚して下さいって事なんじゃないんスかね。韓国によるゴールポストを動かしてしまう問題というのは、ホントにキリがない。

「日曜討論」などでも見掛ける事が多い外交評論家・岡本行夫氏は極端な強硬論者ではありませんが「国際司法裁判所に提訴すべきです」と断言している。その上に「通貨スワップ再開の協議などには応じるべきでない」としている。岡本氏よりも強硬な意見になるのでしょうか外交評論家の加藤英明氏の「まず日本政府が始めにすべきは、在韓国の日本大使を引き上げることです。それから、アメリカのトランプ大統領がやっているように、日本も韓国製品に対しての関税を高くしてはどうか。で、最終的には日本企業は韓国から全て引き上げてしまえばいいと思います」とコメントしている。

因みに、国際司法裁判所に提訴したとして、その提訴に応じないという事が考えられるが、その場合にはどうなるのかを、釜山大学法学専門大学院の朱普烈教授が説明しているクダリがある。

「韓国政府が国際司法裁判に応じない場合、韓国側が一方的に日韓請求権協定を破棄したことになります。同協定は日韓基本条約の付属書で、このふたつはセット。つまり協定の破棄は韓国政府が条約そのものを破棄すると宣言するに等しいと言えます」

だって。


追記:フジテレビの報道番組にて、新日鉄住金本社に原告側支援団体が来訪、警備員に面会を断られた後、共産党の志位委員長、支援団との面会に応じていたという報道があり、映像も視ました。これ、やっちまったんじゃないの? 志位氏にしても支援を明言こそしていないが、国会内に支援団を招き入れて面会に応じたという事実は残る。そうやって既成事実をつくっていくのがゴネる人たちの手法なんだけどねぇ。これは日本の左翼をミスリードしちゃったように見えるけどねぇ。左翼は志位批判か日本共産党批判をすべきなんじゃないんスかね。

2018年11月10日

小野小町穴なし説について

添田知道著『日本春歌考』(祥伝社カッパブックス)を目を通した際、昔の記憶を呼び起こされた一節がありました。それは小野小町無腔説(小野小町穴なし説)に触れられた一節でした。さほど、語る機会はないものの、「小野小町はあそこに穴がなかったんだってさ」という話は活字本で二度、三度、目にしたことがあるり、一度だけ、ラジオの深夜放送で耳にしたことがある。

初めて、それを知ったのは、故・川島なお美さんが現役女子大生としてディスクジョッキーを務めていた「ミスDJリクエストパレード」でした。確か、川島なお美さんは火曜深夜担当だったかな…。女子大生ブームの先駆け的なポジションに「川島なお美」さんが居てね。

脳内再生するなら、リスナーから寄せられたハガキに目を通した川島さんが、

「みんな知ってる? 小野小町ってアソコに穴が無かったんだって! だから、裁縫のときに使うマチ針には糸を通す穴がないんだって! えー、この話、ホントなの?」

てな感じかな。確かに国語の教科書に出て来る小野小町は歌人であり、何時の頃よりか小野小町は美女の代名詞として広く、その名前を使用される、或る種、美女を指す符牒だという理解はあったのですが、その小野小町穴なし説(無腔説)は初耳であり、且つ、「アソコに穴が無かったんだって!」という話は荒唐無稽であるが故に非常にインパクトのある話であったと思う。

実際、マチ針は、漢字では【待針】と書く。しかし、広辞苑にも明鏡国語辞典にも共通して、「まちばり」の項目には【小町針】という別の漢字表記がある事を記している。つまり、諸説あってマチ針の語源ははっきりしないものの、裁縫針、そのマチ針については、ごくごく単純な「待針」と、小野小町穴なし説に影響されたものと思われる「小町針」という言葉が実在していたようなんですね。

この、小野小町穴なし説って、実は、物凄い民俗学的なテーマだよなと気付かされますかね。ホントかどうかは分からない。少し踏み込んで言えば、おそらくは俗説でしょう。しかし、「美女として有名な小野小町にゃ、アソコの穴が無かったんだってよ」という言説は、広く時空を超えて、そのように半信半疑のまま、信じられ、そして民間に伝承してきた牴燭瓩任△襪里枠歡蠅靴茲Δないんですね。

『日本春歌考』は、それに触れている。大衆が誰に支持されるでもなく自由に歌ってきた歌には、労働歌の他にも、替え歌があるワケですが、実は美女の代名詞たる狆野小町瓩鷲冏砲鵬里すまれているという。

ノンキ節(替え歌)に、

♪日本の美人は 小野小町で
小野小町にゃ 穴がない
エゲレスやドイツは知らないけれど
フランスの美人にゃボボアール ハハ のんきだね


というものがあったという。ここで歌われている「フランスのボボアール」とは、勿論、あの「ボーボワール」の事である。念の為、触れておくと【ボボ】とは女性の局部を指すワケで、つまりは、日本美人の小野小町には女穴がないが、フランス美人は「ボボ有る」と、語呂合わせの洒落になっているのだ。(こう解説すると無粋ですが、こういう話が平成生まれの人にたちに言葉として通じるかどうかは非常に疑わしいので地雷という地雷は全て踏み潰してゆくしかない。)


さて、その小野小町穴なし説ですが、ここでも著者の語り口は冴えている。客観的な意見を打ち立てるが断定はしない。おそらく、面白いと感じた話だから、ただ、このようにして、その猩鱈瓩広く広まっているのだという捉え方をする。民間伝承の捉え方、フォークロアあるいは都市伝説の捉え方というのは、ホントは、事実が分からないものなのだから、それを、そのままに語ればいいのだ。誰かの判断によってシロクロと決着をつける事柄ではない。その真髄を知っている語り口なんですね。以下、それを私なりに。

無腔説は、おそらくはデマであろうと推測できる。小野小町伝説とは絶世の美女であるが故に多くの人たちから言い寄られた事が想像できる。きっと、袖にした男(振った男)も沢山いただろうから、そのフラれた男たちがフラれた腹いせに、「小野小町にはアソコに穴がなかった」というデマゴギーを流布した。そのデマゴギーが面白かったから広がったのだろうと容易に推測できる。

また、デマ説の補強として小野小町淫蕩説というのもあるそうで、つまり、絶世の美女であった小野小町の元には沢山の男たちが言い寄って集まったと想像できるが、それは小野小町が淫蕩だったからに違いないという「やっかみ」の心情も介入するから、美女だっていうけどホントは淫蕩なんだぜという具合に展開するデマは広がり易い。

しかも、大問題なのが狆野小町瓩修里發里覆里澄4に触れましたが、実像そのものが不詳の人物なんですね。何しろ平安時代前期の歌人であり、詳細は不明であるが、絶世の美女という風に語られてきた人物なのだ。実は、実像からは懸け離れて、実質的なコミュニケーション上では「破格の美女」を言う場合の代名詞、符牒こそが小野小町の正体なのだ。これは平成の世に生きている我々が現在もなお「なになに小町」という類いに美人を呼んでいることと同じなんですね。「実像たる小野小町」を語っているのではなく、伝承するところの「虚像たる小野小町」に由来する事柄を語っているのが真理なのだ。

それを踏まえた上で述べれば小野小町無腔説を語るしかない。リアリスティックに語れば、穴なし説には医学的根拠のようなものは全くないものと考えられるが、それは100%通用するのかというとそうではない。稀なケースを考えれば、或る種の身体的欠陥とか生理的欠陥などによって、或る者が生涯、その陰門が開かなかったというケースも想定しておく必要性がある。勿論、その可能性は限りなく低い訳ですけどね。

因みに、絶世の美女たる小野小町の出生地は出羽であるという。出羽とは現在の秋田県であり、つまり、平成の世に生きる我々が「秋田美人だね」などと使用している事の遠因にもなっている可能性があるのだ。

秋田音頭では

♪秋田のオナゴ なんしてきれいよ きくだけおそけだす

小野小町の生まれ在所を おみゃはん 知らなあのぎゃあ


方言が強烈なので訳せない箇所もありますが、おそらく後段は「小野小町の生まれたところを、おみゃさん、知らないのか?」のような歌詞なのでしょう。

小野小町は、出羽郡司・小野良実(おののよしざね)の娘とされている。しかし、その小野良実は出羽に赴任する前は肥後(現在の熊本県)の山本郡小野里(やまもとこほり・おののさと)で三歳まで育ったという伝承があり、そうなると、小野小町は熊本出身であった事になる。しかも、小野小町の作とされる歌に詠まれた道、これは深草の中を少将が夜毎に一本づつ百種類の芍薬を届けに百夜通ったという道が登場するのですが、面白い事に、その深草少将百夜道に比定される道は、出羽にもあり、肥後にもあるのだという。

つまり、小野小町という像そのものが、実質的には虚像なのだ。その小野小町像のモデルになった人物は存在していたと考えても問題はないが、広く巷間で語られている小野小町像には実体はない。実は小野小町は小野良実の娘であるという話そのものにも異説があるという。小野良実の娘とする説の他にも、小野宰相常詞の娘とする説、小野常澄の娘とする説などもあるが、信憑性は低く、更には、それ以外にも仁明(にんみょう)天皇の女官で小野朝臣吉子とする説もあるという。実は、小野小町の実像、その詳細はさっぱりわからないのが真実なのだ。

しかし、小野小町伝説は絶大であり、美人で驕慢だった小野小町は醜い老婆になったと語り継ぐ晩年零落説や、骸骨になったという髑髏説など、ここが小野小町が生まれた地で産湯をつかったのはこの井戸であるとか、これが小野小町の墓であるという小野塚であるとか、そうしたものは限りなく現存しているが、どれもこれもが信憑性は今一つであり、巷間、語られる場合の小野小町の正体とは、小野小町の実像ではく、そもそも小野小町の虚像について我々は語り継いでいるのが、真相という事になる。つまり、虚像として数ある小野小町伝説の中の一つが小野小町穴なし説だと強く推測できる。

或る意味では、日本人の豊かな想像力が小野小町の像を再生し続けているんでしょう。それを考慮すると、小野小町穴なし説も、そうした虚像伝説の一つであると考えるのが妥当ですかね。断言はしませんけど。



2018年11月09日

「ゆきゆきて神軍」の重たさ

1987年製作のドキュメンタリー映画「ゆきゆきて神軍」(原一男監督)は、視聴後に軽く鬱な気分になるレベルの作品でした。これはドキュメント映画の力なんでしょう、刺激的な内容である上、進行形で撮られた生身の人間の姿だから精神的にしんどい。凄い内容なんですけど、やはり色々と重た過ぎる中身なので、詳しく内容に触れる事は不可能。

これはフィクションで描いて、我々が気付かなきゃいけない内容なんでしょうねぇ。というのは、先の大戦にて戦争が終結後に発生したニューギニアで発生していたという旧日本軍の部隊内で発生した処刑事件が取り扱われている。しかも非常に複雑であり、終戦は御存知の通り、8月15日であった。その部隊に終戦の報が届いたのは8月18日であったが、9月4日に2名の兵士が何かしらの理由で銃殺刑に遭ったらしいという、40年以上も昔の戦後のドサクサ、その軍隊の中で発生した殺人を徹底的に追求する人物に密着取材した映像なのだ。しかも、「取材対象」氏は自らの手で真相を暴き、法的には時効であるが彼の考えるところの神の法によって、自らの手で誅そうともする至極過激な映像ドキュメンタリーなのだ。

それだけでも充分過ぎるほどに重たい内容なのですが、それとは別に重たいのが人肉食いに関しての証言が収録されてしまっている事でした。先の大戦に於ける餓死、飢餓状態の話というのはガダルカナル島はじめ、敵兵を食べたという人肉食の証言などもあるワケすが、まぁ、それも或る程度までは冷静に捉えることが出来る。映画「野火」なんてのもそうだったし、或いは白土三平の漫画でも寿司を食って人肉食の記憶を思い出して嘔吐する漫画があった気がしますが、このドキュメント映画の場合は余りにも生々しく、精神的にしんどい。

作品中、複数の証言者の口から【白豚】と【黒豚】という隠語が語られている。それが何を意味しているのかというと、これまた、そのままの言葉で証言されていましたが、【白んぼ】、【黒んぼ】、【土人】という単語で明確に証言されている。しかし、これが非常に生々しく響くんですね。撮影当時にしても40年前の記憶を回想しながら話している証言であるだけに物凄く生々しく響く。また、この事は同時に、単なるグロテスクな趣味で収まる範囲にはなく、実際に人肉を食べてでも生き残らねばならないという過酷な状態であった事を前提にしないと理解できない話なのだ。或る意味では言葉狩りや禁句狩りのようなものには何の意味もない事を嫌という程、見せつけてくれる。ありのままを語る事を回避してしまうと、生々しい情感なんてものが伝わる筈もない。

人肉食なんてのは「誰も好き好んで、そんなことをしていたのではない」というフレーズも二度ぐらい語られている。裏返すと、それがあった事を物語っている。確定的。しかも、それを戦後の飽食の時代に生きている我々が裁く事は難しいなと痛感させられる。但し、このドキュメント映画の中の登場人物は、その部隊に所属していた元軍人であり、かつての上官を平気で殴り倒せる強烈すぎる精神力の持ち主である。

多くの者は口を噤みたがる。これも非常に気持ちは分かるんですね。仮に当事者であったとしても自らの罪と向き合う事には抵抗があるだろうし、或いは知っているという場合でも、語るには余りにも重たい事実である。何も今更、蒸し返したくはないという心理が働くのも分かるといえば分かる。

かなり荒っぽい手法で証言を引き出すが、確かに法律的には時効成立の話であるが、戦争が終結した後に行なわれた銃殺刑は、或る意味では殺人である。その辺りは人権派弁護士として有名であった故・遠藤誠弁護士の見解を踏まえた上で行動した一連なのだ。多くの者が、語るに語れない罪、その罪悪感を胸の中に抱えて帰還し、その後の人生を送っていたであろう事も生々しく伝わってくる。

色々と考えさせれましたが、人肉食のようなものは極限的な飢餓状態でなければ行なえなかったであろう業(ごう)なのですが、ひょっとしたら、例の処刑は下っ端の兵士を銃殺し、その人肉を食べたという事ではないのかという嫌疑さえ、突き付ける展開まである。私の感想からすると、それは無かったと思いたいし、そう感じましたが、それは確信的かというと勿論、そうではない。(証言者も全員がさすがに否定している。)

おそらく、戦争末期や終戦直後の混乱というのは想像を絶せるレベルの惨状であった事が予想できるんですね。また、その極限状態で、何故、戦争が終わっているのに銃殺刑が行なわれたのかという部分、そこに確かに業としての罪を感じなくもない。厳しい状況であったのだろうから平時の感覚では裁けませんが、越えては欲しくない一線を越えた罪というものは感じざるを得ない。

兎に角、この映画には狄祐峇僂箸靴得鐐茲離筌个記瓩詰まっている。取材対象氏の取り憑かれたような行動には戸惑わされますが、戦争というもののヤバさを伝えるという意味では、この作品の存在感は極めて大きいような気もしますかねぇ。

まぁ、あの生々しい証言からすると間違いなく、人肉食は相応の頻度で発生していたと認識せざるを得なくなりますが…。おススメ度は高い反面、刺激が強いのは間違いないので多少、気分の変調などに耐えられる場合の視聴をおススメという感じです。



そうそう。この映画の取材対象氏の街宣車には、黒字に赤の日章旗があったり、白地に黒の日章旗が掲げられていて驚きました。大島渚監督の『日本春歌考』では、作品中に黒い日の丸が登場することが話題になったらしいのですが、実際に黒い日の丸、この取材対象氏は掲げていたんですね。単純に反体制の象徴でもあるのですが、見慣れている筈の配色が違うとギョッとする感覚があるのですが、まさかドキュメンタリー映画で見る事になるとは…。

2018年11月08日

性の商品化の起源は?

添田知道著『日本春歌考』(祥伝社カッパブックス)は1966年に刊行され、相応に話題になった書籍だという。著者は「伝説の演歌師」にして「演歌の祖」とも呼ばれる添田唖蟬坊(そえだ・あぜんぼう)、その長男であるという。

映画監督・大島渚が原案として原案とはほぼ無関係に同名の映画を撮影していますが、添田知道著『日本春歌考』の面白味は、大衆の歌ってきた「うた」、愛してきた「歌」とは、性の歌であったという見解に基づいている。

少し引用します。

酒の座がたけなわになると、きまったように、性にかかわる歌が出てくる。すると、かならず、どっとくる。そしてつぎからつぎ、そのことずばりから、だんだんどぎつくもなる。まあそれを、どう感じとるかは別として、すくなくとも、これがこの世のしくみから、人間が解放された一瞬の場面であるとみることはできる。

人によってはこれを〈醜態〉とみる。性欲を〈獣欲〉と言ったりする人には、これは動物・けだものの狂宴だと映るかもしれない。が、ともあれ、そこには人間の、あらゆる制約から解放された姿がある。その集いがある。さらけだしがある。

それを「ほほえむ」か、「苦笑」するか、さらに「苦虫を噛む」か、あるいはまた「にんまり」とするかが、その感受者それぞれの、世間的あり方を告白するおもろしろさではある。


これは確かに面白い問い掛けであるなと思う。実際、多くの中高年は男女を問わず、そういう場を目撃してきた筈なのだ。

どういう座にも、宴会の盛上げに貢献する御調子者があって、大概、その御調子者は性的要素を非常に巧妙に絡めて、座を盛り上げる。場が和むのだ。その御調子者が成功したものだからといって、徐々に無礼講はエスカレートしてゆく。御調子者の成功を妬むものではないのでしょうがエスカレートしてゆく。そして、何巡目かになると、もう、それは露骨な猥語そのものになって、「バッカだねぇ」となって座興が終わる。稀に、空気の読めないままに、その猥褻である事に特化し、不愉快そうにしている女性相手に猥褻な言葉を投げ掛ける無粋な上司が居たりするワケですね。

で、多くの者は、その場では、反応者の一人である。微笑む者、苦笑する者、苦虫を噛む者、にんまりとする者といった反応があった。これ、現在であれば、苦言を呈する者、顔を引き攣らせる者、怒り出す者、どうすべきか途方に暮れる者、ただただ空気を読む者、率先して無礼講だ無礼講だと便乗し実際にワイセツ行為に走ってしまう者、そういう反応だって考えられますやね。

酔って正体を現すというのは昔から醜態であり、酒の力を借りて、或いは、無礼講ムードに便乗して、その人の本性が顕われる。如何にも酒の勢いやムードに便乗して卑猥な言葉を発してハダカを踊りを始めてしまうタイプもあれば、明らかに迷惑がられている事に気付かず、執拗にセクハラ的言説を続けるタイプもあれば、途中まではノリかけるが敏感にしらけムードを感じ取って自重するタイプ、或いはダンマリ系で、微笑む者、苦笑する者、苦虫を噛む者、ムッツリだなと思われてしまうがにんまりとしている者などがあると思う。

で、この添田知道氏が鋭いなと痛感するのは、世間的なあり方を告白するおもしろさ瓩妨正擇靴討い襪海箸任垢笋諭それらのダンマリ系の反応とは、世間的な自己の在り方の発現なんですね。

「もう、辞めーや」という具合にエスカレートする場に、やんわりと幕を下ろしにかかる人も居るだろうし、より強く「いい加減にしろ!」と一喝する人も居るでしょう。後者は、社会的地位が高くないと実は選択の余地がない。ぺーぺーは、そういう場を支配する地位にないのだ。だから、内心では「部長、こういう時にだらしがないなぁ…」と思いながらも微笑んでいるか苦笑しているか、にんまりしている。いやいや、そんな事なんて考えず、「いえいえいえいえーい! 無礼講よ、無礼講っ! そこの君、ちょっと脱いで裸踊りをしてみなさい! そっちの女の子、折角だからオレにおっぱい揉ませなさい!」という次元のどうしようもないセクハラ星人もいる。しかし、勿論、そのテのセクハラ的な行為は、ぺーぺーには出来ないワケですね。実は、そこでも社会的地位が関係している。

そういう場を目撃すれば、各人の反応から、その座の中で誰がどういう地位であるのか実は見抜けてしまうのだ。

この感覚は、実は重要かも知れませんやね。真の、その場の空気を左右しかねない、その要素の話である。全体を見渡すだけの度量を有している上司が、その場で最も高い地位にあるのであれば、エスカレートしてゆく、そのノリを上手に収めることができる。新入社員などの弱者にセクハラの矛先は向かう訳ですが、それを制止させる事ができるのは、その者の責任感やリーダーシップと直結している。或いは、御調子者が制止に介入する事も有り得る。御調子者とは即ちムードメーカーであり、「あんたらは場の盛上げ方についてヘタ過ぎる」と感じ取る能力を持っているのは実質的な場の支配者たる彼こそが実権としては掌握している可能性がある。

最近は既に多くの世代が西洋的な自意識を形成しているので、不快と感じれば不快と声を上げる事で、そういうノリそのものをシャットアウトする事が可能になりましたよね。それが好ましいといえば好ましい気もしますが、一方で、現行のそうした空気が好ましいと感じるのか否かは実は違う。それが、この日本春歌考という書籍の投げかけた本題であった。

因みに添田知道は、多くの者は「にんまり型」であり、稀にピエロになりたがる「ゴマすり型」があるという考察をしている。

元々からすれば、そもそも日本大衆文化とは世界にも稀であろう性に寛容な文化であった。庶民たちは古くからある節回しを改変し、替え歌にして歌ってきたが、その多くは、びっくりするぐらい性的な歌詞であったという。

♪ずいずいずっころばし ごまみそずい

茶壺に追われて とっぴんしゃん

抜けたら どんどこしょ

子供たちは歌いながら、手で輪をつくって、そこに指を順番に差し入れてゆく。その起源については語られていないものの、明らかに性交、いやいや性交に於けるインサートのサインが投影されているのは疑いようがないだろうとして、説明を省いている。

盆踊りで御馴染みの炭坑節、ソーラン節、ズンドコ節に、津軽じょんがら節、越後おはら節、鹿児島おはら節、更には沖縄民謡の安里屋ユンタ、そしてヤクルトスワローズの応援歌として知られる東京音頭あたりまで、どうしようもなく、性歌に仕上げられてしまうのが、日本の大衆の歌であったのだ。

大島渚が映像化するにあたって選んだのは、ヨサホイ節であり、どうやら広島県地方のそれであったという。

♪一つでたホイのよさホイのホイ

というアレですね。で、このヨサホイ節は「一つ出たホイの、夜さホイのホイ」の意らしく、それが数え歌になっているので、二つ目、三つ目、四つ目と、それぞれ、やりたい女性を当て嵌めて、どんどんエスカレートさせてゆくという連歌方式になっているというから、確かに面白い。

一つ目⇔ひとり娘とやる時は、親の承諾得にゃならぬ

二つ目⇔ふたり娘とやる時は、姉の方からせにゃならぬ

三つ目⇔みにくい娘とやる時は、顔にハンカチ乗せにゃならぬ

といった具合に、数字と、その下の句が連動させ、おもしろおかしく歌うものであったという。九つ、十までは、それなりに数え歌の体裁を保っているのですが、それを過ぎると、今度は、固有名詞を当て嵌めてゆく。つまり、

四つ出たホイの夜さホイのホイ、

よさのあきこ(与謝野晶子)とやる時は、短冊片手にせにゃならぬ

といった具合。その時節、話題になっていた女性の名前を片っ端から当て嵌めていって、「やる時は」と繋ぎ、オチを紡ぐのだから、殆んど、笑点の大喜利のようなものでもある。

確かに、日本人って、こんな事ばっかやってきたんでしょうねぇ。

映画『日本春歌考』では、高校教師役の伊丹十三(伊丹一三)が、それを唄いながらサラリーマンたちの歌っている軍歌に対抗したり、その高校教師の影響を受けた高校生たちがフォークソングをコーラスしている大学生らに対抗して負けじと、ヨサホイ節を歌う。

ここまでは、社会的な地位が宴席の性歌や性的発言で計れるという視点についてですが、この『日本春歌考』の妙味は「性は醜いものなのか?」という問い掛けてでしょうか。性談義は巷間ではタブー扱いとなるが、本来、大衆こそが性談義、猥談、性歌を好んで歴史を歩んできたのであり、それをタブーと考えるようになったのは比較的最近である事が分かる。しかし、もうゼロからの思考として、犬や猫、キツネもタヌキもカブトムシでさえも交尾している。それと同じように人間も交合している。これの何に問題があるのか?――という次元に拡大させてゆくんですね。性行為は醜悪なのか、下品なのか、はしたないのか。どれも間違いであろうとする。実際に老子にまで言及する大きな話になってしまいますが、別に男性器があり女性器があり、性行為があり、それらは紛れもなくヒトの営みであるが、それを何故、恥ずかしがったり、下品なものであると位置づけているのか、その問題を投げかけるんですね。

やはり、間違いなく、社会的な何かが、それを恥ずかしい事、下品な事として位置付けているとしか思えない。基本的には男児はおちんちんを有しており、女児はおそそを有している。或る程度の年齢になると雄と雌とは色気づいて好き好んで交合に及び、場合によっては子を授かる。ただ、それだけの話といえばそれだけの話なんですね。

で、添田知道は、性の話が下品であるというのが世間の常識であるというが、では、何故、その下品な文句を歌にして我々は歌ってきたのかと反問する。決して強引にそうするではなく、そもそも人間は性的な事柄と切り離せない生き物であり、その性的な事柄を「下品」とし、それを常識にしている事は二律背反ではないのかと展開させる。

おそらく、性的な事柄というものには、そもそも上品も下品もないのではないか? もし仮に性を歌う歌を下品だというのであれば、それは人間そのものが下品な生き物であるという事ではないのか? ホントは大衆が好んで性歌・春歌を唄ってきたのが事実であり、それがヒトの活力とか、社会の活力とも関係しているのかも知れませんやね。

おそらく自分や自分たちは上品な文化の中の生き物であり、性的な事柄を秘め事とするが、秘め事としない人、性欲を隠せない人間を下品であるという風に認識しているのでしょう。しかし、怖いことに全ての上品ぶっている人間も下品な人間も生物学的にはそんなに差異があるワケではなく、高貴な人と怖ろしく下品な人との間でも、おそらくは性交渉は出来てしまうのが事実なのだ。実は見栄坊、何某かの虚栄心が上品と下品とを分けていて、それは、その者の意識に委ねられているんでしょう。

いつぞや、大杉栄を引用しながら羞恥心と文明の話に触れましたが、それとも似ている。文明とは、実は性を商品化した何かなのだ。添田氏は政略結婚を性の商品化の始まりであったと述べている。大杉栄の場合は既に比較人類学などを目にしていたから、未開人部落の様子からそれを言い当てている。男は女に売春をさせて白人からカネをもらった。無断で女を奪おうとすると未開人も攻撃してくるが交換条件として金品を渡すと男は女を差し出した。或る意味では政略結婚にも似ているのかもね。性を商品化し、その性を高く売る為には、あけっぴろげでは困るのだ。人々は羞恥心を身に着けて秘所を秘所とし、秘部を秘部としなければ、この文明・社会は維持できなって事なんでしょうねぇ。

いやいや、中沢新一も比較人類学で、この検証をしていたかな。未開の地で、或る部族が隣の部族と出会うと有力者の娘をその部族の有力に嫁がせる。これも原始的な政略結婚と言えそうですが、それは性の商品化そのものとは異なるが、娘を何かの担保として嫁がせている。この原始社会に於ける政略結婚は見返りを期待して性行為を切り売りしていたワケではないので性の商品化そのものではないかも知れない。しかし、この話も秩序なり、社会なり、文明の構成要素には、その性の受け渡しが切り離せないワケですね。

ホントは、既に平成の現代人なんてのは自意識過剰の領域にまで来てしまっているよなって思う。実際、恥ずかしいと感じる感覚を有しているのが社会的存在としての人間であり、その人たちが価値体系をつくってしまっているんでしょうからねぇ。ホントは下品なクセしてね。

下品で思い出しましたが、江口寿史著『江口寿史のお蔵出し』(イーストプレス)という漫画本には『日本フェ〇〇〇振興会』というヤケクソになって描いたと思われる一篇が掲載されている。「てのひらに太陽を」のメロディーで…と、あり、フンドシ姿の男たちが、ただただ合唱しているという不可解な漫画である。

♪僕らは みんな フェ〇が好き

フェ〇があるから生きるんだ

僕らは みんな フェ〇が好き

フェ〇があるから耐えるんだ

手のひらを 股ぐらに かざしてみると

真っ赤に燃えている 僕のますらお〜


「サイテーだな、江口寿史って漫画家は…」となる。まぁ、誰も彼も、腹の底では、そういう事を考えているのかも知れませんけどね。



2018年11月06日

朴烈事件〜朴烈と金子ふみ子

朴烈事件(ボクレツじけん)とは、1923年に大正天皇暗殺計画の容疑で朝鮮人社会活動家の朴烈(生没1902〜1974年)と、その妻・金子ふみ子を1926年とを逮捕し、大逆罪に問い死刑宣告してしまった事件を端的には指している。今一度、確認しておくべきと、官憲が不当逮捕し且つ死刑宣告をした事を「朴烈事件」と呼ぶという事でしょうか。何故、今一度、確認しておく必要があったのかというと、この朴烈と金子ふみ子を語るには、少しばかり、その経緯を説明しておく必要があるから。

朴烈は本名を朴準植(ボク・ジュンショク)といい、慶尚北道生まれ。1919年に渡日し、日本でアナーキズム運動に参加する。1922年頃から同志であった金子ふみ子と同棲するようになる。この二人は結社、黒壽会(こくとうかい)、黒友会(こくゆうかい)を経て、最終的には不逞社(ふていしゃ)を立ち上げた。

この【不逞】とは「不逞の輩」という具合に使用する言葉であり、知っている人は知っている単語でもあるのですが、念の為に触れておくと、「従順ならざる〜」とか「勝手に秩序を乱す〜」という意味である。この朴烈と金子ふみ子の場合は、更に時代背景が稍あって、元々は内務省がアナーキズム系の社会運動をしていた危険分子と見なし、【不逞鮮人】という呼称を使用していたものを逆手にとって、結社名を不逞社としたもの。また、刊行物のタイトルにも『不逞鮮人』と命名、真正面から、その名称を名乗ってみせたが、それが叛逆的な態度であると修正を迫られると、その刊行物のタイトルは『太い鮮人』に変えた。「ふていせんじん」がイケないというのであれば「ふといせんじん」でいいだろ的な。しかし、字ヅラこそ変えたものの、実際には「あの野郎、ホントに太ぇ野郎だな」等と発音していたかも知れませんやね。

関東大震災の直後、混乱の中、朝鮮人虐殺があったとされる。近年、一部の保守系論者によって「朝鮮人虐殺はなかった」という類いの言説も流布されているようですが、おそらくは「あった」のが歴史的事実でしょう。例によって規模などは把握のしようがないというだけの話で、事に事実が在ったか無かったといえば、それは「在った」で間違いない。この辺り、公然と流布されているフェイクニュースに御用心の事柄かも。

関東大震災の直後には、実は白色テロ(官憲によるテロ行為)が3件あったと考えられる。一つは、大杉栄ら3名を検束・虐殺・死体遺棄していたという大杉栄及び伊藤野江に係る事件、もう一つは右系労働運動関係者を逮捕した亀戸事件。そして、最後の一つが、この朴烈事件であり、この朴烈事件の場合も朴烈事件という呼称が定着しているので、それを踏襲しますが、事件の概要は大杉栄事件と似ていて朴烈のみが対象ではなく、内容としては、むしろ金子ふみ子が最終的にデッチアゲた証拠によって投獄され、そのまま、栃木刑務所で恨み骨髄を吐き出したまま、獄中で首つり自殺を完遂してしまった。金子ふみ子を自殺に追いやってしまったという意味で非常に後味が悪い事件なんですね。

先に述べてしまうと、朴烈の方は生き延びて、後に民団(在日本朝鮮居留民団)を結成し、李承晩政権にて国務委員を務め、更には北朝鮮に渡って南北平和統一委員会副委員長になった人物である。この歴史的経緯を掘り下げてゆくと、昭和以降の日本と朝鮮とが水面下では怨み骨髄、凄まじい感情的対立がある事、その一端と関係している可能性さえある。


1923年9月1日、正午近くに関東大震災(大正12年)が発生する。その関東大震災の余震が続く、本震発生の翌日となる9月2日、朴烈と、朴烈と内縁関係にして同志でもある金子ふみ子は、官憲によって検挙された。容疑は大正天皇の写真(御真影)を壁に貼り、その写真をナイフで刺したのを尾行していた刑事によって目撃された為とされている。しかし、何かと実相が分かり難い事件であり、軍部が社会主義者や朝鮮人らが震災の混乱に乗じて暴動を起こさぬよう、それを警戒して事前の予防措置として、不逞鮮人・朴烈を検束したのではないかという指摘もなされている。予防措置として検束しておく必要があったというのは官憲側の言い分であり、当の朴烈らが実際に暴動を画策していたのかどうかは別問題であったと思われる。

そして、関東大震災発生から数日後ともなると日本列島では諸々の理由によって朝鮮人虐殺が各地で発生していた。虐殺の規模にも諸説があるが、パニック状態になった人々が「朝鮮人が混乱に乗じて暴動を起こそうとしてる」や「井戸に毒を入れた」等のデマゴギーが関東地方に広く流布し、自警団や官憲にによって多数の朝鮮人が虐殺された。念の為、広辞苑第六版から引くと、「1923年(大正12)9月の関東大震災の際、在日朝鮮人が暴動を起こしたという流言が伝えられ、自警団や軍隊・警察により数千人の朝鮮人が虐殺された事件」と記されている。

(この関東大震災直後に起こった朝鮮人虐殺事件の話は、別の機会に触れることもあるかも。或る種の自虐史観になるものの真実は真実であり、隠蔽しようとしたり、事実の改竄を平気で展開する主張などに対しては警鐘を鳴らすべきだと考える。「真実のみが勝利する」の原則に従えば、歴史改竄論者には対抗する必要があると思うので。)

朝鮮人虐殺の責任はどうなのかという問題は判然としない問題なので触れませんが、実際問題として鮮人虐殺という事態が混乱の中で発生してしまった。当時も国際的なキリスト教関係の団体などから調査の要求などがあったようで、それに対して政府は黙認するのですが、そこで画策されたのが「実際に朝鮮人は暴動を画策していたので、こうなってしまった」という方便を用意しようとして、その過程の中で朴烈と金子ふみ子に対しての大逆罪がデッチアゲされていったのではないかという見解があり、相応に有力視できそう。(これには異論もありますが、混乱する内容なので省きます。)

つまり、国際的な批判を躱(かわ)す為に行なわれた或る種の謀略であったという見方ですね。「事実、朴烈夫妻は天皇及び皇太子暗殺を画策していた可能性があるのです」と主張する事で、政府は批判を躱そうとしたのではないか――と。

朴烈夫妻が検束されたのは9月2日であった。当初は治安維持法に係る嫌疑で検束したものであったが、その取調室の外では鮮人虐殺が起こってしまい、途中から朴烈夫妻が上海から爆弾を入手、天皇暗殺を画策していたという嫌疑へと変節、爆発物取締法違反という容疑によって震災発生からかなり経過した1925年10月20日に起訴をしている。

その後、天皇暗殺の嫌疑を濃厚なものとして最終的には大逆罪とし、翌1926年3月25日(27日という記述も)に大審院は朴烈、金子ふみ子の両名に死刑判決を下す。しかし、それから日もさほど経過しない同1926年4月5日に天皇の名の下に死刑から無期懲役刑への特赦が為されている。(大逆罪は一審制、しかも公開の原則なども曖昧なまま司法で裁くものであり、前例に幸徳秋水らを大逆罪として処刑した幸徳事件がある。)

1926年4月5日、市ヶ谷刑務所内にて係官から特赦状が両名に手渡された。朴烈は穏やかに特赦状を受け取ったという。しかし、金子ふみ子はというと、受け取った特赦状をビリビリに引き裂き、投げ捨てたという。よって、朴烈も特赦状を破くかも知れぬと心配し、係官は朴烈から特赦状を回収した。金子ふみ子は宇都宮刑務所栃木支所(栃木刑務所)に移送された。

1926年7月、不思議なスキャンダル事件が起こる。取調室内で朴烈が金子ふみ子を膝の上に抱いている写真が怪文書と共に出回り、時の若槻礼次郎政権を窮地に追い込んだという。その怪写真騒動を朴烈怪写真事件とも言い、これは何某かの策略で裏で指示していたのは北一輝だとする説があるが判然としない。その怪写真騒動は、その概要からすると、つまり、天皇暗殺を企てていた朴烈と金子ふみ子が取調室で仲睦まじくしている写真が出回った事に拠って、右翼主義者らは「政府は生ぬるい! 警察は大逆罪の被告両名をまるでゲストのように扱っているではないか!」という内閣に対しての攻撃材料として使用したのだ。

1926年7月26日早朝、金子ふみ子は縊死(いし/首吊り)の状態で発見された。勿論、それは自殺であり、金子ふみ子、数えで23歳、満年齢だと22歳であった。

1927年1月27日、新聞に朴烈と金子ふみ子の怪写真が掲載される。撮影されたのは1925年5月の事であり、予審判事が取調室内で撮影、その後、その写真を朴烈の元に渡されたが、それが何故か右翼の手に渡り、若槻礼次郎内閣の倒閣に利用された。当時の新聞には右翼主義者の言い分として「恩命に浴して栃木刑務所に送られてのち文子が妊娠して居り、当局愕然、その善後策に腐心中監房内に縊死云々の発表を見るに至った事」を伝えていた。

訊問調書には、取調中の金子ふみ子が言い放った叛逆精神が現われた箇所があるという。

権力ノ前ニ膝折ッテ生キルヨリハ寧ロ死ンデ飽ク迄自分ノ裡ニ終始シマス

私なりに意訳すると、「権力の前に膝折って生きるよりも、むしろ死んででも自らの掌握できる裡(うち)の範囲にて、自分の人生を終わらせます」かな。



金子ふみ子は自伝的な内容でもある獄中回想録『何が私をこうさせたか』を執筆しており、死後、刊行された。死刑判決が下る前の市ヶ谷刑務所、その未決監の中で執筆されたというその自叙伝は原稿用紙七百枚に及ぶ膨大な内容であった。

実際に『何が私をこうさせたか』に目を通すと、兎に角、余すことなく一人の女テロリストの生涯、いや、自分と真っすぐに向き合って生きた一人の日本人女性の生身の人生が描かれており、驚かされる。金子ふみ子は「無籍者」であり、その複雑な生い立ちについても述べられている。無籍者であるが故に学校へ行きたかったが行かせてもらえなかったという幼少期があるが、何故に無籍者であったのかという問題は、当時であっても理解に苦しむものであったらしい。

金子ふみ子の生まれは横浜の黄金町付近であったという。そう考えると売春地帯であるから、それに関係した生い立ちのように早計してしまいたくなるが、そうではない。非常に複雑で、原籍は山梨県・諏訪村であるという。実の母親は「金子とくの」であり、実の父親は「佐伯文一」である。しかし、両親は入籍しておらず、出生届も出さなかったので無籍者のまま幼少時を過ごし、一定の年齢になってから母方「金子とくの」の実家である金子姓となった。とくのの両親、ふみ子からすると実際には祖父祖母にある「金子富太郎・よし」の娘、つまり、祖父祖母の養子という風に戸籍上は処理した為であるという。従がって、実母たる「とくの」とは戸籍上では姉と妹という関係になっている。

ここまででも、そこそこ複雑ですが、更に複雑である。実母・とくのは、その後、実父・佐伯文一と別れ、その後も色々と嫁ぎ先を探し、最終的には別の男性の後妻になっているので、裁判の時点に於ける金子ふみ子はというと、実母とも実父とも苗字が違っていたらしいのだ。更に、実父である佐伯文一は、ふみ子からした場合の叔母にして、実母・とくのの妹とも男女関係を持っていた。

更に更に紛らわしい事に、実父・佐伯文一の祖母は日本統治時代の朝鮮半島・忠清北道の芙江(ふこう)という地で生活していた関係から、ふみ子は7年間ほど朝鮮で生活している。ここも紛らわしいのですが、佐伯家は自称「由緒正しい氏族の家系」であったらしく、氏族の末裔として朝鮮半島で官吏の職に就いていたという事であり、佐伯家や金子家が朝鮮人であるという意味ではないし、また、その血が混入していたという話でもない。最終的に朴烈の愛人(夫婦)となり、且つ、「金子」という姓が「金」と表記した場合の「キムさん」を連想されるので、金子ふみ子という人物自身が朝鮮半島に起源を持つ血脈の持ち主のように誤解しがちであるが、その意味では純然たる日本人である。

また、更に更に更に面倒くさい事に、この祖母は岩下姓である。由緒正しい佐伯家であるというのであれば佐伯姓を名乗っても良さそうなものであるが、この祖母は広島で結婚して文一を産むも夫に先立たれており、岩下という官吏に一人娘を嫁がせた。戸籍上は婿養子として入れ、祖母は、ふみ子の実父・佐伯文一の妹にあたる若夫婦(岩下姓)と生計を一緒すべく朝鮮半島に渡ったという。その若夫婦は、ふみ子からすると叔母とその夫にも該当し、その若夫婦に子が無かった事から岩下家の跡取りにすべく、7年間ほど朝鮮半島の祖母の元に預けられていた。なので、ほんの一時期は「岩下ふみ子」と名乗っていた時期もあったという。

ここまでの話だけで、既にウンザリさせられる複雑な境遇が、金子ふみ子を語る場合には付き纏ってしまう訳ですが、ついでに記すと、芙江の岩下家に於ける7年間は、ふみ子に劇的な叛逆精神を植え付けてしまった可能性がある。岩下家の養子となって岩下家の跡取り、将来的には岩下家の当主にすべく、その祖母に乞われて海を渡り、朝鮮・芙江まで行ったものであったが、実は途中から、ふみ子は岩下家の後継ではなく、別の血縁関係にある貞子という同じ年齢の娘を岩下家の後継にするように事情が変わってしまうのだ。故に岩下家にとって、ふみ子は厄介者となりだし、祖母や叔母夫婦の態度も豹変し、女中部屋に押し込められ、女中のような扱いを受ける事となる。

ふみ子は、生来、利発であったらしく、図画と書写を除けば、小さな学校では成績優秀であったが、無籍者であったが故に、他の児童たちが立派な修了証を貰っているのに、自分だけが手に持っていると折れて垂れ下がってしまうぺらぺらの半紙で修了証を手渡される等の差別を山梨時代に経験している。どんどん経済水準を落としていって、角砂糖を一つ持って来れば、それで学費と認めてくれるような貧しい児童だらけの学校にも通っていたが、その角砂糖一片を持ち出せないような赤貧の家であったという。

朝鮮・芙江での生活は、日人(日本人)と鮮人(朝鮮人)とは基本的には交流がなかったといい、また、岩下家は官吏であったが片手間に高利貸しを営んでいたという。家格が違うという理由で友人関係に口を出したという。日本人同士であっても家格の差があり、朝鮮人ともなると、その日人と鮮人、支配者と被支配者、その貴賤による断絶は大きかったという。ごはんを食べさせてもらえぬ、ふみ子、そんなふみ子に同情した朝鮮人の一家が、ふみ子に昼飯を用意してくれたことがあったが、その行為に甘え、腹を満たしたところで、それが祖母にバレたら、下駄で殴られるという、そういう環境であったという。

それらの朝鮮半島時代に虐げられた経験が、後に、金子ふみ子が朝鮮人アナキスト・朴烈に吸い寄せられてゆく、下地になったと考えられそうですかねぇ。日本人同士のコミュニティでは、名門氏族の出であるという事が自慢の父や父系の祖母(佐伯家・岩下家)があり、ふみ子をたらい回しにするがいやらしい貴賤感覚に基づく差別感情があり、母系の金子家にしても生活が大変だからホイホイとふみ子を養子や嫁ぎ先を見つけ出して片付けようとする。また、叔父などには一定の尊敬があるが、そうした叔父にしても性的にルーズである。

芙江時代、たみちゃんという日本人の下駄屋の娘と親友になるが、そのたみちゃんは病弱で早世してしまう。たみちゃんの実家では生前、仲良くしていたふみ子へと、黒塗りで蒔絵付きの立派な裁縫箱を遺し、それを形見分けとしてたみちゃんの妹のあいちゃんが家でふみ子の家に届けたという。しかし、ふみ子は、たみちゃんの形見の裁縫箱を見てもいないし、貰ってもいない。変だなと思って居ると祖母が勝手に岩下家の跡取り候補となった貞子に贈ってしまっていたという事実を知る。佐伯・岩下家の家風とは、そうした権威主義的差別主義であった。ふみ子は、自分が構築していた友情を祖母に踏みにじられ、悔し涙を流したものと思われる。或いは理髪店の娘と付き合えば「人様の垢を落として生計を立てているような家の子と遊ぶな」という。当然、朝鮮人とは口を利くなという考え方の佐伯・岩下家で育っているから、単純に朝鮮人に対しての支配者民族による被支配者民族への差別だけではなく、二重、三重に、その犧絞稔瓩箸いΔ發里持つ構造の嫌らしさに人一倍、敏感に育ったものと思われる。


『何が私をこうさせたか』は、その執筆時に既に金子ふみ子が自殺を念頭に置いていた事を考えると、中々、読み応えのある自伝になっている。おそらく、その原稿用紙7百余枚に、ありったけの自分の人生の不遇を綴り、また、その不遇の中に差し込んだ微かな光明に胸を躍らせては裏切られた強烈な女の主張が生きている。途中で熱が入り過ぎたと思しき箇所もあって、朝鮮時代に祖母から苛められたクダリは妙に話が長く、軽く食傷気味になりましたが、他方、ふみ子は活動屋で手を握られた瀬川という青年との出会いと別れ、或いはキリスト教系救世軍の伊藤という青年に励まされる中で恋心を募らせるが、その頃になると伊藤青年は糞真面目で「このままでは私もあなたも勉強が手につきませんので、お互いの為にも別れましょう」と言い出す。それら一連の恋愛模様なども正直な心情で綴られている。ふみ子の恋愛や性愛の情も隠さないが、実際にはチグハグになるものなのだ。

そして最後に朴烈と出会う。朴烈の書いた「犬コロ」というタイトルの詩を読んで何か惹かれるものを感じ、その男を紹介して欲しいと積極的に行動する。「プア―な人」であったという朴烈に、金子ふみ子は自分から求婚めいた言葉を言っている。粗末に扱われてきた女が東京に出てきて、気付いた事は自らの手で自らの道を切り拓く事であった。積極的に自分の人生を自分の思う方向へ切り拓いてみせたのが、朴烈に対しての愛であった。ふみ子は朴烈に

「配偶者はお有りですか? なくても恋人のようなものはお有りですか? もしお有りでしたら、私はあなたに、ただ同志としてでも交際していただきたいんですが…」

という不器用にして真剣な求婚をしたという。左翼かぶれ女学生の下手くそにして一生懸命なプロポーズ、滑稽といえば滑稽なのですが、その後のストーリーを追うと、悲恋でもある。

そして『何が私をこうさせたか』の中で、

「共に生きて 共に死にましょう」

と、確かに、金子ふみ子は綴っている。それは、まさしく『何が私をこうさせたか』の最後の箇所に記されている。神田方面行きの電車に飛び乗った朴烈に、咄嗟にふみ子が掛けた台詞で手記本編は終わる。

「待ってください。もう少しです。私が学校を出たら私達は直ぐに一緒になりましょう。その時は、私はいつもあなたについて居ます。決してあなたを病気なんかで苦しませはしません。死ぬなら一緒に死にましょう。私達は共に生きて共に死にましょう」

しかし、単純な事実からすると、金子ふみ子は刑務所内で首つり自殺を完遂したが、朴烈の方は生き延びた――。

そして「あとがき」は、後にして思えば死ぬ気で書き上げたのだなと分かるように記されている。

間もなく私は、この世から私の存在をかき消されるであろう。しかし一切の現象は現象としては滅しても永遠の実在の中には存続するものと私は思って居る。

私は今平静な冷やかな心でこの粗雑な記録の筆を擱く。私の愛するすべてのものの上に祝福あれ!




参考文献:秋山清著『ニヒルとテロル』(平凡社)、『日本人の自伝6』(平凡社)、竹中労著/かわぐちかいじ画『黒旗水滸伝』(晧星社)ほか。

追記:朴烈怪写真事件の黒幕は北一輝であったという記述を見つけることが出来るのですが、北一輝の関連書には記述が見つけられませんでした。ただ、竹中労の書籍では朴烈が北一輝に「拳銃と爆弾が手に入らないか?」と尋ねたという記述は見つける事ができました。そういう意味では両者に交流があったのかも知れない。しかし、北一輝が朴烈を売ったと? これがどうも解せないんですよねぇ。確かに当時の右翼や左翼はカネを踏み倒したりしたという悪評は多く北一輝も例外ではない。しかし、北一輝がネタを政治家に売るような真似をするかというと、ちょっと違うんですよねぇ。北一輝は右翼でも政府を引っくり返そうとした人物であって、ケチな倒閣運動に加担するタイプの右翼ではないような気がするんですが…。

2018年11月05日

年金時代の「生きる」

今朝ほどフジテレビ「とくダネ」で「年金は何歳から受給すべきか?」というテーマを取り上げていましたが、この年金受給年齢ネタ、メディアが横並びで一斉に取り上げているよなと感じている。厚労省の試算が発表されたので各メディアも横並びに報じることになっているというのが最も整合性のある説明になりますが、ちょっと引っ掛かる。既に週刊新潮11月8日号でも「デマが飛ぶ『年金受給』は何歳が正解か」という記事がありましたが、ちょっとねぇ。

「とくダネ」に於ける小倉智明さんらのモデルケースに対してのツッコミは凡そ正しいと思う。年金に係る問題で、モデルケースとしているのは夫が厚生年金に当然に定年退職まで企業に務め、妻は専業主婦という世帯をモデルにしており、且つ、平均給与をモデルケースにしているんですね。実際には既に専業主婦は少ないし、個人事業主等の自営業者は老齢基礎年金(国民年金)しか貰えないのだから、かなり、恣意的に取り上げられているモデルケースなんですね。新卒採用でサラリーマンとなって妻が専業主婦であったという世帯。このタイプの世帯は、既に多数派じゃないのではないかという気がする。基本的には市民階級(ブルジョア)のモデルで、都市でそこそこの企業なり公職に大学新卒で採用されて定年退職まで居座れたというタイプである。既に、バブル世代就職組でも閑職に追いやられている者が多数ある事を考慮すると、あまりにも都市型市民階級による手前味噌なモデルケースに思える。

また、今どきインテリゲンチャの夏野剛さんの展開するインセンティヴ論というのは、私個人は非常に気分が悪い。長寿化によって制度の維持が厳しくなっており、制度を維持するには年金受給年齢を後ろ倒ししたいという意向が政府ならびに厚労省にあって、その意向を見透かした上で、夏野さんは「制度にインセンティヴを与えて、高齢受給を促がせばいい」と、そういう思考をするんですね。これが当代インテリの思考回路なんですね。

しかし、それは誤りに誤りを重ねてゆく手法だなと考えています。先ず、目的としてですが、その「インセンティヴをつけてやれ」という発想は、しばしば経産省などの人たちが、よく使用する方便なんですがそれによって本来的な誤謬を存続させてしまうんですね。誤りがあるのであれば誤りを正せばいいのに、そうせず、なんとか、この制度を維持してみせるという風に、軸が変わってしまっている考え方なのだ。つまり、「制度を維持する事」を目的化してしまっているという意味で、非常に官僚的な視点なんですね。公平な配分を、どんどんグダグダなものにしてゆく元凶だと思う。

宮崎学さんの著書に目を通した際に「目的と手段」に触れた通りであり、究極的には目的などというものは存在しておらず、流れの中で人間という愚かな生きものが目的を目的化しだしてしまうんですね。自然界の何処に御長寿さんが現役世代に養われている生物が存在しているかという話ですやね。人類史でも同じで、老齢年金の歴史というのは20世紀の先進国に於いて、なんとなく始まってしまった制度であり、この制度は自然の法則から著しく乖離している。(20世紀に異常なまでに会社員、即ちサラリーマンという形態が爆発的に広がった事とも関係している。)

御長寿は目出度いというのは、ホントは押し付けられた綺麗ごとだ。老いて自律的に生きられなくなったなら、それは在る意味では寿命であり、生命を全うしたという事じゃないの? 人生百年プランとか言い出したあたりから「また、搾取システムを考案するんだろうな」と思っていたら、要は、年金受給年齢を引き上げたいという伏線だったのかなって思う。

既に現行の年金制度は、保険屋等の専門家でさえ、計算するのが煩雑で簡単には受給額を計算できないような不確定要素の多いものになってしまっているのが現実ですやね。現行、65歳から老齢基礎年金も厚生老齢年金も受給開始となる制度ですが、前倒して60歳から受給が可能な「受給年齢の繰上げ」と、少しでも受給開始年齢を後ろ倒しさせ、最大、70歳からの受給開始年齢にする「受給年齢の繰下げ」とがあり、ホントは、既にインセンティヴはつけられているのだ。これに、尚更、強いインセンティヴをつけるべしという事は、受給開始年齢の基準を70歳まで引き上げたいという政府や厚労省の意向に寄り添うものである。

仮に年金受給開始前に死んでしまっても、厚生年金の場合はそこそこ手厚い遺族厚生年金という制度がある。こちらの厚生年金は納めた年金保険料に比例して受給額が払われる制度なので、一律的に誰が幾ら保険料を払って幾ら年金を受け取れるのかが非常に分かり難く作られている。他方、個人事業主や学生、無職者に到るまで加入が義務付けられている老齢基礎年金の方はシンプルで最長でも480ヵ月で打ち止めとなる。これは40年間、国民年金を払い続けた場合で、それでも年金受給額は年間80万円足らずですやね。

しかも仮に35年間、かかさずに老齢基礎年金を納めたとして、その納付額は約16900円×12ヵ月×35年=7,098,000円(7百9万8千円)にもなるが、仮に、その者が35年間、コツコツと納付して遺族基礎年金受給資格を満たした遺族(※)もないまま死んだ場合、還元されるのは、たったの32万円でしかないという制度なんですよね。大雑把には710万円を納付しても取り返せるのは32万円でしかない。しかも、これを強制加入として国民に課している制度なのであって、物凄いギャンブルを国民に強制的に課しているとも言える。モデルケースにダマされちゃいけませんやね。これは満額となる40年間コツコツと収めていた人物が年金受給開始前に死んでも飽くまで国民年金法で還元されるのは32万円ですな。長生きする人が長生きしない人から搾取するシステムにもなってしまっている。「分配論なのです」といえば聞こえはいいけど、実際は、そーゆー制度なんですよね。


「18歳未満の子を持つ配偶者」か「戸籍上の実子で未婚で18歳未満」のみに遺族基礎年金が支給される。子が障害もなく18歳を満たして最初の年度末を迎えた場合、遺族基礎年金は打ち切られる。配偶者の子が18歳年度末を迎えた場合も同じ。配偶者、子とも共通して「障害のある子」の場合のみ18歳制限が20歳制限にまで延長される。つまり、大前提として19歳以上の子を持つ配偶者が遺族であった場合、遺族基礎年金の支給要件から除外されてしまうので、死亡一時金32万円のみしか遺族には支給されない。

更に厚生年金も不公平なんですが、これも実際には実施されていて、その人生に於いて、大儲けする者と大損するものとを一括りの制度の中に押し込めて「はい、公平な分配論でしょ?」と言い張る非常に問題のある制度だと思う。この制度を続けるのであれば、私個人は断然、破綻覚悟でもベーシックインカムに移行すべきだと思う。

民間の保険会社が運用している「年金」という金融商品は、納付額に対して給付額が設定されていて、だから年額70年万円を10年間支払いますという契約なんですね。だから事前に納付した額と貰える額との計算も辻褄が合う。しかし、終身、その人が生きている限り、年金を支払いますという前提条件では、各自から幾らの納付をしてもらえばいいのか計算できる筈がないんですね。「とくダネ」の試算でも、政府が示したモデル世帯で100歳まで生きた場合、トータルで一億円近く年金がもらえるという頭が示されていましたが、そのカネがどこから出ているのか想像すべきですやね。ホントは賦課方式という次世代に負担を先送りしているだけの、物凄く無責任な制度なのだ。

「働かざる者、食うべからず」というのは、或る時期までは社会主義の真髄であったという。野坂昭如の小説でも既に二度ほど生活扶助(生活保護)を拒否して衰弱してゆく老婆の話を目にしていますが、1970年頃までは、確かに多くの日本人がそう考えていた証であろうと思う。「皆さんから経済的支援をしていただいては申し訳ねえだ。そうまでして、おら、生きていたくねぇだ」的な世界かな。

そういう心性が既に無くなってしまったのは、リベラル思想体系から非常に複雑にして実際とは乖離している福祉制度の理念が登場してしまったからであろうと思う。苦しんでいる者を助ける精神は相互互助の精神に則っているが、自己を犠牲にしてまで弱者を助けるべきなのか、また、それを蔑ろにして「強制的なルールである」と断じる事はホントは難しい筈なんですよね。二重、三重に、その者の人生の質を左右してしまうような制度になっている。加入したくなければ加入しなければいいという風に設計することが唯一の公正・公平の実現なんですが、現在、制度そのものが存続の危機に瀕しているものだから見境なく、制度を存続させる為にのみ思考している。

ホントに自由主義思想の中から社会保障や福祉にアプローチするのであれば、最初から制度的に破綻しないように、納付額と受給額との均衡を予め計算すべきだったんじゃないの? 40年間幾ら幾ら納付したから、65歳から20年間に限り、幾ら幾ら年金として受け取れますという制度だったら、何の問題も起こらないし、そもそも、それらは保険商品であり、契約によって縛ることができる。しかし、国がやっている制度は色々と問題があって、制度を維持する為に後からルールを変えてしまっているんですよね。しかも断じて強制加入の方向性を変えない。生きている限りはその者に無制限(終身)で年金を支給するとしている。無理があるでしょ、システムとして。こんなシステムは、支える側を大量に持たないと維持する事さえ難しい、無限の増殖を前提としたシステムであり、実質的には必ず破綻する制度だと思いますけどねぇ。(実質的には破綻しても、名目上は破綻しなかったと言い続けることが可能なシステムです。実際に改正の名の下に受給開始年齢を60歳から65歳に変更してしまっているのだから、既に契約というシバリがあったなら詐欺だと騒がれても仕方がない制度だと思いますけどねぇ。)

最低限度の養老施設を置いて、そこで2〜3年も面倒をみる、みてもらう制度があるのであれば、それで公的な福祉としては充分なんじゃないだろか。老後も裕福に暮らしたいと考え、それを出来るだけの財力のある富裕層は、自らの責任と意志によって自分に有利と思われる年金制度を民間の企業と契約すればいい。それに対しては何の文句もないし不満の声も上がらないのであって。これが最も後腐れないように考えますかねぇ。

堕落するのであれば、真っすぐに堕ちよ。坂口安吾の堕落論ですが、年金問題に置き換えると、真っすぐにダメなものはダメ、破綻すべきは破綻すべきなのに、そうではなく、なんとか制度を維持させようとしてしまう。その賢(さか)しさというのが、問題の本質を変えてしまう。本論の軸をブレさせてしまう。果たして制度を存続させる事なんてものが目的であっただろうか?

生きるとは――。

ussyassya at 11:51|この記事のURLComments(2)雑記 | 辛口評論

2018年11月04日

邦画三タイトル視聴

いずれも邦画で「三度目の殺人」、「豚と軍艦」、「HYSTERIC」の視聴の記です。

日本映画専門チャンネルにて是枝裕和監督作品「三度目の殺人」を視聴。福山雅治、役所広司、広瀬すずらによる東野圭吾作品の映像化作品。法廷ミステリーでしたが、役所広司演じる殺人犯の供述がコロコロと変節する不気味さ。それと福山雅治演じる弁護士と市川実日子演じる検察官とのやり取りの中にある問い掛けは現行の司法制度の矛盾をつくもので印象的でした。検察官が弁護士に対して

「あなたのような人たちが犯罪者の更生する機会を奪っているのよ。真実を明らかにするよりも、法廷戦術を優先させているから」

のような詰問がりますが、それに対して弁護士の返答は

「我々が優先すべきは弁護する者の減刑を勝ち取ることにある。真実と法廷戦術とであれば、迷わず我々は法廷戦術を選ぶ。真実? そんなものは分かる筈がない」

である。更に、福山雅治演じる弁護士の後輩を演じている満島真之助が

「この世に生まれてきた命で、要らない命などない!」

と力説するが、福山演じる先輩は

「お前、本気で、そう思っているのか?」

と、醒めた顔で問い返すシーンがあり、その辺りが、この映画に重厚さを与えていたような印象がありました。

広瀬すずさんは片足の不自由な少女の役でしたが、「これがチャルメラのパッケージに印刷されている広瀬すずさん?」と首を傾げたくなるぐらい別の人物に見えました。この作品の中では、広瀬すずさんは、単に可愛らしい女優さんという感じではなかったかも。やっぱり、足を引き摺りながら歩いている様子ってのは、どこか違う印象を与えるのかも。

比較的新しい映画でネタバレしてしまうと差し障りがありそうなので、粗筋については控えますが、役所広司さんは「老けたかもなぁ」と感じさせる反面、序盤では薄気味の悪い殺人鬼でありながら終盤になると、「生まれてこなければ良かった人」に変質してゆく。無価値な人間、生きる価値のない人間、或いは生きているだけで害悪となる人間について、色々と考えさせるつくりになっていました。





今村昌平監督作品「豚と軍艦」をレンタルにて視聴。長門裕之&吉村実子が主演。他に丹波哲郎、大坂志朗、南田洋子、菅井きん他。モノクロ作品なので時代を感じさせる作品でしたが、これ、終盤になると「さすが今村昌平!」と唸らされるようなシーンが待って居ました。戦後間もない頃の横須賀を根城にしているヤクザたちの話であり、基本的には知己のある米軍関係者から残飯を譲り受け、養豚を手掛けて金儲けを画策している。また、ドブ板通りを舞台にしているので、当たり前に米兵相手の売春なども行われている。

終盤、トラックに載せられた大量の豚が、そのドブ板通りを遁走します。ドブ板通りは封鎖され、凄まじい数の豚が、その歓楽街を占拠してしまうぐらいに溢れる。表通りから裏通りまで、ブヒブヒあるいはオインクオインクと豚が大行列する。語るは簡単なのですが、映像として壮観です。長門裕之演じる主人公は、虎の刺繍の入ったスカジャンがトレードマークの下っ端のヤクザなのですが、ヤケクソになって市街地で機関銃を乱射。当初、長門裕之演じるチンピラは機関銃の操作方法が分からず何やら操作するが作動せず、道路に投げ捨てる。すると機関銃の掃射が始まる。長門裕之は慌てて機関銃を拾って街中に機関銃掃射を浴びせる。いやぁ、やっぱ巨匠が取る映像は、それなりに楽しめるようになっているなと納得させられてしまう作品でしたかね。50年ぐらい昔の作品なのに、このクオリティってのは凄い。社会風刺も去ることながら、単純にスカっとさせる映像になっていたような印象が残りました。





最後に、青山学院大生殺人事件をモチーフにした「HYSTERIC」について。小島聖&千原浩二(千原ジュニア)主演作品。

うむむむむ。悪い作品ではなかったのだと思いますが、色々と疑問を感じる作品でもあったかな。先ず、小島聖さんはヨカッタ。ヌードは、ほんの一瞬でしたが、そちらがヨカッタのではなくて、この作品には合っていた。序盤は、何故、この役柄に、この女優さんのキャスティグなのだろうかと首を傾げながらの視聴でしたが、この作品、実際には超破滅型カップルなのですが、それを幾分か美化して描こうとしている節があり、そうするのであれば、小島聖さんで正解であったの意。仮に私が青山学院大生殺人事件を映像作品にするのであれば、もっと如何にも茶髪ヤンキーが似合いそうな女優さんを念頭に描くと思うんですね、事件の性質そのものがバカップルぷりが突出していたたから。しかし、この「HYSTERIC」の世界では善悪という観念は余り持ち込んでおらず、しょうもない男と、その男に絆されてしまった女、そのカップルによる破滅型殺人事件として取り扱っている。

千原浩二さんは、あの個性なので、それだけでハマっていた気がする。長身にして手足が長く、かなりの痩身。よく見ていると、そのシルエットは晩年のジャイアント馬場の立ち姿にも似ており、歩く際、自然に猫背となり、肘がフツウの人よりも随分と後ろになる。如何にも痩身の巨人の体型なんですが、それに、あの面構えなんですね。神経質そう、不機嫌そうな雰囲気に満ちている。

青山学院大生殺人事件は多くの人が「なんじゃ、このバカップルは?」と驚かされた非常にインパクトの強い事件でしたよね。改めて、事件概要の書いている書籍を読み返してみたら、帰省する為の費用5万数千円の為に殺人に及んだと記されていますが、私が目にした当時の新聞紙面の記憶だと、確か殺害された大学生は「6百円で殺されたくない」とか「2千円ぐらいの為に殺さないでくれ」のような、やり取りが加害者と被害者との間で在ったかのように報じられていた記憶がある。(もの凄いしょぼい額面の事で殺害にまで到ったの意。)

更に、その後、週刊誌か何かで知ったのですが、このバカップルは強盗目的で被害者となる大学生を呼び出して拘束しておきながら、その女と被害者学生とに性交渉をさせ、それを見ている内に「お前、本気で興奮しているだろ」と男が起こり出したというクダリがあったと思う。ホントに美化するのも困難な、天才バカボン的なバカップルの印象で報じられていた記憶がある。オマケに逮捕されたときにはガスボンベを破裂させたとかで顔中が絆創膏だらけ。それと犯人の一人が私が当時の日刊競馬紙の名物記者と同姓同名だったかな。

そのバカップルぶりを描いた作品かと思いきや、必ずしも「HYSTERIC」はそうではない。そこで、小島聖さんだったんですね。

「私は朝の雨が好き…」

てな感じのセリフもありましたが、早朝と思われる青味がかったシーンが多用されている。駅舎、浜辺、道路、どれも早朝の青味がかった、その映像で、どうも演出として凝って、狙ったものっぽい。で、必ずしも、その狙いは外していない。大人しめの女子大生だった小島聖演じる女が、千原演じる超破滅型の男に惚れられてしまい、なんとなくウマがあうのかなと思って付き合っていたら、どんどん奈落の底へと墜ちてゆき、しまいには殺人事件まで起こしてしまうという壮絶な堕落劇なのだ。

映像として視聴するもとすれば、決して扱き下ろすような作品でもないかなぁ。




2018年11月02日

全人格的驕慢

一昨日、姫野カオルコ著『彼女は頭は悪いから』(文藝春秋)に少しだけ触れましたが、結局は購入を見送ったとだけ記しました。レビューを目にすると、被害者なのに叩かれることになるというストーリーらしく、そうなると「何故、被害者が叩かれなければならないのか?」という風にストーリーが展開してしまう可能性があるので見送ることにしました。「何故、被害者が叩かれるのか?」には興味を感じないので。とはいえ、実際にあった事件を着想を得たという小説、それも非常にストレートな「彼女は頭は悪いから」というのは身も蓋もないほど、加害者たちの心理を巧妙に切り取ってしまっているなと感心したのでした。

この2年ぐらいでしょうか、大学生らによるスーフリ的集団強姦事件のようなものが実は相次いで発生していますやね。何故か不起訴になったものもありましたが世間を騒がせたものとしては、京都教育大学が追い出しコンパで1人の女子学生に5人が強制ワイセツを働いた騒動(2012年)、慶應大学のイベントサークルのケース(2016年)、現役医師までもが混じっていた千葉医科大学のケース(2016年)、それと人工知能を研究する東大生らによる集団強姦凌辱事件(2016年)があって、更に、ごくごく最近、ミスター慶應候補の大学生が準強制性交容疑で逮捕され、更にミスター東大候補の大学生が強制性交罪で起訴されている。

当初は、或る種の軽薄化なのかとも思っていたのですが、これだけ続いているという事は、たぶん違いますやね。軽薄化が進行しただけでは充分ではない。特に、ここに来てミスター慶應候補、ミスター東大候補と、次から次へと事件を起こしてくれたので、ちょっと分かり易くなってきた。彼等は驕慢(きょうまん)から、つまり、自分たちは全人格に於いて優越階層だと頑なに信じ込んでおり、それを全く疑わない人たちなのだと解釈すると、全て、物事が理解できるようになる。

彼等の手口とは、ホイホイと自分たちについてくる女性、それは毛鉤にかかる魚、魚を釣ったかのようなものであり、だから酒を飲ませてアパートの一室に連れ込んで、集団でワイセツ行為に及び、その様子を撮影したり、実況中継するという、そこまでの事が出来てしまう人たちなのだ。言ってしまえば、エリート病であり、全人格的優越者だと思い込んでいないと、ちょっと、ここまで酷い真似は出来ませんやね。それこそ、口には出しはしないが、心の奥底では事件が発覚しても尚、「悪いのは俺ではない。彼女が頭が悪いのがいけないんだ。将来有望な俺をこんな目に遭わせやがって」としか感じない驕慢状態の人たちなのでしょう。そうすると、どれも合点が行くんですね。

やはり、感覚として、生身の女性を前にしたとき、そこに女性の人格を意識してしまうのが通常の男性の女性観であろうと思う。テレクラブームの頃、暇さえあればテレクラへ出掛けて、そこで知り合った女の子とホテルへ行くという行動様式を常態化させていた知人がありましたが、そういう彼等にしても、実は性交渉を前にあれこれと思案する。当然、そういう輩からすると基本的にはヤることが目的なのですが、では連続強姦魔事件のようなものとは何が違うのかというと、実は人間的であり、女性を目の前にして、その人格に触れてしまうのだ。つまり、究極的には性交する事が目的であるが、なんだかんだいって目の前の女の子に言われる通り、クルマに乗せてボーリング場へ行ったり、カラオケボックスへ行ったりして、ホテルには行かなかったなんて言って、23時頃に私の下へ「テレクラ、ダメだったから、今晩、麻雀やんない?」なんて電話がかかってきたりしたもので、実際、そういうものであろうと思う。

勿論、「性格は悪くないんだけど、あまりにも不細工な女だったので顔の上に枕を乗せてヤッてきた」という具合の話も聞かされたものの、そういう話にしても一応は「どうしても顔を見てしまうと萎えてしまうから。だってさ、そこまでやって、ゴメン出来ませんでしたなんて言ったら、もっと残酷だろ?」という具合に理由らしいものがあるんですね。この、顔に枕を乗せてヤるという話は、先日視聴した大島渚監督作品『日本春歌考』の中の歌詞にもあったかな。実は男性の伝統的な(悪)作法でもある。男同士では「テレクラで引っ掛けた女がよゥ」なんて言っているものの、その実、不細工であろうが相手の人格を無視して傍若無人に振る舞える男性というのも、そんなには多くはなさそうなんですよね。いやいや、これはホントだと思いますよ。

テレクラの知人とは逆に、周囲の連中がキャバクラ遊びする中、一人の交際女性と真面目に5〜6年間ほどの交際を経て結婚、それまで性交渉を持たなかった友人がいましたが、性交渉を持たぬままずーっと友達のように付き合ってきてしまったので、いざ結婚してみたら性交渉が難しく、そのまま離婚した人なんてのも居る。その友人、かつては「カノジョがいるのにキャバクラに行くなんて、あんたらには罪悪感ないの?」という程の真面目さであった。それを考えると、実は、その人格として向き合ってしまうが為に、意外な落とし穴があったりしてね。

それらを考慮すると、ちょっと昨今の一部大学生らにみる全人格凌辱というのは、やはり異常だよなと改めて思う。

野坂昭如の小説には、強姦殺人などを取り扱ったものがあり、読んでいると、その強姦殺人犯の一連の心理を活字で追わされてしまったりする。『紅あかり』は18歳の飯場暮らしの電気工の童貞の少年が、毎晩毎晩、諸先輩たちの性的武勇伝を聞かされ、その中で自分は童貞である事、早く性交渉を経験したいという悶々とした思いを募らせ、とうとう決起してしまう小説である。今日こそは強姦でもなんでもしてやろうという気持ちで、その少年が河原で夕暮れに獲物を物色していると、16歳ぐらいと思しき一人の少女が現れる。きっと何も出来ないで終わるだろうと少年は思うが、偶然にも少女は川原を降りて来て自分の横を通過するかのようである。その偶然に背中を押されて少女の背後へ飛びつく。しかし、それでも少年は脳裡で「警察には捕まるかも知れないが実際に強姦を完遂するなんて自分には無理だろうな。でも飯場の先輩達の手前、逮捕されるのも悪くないか」と考えながら、それを行なっている。悪戦苦闘しながら少年は少女を強姦する事に成功してしまう。すると少年は達成感から自らのフルネームを名乗ってしまう。少年は強姦を誇らしい事のように錯覚しているのだ。しかし、フルネームを実際に名乗ったら、何故か目の前の少女が老婆であるかのように笑う。少年は侮蔑されたように見え、薄気味悪さのようなものを感じ、無我夢中で少女の首を絞めて殺害してしまう。少女の頸はぐにゃりと――。

飽くまで創作物としての小説の話ですが読み手に仮想強姦体験をさせるという意味では、怖い作品だなと感じました。強姦を妄想した経験ぐらいあるかなと私自身も思っていましたが、やはり、そういうレベルまで詳細に想起した経験なんてないんですよね。

また、或る意味では説得力もあるようにも思えてくる。よくできているなって思ったから。喧嘩をする直前にも同じような事を私の場合は経験則としても、そんな事を考えていたかなって思う。「相手が大怪我をして大騒ぎになったらどうしよう」とか「ここで喧嘩したらオレの評価は上がるかもな」とか「バレたら停学になるかも。箔がつくってもんかな。いやいや大学の推薦とか芽が消えちゃうかもな」等と内心、凄まじいスピードで物事を思考している。表面的には「喧嘩すんのかしないのか」と挑発的な態度を採っていても、内心はそんなもので、つまり、そういう自分を演じていた記憶がある。だから、この強姦殺人少年の心理描写は、そこそこ生々しいものだと思う。

物事を完遂にするには確固たる意志が必要だと思ったら大間違いで、自殺を考えれば分かるように、「自殺を図ってみよう。それでホントに死んでしまうか、死ねないかは分からないけど…。もし死ねなかったら、もう一度、考えてみるか…」というぐらいの薄弱な意志レベルで行なわれる自殺は実は多いらしいんですよね。死んでしまったら、意志レベルの確認しようもありませんが、意外と未遂を繰り返す人があるという事は、そういう事っぽい。それこそ、列車に飛び込んだり、ビルの屋上から飛び降りたりすれば、その行動に踏み切った時点で、ほぼ自殺完遂ですが、中々、そういう決断をするには、思い切りが要るでしょうからね。

なので、次に通過するクルマが黒だったら、それを合図に何々しようという具合に運を天に任せるという行動を我々は実際に取っているんですよね。全責任を自分で背負い切れないでいる。何か偶発的要素に背中を押されてしまい、それに行動を左右されてしまったりする弱さを持っているのだ。

私の知るところの人間観だと、そういうものだから、やはり、スーフリ的犯罪とか、ミスターコンテスト常連者による強制性交、準強制性交の事案などというのは、おかしいとしかいいようがない。基本的に対峙しているのは人格を有する何かであり、アレをして欲しいとかアソコをこうさせて欲しいというリクエストがあっても、中々、ストレートに行動には移せないもんですやね。何故なら相手にも自分と同じ人格があると認めて対峙しているから。

また、仮に自分がモテるのであればモテ男としてプレイした方が満足できるのだと思うんですが、彼等の場合はモテる事にも慣れている部分があり、全人格的に高価値の自分が二束三文の価値しかない相手(女ども)を性的玩具にする事で、その格差の違いの中で性交渉をして、それで悦に入るというタイプの性的欲求者なのだろうなって思う。

週刊新潮11月8号に拠れば、ミスター東大コンテストでファイナリストになったという容疑者のことが記事になっているのですが、とてもとても東大生のイメージではない。この人物だけが突出して異常なのだろうと思いたいところですが、先ず狷本一チャラい東大生瓩鯒笋蠅砲靴織罅璽船紂璽弌爾任△襪箸いΔ里任垢、掲載されている画像では自らの肉体を見せびらかすべく、黒ブリーフパンツ一枚とマスクという恰好で割れた腹筋をみせびらかすように座っている写真がアップされている。しかもYouTubeで何をアップしていたのかというと、「海でサンオイル無料で塗りますとガチナンパした結果www」とか、「怪しいJKリフレで交渉してSEXできるか検証してみた」等で、再生回数を稼いでいたという。(週刊新潮は「バカ丸出しのタイトル」と本気で扱き下ろしている。)

実は、漫画「新宿スワン」の如く、ミスター東大候補は風俗スカウトマンという顔も持っていたらしく、週刊新潮には彼にスカウトされて、デリヘルで働くことなった現役女子大生の証言も掲載されている。

その女子大生は、キャバクラで働きたいと思っていたが、「キャバクラより風俗の方が稼げる」とか「何百万も稼いで、海外旅行や整形して自分磨きをしている子もいる」などと言われ、デリヘル嬢になったが現在は「ダマされたという思いがあります」とコメントしている。

更には、高級ホテルでオジサンと女子大生とを引き合わせる爛僖儚莪鏡パーティー瓩覆襪發里魍催していたという。パパ活ですってよ、パパ活。パパからお小遣いもらっちゃえばいいよと女子大生を唆(そそのか)す一方、そのオジサンたちから仲介料を採っていたって事なのかな。頭いい。そりゃ、完全に女衒(ぜげん)だ。女を何の衒(てら)いもなく扱える男だ。

彼が、どのように女性を思っているのかというと、おそらくは商品になる獲物とか動物とか、そのように思っているって事じゃないんスかね。出来るかというと、おそらく多くの男性はさすがにそこまでの仕打ちは出来ない、酷過ぎると躊躇すると思う。私が思うに、こういう人は自らを全人格的優越者とし、他者、特にホイホイと引っ掛かる女性に対しては全人格的劣位者という風に処理する捕食者的な価値観の持ち主だと思う。化け物と言えば、化け物かもよ。

以下、過去記事です。

さて、東大生による集団強姦事件が世間を騒がせばかりですが、今度は慶大生による集団強姦事件であるという。週刊文春に拠れば、まさしく集団レイプ事件なんですね。しかも、中々の卑劣っぷりであったのが分かる。

後片付けに知り合いの一年生、19歳の女子学生を誘った。その後にチャラ系の大学サークルにありがちな飲み会をし、ゲーム感覚でテキーラなどを次から次へと女子学生に飲ませた。女子学生は一度、身の危険を感じて帰ろうとしたが、「階段が危ないから」などと介抱するふりをして二階の一室に連れ戻した。女子学生が気が付いたときには全裸にされており、大勢の男子学生らに囲まれていた。

レイプに及んだのは2名で、いずれも理工学部の一年生であるという。単なる強姦に在らず、男子学生は被害者の女子学生に小便をかけるなどの行為もしていた。また、それらの様子については、取り囲んでいた学生たちがスマホで撮影、その動画はインターネット回線を通じて実況中継のような事もされていたという。



東京大学の男子学生5名が強制ワイセツで逮捕されたという事件、何だか色々なものを内包していそうですかね…。

週刊文春6月2日号が報じたところに拠れば、池袋駅前の大手チェーン店で合コンを開き、その後、豊島区に住む男子学生のアパートが二次会の会場となった。その場には、後に逮捕される事になる東大の男子学生が6名と、合コン会場から、そのアパートへ流れ着いた女性は2名あったという。しかし、その二次会の不穏な空気を察して、女性のうちの1名は途中で帰宅し、そのアパートの一室は東大の男子学生6名に後に被害者となる女子大生1名という状態になった。

そうした状況下、男子学生の内の2名が主犯格として名前も報道されているM容疑者を囃し立てるような言動を取ったという。囃し立てれるままにMは室内で全裸になってから、被害者となる21歳の女子学生を全裸にして、被害者女性の胸などを触り出したという。行為はエスカレートしてゆき、お尻を叩いたり、胸を揉んだりしたという。更に被害者女性は現場で食べていたカップラーメンの残り汁を頭からかけられたり、割り箸によるイタズラを受けたという。

ん? 割り箸でイタズラか…。週刊新潮では局部にヘアドライヤーをあてるなどの行為があったとしているから、まぁ、そういう類いのイタズラでしょうかね…。

で、週刊文春が報じるところによると、被害者の女子学生は主犯格とされるM容疑者以上に、扇動していた学生2名に対しての怒りが強い旨、記されている。つまり、(主犯格のM以上に)「煽った二人の方が許せない」――と。