2017年05月27日

連続企業爆破事件〜2

◆狼グループと腹腹時計

大道寺や片岡の周囲には、やはり、法政大学の学生であるイニシャルでM子という女子学生があった。M子はヘルメットをかぶってビラ配りをしており、狼グループのメンバーの一人であったが、M子は程なく脱退した。法政大学の学生であったが退学届を出して帰郷し、東北大学医療技術短大の看護科に入学した。M子は、何故、そんな選択をしたのかというと、自らの指針を発見した為であった。

狹豕でさまざな人間の生き方を見て、ショックを受けた。いろいろ考えた末、人間を対象にする看護婦という仕事に魅力を感じた。「人間の痛み」に生涯を捧げたい

元々、M子は宮城県出身で、両親ともに高校教師という家庭で育っており、当初は大学を出て高校教師になるという志を持って法政大学に入学していたが学園紛争の真っただ中であり、一時的に行動を共にしていたものの、大道寺や片岡にはついていけず、そればかりか「自分の生きるべき道」というものを発見したかのような、それであった。

もう一人のFは、爆破実験をしている頃からの狼グループのメンバーで、長野県の両親から「どうしても帰って来い」という要請を受けて、1971年の夏に実家に帰っていた。その為、連続企業爆破事件には関与はしていないという。

僅か3名になった狼グループは、大道寺が中心となって猜∧∋計瓠覆呂蕕呂蕕箸韻ぁ砲箸いη弾技術の解説と都市ゲリラ戦の兵法書らしきものを執筆した。1973年末に執筆して1974年2月下旬に印刷して、その後に左翼系書店に郵送した。物騒な話なので逆に「腹腹時計」に関心が向いてしまいそうですが、爆弾の技術的な解説書としては現在は価値はないものだという。どちらかというと、事件解決の糸口になったのが、この「腹腹時計」であり、そこに記されていた思想背景や、裏表紙に使用されていた写真が捜査の糸口となる左翼系出版社を割り出した事に拠るという。また、この東アジア反日武装戦線のテキストが「腹腹時計」であったワケですが、掻い摘んで述べると、一般人に完全に溶け込んで活動する事が都市ゲリラにとって重要であるという事柄が強調されており、実際に犯行声明文は「東アジア反日武装戦線」とあるが、当時の警察が把握していた過激派リストには名前が把握されていないグループ名で、存在しない、まるで目に見えない連中による犯行であったという意味では特殊な事件でもあった。

(こうした市民に溶け込んでしまう事を徹底した手口なんですが、後の色々な犯罪に似ているのかも。)

1974年2月、「腹腹時計」を刷り上げたのと同時期に、左翼系出版社レボルト社を通じて、大道寺は佐々木規夫と知り合いになり、佐々木をスカウトした。この佐々木は北海道小樽市の出身。筋金入りの活動家であり、北海道大学の学生ではなかったが、北大の全共闘に参加するなどの根っからの革命兵士思想の男であった。テレビ番組などでも度々紹介されている、アパートの一室、その床下に爆弾製造工場をつくっていたのは、この佐々木である。腹腹時計の教えを実行した人物でもあり、地下爆弾工場をつくる際には、南無妙法蓮華経という御題目のカセットテープを流し続ける程の用心深さであったが、更にウラがあり、創価学会に偽装入信届を提出して、その会合にも参加していたという徹底ぶりであった。


◆大地の牙グループ

斎藤和(さいとう・のどか)は北海道室蘭市の出身。1947年11月生まれの長男であった。男児なのに【のどか】という名前は特徴的だが、それは親が「のどかで、穏やかに育って欲しい」という願いを込めて、そう名付けたという。やはり、少年期の斎藤は欠点のない模範生タイプの子であったという。創立されたばかりの道立室蘭東高校に進学し、同校の初代生徒会長を務めて、成績のトップで卒業。大学は東京都立大(いわゆる都立大)に進学した。

その都立大にも学園紛争で慌ただしかったが、斎藤和は過激な無政府主義グループの「東京行動戦線」のメンバー26名の内の一人になっていた。しかし、1971年3月には大学を中退しており、そのまま家族とも音信不通とったという。

(因みに、佐々木規夫の長兄も都立大で警察の捜査対象人物であった。また、狼グループの佐々木規夫の場合は都立大の受験に失敗し、実家の行商を手伝いながら北海道大学の学園紛争に出入りしていたところを大道寺将司と知り合いになり、狼グループに加わっている。)

この斎藤和は室蘭市出身であり、付近にアイヌ民族の集落があった。室蘭市では、中学を卒業したアイヌ子弟14人が地元企業から就職を拒否されるという、ちょっとした事件があり、その当時、中学生であった斎藤和は、「同じ日本人同士で、どうしてこんな馬鹿げた差別をするのだ」と学校や家庭で怒りをぶちまけていたという。実は、この斎藤和は、「いじめ」や「差別」といったものに対して強い反発を持ったとされるが、そんな体験が影響していると考えられるという。

斎藤和が一時期在籍していたという「東京行動戦線」は、この時代のアナーキストグループの指導的役割を果たした組織であった。先駆け的な存在で、1965年6月に結成され、アナーキスト系として全学連デモに加わり、デモ隊の先頭で機動隊と激しく衝突し、それをキッカケにして全学連を大暴動へと導こうとするような非常に危険視された過激な組織であったという。1967年2月28日に「無政府共産党」が旗揚げされ、「東京行動戦線」は、その前身組織だという。この斎藤和が「無政府共産党」に名を連ねていたのかどうは判然としないながらも、斎藤和は、後に太田竜が北海道静内町で起こしたシャクシャイン像の台座破損事件(1972年9月)に関与していたとされるので、東京行動戦線の後は、佐々木規夫らと一緒にアイヌ解放運動へと傾倒していったのが分かる。

東アジア反日武装戦線・大地の牙グループは、この斎藤和を中心にしているが、斎藤和と同棲関係にあって、この爆弾闘争に加わっていたのが浴田由紀子であった。

浴田は山口県長門市出身であるが山陰本線の長門駅から13キロほど奥に入った20戸ほどの小さな集落の零細農家の長女であったという。1950年生まれ。この浴田は高校時代には周囲から「議論好きな少女」として評価され、クラスメートの男子に議論を吹っ掛けたり、得意にしていた化学の授業では教師をとっちめるような、気の強い女性生徒であったという。しかしながら、この浴田はゲバ学生に嫌悪感を持っており、ゲバ学生がいる大学には進学したくないと志望校を転々と変えて、最終的には北里大学衛生学部を選んでいた。

大学ではいつも一番前の席に座り、レポートも欠かさぬ真面目っぷりで、卒業試験の成績でも170人中10位と優秀であった。

ゲバ学生が嫌いという、この浴田が何故、東アジア反日武装戦線のメンバーになったのか? ここは単純に不思議ですが、先ず、大学三年のとき、この浴田のボーイフレンドが新宿東口交番に火炎瓶を投げ込いれたとして逮捕され、浴田は必死に裁判支援などをするようになったという。当時の浴田を知る旧友らに拠れば、そのボーイフレンドの身柄拘束をした国家権力に対して、何やら怒りの感情を募らせたのではないかと見ていたという。

大学を卒業後に42歳のミクロネシア人男性と同棲を始めるが、僅か半年後に、そのミクロネシア人男性は浴田を一人アパートに残して帰国してしまったという、悲恋を経験したという。その悲恋の後に、浴田の前に現われたのが、斎藤和であった。そのまま、斎藤和と親しくなり、思想に共鳴して東アジア反日武装戦線に参加してしまうのだ。

この浴田由紀子と斎藤和との関係というのは、ひょっとしたら、男女関係の目線で捉え直してみる事ができる。実は、斎藤和は、この浴田由紀子に対して本名を隠して、「タカシ」という偽名で交際を始め、かなりの長期にわたって「タカシ」という偽名が使用されていた可能性があるのだという。斎藤和と浴田由紀子が同棲するようになるのは、後述しますが、東アジア反日武装戦線の「大地の牙」として、三井物産ビル爆破事件(1974年10月14日)を起こした後なのだという。


◆さそりグループ

さそりグループの中心人物は、黒川芳正で1948年生まれ。東京世田谷生まれながら、小学二年のときに父の転勤によって山口県防府市に転居し、その後は宇部市で高校を卒業。この黒川の少年時代は「おとなしい子」で、趣味はラジオの組み立てであり、どうやら印象の薄い少年であったよう。一浪して都立大に入学し、ここで学園紛争に傾倒した。1967年10月8日に発生した第一次羽田事件で、全学連が機動隊と衝突し、58名が逮捕されたが、その中の一人が黒川であった。1968年1月にも原子力空母エンタープライズ寄港阻止として、東京・飯田橋駅付近で学生らが機動隊に襲い掛かった事件が発生、131名が逮捕されたが、そこにも黒川がいたという。

都立大でもセクト争いは激しく、黒川自身も中核と行動を共にしていたが、後に一匹狼として「哲学闘争委員会」なるものを立ち上げて、ガリ版刷りのビラを配るようになったという。しかし、賛同は得られずに孤立し、大学に姿を見せぬようになり、1971年3月には授業料未納により除籍となった。論文なども多数執筆していたといい、連合赤軍批判、新左翼批判であったというから、或る意味では純正なアナーキズムを模索していた可能性もありそうですかね。

黒川は高田馬場の職業安定所に通っているときに、佐々木規夫と知り合ったという。そこで佐々木が大道寺の話を持ち出すと、黒川は飛びつく事となった。大道寺は「流動的労働者から革命は起きる」という持論を持っており、それを聞かされた黒川は、大道寺に共鳴した。(日雇いなどの労働者など、窮民の救済というのが大正時代のアナーキズム思想にあり、その窮民救済思想に共鳴した。)

さそりグループは、この黒川の他に、明治学院大学の桐島聡と、イニシャルUから構成されている。この桐島とUの明治学院大生は、同和問題を通して、黒川芳正と知り合いになったという。桐島聡は広島県出身で1954年生まれ。「青春のすべてを犠牲にしてガリ勉になって何になるのか」等とクラスメートに語っていたというが、旧友らの評では「熱しやすく冷めやすい性格」であったという。同和問題の研究サークルで、Uと知り合いになり、そのまま、労務者が巣食う山谷に出入りしはじめて、桐島とUは、黒川と出会う。

イニシャルUはというと、1952年生まれで、出身は東京・品川区。少年時代の評判は「いつもニコニコしていて、ひょうきんな性格」であったという。明治学院の中学・高校に行っていたが、高校生の頃から社会問題に傾倒しはじめ、ホームルームの時間に「沖縄の基地問題について」や「同和問題について」というテーマで教壇に上ったという逸話を残している。涙を流しながら、「同和問題について考えよう」と訴えたというのだけれども、つまり、そういう一面を持った高校生になっていたという。


オフィス街を震撼させた連続企業爆破事件を起こした東アジア反日武装戦線とは、20代の若者たちらによって組織されていた。

狼グループ⇒大道寺将司(26歳)、大道寺あや子(26歳)、佐々木規夫(26歳)、片岡利明(26歳)

大地の牙グループ⇒斎藤和(27歳)、浴田由紀子(24歳)

さそりグループ⇒黒川芳正(27歳)、桐島聡(21歳)、U(22歳)

(年齢は逮捕時の年齢。桐島聡とUについては事件時の年齢。)


なんだか「真面目ないい子」というのが、意外と行き場を失って過激な思想に染まり、そのまま行ってしまったというパターンが多いような気もしますかねぇ。そういえば中学時代の同級生に驚かされた事があったかなぁ。読書感想文の発表をしていたのだけども、その子は「太宰治の『人間失格』を読んで」という感じの発表をしていたんですが、途中で、その子の声が聞こえなくなったんですね。

発表が止まってしまったので、教室内がざわつき始めて、みんなが、その子の方に視線を向けたら、泣いちゃってたんです。ちょっと泣いているという感じじゃなくて、顔を紅潮させてぼろぼろと大粒の涙を流し、鼻からはつーっと透明の糸を伸ばしちゃっているような、静かなる号泣状態でした。

「マジで泣くなよォ」

「性格の暗い奴に限って、暗い小説を読むもんだから」

という具合の冷やかしの野次が飛んだのに、その子の落涙は終わらなかった。教師も、「え? どうした?」という反応。その後に教師が「思い出しちゃって感極まったったんだな、よし」という具合に、その騒動を収集させたのでした。

しばらく時間が経過してから、その子に直接、「そんなに『人間失格』って悲しい話だっけ?」と尋ねたこともあるんですが、なんだか、うやむやな回答だったかな。

『人間失格』って、私には、そんなに泣ける箇所というのが見当たらなかったんですよねぇ。推察するに、例の道化として生きてきましただか、恥ずかしい一生を過ごしてきましただか、あの箇所というのが、その子の琴線に触れたのだろうとは考えましたが、ホントのところは分からず仕舞いでした。ただ、案外、それぐらいの年齢でもヒトというのは心の闇とか暗部というものを抱えているのかもね。

2017年05月26日

連続企業爆破事件〜1

偶然なのか昭和の時代の過激派関連の報道が続きました。一つは渋谷暴動事件で警察官を殺害したとして指名手配されていた大坂正明容疑者が46年もの歳月を経て逮捕されたというもの。もう一つは、大道寺将司死刑囚が病死したというものでした。

どちらも「過激派」なのですが、政治思想の背景としては大坂容疑者は新左翼に分類される中核派であり、大道寺死刑囚は新アナキズムとでも呼ぶべきもの。ただ、この派閥やグループというのは中身は曖昧で、「東アジア反日武装戦線」のリーダーが大道寺将司であるが、この東アジア反日武装戦線というのは、狼グループと、さそりグループと、大地の牙グループがあり、アナーキズムを地でゆくような比較的無統制な集団であった。各グループの構成員にしても3名程度の少人数であり、実際に、この東アジア反日武装戦線が仕掛けた倏弾戦争瓩蓮⊆尊櫃貌本を震撼させたし、戦後日本の思想史として並べた場合にも特異な思想テロ事件であったと思う。

余り語られない話だと思うので、この機会に触れると、先ず、この東アジア反日武装戦線というのは、その名の通り、反日思想という一点で結び付いているが、統制らしい統制はなく、アナーキズム原理を地で行くような組織であった。実際に赤色系の過激派はアジトらしいアジトを有しているが、アナーキズム系の思想は統制する事そのものを否定する気質があるので実際に、この東アジア反日武装戦線はアジトらしいアジトはなかったといい、この結成初期には各グループのリーダーが連絡を取り合う程度の繋がりしかなく、捜査陣泣かせの特殊な過激派であった。


◆大道寺夫妻

大道寺将司は1948年6月生まれで、北海道釧路港近くの生まれ。小学生の頃は閉じこもりがちな少年であったが中学に入ると成績はクラスで一番か二番という優等生であったという。その後も地元の名門高校に進学したが髪型はいつも短髪で詰襟制服のボタンもきちんとかけている真面目な生徒で、クラスメイトも地元住民も、一様に「模範生」のイメージしか持っていなかったという。

しかし、周囲が気付かぬ間にアナーキズムに傾倒していた事が分かっている。大阪外語大学に進学を希望するも失敗し、その翌年も大阪に残る。この浪人時代に1967年に羽田闘争で自分と同じ19歳という年齢の京大生がデモで死亡したというニュースを受けて大きなショックを受け、1968年に上京。四谷のラーメン店に就職しながらデモに参加するようになり、警棒で殴られるなどの経験もした。「社会主義研究会」なるもので法政大学の学生と知り合い、法大を受験するように勧めれた事がキッカケとなり、1969年に法大に入学している。

大道寺の初恋は高校時代の同級生であった。その女子生徒は成績がオールAで、クラス一の秀才。しかも性格がやさしいと評判で、母親のいない同級生が入院したときには実際に自分でサラダや手料理をつくって毎日のようにお見舞いに通っていたという。クラス一の秀才でありながらやさしい性格だという女子生徒は、多くの男子生徒から憧れられるマドンナ的な存在であったという。そのマドンナは高校の卒業式は卒業生総代として答辞を読み、薬剤師になって病気の人を助けるのだと競争率26倍の星薬科大学に推薦入学を果たしていた。その女子生徒の名は「駒沢あや子」であった。(これは後の大道寺あや子である。)

1969年の夏に大道寺将司は釧路に帰省し、そこで初恋の同級生・駒沢あや子と再会をした。聞けば東京の大学に通っており、学生寮に入っている事から、東京に戻ってからは、一緒に「社会主義研究会」に通うようになり、二人の距離は近づいた。1970年の春になると、駒沢あや子は学生寮を出て荏原の下宿に移り、その下宿には頻繁に大道寺将司が通うようになったという。そして、1973年、郷里の釧路で質素な結婚式を挙げた。

大道寺あや子は化学薬品会社に就職して薬剤師として臨床検査の試薬をつくる仕事に就き、大道寺将司は雑誌販売会社に就職した。

二人は釧路をきっかけに東京に戻ってからも、大道寺と駒沢あや子は一緒に「社会主義研究会」に出掛けるようなになった。社会主義研究会なる会合は土曜の夜から徹夜して日曜の朝まで続けられる研究会であったという。

この東アジア反日武装戦線のイデオロギーというのは、いわゆるボルシェビキの系譜の共産党イデオロギーとは関係がなく、そもそも統治機構は不要か最小限で充分ではないのかと思考する無政府主義思想(アナーキズム)の系譜で、しかも武力革命の必要性を強調して、実際に武力革命に身を投じた若者たちが構成員なんですね。当時は学生運動が盛んだったらしく、そこではセクト争いが激化していた。そのセクト争いに辟易とし、勿論、法政大学といえば学生運動が盛んな学風で知られますが、やはり、主導権を握っていたのは従来の左翼思想から一つ脱皮を図ろうとしする新左翼の中核派であったという。そんな中、大道寺は「今の学園紛争はセクト主義に走り過ぎている」と感じるようになり、おそらくは狹一武装戦線瓩箸い構想に到ったものと考えられる。

大道寺は、学内で開成中学、開成高校という東大、早稲田コースの進路を進めながらも、それでいて法政大学に在籍していた片岡利明と知り合う。二人は共に、学生運動のセクトの在り方、そのピラミッド型の組織運営に不満を抱いていた。一元的な管理体制を敷くというのはボルシェビキ型の組織運営であるワケですが、アナーキズム思想の場合は、思想的背景から同一組織内であってもピラミッド型や一元的管理体制をヨシとしない。大道寺と片岡はノンセクト、セクト問題を抜きにして全共闘運動を始めようと意気投合し、新宿西口のションベン横丁の居酒屋で酒を酌み交わすような関係に発展していった。(因みに、この片岡利明は元々は「ときわ台教会ベ平連に所属していた。「べ平連」とは、鶴見俊輔らが立ち上げていた「ベトナムに平和を!市民連合」の略で1974年に解散している。)

大道寺は全共闘に期待していたが、そこで展開されていたのは相変わらずのセクト間による主導権争いであった――。

1970年3月31日には、赤軍派の田宮高麿ら9名が、よど号ハイジャック事件を起こす。サブカル的な視座からすれば、この田宮高麿は「われわれは、あしたのジョーである」という発言を残した人物でもあるワケですが、それが「よど号事件」が本当に意味していたものは、「日本国内で武力革命を成功させるのは困難であるから北朝鮮に亡命し、後に再上陸する」という意味でもあった。それに対して、大道寺が模索していたのは飽くまでも日本国内に於ける武力闘争、武力革命であった。

そして、大道寺は一つの、余りにも罪深い結論に到達した。(本人も晩年は改悛していたので、ホントは「してしまった」かな。)「機動隊を有する警察に武力闘争を仕掛けて勝利するにはどうすればいいのか?」と思案してゆくうちに、その悪魔的な、倏弾闘争瓩箸いΨ誅世鯑海出した。

これが東日本反日武装戦線のヤバさでしょうか。このニュアンスを今風に言い換えるなら、「ガチでやるのであれば、爆弾闘争だよな」的な、それですね。先日、取り上げた中村泰(なかむら・ひろし)は確かにゲリラ訓練を受けていたが、無差別テロは考えた形跡はなく、飽くまでも「一発の銃弾で歴史は帰られる」という要人テロ思考なんですね。しかし、東日本反日武装戦線の場合は、「銃弾」ではなく、「爆弾」を選択している。勿論、最初から一般人を標的にするような爆弾闘争を仕掛けたのではなく、要人テロや恫喝の武器にしての闘争を意味していたのですが、都市ゲリラ戦の手法としては、かなり過激な戦いを仕掛けてきた人々であるワケです。

政府に対して爆弾闘争を仕掛けるという構想で、最初は7名ほどが集まり、北海道の原野で爆破実験を行なった。しかし、爆弾を使用すれば死傷者を出すことになるであろうという思いから最終的には3名が去って、4名だけが残った。(キリスト教徒の片岡は爆弾を使用する事に心の整理がつかずに半年ほど去っていったが、後に戻っている。)

発足メンバーは、大道寺将司、大道寺あや子、片岡利明、それと、イニシャルFの僅か4名であった。


◆爆弾闘争の季節

爆弾闘争の火蓋を切って落としたのは、大道寺たちではなかった。この頃の過激派闘争はピークであり、他の左翼系の過激派によって、爆弾闘争の火蓋が切って落とされた。

1971年6月27日、沖縄返還協定反対闘争で、東京・明治公園で機動隊が赤軍派に鉄パイプ爆弾を投げつけられ、機動隊員26名が負傷を負った。それを皮切りに、交番爆破が数件続く。

1971年8月22日には警視総監公舎爆破未遂事件、警視庁大橋荘消火器爆弾事件が発生。

1971年9月25日、赤軍派の機関紙「赤い星」の中で、爆弾闘争への突入を宣言。

1971年10月18日、港区の日石本館地下郵便局にて、後藤田正晴・警察庁長官、今井栄文・新東京国際空港公団総裁、それぞれの自宅宛ての郵便小包が爆発し、郵便局員1名が負傷。

1971年12月18日、当時、警視庁警務部長であった土田國保邸に届いた小包が爆発。これによって民子夫人が死亡して、四男が重傷を負うという小包爆弾事件が発生。これは後に警察庁長官になった土田國保をターゲットにした爆弾事件であり、本格的に日本列島全体が爆弾戦争に巻き込まれた事を意味している。また、この土田は第70代警視総監として、連続企業爆破事件の見えない敵「東アジア武装戦線」と対決する人物でもある。

その僅か5日後の同年12月24日、クリスマスイブには新宿伊勢丹の脇、四谷警察追分派出所に置かれていたクリスマスツリー爆弾が爆発し、警官2名と市民10名が重軽傷を負った。このうちの警官一名は、左足を吹き飛ばされ、右目を失明、左手の指4本を失うという大怪我であった。

大道寺たちのグループは、大道寺将司と片岡利明が爆弾の製造にあたっていたが、爆破実験をしてみるも不発であったり、思うように爆弾を製造できなかったという。

片岡は電気工作技術を身に付ける為に、1973年4月から東京都立赤羽高等職業訓練学校の機械科に入り、本格的な勉強をしている。爆弾の製造に必要な爆薬の種類、性質、また、爆体となる金属の威力、配線などの技術と、改造拳銃を製造する為に必要な旋盤技術や火薬調合の勉強も開始する。訓練校を卒業後は会社を転々としながらも機械工や設計助手として生活しており、しかも仕事熱心で休日出勤にもイヤな顔を一つ見せないので、社内での片岡の評判は高かったという。

2017年05月25日

官邸が揉み消す為に投下した下半身醜聞爆弾

森友学園問題から波及して展開されている加計学園問題は、さながら情報戦争に発展していますね。

先ず、加計学園問題を国家戦略特区に指名させる為に何某かの政治的な力が働いた可能性があるのではないかという疑惑があった。それが後に朝日新聞が報じられた。その文書には「総理のご意向」と記された文言が記されていた。

当初から、官邸側は官邸関係者に近い部分に「文書の出所は分かっている。心配は要らない」という具合に御用学者らにレクチャーし、御用学者らがまんまとテレビで、それを匂わせて、「これが第二の永田メール事件になる」というニュアンスを巷間に流した。どことなく、チキンレースの様相が漂っての、「総理のご意向」文書であったワケですね。

確かに朝日新聞の勇み足があったかも知れない。先に述べてしまうと、「総理のご意向」文書をリークしたのは前川喜平氏は前文部科学省事務次官であった。官邸サイドから流布している情報では、前川前事務次官が「ご意向文書」を携えてマスコミ各社にリークを持ち掛けたが、よそのマスコミはウラどりが取れないのでボツにしたが、そんな中で朝日新聞だけがウラどりもせずに、捏造された怪文書に引っ掛かって報じたものという風に情報を流布しているが、週刊新潮では、そのようには報じられていない。

この部分は、ひょっとしたら官邸サイドが、ネット空間をはじめ、巷間にある狡日新聞アレルギー瓩鰺用した印象操作をしている可能性がありそうですかね。というのも実際には、その「ご意向文書」の存在を最初に報じたのはNHKであり、日付としては5月16日の21時32分の「ニュースチェック11」で、文書の映像を映していたという。その翌日の朝刊となる17日付の朝日新聞が「ご意向文書」を報じたのが正しい時系列であり、安倍政権の情報部隊的なネトウヨ的な言説としての、「また朝日のみがバカだから引っ掛かった」という言質は誤まりで、一種のフェイクニュースの可能性が高いと確認できてしまう。

NHKでも、事態を重くみて、前川氏のインタビューなどを収録していた。しかし、そこで今度は官邸サイドが、前川氏の下半身スキャンダルをリークして、この「ご意向文書」に係る信憑性そのものの揉み消しを画策した。NHKの場合は事前にインタビューを収録していたが買春疑惑が持ち上がっている元官僚の話に丸乗りして、安倍総理を追及するのは危険ではないかという運びとなり、局の上層部の判断によって、実際に報道がお蔵入りになったという。

朝日新聞側にも週刊新潮はアテている。

うちのネタ元も前川さんです。ただ、記事にしたあとに、官邸スタッフから、安倍総理周辺は、どこかのメディアと組んで前川さんに人格攻撃を仕掛けようとしている。その結果、前川さんの出した文書の信憑性が問われ、丸々報じた朝日も恥をかくことになるから瓩噺世錣譴泙靴

うーん、おそらく、前川喜平氏の下半身スキャンダルを報じたのは22日付の読売新聞ですナ。これ、そのまんまじゃないのかな。歌舞伎町の「出会い系バー」なる風俗店に通っているというもの。出会い系バーなる風俗では女性との交渉次第では相場としては2〜3万円で買春をできることがあるという。つまり、出会い系を装った風俗サービス店である、と。

冷静に考えて、これ、読売新聞が報じる内容だと思うますゥ? 確認してみると確かに社会面(31面)、連載漫画「コボちゃん」の脇に、狒粟鄙絢ヾ噂于颪し魯弌篠未き瓩箸い三段抜きの見出しを使用し、小見出しには猜顕幣丙濘γ罅∧親夜瓩搬任辰討い襦おいおい、筋金入りのイエローペーパーよのォ。

読売の社会面の記事から抜粋しますよ。

関係者によると、同店では男性客が数千円の料金を払って入店。気に入った女性がいれば、店員を通じて声をかけ、同席する。

女性らは「割り切り」と称して、売春や援助交際を男性客に持ちかけることが多い。報酬が折り合えば店を出て、ホテルやレンタルルームに向かうこともある。店は直接、こうした交渉には関与しないとされる。

複数の店の関係者によると、前川前次官は、文部科学省審議官だった約2年前からこの店に通っていた。平日午後9時頃にスーツ姿で来店することが多く…


結構、長文の記事なので以下略です。12文字×69行も紙面を割いて、別段、有罪が確定したワケでも逮捕されたワケでもない元事務次官の風俗店通いを報じているというのは異例でしょう。「摘発は難しいが売春禁止法で禁じられている」という程度の内容の記事だし、読みようによっちゃ完全に恫喝的な記事だしねぇ。

しかも、この記事は、夕方に北朝鮮によってミサイルが発射された21日の事を報じている記事と、「コボちゃん」とに挟まれている。この紙面レイアウトには、或る意味では驚かされますけどね。。。。提灯持ちもいい加減にしなさいよってツッコミたくなるレベル。

だって、一事務次官の風俗通いというものが、そんなにニュースヴァリューがありますゥ? それこそ勤務時間中にサボって公金で風俗通いをしていたという話ではないんですよ。ホントに、これは社会面で扱う記事か? 官邸から頼まれて、「へえ。お安い御用で!」と応じてみせた記事に思えるよ。

しかも下半身スキャンダルを利用している下劣な品性というのも、保守的、右翼的な日本人の美意識に反しているポイントだと思う。いわゆるB層、昔風に言えばオンナコドモをダマすかのような、その低俗な情報操作の悪辣さというものにも嫌悪感が沸く。「日本人もナメられた、穢されたもんだよなぁ」という、そういう民族感情が喚起すると思う。


さて、週刊新潮からの引用です。

つまり、安倍官邸は警察当局などに前川前次官の醜聞情報を集めさせ、友好的なメディアを使って取材させ、彼に報復するとともに口封じに動いたという。

また、結文は以下です。

もしかすると、安倍総理は政権発足以来最大の窮地に立たされかねなかった。しかし、告発者である前川前次官の下半身スキャンダルを暴くという防衛策を講じたために、不発弾として処理できそうなのである。

うーん、国会議事堂もホワイトハウス以上に醜聞まみれなんですけどねぇ。

因みに、この前川氏の妹は中曽根弘文氏に嫁いでいるという。この中曽根さんは大勲位の息子さんで外務大臣もやった、あの中曽根さんですね。



米国の場合は、大統領に係る疑惑に対しても特別捜査官が任命され、捜査が行われるという。日本の場合は、さて、どうなるんでしょ。

日本の場合は記者クラブ制度というものがある上に、伝統的に記者は政治家や政府高官から情報を仕入れて、その極めて人間関係の濃密なコミュニケーションによってネタを仕入れる御用メディア型なんですね。提灯持ちメディアと言い換える事も可能かな。また、官房長のような政府が行なう発表を、そのまま報じる発表報道というスタンスなんですね。

これに対して、アメリカの場合、政府高官や政治家自身とジャーナリストとの間柄は緊張関係にあり、一応は守秘義務の意識が高い。調査報道と発表報道との差異ですが、日本の報道、特に記者クラブ制度などは発表報道に偏りがちであり、調査報道の意識が低いと思う。スポーツライターにも同じことが言えて、中田英寿登場以降はアスリートは報じて欲しい内容しか報じさせず、つまり、批判的な事を欠く記者からの取材は受けつけなくなったとしている。スポーツライターというのは、ジャーナリストのようであるが批判はしない発信者であったりすることに気づかされる。サッカーなどは、批判あってのサッカー報道であろうに、或る時期から日本のスポーツジャーナリズムは名前こそそうであるが、広報担当になってしまっているんですよね。プロ野球も同じで、カワイコちゃんが取材して、アスリートの素晴らしさを喧伝するが、不愉快な思いをさせるような批判や批評はしない。或る意味では仲良しこよしで結構なのだけれども、やはり、批判精神を忘れたスポーツライターというのは、歌を忘れたカナリアって事でしょうねぇ。

なんていうのかな、テレビのバラエティ番組などにも垣間見えるんだけれども、楽屋ネタというか、仲良しこよしの内輪ネタで、ふざけっこをして、おしまいになってしまったりする。少しでも、芥子粒やワサビというピリリとした異物があると排除してしまう。毒舌やホンネトークなんてものを掲げながらも、実際には「タブー」を破っておらず、スポンサー思いのいい子ちゃんで、枠の中で暴れてみせるテクニックを競っている感じですよね。過激にみせるのだけれども、ホントは過激ではない。ベッキー程度は安全を確認して口汚く罵ってみせるが、ホントに毒舌を吐いたら問題になりそうな大手事務所所属の芸能人の事は、口が裂けても罵らない。

情報に流され易い「B層」を粗悪なマスコミが育成して操縦しつづてくれているから、このトーキョー発の衆愚型ポピュリズムは、どうにもならないんですよねぇ。空気を読めと迫る息苦しさなんてのも、これでしょ? ホントは? 社会学者にしても少子化に関して不都合な事実は、発表すると論文が評価されなくなってしまうから、意図的にボツにするらしいよ。ラジカルなフェミニストからの圧力が怖いし、ホントの事を書いてしまうと学界で評価してもらえないという。つまり、ホントは【発表バイアス】が実在しているんですよね。ホントの事だけれども、これを言ったらオレの立場が悪くなてしまうか、と。で、日本文化というのは、コレに流され易いという事じゃないの? 

これが今どきの日本の情報支配構図だと思う。疑獄事件に展開してもおかしくないが、もう、東京という場所はみんな仲良しこよしで繋がってしまっているからねぇ。東京地検あたりが機能してくれる事に期待したいところですが、どうだか。

あ。本日発売の週刊文春には前川氏が登場しており、これまた朝日新聞と同様に、文春砲に対しても撹乱する為に、あのオデコの広い赤ら顔の番頭さんが恥知らずにも、諜報戦を仕掛けて印象操作をしていたという事なんじゃないの? 違うの? このパターンだと警察権力を官邸が私的な用途で使ってしまった事になるんじゃないの?

あれだけテレビに出まくっていた山口敬之氏の準強姦逮捕中止騒動もそうなんだけれども、官房長秘書官が警視庁の元刑事部長だから、そっちから風俗店の情報を引っ張ってきて密告者の前川氏を捻りつぶそうとしたというシナリオじゃないの? 

拙ブログ:山口敬之氏に係る週刊新潮報道について〜2017-5-19

拙ブログ:続・山口敬之氏に係る週刊新潮報道について〜2017-5-20

野党の責め方には不満もありますかねぇ。バカの一つ覚えみたいに総理を攻撃しても意味がない。今のタイミングであれば証人喚問のターゲットは、北村滋内閣情報官と中村格官房長秘書官でいいんだと思うけどなぁ。展開によって山口敬之氏にも繋げることが出来るし、実は材料は豊富でしょう。読売新聞に提灯記事を書かせたのは誰であるかとか、逮捕を中止にさせた事に誰かの指図はあったのかとか質問できる。先ずは、その2氏に対して、重圧の中で嘘に嘘を塗り重ねさせる。次から次へと苦しい嘘を並べさせてやるのがいい。嘘というのは重ねている内に辻褄が合わなくなり、やがては決定的な矛盾が発覚する事になると思う。真実が武器になるというのは、そういうケースだろうしね。

2017年05月24日

政治思想の分類について

ジェイン・メイヤー著/伏見威訳『ダーク・マネー』(東洋経済新報社)の著者は、ニューヨーカー誌の記者だという事もあってか、使用する用語が異なるので混乱し易いなと感じている。或る意味では正しいのだけれども、その分類を受け容れてしまうと更なる混乱を生みそう。

情報渦の中、無数の、実際には無限に近い政治思想があるワケで、分類分けしたときに或る種の「レッテル貼り」が生じてしまい、それが物事の理解を複雑にしてしまう。

先ず、特徴からすると著者はオバマ前アメリカ大統領を非常に高く評価している。この辺りがニューヨーカー誌のスタンスなんでしょか。うーむ。ニューズ・ウィーク誌、ニューヨーク・タイムズ紙なんてのも、近い論調なんスかね。ホントに知らないから推測で述べてますが。まぁ、おそらくは、世界一の大都市とされるニューヨークを根拠としたリベラル思想なのであろうと推測します。

で、ウォール・ストリート・ジャーナル紙がありますが、こちらは、やや経済問題重点型。日本に於ける日本経済新聞のようなニュアンスが加わる。ニューヨーク型のリベラル思想に準じていると推測。そして、ワシントン・ポスト紙になると名称からイメージするに原則的にはホワイトハウス型で、やや政治問題重点型と推測。いわゆるリベラル思想であっても、こちらには保守思想も混在していますかね。

テレビ局になると、さっぱり分かりませんが、FOXテレビが顕著な保守カラーなのは有名で、それはかなり鮮明に確認できそうですかね。おそらく、ニューヨーク型のリベラル思想からすると、「このFOXテレビというのは同じアメリカなのだろうか?」と考えさせられるほどの乖離があるんじゃないのかなって思う。FOXの系列のケーブルテレビを視聴していると、確かにバイオレンス映画、アクション映画が豊富なラインナップされている。刺激的なんですナ。番組案内をみていると、野暮ったさを残す白人女性が露出の多い銀色の宇宙服みたいなもの、映画「エイリアン」シリーズで、シガニー・ウィーバーが着用していたような未来的なセクシーコスチュームで登場し、レーザーガンを、ズビズバと発射して、そのレーザービームが放たれる都度、予定されている番組ラインナップが紹介されている。娯楽番組のラインナップ一つにしても脳天直撃型で、高刺激なコンテンツが揃っている。

さて、この中で、「オリバー・ストーンのもう一つのアメリカ史」は、どういう米国のメディアに属すのかというのが気になったのですが、確かアメリカ国内では一つの放送局が一度だけ放送したという程度だったのかな。何故なら、アメリカの暗部にも触れてしまう過激な内容だから。でも、不思議なんですよねぇ。

内容というものが、おそらくは既存のアメリカのリベラル思想にも合致しないし、保守思想にも合致しなかったのでしょう。アメリカ人は「もう一つのアメリカ史」について、左翼思想、共産主義の称賛だと評されたりしたという。ですが、それらは誤まりで、より正確に名称をつけようとすれば反アメリカ主義か、或いは反帝国主義ですやね。それが当事者というのは理解できなくなり、意にそぐわないものには「あれは共産主義だ!」という具合にレッテル貼りをしてしまう、レッドパージ時代の思想遺伝子がアメリカ人の中に残っている事を証明してしまっている。多くは、右派、保守系ですが、それでいてリベラル系も、きちんと整理できているのかどうかは怪しい。

オリバー・ストーン監督にしても、従軍慰安婦問題はシャープに捉え切れていない。ホントは、遥かに日本の歴史修正主義者の方が的確に歴史を語っており、慰安婦問題というのは日本に於いて起こった特殊な性奴隷制度ではなく、何処の国の軍隊にも問題が内包されていた「戦地の性」の問題でしかない事には気付いていない。兵士らの性欲を処理する為に現地で売春婦を調達して春を買っていたのがアメリカ軍の戦地の性の処理方法であったが、旧日本軍の場合は性病の蔓延を懸念して慰安施設を設けていたという話であり、しかも、吉田証言の真実性は完全崩壊しているのだから、強制連行への関与も低くなったのは、歴史的真実でもある。勿論、一部では強制連行めいた出来事もあっただろうと推測できるので、事実無根を説明するにも一定の配慮は必要となりますが、それらを踏まえても、国連やそれに準ずる国際機関の認識は著しく誤まっている。正確に物事を認識できていないんですよね。平気で【セックススレイヴ】なんていう造語を公然と使用し、バカみたいに韓国系の反日ロビー団体の主張を信じて、慰安婦像などという恥さらしな銅像を建てていたりする。


話を政治思想のレッテルに戻しますが、おそらく、アメリカ人の言うところの左翼とは、アメリカのリベラル思想体系と保守思想体系に反するものを、既にサヨクと混同しており、それはマルクス主義を指していない。正確性を欠いたまま、ただの記号として「左翼」が使用されている。

そして現実問題として現在のアメリカが直面しているのは、リバタリアンを巡る問題でしょう。確かに、保守思想を自認しているような連中がリバタリアン思想と親和性が高いというのは、不思議と言えば不思議なんですが、真の思想対立は、既成リベラル路線とそれに反対する人々だから、共闘は有り得るという状況になっている。しかもリバタリアンの側が、生活に窮民しているミドルアメリカの人々の不満を巧妙に吸い上げた、或いは拾い上げているのも事実なんですね。ニューヨーク型のリベラル思想というのは、自分たちこそが基準だから、実際にミドルアメリカの人々の不満を生み続けて歩んできている。

昨年のアメリカ大統領選で、ヒラリーに投票するのも、トランプに投票するのも、どちらにしても地獄のような投票だという状況は、そのようにして生まれたという事なんだろうなと思う。今年のフランス大統領選でも、同じような状況が生じましたよね。どちらにも投票したくないという、状況というのが。

巧く、民意の調整がつかなくなってきているという事でしょうか。既に民主制(民主主義)が末期に差し掛かっているから、寡頭制になっているという話が『ダーク・マネー』にも登場している。民主制や君主制、貴族制という体制が行き詰まったときには、必ず寡頭制という少数エリートに拠る寡頭が発生すると指摘されている。それはアリストテレスやプラトンの時代から指摘されている統治の政治形態の話なんですね。

はて、現在のアメリカの実質的な統治形態は何かという場合、それは犇睛参鋲制瓩任△襪箸いΑごくごく一握りの大資本家が経済はおろか政治的な実権までをも手中に収めてしまっているという状態を、金融寡頭制と言うんですね。

トマ・ピケティが指摘したのは「世襲資本主義」という用語であり、富裕層はいつまで経過しても富裕層のままである事、実は資本主義とは「資本家が勝ち続けるルール」である事を指摘したものであった。それにアメリカの場合ともなると、1%にも満たないというスーパー富裕層が君臨してしまい、政治政策そのものを税制をも含めて支配してしまっており、単なる資本主義体制の終焉ではなく、政治体制としての民主制(民主主義)の終焉がホントに近づいてきたのではないか――と。

2017年05月23日

「ティーパーティー」と「草の根運動」考

ジェイン・メイヤー著/伏見威訳『ダーク・マネー』(東洋経済新報社)については、相対主義が徹底されていないので実は読み難いとは先述した通りなのですが、それでも、著者が指摘している事が事実無根というワケではない。シンクタンクであるとか、非営利団体であるとか、或いは御用学者や、その研究機関、更にはマスコミそのものに対しても、資金源があり、実際に政治思想を反映したカネが回流しているというのは、事実。

そして、この話というのは【ポピュリズム】と関係している。つまり、政治思想のある出資者が財団を形成して、その財団が資金源となって研究なり、プロパガンダが行なわれる。しかも、乱立されている非営利団体は表向きは政治思想を隠しているし、実質的にはロビー活動をする団体に過ぎなかったりもする。ポピュリズムが関与してくるのは、ここから先の事となりますが、つまり、煽動的プロパガンダが実際に大衆運動を惹き起こすというんですね。ああ、このポピュリズム論というのは、確かにファシズムやナチズムに登場するポピュリズム原理に似ていると言えば似ている。

で、その一例として、ティーパーティー運動について。

一般論として、ティーパーティー運動は自然に燃え上がった政治活動であると理解されている。しかも、それは、あながち間違っていない。

では、丸っきりの自然現象で登場したものなのかというと、それも異なる。集会を仕切ったプロフェッショナルな者が陰には居たし、それら活動家たちに資金を出しているスポンサーもあった、の意です。

ティーパーティー運動が生まれた瞬間というのは、2009年2月19日であるという。テレビ番組の中継があり、その番組にレギュラー出演していた「リック・サンテリ」という元先物トレーダーが、シカゴ・マーカンタイル取引所からの中継中に興奮して喋り出し、後に「サンテリの叫び」と題される演説を始めてしまった事に始まるという。

これはオバマ政権が発足してから間もなくの事であり、タイミングとしてはオバマが住宅所有者数百万人のローンの組み直しを政府が緊急に支援すると提案した事柄が発端であった。そのビジネスニュース番組(固有名詞がふんだんに使用されている文章なのに、何故か番組名の表記なし)では、リック・サンテルが主演する数分前までは、住宅ローンの管理回収に関わっていたウィルバー・ロス・ジュニアという金融アナリストが出演して、オバマ批判を展開させていた。その中継をバトンタッチされたのが、リック・サンテリであったのだ。

リック・サンテリは、ウィルバー・ロス・ジュニアのオバマ批判の文脈を請け負う形で、住宅ローンの組み直しに政府が介入するという提案をしているオバマ批判に同調した。つまり、「前出のロス氏の主張は正しい」というところから、後に「サンテリの叫び」と呼ばれる、その演説が始まった事を、『ダーク・マネー』という著書は指摘している。

サンテリの論旨とは、「住宅ローンで首が回らなくなり、抵当権の行使に迫れている人々を、政府は支援すべきではない。それを提案しているバラク・オバマはおかしい。キューバのような国家統制をしようとしている」と批判した。更に、興奮したサンテリは、

「ローンが払えなくなった住宅所有者は猊蕕姥き瓩如⊆業自得だ」

と力説し、そして、叫んび始めた。

「ここはアメリカだ! 近所の人間が、バスルームが余分にある家のローンが払えなくなったのを肩代わりする人間が、どこにいる? いたら手をあげろ。オバマ大統領、聞いているか?」

ここは、文章的に、少々、分かり難い箇所なので、今一度、意訳します。

「ここはアメリカだぞ! 近所に分不相応なバスルーム付きの住宅を購入してローン返済が出来なくなったヤツがいて、そのローンを肩代わりする人間が一体、何処にいるというのだ! 居たら手を挙げろ! オバマ大統領、聞いているか?」

それに続けて、サンテリは発した。

「7月にシカゴ・ティーパーティーを開こうじゃないか。ミシガン湖に資本家諸君、私が組織する」

「7月にシカゴ・ティーパーティーを開こうじゃないか。ミシガン湖に資本家諸氏を私が組織してみせる!」

これがティーパーティー運動の発端であるが、一部のジャーナリストからは、「プロが仕掛けた大規模な反政府運動である」という指摘があり、実際にティーパーティー支持者の4分の3は共和党員であり、反エリートの反乱を装ったものであるという見解を示している、と。

うーん。これ、著者の意向と噛み合わないから、物凄く、読み難いんですね。おそらく、著者や翻訳者はレッテル貼りをしており、この程度の事であっても批判材料として扱うのだなぁ。

ティーパーティーのバックにはコーク兄弟のカネが流れている。ティーパーティー運動は自然発生的な現象のように思われているが、深部には指導者や財閥からのカネが流れているという事を強調したいワケですね。

これは、ちょっと、中立を見失ってしまう書き方だと思うんですよねぇ。言わんとしている事が理解できていないワケではないと思うけれど、そんな事を言い出したら、如何なる政治思想だって何某かのスポンサーやパトロンを持っているだろうし、組織を動かす為の党員なり構成員なりは、自ずと「在る」というのが前提でしょうからねぇ。つまり、草の根運動、草の根運動というけれど、誰かが座り込みストライキをしていても奇異な目線を向けられるだけであり、誰かがメディアで取り上げない限りは、何も起こらない。ガンジーだって駅前で座り込みしていたら、「あ。浮浪者が居らぁ」と思うだけだと思うよ。裏返せば、そこまでの純粋無垢な草の根運動的な何かなんてものは、現実には存在しないでしょう。

ティーパーティー運動の背後にリバタリアンの富裕層のカネが流れていることは事実であるが、それでいて、「サンテリの叫び」と呼ばれるテレビ中継中の一つの演説が、大きく世論を喚起をさせ、人々を覚醒させ、リベラル的思想体系というものの傲慢を暴いてみせたのも事実という事なんじゃないスかね。

あまり、これを過大に訴えてしまうと、「ただの陰謀論好きな人」になってしまうと思う。

しかし、侮れないのも確かだそうで、フラッシュモブのような、ああした流行りものというのは、実は、仮面を被っている保守系の宣伝部隊が流行らせたものであるという。偶然を装い、そこで、一斉に歌ったり、躍っちゃったりしちゃう的な、アレですね。アイス・バケツ・チャレンジについては触れられていませんが、まぁ、ああいう流行りものなんて、そういう性質を帯びているんだと思うよ。それは前提として、でしょうねぇ。そもそもからして、まったく、そんなものに流された記憶がない。「アベ政治を許さない」にしても「アイム・シャルリー」にしても同じで、いくらプロがプロパガンダを仕掛けようが、共鳴しなければ動かないし、動かしようがない。

それと、「サンテリの叫び」なる演説についてですが、それは何が問題なのかが分かり難い。野坂昭如であればおそらくは同調的な発言をしたと思うし、私にしても文言こそ、同じにはしませんが、原則的にはローンを組んでいて首が回らなくなってしまった場合、それは自業自得であると認識しますからねぇ。

ギャンブル依存症は病気なのに理解が得られないという具合の論調をTBSのニュースショウで視聴した記憶があります。スタジオは人格者気取りで、病気なのに理解が得られない事に不満そうな態度を示すんですね。「病気なのに病気である事を、世間は理解しないんです! キリッ」みたいな。しかし、自分でギャンブルにハマって、借金をしこたま抱えている人物に、何をどうやって同情できるかという極めて基本的にしても本質な問題がある。同情しないのが当たり前であって。世の中、甘いもんじゃないんだよ。クソミソに、やり込まれて、自己肯定なんてしにくい環境の中、生きる道を探して生きているの。

調子ぶっこいてギャンブルにカネを注ぎこんだ者に、どうやって手を差し伸べるべきだとなるのやら。タダだからポーズとして同情をしたフリをしてやることは有り得ても、実際に自分の財布からおカネを出してあげることは有り得ませんかね。これで悪人だと誹られても、「上等じゃねーか」と応じてしまう話であって。ギャンブルをする者はギャンブルをしない者をバカにしていた筈だし、無謀なローンを組んでマイホームを購入していた者にしても、当時は無借金で吝嗇(りんしょく)な生活をしている者を「うわ、貧乏くせぇヤツだな! マイホームぐらい買えねぇのかよ!」と心の中で蔑み、場合によっちゃ、実際に「ビンボー人は見苦しい」とか「低能に生きている価値なし」ぐらいのイヤミの一言も発していた可能性が高いのがホントだろうし。

それなのに都会的な小インテリ風情は、自分たちこそが慈悲深い価値観の持ち主であり、自分たちこそが正義だと錯覚し、同調しない人たちを一方的に粗悪な人間であると蔑んでいるのがホントですよね。同じ局が、ホームレースを【犬男爵】と冠して、おもしろおかしくヤラセ報道していたのは、偶然ではないと思う。TBSさんの思考回路は、ゴミ屋敷の主人はディスる対象であるが、何かしらの診断書があると途端に掌返しをして病人だから助けるべきだと言う。ホームレスの貧困に対しては嘲り笑ってネタにしてみせるが、生活保護受給者の貧困に対しては沈痛な表情を浮かべて同情する事を強いて、そして国民が一丸となって助けるべきだと展開する。中々にイビツな平等思想なのはホントじゃないかって思う。

現実の政治は膠着しており、ホントにどうにもならない。そういう状況であれば、「サンテリの叫び」のような偶発的なアクシデントが、人々の共感を獲得することは有り得ると思うよ。で、それは残念ながらアコギなプロパガンダとまでは言えないと思う。その中に、レイシストが混じっていたとしても、それが大衆というものだし、一方の陣営にしても資金源を企業から得ているのが事実であって。