2008年02月14日
川上未映子『乳と卵』〜芥川賞作品を読んでみる第6弾
一気に読み終えました。それでも1時間半から2時間ぐらいは要しましたかね…。さばさば。
受賞と同時に、受賞者・川上未映子が歌手という肩書きを持つ事、或いは超ド級の美貌の持ち主である事などが話題になり、胡散臭さ全快。しかも句点を異常なまでに用いない新感覚の文体であるという事から、斯く云う私も「えーっ。なんか怪しいんじゃないの?!」という印象でした。しかし、読み終えてしまうと、それは偏見に過ぎなかったという気がします。ほとんど全面降伏というか、無条件降伏というか、無血開城を決断というか…。
『乳と卵』は「ちちとらん」とルビがふってあります。この著者はタイトルさえ何と読んでいいのか判らないぐらいで、読み始めて15分〜20分ぐらいは確実に苦痛を感じます。圧倒的に読みにくい文体で、主人公の《私》という一人称が口語でもって何もかもを早口に語りかけてくるかのような文体です。信じられないぐらいの破天荒な文体です。読みながら「こういう作品が芥川賞作品なんだな。堕ちるところまで堕ちたたものだとイライラを募らせながら読む事になります。
選評も読みましたが、村上龍あたりが当初は文体に戸惑うことを指摘しているので、私の抱いた思いという当たらずしも遠からず。不思議なのは、それ以外の選評者はクセのある文体に触れていません。また、例によって石原慎タロたんは怒り気味で、おおよそですが《重厚なものを期待しようとは思わないが軽薄すぎる。受賞作にしても、関西のおばちゃんがベラベラベラベラと一人で語っているだけのもので、そんなものに興味など湧くものか》ぐらいの調子でした。
ところがですね、この厄介な文体なんですが徐々に適応します。私の場合は、ボールペンのペン先で行を追う事にしました。というのも、句点がないから段落も少なく、印刷物としての行間が少ないんで行を見失い易いんです。行間を読むとか空白を読むという概念はゼロで、とにかく、関西弁が活字になってとめどなく降り注いでくるような文章なので、已む無く、そんな風にペン先で字面を追うようにしました。と、この頃から、徐々に作者のテンポが掴めてきたかのよう。何故か、読み難さが薄れていった気がしました。
おおよその粗筋ですが、粗筋はさほど有りません。ただ、設定として東京三ノ輪に住んでいる《語り手の私》があり、その姉で大阪の場末のスナックでホステスをしている《巻子》、その巻子の娘にして「語り手」の姪にあたる《緑子》という少女が登場人物です。とゆーか、この三名のみのシンプルな構成です。
姉の巻子は四十代突入を目前に控え、豊胸手術をするのだと緑子を伴って、語り手である私の元へやって来ます。緑子はというと、初潮を迎えたばかりの年齢という設定なので、そういう年頃なのでしょう。緑子は母の巻子と絶縁しているかのような状態にあり、一切、口を利こうとせず、返答するには筆談という手段しか用いません。別に身体的な不自由があるのではなく、「口も利きたくないから筆談やねん」と強情を張っているというヒネった設定です。
緑子のヒネリが利いてます。語り手の語るナレーションのような文体とは別に、独立した形で緑子の日記的な独白が随所に挿入されるんですが、これがオカシくって味あります。《初潮というのは喜ばないといけないのか?》とか《初潮を迎えるなどと大袈裟にみんな言うけど、迎えたわけちゃうで。勝手に来てしまったんや》とか。冴えているのは、友達が生理用ナプキンのオモテウラを間違え、何で凸凹に気付かんのかとか、テープを地肌に貼る事に疑いを抱かんのか、とか。そして、選評でも取り上げられていたのは、ナプキンに付着した血に卵子が混じっていると知り、ゴミ箱に捨てたナプキンを拾っては破いて卵子を捜してみた、とか。たどたどしくも、当たり前に在りそうな好奇の視点ではないでしょか。
また、巻子の豊胸手術願望というのも、何やら深そうで、女としての在り方の哲学がさらりと語られているかのよう。文中、《あたしの乳首、どう思うのん? 大きいやろ?なんかケタ外れに黒いと思わん?》という問答がありますが、これもユーモアたっぷりです。バカ話であるんですが、その実、或る種の女性はそんな事を考えたりするもんなんですよね。奈美悦子の乳首整形騒動なんてのもありましたし、歌手のYUKIがアメチクと誤解されては堪らないとばかりに「私はアメチクじゃありません」と敢えて否定していたり。(※アメチクとはアメリカンな乳首を意味するんだって。)
男子の成長に伴う性の目覚めを描いたものなんてのはサブカル系でフォローされてきた部分でもあります。みうらじゅんあたりは、エッセイの中で避妊具の使用法を勘違いし、成人映画を観に行くだけなのにコンドームを着用してきた友人の話などを書いて、そこそこの反響があったかのよう。その友人は「おい、みんな、つけてきたんだろうな?」という勘違いっぷりが微笑ましくもバカバカしいというか。そうした素朴な勘違いというのは、ひょっとしたら文学的な香りなのかも。このコンドームの使用方法の話はエッセイでもあったし、確か「タモリ倶楽部」の番組中でも披露されてましたよね。バカバカしい話なんですが、どこか、あどけなさってのがあったりします。
正直、クスッと笑ってしまう箇所が5箇所か6箇所ぐらいありました。ユーモアという部分では高評価でしょう。で、そうなってしまうと、著者の張り巡らせた蜘蛛の糸に絡め取られてしまうもので、全体的なものも集中力を呼び起こして読めます。
一見すると、かなり破壊的な文章というか、ぐちゃぐちゃな文章なんですが、慣れてしまうとスラスラと読める感じ。実は破壊されたものではなく、敢えて崩したかのよう。決して、稚拙とは感じないレベルだし、むしろ、これだけの崩した文体でありながら、体裁が保てている事が驚きに変わってきます。これらが全て計算されているのだとしたら、魔術師的な文章としか評しようがない感じでしょか。奇抜な文体ではあるんですが、この人がフツウに模範的とされる文章表現が書けない訳がないという巧さも随所に読み取れました。
これが「芥川賞作品です」と云われても、なるほどと素直に納得できそう。もし室井佑月を美人作家だと呼んできたのだとすれば、この川上未映子は超美人作家としか表現できないと思います。週刊誌の巻頭グラビアも観たし、CDショップでも急に店頭の目立つ場所に氏のジャケットが置かれていた光景にも遭遇していたので、嫌な先入観がありましたが、スッキリしました。デタラメな選出ではなく、非常に説得力のある選出で、受賞は極めて妥当だと感じました。なんか妬ましくもありますね。何もかも持ってるかのようで。
もしかしたら、私が眼にした中の芥川賞作品の中で、一番いいかも。重厚さはありませんし、模範的でもない。ですが、間違いなく描写力も優れているし、構成もしっかりしてるし、感性のようなものも確かな手応えを感じさせてくれました。ブログの中で「嫌がらせで読む芥川賞作品」として嫌がらせで読んできていて、『沖で待つ』、『八月の路上に捨てる』、『ひとり日和』、『アサッテの人』等とは単体作品として比較可能ですが、その中では最も模範的ではないんですが、それでいてアタマが一つ抜けて良かったという読後感です。(作家さんの将来性とかは別にして、単体作品として比較した場合の意です。)
ある時期から、アタマ一つ抜け出すには、【変化球】とか【飛び道具】の必要性があるんじゃないかと考えられるようになっていて、一時期、自らのスキャンダルを売り物にして実際に人気作家として成功した方も居ましたし、明らかに出版社の思惑が見え隠れした《?》な選出もありました。が、その後、選出にケチがついて模範的な作品が選出されるように是正されてきた中での、とんでもない魔球を投げる魔女であったかのよう。
誉めるにしても、いつもは「マイナス要因を挙げるとすれば…」と展開させるのですが、句点の異常に少ない文体ですが、それが表裏一体として作風になっているようなので、何とも云えませんね。余談ながら選評者ではない或る女性翻訳家が、2月15日号の週刊ポスト誌上での川上未映子評に触れる中に欠点らしきものについて、触れていました。「オジサン世代は投げ出してしまう可能性がある」との危惧。勿論、それは「異能の人である」とか、「奔放すぎる言語感覚」を大いに評価してのもの。
いや、そうですね。この著者の言語感覚とか、その異能ぶりは、疑いようないと私も思いました。女性人気作家は現在も数名いるようで、ゆったり系と、ひねくれ系とに私は分類してたりするんですが、別なカテゴリが必要になってしまった気がします。綿矢りさの『蹴りたい背中』のワンフレーズである《オオカナダモ?――ハッ。というこのスタンス》はオジサン系の雑誌で新しい感性だと賛否が割れて、話題になった事がありますが、それを軽く飛び超えちゃってるように感じました...。
ちなみに著者は、家には一冊も本がない環境で育ったんだそうな。
なんじゃ、そりゃ?!って気がしますが、実際にそうらしい。
常識にとらわれないで済んだって事なのかな。評価していて虚しくもありますが、こういうもんだったりしますかね。
受賞と同時に、受賞者・川上未映子が歌手という肩書きを持つ事、或いは超ド級の美貌の持ち主である事などが話題になり、胡散臭さ全快。しかも句点を異常なまでに用いない新感覚の文体であるという事から、斯く云う私も「えーっ。なんか怪しいんじゃないの?!」という印象でした。しかし、読み終えてしまうと、それは偏見に過ぎなかったという気がします。ほとんど全面降伏というか、無条件降伏というか、無血開城を決断というか…。
『乳と卵』は「ちちとらん」とルビがふってあります。この著者はタイトルさえ何と読んでいいのか判らないぐらいで、読み始めて15分〜20分ぐらいは確実に苦痛を感じます。圧倒的に読みにくい文体で、主人公の《私》という一人称が口語でもって何もかもを早口に語りかけてくるかのような文体です。信じられないぐらいの破天荒な文体です。読みながら「こういう作品が芥川賞作品なんだな。堕ちるところまで堕ちたたものだとイライラを募らせながら読む事になります。
選評も読みましたが、村上龍あたりが当初は文体に戸惑うことを指摘しているので、私の抱いた思いという当たらずしも遠からず。不思議なのは、それ以外の選評者はクセのある文体に触れていません。また、例によって石原慎タロたんは怒り気味で、おおよそですが《重厚なものを期待しようとは思わないが軽薄すぎる。受賞作にしても、関西のおばちゃんがベラベラベラベラと一人で語っているだけのもので、そんなものに興味など湧くものか》ぐらいの調子でした。
ところがですね、この厄介な文体なんですが徐々に適応します。私の場合は、ボールペンのペン先で行を追う事にしました。というのも、句点がないから段落も少なく、印刷物としての行間が少ないんで行を見失い易いんです。行間を読むとか空白を読むという概念はゼロで、とにかく、関西弁が活字になってとめどなく降り注いでくるような文章なので、已む無く、そんな風にペン先で字面を追うようにしました。と、この頃から、徐々に作者のテンポが掴めてきたかのよう。何故か、読み難さが薄れていった気がしました。
おおよその粗筋ですが、粗筋はさほど有りません。ただ、設定として東京三ノ輪に住んでいる《語り手の私》があり、その姉で大阪の場末のスナックでホステスをしている《巻子》、その巻子の娘にして「語り手」の姪にあたる《緑子》という少女が登場人物です。とゆーか、この三名のみのシンプルな構成です。
姉の巻子は四十代突入を目前に控え、豊胸手術をするのだと緑子を伴って、語り手である私の元へやって来ます。緑子はというと、初潮を迎えたばかりの年齢という設定なので、そういう年頃なのでしょう。緑子は母の巻子と絶縁しているかのような状態にあり、一切、口を利こうとせず、返答するには筆談という手段しか用いません。別に身体的な不自由があるのではなく、「口も利きたくないから筆談やねん」と強情を張っているというヒネった設定です。
緑子のヒネリが利いてます。語り手の語るナレーションのような文体とは別に、独立した形で緑子の日記的な独白が随所に挿入されるんですが、これがオカシくって味あります。《初潮というのは喜ばないといけないのか?》とか《初潮を迎えるなどと大袈裟にみんな言うけど、迎えたわけちゃうで。勝手に来てしまったんや》とか。冴えているのは、友達が生理用ナプキンのオモテウラを間違え、何で凸凹に気付かんのかとか、テープを地肌に貼る事に疑いを抱かんのか、とか。そして、選評でも取り上げられていたのは、ナプキンに付着した血に卵子が混じっていると知り、ゴミ箱に捨てたナプキンを拾っては破いて卵子を捜してみた、とか。たどたどしくも、当たり前に在りそうな好奇の視点ではないでしょか。
また、巻子の豊胸手術願望というのも、何やら深そうで、女としての在り方の哲学がさらりと語られているかのよう。文中、《あたしの乳首、どう思うのん? 大きいやろ?なんかケタ外れに黒いと思わん?》という問答がありますが、これもユーモアたっぷりです。バカ話であるんですが、その実、或る種の女性はそんな事を考えたりするもんなんですよね。奈美悦子の乳首整形騒動なんてのもありましたし、歌手のYUKIがアメチクと誤解されては堪らないとばかりに「私はアメチクじゃありません」と敢えて否定していたり。(※アメチクとはアメリカンな乳首を意味するんだって。)
男子の成長に伴う性の目覚めを描いたものなんてのはサブカル系でフォローされてきた部分でもあります。みうらじゅんあたりは、エッセイの中で避妊具の使用法を勘違いし、成人映画を観に行くだけなのにコンドームを着用してきた友人の話などを書いて、そこそこの反響があったかのよう。その友人は「おい、みんな、つけてきたんだろうな?」という勘違いっぷりが微笑ましくもバカバカしいというか。そうした素朴な勘違いというのは、ひょっとしたら文学的な香りなのかも。このコンドームの使用方法の話はエッセイでもあったし、確か「タモリ倶楽部」の番組中でも披露されてましたよね。バカバカしい話なんですが、どこか、あどけなさってのがあったりします。
正直、クスッと笑ってしまう箇所が5箇所か6箇所ぐらいありました。ユーモアという部分では高評価でしょう。で、そうなってしまうと、著者の張り巡らせた蜘蛛の糸に絡め取られてしまうもので、全体的なものも集中力を呼び起こして読めます。
一見すると、かなり破壊的な文章というか、ぐちゃぐちゃな文章なんですが、慣れてしまうとスラスラと読める感じ。実は破壊されたものではなく、敢えて崩したかのよう。決して、稚拙とは感じないレベルだし、むしろ、これだけの崩した文体でありながら、体裁が保てている事が驚きに変わってきます。これらが全て計算されているのだとしたら、魔術師的な文章としか評しようがない感じでしょか。奇抜な文体ではあるんですが、この人がフツウに模範的とされる文章表現が書けない訳がないという巧さも随所に読み取れました。
これが「芥川賞作品です」と云われても、なるほどと素直に納得できそう。もし室井佑月を美人作家だと呼んできたのだとすれば、この川上未映子は超美人作家としか表現できないと思います。週刊誌の巻頭グラビアも観たし、CDショップでも急に店頭の目立つ場所に氏のジャケットが置かれていた光景にも遭遇していたので、嫌な先入観がありましたが、スッキリしました。デタラメな選出ではなく、非常に説得力のある選出で、受賞は極めて妥当だと感じました。なんか妬ましくもありますね。何もかも持ってるかのようで。
もしかしたら、私が眼にした中の芥川賞作品の中で、一番いいかも。重厚さはありませんし、模範的でもない。ですが、間違いなく描写力も優れているし、構成もしっかりしてるし、感性のようなものも確かな手応えを感じさせてくれました。ブログの中で「嫌がらせで読む芥川賞作品」として嫌がらせで読んできていて、『沖で待つ』、『八月の路上に捨てる』、『ひとり日和』、『アサッテの人』等とは単体作品として比較可能ですが、その中では最も模範的ではないんですが、それでいてアタマが一つ抜けて良かったという読後感です。(作家さんの将来性とかは別にして、単体作品として比較した場合の意です。)
ある時期から、アタマ一つ抜け出すには、【変化球】とか【飛び道具】の必要性があるんじゃないかと考えられるようになっていて、一時期、自らのスキャンダルを売り物にして実際に人気作家として成功した方も居ましたし、明らかに出版社の思惑が見え隠れした《?》な選出もありました。が、その後、選出にケチがついて模範的な作品が選出されるように是正されてきた中での、とんでもない魔球を投げる魔女であったかのよう。
誉めるにしても、いつもは「マイナス要因を挙げるとすれば…」と展開させるのですが、句点の異常に少ない文体ですが、それが表裏一体として作風になっているようなので、何とも云えませんね。余談ながら選評者ではない或る女性翻訳家が、2月15日号の週刊ポスト誌上での川上未映子評に触れる中に欠点らしきものについて、触れていました。「オジサン世代は投げ出してしまう可能性がある」との危惧。勿論、それは「異能の人である」とか、「奔放すぎる言語感覚」を大いに評価してのもの。
いや、そうですね。この著者の言語感覚とか、その異能ぶりは、疑いようないと私も思いました。女性人気作家は現在も数名いるようで、ゆったり系と、ひねくれ系とに私は分類してたりするんですが、別なカテゴリが必要になってしまった気がします。綿矢りさの『蹴りたい背中』のワンフレーズである《オオカナダモ?――ハッ。というこのスタンス》はオジサン系の雑誌で新しい感性だと賛否が割れて、話題になった事がありますが、それを軽く飛び超えちゃってるように感じました...。
ちなみに著者は、家には一冊も本がない環境で育ったんだそうな。
なんじゃ、そりゃ?!って気がしますが、実際にそうらしい。
常識にとらわれないで済んだって事なのかな。評価していて虚しくもありますが、こういうもんだったりしますかね。
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