2008年10月23日

番記者を疑うべき

23日、総理が夕食を巡って記者に逆ギレしたという報道がワイドショウをにぎわせてます。これ、逆ギレではなく、順ギレだと思います。奇しくも橋下知事、東国原知事もマスコミとの対決姿勢を強めている折も折ですが、冷静に考えれば政治報道なのにゴシップ報道を続けているメディアの軋みでしかない。

ましてや、夕食がどうのこうのなんてのは、本質的な政治とは無縁の場外乱闘、仕掛けてるのはゴシップ記者と見紛うような未熟なジャーナリストたちでしょう? 執拗な揚げ足取り批判に対して、キレるのは必然でしょうに。

政治報道なのに芸能ゴシップ誌のクオリティになってるし、テレビの情報バラエティ番組とは、その最先端でしょう。


マンネリになるので気力が沸きませんが、ムチャクチャでしょう。安倍政権発足と同時に731部隊の写真を総理の背景に脈略もなく映しこんだTBSさんはじめ、当事の柳沢大臣の「こんな言い方をしてごめんなさいね。女性は…」という前置きを無視した「産む機械」騒動。福田政権の終焉にあっては、ついに一介の記者らの増長により一国の宰相に対する挑発的な取材が政治記者らに許されるようにまでなってしまってるんですよね。

安倍、福田の両総理のケースでは事前に「辞めろ、辞めろ!」と大合唱で煽動しておいて、実際に辞めたら当初の要求が適ったんだろうにまた煽動。では、明確に民主党に政権を獲らせたいという政治ジャーナリストの意見が正しいのかといえば、これまた疑問で、小沢民主党政権が発足すれば、たちまちのうちに「辞めろ、辞めろ」とやるに決まってるんですね。決まっていない? お笑いタレントの傍ら文化人として人気の爆笑問題・太田光さんあたりは「小沢さんだったら、もっとイジメ甲斐がある」なんてバラエティ番組で宣言していましたよ。それはバラエティ番組だから? 違いますね。今、新聞も、テレビも、バラエティ番組化しているから、これが暗示しているのはホントでしょう。

現在、新聞はテレビの後追い報道をしているんですね。新聞にしても「昨日、テレビ番組で××大臣が××と発言した」と実際に掲載している。政治報道の実権を握ってしまったのは、或る意味で《大衆のオモチャ》であるテレビというメディアなんです。おもしろおかしく報道していればいいんで、それに引き摺られるようにして記者らも芸能ゴシップと政治報道の区別がつかなくなっているのでしょう。

この、しょうもないテレビ政治、いわばテレポリティクスですが、これは知らぬ間に日本は米国を越えている感さえありますよね。総理を取り囲んだ記者は、何ら敬意を持つ事もなく、まるで不倫疑惑の芸能人を取り囲むようにして失礼な質問を連発している。内容としての批判であればジャーナリズムなんでしょうけど、昨今の記者は自分の勉強不足を棚に上げて、責任追及という意識だけが増長しているから、態度そのものも非礼なんですね。総理から不勉強を指摘されても、それを恥じる事なく、反発して「この総理は傲慢である」とか「無視した」とか、政治とは無縁の人格攻撃に転ずるなど、それはそれは強い事、強い事。政治報道なのに、人格攻撃のネガキャンなんですよね。これを、芸能ゴシップ報道だと指摘しても、全然、問題ないでしょう。

どこの新聞社もテレビ局も足並みを揃えて、総理批判、知事批判などを展開していますが、これ、番記者制度、記者クラブ制度の悪弊だと指摘されています。つまり、記者同士は横並びで話し合って、どう報道するかを決めてるんですね。で、いつの間にか自分たちが偉い気になって、政治を動かすようになってしまった。正しく、マスコミというメディアの私物化だし、政治の私物化という気もします。彼等はメディアスクラムを組み、気に入らない政治家が居れば、堂々とスクラムを組んで、批判の大合唱をしているだけなんでしょう。それがことごとく、橋下知事、東国原知事、麻生総理と立て続けに、マスコミとの衝突が起きている逆説的な証拠という気もします。


福田前総理の辞任会見、これに対して記者らの態度を批判しました。その際に外国では挑発する事も許される、という意見がテレビのコメンテーターから発せられていました。外国といってもどこだか判らないんですが、米国大統領の大統領付きの記者ってのは20年以上のベテラン記者だらけというのが現実だそうな。実際に70代の女性記者なんてのもいるし、そうした大統領付きの記者というのは地方の新聞社やテレビの地方の支局でキャリアを重ね、正真正銘、キャリアを積んで這い上がってきた記者が大統領付き記者になれるとの事。勿論、ジャーナリストなので紙面で大統領批判はしますが、大統領に対して直接的な挑発なんてマネはしないとの事。若手記者らが総理を挑発したり、「無視された」と記事にするなど論外。尚且つ、その論調が浸透してしまう日本の政治報道が如何に異常であるかが理解できるのではないでしょうか。

政治ジャーナリズムの罪と罰

政治ジャーナリズムの罪と罰


ホンネを云えば、どこの国に若手の政治記者が一国の宰相を小ばかにして許される国があるのかってものでしょう。マスコミはマスコミで、談合してマスコミ批判を押さえ込んでいると考えるべきでしょう。それは中国新聞の男性記者が福田辞意表明会見で逆ギレさせた直後、あらゆるメディアが、その記者を庇った事からも証明できてしまうと思うんですね。その記者は後に手記を書いていて、「他人事のように語る総理を許せなかった」と明かしている。これは記者に同情すべきではなくて、結局、その記者は自分の中の思い、つまり、私情をからめて総理に失礼な質問をぶつけていたという事なんです。政治ジャーナリズムとして考えたとき、これが如何にデタラメであることか…。

拙ブログ:不機嫌な政治報道


麻生総理の今回の順ギレ騒動に戻します。総理が豪勢な食事をしているのが気に入らない。それを「庶民の感覚が理解できていない」と批判するのって、まともな政治報道じゃないんですね。政治の内容ではなく、感情的な不満をマスコミが取り上げているだけに過ぎない。これを以って政治報道だとしてしまえば、政治力なんてものは関係なく、単に好感度タレントにでも政治をお願いすればいいんでしょう。批判をしようにも、感情的な批判では、ジャーナリズムとしておかしな事になっているのは明白でしょう。

今回、総理を逆ギレさせたのは北海道新聞の女性記者だそうな。残念なことに一切、映像がないので、どんな風に挑発し、どんな風に総理がキレたのか私ゃ知りませんが、騒動の発端、その経緯というのは「豪華な食事をされているが、どう思うか?」という質問を昼に行ない、さらに夕方にも同じ質問をして、総理をキレさせたというもの。

政治記者、いや、総理番でありながら、総理に訊ねる質問が「食事が豪華すぎます」というものなんですね。総理番記者の質問として正しいと思いますかね。そもそも例によって政治そのものには関係のない質問なんですね。で、一度では懲りずに一日のうちに二度も食い下がり、結果、総理を怒らせただけの話でしょう。私が思うに、恥じるべきは不敬な女性記者のHさんの方だと思いますけど。

う〜ん。映像を出して欲しいなぁ。「これじゃ、麻生はキレて当然だよ」と納得できるような、小生意気な態度だったんじゃないの?!

フジテレビの「とくダネ」では、メインキャスターの小倉智明さんは総理に同情的で、「自分のカネで何を食おうが勝手じゃないか」とすれば、チョビ髭坊主のコメンテーター氏が、「ああした質問は総理の器量が試されているもの。総理はキレイに受け流すべきだった」と例によって総理批判を主張。

おいおい、そこが問題の本質なのかい? 

記者には、総理の器量を試すなんていう非礼が許される特権があるの?

キャリアもロクにない記者が一国の総理に礼を欠いた質問、それも政治記者らしからぬ「ゴハン代」の質問をしたんだよ。政治家に庶民感覚が必要か否かは面倒だから今回は触れませんが、政治家の外食なんてのは重要な意見交換の場である可能性も高いだろうし、豪勢な夕食だとして総理の資質と何の関係があるのか? なのに夕食の値段に固執するのって、どういう政治観してるんだ? 実際に経験不足に加えて、勉強不足も指摘されている記者風情が一国の宰相の器量を試しているだとぉ? 他人を試せるほどジャーナリストは偉いのか? 賢いのか? いつから、そんなに「上から目線」が許されるようになったんだ?

そうした「上から目線」の増長も甚だしいように見えるけど、それでも庇うの? メディア同士でスクラムを組み、互いにキズを舐めあっているだけじゃないの? そうしたマスコミ報道が、一国の政治を左右してしまうという重責を担っているハズなんですが、彼等に、その自覚はあるの?


言わしてもらう。

くだらねーよ!

北海道新聞が全紙面を割いて、堂々と

「みなさーん、麻生総理は、こんなにゼイタクな食事をとってまーす☆」
ヽ(≧▽≦)〃

って大特集でも組めばいいじゃねぇか。わざわざ総理に嫌味な質問をぶつけて、その反応を得るまでもない。それも二回も繰り返したって事は、なかなか固執しているみたい。その根拠は何なんだ? 最初からネガティブキャンペーンの意志アリアリじゃないの? そんな下らない取材にも総理ってのは足を止めて平身低頭で応えなきゃならないのか? 自費なのに慎ましい食事をしなければならないという根拠は? 北海道新聞社の取締役の夕食と比較してみては?

「ゼイタクすぎる! 庶民の金銭感覚ではない!」というのは極めて感情的な批判。そう思うのは個人の勝手だけど、それをマスメディアを通して政治批判とされては堪らない。せいぜい、いかがわしいピンク記事を扱っている大衆誌か、ゴシップ系の女性週刊誌程度の批判精神としか思えない。



仮に私が総理大臣の立場だったとしたら、ブチ切れてるなぁ。

理性的に無視しても、記者会見を取り止めても、いずれにしても批判報道されるんだからタチが悪い。それも、記者同士が情報を交換し合っているから、実は記事は横並びになる。どうやったって、「無視した」とか「逆ギレした」と報道されるんだから。調整型リーダーとされる福田のオッサンがいじけてしまった理由だって、ホントは番記者のデカイ態度が原因だったって気がするよ。

やはり、鼻柱を折るような対応が必要だと思うなぁ。実際、石原慎太郎都知事なんて幾度もピンチがあったのに不思議と叩かれない。これにはコツがあって、謝罪したりしたらバカは増長してイジメをエスカレートさせるからでしょう。慎太郎ぐらいマッチョになっちゃえば、実はイジメは成立しない。(これ、精神科医の和田秀樹さんも著書の中で、石原知事が叩かれない理由だろうとして挙げてます。)

対決しちゃえばいいんだ。テレビの公開生中継で、洗いざらい、記者らの増長を語り、質問攻めにしてやるぐらいのお灸が必要。言葉を選ばなければならない重圧、咄嗟に答えが出てこないという重圧を教えてやればいい。面と向かってやっつけなきゃ、彼等の傲慢は直らないでしょう。

以前、ミッテラン大統領が生卵をぶつけられて、デモ隊の一人に掴みかかった事がありましたが、批判者ってのは調子に乗るとマナーさえないのが現実っすよ。

ussyassya at 13:19│Comments(11)TrackBack(1)辛口評論 

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1. 他に書くことはないのか  [ 三四郎の日々 ]   2008年10月24日 21:31
あんまり馬鹿馬鹿しくて採りあげるのは控えてきたが、何かマスコミの執拗さに辟易してきたので感想だけ述べておきたい。「麻生首相の連夜の豪遊」というやつである(朝日電子版)。 正直、都心の一流ホテルの飲食が安いとは俺も思わない。しかし首相が町場の居酒屋に繰り...

この記事へのコメント

1. Posted by わたり   2008年10月23日 15:51
5 ここずっとメロンぱんちさんのブログを読んでたら、国家より国民レベルに危機感を覚えます!この女性記者の感性については、個人的に思い当たる理由があるんですが、局所攻撃になるので…ま、この自分より豪勢に生活しているとムカつく体質が国民に蔓延していて、そこが突つき所になり、そのへんが格差社会反対運動なんてデモ行進に発展しているような気がする。何でもかんでも横並びに考え過ぎて、社会をおかしくしていると思うんだけど。もっと冷静にならないと、こんにゃくゼリーのような変な収まり所へみんな行ってしまうと恐ろしいね。
2. Posted by メロンぱんち   2008年10月23日 16:12
わたりさん>
なんていうんでしょう、局所攻撃になってしまうから反論できないという状況を作って、自分たちは批判されないという足場固めをしてから、為政者への批判を展開しているってありますよねぇ。

ホントは古典的な圧力団体が強い発言権を持っていたのと同じ構図なんですよね。或る意味、悪質なんですが、マスコミ主導で世論を反権力に誘導してしまっているから、どうにもならない...
3. Posted by あまみっく   2008年10月23日 19:13
夕方のフジのニュースでは、麻生総理が飲食したもののイラストと値段が書かれたフリップを用意し、さらに「銀座の高級クラブに電話して値段を聞いてみました」とまでやっていました。開いた口が塞がらなかったです。
石原都知事が総理に同情してましたが、マスコミのあまりにもの横暴に言わずにはいられなかった、という感じの表情でしたね。

そういえば日本の新聞に「高級紙」なんてものは聞きませんね。みな三流紙なのか…
4. Posted by KJA   2008年10月23日 21:27
日経は随分マシという印象ですよ。
それでも一応2面の中央に小さくは載っていましたがw

新聞にしてもテレビにしても読者・視聴者のニーズにこたえるためにやっています。
メディアの質が悪いとしたらそれはおそらく国民の質が悪いのでしょう。
5. Posted by メロンぱんち   2008年10月23日 21:31
あまみっくさん>
そういえば…高級紙ってないですよね。まだ、日本の報道機関は自分たちが政治家以上に遅れている事に気づいていないのかも。

ゼイタクな食事をしているという理由で、庶民の痛みが判らない政治家だと決めつけ、これで以って内閣支持率が変わってしまうような政治って洒落になりませんよね...。ペイリン騒動以上に茶番というか。

番記者や記者クラブのような横並びの報道体制って、キャリア3〜7年の記者を宛がう勉強の場で、以前は政治の現場を学習する機会としてあったようなんですが、今の記者は番記者になったら最初から批判を浴びせようという姿勢なんですね。どこか先走っている正義感が、実は悪い方向へ政治を導いてしまっている気もするんですよね。
6. Posted by     2008年10月23日 21:34
5
『椿事件』

1993年9月21日、民間放送連盟の「放送番組調査会」の会合の中で、
テレビ朝日報道局長の椿貞良が、選挙時の局の報道姿勢に関して

「小沢一郎氏のけじめをことさらに追及する必要はない。
今は自民党政権の存続を絶対に阻止して、
なんでもよいから反自民の連立政権を成立させる
手助けになるような報道をしようではないか」

との方針で局内をまとめた、という趣旨の発言を行う。

(ウィキペディア「椿事件」)
7. Posted by メロンぱんち   2008年10月23日 21:37
KIAさん>
私が確認したものだと、先ず日刊スポーツが、かなり細かくメニュー一覧などを掲載していました。では読売新聞はどうかなとチェックしてみたら、目立たないところにイラスト入りの横書き文で記事になっていました(笑

一応、本社のデスクレベルの人たちは、そんな事を掲載したら品位を疑われるという意識もあったのかも知れませんね。

ニーズに応えるのが国民とも言えてしまうし、その通りでもあるんですけど、やはり情報の入口は、テレビ、新聞といったマスメディアで、やはり何かしらの偏向報道が軽薄な世論を形成しているんじゃないか、と。鶏と卵みたいな関係ではありますが...
8. Posted by たま   2008年10月25日 05:20
メロンぱんちさんの記事と皆さんのご意見、それらに対するお返事ですでに完成しちゃっていると思いますので、他力本願ですがその中から広いあげてコメントさせていただきます(汗

新聞記者が本気で「ジャーナリスト」を名乗りたければ、可能かどうかは別としても、やはり記者クラブをぶっ壊さなきゃダメなんじゃないかなと感じました。
フリーのような立場に身を置かなければ、新聞記者に未来はないかと。。。
昔は命がけでスクープを取ろうとしていたかもしれないデスク陣のレベルと、現場の記者レベルとでは意識の差が相当ありそうですね。
9. Posted by メロンぱんち   2008年10月25日 09:43
たまさん>
記者クラブを解体する、番記者制度を解体するは意味ありますよね。新聞社は民間企業への談合を厳しく追及するかたわら、彼等こそ横並びの談合を続けている最も改革が進んでいない組織とも言えてしまう。

また、米国ではジャーナリストらに対して5ランク評価などが存在するそうです。おバカな批判などすれば、即座にランクが落ちるから、なんちゃってジャーナリストは淘汰される仕組になっているのだとか…。
10. Posted by robita   2008年10月25日 10:11
石原都知事はよく「くだらない質問するな!」と記者を一喝しますが、国民もマスコミにひきずられることなく自分で判断する力が必要ですね。ネット上では真っ当な意見が定着しているように思います。TBさせていただきます。
11. Posted by メロンぱんち   2008年10月25日 14:11
robitaさん>
石原都知事を至上の政治家とは思わないまでも、リーダーシップという意味だけなら評価できる気もするんですよね。つまらない質問には答えたくもないというのがホンネでしょうし、広報活動の為の広報を設置すればいい訳で、総理や知事が記者に接待するかのような現行システムは、どうも悪い面ばかりが目に付きます。

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