2011年05月20日

非常事態なのに平常運転

物凄く基本的な話に遡りますが、東日本大震災の当日、NHKは太平洋戦争開戦以来という非常チャイムを流したんですよね。NHKは非常チャイムを3種類用意していて、その最も非常事態である事を告げるチャイムが鳴らされたという事。昭和天皇の崩御の際にも鳴らなかったチャイムが、あの日、鳴っていたんですね。私なんてNHKをつけながら地震に遭遇したのに、全く記憶に無ありませんでした(汗。

で、どう考えても東日本大震災は稀有な国難であり、緊急事態であったと思うんです。NHKにして、即時、「これは太平洋戦争開戦以来の非常チャイムを鳴らすタイミングだ」という判断があった訳です。ところが、政府は特に非常事態宣言のようなものを出していない。これに関して、やはり、指摘がありますよね。内閣は国家非常事態宣言を出して、或る種の緊急時の体制を執るべきでは無かったんだろうか、と。

いや、ホント、深刻な被災地に於いては超法規的な措置を認めてでも何とかする必要があったかも知れないと思う。いわゆる「縦割り」の弊害は各所に出ていて、この管轄は農水省だがこの管轄は国交省であるとか、ホントに揉めていますよね。また、現行内閣では各種の会議を立ち上げて指揮系統が滅茶苦茶になってしまいましたが、もし仮に、国家非常事態宣言として戒厳令のようなトップダウン方式の体制を執っていたら、要らぬ混乱は防げたような気がしないでもない。

原発問題にしても色々と言われていますが、初期段階から指揮系統がヘンテコで国が主導したのではなく、東京電力と保安院が主導。内閣府の原子力安全委員会はJCO臨界事故では決死隊を突入させるなどの賛否の分かれる難しい指揮を執ったのに、フクシマにあっては傍観者のような態度で、5分間で解散するような雑な会議しか行なっていない。もし、仮に「ベントが遅れた」とか「注水が遅れた」というのであれば、それは東京電力と保安院(経産省)に原発対応を任せてしまったからではないのか…という気がする。

一応、JCO臨界事故を回想すると、事故が起こったJCO敷地内の転換棟という棟にJCOの所長が居て、その所長に原子力安全委員が指示を出して対処したと説明されています。これだと一応は内閣府直轄の安全委と現場の所長との間に一本の指揮系統が出来ている。ところが、フクシマはちょっと分かりにくかったですよね。

経済産業大臣でもある海江田さんが急遽、原発担当のナントカ大臣に任命されて、東京電力本店に入って、そこからアレコレと指示を出したとされる。ハイパーレスキュー隊は一度、帰されたりしたし、自衛隊は自衛隊で防衛大臣でもない海江田さんの命令に困惑し、防衛次官が実際に「この指揮系統は正規の指揮系統なのか?」と問合せを行なっていた事も麻生幾さんらのルポが明かにしている。

また、不思議なことも起こっていて、テレビのニュースでも取り上げられましたが、早期にヒラリー国務長官が冷却材を支援すると表明、その様子はCNNはじめ、日本テレビなどでも取り扱ったニュースでしたが、日本政府はそれを拒否していたという。受け取りを拒否したという報道は週刊誌やネット上では配信されているのに、日本国内のテレビと新聞はダンマリを決め込んでいる。

計画停電にしても、これは味わった地域の方は理解できると思いますが、非常事態宣言をして交通路を確保し、「某月某日に某所エリアにガソリンが送られるから、ガソリンでパニックを起こさないように」とアナウンスする事は出来なかっただろうかと思う。実際、金曜の午後に大地震が起こって、津波の被害がない首都圏でも電気の復旧していないエリアがあったり、通信網の破損があったり、工場の破損なんてのもあった訳です。なのに、翌々日の月曜日から平常運転の経済活動を行なうとした事に無理があった気もします。乾電池の買占めが起こり、ガソリン渋滞が起こったワケですが、あれは本当に防げなかったんだろか。冷静に考えても、あの地震の二日後に平常通りに通勤するサラリーマンの姿というのは、奇妙だった気もするんですよね…。

斯く言う私は、ガソリン渋滞に巻き込まれ、結局は経済活動が再開しているが故にガソリン渋滞を作る側に回りました。いや、だって、ガソリンが無いと仕事が出来ないのであって、もう、なし崩し的にそうなる。経済活動を平常にしてしまった以上、「すみません、ガソリンが無いのでそちらに伺えないんです」とは言えない。バカみたいですが、そうなってしまう。

で、それらを総合的に捉えて、現行内閣の対応への不満を抑え切れなくなったのであって、そうした部分にアンチ民主党のイデオロギーは持ち込んでいないつもり。菅内閣が、しっかりと対応してくれるのなら、それに越したことはないのですが、日増しにナントカ会議を乱立させ、矢面に立つのは枝野官房長官でしたが、また、これが何を言おうとしているのかが分かり難く、震災後2日目にして官房長官の会見を注視するのを辞めました。深夜まで生中継されている東京電力の制服を着た人たちの会見の方が、実は丁寧でしたよね。枝野さんは海江田さんから上がってきた情報を内閣官房用にアレンジして喋っているだけで、その海江田さんの情報源も東京電力と保安院ですからね…。

ただ、枝野さんは個人的には計画停電に「待った」を掛けた人物だったとも明かされている。病院などを停電させたら死者が出るのではないかと待ったを掛け、ニューヨーク大停電の際の情報などを洗い直し、どうする、どうするという時間との葛藤の末、最終的に「明日から計画停電しまーす!」という急な計画停電が決定したというのがホントの経緯だという。市町村役場には何処がどのグループなのかという問合せの電話が殺到しましたが、計画停電は東京電力に丸投げしているので、市町村役場はグループ分けについて何も知らなかったというオチまでつけてくれました。

また、電力が足りなくなった場合に電力需要を確保する為に一部の企業と東京電力との間では、平時の電気代を安くする代わりに緊急時には送電を停止させてもらうという需給電力契約というのがある。夏場にはこれまでにも行なわれていた制度ですが、あの計画停電の際に、それら契約企業への送電を控えるという措置も取って居なかったという。尚且つ、深夜に水を汲み上げておいて電力需要の多い日中に揚水発電をする事もしていなかった。結構、ズサンなのが分かるでしょう。人災らしい人災とは、こちらの方かも知れませんやね。ったく、ウチの方なんて乾電池は勿論、ロウソクさえ手に入らなかったんで…。

これらは、いわゆる「タラレバ」の話ではあるのですが、これだけ見つける事が出来てしまうというのはどうかと思うんです。未曾有の国難ですから、それに伴なう混乱は付き物なのでしょうけど、もし、震災直後に、事の重大さを理解して、非常事態体制である事を宣言して指揮系統を明確にしていたなら、要らぬ混乱は防げたのではないかという気がします。言うは易しではありますが、考えてみるとNHKが最重要チャイムを鳴らせていただのだから、それが類をみない惨状であった事は確かだったんですよね。





ussyassya at 11:52│Comments(2)TrackBack(1)

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1. ベッキー 可愛い美人!ハーフ!理想の女の子!  [ ベッキー ブログで応援!画像動画庫! ]   2011年05月25日 19:01
ベッキー 画像や動画、放送事故でも何でも置いてありますよ!見たいかたはこちらから!過去の流出動画も!

この記事へのコメント

1. Posted by 三四郎   2011年05月21日 10:41
非常事態宣言を発しなかったというのは、単なる認識不足以上に、一種の強権発動に対してこの政権が本能的な忌避感を持っていたのではないかと思います。

もともと反体制、市民政治から出発した人たちの集まりですから、そう考えると腑に落ちます。かつての村山政権における自衛隊出動要請の躊躇と通じるものがあると感じますね。

それにしても、常に災害は最悪のタイミングでやってくるものですね。
2. Posted by メロンぱんち   2011年05月21日 15:21
三四郎さん>
自分も同じような事を思いました。あの震災の規模を考えたら、非常時の体制をとらないと不自然なんですよね。でも、そうしなかったというのは何か抵抗感があったのだろうな、と。

あれだけの震災を過小評価していたようにも思えてしまうんですよね。

で、村山政権時に菅さんは「自衛隊の出動が遅れた」と「現場に足を運ばなかった」という2点を学習したので、今回は早急に現地入り、自衛隊の投入もしているようなのですが、どうも基本部分でズレているんですよね。

こういう不安定な時期に大災害が起こるというのは不思議ですが関東大震災にしても阪神大震災にしても…ですね。

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