2011年11月29日

皇籍離脱の11宮家について

先日、触れた「世襲親王家から養子を」というアイデアを再検証するものとして、先ずは「皇籍離脱」なるものが、どのようなものであったのか改めて調べてみる。

昭和22年(1947年)にGHQにより「皇族の財産上における特権の剥奪指令」なるものが打ち出され、皇室の財産が国有化されることになり、皇室財政をスリム化する必然性から皇籍離脱が起こっている。このときに皇籍離脱をしたのが11宮家51名という事になる。

天皇の直系の宮家を特別に【直宮】(じきみや)と表現することがあり、それに従って当時の昭和天皇の直宮が残ることなる。昭和天皇の弟にあたる秩父宮、高松宮、三笠宮を残して他の宮家は皇籍離脱。

民間人になった11宮家というのが如何なるものであったかというと、系図としては傍系になる訳ですが、その多くは「伏見宮系」と呼ばれる宮家だそうな。因みに、この伏見宮系に東久邇宮があり、東久邇宮稔彦王(ひがしくにのみやなるひこおう)は第43代内閣総理大臣だったりする。

伏見宮系とは何か? ここで少しだけ、寄り道が必要になって来ます。

伏見宮という宮家は北朝3代の崇光天皇の第一皇子が創設した宮家で、その支流・分家が延々と続いていたの意になってくる。系図として考えるにあたり、北朝というのが気になるところでしょうか。

伏見宮の父が崇光天皇(生没1334〜1398年)であることは是として、崇光天皇の父は北朝初代の光厳天皇、その父は後伏見天皇(第93代)で、その父は伏見天皇(第92代)だから、崇光天皇が北朝の天皇であっても確かに《男系》で伝統的な血脈に遡ることが出来る事が証明できる。

また、皇籍離脱していながら伏見宮系ではない閑院宮(かんいんのみや)は第113代の東山天皇の第六皇子が創設した宮家だという。ちなみに、この関院宮家から天皇家に養子として入り、そのまま天皇の即位したのが第119代の光格天皇となっている。

この光格天皇は明治天皇の三代前の天皇で、生没年は1771〜1840年。穏和にして仁心に厚い賢帝であったと伝わる。そして、このときの光格天皇こそが、今上天皇までの系図を延ばしている。つまり、仁孝天皇(120代)、孝明天皇(121代)も明治天皇(122代)も大正天皇(123代)も昭和天皇(124代)も今上陛下(125代)も、全て閑院宮家に生まれ、そこから後桃園天皇の養子となった光格天皇からの直系の系譜になっている。(明治天皇は光格天皇の曾孫にあたる。)


なぜ、男系に固執する必要があるのか。それは皇統そのものが男系の系図として連綿と紡がれてきたものであるからとしか説明のしようがないんですよね…。

ちなみに現在の皇室典範には「皇位は皇統に属する男系の男子がこれを継承する」と第一条で皇位継承の在り方に触れているし、旧典範においても同じく第一条で「大日本国皇位は祖宗の皇統にして男系の男子、之を継承す」とあるという。それら典範の定める男子限定は、推古天皇をはじめとする過去に存在した女帝の例からしても歴史が女性天皇を認めている。故に、女性天皇そのものは皇室典範改正によって認めた方が理に適っているのですが、やはり注意しなければいけないのは「男系」という部分でしょう。歴史上に存在する全ての女性天皇はから直系とせず、男系の系譜に戻す事で連綿と紡がれてきている。

もし仮に、そこをいじって「女系も有り」にしてしまうと、《仕掛け》として存在してきた一本の系譜という伝統を断ち切ることになってしまう。


で、改めて思ったのですが、官房長官が提示して話題になった「女性宮家の創設」というのは、皇位継承者不足の解消には繋がらず、少し筋が違うのではないだろうか。勿論、心情として考えた場合、女性皇族の方々が嫁ぐに当たって民間へと下ってしまうのは名残り惜しいものではあるのですが、それはそれで、仮に女性宮家を創設したとしても、皇位継承者不足の解決にはならないんですよね...。

男系で皇位継承をしていく場合、創設した女性宮家の系図から孫の代でも曾孫の代でも構わないのですが、そこに男子が生まれても、その男子は父系として天皇へ遡れないという重大な問題が待ち構えていることになりますよね。つまりは女性宮家を新たに創設しても、男系の皇位継承者を増やす事には原則的に繋がらないという矛盾に直面してしまう。

過去に存在していた傍系の宮家が何故、設置されていたのかというと、それは皇位継承者を絶やさない為の工夫で、それこそが世襲親王家としての意味合いであった事が見えて来る。そこが見えてくると、女性宮家を創設しても、その役目は負ってくれないというジレンマがある。(おそらく、女性宮家創設は、そこに民間人男性を招き入れることを意味しているのでしょうから、その宮家に男子が誕生しても現在の皇室典範では皇位継承権が発生せず。仮に典範改正で、その孫や曾孫に皇位継承権を認めれば、結局は男系は維持されなくなってしまうの意。)

また、女性宮家の創設を考えた場合、全ての女王や内親王が宮家を創設する訳にはいかないでしょうから、どうしても規則的な運用が出来ないという限界に直面する事が予想できる。つまり、人為的に、どこかで線引きをしなければならない。「この女王には宮家として残ってもらおう」のような人為的な判断が介入してしまう訳ですが、そこに抵抗が起こると思うんです。竹田恒泰さんも指摘していましたが、現在の皇族は私有財産を認められていないなどセレブと思われている反面で制限も多いのだという。となると、民間人としてのセレブ階級になった方が幸福度が高い可能性もあるのであって、そうした部分にまで何某かの会議の結果で左右してしまうというのは、何某かの《意図》が出しゃばり過ぎであろうという気もするんですよね。そのような意図が介入しない次元である事が望ましいのであって※

で、これらを総合的に踏まえると、やはり、竹田恒泰さんの提唱している旧宮家の独身男子を現在の宮家が養子として迎え、その宮家を継承させていくというのは妙案だと思いますけどね。この場合、その宮家は皇位継承権のある男系遺伝子をサポートする役目を請け負いながら存続することになり、歴史に照らし合わせた筋論としては非常に能く練られたアイデアに思える。これを実現するにも皇室典範改正は必要なのだそうですが、改正は最小限で済み、宮家への養子入りに関して認めれば良いのであって「但し、皇室会議により宮家への養子を認めることがある」の文言を加えれば言いだけだし、新しい予算を考える必要性もないという。



竹田さんは「ホントは皇位継承権がない限りは誰も天皇になれない」という部分についてと解説していました。その《仕組み》があるが故に、皇統というものが成立しているのだ、というニュアンス。どんなに努力しても天皇には成れないという存在だから、意味がある。竹田さんは「総理大臣には努力次第では誰もが成れるチャンスがある世俗的な権威ですが、一方の天皇というのは、次元が異なるものではないでしょうか」というような言葉で説明されていました。

実際に「天皇」の語源を辿っても、それが北極星に由来するなど、権力者が請け負う役職ではないんですよね。分かりますよね。時代、時代によって権力者というのは登場しますが、それら権力者は王には成れても、天皇には成れない。勿論、古代まで遡れば権力者が大王であり、それが天皇制の元祖なのかも知れませんが、或る時期から祭祀の長という役職として《天皇》という位が創り上げられ、そのまま今日まで天皇制が続いている。時の権力者が天皇になるのではないという部分こそがミソだとも言えます。誰が適当であるとか、そういう次元ではなく、ただただ、伝統的な仕組みとして、粛々と継承される、紡がれる宗教的権威そのものである。

だからこそ、プレミアムで、尊敬の対象にもなってくる。

ussyassya at 11:35│Comments(12)TrackBack(1)世相・社会 

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1. 女性宮家、否、女系宮家創設の謀を討て  [ へのへのもへじの徒然日記 ]   2011年12月02日 23:02
由々しき事態の始まりと思う。女性宮家と言っているが、実際、女系宮家の創設である。将来、女系宮家から親王殿下が誕生した場合、皇位継承者になることは必至。即位の暁には女系天皇の誕生となる。 日本書紀に基づき皇室の話をする。大きな樹と考えて欲しい。その樹の背丈は

この記事へのコメント

1. Posted by かれん   2011年12月03日 22:29
でも今はDNA検査という恐ろしいものがありますからね・・・
男系というのも結局はフィクションなわけで、いつまでも建前としておいて置けるとは思い難いです。
歴史的にも最低でも1度、おそらくは二度天皇家の血統は途切れてしまっていますしね。
2. Posted by メロンぱんち   2011年12月04日 00:56
かれんさん>
系譜にも断裂が数箇所あるという部分ですね。猪瀬直樹さんも触れていた部分ですが一定の範囲内において万世一系神話が崩れることを考慮した上でも、それでも世界的に貴重な長期に渡って紡がれてきたところに付加価値があると考えていいのではないか、と。

「祭祀の長」という部分にウェイトを置き、世襲という様式そのものを伝統行事の一端であると解釈する事でいいのではないかと個人的には思うんですけどね。
3. Posted by かれん   2011年12月05日 01:26
メロンぱんちさん
返信ありがとうございます

男系といのが実際にどの程度信頼されているのかというと、純粋に信じている方はおそらく日本国民のなかでも少数派であろうと思います
(もちろんそう思ってはいても、そう発言するかどうかは別の話ですが)

そうした危うい前提に立っていてさえ、今後は側室を置くことが出来ない以上、名目的にも維持できなくなるのは時間の問題だと考えています

今後は他に何らかの権威付けが必要になってくると思います
4. Posted by メロンぱんち   2011年12月05日 09:53
かれんさん>
仮に「世襲家親王家から養子を」という形で誤魔化しても百年ぐらいが限界かも知れませんね。宮家にしても男系で紡ぐというのは至難のワザのようで。

統治機構(政治)と民間信仰(宗教)とが近づき過ぎないカタチがベストと思うので、今一度、普遍的な信仰の一形態として権威づけが出来そうな気もするんですけどね…。
5. Posted by junn   2012年01月22日 12:11
「女性宮家の創設」というのは、皇位継承者不足の解消には繋がらず、まったく筋が違います。

心情として考えた場合、女性皇族の方々が嫁ぐに当たって民間へと下ってしまうのは名残り惜しくはないのですし、仮に女性宮家を創設したとしても、皇位継承者不足の解決にはならないんですよね...。

竹田恒泰さんの提唱している旧宮家の独身男子を現在の宮家が養子として迎え、その宮家を継承させていくというのは妙案ではありません。
6. Posted by メロンぱんち   2012年01月22日 14:18
junnさん>
女性皇族方が民間へ下ることを名残惜しくはありませんというのは、人によって捉え方が違うと思います。少なくとも参考にした週刊新潮の記事からは、それが読み取れたので、「名残惜しさがあるのかも知れませんが…」という文脈でつづっております。

竹田さんの提案も妙案ではありませんというのも同様で、それを妙案と思う方も居るのだと思います。

女性宮家の創設では全く皇位継承者不足の解消には繋がらず、それを解消するには明治以前には2案があり、一つは側室でしたがそれは現状としてそぐわず、残る一つが世襲宮家から養子を入れるという手法で、それを実現するには旧宮家からの養子しかないのではないかというのが竹田さんの提案だったと思います。

人によって解釈に幅があり、婚姻を前提とすればハードルは上がりますし、そうしないでもいいのなら単純に継承者不足解消の妙手になりえるかも知れませんよね。他に妙案があればいいのですが…。
7. Posted by junn   2012年01月29日 09:20
「女性宮家」だと、女性皇族が生涯独身である確率は非常に高いと思われます。

が、万一結婚されたと仮定します。

皇統でない民間人と結婚→子供なし→皇統断絶

皇統でない民間人と結婚→子女→皇統が別系→皇統断絶

万万が一、皇統の旧宮家の子孫と結婚されたと仮定します。

男子が生まれる→その男子は皇統を持つので天皇になれますが、その皇統の系図は伏見宮の皇統の系図になります。それなら、初めから、皇統の旧宮家の子孫に皇籍取得していただくべきです。

つまり、旧宮家の養子でなくて、旧宮家の男子に宮家を復活・創設していただくべきだということです。
8. Posted by メロンぱんち   2012年01月29日 10:01
junnさん>
分かりました、分かりました!

ただ、心情とか、合意とか、納得性とか諸段階ありますよね。

純粋に皇統を守ろうを最優先すれば皇籍に復帰し、創設されれば充分であるとする案。

既成の宮家に養子に入るという手続きを経るという案。

婚姻を伴う養子入りという手続きを経て…という案。

それ以外。なるほど。

世論は何故だか女性宮家創設に靡いてしまっているようですがどうなんでしょ。女性宮家創設だと皇位継承を巡る論争が後に歴史的正当性がどうたらこうたらとなってズブズブになるのが目に見えているだけに、気になります。
9. Posted by おしえて   2012年02月14日 16:39
男系の皇統を持つ方で、現在皇籍を持っていない方はいらっしゃるのですか。
いたとしても、男子のお子様を持っていらっしゃるとか、お若いとか、そういうかたがおいでかという意味ですが。

誰もいないのでしたら、議論は成立しません。

いるとしたら、男系で天皇家を存続されるようにしてもらいたいです。
それが、「日本」文化なのだと思います。
10. Posted by メロンぱんち   2012年02月14日 17:53
おしえてさん>
旧宮家で独身男性が6〜7名いるとの事でした。そのうち、7歳前後と思われる男児も2名いるというあたりまでは、週刊誌で報じてありました。

勿論、同意などが必要になりますが、皇室典範に忠実に考えると、男系で考えることになりますよね…。
11. Posted by エイト   2017年05月23日 05:25
光格天皇の玄孫が明治天皇というのは、不可。玄孫でなく、曽孫です。光格天皇の玄孫は大正天皇に当たります。・・・と思います。
12. Posted by メロンぱんち   2017年05月23日 09:46
エイトさん>
ご指摘有難うございます。三代前と記していながら玄孫になってしまっていました。

光格天皇⇒師仁

その師仁は出家しており、その父は典仁であり、典仁からみて明治天皇は玄孫にあたるという説明文を読み誤って表記したものでした。

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