ドラえもんの名シーンをカルタにしたらしい『ドラ一首』(BANDAI)なる商品を迂闊にも衝動買いしてしまったので、早速、カードを眺めてみたんですが、うわぁ、なにこれという懐かしい世界でした。

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小学生の頃、これが口癖になっている親友が居ました。「グウの音も出ないだろ」と誰かがいうと、その子が必ず「ぐう」という。ドラえもんのこの一コマに由来する口癖だったんだよなぁ。

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「のび太のくせになまいきだ!」というフレーズは、取り立てて注目もしなかったし、話題にものぼりませんでしたが、大学生になって麻雀をしながら、誰かが「ヤマダのくせに生意気だ!」的な流用をしていて笑わせてもらったかな。

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「のび太」については少し意見がありますかね。現在、「のび太」というとダメ人間を表現する記号になってしまっている。しかし、ホントは「オバケのQ太郎」の方が好きな私は、「ドラえもん」に於ける「のび太」に嫉妬してしまいますかねぇ。「正ちゃん」こと「大原正太」はフツウの少年像。それに対して「野比のび太」は、フツウの少年でありながら、やや自堕落な少年でもある。物凄い人間的なんですよね。のんびり屋で、それでいてプライドが高い。「ダメ人間の典型じゃないか」と語られてしまうんですが、よくよく考えてみれば、総じて人間は狡くて、また、子供というのも狡い。子供は純粋ですというのは目くらましであり、ホントはだらしがないし、少しばかり知恵がつけば大人をダマすことも厭わない狡さを持っていると思う。正ちゃんでは表現できないことが、のび太だと表現できる。

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当時の少年を取り巻く環境は、到ってこんなもんでしょう。ドアを開けようが開けまいが悪いことをしたら、確実に叱られる。叱らない親とか、叱らない教師があれば、そこに付け込むぐらいの知恵は小学生にもなると余裕のよっちゃんで持っていましたよねぇ。「子供は嘘はつきませんっ!」なんてバカな事を本気で言う大人が増えてしまったけど、胸に手を当てて考えてみなよって。子供なんて、悪知恵の塊みたいなもんなのに。

「のび太」という名前は間抜けだけれど、「のびのびと育って欲しいので、のび太」だったというのは、今、考えると悪い名前じゃないかも。当代、流行のキラキラネームの方がカッコイイ? 

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では、親や大人は、みんな鬼であっただろうか? 違いますやね。その環境の中で適応させる為に子供を叱っていたのでしょう。勿論、実際には当時から八つ当たりで叱られたり、理不尽に振るわれた体罰なんてのも珍しくは無かったと思いますけど。しかし、家族は家族であった。

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世の中全体が狂っているなって感じるのはオレオレ詐欺の報道を視たときですかねぇ。疑わないでくれるおじいちゃんやおばあちゃんをダマし、カネを巻き上げて「ダマされる方が悪いのさ」と開き直る態度ってのが許しがたい。「仕方がないよ」というのだけれど、悔しくないの? 

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ダメ人間は、みんなのやさしさに支えられて成長してゆくんじゃないの。「みちびきエンジェル」は記憶しているなぁ。ものすごく怖い話だと当時は思ってしまった漫画だったけど。

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最近、世の中全体がジャイアン化してきていますかね。漫画の世界では悪役だったけれど、昨今、腹黒い強者が幅を利かせる社会になったと思う。やはり、ジャイアンみたいな強さの塊みたいな子供じゃないと将来に希望なんて無いのかもね。

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あった、あった。これだよ、これ。第6巻だよ、これ。

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カッコ悪くても、みっともなくても、無能で取り得のない人間の生き方というのは、こうあるべき。これで、ドラえもんも安心して未来に帰れるという話だった。いい漫画だったと思い出したよ。この感動ストーリーは、意外としっかり者の「正ちゃん」では不可能な展開で、弱さを堂々と体現している「のび太」じゃないと作れないストーリーだと思うんですよね。あの、のび太が頑張ったからこそ感動的なのだ。

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この科学至上主義批判みたいなの、ドラちゃんもやっていたのか…。ドラちゃんの「あるまいか!!」という演説口調に味がある。勝手に大山のぶ代さんの声で再生できてしまうから不思議です。また、映画「男はつらいよ〜寅次郎サラダ記念日」の中でも描かれていたけど、ある年代までは精神的貧困を危惧する態度が漫画や映画にあったのに…。気が付いてみたら、いつの間にか上辺ばかりのバカヤローを大量生産する時代になってしまったって事は無いんだろうね。

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