昨秋、「こちら葛飾区亀有公園前派出所」の連載が終了するとの事で、急に漫画に目を通してみたい衝動が沸き起こって、コンビニにて「傑作選」と銘打れた廉価版の単行本を三冊ほど購入して読んだのですが、実は、そこで感じたのは、連載終了やむなしという感慨でした。

単純に述べると、面白いと感じることが出来なかったんですね。もっとハチャメチャだったんじゃなかったっけ、と。よりストレートに言ってしまうと、美少女キャラが沢山、登場していて何が何だか設定が判らなくなっていた上に、主人公である「両さん」にしても、なんていうのかな、キャラクターが変わってしまったかのように感じました。クズ警官であったところが、何故かスーパー警察官になってしまっており、人情話の挿入しても鼻につくような感じ。大原部長や本田巡査ら、そこら辺のキャラクターはキャラクターとして変化していなかったと思うんですが、基本的にアイコン化してしまっているな、と。

美は乱調にあり――。ここのところ、大杉栄関連本を読んでいた事もあって、そんな事を思いました。私の感想ではありますが、おそらく「こち亀」の連載終了というのが大正解であり、幕引きのタイミングを待たれる段階にあったのだと思う。【乱調】の反対語は【諧調】なのですが、既に「こち亀ワールド」というのは描き尽くし切っており、ハチャメチャを描こうにもハチャメチャが諧調になってしまっており、読み手を魅了するだけの乱調になっていなかったというかね。なんだかエラそうに、そう評論してしまいますな、えっへん。

で、やはり、今でも全巻読破をしてみたい漫画って何だろうって考えると、私の場合は仏恥義理で、手塚治虫の「ブラック・ジャック」ですかねぇ。単行本で20冊近くは読んだと思うんですが全巻は読んでいない。書店で思い立って購入してみると、少年チャンピオンコミックスではない体裁の単行本が出版されているので、何が何だか分からなくなり、購入してみたものの、少年チャンピオンコミックスとダブりまくるという悲劇に見舞われてしまう。
カネと時間をかけて、任意のシリーズで全巻集めてみたいなんて考えるのは、やはり、「ブラック・ジャック」でしょうかねぇ。


ブラック・ジャック先生は、御存知の通り、モグリの天才外科医である。そう、犯罪者なんです。確かに誰もが見捨てるような難易度の高い手術を成功させるが、その手術代は法外な金額を請求するというタチの悪い人なんですね。

犯罪者だというのに、何故、ブラック・ジャック先生は、カッコいいのか?

どう考えても、あのブラック・ジャック先生のクールな部分に魅力がある。そのクールさとは、一つはニヒリズムであり、もう一つはというと、ニヒリズムのウラにあるヒューマニズムでしょう。

素晴らしいほどに洗練されたキャラクターであると思う。

以下、ブラック・ジャック先生の名セリフを、着色文字で書き起こしてみる。

「からだも心もくさっているやつは手術したってむだだ」
(第1話「医者はどこだ!」)

「助からないでしょうな」
(第205話「海は恋のかおり」)

「むだと知りながら手術(オペ)なんかやるおれは……よっぽどのバカだな」
(コミックス第154話「恐怖菌」、連載時第46話「死に神の化身」)

「この空と海と大自然の美しさがわからんやつは―――
生きるねうちなどない

(第81話「宝島」)

ひょぉぉぉぉ、クールだぜ、BJ先生のセリフってのはサイコーに。いや、ニヒリズムが滲んでいる。

しかし、それが単なる虚無主義なのかというと、そうではない。BJ先生はヒューマニズムを自分なりに有している。

「わたしは死にものぐるいでなおそうとする患者がすきでねぇ」

(第120話「悲鳴」)

「いいか、患者に治ろうという努力の気持ちがあってこそ、医者の治療はききめがあるんだ」
(第236話「されどいつわりの日々」)

(ジャングルの中で、夜空に向かって)
「医者は人間の病気をなおしていのちを助ける! その結果 世界中に人間がバクハツ的にふえ 食料危機がきて 何億人も飢えて死んでいく……
そいつがあなたのおぼしめしなら……
医者はなんのためにあるんだ

(第51話「ちじむ!!」)

――と、豊福きこう著『ブラック・ジャック「90.0%」の苦悩』(秋田文庫)のページを捲りながら、そんな事を思いました。

確か、手術代を請求するがラーメン一杯分の代金にしてしまう話とかあった記憶があるけど、ちょっと今は探し出す余裕がない。なのですが、BJ先生はヒューマニストであり、「あなたが働いて得た自分のお金で手術代を払ってくれるんなら、それでいいですぜ」的なニュアンスだったんですよね。あ。第212話「ある女の場合」で、未亡人となった女性に手術代を請求するシーンだったか。更に第206話「山猫少年」に到ってはヤマネコに手術をしてあげて、そのオペ代を魚2匹にしてしまった事もある。魚2匹って…。確信犯的にモグリの外科医なんだけれど、結構、根はいい人なんじゃ――。

てか、強きに厳しく弱気にやさしく――か。BJ先生基準のヒューマニズムというか、そのへそ曲がり主義が気味がいい。現在ともなると秩序に逆らう反抗的態度は徹底的に糾弾され、均(なら)されてしまう。そのクセ、弱い者には容赦なく全力を上げて吊し上げる性悪が蔓延し、社会全体が悪人化している。

その対極として、法外な手術代を吹っ掛けているケースは政府要人であったり、某習い事供出の家元に対してであったりする。更には、次のようなセリフもBJ先生は残している。

(ヒステリー症状の学園長の娘が患者のケースで)
「おかあさん あんがい原因はあんたのしつけにあるんじゃないですか?」
(第20話「発作」)

それと、さりげなくイケメンなんだよなぁ、BJ先生ってのは…。

第57話「ブラック・クイーン」では、ブラック・クイーンの異名を持つ「桑田このみ」という女医が登場し、その桑田このみに、BJ先生はラブレターらしきものを渡そうとするが破り捨てる。

第180話「土砂降り」では、BJ先生が片思いであった「清水きよみ」の墓前で、ポツンと呟く。

「あなたの美しい顔にメスを入れたくなかったのですよ…」

うーん。そうでしたよね、30年前の日本の価値観というのは。これは自然美と人工美の話でもあると思う。顔の整形についても幾度も取り上げられていた筈だしなぁ。はて、いつの間に時代の価値観ってのは、これほどまでに変わったんだろ。

飽くまで私見ですが、つまり、「こち亀」は時代に対応してしまった為に陳腐化してしまい、一方の「ブラック・ジャック」は時代に対応せず、そのヒューマニズムを現在でも作品の中に湛えているって事なんじゃないのかなというのが結論でゴワス。