野坂昭如著『この国のなくしもの』PHP研究社ほか、野坂昭如の書籍を何冊か積み上げながら、また、野坂歌泰全気箸いΣ山擅達弔鯆阿い討い襪函△覆襪曚鼻¬邵箴芝,了彖曚箸いΔ發里浮き上がって来る。

🎶この世は もうじき おしまいだ

と歌い出す、「マリリンモンロー・ノー・リターン」は、作詞は桜井順と記されているが、そこには確かに野坂イズムが象徴されているなと気付かされる。野坂昭如の思想を評して、終末思想と農本主義という風に評してあったりするのですが、まさしく、それでもある。

しかし、もう一つ、重要なのは、この「マリリン・モンロー・ノー・リターン」の文脈であるかも知れない。これは実はイザヤ・ベンダサン(山本七平)の指摘と似ていて、古き良きアメリカの終焉を暗示している。古き良きアメリカの一つの象徴こそが、「マリリン・モンロー」という事だなと解釈すると、なにもかもがスッキリとと収まる。

そんな事は当たり前じゃないかとも思う。しかし、その文脈は思いの外、深い。古き良きアメリカが終わっているという事、また、それに気付くという事は、山本七平を語る場合の文脈と同じように意義深く、つまり、既に戦後日本の総括を蔑ろにしていることへの批判と直結するんですね、それも、年代的には80年代であったりする。

戦争の総括というべきか、敗戦の総括が済んでいないのに、物質的な豊さに溺れ溺れて、日本は平成の世を迎えてしまった。この文脈は確かに重要で、ごくごく近年になって田原総一朗さんあたりまでも日本の近現代史をテレビや著書で精力的に掘り返していますが、まったく同じような言葉を導き出すことになる。戦争の総括というか、敗戦の総括というものを何もせずに、まるで白痴であるかのように自国の指針というものを日本人は考えぬまま、今日まで来てしまっているという、生々しい現実が浮かび上がってしまう。

慰安婦の強制連行について、野坂昭如は、かなり的確に90年代に言い当てていると思う。

強制連行された朝鮮人慰安婦、吉田某なる男の証言では、憲兵だか、警官だかが、突然、村へトラックを乗りつけ、すべての若い女をかっさらって、慰安所へ送りこんだという。吉田某の言動の、いかがわしさはさておき、また、この話を聞いた年配の韓国人が、「どこまでわれわれをバカにするのか。そんなことをされたら、いかに日本軍が鉄砲持っていようが、老人子供だって刃向かう、絶対に血をみる、われわれをなめるのもいい加減にしろ」と起こっていたのもさておく、彼は戦後生れ。

この事態は考え難い。ぼくは神戸で育った。学級に二人や三人、朝鮮人子弟がいた。子供として、彼等を特別に差別した覚えはない。民族差別じゃなくて、子供というものは、かなり残酷、むき出しにこれをやるもので、チビだハゲだチクノウだと、平気で口にしていた。

ただ、戦後、学年で一番か二番の、朝鮮人の子供が、公立中学に入れなかったことを知り、愕然とした。入学を許さなかった当時の仕組みよりも、このことに気づかないでいた自分に驚いた。


〜略〜

ぼくは、「娘狩り」といっていい強制連行はなかったと思う。「そんなことをされたら、殺されるの覚悟で、兵隊のチンポを噛みきる」とこれは年老いた朝鮮人女性がいっていた。〜略〜「なかった」といいきる根拠がまるでないし、日本人の最低のモラルを信じるのでもない。ただそういう対象となった「村」があったのなら、あの反日感情の強かった李承晩政権の頃、黙っているはずもない。

という具合。また、戦前の日本には年季奉公の実情としての「お女郎」があった事にも言及している。貧しかった東北地方には「タマダシ」と呼ばれるブローカーがやってきて、数えで16〜17歳の娘を抱えている親には、年季奉公を持ち掛けていた、と。それに応じればカネを払い、大体の場合は七年間が年季奉公の期間であった、と。実情としては、そのように年季奉公と称して都会の女郎屋に売られた娘は、年季奉公を終えて故郷に帰れたのかというと帰れなかったという。当時の日本社会は女郎として汚れた娘を実家に迎え入れる事は恥であるから受け容れない素地があり、結局は、売られてしまった娘は、家族からも見捨てられたのが当時の実情であったという丁寧な解説までしている。

この話は、より生々しい表現で語ったのが竹内労であったと思う。テロリストの和田久太郎が一生に一度の恋として愛したのはタチの悪い梅毒に冒されていた淫売婦・堀口直江との恋であった。おそらくは危険な危険な性交渉もあったであろうと考えられる。関東大震災後、堀口直江は埼玉県の実家に帰っていたが納屋に閉じ込められて生活しているような状態だったので、和田久太郎が堀口直江を迎えに行った。しかし、直江は久太郎との生活を拒否して、そのまま納屋の中で朽ちるように死ぬ。自殺なのか病死なのかも不明。堀口直江は家の為に身売りされ、その家の為に淫売宿の淫売婦になったというのに、実家に戻ってみると、梅毒を病んだ淫売婦が身内にある事は恥であり、しかも父親は再婚していたが、もう、居場所なんてものはなかった。だから納屋に閉じ込めて、粗末な食事をだけを運ぶだけ。直江は、納屋の中から村祭りの笛の音などを聞くが、既に梅毒が悪化して容姿をも害し始めていたし、何よりも、元淫売婦が村祭りに出掛けることなんて出来やしない。

そして、野坂イズムの特徴は、ここからですが、そもそもからして、戦争時の大本営は本土決戦をすると公言し、その名の下に敗戦を決断できずに、ずるずると沖縄戦を展開し、広島と長崎への原爆投下をも招いたが、その後に生き残った日本人は無条件降伏をするという形で、生き延びたワケですね。これを野坂は、「裏切りである」と捉えている。そこが特徴的ですかねぇ。しかし、これも分かるんですよねぇ。

みんなで死のう、靖国で会おうと言っていたんですよね、昭和20年頃というのは。そして、実際に南方戦線であるとか、沖縄戦、或いはソ連軍と戦わねばならなかった人たちなんてのもあった。確かに、生き残った戦後の日本人こそが、戦死した日本人を裏切ったような形になってしまっている。

ここまで組み立ててれば、靖国参拝問題にも思いが到るかも知れない。あれは戦没者の慰霊にこそ、意味があり、戦犯者を祀る施設ではないのだ。靖国問題というのは、戦後の自民党が、そこら辺を理解できなくなり、戦犯者も戦没者と一緒だと考えて、合祀してしまっているんですよね。天皇が靖国に参拝できなくなってしまったのも、実は合祀してしまったからなのであって。

で、偉大なる古き良きアメリカは終わっているという考え方、それが「マリリン・モンローは、もう戻ってこない」というフレーズにかかっているワケですが、この先見性というのが色々と驚かされるワケです。勿論、「古き良きアメリカ」という言葉は昔から使用されており、情緒的な懐古趣味として捉える事が出来てしまうんですね。しかし、よくよく考えてみると、ざっと日本人の70〜95%ぐらいは全く気付かなかった事柄なんですね。経済、経済、外国文化、外国文化と、そちらにしか目が向いていなかった。それが戦後日本の真実でしょう。そんな中で、言語の死滅は文化の死滅であるとか、そんな事を90年代に綴り、更に「マリリン・モンロー・ノー・リターン」なんてのになると、もっともっと時間を遡る必要性が生じてしまう。

で、確かに、このブログの場合は、オリバー・ストーン史観として「もう一つのアメリカ史」に触れてきましたが、ホントは世界秩序なんてものは人類の叡智なんてものとは全く関係なく、ただただ、強者が強者として居座る為の秩序体系で形成されているという現実が暴かれてしまう。それをニッポンというスケールで捉え直すと、実は日本人が日本人として、その信念も指針も全く持たぬまま、時代を歩んでいるという怖ろしい現実を表していますやね。どうしたいとか、こうしたいとか、そういう自分の意見さえ、日本人は構築できていない。絶えず、パワーバランスを眺めて、強そうな方の尻馬に乗ることだけを考えて、正解だ不正解だと思考しているだけに過ぎないというヤバ過ぎる現在がある。