2017年09月11日

ビートたけしの戦後回想

フジテレビが放送した「27時間テレビ」は、2〜3時間は視聴してしまいましたかね。特に意識せずして。

NHKの「日曜討論」というのは、これは惰性で視聴してしまう事が多いんですかね。で、その後にフジテレビにチャンネルを合わせて、シチューエーション・コメディ風の時代劇「僕の金ヶ崎」を流しっぱなしという感じで視聴していました。杉本哲太、渡辺いっけい、大杉漣、それと中尾明慶といった演者に、学芸外的なノリでもあるシチュエーション・コメディを演じさせて、どうであったか。うーん。あんまり「金ケ崎の戦い」というモチーフのコメディ化は、・・・・という感想でした。「歴史ドラマをパロディにしたら、おもしろいんじゃね?」という発想は誰しもが抱くものだと思うのですが、近年のトレンドなのか、総じて近年のドラマは「マンガの世界を演じてみる」というアレンジで、その域の中だったかなぁ…と。

なんというか、お手軽なシチュエーション・コメディであるのだけれども、ボケ倒すというのは、意外と面白いものはつくれないのではなだろか。こういう作風のコメディが増えたよなって思うんですが、往年にフジテレビが深夜枠で放送していた「やっぱり猫が好き」のような底抜けな爐かしみ瓩牢兇犬蕕譴覆ったと言いますか。「パロディ」というのは、それをドラマの本筋なしに全面的に押し出されてしまうと鼻についてしまうのかも。

で、その次のコーナーが、面白かった。安土桃山時代を取り上げたものでしたが、実は天災が大きく歴史に影響していたという切り取り方。大地震が時の政権を揺るがしたという切り方はゼロではなかったものの、この豊臣秀吉に降り掛かった大地震と富士山噴火は、確かに大きな影響を与えただろうなと思わせる。運命というものはないさ、自分の道は自分で切り拓いて確立したものだというけれど、どうしようもなく天運のようなもの、敢えて迷信深い態度を取れば、どうしようもなく現実と運とは関係している一例であったと思う。

そして、最後の方なのでしょう、池上彰&ビートたけしという珍しい組み合わせで回想したのが、戦後日本でした。両者の話とは別に、戦後をどのように切り取ってVTR化し、それで両者に話題を振るのかというのは、構成をつくる時点で、その者の戦後観が表出してしまうと思うんですね。さて、フジテレビが、どういう構成をするのか――という意地悪な目線もあったのかな。

終戦⇒三種の神器⇒60年安保&高度経済成長かな。そこから政治色のある事件としては、三島由紀夫自決、浅間山荘事件が取り上げられた。社会的に影響を与えた犹件瓩任蓮永山則夫、大久保清、金嬉老、三億円事件などが取り上げられた。面白い逸話にも触れられており、ビートたけしは永山則夫と同じ飲食店で働いていた事が語られました。面識はなかったとの事ですが、同じ飲食店従業員であった――と。

また、トークの中で、池上彰が「週刊こどもニュース」の放送開始年を1994年と紹介していて「おや?」という気分になりましたかねぇ。あれ、「週刊こどもニュース」という番組そのものは、80年代から存在していたような気がしていたんですが、初代キャスターが池上さんで放送開始は1994年だったのか。いやいや、問題によっては、結構、過激な内容ともとれるような解説をしていたので、よく記憶しています。中東問題なんてのは、大人向けのニュースだと何故、混乱が続いているのかを明確に解説してくれないものだったのですが、池上さんは平気で「二千年も昔の話を持ち出して国を建てましょうと言い出したものだからアラブの人たちが怒るのは無理はない」と解説するものだから、「それじゃ、イスラエルの方が悪…」ぐらいの言葉をしゃべってしまう子供が居たりして、視聴していてドキリとしたのを思い出す。

そうなんですよねぇ。ホントは時代はノンポリであり、教師のような職にあったオトナであっても中東問題というのをきちんと説明できる人って少なかったのが当時の現実であったような記憶がある。

トピックスとしては、ビートたけしがスクーターで重傷で負傷した事について、池上彰がツッコんだところでしょう。「死んでもいいやという気持ちで、突っ込んだという風にも聞いていたのですが、実際のところはどうだったのですか?」と、本人に直撃したのだ。すると、ビートたけし自身にも明確な記憶はないという前提の下、その爐劼腓辰箸靴燭藜殺を敢行したものだったかも知れない説瓩鮃猟蠹に語ったように視えた。

いわく、何故、バイク(スクーター)なんてものを買ったのかも記憶にないという。当時、精神的に荒れていたのはホントであったと認めており、また、その原因は映画「ソナチネ」が不評で、本当に精神的に落ち込んでいた事を認めていました。

僅か数ヵ月前にチャンネルNECOで「ソナチネ」を視聴したばかりなんですが、思うに、これ、日本映画の中でも、中々の映画であったという感想を持ちました。ホンキで心象風景なんてのを映像化しているし、しかも悪くない。いや、悪くないなんてのは変だな。いい映画だ。「ビートたけし」という俳優の持ち味が存分に発揮された一作でもあり、私なんて視聴後に「ああ、ソナチネの中でビートたけしが来ていたようなシャツ(無地の監禁シャツ)って今は売ってないの?」と思い立って探してしまったほど。この頃の「ビートたけし」は40代前半だったそうで、ただただ静かに佇んでいる姿というのに味があります。

動と静とのコンストラストがある。「狂暴な言動&精悍な顔」が狷悪瓩任△襪箸垢譴弌押し黙って目をパチパチと瞬(しばた)かせる狎鏑瓩箸梁佝罎絶妙です。「動と静」ではなく、「強と弱」とのコントラストかも知れませんが絶妙である事は確かでしょう。しかも、北野武監督の場合、それを自分で演じて自分で撮っていたのでしょうから、内心、かなりの自信作であった可能性もあるんですよねぇ。

実際に悪くないというか、中々の名作だなという印象でした。内容は濃密な映画ではないのですが、哀愁と狂気と、時代に取り残され、死んでゆく寂寥感のようなものを映像化してしまっている。「HANAーBI」でも、死をイメージした児童画が映し出され、それと対比するように薄暗い和室の中、ぽつねんとビートたけしが胡坐をかいて座っているだけという短いカットがあったと思いますが、あれと一緒。あれよりも前に撮っていたのが「SONATINA」ですね。

2週間で放映打ち切りとなり、クソミソに叩かれて自信を喪失しかけ、自棄になって真夜中にスクーターで死を意識して突っ込んだかも知れない。実際のところ、記憶にないという。つまり、「何故、スクーターなんて買って乗り回してたんだろう、オレ」というのが、本人の自覚している真相だったっぽい。




ussyassya at 12:09│Comments(22)TrackBack(0)雑記 

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この記事へのコメント

1. Posted by ねこあたま   2017年09月11日 22:13
私、大学の時のゼミで社会や体制の変化は自然災害はかなり大きな要素になるのではないかと言ったことがあります(ムー信者と言われても仕方がありませんが)
 ところがゼミの教授はバリバリのマル経の爺ちゃんで、下部構造の発達が上部構造の変化を与えると思想を信じていたので、「お前の考えはおかしい」と言われたことがあります。
 今にしてみると、社会主義国の崩壊(中国や北朝鮮は社会主義の皮をかぶった帝国や王国です)や、また昨今の災害と歴史と経済学の融合を草葉の陰でどのように思ってはるのか聞きたいものです。
2. Posted by メロンぱんち   2017年09月12日 01:37
ねこあたまさん>
安土桃山時代のコーナーは歴史学者の磯田道史さん自らがナビゲーターとなり、

「従来は天災との関係は軽視されてきましたが…」

という解説もありました。確かに、今にして思えば、何故、軽視されてきたのかってなりますよね。
3. Posted by 雨亭   2017年09月12日 05:30
天災が歴史を動かす?
お隣の中国では、政治腐敗と権力抗争、カルト集団武装蜂起、異民族の襲来…この辺りに「天災」カードが直撃すると易姓革命!
そもそも人類拡散はアフリカの乾燥化。文明を持ったのも気候が原因と言われてます。
新石器時代後期にプレ都市的なみ集落を考古学が発掘してる。原始農耕の跡もある。
それが「文明」段階に至らなかったのは、全地球的な気象の不安定にある。集落を作って粗放農耕しても、地球気象が不安定なので、数世代で集落を捨てるしかないのです。邑を築いた人達が何処へ行ったのかと言うと、まだまだキャパシテイのある自然へ狩猟採取生活に戻ったのですね。それが数世代以上に気象が安定した時期があって、そうすると農が発達する。さらに作物は美味いので畑に獣が集まる。それを捉えて牧畜も開始。そうこうするうちに人口が増え過ぎて、後背地の自然には戻れない!狩猟採取には広大なフロンティアが必要です。だが過重人口が生まれてしまった!もう狩猟採取にはキャパ足りない!
集中管理で農耕で生きるしかない!それが「文明」す。人が努力で文明を創造したてのは嘘す!「後戻り」出来ないから文明は生まれた。その文明は自然災害に脆い!シュメール人は灌漑による塩害で、マヤ文明は焼き畑による表土流出で滅んだ。
中国文明をウイットフィールドは水力文明であるとした。国の基本である農耕は「水」なのですが、いつか政治腐敗で面倒な用水管理はガタガタ。運河の物流から農業用水までズタボロになり、そこに干魃がぁ…飛蝗がぁ…食い詰めた野盗が飢民を吸収、またたく間に日本列島くらいの解放区(笑)を作り、天下を狙う。異民族も(寒冷化で)襲来して、北東アジア覇権なんでも来いトーナメントになる…。支那の歴史を観ると、どんだけ自然災害が歴史に関与してるか…思いますね。
4. Posted by 雨亭   2017年09月12日 05:43
ついつい一言。地球気象が氷河期を終えて安定するまで文明が生まれなかった理由を書きましたね?
最新の古気象学と花粉分析による全地球の気象再現からきた結論ですけど!
これを観ると、未だにムー大陸とか、超古代文明とか言ってる人って、情報弱者(この言葉は嫌いだけど)なのかなぁ?
思ってしまいます。
ムー大陸あったけどね、ジェラ期に!
文明ある訳がないだろ!
二酸化炭素濃度が今より30%高い時に、高い酸素濃度を必要とする大脳を持つ人類が文明を気づける訳がない!
でも、そこを「不幸の非科学」の方々は、宇宙から来たから!で済ませるんですね(笑)
5. Posted by 雨亭   2017年09月12日 06:46
メロンぱんち様のお好きなアーリア人も、遊牧の民としてテイクオフしたのは気象であると思いますよ。私の浅薄な意見にもご興味いただけるなら、自壊に書きます。
6. Posted by メロンぱんち   2017年09月12日 11:57
雨亭さん>
ムー大陸は何とも言えませんが、いわゆる失われた文明という意味での古代遺跡の話なんてのは有り得るんじゃないですかね。宇宙人は関係なさそうですけどね。

進化論=自然淘汰論ですが、おそらくは環境に適応するという話で、確かに「優れている」とか「劣っている」という尺度にしてしまうと間違えてしまうんですよね。ホントは、ただただ環境に適応する中で、残ったものが残っただけかもなぁ…と。
7. Posted by メロンぱんち   2017年09月12日 21:48
雨亭さん>
アーリア人の移動にも気象や風土などが影響したという話がありましたら、お願いします。
8. Posted by 雨亭   2017年09月12日 22:15
メロンぱんち様。
アーリア人の本当の故郷が何処なのかは明らかではないと思うのですが。何しろ遊牧民から始まってるようで。
記録における最古の騎馬民族は、黒海付近にいたとされるキンメリア人と思います。
後は中央アジア起源説かなぁ…
黒海付近は肥沃ではあるけれども、日本の様に高温多湿な気候ではありません。中央アジアは尚更です。この気候は大事で、草が高く伸び過ぎないです。羊や馬や牛は草食ですが、実は膝まで伸びた草を食しません。基本的に踝までの草しか食べない。
理由は膝まで高く伸びた草は、繊維質・セルロースが太く成りすぎて、消化に多量の瑞を必要とするからです。水分は実は草食動物の方が沢山に必要とします。
北海道を旅するとサイロを見かけますね?
あれって踏んだり破砕した草を発酵させて消化しやすくしてるのです。牧草は実は我々の漬物に相当する発酵飼料なんです。
シロアリじゃありませんから、連れて歩く獣は、食べられる草の成長に限界があります。
続く
9. Posted by 雨亭   2017年09月12日 22:29
それでそもそも遊牧民の起源(ただしマサイ族みたいなアフリカ大陸の牛の遊牧民は勘定に入れてません)なんですが。
草を肉に変えるという農耕とは別な産業です。が、これは「農耕から始まり分離した」というのが定説です。
農耕の起源も?ですが、まぁシリア辺りでないかと言われてます。牧畜の場合は最古の痕跡はガゼルの家畜化です。
畑作を始めた時に、作物を食べに来た獣を囲い込んだのが最初らしいと。
そして金属器の普及が遅れていて、乾燥し割りと涼しい気候で農耕が始まってる場合は、
後発する農耕民は、どうしても肥沃な土地や
水理の面で不利なスタートとなります。
農村というのは大陸の場合、邑が大きくなって発展した姿ではなく、金属器を製造する都市が出来て、その周辺で金属器(農具)が普及することで生まれます。
その時に波に乗り遅れた後発の種族は、なかなか農村に入って行けない。続く
10. Posted by 雨亭   2017年09月12日 22:44
そうした時に、都市周辺から離れた原野で、
獣を放牧する事で、肉や革やニカワ、弓弦となる腱などを生産して、穀物などと交換する事を後発者は覚えた。これが遊牧民の始まりと言われてます。
つまり遊牧民は二次国家なんです。単体で農耕とは別に産まれた訳ではない!
低湿度の地で遊牧民が生まれたとされるのは、前述した「草の繁り具合」が、家畜の飼育には次ごうが良いからです。ふさふさと繁るような気候では、牧草を加工しないとエサになりませんから。
こうやって都市周辺で生活しているうちに、
乾燥した糞を燃料に、皮革を利用したフイゴで金属加工する事も覚えたのでしょう。
さて、そこに乾燥化が訪れれば。だいたいアジアのモンスーン気候が温暖化する時は、西方は寒冷化や乾燥化しますから。
すると低い草が繁る地域が拡大します。
初期の遊牧民であるアーリア人は地平線の彼方まで家畜を追って移動してゆく事柄可能となります。移動できれば、都市に寄生する生活よりも、広大な土地を移動して都市間で貿易も出来ます。彼らの産物は農耕のように栃にしばられませんから。続く
11. Posted by 雨亭   2017年09月12日 23:04
おそらく帝制ローマ時代のゲルマンのように、狩猟も副業としておこなっていたはず。
遊牧民はニカワや腱を家畜から強いればられます。なので…農耕民の用いる単弓よりも、
小振りでも強力な「合成弓」を作る事が出来ます。ペルシャ人の強弓はローマやギリシャの兵の射程外から致命傷を負わせる事が出来、ローマ軍を全滅させた記録が残ってますが、あれはアーリア人の子孫であるペルシャ人が遊牧生活時代から受け継いだ遺産だと思う。脱線しましたが、未だ騎乗技術が無い時代でも、車輪の馬車があれば農耕民の数倍の長駆移動が可能であり、そこに有効射程距離の長い弓を持てば古代には最強でしょう。
まして騎乗技術が生まれれば、馬に乗って暮らしている彼らは騎射ができる。
これは現代の戦闘機や戦闘ヘリみたいなものです。中国の歴史書に、数騎の弓騎兵が300人の歩兵を邂走させた記録もある。アーリア人が移動を始めた時期は、後のローマ軍のような野戦築上技術を農耕側は持たなかったでしょうから籠城戦以外は無敵だったでしょう。
彼らの移動時期(青木氏の「アーリア人」参考)を考えると、インドネシアから西が乾燥化する時期なんですよ。乾燥化・寒冷化がアーリア人の背中を押しただろうけど、逆にみれば牧草地の範囲が広がり、技術革新でぶりよもついた。……これは騎馬でなく船で考えれば9世紀以後にバイキングが拡散していったのとおなじと思います。
12. Posted by 雨亭   2017年09月12日 23:13
最後に、モンゴルを旅すると遊牧民は漢民族から仕入れた茶を、バター茶みたくして飲んで、それをビタミン原にしてるのに気がつきます。もう定着した文化。
騎馬民族が年中に農耕民と争ってきた訳ではなく、両者にはリエゾンが必ずしもあって、
どちらも依存してきたのだと思います。
時の地からの強い方が難題を吹っ掛けるのですが。それは今のところ国際情勢も同じではないですか。
そもそもは農耕に寄生していた。
それが寒冷化で都合の良い牧草が生えるエリアが広がり、草原を移動するうちに、貿易と略奪といった弓を遊牧民特有の生活様式を手に入れた。その最初のパイオニアがアーリア人なのではないでしょうか?
13. Posted by 雨亭   2017年09月13日 00:20
追記2)
最初期のアーリア人が金属武器製造を手にしていたのかは?ですが。基本的には金属武器が少なくても、農耕民に勝てましたよ!
剣や刀槍の戦闘と言うのは、農業生産力が上がり、人口が増えて、面で戦闘する時代から用いられた武器です。
日本でも槍が多用されるのは戦国からで、鎌倉武士は「弓矢取る者」「弓取り」ですよね?戦国以前は点と線なんです戦闘は。

それでメインウエポンの弓矢ですが、これ金属鏃でなくても構わないのです。
弓矢猟(日本では非合法です)で害獣のビーバー駆除した事あります。その時にアメフト防具を的に金属鏃と石器鏃を試しました。
実は石器鏃の方が貫通力は高いのです!
矢のスピードと貫通力を産むのは、矢羽の表裏を合わせる事で産まれる空気抵抗によります。矢がライフル弾のように回転して飛ぶからです。その条件が同じならば、石器鏃の方が深く刺さる。貫通する。
合成弓(単弓よりカタパルト力が強い)を持っていて、しかも馬車もしく騎乗による運動力が矢の威力に加算されますから。
仮にドラダビタ人が金属武器を用いていて、
アーリア人が持たなかったとしても、野戦ではアーリア人の方が優勢でしょう。
14. Posted by 雨亭   2017年09月13日 02:10
追記3)
それでもメロンぱんち様は疑問に思うと思います。アーリアがインド征服時(ヒマラヤ山脈以西は寒冷乾燥してる)は、既に高度な都市国家を築いたドラダビタ人が敗けるだろうか?
石器鏃の貫通力が高くても、金属鏃のように曲がる事なく「割れる」素材である再生産性において石器鏃の矢を用いるは長期戦には無理がある……と。でも、それは間違いなんですね!石器鏃と読んだ時に、メロディぱんち様は三角形の鏃を思い浮かべていると思う。でも違う!もっと再生産性の高いやり方がある!石器って手間と時間かかりますから。矢の先端を尖らせて火で炙り固めま。先端にナイフで切り込みを入れて、小さい石器刃を複数埋めるのです。この方法ですとコンタクト時の衝撃にも、刃列が補強材となり、先端部が潰れない。刃が割れても、均一サイズに造った刃を換えるだけ!
戦闘で破損した矢を再加工する時にも手間は掛からない!ましてやアーリア人がインド征服した時には生産力から言って「大規模会戦」など有り得ません。少しづつ農村を攻略して、支配地を増やしてゆくやり方ならば、石器鏃(ローテク)で充分なんですよ!戦争はやり方次第!
次世代兵器を開発するアメリカ軍が支那の解放軍より強いとは限らないのと同じ!
兵器が上でも、外人入植者を離島に募る翁長知事な売国奴がいます。支那には大量の戸籍を持ぬ黒核子が数千万人いる。入植させて、黒社会から沖縄諸島を侵食する。日本のプロ市民を用いて独立運動。事態不穏時に、沖縄在住支那人保護を名目として、北京政府保護を依頼。解放軍が沖縄に駐留する。……アーリア人のインド征服も、似たような謀略で、農村を支配してゆき、首都を包囲したのだと思いますね。軍備が最先端だから、沖縄を護れるというのはSFですよ。新兵器より策略の優劣は武器の優劣を越えるのです。
15. Posted by 雨亭   2017年09月13日 02:36
朝日みたく「対話で対話で…」とヘラヘラ笑って国が護れるのならばイージスもパトリオットもいりませんよ!
インドの原住民は平和的な奴等であったそうですが、アーリアに国土を奪われ、シュードラに堕とされ未だに暴力が支配してる。インドって有名な強姦大国ですよ。
16. Posted by 雨亭   2017年09月13日 02:42
遊牧民は暴力に長けています。その遊牧民と二千年以上に争ってきた孫子の故郷は研かれてます。支那を侮ってはなりません!
17. Posted by 雨亭   2017年09月13日 03:20
訂正。
暴力でなく謀略!遊牧騎馬民族は謀略に長けてます。戦略にも長けている。フビライ汗みれば解る。こんな奴等と数千年に渡り争ってきた孫子の子孫が並大抵でないのは明らかです。ペルシャ人はテュルクに支配されてからも、文官の地位をオスマン・トルコで独占しました。インド・ヨーロッパ語族は謀略族。支那人は好敵手。ぬるい事を言ってると、ドラダビタやチベットやモンゴルみたく奴隷にされます!日本はこれから20年で地方自治体の半数が瓦解する程の人口縮小する!基本的な山脈の水源地を支那と西欧のウォーターバロンが買い漁ってる!地方自治体の水道と水源地を押さえてる。石油に比べてタンカーで運んでも採算が取れないと日本人はタカを括ってる!でも8年前に、拡大・収縮力を持っ素材チューブに水を詰めて、それを韓国まで運ぶ実験に成功してる!タンカーより低コストで水を運ぶテクノロジーは生まれてます!放置すれば日本庶民は水も飲めなくなる!
私は支那人の親友を持つから、関係悪化は困る。彼らを迫害に晒したくない!!
だからこそ、日本政府は毅然として戦える國であって欲しい!チエンバレン政権を見れば解るように、平和主義に拘る奴等が戦争を引き起こすのです!
結局、人間も獣の一つなんですよ!
フリージャズの巨匠からタケシまで、それを証明してます。言って解らない奴は殴れ。殴って解らん奴は刺せ…核武装し、暗殺もできる諜報機関を持ちましょう!アメリカやってきた事でない?1949年にアメリカの保持する地金は70%を超えてたが!金本位制度から脱却した。でもドルが基軸通貨である地位は変わらない!何故?アメリカの持つ暴力(軍事力)と、諜報機関の暴力があるからですよ!
もう、いい加減に御花畑は捨てろ!
中国軍が侵攻してきたら、酒を酌み交わして説得すると猛犬をはいたシールズってバカどもがいました。ガソリンで燃やせ!
こういう奴等が戦争を引き起こす!

18. Posted by 雨亭   2017年09月13日 04:10
リベラルはリベラルで現実的にしっかりしろ! モリカケで騒いで国会を空転させるしか出来ないのかバカ野郎!
友の多くがバイク事故、病、抗争、で死んだ。残った三人の1人は帰化した支那人。
支那で医大にいた知識人。今は統合医療をして多くの日本人を救ってます。日本が好きで
文革で家族を弾圧した支那より好きだと。
東北震災の時に被災地に一緒した。
そういう人が桜井誠みたいな奴等から嫌がらせ受けるのは、日本政府が弱腰で日和見だからです。こういう人たちを護るのがリベラル勢力でないのか?
下らない政争ばかりしやがって!
矛盾しようと私は思想や法律よりも前に人は生きていると思います。彼女と家族に手を出されたら、私はテロリストになる。
50過ぎて腹が出ていても狙撃技術はさほどにおとろえてませんから。親族の多くは海外に移住してる。最愛の妻も失い思い残す事はない。私は右翼ですが、震災の朝鮮人虐殺のような愚行を日本人が繰り返すのならば、非国民テロリストに敢えてなる!
引退間近の老兵に銃を持たさないで欲しい。
19. Posted by 雨亭   2017年09月13日 04:31
退職してから毎日、80劼離汽ぅリングと、
一時間の水泳。極真カラテの壮年部に通い、
週に一度はエアライフルで精密狙撃のコーチを受けてます。親友がレイシストに脅された時から。デブデブの53としては出来る限りしていると思う。
思想の事は解りませんが、自分は最後は「侠」だとおもってますから。
メロンぱんち様は意外でしょが、俺は地域の共産党のシンパですよ。家の前の貧困家庭の女子高生が泣いていた時に、話を聞くと、
スマホを持ってるから、奨学選考からタンニンに外されたと。彼女ね、深夜にバイトして
公衆トイレで夜を明かしていたりする。女の子ですぜ! スマホだって、シフトをLINEで通達する(胃までは普通!)からですよ!
聞いてブチ切れた。その時に介護した事のある車イスの市議と、隣の共産党の弁護士さんが一緒に学校に乗り込んでくれた!
だから弁護士さんと市議に頼まれる件だけは
細やかですが、運動に協力してます!
アカは嫌いだが、彼らは義侠心のある男でしたから。
20. Posted by メロンぱんち   2017年09月13日 10:14
雨亭さん>
インドラ神=帝釈天が武力に長けていたとされ、また戦車などを使用していたのではないかと見られているようです。地理的な事を考慮すると騎馬や弓の技術も長けていたのかも知れませんね。その問題もあるのですが、彼等の有していた宗教観であるとか哲学が実際に現在まで続いている――と。

【侠】は「弱気を助け強気を挫く」のようなニュアンスですね。それと「義理」や「義侠心」、「正義」、「大義」などに使用される【義】は平たく述べると犲匆饑瓩魄嫐しているという解説を目にした事があります。

【侠】の理念と、今日的な「統治体制=為政者」との相性はどうでしょう? 法治体制が巧くいっていないときに「義理と人情」で立ち振る舞う侠客は尊敬を集めることになる。近代化の過程では、実際には時の為政者と侠とは都合よく利用したり、されたという関係であったと思うんですが、都市化・近代化が進行すると巧妙に為政者によって――。
21. Posted by 雨亭   2017年09月13日 12:54
メロンぱんち様。
このような投稿を致しました為か、特攻隊に選抜された夢を見ました。
若者を死なせるなら俺が…、自分が言ってきた言説にも一致する…しかし選抜過程の不透明さには腹が立つ!いっそ寝返ってやろうか
……等々。
たかが夢ですが、有事になると立派な事を言う奴も、うろたえ慌て、思わぬ事を考えたりする。苦い薬でした(笑)
22. Posted by メロンぱんち   2017年09月13日 13:45
雨亭さん>
そのニュアンス、少しだけですけど分かるかも…。

徴兵制の話ってあったじゃないですか。自分も徴兵されるという前提であれば堂々と意見を主張できますが年齢を重ねてくると、

「ありゃ。もう、こういう主張をしても自分はムリだな。自分を含まない今時の若者たちに対しての言葉になってしまうから主張や意見にしても、ニュアンスが違ってきちゃうよな」

と。前世代にしても同世代にしても少しは眺めてきたという経験則もあるので、それらのツケをいっぺんに下世代に被せるのは酷だよなという内心があったりしますよね。

特攻隊のシチュエーションですか? ドラマなどでも描かれてきたものだと思いますが、戦中派の文化人の中には、そこに懊悩を見い出して描いていますよね。

同志は果てたが自分は残ってしまったという無力感であるとか。そのままの心性で現代社会を眺めた場合、色々と戦後ニッポンに対して苦々しい部分を抱えながら…。

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