山平重樹著『激しき雪』（幻冬舎）を読み終えました。民族派と呼ばれる新右翼の旗手と呼ばれた野村秋介の一代記的な内容でした。一部では根強くカリスマ視されている人物でありますが、当然、誰も彼もが同じ思想を共有しているワケではなく、実際には細部では異なる。つまり、肯定的に評価される面と、そうではない側面とを誰しもが持っているという事を大前提とし、その人脈と思想について――。

やはり、興味深いのは、その人脈でしょうかねぇ。

いの一番に挙げるべきは、後藤忠政・元山口組系後藤組組長でしょう。この後藤元組長については『憚りながら』という自伝にも目を通したし、自伝に限らず格闘技興行の裏話の他、各方面で名前が挙がる人物である。受け容れられない人にとっては受け容れる事が難しい人物である。氏は親友であったとされる。

更にアウトロー系な人脈だとＢ元組長の名前も登場する。このＢ元組長とは、グリコ森永事件に於いて警察が時効の迫った時期に、最重要参考人Ｂとして目をつけていたＢ元組長に対して「Ｂ作戦」なる大規模な捜査を敢行したとされますが、結局は逮捕には到らなかったという、その人物ですね。フィリピンで発生したカメラマン人質事件では野村秋介やＢ元組長が動き、更には笹川良一までもが動き、無事にカメラマンをゲリラから救出したとされる一件がある。

中間に、国政選挙に「風の会」として出馬した際、その比例代表名簿の第三位に名前を連ねたのが天才漫才師・横山やすしであり、また、「風の会」の推薦人として名前が挙がったところでは、ビートたけし。

意外な人脈というところだと、デーブ・スペクター、筑紫哲也。この二人などは必ずしも右翼思想とは関係なさそうに思えるんですが野村の拳銃自殺事件の後、遺品代わりという事なのでしょうか署名入りの野村の自著が発送され、届いたという。これは実際に好意的な交流で、つまりは遺品を贈る間柄と認識される程度の交流は両者間に存在していた、と。

意外といえば意外、思想的な対立をどのようにして交流関係を持っていたのか気になるところでは、竹中労。竹中労の場合、天皇制反対を軸にしているアナキスト。また、菅原文太の名前も挙がっている。菅原文太の場合は適度に政治的発言を生前にしていた通りですが、政治思想は別のものと割り切って交流があったという事のよう。（菅原文太は「護憲」や「反原発」を公言していた。）


で、思想についてです。これは論者によって価値観が異なるので、私的な見解だという前提としてですが、大きな潮流をつくったという意味で、ＹＰ体制批判（ヤルタ・ポツダム体制批判）というのは非常に大きな功績であったと思う。一方で、国体護持、尊皇などは強烈に打ち出しているので、先に名前を挙げた竹中労などとは対極的であるのが分かる。ここから判明してしまうのは「反米帝としての何か」とか「アメリカ的帝国主義に対してのアンチ」という部分でしょうか。

（ＹＰ体制打倒を掲げている場合、基本的には既存の世界秩序と戦っている意味合いにもなるワケで、先日、触れたビハリ・ボースの話ではありませんが、民族解放やアジア主義の話になってくる。現在の地球を統治している戦後体制とは戦勝国諸国であり、それは即ち、覇権主義的イデオロギーの継承者にして核兵器保有国としての自由主義諸国たちであるのはホントなのだ。）

で、一つ、野村秋介的言説の中の現代批判として�犧欧覆�繁栄�瓩箸いΕ侫譟璽困�あるんですね。書籍の中でも二度三度と繰り返し、登場したフレーズでした。

魂なき繁栄。

そのまんまの直球勝負のフレーズですが、或る時期の戦後日本を見事に象徴していたような印象も強いですかねぇ。戦後日本を語る場合、そのままで通用するであろうシンプルなフレーズですが、エコノミックアニマルとしての日本であるとか、現在のグローバルスタンダード下で魂もないままに世界経済を説くカオナシのようなエコノミストを思い浮かべることが出来てしまう。

メディア上の知識人から一般的な日本人までもが、したり顔で「世界経済は…」や「世界情勢は…」と語るものの、そこに魂というものが、心が在るのかというと、やはり、無いというか、感じられないんですよね。

舌なめずりしながら得意に自身の経済理論を語るだけ。そういう知識人の時代になっていたと思う。それがどのように作用し、どんな風に社会を混乱させ、人心にどんな影響を与えるのかは関係がない。自らの優秀さアピール、或いは最先端知識とされるものを得意満面にメディアの中でひけ散らかす事に主眼が置かれてしまった近25年ぐらいを射抜いているような気がする。


補足ですが、「時代の切り取り」として現在の時局というのは既に「魂なき繁栄」の時期は終盤に差し掛かっていると思いますよ。ホントは守銭奴化したと思うし、生きるにも狡知が必要とされる時代になったんじゃないかなって思う。なんでもかんでも値切る。値切り倒す。言論であれば揚げ足取りもするし、ネガティブキャンペーン、人格攻撃、情報の捏造をも厭わない。勝利至上、利益至上主義が社会の隅々まで行き届き、損得勘定に長けた狡知な人たちが繁栄をみる時代に突入してしまった――と。