2017年10月09日

社会契約論&社会契約論批判

◆ホッブスの社会契約論

トマス・ホッブス(生年1588〜1679年)は、公的な権力が存在しない状態、つまり、自然状態とは「万人の万人に対する戦い」と考え、その上で社会契約論を提唱した。万人の万人に対する戦いでは、いつどういう形で殺されるか分からない「死の恐怖」をはじめとする不安があり、且つ、自分の欲求を満たす為には何よりも生きねばならず、それ故に、人々は【自然権】を「一人の人間、または合議体に与え」ているとして、社会契約の上に国家が成立していると主張した。

この【自然権】というのは自然状態から生じた権利としての自然権であり、つまり、権限を一人の王ないし、合議体に与え、国家が形成されているとする。民衆と為政者との間には社会契約があるとする。

人と人との間は、それぞれ契約が結ばれている。また、人々の上には「絶対的な権力」を有するリヴァイアサン(怪獣の意)があり、そのリヴァイアサンに対して人々は絶対服従が必要となる。人と人との間には契約があるが、その契約を守らなかった者は、リヴァイアサンによって処罰される。

ここで掲げられているリヴァイアサンは怖ろしい海獣とされており、仮に、それが絶対王であれ、合議体であれ、当て嵌まる。いずれの政治形態であっても社会契約、その違反者に対して処罰を行使する「絶対的な権力」が存在し、統治しているものとし、これを犢餡鉢瓩了伝箸澆任△襪箸垢襦

この社会契約論はピューリタン革命後の1651年にホッブスの『リヴァイアサン』の中で主張された。



◆ロックの社会契約論

ホッブスの社会契約論に対して、イギリス経験哲学の祖であるジョン・ロック(生年1632〜1704年)は少し異なる見解を示した。ロックは、自然状態とは「万人の万人に対する戦い」ではなく、自然状態とは「人間は自由で平等である」とした。公的な権力が存在していない自然状態の中でも、仲間を殺したり、ケガを負わせたり、財産を盗んだりはせず、そうした自然法に従って生きているものとして自然状態を述べる。

ホッブスの社会契約論上の国家は、国民から自然権を委譲される絶対的権力としてリヴァイアサンを提示した。ホッブスは、リヴァイアサンを絶対的権力に位置付けていたが、ロックは『統治二論』の中で国民には絶対的権力である国家に対しての抵抗権があると主張した。

また、ロックは、人々が為政者たる合議体(国家)に対して自然権を委譲するが、委譲する自然権は一部に過ぎないとした。つまり、一部の自然権を為政者たる国家に委ね、国家は処罰を含めて国民を統治しているとする。

時として権力は乱用されるので、国民には抵抗する権利があり、即ち、それは抵抗権・革命権があるとする。また、この事は合議制の統治機構である国家を前提に、その主権者は国民の側であるという国民主権が明確になってくる。

また、ロックは間接民主主義を主張した。



◆ジャン=ジャック・ルソーの社会契約論

ルソーになると自然状態とは、人々は互いに助け合う【一般意志】を持っているとし、むしろ、リヴァイアサンのような絶対的権力による統治ではなく、自然状態に近いものが最も理想的であると説いた。拠って、ルソーは「自然に帰れ」をキーワードとした。

(クロポトキンの「相互扶助論」等で既に触れた通り、実は未開人(蒙昧人)の生活を観察すると確かに平和に暮らしていると観察できるのが真理なのだ。素朴な生活をしているが余計な争いもない。ホントは文明こそが人々の間に競争を激化させ、エゴイズムの無限の追求を是としてしまっている可能性がある。)

また、ルソーの場合は【一般意志】が協調的な意志であり、それに対して自分の利益を最優先するようなエゴイズム(自己中心主義)を【特殊意志】と呼んだ。個人の利益を追及する意志を「特殊意志」とし、社会全体の利益と幸福を追求する意志を「一般意志」と呼んだ。

ルソーは「自然に帰れ」をスローガンにしているが文明を否定しているのではなく、倒錯している文明社会を変革し、新しい政治体をつくり、人々はモラルを回復すべきである――とした。

このルソーの場合は、ロックに対応するような直接民主主義を主張した。つまり、政治に個々人が積極的に関与すべきであるとした。実は、ルソーの社会契約論はスイスの小さな村を念頭に構想されたものなので、直接民主主義になったとされている。



そして、このルソーの『社会契約論』の理念を活かし、フランスではフランス革命が起こった。それは革命的大衆と呼ばれた第三階級の人々が蜂起したもので、いわゆるブルジョア革命、市民革命であった。当時、貴族階級と聖職者階級があり、それに次ぐ三番目の階級として浮上してきた平民たち(ブルジョア)であった。彼等は自らも勤労する平民(小工業者、被雇用者、小土地所有農民、小借地農民)らであった。しかし、フランス革命の後も、フランスの混乱は続いた。

そうした混乱の中で台頭してきた体系がマルキシズムと、近代アナーキズムであり、プロシアとオートストリアの連合軍がフランスと戦争した普仏戦争の合間に、フランスの首都パリでは民衆の蜂起が起こり、僅かな期間だけパリ・コミューンという体制が実現した。パリ・コミューン成立に参加した者たちの間では、御存知、あのマルクスを支持する人々と、アナーキズム急進派のバクーニンを支持する人々とが半々ぐらいであったという。

さて、そのバクーニンは元々はマルクスとプルードンを師としていた。近代アナーキズムの父と呼ばれるのは、プルードンであり、プルードンは、ルソーの社会契約論を厳しく批判した。ルソーの社会契約論は、理想的が過ぎるというニヒリズム的な見地からの批判であった。



◆近代アナーキズム登場

フランスに登場したピエール・ジョセフ・プルードン(生年1809〜1865年)は近代アナーキズムの父となった。1840年に初めて出版した『財産とは何か』で、プルードンは

「私有財産は窃盗品である」

と、記してあったので大変な騒ぎとなり、法務大臣は著者のプルードンを起訴する事を検討した。法務大臣が相談した相手は道徳・政治アカデミーのメンバーであった一揆主義や暴力革命論を唱えたブランキ(生年1805〜1881年)で、ブランキが意見を求められた。ブランキはプルードンの「私有財産は窃盗品である」という見解には反対したが学術的功績を評価したので、プルードンは起訴を免れた。

以後も降もプルードンは独自の政治思想や社会哲学を展開させてゆく。また、既存の権力を恐れぬプルードンは、1849年、あのルイ・ナポレオン、これはナポレオン1世ですが公然と批判するという筆禍事件を起こして、1万フランの罰金に3年の禁固刑を食らうなどしたが、プルードンの掲げた思想は支持され続け、後発者としてバクーニン、クロポトキンに影響を与える。



◆プルードンの社会契約批判

以下、プルードンの『19世紀における革命の一般理論』の摘まみ食い的な引用です。

実際、社会契約とは何なのか? 市民と政府との協定であろうか? いな。それは、同一の理念においてつねに堂々めぐりをすることになろう。社会契約とは、人と人との協定、そこからわれわれが社会と呼ぶものが結果しなければならない協定である。社会契約においては、交換という原始的な事実によって提示され、ローマ法によって定義された交換的正義の観念が、共和主義的批判によって最終的に駆逐された配分的正義の観念に代位している。

〜略〜

交換的正義、契約の支配、換言すれば、経済的ないし産業的体制――これらは、それの到来によって配分的正義、法律の支配、より具体的に表現すれば、封建的、統治的ないし軍事的体制といった旧諸制度を必然的に廃止することになる理念のさまざまな同義語である。人類の将来は、まさにこの代位において存在するのだ。

〜略〜

契約当事者間には、各人にとって必然的に、真の個人的な利害関係が存在する。人間が、可能な補償なしに自己の自由と収入とを減少させる目的で契約するというのは、矛盾である。反対に、支配者と被治者とのあいだには、どのような仕方で、代表、委任または統治機能が構築されようとも、必ず市民の自由及び財産の一部譲渡が存在する。それはどのような利益の報いとしてであろうか?

〜略〜

さて、契約は双務的である。契約はどのような外的権威の支配をも受けない。それはただそれだけで当事者たちの共通の規範を形成する。それは契約者当事者たちの発意からのみ、その実施を期待する。

もし契約というものが、そのもっとも一般的な意味において、また、その日々の作用において、そのようなものであるならば、社会契約とは――一国のすべての構成員を同一の利益において結合すると見なされるこの社会契約とは、いったいどのようなものであろうか?

社会契約とは、それによって、各市民が彼の同胞たちの愛情、思想、労働、生産物、役務および財産と交換に、彼自身の愛情、知性、労働、役務、生産物、財産を社会に託するところの至上最高の行為である。この場合、各人にとっての権利の範囲は、つねに彼の寄与の重要性によって決定され、また請求されうる債権は提供高に応じて決定される。

かくして社会契約は、市民の総体、彼らの諸利益および諸関係の全体を包含しなければならない。――もし一人の人間でも契約から排除されるならば、また、聡明かつ勤勉で敏感な国家公務員たちが、それについて折衝するよう要求されている諸利益のただ一つでも省略されるならば、契約は多少とも相対的で特殊なものとなろう。それは、もはや社会的なものではないであろう。

社会契約は、各市民の福祉と自由とを増大させなければならない。――もし一方的な条件がしのびこむならば、もし市民の一部が、契約のゆえに市民の他の部分によって従属させられ、搾取されるならば、それはもはや契約ではないであろう。それは一つの詐欺行為であり、これに対しては、解除権が、いつでも完全な権利に基づいて援用されることができるだろう。

社会契約はまた、自由に討議され、すべての契約参加者たちによって個人的に同意され、さらにみずからの手で署名されなければならない。――もし討議が妨げられ、中断され、ごまかされるならば、もし同意がまんまと詐取されるならば〜略〜社会契約はもっとも無知で弱小な最多数の個人の自由と福祉とに対する陰謀、組織的な略奪以外の何ものでもないであろう。

〜略〜

人民だけが主権者であり、人民は自分自身によってのみ代表されることができ、また法は全体の意志の表現でなければならないということをはじめ、すべての煽動的雄弁家たちが利用する、その他のすばらしいきまり文句を原則的に確立したのちに、ルソーはひそかに彼の命題を放棄して、わきに逃げてしまう。まず彼は、集団的で不可分な一般意志のかわりに、多数派の意志を代位させる。それから国民全部が朝から晩まで公共的事件に専念することは不可能であるという口実のもとに、彼は道を通って、代表者ないし受託者の指名に復帰する。〜略〜自分自身の諸利益に関する直接的・個人的取引のかわりに、市民は、最大多数の票によって彼の裁定者たちを選択する機能しか持たなくなる」との批判に、ルソーは、いったい何と抗弁できるだろうか。

――引用、ここまで。

社会契約というものがルソーの言うところの一般意志、これはエゴイズムを離れて公共の利益や幸福を考えることとルソー自らが定めた概念ですが、その一般意志とは猝閏膽腟糎桐の多数決原理によって選ばれる多数派の意見瓩鮖悗靴討い董⊆匆餬戚鵑鯀完に課しているのに矛盾ではないのかと、その欺瞞を突いている。急進的なバクーニンになると、より明確になりますが、ルソーの一般意志と特殊意志は一定の性善説によって構築されているので、その理想的なものは現実的ではないと退けている。ルソーは個人が個人の利益を最優先とする事を特殊意志としているが、そもそも個人の意向というのはエゴイズムと分離させる方が難しいのが現実で、今日的には、一般論としてヒトは、個人が個人の利益を最優先してしまう事、を認めていますやね。実質的には解約したくとも解約できない契約でしょうし。

また、プルードンも勿論、革命権を認めている。しかし、過激ではない。要旨としては、変革は避けがたいものであり、常に「革命と反動」(革新と保守)とは一対の関係にあるとする。よって、革命は避ける事ができないが緩慢に行われる事が望ましいとする。


余談ながら確か10年ぐらい前、日本の政治評論家の大半がホッブスの「リヴァイアサン」を信奉しているという分布図が目にした記憶があったんですが、見つからず。とはいえ、おそらく、日本人の場合は、国家というものを盲信しているから国家に絶大な権力を与えるべきだという風に考えている政治評論家が多いという証拠ではなかったかな。

また、日本の場合は、革命権なんていう思考はおそらくはなく、欧米のように国家という権力と、それに対峙し監視し、抵抗権もあるという対立構図が弱いのは確かでしょうねぇ。何かしらの革命を勝ち取った文化と、そうではない文化との差異なのかも。

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この記事へのコメント

1. Posted by 雨亭   2017年10月10日 00:03
本日、無事帰還。
疲労激しく流し読みしかしてませんが……
ルソーって「森の生活」を書いた人?
確か「若草物語」の著者の親父が親友で、彼女の若い頃に、富裕な伯母の住む農園の近くで世捨て人してたそうで。その著者の親父もアメリカの哲学思想では有名な方とか…
しかし親父は南北戦争の従軍牧師だったような…すると時代が合わないかなぁ?

フランス大革命は1789年?
南北戦争は1860年代?

革命は易姓革命すら幕府の間は禁断ですからねぇ。でも革命権をイコール武装権と考えると、フランスはアメリカの憲法修正案第2条のような武装権は認めてないと思うのですが。
狩猟は盛んだから猟銃は持てますけど、アサルトライフルは禁止のはずですよ。
フランスはファンキーなイメージ有りますけど、徹底的な中央集権国家ですから。
UKもフランスも剥き出しの戦車をトレーラーで運んだり、装甲車が公道を走ったりしますからねぇ。
で、暴力装置に寛容と思うのは憲兵が国家警察として存在する事ですね。てかラテン系の国はイタリアもそうですが。
テロで都市部でアサルトライフルを持って警備してるのって憲兵すよ。
カラビナーゼてのかな。
カラビはカービン銃のことで、ようするに「三銃士」ですよ。現在は内務省の管轄ですが、完全な軍隊で装備もそう。でも連続殺人の捜査とかにも関係するのですね。決して特高のような思想警察ではない。
その方面は冷戦時代はユニオンコルス(イタリア系のマフィア)に巻かせていたそうで。
その辺りはフォーサイスの「ジャッカルの日」に出てきます。
刑事警察とは仲が悪いそうですが。軍事組織が捜査権を持つのがラテン国家。
そもそも「暴力装置」に対する感覚が日本人とはまるで違うのでは?
革命権は武装と離れて語れないし、暴力装置を国はどう捉えているか?
そこが大事だと思います。続く
2. Posted by 雨亭   2017年10月10日 00:18
日本の場合ですが、そもそも「武士」とは「軍人」ではない!
そこを誤解される方々がいますが。
武士とは朝廷から軍事、警察権、徴税を許された世襲制のPMCです。
征夷大将軍て何か?
あれは朝廷から遠い関東以北で軍事行動する為に、現地での徴税、徴兵権を委ねられた、
ローマで言う総督の事です。
だから源頼朝は朝廷の官位を蹴って、将軍を撰んだ訳です。律令制下に「軍事、徴兵、徴税、施政」の見理を持つから鎌倉に独立国を作れるから!
その将軍は世襲の地位で、家来や郎党は、
将軍により土地を安堵される契約関係。
つまりは私兵ですね。
武士は国家に仕える軍人じゃない!
お上(朝廷でも将軍でも)から権限を委ねられた世襲の戦士階級が治安を任される。
ここが革命権、武装権を日本人が意識に持たない理由でないですか?
では疲れてますので、また。
3. Posted by 雨亭   2017年10月10日 01:07
すみません風呂で思い出した! アメリカもフランスも王政に対するレボリューションなのに、暴力装置と武装権がどうして違う?
思うにこれは独立と階級闘争の差ではなく、
革命後の環境の差では?
アメリカは独立後に、メキシコや南米が多国籍企業軍で殴り込みしたり無かった。
でも、フランスは帝国や王国に囲まれてました。国民軍をすぐさま編成して、ナポレオンみたいな職業軍人に預けないと革命が潰される!でしょ?
ラ・マルセイユーズを聴くと、
♪起て祖国の児らよ栄えある日は来ぬ…
と始まるけど、貴族の話は出てこない。
♪聞け野に山に敵兵どもの吠ゆるのを…で、
♪奴らの穢れた血を以て我らの田畝を潤さん
…と締めくくる。
メロンぱんち様が御指摘されたように、理論のすり替え(攘夷→開国)なんか赦さないから、革命成立→対外防衛戦争です。
民による覚悟して政府なんざ史上初だから。
アメリカ独立直後にフランスが外交団を派遣すると、どこに政府があるか判らずにウロウロしたって笑い話がある。そんな牧歌的な状況ではなかった!
すぐさま全てのゲバルトは革命防衛の為に組織化されねば為らなかった!!
えーとですね、これがアメリカみたいなリバタリアンてのか、個人の武装を基に武装権(革命権)を認めるような方向に行かなかった理由でないですか?
すんません、もー眠くて死にそう。話は後日に。ではでは。
4. Posted by 雨亭   2017年10月10日 01:47
♪暴虐の雲、空を覆い敵の嵐は荒れ狂う。
ひるまず進め同胞よ敵の鉄鎖を打ち砕け!

ワルシャワ労働歌とフランス国歌を比べると
歌詞にある「敵」とは、
ロシアではツァーリとその政府!
ラ・マルセイユーズでは「国境に迫る外国軍」です。
敵の特定が外に向いているのか、内に向いているのかは決定的な違いだと思います。
外に向いている以上、革命即対外防衛戦であったフランスが、武器とゲバルトの国による統制を目指して、アメリカ的な個人武装に
革命権を委ねなかったのは仕方ないのでは?
では。おやすみなさい。
5. Posted by 雨亭   2017年10月10日 04:03
「われらに向かって暴君の血まみれの旗が掲げられた」とありますが、
「裏切り者は誰か?陰謀を企む王どもは?」
と来ます。
異論はあるでしょうが、
「王ども」とは、王と貴族の事ではないと私は思う。そもそも税制や教会を扱い、王権と諸侯は対立してましたから。
ルイ16世が標的ならば「ども」の意味は?
革命前夜は王と、貴族・教会は対立していて
民衆は王寄りでした。逃げ出して捕まってから逆転しますけどね。
陰謀を企む「王ども」とは、革命を忌避して
国境に迫るハプスブルクなどの皇帝や王の軍勢であったと思うのです。
国内で蠢動する貴族よりも、革命を潰そうとする周辺の王権の方が敵正面であったと思うのです。貴族勢力は彼らの力を借りる程度の連中でしかなかったのでは?
イラン革命において、革命防衛隊の敵正面は、シャーでなく、革命潰しに攻撃して来る
イラクのフセインや、フセインに資金を渡す
アメリカや西欧でしたよね?
それと同じ構図だと思うのです。
しかし…疲れきってるのに眠れません。
もう飲もう!



6. Posted by メロンぱんち   2017年10月10日 11:06
雨亭さん>
ホッブスの「リヴァイアサン」あたりも、王制か共和制かの中で書かれたものでしたが、王制でも共和制でもいずれにしても絶対的権力が必要だという風に考えられたようです。その絶対的権力は刑罰権も持っている事が論争として浮上してきます。社会契約という風に説明されるが、その権力を権力ならしめているものは暴力的な裏付けにある――と。それを考慮すると思想上は、革命権のようなものが無いと、ただただ、リヴァイアサンに従うこととなり、国民主権は勿論、誰が主権者なのかも分かり難いんですね。

ここで登場しているルソーは「自然に帰れ」という主張があり、森を散策しながら物事を思考したのですが、「森の生活」は違うかも知れませんね。

「武士は国家に仕えている軍人ではない」は鋭い指摘ですね。実際、そうであると思います。ホントは日本という国は国なのですが、西洋的な意味合いで厳格に使用される「国家」は明治以降のような気がしますね。網野善彦であるとか、或いは福沢諭吉の解説で、西洋の文明人とした場合に日本は半文明人で朝鮮は…という類いの評がありましたが…。

よぉぉく検証してしまうと、西洋と東洋の差異、また、手法や成り立ちが違うんですよねぇ。

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